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Project E

第十六話

「彼女が水着に着替えたら」


 「シンジ、今日は午後から買い物に行け。ちなみに明日は遊園地だ」

 碇ゲンドウの言葉はいつもながら唐突で身勝手だ。しかもこの男の言葉は口から出た瞬間決定事項として扱われる。その決定を覆せるのは地球上に彼の妻くらいしか存在しない。無論シンジごときにどうにかできる類の物ではない。それでも反論を試みたのは成長の現れか?それとも世間知らずの無知のなせる技か?

 「そ、そんなの無理だよ!今日は学校があるじゃないか!明日は土曜日だからまだいいとしても行けるわけないよ!」

 「ふっ、それなら問題ない。学校に行ってみれば分かる」

 ゲンドウは口元だけでニヤリと笑うと激昂したシンジなど全く考慮に入れていないがごとく、朝御飯に添えられている茄子の漬け物に箸を滑らせた。食卓にはユイが用意した朝御飯が並んでいる。鰆の西京づけの焼き物にキュウリとわかめの和え物、しじみの澄まし汁にご飯。今日の碇家の朝御飯は和食であった。
 シンジはゲンドウの問答無用の言葉にまだブツブツと不満と疑問をこぼしている。本人は心の中だけに留めておくつもりだったのだが、一部口から外に漏れだしている。ゲンドウはシンジをギョロリと睨み付けた後、何も口にせず黙っていた。古人曰く”沈黙は金なり雄弁は銀なり”である。特にゲンドウのように強面の男が沈黙を保っていることによる圧力がどのくらいのものであるかを、碇家の家長はよく知悉していた。

 「林間学校に必要なものは今日全て揃えておけ。先日渡したカードを使えば資金の面では問題ないはずだ」

 息子の不満があきらめに変わるのを待ってからゲンドウは口を開いた。

 「それから水着を買うのを忘れるな」

 「水着?林間学校は北海道でスキーだよ、父さん?それに水着は去年買ったし・・・」

 「誰がおまえの水着を買えと言った。アスカちゃんに買ってやれと言ったのだ」

 「アスカに?どうして?」

 とぼけたような口調で返す息子にゲンドウは怒りと失望を隠しきれないでいたが、他人にも分かる行動として出したのはシンジを更なる鋭い目つきで睨み付けることとあきれた調子の声を出すことであった。

 「まったく何も分かっていないなおまえは。この連載もすでに佳境に入っているというのに読者サービスが少ないことに苦情が来ておるのだ。プールや海に行く設定を作っていないから、こうでもしないとアスカな人々に納得してもらえないだろう?」

 「そ、そんな強引だよ!父さん!」

 またもやゲンドウの横暴な発言に抵抗を見せたシンジだが、その声はゲンドウに届いていないようである。おもむろに立ち上がったゲンドウはいきなりあっちの世界に旅立ちどうしようもない一人芝居をはじめていた。

 「ねぇ、シンジ。この水着どうかな?似合う?」

 「うん、そうだね。でもこっちの方がアスカの美しさを際だたせると思うよ」

 「で、でもシンジ。これ露出が多くないかな?」

 「いやアスカは素材が最高だからその魅力を全面に押し出した方がいいんだよ」

 「そうかな?でもシンジがそう言うんだったら・・・。試着してみるね」

 ガラッ

 「着替えはすんだアスカ?」

 「バ、バカ!まだよ!ちょっと何見てるのよ?!」

 「いや裸のヴィーナスが降臨したみたいで見とれてしまったんだ・・・・」

 「シ、シンジったら・・・」


 ドゴッ!!


 不気味に顔を振るわしていたゲンドウはいきなり沈没した。その後ろには中華用の大型のフライパンで殴りつけたユイが仁王立ちしている。

 「まったく何をやっているんですかアナタ!あなたの一人芝居を想像した読者が吐き気をもよおしているでしょ!ほら、シンジも早く部屋に戻って着替えてらっしゃい。アスカちゃんも、もう来る頃よ」

 ゲンドウに圧倒されて全身を凍り付かせていたシンジはようやく身体が活動を再開していた。ごちそうさま、と手を合わせた後食器を流し台に運び、逃げるように自室に戻っていく。

 「それにしてもアナタ、なぜ明日は遊園地なんです?」

 「ラ、ラブコメのお約束というやつだ・・・。それよりユイ・・・・」

 「どうしたんですか?」

 「・・・・言い残したことがる・・・・」

 「何ですか?改まって」

 「・・・・今回の題だ・・・・」

 フローリングの床に突っ伏しながら弱々しい声を出す夫を、ユイは冷ややかに眺めていた。後頭部は盛大に陥没しており出血も多い。しかしその時ユイが考えていたのは食堂が絨毯敷きでなくてよかったということだった。この程度ではゲンドウは死なないと思っているのか、又は死んでもすぐに生き返ってくると確信しているのか、あるいは死んでも差し支えないと見放しているのか。とにもかくにも腰に手を当てて呆れたように立っているユイは渋々ばがら瀕死の夫の会話に合わせてやることにした。

 「それで今回の題はなんていうんです?」

 「・・・・彼女が水着に着替えたら・・・・」

 床と抱き合ったまま妻の質問に答えたゲンドウはそこで気を失った。ユイは夫の惨状に溜息をついた後、ガムテープを後頭部に張り付けトマトジュースを1リットルほど強引に口に流し込んだ。その後とどめとばかりにゲンドウの唇と自分の唇を密着させる。医学的には非論理性に溢れた行為であったが、ゲンドウは謎に意識を取り戻した。

 「目が覚めたアナタ?」

 「ふっ問題ない」

 この日の碇家の朝はこんな風にして始まった。




 「早くしなさいよ!バカシンジ!」

 「分かってるよ、アスカ」

 「分かってるならもっと速く走れないの?!」

 シンジとアスカは今日も廊下を疾走していた。十分に間に合う時間に家を出たのであるが、途中の行程をたわいもないお喋りに費やした二人は、今朝も遅刻ギリギリだった。手すりを使って走る速度を落とさず階段を駆け上がり右に曲がる。予鈴が鳴ったにも関わらず廊下に溢れる人混みをかき分け三階の一番奥の2−Aの教室にあと少し。一歩二歩三歩、アスカはドアに手を掛け勢いよく開けた。


 ガラガラッ


 「あれ?」

 息を切らして飛び込んできたアスカとシンジを迎えたのはいつもと全く違う教室の風景だった。もうすぐ朝のホームルームが始まる時間だというのに2−Aの教室にはほとんど人がいない。いや正確に言うと一人しかいない。出席番号1を示す窓側の最前列に佇む相田ケンスケを除く生徒は全員いなかった。
 アスカは今日の予定表を思い浮かべてみる。アスカの脳には朝礼も学年集会もクラス行事も記憶されてはいない。黒板の脇にある連絡ボードにも何も記入されておらず、シンジとアスカは困惑を極めた顔つきで教室に入った。

 「ケンスケ、他の人達は?」

 「よくわからないけどみんな来ていないんだ。どうしたんだろうな、まったく・・・」

 神妙な言葉とは裏腹にケンスケの顔つきは怪しさ全開であった。朝のさわやかな陽光もケンスケの眼鏡を反射すると不気味な光に早変わりする。

 「トウジや洞木さんも休みなのかい?」

 鈴原トウジと洞木ヒカリの両名はほとんど学校を休むことはない。トウジは物好きなヒカリ以外の人間にとっては健康だけが取り柄であるし、毎日規則正しい生活をしているヒカリも体調を崩すことは滅多にない。一年生の頃から二人と同じクラスだったシンジは、トウジとヒカリが揃って休む日があるなんて不思議でたまらなかった。

 ガラッ

 自分の席に鞄を置いたアスカがシンジとケンスケの話に加わろうとした瞬間、教室のドアが開く。いつものように白衣を着て入ってきたのは赤木リツコである。

 「三人とも今日はもう帰ってもいいわ。このクラスではタチの悪い風邪がはやっているようね。今日は君たち三人以外はみんな休みよ。学級閉鎖が決まったわ」

 副担任のリツコは用件だけ簡潔に伝えると身を翻した。心なしか疲れているように見える。フレームがない眼鏡の奥の目は腫れぼったいし、倦怠感が全身を覆っているようだった。ただしリツコは教室を出ていく間際に首だけ振り返ると不気味に微笑んで見せた。ケンスケと目を合わせて頷き合った後、高笑いを残しながら立ち去る。シンジとアスカは規格外の状況に唖然としながらリツコの高らかな笑い声を聞いた。
 「それなら問題ない。学校に行ってみれば分かる」
 今朝の父親の言葉が不意にシンジの脳裏をよぎる。おそらくゲンドウ一味が何かしでかしたのだろう。シンジは名前もでない脇はともかくトウジとヒカリのことが気になったが、話の展開上殺されることはないと判断し一息ついた。

 「やれやれ、今日は学校に来るだけ損だったかな?」

 ケンスケは帰り支度をしながら芝居がかった声を出す。一流の諜報員に必要な能力として演技力というものがあるが、ケンスケはこの方面ではまだ修行が足りないようだ。怪しさとどす黒い意志が見え隠れしているのが、鈍感なシンジとほとんど事情を知らないアスカにも分かる。

 「それよりシンジ。おまえ林間学校の準備はしたのか?北海道はまだ冬だ。防寒は万全じゃないと風邪を引くぞ」

 「え、そうなの?スキーウェアとコートくらいは買ったけど足りないかな?」

 「それじゃ全然駄目だな。滑らない靴はあるのか?それと室内着だって厚手のものを揃えた方がいいぞ。そうだな、ステーション・デパートなら何でも揃っているからこれから行ってみようぜ?」

 「あ、う、うん・・・・」

 半ば強引なケンスケの誘いにシンジはたどたどしく頷いた。一応理由は整っているし、別にこれから予定があるわけでもない。それにシンジは他人の意向には逆らわないことを処世術の最上位においていた。

 「惣流も一緒に行くよな?」

 反駁の暇を与えないほど滑らかにケンスケはアスカに話を振った。アスカは先程から異様な教室の風景について何か知っているようなケンスケを問いつめようとしているのだが、なかなかきっかけが掴めないでいた。虚を突かれたアスカはケンスケを問いつめることもできず、慌てたように言葉を返した。

 「べ、別にいいわよ。シンジとアンタだけじゃ何となく不安だし・・・」

 「じゃあ、決まりだな。制服姿じゃまずいから一度家に戻って着替えてから11時にデパートの前でおちあおうぜ」

 ケンスケは計算尽くされた行動でシンジとアスカに反論の機会を全く与えず、言い終わると同時に鞄を背負い出ていった。シンジとアスカは互いに不思議そうに顔を見合わせるしかできなかった。

 教室を出た後、身を隠して中の様子をうかがい、唖然としているシンジとアスカを確認したケンスケは満足そうに頷いた。それから二人が出てくる前に小走りで走り去ると襟元の校章に向かって小さく声を出す。

 「こちらローンウルフ、第一段階完了」

 「こちらフェンリルの巣、了解した」

 ケンスケが校章に向かって囁くと耳元にある超小型レシーバーから周りには聞こえないような小さな音が返ってくる。普段から高性能のビデオカメラを持ち歩いているケンスケだが、先日の事件以来、本物のスパイ顔負けの装備を手に入れている。銃器は持ち歩いていないが、校章に似せた集音マイク兼発信器・超小型レシーバー・眼鏡の留め金に仕込んだ超小型カメラなど財団ネルフの技術の粋を集めたものを身につけていた。ケンスケにとっては感涙ものの品々であったが、それらが何をシンジとアスカにもたらすかは未だ謎に包まれていた。




 その頃綾波レイと渚カオルは監禁同然の状況に陥っていた。朝、どうも部屋の様子が変だと思って起き出した二人は自分たちが閉じこめられているこのに即座に気が付いた。窓とドアは溶接されていて開かないし、外から何かで覆ってあるみたいで日光も入ってこない。
 レイはクローゼットの奥にしまったポジトロンライフルで、カオルは無造作に床に置いてある携帯用ミサイルランチャー・スティンガー改をドアと窓に向けてぶっ放したが部屋全体を覆っている旧NATOの開発した特殊装甲板チョバムプレートはそのくらいではビクともしなかった。
 外部と連絡をとろうにも電話線は切られ、ジャミングが家の周囲を囲んでいる。やけになったレイは所構わずポジトロンライフルを乱射したが、特殊な単三電池四本で動いている携帯用小型ポジトロンライフルはすぐに電力不足で動かなくなってしまった。
 コンセントに差し込めば充電もできるのだが、以前あまりにもカラスがうるさいので電池が切れるまで撃ち殺して充電したところ、一ヶ月の電気代が数千万にも昇ってしまったことがあるので諦めた。もっとも電気も既に遮断されていたので充電は最初から無理だったが。

 「まったくどうなっているのかしら!主役の私を閉じこめるなんて!あ、もしかしたら窮地に追い込まれたヒロインをシンちゃんが助けに来てくれるという設定なのかしら?そうよ!きっとそうに違いないわ!」

 「かわいげのない戦法だね。不愉快の極みだよ」

 こうしてレイとカオルは夕方過ぎにゼーレの特殊部隊が助けに来るまで部屋の中で悶々と過ごすことになる。




 惣流アスカ・ラングレーは不機嫌であった。うまくいけばシンジと二人きりのショッピングにムッツリ・メガネ・オタク(アスカ談)が入り込んでいることも原因の一つだが、今日の出来事が自分の意志とは無関係に進行していくことが最も彼女の神経を損ねていた。
 ついでに言えば、ファッションがいまいち決まらなかったこともアスカの機嫌を悪化させている。身体のラインをやや強調するような純白ののノースリーブのワンピースに雑誌でもよく取り上げられるイタリア製のサンダルという出で立ちは、客観的に見ても十分魅力的な格好であったが、アスカは納得がいかないようだった。ペデキュアは十分じゃないし、アクセサリーも迷ってる内に時間が無くなって、真珠のイヤリングしかつける暇がなかった。
 9時過ぎに学校から帰ってきてシンジが迎えに来た10時半まで1時間半がアスカが準備に与えられた時間である。シンジなどは時間を完全に持て余してゲームにうつつを抜かしていたのだが、アスカはそうはいかなかった。
 お風呂に入り直し、髪型と服装を考え、アクセサリーを合わせる。化粧も薄くだがしなくてはならないし、フレグランスもコーディネイトしなくてはならない。年頃の女性とはそういうものだ。特に自分の好きな男と出かける前には。

 「ブーツに毛皮の手袋、セーターに厚手のシャツとスキーの時の帽子。まあこんなところかな」

 買い物袋を除きながらケンスケが言った。最初ケンスケはアーミーグッズが揃った店にシンジを連れ込み軍用ブーツに雪中行軍用のサバイバル用品を買わせようとしたのだが、アスカが横やりをいれたことで普通のものを購入していた。ただしブーツだけはあまり軍隊調ではないアーミーブーツを機能面から考えて買った。
 ケンスケは既に色々なものを持っているから買い足す必要はないようであり、アスカもかなり緯度が高いドイツに母親が住んでいる関係もあって冬用のものを新たに購入する必要はないらしい。買い物は主としてシンジのものばかりだった。

 1時48分

 途中ハンバーガーショップで軽い昼食をとったが、全ての買い物が済んでもまだ帰るには早すぎる。

 「水着を買うのを忘れるな」「誰がおまえの水着を買えと言った。アスカちゃんに買ってやれと言ったのだ」

 不意に父親の勝手な言葉がシンジの頭の中に去来する。ここまでは今朝ゲンドウが言った通りに物事が進行している。はっきり言って不気味極まりない。シンジの父親は予言者のような神秘性とはほど遠い存在だが、自分の思い通りの未来を作り出すためには国の一つや二つつぶしかねない人間だった。
 ゲンドウの言うとおり水着をアスカに買ってやらないと何かまずいことがおこるのだろうか?シンジはゲンドウが暗闇に立ちつくす姿を思い浮かべてぞっとしたが、言い出すきっかけも理由もつかめないし、まだ時間もあるのでただ流れるままにしておいた。

 (アスカに水着・・・。どんなものが似合うんだろう?)

 どうでもいいかなと思いつつ横を歩いているアスカをチラリと見たシンジは想像を膨らませる。去年は赤と白のセパレートの水着。確かその前はオレンジ色のワンピース、でもあれは背中と胸元がやたら開いた水着だったな。ええっとその前はなんだっけ?あのカラフルなヤツだ。でもあのカラフルな水着は首に掛けるところがない水着だったよな。あんなので飛び込みでもしたらめくり上がらないのだろうか?
 思わずシンジは何も着ていないアスカを想像してしまった。年々露出度が高い水着にモデルチェンジしているアスカを思い出していたら自然とそうなってしまったのだ。隣を歩いているアスカの肩が不意にシンジの肩と当たる。シンジは自分の心を見透かされたような気になって大げさに飛び上がってしまった。

 「な、何よ、シンジ!急に大きなリアクションして?」

 「い、いやなんでもないんだけど・・・・」

 シンジが妙にぎこちなくうつむくのでアスカが追い打ちを掛けようとした瞬間、前を歩いていたケンスケが二人に声を掛ける。

 「シンジ、惣流!8階でマリン・スポーツ・フェア開催中だってさ。おもしろそうだから行ってみようぜ」

 「そ、そうだね。時間もあるしそうしようか」

 少し気まずい空気が流れたのを振り払うようにしてシンジはケンスケの方に早足で歩いていった。アスカは釈然としないものを感じたが、仕方なくシンジの背中を追いかける。ファッションが思い通りにいかなかったせいだろうか、自分の思惑とは別のところで事態が流れているせいであろうか、今日のアスカは少し冴えがなかった。




 「あ、スキューバの道具がいっぱい揃ってる!ねぇシンジ見て見て!」

 スキューバダイビング・サーフィン・ボディボード・ヨットなど海と南国の薫りが溢れる特設会場に来た時からアスカははしゃいでいた。好きなものを見た瞬間モヤモヤと鬱積していた気持ちが急に晴れやかになったのかもしれない。

 「今年も沖縄にスキューバに行きたいね。シンジ」

 アスカは真夏の太陽のような笑顔をシンジに振りまいた。その笑顔の余りのまぶしさにシンジは顔を真っ赤に染め、ケンスケは任務を忘れて少しだけシンジに嫉妬した。
 去年、一昨年と碇家と惣流家は合同で沖縄に家族旅行に行っている。一年の大半をドイツの研究所で過ごしているアスカの母・キョウコも参加した楽しい旅行であった。アスカは最初の時に興味半分でやったスキューバがお気に入りで、講習を受けて資格をとったほどだ。勿論シンジもつきあわされて一緒に講習を受けに行っている。

 「あ、そうだね。今年も行きたいね。父さんに頼んでみるよ」

 シンジは珍しく積極的なことを言った。あとで考えてみたらあの父親にものを頼むことを宣言するなど随分大胆なことをしたと思ったものである。

 「あ、水着も売ってるな。今年はどんなものがトレンドなのかな?」

 アスカの笑顔に見とれていたケンスケだが、自分の任務のことを思い出すとなるべくさりげなく話を振った。

 「ア、アスカ。水着でも買ったらどうかな?僕が出すからさ」

 シンジは真っ赤になりながら言った。ケンスケはいきなりシンジが核心に触れたことに驚くとともに、もう少し自然な言い方はないものかと頭を抱えていた。一昨日の晩、司令書が届いてからケンスケは色々と策を練ってきたのだが、シンジは外堀も埋めずに切り出したことにほぞを噛んでいた。
 シンジの言葉は考えた末のものではなかった。さっきまでアスカの水着について考えていたので、ケンスケが水着という単語を口にした瞬間、化学反応が起こったように言ってしまったのだ。

 「そ、そうなの。ま、まあシンジがどうしてもって言うのなら仕方ないわね」

 アスカは不自然な言い方が少し気になったが、顔を真っ赤にしたシンジの気持ちだけはなんとなく分かった。赤い顔には父親に強要された読者サービスに対する義務感や14歳の健康な少年の妄想など様々な要素が含まれていたが、アスカは単純にアスカのことを思うシンジの気持ちしかくみ取らなかったようだ。

 ピピピピッピピピピッ

 突然ケンスケの左手から電子音が聞こえる。ケンスケの時計から発せられたものだ。ケンスケの時計はスイスの有名なパイロット・ウオッチ・メーカーの最新作で気圧・高度・気温・緯度経度・日の出日の入りの時間などを計測できるほか、取り付けられたアンテナを伸ばせば救難信号まで出すことができる優れ物だった。簡単な通信機能もついていてポケベルのような使い方もできる。中学生に買えるような値段の製品ではないが、数日前からケンスケはこの時計を腕に巻いている。

 「悪いな、急な用事が入った。水着選びは二人でしてくれ」

 そういうとケンスケはいそいそとエスカレーターに飛び乗ってその場を離れる。

 2時2分

 予定より2分遅れているが、許容範囲で仕事をやり終えたケンスケはエスカレーターに乗りながらホッと一息つくと7階の奥の方に入っていった。順調にことが運べば30分後に彼は仕事の報酬の一つを手にすることになる。

 「こちらローンウルフ、第二段階完了」

 「こちらフェBリルの巣、了解した。後はこちらでやる」


 いきなりケンスケがいなくなってしまったが、シンジとアスカはとりあえず水着売場に向かった。マリン・スポーツ・フェアの会場の三分の一を占拠している水着売場にはあらゆる種類の水着が勢揃いしていた。ほとんどは女性用だがこれは仕方のないことだ。

 「ええっと、どうしようなか?とりあえずこれとこれとこれと・・・」

 アスカは気に入った水着を片っ端から引っぱり出していく。アスカにはそれなりの選択基準があるのだが、その決断があまりにも速いため、横で見ているシンジには無造作に取り出しているようにしか見えない。アスカはざっと見ただけでも千着以上はあろうかという水着を全て見てみる気なのであろうか?シンジは自分から言い出したこととはいえ、頭が痛くなってきた。

 「ちょっとシンジ!ボサッと見ていないで少しは手伝いなさいよ!!」

 すでに売場のあちこちから何十種類もの水着を持ってきていたアスカは、茫然自失といった感じのシンジに大きな声を出した。

 「シンジのためでもあるんだからね!選ぶの手伝いなさいよ!」

 「え、僕のため?」

 シンジは大量に積み上げられた水着を整理する手を止めてアスカの顔をのぞき込む。自分がオシャレをするのはシンジに少しでも良く見てもらいたいから、という図式はアスカの中ではできあがっているのだが、シンジはそんなことは露ともしらない。アスカは説明しようにも照れてしまってそんなことできるわけない。

 「ど、どうでもいいでしょ!とにかく選ぶの手伝って!」

 顔を紅潮させてアスカは叫ぶ。顔の温度が上昇している。アスカは視線を無理矢理下に向けて顔を合わせないようにした。そうしないとドキドキした胸の鼓動が伝わってしまいそうだったから。

 「ところで、どれが似合うと思う?シンジ」

 「どれも似合うと思うよ。アスカは素のままで十分かわいいから」

 いつの間にシンジは歯の浮くようなセリフを言えるようになったのか?ゲンドウが夜な夜な吹き込んでいた恋愛の掟36箇条や今朝の訳の分からない演技が刷り込まれているのであろうか?他の人間から言われても何とも思わないが、シンジからかわいいと言われることは滅多にないことだった。アスカはまた顔が熱くなっていくのが実感できる。

 (暑いせいだわ!ここの売場冷房が効いていないじゃない!)

 (嘘つき・・・・)

 心の中で叫んだ言葉ににもう一人の自分が声を掛ける。アスカは自分でも分かっていた。でももう少しだけこのままでいさせて、素直に好きだって言える勇気が持てる日まで。

 「あ、当たり前じゃない!で、でもそれじゃ参考にならないでしょ!せめて柄とか色とかシンジの好みを言いなさいよ!」

 「うーーん、そうだなぁアスカには明るい意図が似合うと思うよ。赤とかオレンジとか黄色とか・・・。柄はあまりない方が好きかな?あ、でも花柄とか自然なのは結構好きだけど・・・」

 アスカは自分が気に入った中からシンジが言ったような水着を更にセレクトしていく。第2次選考に残ったのは意外に少なく5着ほどだった。アスカはその5着の水着もう一度眺めると試着室に持っていった。

 「覗くんじゃないわよ!それから入り口で見張りをしているのよ!」

 アスカはそう言い残すと薄いスチール製の扉を閉める。シンジは相変わらずアスカに振り回されてる自分に溜息を一つつくとそのドアに背中を預けて天井からぶら下がるイルカのディスプレイを眺める。アスカはトンッという小さい音にビクッとする。

 「ちょっとシンジ!ちゃんとそこにいるんでしょうね?!」

 「ちゃんといるよ!だから早く着替えてよ」

 シンジの声は半ば投げやりだったがアスカはその声を聞くだけで少し安心した。手早く脱いだワンピースをたたんで試着室の籠の中に置くと下着も脱ぐ。一番上に置いて有る赤いビキニをつけて鏡の前で一回転。ドアをあけようとして籠の上で露わになっている下着をワンピースの下に入れる。

 「シンジ、あけていいわよ!」

 ガチャッ

 アスカの元気な声に合わせてドアが開く。シンジの前には人魚姫が水着を着ていた姿があった。クォーターのアスカの発育は同年代の女の子より三年ほど早い。豊満なとはいかないまでも、胸のラインは十分すぎるほど刺激的なカーブを描いてシンジの瞳に飛び込んでくる。磨きたての白磁のように白くハリのある肌は腰の辺りで急速にくびれてまた優雅な曲線を描いている。赤と白のコントラストも芸術品のように美しい。

 「どう?」

 見とれていて時が止まったようになっていたシンジをアスカの一声がまた動き出させる。少し停止していたせいかその動きはとても速い。特に心臓の鼓動は猛スピードで加速していった。

 「と、とってもいいと思うよ・・・」

 シンジは少し顔を背けながら言う。シンジはさんさんと輝く夏の太陽を直視できるほど人生経験を持っていなかった。

 「なんか投げやりね」

 「そ、そんなことないよ!」

 アスカは真っ赤になって下を向くシンジを満足げに見ていた。普段から磨きに磨いたボディは十分にシンジを魅了したようだ。

 「それじゃ、他のも着てみるね」

 アスカはまた動けなくなったシンジにそう言うとドアを閉める。閉じていくドアの向こうでいたずらっぽくウィンクするアスカを横目で見たシンジは心臓が口から飛び出るのではないか、と思うくらいドキドキした。

 シンジの胸のドキドキはその後15分間に渡って続いた。結局アスカはシンジが一番顔を真っ赤にしたように思えたオレンジ色と黄色の南国調のパレオ付きビキニを購入することにして試着を終えた。

 「お決まりですか?お客様」

 試着を終えたアスカがシンジとともにかき集めた水着を元の位置に戻していると、にこやかな笑顔をたたえた若い女性店員が声を掛けてくる。売場に合わせるためかアロハシャツにサンダルという出で立ちをした女性は丁度言いタイミングでやってきた。

 「はい、これをいただけますか?」

 アスカが差し出した水着が一着だけなのに気づいた店員は、ニッコリ笑った後にこう付け足す。

 「男性のお客様の方はよろしいのですか?当店では男性物の水着もたくさんとり揃えておりますが?」

 アスカはそのことをサッパリ忘れていた。自分の水着を買うことばかりに気を取られていてシンジの水着について何も考えていなかった。自分の好きな人の服装はたとえそれが水着であっても気になるものである。まあ作者も含めたアスカ以外の人間にとってはどうでもいいことであったが。

 「そうだ!シンジも買いなさいよ。まだお金は大丈夫なんでしょう?」

 「え、僕は別に・・・」

 「女性のお客様に合わせてこのようなものはいかかがでしょうか?」

 とまどっているシンジを置き去りにして女性の店員はアスカの水着とお揃いのような南国調のトランクス型の水着を何着か持ってくる。おそらく少し前から用意していたのであろう。その行動は淀みがなかった。この辺りが店員の腕の見せ所である。いかに押しつけがましくなく、それでいて客をその気にさせるような商品を提供するか。もし断られた場合でも嫌な顔一つせず、またお越し下さいませ、と自然に言えるかというところで店員の実力が出る。
 その点この女性店員は多少あざといところはあったが、ツボを心得ている。さりげなくシンジではなくアスカにアピールするところもなかなかだ。

 「こちらの商品は今年の新作でございまして生地も丈夫でお値段もてごろでございます。またカップルのお客様の場合合わせてみたほうが女性のお客様の水着も一層映えますし・・・・」

 「シンジこれがいいんじゃない?」

 アスカは店員が持ってきた水着の内では少し地見目のものを取り出した。もっとも南国調の明るい水着であったから、シンジにとっては十分派手だと思えるものであったが。

 「じゃあ、これとこれを下さい」

 少し躊躇したシンジだが、アスカが喜んでいるしので自分も新しい水着を買うことに決めた。昨晩ゲンドウに「おまえは貧乏性だな。買いたい物があったら買ってかまわん。そのためにカードを渡しているのだ」と不機嫌に言われたことも思い出して、まあいいか、と気分を切り替える。
 シンジは初めてのアスカとのデートの際、ゲンドウにもらったAVEX・GOLD・CARDをさしだす。おそらくこのカードを所持している中学生というものは日本でも数少ないと思われるのだが、女性店員は驚くことなく丁重に受け取るとカーソルにカードを通した。

 「ところで、お客様。ただいまお時間はありますでしょうか?」

 突然予定のことについて聞かれたのでビックリした二人だが、顔を見合わせると首を横に振った。まだ2時半くらいだが、学校が休みであるためシンジとアスカにはとりたてて予定がない。

 「ただいま当店ではカップルで水着をお買いあげのお客様に、当デーパト7階にございますプールの無料招待券を差し上げております。ドリンクのサービスもつきますので、もしお時間がよろしければどうぞお立ち寄り下さい」

 店員はカードともに2枚のチケットをシンジに渡すとプールへの簡単な道順を説明しておじぎをした。

 「どうするアスカ?」

 「行ってみようよ。どうせやることないんだし」

 アスカは何気なくシンジの腕をとると微笑みながら言った。シンジはアスカの行動があまりにもさりげなかったので顔を赤くすることもなく頷くとプールの方に足を向ける。シンジとアスカを見送った女性の店員が表情を全く変えずにこう囁いたことも知らずに。

 「こちらワイルドギース、目標はプールに向かう模様」




 「わぁ、結構大きなプールだね」

 更衣室で水着に着替えてプールに出てきたシンジとアスカはまず豪華な設備に驚いた。デパートについているプールだから大したことないだろう、と思っていたが、このデパートに設けられたプールはちゃんとした25mプールだった。サウナにリラクゼ−ション施設も完備していてプールサイドは広くカフェのようになっている。
 地中海のリゾート地を思わせるような家具で統一されたカフェは屋外のテラスにまだ続いており、かなり豪奢な雰囲気を醸し出している。太陽の光を多く取り入れるような設計になっており、天井と外壁はほとんどガラス張りだ。四方に立ち並ぶ観葉植物も地中海から取り寄せているのか、落ちついた外観を損なってはいない。

 「いらっしゃいませ」

 少し唖然としてプールを眺めていたシンジとアスカにフレンチ・タイをした男性の店員が声を掛ける。シンジとアスカは子供だが粗略に扱うこともなく、まずプールサイドのカフェに二人を導くと椅子を引いて飲み物の注文を聞いてくる。

 「アスカは何にする?」

 「それじゃ、トロピカルジュース」

 「あ、じゃ、僕も同じ物を」

 少し気後れしていたシンジはメニューもろくに見ることなくアスカと同じ飲み物をオーダーした。若い店員はかしこまりました、と几帳面に礼をしてテーブルを離れる。
 シンジとアスカは飲み物が来るまでの間、何かをすることもなく差し込んでくる陽光にきらめく水面を眺めていた。平日の昼間とあってプールに来ている人は少ない。向こう側の席に20代後半と見えるカップルと穏やかな顔つきで本を読んでいる中年男性がいるくらいで、ほとんど貸し切り状態に近い。

 「おまたせいたしました」

 間もなく運ばれてきたジュースは見事にラブコメしているジュースだった。かなり大きめのコブレット・グラスにパイナップル、マンゴー、チェリーなどがあしらわれストローが2本。フローズンのカクテルについているようなストローの乗せ方ではなく、あくまで二人で一つのグラス。店員はは軽く微笑した後何も言わず立ち去ってしまったが、目の前に何ともお約束なジュースを置かれたシンジとアスカはしばしの間硬直した。

 「の、飲もっか?・・・」

 おずおずと先に口を開いたのはアスカである。シンジもただジュースを眺めているわけにもいかないのでストローに口を付ける。互いに額をくっつけるようにして飲み始めたシンジとアスカの髪先がふれあう。当然と言えば当然なのだが、髪の毛が接触した瞬間二人は顔を見合わせると少しうつむいた。
 髪と髪との僅かな接触。
 微妙すぎるふれ合いは二人の心を絶妙に刺激し、それからしばらくシンジとアスカは口も聞かずにただプールの水面を見つめていた。

 「泳ごっか?」

 沈黙を破ったのはアスカだった。視線も合わせず飛び出していくと二,三回屈伸をしただけでプールに飛び込む。イルカのように滑らかなフォームで飛び込んだアスカは、一気に向こう側まで泳ぎ切った。

 「ア、アスカ、準備体操をしないと・・・」

 シンジの言葉は10秒ばかり遅かった。それでもシンジは水と戯れるアスカを見ながら入念に準備体操をしてプールに入る。プールサイドに座って足を濡らし、身体に水を掛けた後ゆっくりとプールの中に入っていく。何しろ今年初めての水泳である。セカンドインパクトの影響で年中真夏のようになってしまった関東地方だが、第一中ではプールの授業は六月から、いくら暑くても年中水泳の授業をするわけにもいかない。
 シンジは水と身体をなじませるようにすると綺麗なフォームのクロールでアスカに近づいていく。部活で毎日のようにしているバスケット以外のスポーツはどちらかというと苦手なシンジだが、運動能力そのものは悪くない。走る・跳ぶ・泳ぐといった基礎体力的なことに関してはクラスの上位にランクされる。一方アスカはと言えば運動神経の塊のように快活でスポーツ万能である。勿論水泳もかなり上手だった。
 シンジとアスカは今年初めての感触が心地よかった。さっきまで顔も身体も火照っていたから。

 「シンジ!早くこっちにきなさいよー!」

 まだ試運転中のシンジを置き去りにして、アスカは所狭しと泳ぎ回っている。25mに他の客はほとんど存在せず、まるでプライベート・プールといった趣がある。

 「あ、待ってよアスカ」

 「へへーーんだ!待ってあげないわよ。悔しかったら捕まえてみなさいよ!」

 アスカはいたずらっぽく笑うと、水しぶきをシンジに掛けて逃げ出した。シンジも今年初めてのプールに慣れてきたので全速力を出してアスカを追いかける。二人の泳ぐスピードはほぼ同じ。この年代にはよくあることだが、女子のトップは普通の男子より運動神経に優れていることがある。シンジはすばしっこく逃げ回るアスカをなかなか捕まえることができなかった。

 「遅いわよ!シンジ!」

 「あ、ったくもう!」

 アスカは追いかけてくるシンジを巧みに避けて逃げ回る。急に潜水してみたり、逆方向に泳いでみせたりしてシンジの腕をかいくぐる。それでもやはり男子と女子ではスタミナが違う。アスカが無駄な潜水をなどで体力を消費したことも手伝って、シンジはようやくアスカをプールの角に追いつめることに成功していた。

 「もう逃がさないぞアスカ!」

 「まだ分からないわよっ!」

 アスカは叫ぶと同時にスタンディングで飛び込むようにして泳ぎだそうとした。それでも逃げ道は右か左かしかない。運良くといった感じだが、逃げ出す方向に身体を投げ出したシンジはアスカを捕まえることに成功した。
 しかし互いに水着なので捕まえる部分はそう多くない。肩を掴もうとしたシンジの腕はアスカの胸の部分を触ることとなった。シンジの右の掌に柔らかい感触が伝わってくる。精一杯の力を出さないとアスカを捕まえられないと思っていたシンジは、結果的にアスカの胸を揉みしだくこととなった。

 「も、もうっ!」

 アスカは触られた瞬間身体を縮こませて膝を抱えたような体勢を作った。飛びだそうとした勢いを殺すことができずアスカはシンジの腕の中に包み込まれたようになってしまった。

 「ごめん!ア、アスカ!そ、その・・・・」

 「謝らなくてもいいわよ。よくあることだわ」

 狼狽するシンジになるべく素っ気なく言ったアスカは体の向きを変えてプールサイドに上がる。上がり際に小さく「シンジになら別にいいわよ・・・」と呟いてみたが、これは勿論シンジの耳にははいらない。アスカの珠のような肌を水滴が滑り降りていく。水滴は天窓から差し込んできた陽光を受け手アスカの身体を一層輝かせた。

 「どうしたのよ。一休みしましょ?」

 プールから上がったアスカは少し前屈みになって、水の中で呆然としていたシンジに声を掛ける。前傾体勢にをとったせいでアスカの無力的な胸元は更に強調され、シンジはさっきの柔らかい感触を思い出して再び赤面した。


 「あー!シンジのヤツ!!本当においしい役回りだな!」

 シンジとアスカの一部始終を隠しカメラで見守っていた(?)男・相田ケンスケは、右手首をコキコキ言わせながらモニターに向かって叫んだ。プールの底、テーブルの下、観葉植物の幹など至る所にカメラが設置されている。
 このモニター室でもアスカ鑑賞とその撮影権が今日のケンスケの仕事に対する報酬であった。勿論本人に知られるとまずいので今日の写真は闇ルートにしか流せないが、今年初のアスカの水着姿はかなりのプレミアものであることは間違いなかった。

 「ん?なんだあれは?」

 画面を再生しながらどこの画像をプリントアウトしようか悩んでいたケンスケの視界に場違いなものが目に入る。屋上のテラスに設置されたカメラに映し出されたのは鋼鉄の飛行物体である。けたたましいローター音を響かせてステーション・デパートに飛来したそれは、ケンスケが一度見たことのある機械であった。


 バラバラバラバラッ


 休憩してラブコメ全開のジュースを飲んでいたシンジとアスカの耳にも、けたたましい機械音が聞こえてくる。轟音を響かせてテラスに降りてきたのは旧ソ連最強の戦闘ヘリ・ハインドDであった。もちろん武装は取り外しているはずだが、大型の軍用ヘリが出す音と威圧感は凄まじい。遠巻きに見ているシンジとアスカでさえ圧倒されてしまいそうだった。
 ヘリの横には”SEELE”という文字が見える。それを確認した周りの人間は騒然となった。プールにいたのは客も店員も全て財団ネルフ・特別調査室の人間である。彼らは頭の中にあるゲンドウとキールの妖しげな協定を引っぱり出し、現在の状況と比較してとるべき行動を考えていた。

 ゲンドウ=キール協定
 銃器の使用は基本的に禁止 特に直接殺傷にもちいることは厳禁とする
 工作員の実戦配備は200人まで
 資金の使用制限はなし
 第一中教師の買収は二人まで ただしネルフ側は冬月校長を含んでいるので残り一名
 何かトラブルがあった時にはジャンケンで解決すること
 女性工作員がストッキングの上からサンダル又は靴下を履くことも厳禁とする

 ヘリで乗り付けることは協定違反ではない。だが今日のレイ&カオルに対する閉じこめ作戦はいささかグレーゾーンに引っかかる恐れがあるので、その報復としてヘリで突っ込んでくるくらいのことはするのではないか、ネルフ職員が一様に緊張の色を顔に浮かべた時、一人の少女が縄ばしごを下ろして降り立った。真珠色の水着を着ている。一昔前にはやった”透けない白”という生地の水着である。空色の髪と白と言うより水晶のように透明な肌をした少女には清楚な感じの白がよく似合った。
 ヘリから水着で降り立った少女・綾波レイはいぶかしげなネルフ調査員の目を気にもとめず、颯爽とガラスの扉を開けると中に入ってくる。

 「まったく、シンちゃんがなかなか助けに来てくれないと思ったら案の定悪い魔女にとりつかれていたのね」

 足早にシンジ゛とアスカの元にやって来たレイの第一声は最初から喧嘩腰であった。もっともおなじような場面をすでに経験しているアスカの反撃も激烈を極めた。

 「ちょっと人聞きの悪いこと言わないでよ!それはそうと魔女ってアタシのことじゃないでしょうね?!」

 「それ以外に聞こえたら私の言い方が悪かったんでしょうね」

 「何ですって!!」

 対峙するアスカとレイ。オロオロするだけのシンジ。以前夕焼けに照らされたアスカの家で繰り広げられた緊張が再現された。アスカとレイは強い光を宿す瞳を互いにそらそうともせずに睨み合っている。

 「どうやらアンタとはそろそろ決着をつけておく必要があるようね。物語もラストに近づいているというのに、シンジとアタシのラブロマンスに害虫が出たら読者も迷惑でしょうからね」

 「決着は望むところだわ。ただし次回の戦場はここじゃなくてよ」

 アスカの厳しい言葉を物ともせず言い返したレイはどこに隠し持っていたのか遊園地の優待券を取り出し、テーブルに叩きつける。

 「明日の午前10時に遊園地の前で集合よ。本当はサッサと林間学校に行くべきだけど、ラブコメのお約束に作者がこだわりをもっているらしいの。だから遊園地が決戦の地になるわ」

 「いいわよ。林間学校ではアタシとシンジがラブラブ200%でぶっちぎるのよ。アンタなんか林間学校を待つまでもなく脇役に沈めてあげるわ」

 「その言葉、そっくり返すわ」

 相撲で最後のしきりの際睨み合う力士のように直立したレイとアスカは{ふん!!」という言葉と同時に互いに背中を向け歩き出す。物語は主人公(?)であるシンジの意志を全く無視して終着駅に向かって走りはじめていた。




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ver.-1.00 1997-08/06 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは meguru@knight.avexnet.or.jpまで。

 Project Eの十八話です。色々と話をつなげていたらやったら滅多ら長い話になってしまいました。最後まで読んで下さった方、本当にお疲れさまでした。これは僕の中でも最も長い一話です。物語の展開上、どこかで区切ることもできずにここまで長くなってしまいました。
 さて、色々と書くべきことはあると思いますが、これ以上読むのはすでに苦痛の領域に達していると思いますので、後書きはここまでにしておきます。
 ではまた


 MEGURUさんの『Project E』第十六話、公開です。
 

 諜報員ケンスケの大活躍(^^;

 でも、報酬の【アスカ鑑賞】はアスカ人としては許し難い!
 しかも、アスカの水着姿を売り払おうなどとは!

 アスカちゃんを汚すケンスケに天罰を!!!

 ・・・なんてね(^^;
 

 そのケンスケの思惑半分とは言え、
 アスカとシンジは相変わらずラブラブしてますね。

 買い物して、
 ジュース飲んで、
 泳いで、
 胸タッチ・・・

 くそっ(笑)
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 書き始めたら止まらないMEGURUさんに激励のメッセージを!


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