第十七話
「決戦は遊園地」
朝、それは街が生まれ変わる時。柔らかな朝陽は夜の汚れを洗い落とし大地は新しく生まれ変わる。木々を行き交う小鳥のさえずりは喜びの賛歌。早朝の空気が透き通っているのは人の手に触れていないから。
6時28分
惣流アスカ・ラングレーの瞼は何の前触れもなく開いた。少なくとも本人にとってはそうだ。茜色の髪の少女が鼻にくぐった声を出しながら目覚めの予兆である寝返りをうったのを見ていた人間は誰もいない。レースのカーテンから差し込んでくる朝焼けの女神を除いては。
つぶらな瞳を細い指で二,三度さすった後、アスカはふかふかの布団の感触に少しの間身を任せる。まだまどろみの中にいるアスカが寝返りをうってうつぶせになると、身体を覆っていた淡いブルーのタオルケットはずり落ちて今まで隠していた白い肌を露わにした。白いシーツに包まれたベットの上には大きめのパジャマの上だけを羽織った茜色の髪の少女がいる。枕を抱きかかえるようにしてスラリと伸びた健康的な足を露出させているアスカはまだ夢の世界の住人だった。
ジリリリリリッ
6時30分
アスカの枕元の古典的な時計が金属的な悲鳴を上げる。軽く上半身を起こしたアスカは母親に見放された赤ん坊のようにけたたましい声を出し続ける時計に白い指を滑らせる。聞き分けのない時計を静かにさせたアスカは、シャツがはだけて白い肌が露わになるような少しだらしのない格好でベットの上に座り込んだ。
まだボウッとしている意識をはっきりさせようとして、アスカは頭を左右に振る。ベットの上には茜色の小さな傘ができた。時計の時刻を確認したアスカは身体を引きずるようにして立ち上がり、タンスから新しい下着とバスタオルを取り出して歩き出す。
まだ寝ぼけているのかその足取りは少し重い。案の定、アスカは机の足にくるぶしをぶつけてしまった。
「痛っ!!」
鋭角的な痛みがアスカの神経を駆けめぐる。足をかかえこんだアスカは赤みを帯びた足をさする。そんなアスカをいたわるようにレースのカーテンの間から朝の澄んだ日差しが差し込んでくる。アスカは大きな欠伸を一つした後、カーテンを開けて澄んだ朝の空気を満喫する。
「んっーー、いい天気!」
気を取り直すように自分の頬を軽く叩いたアスカは、しなやかな指を組んで天に向かって突き上げる。
「さあって!頑張らなくちゃ!決戦は遊園地よ、アスカ!」
アスカはシャワーを浴びて全身をシャッキリさせると料理の準備にとりかかった。今日持参するお弁当作りである。前々からこんなこともあろうかと少しずつ練習していたものの中から何を作るかということは、昨晩すでに決めてある。この道の権威である碇ユイのアドバイスも仰いだし、下ごしらえも少しだけ手伝ってもらった。
他の小説では現実には考えられないような料理の失敗を繰り返しているアスカだが、この日は”料理下手のアスカ”というエヴァ小説の常識を覆そうと、気合い入りまくりだった。そもそも料理は特段難しいものではない。何しろ特技がEVAを暴走させることくらいしかないシンジにだってできるのだ。アスカにできないことはない。
葛城ミサトのように味覚が根本的に狂っていれば話は別だが、正常な味覚とある程度の経験があれば誰でもできるのが料理というものである。
アスカはまず昨日つけ込んだ鰆のみそ漬けの具合を見た。味噌は白味噌がベース、ガーゼでサンドイッチされた味噌に脂の乗った鰆の切り身がはいっている。この辺りは京都で大学生活を過ごしたユイとゲンドウの好みが反映されている。碇家の食卓は全体的に薄味だが、全てが関西風というわけではなく、例えばポン酢などは酢を利かせた関東風であった。
次にアスカはローストビーフにとりかかる。難しそうなものを一品作っておけば、それだけで料理上手に見られるというユイの助言をもらったアスカは、いろいろ考えた挙げ句、ローストビーフを主菜にすることに決めた。とはいえ、実はローストビーフはそれほど難易度の高い料理ではない。技術がなければどうにもならない魚の洗いやオムレツなど違ってきちんと段取りを踏んでいけば割と簡単に作れる。
アスカは昨晩赤ワインと香味野菜につけておいた肉を取り出す。箇所はヒレ肉。通常ローストビーフにはサーロインを使うが、冷めても大丈夫なように脂身の少ないヒレにしたほ方がいいというのがユイのアドバイスである。アスカは肉の表面をふいた後、ユイから伝授された碇家特製のスパイスを刷り込むように塗る。そしてフライパンで軽く表面を焼き、荒熱をとった後、真空パックの袋に入れてキッチンの隅にある特殊な機械の中に入れる。
特殊な機械とは真空調理器である。空気を抜いて真空で熱をくわえるこの機械が、炭焼きも蒸し物もできる万能レンジとともにアスカの切り札であった。これなら技術や経験はあまり必要ない。低温で処理するため雑菌に注意すればいいくらいである。
鰆も取り出してレンジを炭焼きにセット、総計200gに目盛りを合わせてスイッテを押す。これで後は機械がやってくれる。
焼き物二品を片づけたアスカは松茸ご飯の準備に取りかかった。これも分量をきちっと量ってあとは炊飯器任せ。問題なのは下ごしらえとだしの取り方だが、これは昨晩ユイと一緒にやってしまった。ユイは少しうつむきなが相談に来たアスカに、にこやかな笑顔で答えると惣流家の台所までやってきて遅くまで手伝ってくれた。沸騰させたり、鰹節をこぼしたりして何度もだしの取り方を失敗したアスカに、嫌な顔せずにユイの顔を思い出したアスカは少し照れてしまった。
「そう言えばママはどうしてるかな?・・・・」
昨日母のように接してくれたユイを思い浮かべたアスカは、不意に実の母親のことを思い出した。別に悪い母親というわけではない。ドイツで研究に没頭していて年に数度しか会えないが、慣れてしまって寂しいと思うことも少ない。ちょくちょく電話もしてくるし、会えば優しく接してくれる。
離婚をした後、かなり荒れていた時期もあったが今は表面上は普通にしている。でも今も忘れていないのがアスカには分かる。もうしばらく少し距離を置いて暮らしていた方がいいのかもしれない。
カチッ
炊飯器のスイッチの音がアスカを現実に引き戻した。アスカは冷蔵庫から金沢名物ごりの甘露煮、きゅうり・大根の漬け物、ほうれん草のおひたしを取り出すと、お弁当の定番、鶏の唐揚げと卵焼きの用意をはじめる。鶏の唐揚げはともかく卵焼きは”技術がなければどうにもならないもの”であった。しかも両方ともシンジの好物。アスカは腕まくりをすると親の敵と格闘をはじめるかのごとき形相で卵をわり始めた。
その頃綾波レイもお弁当作りに熱中していた。こちらはサンドイッチである。うまい具合にわかれたものだが、両方食べなければならないであろうシンジにとっては余り関係のないことであったかもしれない。
アスカが碇家の家庭の味をベースにしていたのと違ってレイは豪華絢爛主義で攻めていた。テーブルの上に置かれた具材だけでいったいいくらするのだろう?パンは第三新東京市で最も評判のいいパン屋に軍用ヘリコプターで乗り付けて、半ば脅迫同然に作らせて朝一番に届けさせたし、その他の材料も厳選された素材である。
まずはフォアグラのソテーにトリュフソースを合わせたサンドイッチ。そんなものパンにはさまずそのまま食えと苦情が来そうだが、レイはあくまでサンドイッチにこだわった。次は卵の白身とタマネギの微塵切りにキャビアを混ぜたもの。しかもキャビアは最高級のデルーガキャビア。一五年以上前の1997年でも絶滅寸前といわれていたので、2015年となった今では希少価値を通り越した値打ちがある。
それから最高級の生ハム・パルマハムにモッツァレラチーズ&レタスをはさんだサンドイッチ。スモークサーモンに二時間前に水揚げされ、即座にボイルされたカニの他各種のフルーツ。とにかく”最高級”と銘がうたれた素材を贅沢につかったレイは、怪しい笑みを浮かべながらサンドイッチを作り続けていた。
「トリュフをたっぷりと入れて上げるわね、シンちゃん。大量のトリュフには媚薬効果があるのよ、楽しみにしていてね・・・・」
アスカとレイが台所で格闘し始めてから二時間後、碇シンジの一日が始まった。シンジはいつものように大きな欠伸をしたあと、ポツリと呟いた。、
「なんで唐突に遊園地なんだろう?強引すぎるよ・・・・」
シンジの贅沢すぎる悩みは一体いつまで続くのだろうか?これから林間学校でもアスカとレイ、及びゲンドウ・ミサト・リツコ・カオル等ほぼ全てのキャラクターのおもちゃになるであろう未来を予感したシンジの足取りは重かった。心なしか胃の辺りが痛くなってくる。最近のシンジはこの年にして神経性胃炎に悩まされていた。
「主役はつらいよ・・・」
ドゴッ!!
あまりに贅沢すぎるシンジのぼやきに対する万人の怒りを代弁したかのようなゲンドウの鉄拳がシンジの頭にクリーンヒットした。もんどり打って倒れたシンジはもう少しで棺桶に両足をつっこむところだった。
「い、痛いよ!父さん!!」
「っち、生きていたか・・・・」
「朝っぱらから何をするんだよ?!」
「ほう?なら朝でなければいいのか?これはいいことを聞いた。それなら夜におまえをぶん殴って気絶させた後、裏山に埋めてしまえばいいわけだな。Project Eなんかサッサと終了してワシが主役の新連載を・・・・」
ガコンッ!!
ゲンドウは予定していたセリフを最後まで言うことができなかった。予定ではこの後、「次回からはワシが主役のエヴァムーンが始まるのだ」と続けるはずであった。遙か昔の第一話で冬月のコスプレもどきのものまねを見せられて以来、ゲンドウは密かにこの準備を進めていた。セーラー服でコスチュームも作ったし、ゲンドウがエヴァムーン、冬月がエヴァマーズ、キールがエヴァジュピター、マヤがエヴァマーキュリー、ナオコがエヴァヴィーナス、ユイがエヴァ仮面様という一応の配役も内々に決めていた。
ゲンドウの野望を阻止したのは、ゲンドウの予定では次回からタキシードに仮面をつけて登場予定だった彼の妻である。ユイの右手に握られたフライパンは今朝も料理以外の目的に使われて少し不満げだ。
「まったく毎回のように何をしているんですか!シンジも早く着替えなさい。作者の都合とはいえ、今日はデートなんでしょ?」
うつぶせに倒れたゲンドウの足を持って引きずりながらドアを開けたユイは、シンジにそう声を掛けて台所に戻っていった。部屋にはまだ寝ぼけているシンジと血塗れになってひび割れたゲンドウの眼鏡だけが残された。
9時25分
シンジがアスカを迎えに行った時間は思ったより早かった。アスカは今か今かと待ちこがれていたのに、いざその時が来ると心臓が早鐘のように鳴った。大急ぎで鏡を見る。お弁当は何度も確認したし、ファッションもバッチリ。準備は万端。あとはでかけるだけ。
アスカは胸に右手を当てて深呼吸をした後、ゆっくりとドアを開ける。そこにはまだ少し眠そうなシンジがいた。青&白のクレリックシャツに白いシルクのズボン、靴はサンダルを履いている。
(70点・・・・、少し堅いわね)
アスカの採点は少し厳しかった。でもアスカの服装も色は同じ。濃いめの青の袖無しシャツに白いパンツスタイル。スルバーのネックレスと腕輪をしていて蔦で編み込まれたバッグにお弁当と諸々の道具を入れている。額の少し上にはサングラスがかけられていて足下はサンダル、昨日できなかったペディキュアもきちんとしている。
「いきましょ、シンジ」
いつも通りデート前のアスカにしばしの間見とれているシンジにアスカは言った。最近のアスカは客観的に見ても以前より綺麗になってきている。スタイルも大人のようになってきたこともあるのだが、シンジが自分を見ているという意識がアスカを更に魅力的にしていた。
「う、うん・・・・」
さっきまでの胃痛はどこにいったのか?シンジは急に晴れやかな表情になるとアスカの背中を追うようにしてエレベーターに駆け出していった。
「いい天気ねぇ」
マンションのエントランスからでてきたシンジとアスカは初夏のさわやかな日差しを身体いっぱいに浴びていた。空は抜けるように青く、高かった。
「ね、シンジこのまま二人でどっか行かない?レイと一緒の遊園地なんか止めて」
「え、でも綾波待ってるだろうし・・・」
「いいのよ。それともアタシと二人きりじゃ嫌なの?シンジは?・・・・」
アスカは故意にせつない表情を見せると、茜色の髪を風に乗せてシンジに背中を見せた。左に15度、下に35度首を傾かせて肩を落とす。先週のテレビドラマで研究した絶妙の角度だ。
「あ、い、いや・・・そういうわけじゃないけど・・・・」
「・・・・じゃあアタシだけについててくれる?・・・・」
アスカは内心、拳でガッツポーズを作りながら決めの言葉を呟いた。長年の経験からいえば、シンジは泣き落としに決定的に弱い。特に普段は強気のアスカが弱気になっている姿はシンジの心を大きく揺さぶったはずだ。
「そうはいかないわ」
アスカの期待とシンジの揺れる心を凍り付かせるような声が響く。いつの間にか電柱の影から現れた綾波レイは、まるで背後霊のようにシンジの背中に抱きつくとアスカに冷ややかな視線を浴びせた。真珠色のワンピースからでたレイの透けるような腕がシンジの首に絡まる。ほのかに薫るマリンブルーを思わせる香水がシンジの鼻孔をくすぐった。
「あ、綾波・・・・」
「危ないところだったわ。まったく近頃の若い者は自分のことしか考えていないのね。
困ったものだわ」
「何してるのよ!アンタ!!」
アスカは内心で激しい舌打ちをしながら大股でレイに近づくと、シンジに巻き付けられた細く限りなく透明に近い腕をふりほどいた。
「何って、シンちゃんを迎えに来たのよ」
「隠れるように出てくることないでしょ!アンタもしかしてストーカーなんじゃないの?!」
「失礼ね。略奪愛だと言って欲しいわ」
「何よそれ!古すぎて作者もそれ以上書けないようなこと言わないでよ!」
アスカとレイの竜虎の戦いはいつものように始まっていた。勿論そろばん5級・家事2段のシンジに二人の争いを止められるわけがない。シンジの両腕を左右から抱え込んだアスカとレイの口喧嘩は、遊園地につくまで続いた。シンジの胃酸が過剰に分泌されたことは言うまでもない。シンジの胃壁崩壊まであと5ミリ。
「なんでアンタ達がここにいるのよ?!」
シンジの家からバスで20分余り、第三新東京市の郊外にある総合遊園地のゲート前には、予想通りと言うべきか、お約束と言うべきか4人の少年少女が集結していた。
「っふ、任務だ」
「最近ワイの出番が少ないと思ってな。自主登場や」
「なんでって・・・・、あ、それは、す、鈴原がどうしてもって誘うから・・・」
「遊園地はいいね。ラブコメの極みだよ」
先話から怪しさ爆裂のケンスケ、最近出番が少ないトウジ&ヒカリ、鳴り物入りで登場した割には活躍がいまいちで巨人の清原状態にさしかかっているカオルの四人は、並ぶように入場券売場に立っていた。
アスカにとっては親友で邪魔する可能性がないヒカリはともかく他の三人は許し難い存在であったし、レイにとってはキールに送り込まれながらもまじめにサポートしようとしないカオルを含めて四人全員が鬱陶しい存在であった。
アスカはすでにカメラを取り出して激写を始めているケンスケにアンディ・フグばりの踵落としをたたき込んだ後、トウジを視線で殺し、一番やっかいそうなカオルに突っかけた。
「ちょっと渚!アンタ何でもかんでも”極み”で片づけようとするのはそれこそ没個性の極みよ!作者のオリジナリティーの無さは自分で補いなさいよ!」
「でも紋切り型なのは日本文化の典型だよ。葵の印籠の代わりだと思って大目に見るのが調和を重んじる日本という国じゃないのかい?」
「日本文化を勘違いした外国人みたいな風貌してるくせに何言ってるのよ!アンタみたいのが浴衣なんか来たら胸の前で帯を締めるのよ!!」
アスカは言葉の攻撃と平行して、肉体の攻撃にも移っていた。今日は服装がパンツルックだけにアスカの行動は身軽だ。お弁当の包みはシンジに持たせてあるので華麗な足技を阻害するものは何もない。
遊園地の鉄柵を背にしておりカオルの逃げ場はないことを確認していたアスカは、K−1で最もテクニカルなファイトをするオランダの精密機械アーネスト・ホーストを意識した噛みつくようなローキックで牽制した後、体重の乗った正拳突きを繰り出した。鉄柵と隣にいるヒカリに逃げ道を奪われたカオルは不覚にもその攻撃をまともに受け、血しぶきを上げながら沈んだ。
「こ、これは二重の極み・・・・。極みばかりはいけないと自分で言っておいて、畑違いのこれを繰り出すとは・・・・」
それにしてもカオルは以前にも二重の極みを食らったことがあるのだろうか?一度受けたことがなければ、その攻撃を認識できないはずでは・・・。作者の知らないところで修行をしていたカオルは全治61行の怪我を負いアスファルトに倒れ込んだ。
血塗れのカオルを遊園地のオブジェのごとくほったからかしにした一行は絶叫マシンの前に来ていた。ただ垂直に上昇し、そのまま落下する、そのどこがおもしろいのかと言われればそこまでだが、このフリーフォールは人体が耐えられるギリギリのラインで設計されており入り口には<心臓の弱い人お断り>の看板と共に保険会社の出店まである念の入れようであった。
アスカが最初にこれを選んだのには理由がある。タイトならともかくフリルのワンピースを着ているレイがこれに乗るとスカートが捲れ上がってしまうからだ。両腕は肩から固定されてしまうため、手で押さえることもできないので、まくれ上がるような服を着てこれに乗る女性はいない。
(これで当分シンジと二人っきりね!何回も乗ってレイに付け入る隙は与えないわ!)
だがアスカの期待を裏切るのはレイの仕事みたいなものである。気づいていないのか、それとも羞恥心を持ち合わせていないのか、レイは何食わぬ顔でシンジの腕を撮るとあっけにとられるアスカを尻目に素早く最前列に並んでしまった。
まだ開園間もないのですぐに順番は来る。レイは一番端の席に座るとシンジを横に座らせ、拘束具を係員にセットしてもらっていた。アスカはレイの非常識さを失念していたことを公開したが、自分もシンジの隣に座ると覇者の順番を待っていた。
「ねぇ、シンちゃん。実は私こういうの怖いの。一人でいるようで怖いからずっと私の方を見ていてくれない?」
「え、別にいいけど」
レイの一言にシンジが振り向いた瞬間、絶叫マシンは唸りをあげて上昇を開始した。
「きゃあっーーーー!!」
絶叫と悲鳴と空気が頬を切る。だがシンジの視界にはそれとは違ったものが飛び込んできた。白いミニのワンピースから捲り上がったレイのガラスのような足。そしてその奥にある純白の下着。首をレイの方に向けたまま発射の時を迎えたシンジの筋肉は硬直してしまい、レイの純白の下着はシンジの目に焼き付いてしまった。
「見たのね・・・・シンちゃん・・・・」
拘束具をはずされ広場に出てきたレイはわざとらしく両手で顔を覆うとシンジにすがりつくような声を出した。
「だ、だって綾波がこっちを見ててって言うから・・・・」
「綾波家の掟では下着を見られることは身体を許すことに等しいの。責任とってね、シンちゃん・・・・」
ウルウルした声で言ったレイのひとみには透明の液体が浮かんでいる。いつでもどこでも泣けるというのはレイの必殺技の一つであった。瞳の色は元から赤いから嘘泣きだとばれることもない。
「ちょっと言いがかりは止めてよ!アンタが勝手に見せたんじゃない?!」
どこかで聞いたことのあるセリフ・・・・。アスカが無意識の内に言ったセリフは見事な連鎖反応を起こして周りに伝染した。
「なによ、その子のことかばちゃってさ。なになに?ひょっとしてあなた達できてるの?」
「うっ!!」
ヒューヒュー
「ちょっと授業中よ!静かにして下さい!」
「僕も興味があるね。続けてくれないかい?」
すでにパブロフの犬と化していた一同はすでにお約束となっていた行動をとってしまった。ケンスケとトウジは両手でメガホンを作ってちゃちゃを入れる念の入れようである。話の展開から脱線しようとしていたシンジ達をProject Eの世界に連れ戻したのはホモではないせいかいまいち調子のでないカオルである。
ミサトの脳天気な声の代役はクールさが売りのカオルにはつらかったようだ。作者の数え間違えがなければ61行ぶりに復帰したカオルは血塗れになった服を脱ぎ捨て、衣装まで変えて再登場していた。
「まそれはいいとして、シンジがアンタのパンツ覗き魔なのはお約束じゃない!今更そんなことで責任とれるわけないでしょ!」
「まあそれもそうだね。シンジは前回、惣流の胸まで揉んでいるわけだし」
「えっーーー!シンジおまえそんなうらやましいことを!!!」
「ふ、不潔よ!二人とも!!」
あの日ビデオから写真を取り出していたケンスケは勝ち誇ったように証拠写真を取り出すと高々と掲げて見せた。ケンスケの手に握られた写真には南国調の花柄の水着に包まれたアスカの健康的な胸に手を当てるシンジがはっきりと映し出されていた。
「その時シンジの手はアスカの豊満な果実に触れていた。緊張で震えるシンジの手の痙攣はアスカの恥じらいと肌を微妙に刺激し、アスカはせつない声をあげる。シンジの心臓の鼓動が男にしては細い指を通じてアスカの肌を伝う。その瞬間アスカは・・・」
ドガッ!!!
顔を真っ赤にしていたアスカの踵落としは再びケンスケをアスファルトに沈めていた。今度はアンディ・フグではなくピア・ゲネットというテコンドーのチャンピオンを意識したスピード重視の踵落としである。いやテコンドー式にネリチャギと言うべきなのであろうか?
「何訳の分からないナレーション入れてるのよ!めぞんエヴァにおいてもらえなくなったらどうするの?!ここまで連載を続けて”ここは18禁サイトであるためこの小説には退場していただきました”なんて大家さんのコメントが乗ったら、アンタどうやって責任とるつもりなの?!」
アスカの機転により官能小説突入の危機を回避した一同は、この後無難にヴァーチャルシップでの体感宇宙旅行を楽しみ、少し早い昼食を取ることにした。園内は週末で結構混んでいるので場所をとられる前に昼食を食べてしまおうというケンスケの提案にアスカとレイも賛成し、一行は木陰ににビニールシートを広げた。
「さあーって!メシや!メシ!」
この時のためだけに来ていたような気がするトウジが陽気な声をあげる。欠食児童同然のトウジの目の前にはヒカリが作ってきた見事な料理が並べられている。アスカとレイも持参してきたお弁当を取り出す。事前に連絡を受けていたシンジは弁当を持ってきていない。以前アスカのシチューで酷い目に遭っているシンジは、アスカが弁当の蓋を取るときかなりビクついていたが、出てきたのがかなりおいしそうに見える料理だったので胸をなで下ろしていた。
だが、蓋を開けるときシンジ以上に緊張していたのはアスカである。全体的にはよくできた。ユイの教えがよかったのか、アスカにも料理の素養が少しはあったのかローストビーフも松茸ご飯も予想を上回るできである。鶏の唐揚げも黒こげと半生を一度ずつ繰り返した後の三回目でうまく揚がった。
問題は卵焼きであった。”技術がなければどうにもならない料理”に属する卵焼きはアスカにとって鬼門だと予想されていたのだが、その通りになってしまった。二時間卵と格闘した結果残された物は、三パック分の卵の殻と消し炭のような卵、幾つかの所々に焦げがついた卵焼きらしきものであった。アスカは卵焼きを入れようか入れまいか散々迷った挙げ句、焦げを包丁でこそぎ落としてなるべく形のよいものを二つだけ隅っの辺りに目立たないように入れた。
(やっぱりアタシは料理の才能ないのかな?・・・・)
横目で見たヒカリの見事な卵焼きと比較したアスカは少し惨めな気持ちになった。シンジやユイが作る芸術品のような卵焼きがスタンダードにあるアスカには自分の作った卵焼きはみすぼらしい卵の塊にしか見えなかった。
「わあ、すごいや!このローストビーフとってもおいしいよ。実はアスカ料理うまかったんだね!」
「あ、当たり前よ!このアタシが本気になればざっとこんなものよ!」
卵焼きのことが頭から離れなくなって内心暗い気持ちのアスカだが、気丈な言葉を返す。各種のお弁当の具のなかにあって卵焼きは目立つ物ではない。しかしシンジの一番の好物でもあるし、お弁当の土台となる大切な一品だ。卵焼きに自信がないということはお弁当自体に自信がないことと同意義なのである。
「シンちゃん、私のお弁当も食べてね!」
シンジのシャツの袖を引っ張ったレイは自分が作ったサンドイッチを広げる。豪華絢爛、金に任せたような具を使っているサンドイッチがまずいわけがない。そのまま食べてもおいしいものばかりなのだから。と言ってもレイの料理の方向性は間違っているとは決して言えない。結局の所、おいしいものを食べる方法は二種類しかない。金を掛けるか、手間をかけるかだ。
シンジはアスカとレイのお弁当を交互に食べながら双方の料理の腕を誉めていた。でもアスカは表面は胸を張りながらも内心はさえない。次々になくなっていくおかずの中で、卵焼きだけにはまだ手がつけられていなかった。弁当箱の隅で寂しそうにしている卵焼きは、今のアスカに似ていた。
「マイスイートハニー・アスカ!僕の分はないのかい?」
トウジがヒカリのお弁当を平らげ、ケンスケが軍隊用の保存食を食べている合間にもカオルは一人暇そうであった。もとよりカオルが自分で弁当を作ってくるわけがなく、買いに行く暇もなかったので手持ちぶさたであった。
「あるわけないでしょ!アタシは自分とシンジの分しか作ってきていないわよ!」
「あ、でもアスカ。アスカと綾波両方の分は僕一人じゃ食べきれないよ。それにカオル君だけ一人じゃかわいそうだろう?」
結構ボリュームがあるアスカとレイの弁当を食べきれそうもないと思っていたシンジは、カオルに助け船を出す。
「ありがとう!シンジ君!とっても嬉しいよ。君は本当にいい人だね。好意に値するよ」
カオルはシンジに頬ずりせんばかりに抱きつくと涙ながらに感謝の声を言った。
「ちょっと!お弁当は分けてあげるから、シンジに抱きつくのは止めなさいよ!それともやっぱりアンタ、ホモに逆戻りなの?」
「逆戻りとは酷いじゃないか。僕はいつだってアスカ一筋だよ」
カオルはアスカに微笑みかけるとシンジの対面に腰掛け箸を取る。カオルがレイの生ハムのサンドイッチを分けてもらいながらアスカの弁当箱に箸をむけようとした瞬間、シンジは何気ない声で言った。
「あ、カオル君ちょっと、待ってね」
シンジはそう言うと弁当箱の隅で取り残されていた卵焼きに箸を伸ばす。
「この卵焼きは最後までとっておいたんだ。これだけは僕に食べさせてね」
シンジのその言葉は誰に向けたものでもなかった。強いて言えば独り言に近いものであったが、無意識のうちにでてきた自然な言葉であった。だがそれを聞いたアスカの顔は心底晴れやかなものになった。南国に咲くカラフルな花のように笑ったアスカは涙が出て来るくらい嬉しかった。アスカは不器用な自分に丹念にコツを教えてくれたユイと二時間も卵と格闘した自分自身に誰にも聞こえないように心の中だけで感謝した。
そんなアスカをレイは内心複雑な表情で見ている。理由はよく分からないが、アスカはすごく嬉しそうだ。自分のお弁当が味で負けているとは思えないが、シンジの好みを知っている分だけアスカの方が優位であったのかもしれない。
(アスカったらーーー!あんな嬉しそうな顔しちゃって何があったというの?!でもまだまだ勝負はこれからよ!レイちゃん負けないんだから!!)
昼食の後定番とも言えるジェットコースターとコーヒーカップを消化したシンジ達はお化け屋敷の前に来ていた。
「どうしたの?アスカ」
腕から伝わる震えを感じたシンジはアスカに聞いてみる。そう言えばアスカとは長いつきあいだが、お化け屋敷や肝試しなどオカルト系のことをしたことはなかった。霊能力や超常現象のテレビ番組を見ていることもないし、割と本を読むアスカの部屋にその類の本は一冊もない。
「べ、べべ別に怖くなんかないわ!ちょっと嫌いなだけよ!!」
アスカは言葉と身体両方で恐怖感を露わにしていた。肩は震えているし薄くリップを塗った唇も心なしか青紫色だ。腕を組んでいるというよりしがみつかれたシンジは、幼なじみの意外な弱点を発見に少し戸惑いの色を見せる。反対にレイの顔色は薔薇色に染まり始めているのだが、アスカ曰く”色素欠乏症”のレイの顔は表面上の変化は分からない。
「あら嫌いなら無理することはないわよ。私とシンちゃんだけでいってくるから」
レイは半ば勝ち誇ったような声をアスカに向ける。”月刊 黒魔術”や”週刊 オカルト”を定期購読しているレイにとってお化け屋敷などは怖いという範疇にもはいらないものだった。どちらかと言えばそんな雑誌を定期購読している14歳の少女の方が余程不気味なのだが。
「だ、大丈夫よ!さ、さあ行きましょ!」
売られた喧嘩を買わなかったことはないアスカはシンジの腕を取ると大股で入り口に向かって歩き出す。シンジの反対側の腕をとっていたため、数珠繋ぎのように引っ張られたレイは不敵な笑みを浮かべながら引っ張られていった。レイは一瞬カオルの方に怪しげな視線を向け、銀髪の少年は乾いた微笑をもってそれに応えた。
すでにおまけと化していたトウジとヒカリはセリフも与えられないままそれに続く。最後に取り残された相田ケンスケはお化け屋敷入り口脇のベンチで装備の選択に迷っていた。
「暗視スコープつき眼鏡は必須だな。それからカメラは夜間用のこれと・・・」
ただしケンスケは次の瞬間から迷う必要がなくなっていた。音もなく背後に忍び寄ったカオルの手刀を後頭部に受け、昏倒してしまったのである。はたから見るとカメラを持ったまま眠っているようにしか見えないケンスケは、シンジやトウジからも忘れ去られ、閉園時間に守衛に起こされるまでその場で彫像となっていた。それがキールの意を受けたカオルの諜報活動の一つであるか、筆者がケンスケを書くのが面倒になったから眠らせたのかは定かではなかったが。
「ア、アスカ!そんなにしがみつかないでよ。動けなくなるから」
「う、うるさいわね!こういうところはゆっくり見た方がおもしろいのよ」
無理をしてお化け屋敷に入ったものの、アスカの行動は鈍かった。なるべく周りを見ないように下を向きながらシンジにしがみつき、心配になったヒカリが肩を叩いたときには大音量の悲鳴を上げてそれに応えたものである。左半身をアスカに占拠されたシンジは、漬け物石かタイヤを引きずって歩くような気分だった。アスカの柔らかな双丘が肘に当たるので悪い気持ちはしなかったが。
「ね、シンちゃん!あっちにもいってみようよ」
亀のような速度で歩くアスカとは逆にレイはとても軽やかだった。アスカに合わせて歩みが遅いシンジの周りをクルクル回りながら、お化け屋敷を満喫している。しかも血が噴き出す生首の頸動脈の位置が違うと文句をつけたり、棺桶から出てきたドラキュラにタイミングが悪いと怒鳴りつけたりしていた。
「う、うん。そうだね・・・・」
レイの意外な一面を見つけたシンジは、しがみついているアスカを気遣いながら先行しているレイに続いて次の部屋に足を踏み入れた。
「う、暗い!」
お化け屋敷なのだから照明が落とされているのは当然なのだが、その部屋は本当に真っ暗に近かった。蛍火のような光が遠くにぼんやり見えるだけで1m先を視認することすら難しい。
「きゃあっ!!!」
シンジは左半身が急に重くなった。しがみついていたアスカはズルズルと床に座り込んでしまった。
「どうしたの?アスカ!!」
シンジの声に茜色の髪の少女は応えない。歯をカタカタさせたまま座り込んでいるアスカは腰が抜けてしまったようだ。アスカが座り込んだ床には口を大きく開け絶叫しているような男のホログラフィが映し出されている。
「アスカったら本当にホラーが苦手なのねぇ・・・・」
「だ、だって、ヒカリ・・・・」
心配そうにしゃがみ込んだヒカリは親友を落ち着かせようと笑いかけた。
「でもアスカにも苦手なものがあるってわかって少し安心したわ」
ヒカリの言い方がごく自然なものだったのでアスカは少し落ち着きを取り戻したようだった。自分の真下にあるホログラフィを睨み付けると、口を大きくあけたまま不気味に発光している男の顔に悪態を付く。
「でも近くであると分かっていれば子供だましね!」
「キャアアアッ!助けてシンちゃん!!」
その時先に行っていたため、一時シンジ達の前から消えていたレイの悲鳴が響く。まだ立てないアスカを取り囲むようにしていたシンジ達の耳にもガラスに爪を立てたようなレイの悲鳴が耳に響いた。
「シンジ君!アスカは僕たちが見ているから君はレイのところへ行ってくれ!」
アスカの背後に支えるようにしていたカオルの瞳はいつになく真剣だった。シンジは一瞬躊躇した後アスカを見るが、茜色の髪の少女が何も言わなかったので悲鳴の方に向かって走り出した。
しかしアスカは何も言わなかったわけではない。言えなかっただけだ。背中を支えるように回り込んだカオルに声が出せなくなる背中のツボを突かれ、口を振るわせていた。アイスブルーの瞳に憤懣と懇願の色が灯っていたのだが、お化け屋敷の暗さはアスカの瞳の色を消していた。
「ちょっっと!何をするのよ渚!!」
「どうしたんだい、アスカ?急に大きい声を出して」
「アンタ何かしたでしょ?!急に声が出なくなったもの!」
「心外なことを言わないでくれよ、アスカ」
シンジが走り去り、カオルが背後から離れてから声が出せるようになったアスカは早速不平を爆発させていた。
「そんなことよりシンジと綾波を追いかけた方がいいんとちゃう?」
珍しく建設的なことを言ったトウジの言葉にアスカはすばやく反応した。カオルの妙技によって束縛されていた身体が猫科の猛獣のように動き出す。先程まであれほど怖がっていたお化け屋敷もすでに気にならないらしい。襲ってきたろくろ首を左アッパーではじき飛ばすとシンジが消えていった方向に走り続ける。
アスカの変貌ぶりに顔を見合わせたトウジとヒカリは軽く溜息をつくとその背中を追った。一人取り残されたカオルは少々意味不明な言葉を呟いた後、トウジとヒカリの行動に殉じた。
「今日のアスカはフロントホックか・・・・。少し残念だったかな?」
服の上からでもブラのホックをはずせる黄金の指を持つ男・渚カオルはクールな眉を少しひそめていた。
「大丈夫?綾波・・・・」
綾波レイは驚くほど簡単に見つかった。当てもなく直進していたシンジであったが、髪の毛と瞳の色以外は純白で染め抜かれたレイを暗闇で探すのはそれほど難しいことではなかった。
「うん、大丈夫。ちょっと足をひねっただけ・・・・」
レイはか細い声でそういいながら立ち上がろうとした。だがおぼつかない足下はスリムなレイの体重すら支えることができずに崩れ落ちる。シンジはあわててレイを抱きすくめて倒れかけるレイを支えた。
「だ、駄目だよ、綾波。無理をしちゃ!」
「で、でもこの先に休憩室があるはずなの。そこまでいけば・・・・」
騎乗にもそう言ったレイは再び歩きだそうとするが、視界の悪い暗闇でもそれが無理なのは明らかだった。
「じゃ、じゃあ僕がおぶっていくから・・・・」
シンジは顔を照れに染めながら言った。去年の体育祭で転倒したアスカを負ぶって医務室に行ったことが不意に思い出される。女性をおぶるのはこれで二度目だった。
「う、うん。じゃあ・・・・」
怪我をしているわりにはすばやくシンジの背中に回ったレイはほとんど抱きつくような格好で背中にあがった。どうやってシンジにおぶってもらうか思案をめぐらせていたレイは、”レイちゃん大作戦その3”を発動しそびれて少し残寝そうだったが、愛おしそうにシンジの背中にしがみついた。
「あ、綾波、そんなにくっつかないでよ」
「どうして?そうしないと落ちてしまうわ」
レイのきしゃで白い腕が首に絡まり少しバランスを崩したシンジは抗議の声をあげるが、レイはほとんど聞いていないようである。仕方なくシンジは立ち上がり、とにかく休憩室まで行くことにした。
「休憩所はどっち?」
「ええっとね。確か順路って書いてある脇の細い道を右に折れて・・・・」
シンジの背中で妖艶な微笑を浮かべたレイは、表情とは全く別の蚊の泣くようなこえを絞り出してシンジをナビゲートし始めた。
「ごめんなさい、シンちゃん・・・・・・」
シンジとレイは完全に迷っていた。シンジはレイが言う通りに進んでいたのだが、休憩室は全く見つからず、完全に正規のルートから外れてしまったようだ。お化け屋敷はおもいのほか広くて元来た道もよくわからない。シンジとレイは用具が置いて有る津路で右往左往していた。
「少し休みましょう、シンちゃん。ずっとおぶったままじゃ突かれるでしょう?」
レイに指摘されてみてシンジはかなり突かれていることを自覚した。そう長い時間おぶっているわけではないのだが、迷っていることが一層疲労感を増しているのだろうか?レイをゆっくりと床に下ろしたシンジはへたりこむように座り込んだ。
「ごめんね、シンちゃん・・・・」
「別に綾波のせいじゃないさ」
「シンちゃん・・・・」
レイは甘い声を出すとシンジにすり寄ってきた。肩がむき出しのワンピースを着ているレイの肩がシンジの腕に触れる。レイの艶やかできめの細かい肌の感触は言葉では表現できないほど気持ちが良かった。抱きつくような格好になったレイからほのかに薫る香水がシンジの鼻孔と神経をくすぐる。
ドキドキドキドキッ
心臓の鼓動が早くなっていくのが分かる。レイの鼓動も伝わってくる。暗闇の中、視覚が遮られているだけその他の感覚は敏感になったようである。僅かな肌のふれ合いからでも相手の緊張しているのが分かる。
「シンちゃん・・・・」
「あ、綾波・・・・」
シンジとレイの距離が一層近くなる。顔を見合わせた二人は催眠術でもかけられたのように見つめ合った。レイが目をつぶる。シンジの心臓の高鳴りは頂点に達する。魅入られたようにレイだけが脳の中を支配する。
(綾波の身体。綾波の息づかい。綾波の匂い・・・・)
唇の距離が近くなる。互いの呼吸だけではなく体温が分かるくらいに。シンジはレイの唇の温度が高いことに驚いていた。あと5cm、4cm、3cm、・・・・シンジは頭の中を真っ白にしながら、レイはガッツポーズを決めながら、両者の距離は極限まで接近していた。
「何してるの?!アンタ達!」
「やっと見つけたわ!」
触れ合う瞬間に飛び込んできたのはアスカであった。アスカは女の勘を頼りに行方不明になったシンジとレイを探し回り、すんでのところでレイのシナリオを変更することに成功した。
「まったく、お邪魔虫とはあなたのためにあるような言葉ね」
本当に足首をひねっているのかと疑いたくなるくらい軽やかに立ち上がったレイは、氷の炎を宿したような瞳でアスカを睨み付けた。
「アンタみたいな泥棒猫に言われたくはないわね!」
「誰が泥棒猫ですって?!」
「アンタ以外に誰がいるって言うのよ!分からないようなら、アンタ相当頭が悪いんじゃないの?!」
「ちなみにこの小説の設定ではあなたは学士の資格を持っていないのよ。一人だけ秀才ぶるのは止めてもらえるかしら?」
「秀才ぶるんではなくて、アタシは本当に頭がいいのよ!」
「謙遜という言葉を知らないの?一歩ひいて行動するのが日本人の美学というものよ」
「赤い目に空色の髪をしたアンタに日本人がどうのこうの言われたくないわ!」
「ところで惣流・アスカ・ラングレーって無茶苦茶な名前ね。どこがミドルネームなのか名字なのかもわからないわ」
「なんですってっ!!」
「シンジ、ほっといた方がええんとちゃうか?出口はすぐそこだしとりあえず出ようや」
何人にも止めることができない戦いを始めてしまった二人は、収まりがつくまでほっておくしかなかった。口喧嘩が序盤戦を迎えた頃にアスカに追いついたトウジは何もできずに突っ立っていたシンジの肩を軽く叩いた。
外はすっかり夕暮れ刻だった。ビルの合間に身を沈めた太陽が真っ赤に燃え上がり、街を赤く染めていく。お化け屋敷の暗がりから出てきたばかりのシンジの目にはまぶしいくらいの夕陽だった。
巨大な観覧車が影を伸ばしている。沈む間際の太陽に当てられた観覧車は自分が登場しなかったことに不満だらけであるかのように存在を誇示していた。この遊園地の観覧車から見える夕焼けの美しさは定評がある。シンジも楽しみにしていたのであるが、お化け屋敷でまだ喧嘩を続けているアスカとレイを見ると観覧車に乗るのは次の機会に持ち越されたようである。
「また来れるといいね」
みごとな夕焼けに心が洗われるような気持ちになったシンジは、同じように景色に見とれていたトウジとヒカリに声を掛ける。赤く染め抜かれたパノラマだけが三人の心を支配する。
三人の頭の中からはしばらくの間、全てのものが抜け落ちていた。遊園地のオブジェとなっていたケンスケも、いつの間にか存在を抹消されたカオルも、お化け屋敷ではてしない戦いを続けるアスカとレイも、そしてようやく、本当にようやく目前に迫った林間学校のことも。
何はともあれ、林間学校は明後日。
MEGURUさんの『Project E』第十七話、公開です。
ポエティに始まる序文。
形になってきましたね(^^)
特にいいのが
[大きめのパジャマの上だけ]
[シャツがはだけて白い肌が露わになる]
アスカの事ばかりって?
・・私はアスカ人だ!
威張ってどうする(^^;
でも、この格好は本当に・・・・素晴らしすぎる!
さあ、訪問者の皆さん。
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