第1話
始まり
「リィリィリィリィリィリィッ!!」
シンジは吼えていた。獣とも鬼とも受け取れるような声で。
しかし、本来シンジは生きているはずがなかった。触れるもの全てを腐食するドラゴンゾンビの強酸性のブレスをまともに浴びたのだから。それでもシンジは生きていた。屍龍の吐息が小屋を溶かしたことによって立ち上る腐臭と煙の向こうで。シンジは手にした剣を中心に発生している蒼白い光の結界に守られていた。
巨大な剣である。剣幅はシンジの胴と同じくらいの幅があり、全長はシンジの身長と同じくらいか、それより少し長いくらいに見える。複雑な装飾が施された紫色の柄をしており、刃の付け根には蒼白い輝きを放つ宝玉が埋め込まれている。刃渡りの面積は広かったが厚みはなく、極薄で水晶のような透明な刀身をしている。
シンジは鞘ごと石の台座に埋め込まれたその剣を、目にも留まらぬ速さで引き抜くと自分の前に真一文字に構えた。抜くと同時に鞘はまばゆい光を放つといつのまにか無くなっており、替わりにシンジの右手首には柄と同じ色をした腕輪が装着されていた。
シンジの瞳は宝玉が放つのと同じような光をたたえている。シンジはもう一度とても人間のものとはおもえない咆吼を上げると、ドラゴンゾンビに向かって飛んだ。すれ違いざまの一撃は龍の右腕を切り裂き、それは無惨にも地に落ちた。
「シンジ!!!」
剣を携え小屋から飛び出してきたゲンシュウは、シンジの様子を見ると顔面を蒼白にさせて吐き捨てるような声で言った。
「そんな、まさか!!」
「封印が解かれたというのか?!」
「あれの!!」
ゲンシュウに無意識のうちにあれと叫んだ。まるでその名を出すことに畏怖しているかのように。
「うおぉぉぉっーーー!!!!」
シンジの絶叫に呼応してか剣の宝玉の光はさらに輝きを増した。すると透明な刃渡りに光で描かれたような紋章と文字が浮かび上がる。古代神聖語を解する者がその場に居合わせたならば、浮かび上がるものの中でも一際目を引く刃元の文字をこう読んだであろう。
EVA 01 と
剣が輝きを放つと同時にシンジは消えた。すくなくともゲンシュウにはそう見えた。いや正確には見えなかったのだ。ドラゴンゾンビの向こうに着地したシンジをゲンシュウが確認した時、巨大な龍はバラバラに切り刻まれ蒼い光の玉に包まれていた。光の球体は一瞬さらなる輝きを放つと徐々に小さくなりやがて漆黒の怪物とともに消滅した。
「斬るだけではなく、滅するのか・・・。龍脈からの流れを断ち切って・・・」
「これが封印を解かれた力なのか・・・」
「いや、こんなものではないな」
「本当の、」
「EVAの力は・・・・」
ゲンシュウは全身の力を振り絞るようにしてそれの名を呼ぶと、ただ呆然と立ちつくしていた。
「なんだ!!シンジ!その附抜けた攻撃は?!」
厳しい声が響く。ゲンシュウは叱咤とともに手にした木刀を一閃させる。横薙の一撃を尻餅をつくようにかわしたシンジは、続けざまに襲ってきた唐竹の一振りを転がって避けた。無様に寝転びながら、その後も展開されたゲンシュウの攻撃をかわしつつけたシンジだったが、その姿は防御しているというより緊急避難的に逃げているだけである。
ゲンシュウは絞り出すような息吹とともに手にした木刀に力を込める。
「ふんっ!!気功剣っ!!」
気合いとともに繰り出されたゲンシュウの剣からは、白く輝く波動がうなりをあげて放出された。転がりながら避けるシンジ。しかしそれを読んでいたのか、一気に間合いを詰めて繰り出されたゲンシュウの蹴りをかわすことはできなかった。
吹っ飛ばされたシンジは全身から嘔吐感がこみあげてきた。蹴りには体内で練り上げられた気が込められており、衝撃は内蔵から全身を駆けめぐった。
「どうした!!そんなことではいつまでたってもアスカを探しに行くことはできんぞ!彼女を助けるのではなかったのか!!!」
アスカという言葉を聞いた途端シンジの肩はビクッと動かした。こみ上げる吐き気をこらえて立ち上がると、荒い息をはきながら木刀を青眼に構える。
シンジは無意識の内に、吸い込んだ大気を肺から下腹部のあたりに落とし、一瞬呼吸を止めた後全身を駆けめぐらすように息を抜く。それを三度ほど繰り返すとシンジの呼吸は徐々に整っていった。
唐突にシンジが動いた。獲物を襲う猛禽のような速さで。全身をたたきつけるようなシンジの一撃を、ゲンシュウはかっと目を見開き四肢を踏ん張るようにして受けた。たくましい腕にビリビリととした感触が伝わってくる。
(ふん・・・。やればできるではないか・・・。)
心の中でシニカルな笑みを浮かべたゲンシュウは、シンジの剣を受け止めた後、すばやく足払いを放った。身体を投げ出すような打ち込みをはなった後のシンジは、それを避けることができず、無様に大地にうつぶせに倒れた。
「まあ、こんなものじゃろ。休憩にするかの、シンジ」
全ての力を使い切ってしまったシンジは声を出すこともできなかった。今にして思えば、ゲンシュウの蹴りをくらったあと立ち上がったことさえ不思議に思えてくる。
「実に世話の焼ける小僧じゃ・・・」
ゲンシュウはそう言うとシンジの傍らに座り、シンジの背骨の辺りに手をあてる。ゆっくりと息を吐き出しながら体内の気をシンジに分け与えた。
「ほら、もう立てるじゃろ?」
「は、はい・・・。すいません」
ゲンシュウに気をもらったシンジの身体からは先ほどの激痛もほとんど消えていた。脱力感は残っていたが、少し休めば回復する程度のものである。
立ち上がりかけたシンジは不意に大地に手をあてた。
まばたきを二回したあと、目をつむり瞑想しているかのような状態になる。
「どうしたシンジ?」
「はい・・・土の精霊が誰か来るみたいって言ってます」
「そうか、では早々に小屋に戻るとするかの」
シンジとゲンシュウが小屋から少し離れた丘の上から戻ると、そこには一人の女性の姿があった。20代半ばくらいの女性である。群青色のセミロングの髪に、すっきりとした目鼻立ちをしており、女性にしては背が高い。
身につけている体の線がピッタリ出るような白のノースリーブは、シンプルなものだったが、十分に彼女の魅力を引き出していた。
両肩と両手にはには見事な装飾がなされた真っ赤な防具を装備していて、腰には短剣をさしている。
ゲンシュウの姿を目に留めると一礼し、ハキハキした口調で話しかけてきた。
「加持のかわりに来ました。ネルフの葛城ミサトです。六分儀ゲンシュウ閣下」
ゲンシュウは白い顎髭を触りながらミサトを眺め、少し考え込むように言葉を返した。 「葛城といったな。そうするとおまえは・・・」
「はい。葛城ヒロシは私の父です」
ゲンシュウは小さくうなずくと、シンジの方を振り返った。
「シンジ、ワシはこの娘と話がある。おまえは沢へ水をくみに行って来い」
ゲンシュウにそう命令されたシンジは、ミサトのことが気になったのか物置小屋にいって水くみ用の桶をとってくる途中、何度かチラチラとミサトを見つめた。
ミサトはシンジの視線に気がつくと、向日葵のようにニッコリ笑ってウィンクを送った。シンジは首筋まで真っ赤にすると、沢に駆け出していった。
「あの少年は?」
「一月ほど前拾った地上人じゃ」
「こんなところに漂着したのですか?」
ミサトは怪訝そうな表情を浮かべ、驚きの声をあげる。
「龍脈より強い力に引き寄せられたのじゃろ」
ゲンシュウはそっけなくそう言うと、きびすを返して小屋の方に向かって歩き出す。ミサトはゲンシュウの後ろを歩きながら、表情を一層曇らせていた。
(龍脈より強い力?この世界の力の源である龍脈より強力なものなんて・・・)
「用向きはなんじゃ」
ミサトに椅子を勧め、茶をいれる準備をしながらゲンシュウはそう切り出した。
「加持と一緒です。EVAの受け渡しをお願いに上がりました。」
ミサトの来訪の目的が予想どおりだったためか、ゲンシュウは慌てる様子もなく茶を注ぎ続けた。
「残念じゃが、それはできん相談じゃな」
素朴な土色の湯飲みに茶を入れ終わったゲンシュウはポツリと言った。
「しかし我々ネルフにはEVAが必要なのです!使徒を倒すことができるのは神々の武器・EVAだけですから」
「使える者もおらんのにか?」
「適格者は現在マルドゥック機関が調査中です。」
ミサトは淡々と話すゲンシュウに苛立っているのか返答が早い。ゲンシュウは間を取るように、不意に立ち上がると土間の方に行き、川魚の干物を皿に盛ると再び戻ってきて口を開いた。
「ネルフの言い分もおまえさん個人の思いも分からなくもない。だが今となってはもう無理じゃ」
その言葉をいぶかしげな表情で聞くミサトに追い打ちをかけるようにゲンシュウは次の言葉を続けた。
「あれはもうワシの手元から離れた」
「ど、どういうことなんです?!」
「封印が解かれたということじゃよ・・・」
そう答えたゲンシュウの声は重く沈んでいた。
「ふう・・・」
水桶を沢の中に入れる。冷たい感触が手に伝わってくる。うだるような空気とは対称的に、清涼な冷たさをたたえた水は心地よかった。
「綺麗な女の人だったな・・・」
シンジはミサトを思い浮かべながらそう呟いた。
久しぶりに見た女性
女の人
「アスカ・・・」
「アスカというのは誰じゃ?」
ドラゴンゾンビに襲われた次の朝、ゲンシュウは突然そう訊いてきた。
「な、なぜ、アスカのことを?・・・」
「おまえさんが寝言で随分と言っていたからのぉ・・・。アスカ!アスカと。耳がついていりゃ、嫌でも覚えるわい」
ゲンシュウのからかうような声にシンジは顔を紅潮させた。
「ア、アスカは僕の幼なじみで・・・いつも一緒にいた子で・・・」
(僕の一番大切な人です・・・)
心の中だけでシンジはそう続けた。
「そ、そうだ!!アスカも自分の手足が消えるとか言っていました!!僕はその時意識が朦朧としてたからよくわからないいんですけど・・・」
そこで言葉を区切るとシンジの口調は更に強くなった。
「ア、アスカはどうなったんですか?!」
興奮するシンジを気にかけた様子もなく、ゲンシュウは茶をすすっている。
「わからん。しかしおまえの話から推測するに、おそらくアスカという娘もこの世界にきておることじゃろ」
「ど、どうしていきなりそんなことが?・・・」
「この世界を創造する時、地上界、つまりおまえが元いた世界から色々なものを運び込まれてきた。木々・動物・岩石・この世界に最初に住んでいた人間も神々がこの世界に運んできたものじゃ。その折りに神々が開けた穴、これを門(ゲート)と呼ぶが、これが時々開くことがある。おまえもアスカも偶然開いたゲートに引き込まれたのじゃろ・・・」
「戻る方法はあるんですか?」
ゲンシュウの言葉をじっと聞いていたシンジはようやく口を開くと、うめくような声で言った。
「ない」
返答は簡潔だった。
「地上界からジオフロントに漂着する者は、そんなに珍しくない。最近はめっきり少なくなってきたが、10年ほど前は結構な数の地上人がきたものじゃ。じゃが、」
「地上界に戻れたものをワシは知らん」
その言葉はシンジに一つの宣告を与えているに等しかった。おまえはかの世界で生きていくしかないと。シンジは言葉の意味は理解できたが、意味の重大さを実感できなかった。そしてそれよりも気にかけていたことが不意に心の中にわき出てくる。
「そ、そうだ!!アスカは{助けて!!}って言ってました。どうにかしないと!僕が助けに行かないと・・・」
シンジはアスカのことを思い浮かべた瞬間、狼狽したように立ち上がる。
「まあ、落ち着くのじゃシンジ」
ゲンシュウの声はあくまで静かだった。
「落ち着いてなんかいられません!!アスカは僕に助けを求めていたんです!!どうにかしないと、僕がどうにかしないと・・・」
「愚か者がぁ!!」
ゲンシュウの威厳にみちた一喝は、狼狽していたシンジを凍り付かせた。
「この世界で右も左も分からぬ今のおまえに何ができる!! ここから一番近い街には馬で10日もかかるのだぞ!おまえなぞ途中で化け物に食い殺されるのがおちじゃ!」
そこまで一気に怒鳴ったゲンシュウはシンジの肩に手を置くと口調を諭すような感じに変えた。
「よいか、シンジ。ジオフロントに来る人間は龍脈という力の流れに乗ってやってくる。それゆえ龍脈が表出しているところに流されてくることが多い。龍脈があらわになっている場所には、必ず街がある。だからそのアスカという娘もおまえ同様、誰かに助けられていよう。だから余計な心配はするな」
それでもシンジはまだ惑っていた。床に向けた視線を行ったり来たりさせている。
ゲンシュウは煮え切らない様子のシンジに再び強い口調で言い放った。
「それよりおまえの方が問題じゃ。この世界は危険に満ちておる。おまえも自分の身を守る術を持たねばならぬ。昨日の出来事を忘れたわけではあるまい?おまえにはワシが剣を教えてやる。まともに使えるようになるまでここから出してやらんから、覚悟しておけ!!」
それだけ言うとゲンシュウは奥の部屋から練習用の木刀を持ってきて、シンジの前につきだす。老人の瞳は穏やかなものではなかった。決意を秘めたような厳しい眼光に圧倒されたシンジは、反射的に剣を取った。それが始まりだった。
「ここに来てもう一月か・・・」
「いつになったらアスカを探しにいけるのだろう?」
ゲンシュウの元から逃げ出してアスカを探しに行こうと思った事もあった。しかしそれは現実的には不可能だった。地理感も旅の装備もそして何より度胸がないシンジにはできなかった。
シンジは唐突に河原に落ちている石をつかむと川面に向かって思い切り投げつけた。石は激しい水しぶきをあげ、シンジの顔にも水滴がつく。濡れた顔を拭こうともせず、シンジは元来た方へ歩き出した。水桶をつかむ腕にははっきりと血管が浮かんでいる。
シンジは無性に情けなくなってきた。何もできない自分に、未だアスカを探しにいけない自分に。だが今のシンジには足早に小屋に戻ることしかできなかった。
そんなシンジに真夏の灼熱の太陽が光を注いでいる。
時にジオフロント暦2015年
少年の闘いはまだ始まったばかりだった。
ジオフロント創世記第1話です。もう少し短くするするつもりでしたが、内容量が多すぎて長くなってしまいました。前・後編に分けたりしようとも考えましたが。
登場人物がまだ少ないと思っている人もいるでしょうが、主要キャラは早い内に登場させますのでご安心を。
それから設定資料もすぐにUPさせます。物語の進行と共に設定資料の内容は更新させていきます。では
MEGURU さんの『ジオフロント創世記』第1話、公開です。
アスカを助ける。
それを心の支えにして、生きているシンジ。
厳しい修行の向こうに何が待っているのでしょうか?
何時、何処へ向かって旅立つのでしょうね。
そのアスカは今どこで何をしているのでしょうか?
いろいろ想像を広げられてワクワクドキドキしてきます。
訪問者の皆さんも私と同じように世界にハマっていっているのではありませんか?
貴方の感想を MEGURU さんに送って下さいね(^^)