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Project E

第十四話

「僕が渚カオルだ」


 月曜の朝は即興曲のようだ。
 週末の間眠っていた街は、初夏の強い朝日浴びて動き出す。
 セカンドインパクトの前まで、朝日は四季折々の顔を見せていたが、今では強気な夏の表情しか浮かべない。戻りつつ四季は、今年の秋や冬には今とは違った朝日を見せてくれるのであろうか?
 月曜の朝の慌ただしさは、何が作り出すものなのであろうか?家でリラックスしていた人間も、接待ゴルフや家族サービスで平日と変わらぬ忙しさに身を置いていた人間にも、月曜は平等にやってくる。
 休日でなまった身体を奮い起こそうとする気持ちだけが、慌ただしさを構成しているわけではないのだ。月曜日の魔力とは不思議なものである。

 

  第三新東京市立・第一中学校2年A組の教室もまた、月曜の喧噪に包まれていた。生徒達はやり忘れたホームワークや、休日の出来事を話すのに忙しい。指揮者がいないバラバラなオーケストラを聴いているようだが、中学校の教室とは騒がしいのがスタンダードである。
 もっとも副担任の赤木リツコに言わせるとこうなる。

  「A組が騒がしいのは月曜に限ったことではないわ。曜日のせいなんかにしないで欲しいものね」

  生徒達の多くは金曜に出されていた数学の宿題の提出に追われている。クラスメイトからファイルを集めていた洞木ヒカリは、少しの間手を止めて、窓際で戯れる一際大きい声をチラリと見やった。

  「ア、アスカ!ちょっと待ってよ。そこまだ写し終わっていないんだ!」
 「ボヤボヤしてんじゃないわよ。もう締め切りの時間なのよ!」
 「あ、そこはまだ駄目・・・」
 「紛らわしいセリフ言ってんじゃないわよ!」
 「へ?何アスカ?」

 ゲシゲシッ

 アスカの黄金の右手は今日も健在だ。シンジの頭に唐竹割りにするような手刀を食らわせている。上から押しつぶされそうな一撃を食らったシンジだが、ディスプレイにかじりつくような格好になって必死に数式を打ち込んでいた。週末の間すっかり宿題を忘却の彼方へと投げ込んでいたシンジには、時間がないのだ。

 碇シンジと惣流アスカ・ラングレーの関係は元に戻ったようである。ここ一週間おかしかったのだが、今では何事もなかったように復元されている。すくなくともヒカリにはそう見える。
 元通りになるものもあれば変わり行くものもある。とりわけこの日の綾波レイの変貌ぶりは、特筆に値するものであった。

 「シンちゃん、そんな暴力女に見せてもらわなくても、私がみせてあげるわ」

 レイはとびきりの笑顔を浮かべてシンジに急接近した。天女のような透明感のある笑顔は今まで見せたことのない顔である。シンジは一瞬、顔がそっくりの別人と思ったくらいである。
 もっとも笑顔を浮かべるのはシンジに対してだけで、他の生徒に対してはクールなままだ。毎朝おはようの声を掛けているヒカリに対する反応さえ、変化はなかった。

  「ちょっとアンタ!邪魔しないでよ!」
 「邪魔なのはあなたよ。叫んでばかりのカルシウム欠乏症」
 「なんですって?!それならアンタは感情及び色素欠乏症じゃない!」
 「あなたに言われたくないわ。実はマザコン女」
 「うっさいわね!あんな髭眼鏡親父が好きだったくせに!」

 アスカとレイはシンジを挟み込むようにして睨み合っている。間に挟まれたシンジは、紅蓮の炎を瞳に宿すアスカと、絶対零度の表情を崩さないレイにの顔色を恐る恐るうかがいながら宿題を写し続けている。

 「ちょっと、アスカも綾波さんも碇君が迷惑しているでしょ。そのくらいにしたほうがいいんじゃない?・・・」

   「ヒカリは黙ってて!」「あなたには関係がないわ」

 喧嘩を仲裁するという唯一の存在意義を、親友のアスカにまで否定されたヒカリは泣きそうな顔になった。膝から崩れ落ちるよヒカリと、竜虎の戦いを千日手のごとく続けるアスカとレイのコントラストは、まるで退廃的な絵画のように見える。
 ようやく宿題を終わらせたシンジがヒカリに声を掛ける。

 「大丈夫?洞木さん?」
 「・・・大丈夫じゃないわ・・・。久々に登場したと思ったらこんな扱いを受けて・・・。鈴原とのラブコメも全く無視されてるし、所詮私は脇役なのね・・・」
 「そ、そんなに泣かないでよ、洞木さん・・・」
 「もとはと言えば、碇君が宿題やってこないからいけないんじゃない!週末何していたの?!」

 半分やけになったヒカリは、突然立ち上がると大声を出した。あまりの剣幕にシンジは上半身をのけぞらせ、アスカとレイは口論を中断した。

 「シンジはデートしてたのよ」
 「アスカと?」
 「違うわ」
 「じゃ、誰と?」
 「B組の暁カスミ」

 アスカは淡々とした口調で爆弾発言をしたが、周りの人間は淡々となどしてられなかった。とりわけ男子生徒は棘のあるというより、研ぎ澄まされた刃物に即効性の毒物を塗ったかのような視線をシンジに向けた。
 アスカはシンジのものか?実はレイは何者だ?という認識を比較的強く持っていたA組の男子生徒は、恋愛の対象を他のクラスに求める傾向があった。
 実際に接することがなければ、アスカもレイも極上の恋愛対象なのだが、普段から2人の細かい行動を見ていると、ゲンナリするのもうなずける。もっとも、どこの誰とは言わないが、茜色の髪の少女に折檻されたり、レイの冷たい視線に快感を覚える人物もいるようだ。

 暁カスミは、アスカとレイにはついていけない男子生徒のオアシスの1つだった。控えめなカスミだけに誰も積極的にアタックをかけようとはしなかったが、相田ケンスケを中心にする不戦同盟の存在も噂されるほどであった。

 「アスカ!平気なわけ?碇君が浮気して!」  ヒカリの言葉は明らかに過剰なものだった。恋愛経験が乏しいためか、トウジとの仲を書いてもらえない筆者への当てつけか、ヒカリの発言は気持ちを過激に凝縮したものだったが、アスカは内容については否定を肯定もしなかった。

 「大丈夫よ。もう終わったことだから。これからはアタシとシンジのラブロマンス・オンリーよ」

 「何を言っているの?これからは私とシンちゃんのラブストーリーが始まるのよ」

 再びアスカとレイの間には火花が走る。また戦いの火蓋はきっておとされようとしていたが、朝のホームルームを告げるチャイムは2人に水を差した。アスカとレイは互いに視線をはずさないまま、席に戻って行く。

  すぐ横でスパークする火花と男子生徒の殺気のある視線、その他の生徒の興味津々の視線を浴びたシンジは、死の恐怖に震えていた。誰か力強い援軍でもこないかぎり、シンジはいつ殺されてもおかしくない状況まで追いつめられていた。

  「なあトウジ・・・」
 噂話のエキスパートであるにも関わらず、一言もセリフを与えられなかったケンスケは席に戻り際に寂しげな声を出した。
「なんやケンスケ?」
 「俺とおまえの違いって何だろうな?・・・」
 「は?」
 「だってそうだろ。同じ脇役で3バカトリオなのに、おまえは山城先輩や委員長とのラブコメがどこかで用意されているだろうし、本編ではエヴァにだって乗っていたじゃないか?それにひきかえ俺なんて{ページの無駄}とまで言われたんだぜ・・・。絶対何かおかしいよ・・・」

  溜息をついて立ちつくすケンスケに、トウジは確信をもったような強い口調で答えた。
 「それはやな、ケンスケ。おまえが髭を生やしてないからや!」
 「きゅ、急に何を言い出すんだよ。トウジ!」
 「考えてもみい。おまえと同じように邪険にされとる元オペレーターが約1名おるじゃろ。おまえとの共通点は眼鏡をかけとることや。じゃが、もう1人眼鏡、しかも色つきをかけとる親父は、なかなか読者にも好評のようやから、ケンスケも髭を生やして眼鏡を色つきに変えればチャンスはあるかもしれん」
 自分は納得したように腕組みをしてうなずくトウジとは対称的に、ケンスケは沈んだ足取りで席に戻り始めた。

 「コンタクトに変えてみるというのはどうだろう?・・・いや駄目か・・・。どうせ俺はムッツリ・メガネ・オタクさ・・・」

 「突然だけど、転校生を紹介するわ」
 チャイムより少し遅れて入ってきた葛城ミサトは陽気な声で宣言した。しかしこの前、転校生で痛い目にあっている2年A組の生徒達は怪訝な表情をしている。思い出したくない記憶が頭に浮かんだのか、何人かの生徒ハンカチを口に当て、吐き気をもよおしたような顔をしている。

 「そ、そんなに警戒しなくても大丈夫よ。同じ事をやったら筆者もカミソリメールが届くと思っているだろうから・・・」
 ミサトは表情を壊して言った。彼女の脳裏にも現在校長をしている男の制服姿が思い浮かんだらしい。
 「それじゃ入ってきて」
 気を取り直したミサトの一言に導かれて教室のドアが開く。

 入ってきたのは、輝くような銀髪に赤い瞳をした美少年だった。整ったノーヴルな顔立ちに女生徒から黄色い声が飛ぶ。

 「渚カオルです。よろしく」

 聖歌隊が奏でるような透明感のある声は、たちまち女子を虜にした。もっとも一番喜んだ顔をしているのは碇シンジだったかもしれない。
 (やっとカオル君がやってきた。今朝はクラス中の人に殺されると思っていたけど、カオル君がいてくれれば何とかやっていけるよ!)
 そんなシンジの切実な思いが通じたのか、カオルは自己紹介もほどほどに、黒板の前からシンジの席の方に歩み寄ってきた。

 しかしシンジの幻想はもろくも崩れ去った。なんとも形容しがたい微笑を浮かべたカオルはシンジの横をすり抜けて行った。

  「君の髪はルビーを溶かしたように美しいね。瞳はサファイヤ、肌は白磁のようにきれいだ。好意に値するよ」
 カオルはシンジを無視して後ろの席の方に行くと、唐突にアスカの手を取った。

 「突然、何するのよ?!手を離しなさいよ!」
 「突然でなければいいのかい?それなら今晩僕の部屋でゆっくり・・・」

 全く動じた様子のないカオルに、アスカは残された左手でビンタを放った。利き腕でないとはいえ、自信を持って放った一撃だが、カオルは軽く身をそらしてかわすと、アスカの右腕を握った左手を後ろに引き寄せた。
 ビンタを放つため前に体重を掛けていたアスカはバランスを崩して、カオルに抱きつくような格好になってしまう。

 「まったく大胆だね、君は。まあ僕は人前でもいっこうにかまわないけど」

 アスカは顔を真っ赤にすると手をふりほどいて、カオルから離れた。瞳には碇の炎が宿っている。
 「君の頬を朱に染めた顔は、朝焼けに輝く海辺のようだよ。よかったら今度僕と朝焼けまでアバンチュールを楽しまないか?」

 一人だけ別世界にいるような話しぶりをするカオルに、反撃を試みたのはアスカだけではなかった。急に立ち上がった少年はアスカよりも速く、カオルに食ってかかった。

  「裏切ったな!僕の気持ちを裏切ったなカオル君!」
 「そういう設定なんだよ、シンジ君。それに君は前回レイと舌を絡めた濃厚なKissをしているじゃないか。アスカちゃんは僕に譲りなよ」
 カオルの暴露発言でシンジの二股、いや三股男というクラスメイトの扱いはは確実になった。自分を助けてくれると信じていたカオルの造反に、シンジは真っ青な顔で怒鳴り散らした。

 「ど、どうしてカオル君が知っているんだよ!」
 「どうしてって?僕たちの行動はインターネットで全世界に発信されているんだよ。パソコンとProject Eを覗く酔狂な心があれば誰でも知っていることさ」
 「そ、そんなのってないよ!現実も物語もメチャクチャじゃないか?!」
 「僕にとっては現実も物語も等価値なんだよ。境目はないのさ」
 激昂するシンジとあくまで冷静なカオル。二人の会話は轍のように交わることなく、心は平行線を保っていた。

  「そうよ、シンちゃん。そんな乱暴女はカオルに任せておけばいいじゃない。それよりも私と1つにならない?それはとっても気持ちのいい事なのよ」
 カオルと立場を同じくするような口調で立ち上がったレイは、シンジに後ろから抱きついて艶めかしい声を出した。

  「ちょっとアンタ、昨日といい、今日といい、シンジに何するのよ!昨日アンタが邪魔しなければシンジはアタシに・・・」
 レイを引き剥がして叫んだアスカだが、口調はそこで急に弱々しくなった。強気な外面とは裏腹に誰よりも深い恥じらいを持つアスカには、それ以上口にできなかった。助けを求めるようにシンジを見ると、不意に視線があった。
 何とも言えない気恥ずかしさに包まれたシンジとアスカは、見つめ合ったまま二人だけの空間を作りだしてしまった。それまで攻勢に出ていたレイとカオルも、言葉を失って立ちつくす。

 「まあまあその位にしておいてくれない?話が先に進まないしね。いつになったら林間学校に行くんだっていう抗議もきているのよ」
 沈黙を破ったのはミサトだった。さすがにシンジの倍以上生きている人間は経験が豊富である。
 「ミサトは単に無頓着なだけよ」
 リツコが傍らにいたらそう補足していたに違いないけど。

  強引に話を纏めたミサトは、ホームルームの終わりを告げるチャイムを聞くと、後はヒカリに任せて教室を出ていった。

 

 「渚君の席はどこにしようか?」

  「僕のことは心配いらないよ。洞木さん」
 首を傾げながらカオルの席をどこにしようか悩んでいたヒカリに、シレッとした言い方で答えたカオルは、それが当然であるかのようにアスカの隣の席に座った。

   「な、何でアンタがアタシの隣に座っているのよ」
 「名前の順なんだからしょうがないじゃないか?」
 「何言ってるのよ!惣流と渚で出席番号が同じなわけないでしょ!」
 そう叫んで振り返ったアスカは、昨日まで、いや朝のホームルームの直前までいたクラスメイトの一部が忽然と姿を消していることに気がついた。
 「あ、あれ?・・・」
 「ああ、邪魔なタ行の人間はまとめてディラックの海に放り込んでおいたよ。どうせ名前も与えられていない連中なんだから関係ないさ」
 物騒なことを平気に口にしたカオルは、何事もなかったかのように鞄を開けて授業の用意を始めた。

 「渚・・・1つ言っていいか?」
 ことの成り行きを黙ってみていたトウジは、自分のすぐ後ろに座ったカオルの方に身体を向けた。
 「カオルでいいよ。鈴原君」
 「ワイもトウジでええ」

  「おまえ実は本編ではたった一話で殺されたんやったな?」
 トウジは重々しい声をそこで区切った。トウジの言い方に、カオルは目を大きく見開いて赤い瞳を怪訝な色に染める。
 「あんまり調子くさってると、それと同じ事がもう一度起こるとも限らんで・・・」
 「おどかさないでくれよ、トウジ君」
 「おどしじゃないわい。見てみい、シンジのあの怒り狂った目を。暴走したシンジが無敵なのはエヴァ小説のお約束っちゅうもんや」

 トウジが顎をしゃくりあげた先には、暴走寸前のように身体から鬼気を発散しているシンジがいた。隣のレイも珍しく困ったような表情をしている。
 カオルは一瞬首の辺りに冷たいものを感じた。誰かに落とされた首の古傷がうずいてくるような気がする。

  「き、気を付けることにするよ、トウジ君。ところで・・・」
 カオルは急に話題を変えた。Yシャツの舌をつたう冷や汗を隠すためのものであったかもしれない。
 「題字に値するセリフがまだ出てなかったね。トウジ君もまだ題字のセリフ言ってなかたみたいだし、そろそろどうだい?」
 「ワイはええ。でしゃばりすぎると山城先輩とのラブコメが削除されてしまうかもしれん。おまえに譲ったる」
 「そうかい。じゃあ最後は締めないとね」

 カオルは誰もいない方向にカメラ目線を向けてポーズを取った。腰に手を当てて胸を張るとウィンクをしながらフルートをおもわせるような優美な声をだした。もし第一中の校長がそばにいたら、腕の角度について注文をつけたことだろう。

   「僕が渚カオルだ」
 


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ver.-1.00 1997-06/23 公開
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 Project E第十四話です。カオルが登場し、ようやくメインキャストが勢揃いしました。十四話までカオルの登場を引っ張ったのは、設定が最後まで決まらなかったからです。エヴァ小説のジョーカーとも言うべきカオルの扱いは、皆さん苦慮されてることと思いますが・・・。
 これ以上シンジがもてても困るのでちょっと毛色の変わったカオルにしてみました。いかがだったでしょうか?たった一話では、まだはっきりとした感想はお持ちになられないでしょうか?
 次回からようやく本格的に林間学校編に突入です。といっても次話からいきなりいくことはしません。読者の皆さんも登場人物も、そして作者も林間学校の行く先すら忘れていたようですし・・・。
 特にカオルについての感想をお待ちしています。それではまた


  MEGURU さんの『Project E』第14話、公開です。
 

 林間学校ってなに?
 そんな話あったっけ?


   ・
   ・
   ・

 ・・・・・そうだ! 思い出しました(^^)
 アスカがクラス全員のジャンケンデータを分析していましたよね。
 そうだった、そうだった、・・・すっかり忘れていました(笑)
 

 遂に登場したカヲルは「女」が好きだった!
 あのルックスで女が好きとは
 A組の女子、気を付けろ!
 

 ・・・・そういえば、[E計画]ってのもあったような・・・

 さあ、訪問者の皆さん。
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