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Project E

第五話

「がんばってね」



 静寂の中に弓のしなる音だけが響いた。
 黒髪を二つに結い分けた少女はゆっくりと目を開け、深呼吸をすると弓を引きはじめる。両手を頭上にあげ、そこから両手で円を描くように腕を回す。左手を前方の的に向かってまっすぐに伸ばし、右手を右のこめかみのところへ持っていく。世界中の時が止まったかのように一瞬動きを止めると矢を放つ。


 ヒューーー


 放たれた矢は空気を切り裂き飛んでいく。
 ヒカリはこの瞬間が一番好きだった。何もかもを振り払うようにして飛ぶ矢を放った時が。なぜなら自分の中にあるモヤモヤした思いを忘れさせてくれるようだったから。
 だが矢は少女の狙ったところには届かなかった。的の左の土壁に鈍い音をたてて突き刺さっただけである。少女はうつむき加減に息を吐き出すと弓を小脇に抱え、所定の動作で後ろに下がる。

 「どうヒカリ、調子は?」

 袴姿に着替えて弓道場に入ってきたアスカはそうヒカリに声をかけた。

 「あんまり良くない・・・」

 ヒカリはそう答えると道場の隅に正座して気を落ち着かせるように目を閉じる。しばらく経った後、目を開けたヒカリは、周りの人間に悟られないように瞳をそっと動かして弓道場の横にある第二体育館に目をやる。
 開け放たれた入り口のから中を凝視していたヒカリの目に、目的の人物の姿は確認できない。残念そうにうつむくとヒカリはそっと呟いた。


 「鈴原・・・・」





 「いっちゅうぅーー、ファイっ!!」

 体育館の中は喧噪に支配されていた。
 断続的に部員が出す声、荒い息づかい、フロアに弾むボールの音、キュッキュッと床にこすれて小気味よい音をたてるバスケットボールシューズが奏でる四重奏は、熱気と汗を伴って体育会系独特の雰囲気を醸し出している。

 「よーーし、では10分休憩。このあと5対5やるからな」


 「ハイ!!!」


 汗に濡れた長髪をかき上げながら、時計を見てそう言った第一中バスケ部顧問・青葉シゲルの声に部員たちは元気に答えた。ほとんどの部員が脱兎のごとく水飲み場に走るのをよそに、一人の女子部員がシゲルに声をかける。

 「青葉先生!」

 「ん、なんだ山城?」

 シゲルに山城と呼ばれた女生徒、相田ケンスケ認定カテゴリーSメンバーの一人にして女子バスケ部主将・山城ユリカは、水色のタオルでショートカットに切りそろえられた頭を拭きながらシゲルのもとにやって来た。

 「大会も近いし、今週末に練習試合もあるので強い相手とやっておきたいんです。次の5対5で二年生の男子を貸してもらえますか?」

 「そうだな。ん、いいぞ。おーーい二年の男子!!次の5対5で女バスのAチームとやるぞ!」

 シゲルはそう言った後、少し考え込むように下唇を右手で触り、コートの隅で休憩している碇シンジと鈴原トウジを見つけると二人にはこう付け加えた。

 「碇と鈴原は三年生のBチームに入れ。いいな?」

 「え、なんでですか?」

 タオルを首にかけシューズの紐を結びなおしていたシンジは意外そうに聞き返した。

 「おまえらのポジションは三年生が手薄だしな。今度の大会にはおまえら二人には試合にでてもらうことになりそうだからな。いいか、しっかり頼むぞ」

 シゲルはにこやかにそう言った。

 第一中の男子バスケ部は今の三年生の代の人数が少なかった。全部合わせても10人あまり、幽霊部員とけが人を含めると試合に出場できるのは8人ほどしかいなかった。
 中学校のバスケットボールのベンチ入りは15人、15人全員が実際に試合に出るわけではないが、もしもの時のことを考えると一つのポジションに2人は必要である。
 シンジとトウジは最近急速に上達しており、レギュラーの三年生を脅かす存在にまで上達していた。

 「やったな!トウジ!これでもしかしたら大会にも出られるかもね!」

 「ああ、ワイらもやっと試合に出れるっちゅうことやな!」

 心底嬉しそうに話すシンジにトウジはそう答えたが、実際はうれしさ半分悔しさ半分といった心境だった。

 (うーー試合に出れるかもしれんっちゅうのはうれしいんやけど、山城先輩と一緒に練習でけへんっちゅうのは残念や!くー!もしかしたら山城先輩の胸とか触れたかもしれんのになぁ・・・・・。イカンイカン何考えとんのや!ワシは!こないな考えを持っとては山城先輩に認められるようなりっぱな男にはなれん!!)

 そう思いつつもユリカの方を見てニヤけてしまうトウジ。

 とわいえ、山城ユリカはトウジのみならず多くの生徒のあこがれの的だった。
 綺麗にそろえられたショートカットの髪にノーヴルな顔立ち、ギリシャ神話の女神のようにすらりと伸びた健康的で美しい四肢、誰にでもわけへだてなく接する性格、噂ではあるが女生徒の中にもファンがいるということである。
 シンジとの仲が陰で取りだたされ、もともとの性格に問題がある惣流アスカや、転校してきてまもない綾波レイとは受けるまなざしが根本的にちがっているのである。
 そしてトウジの目にTシャツから透けて見えるユリカの白いブラジャーが飛び込んできた時、彼のニヤけ度はピークに到達していた。

 (山城先輩の胸、キュートなお尻、汗ばんだうなじ・・・ああ最高やわ・・・特に透けて見えるブラがめっちゃそそるわ・・・)

 「トウジ・・・おい、トウジってば!」

 「な、なんやシンジ?」

 ユリカに見とれていたトウジは休憩時間が終わっていたことにも気がつかなかった。

 「なんやじゃないよ。5対5始まるぞ。早く行こうよ」

 「わ、分かっとるわい!!お、男にはやらねばならん時があるんや!!」

 「は?」

照れ隠しに意味不明なセリフをいってシンジに怪訝な表情を作らせたトウジは、自分の顔をバンッとたたくと立ち上がりコートに向かって走っていった。




 「ナイッシュウ!シンジ!今日は絶好調やな!!」

 ディフェンスに戻るときトウジにそう声をかけられたシンジのシュートは確かによく入っていた。
 シンジのポジションはシューティング・ガードである。ポイント・ガードのようにゲームをコントロールしたり、センターのように身体を張ったプレイをするなどの能力には恵まれていないシンジだが、シュートだけは別だった。
 彼の繊細な神経から放たれるシュートと、アスカから逃げるために長年培われた素早さはコート上の誰よりも優れていた。
 一方トウジのポジションはパワー・フォワードである。リバウンドをとりにゴール下で身体をぶつけ合い、ルーズボールに飛び込んでいく。運動量が多くガッツ溢れるプレーが彼の持ち味だった。

 (あ、シンちゃんがまた決めた!すっごすっごい。シンちゃんって案外バスケうまかったんだぁ・・・。カッコイーー!!)

 バスケ部の新マネージャー・綾波レイは、ボールを磨く手を止めてシンジに見入っていた。

 (シンちゃん大会にでれるのかなぁ?大会って2ヶ月くらい先らしいわね。それまでにレギュラーとれるかしら?でも三年生は今度の大会と夏の大会で最後だから、思い出づくりとかいっちゃってのさばるかもしれないわね・・・。ここは私の出番かしら?なんたって部を助けるのがマネージャーの役目なんだから・・・)

 レイの頭の中では部=シンジであり、シンジを助けて最終的には彼をGETすることが彼女のマネージャー活動の全てだった。そんなレイの目にシンジとポジションが同じであるレギュラーの三年生の姿が飛び込んでくる。

 (アイツがいなくなればシンちゃんはレギュラーね・・・。スポーツドリンクに下剤でも混ぜておこうかしら?・・・だめよ、そんなの生ぬるいわ!N2爆雷を背中にくくりつけてディラックの海に放り込むくらいのことはしなくちゃ。どうせアイツは名前も出てこないザコキャラなんだからどうなろうと知ったことではないわ。さてどうしたものかしら・・・)

 いつものことながらレイの脳味噌は危険な妄想で満ちあふれていた


 ピッッピピーーーー


 「よーーーし、そこまで!じゃあ後は各自体操をしてあがっていいぞ。あと汗の始末は忘れるなよ。大会前に風邪なんかひかないようにな」

 部活の終了を告げるシゲルの声が体育館にこだました。部員達は軽くストレッチをしたりして身体をほぐすと着替えに行き始めている。

 「碇!鈴原!ちょっとこい」

 汗を拭きながらストレッチをしようとしていた二人にシゲルが声をかける。

 「なんですか?青葉先生?」

 「いや今日の5対5な、二人ともよかったぞ。」

 シゲルの言葉に二人は顔をほころばせる。

 「でもな、」

 そこで言葉を区切るとシゲルはシンジとトウジの顔を交互に眺め、付け加えた。

 「でもな、二人ともレギュラーをとるには今一歩たりないな。碇はスタミナだな。前半の動きはいいんだが、後半になると運動量もシュートの確率もガクッと落ちる。特におまえのようにクイックネスで勝負するタイプは、動きが鈍くなるとどうにもならないぞ。鈴原は逆にもっとテクニックを磨かなきゃな。リバウンドとディフェンスだけでは使え無いぞ。ローポストからのアタックを少し覚えろ。二人ともそれが克服できればレギュラーも近いぞ!!」

 シゲルは最後にニッコリ笑ってそう言とタオルで汗を拭いながら体育館を出ていった。

 「せや、シンジ。シュート練習つきあってくれへんか?」

 「ん、いいけど、トウジが居残り練習なんて珍しいな」

 「じゃ、じゃかしいわい!!もう少しでレギュラーがとれるんや!居残りでも残飯あさりでもやったるわい!!」

 トウジは強い口調とは裏腹に顔をすこし赤らめていた。

 (夏が過ぎてワシらの代になってからレギュラーになったんじゃ、遅いんや!!山城先輩がいる内になんとかレギュラーになって・・・・。ようし!!やったるで!!)

 バッシュの紐を堅く結び直すとトウジはボールを手にコートへと戻っていった。




 「ア、アスカなんでこんな風に隠れて見なくちゃいけないの?」

 「ヒカリ!声が大きいわよ!」

 「アスカこそ、そんな大きな声で言っちゃぁ・・・」

 バスケ部より一足早く部活を終えた弓道部のアスカとヒカリは、第二体育館の入り口にきていた。
 アスカが「レイがバスケ部のマネージャーになったみたいじゃない!クラスをまとめる委員長として見ておかなくていいの?」と強引ともいえる理由でヒカリをひっぱてきたのである。
 体育館まできたものの正面切って乗り込むこともできず、扉のところで隠れるように中を覗いている。

 「あなたたち、なにしてるの?」

 アスカとヒカリを発見したレイがいつのまにか二人のそばにきてそう言った。

 「べべべ、べつにたいしたようじゃないのよ!!

 「ええええ、ええっとその私は委員長で、クラスのみんなのことを心配して・・・。あ、綾波さんがいきなりクラブに入ったって聞いたから、どどど、どうしんだろうなぁって思って・・・。ほんとにそれだけだから!!」

 もう少しまともな理由はないのか、と疑いたくなるような返答だった。

 「そう・・・」

 うろたえる二人とは対称的にレイは表面上、無表情である。そう、あくまで表面上は。

 (早速偵察に来たわね、アスカ・・・。でもあなたの行動は予想通りよ。いまさらシナリオの変更はきかないわ。あなたはシンちゃんが私のものなるのを指をくわえて見ているしかないのよ。くっくっく・・・。)

 「それよりあんたなんでマネージャーなんかになったの?部活動なんて興味ないって言ってたじゃない!」

 「・・・そんな昔のことは覚えていないわ」

 「ついこの間のことじゃない!忘れたなんて言わせないわ!!」

 「知らないわ。私三人目だもの・・・」

 「あんた、なんかまずいことがあると全部それで逃げる気?!」

 アスカとレイ。好対照な二人。内に恥じらいと14歳の乙女心を秘めながらあくまで強気なアスカ、反対に強い意志と怪しい妄想を心の内側に持ちながらあくまでクールなレイ。竜虎の闘いを繰り広げる二人に、ヒカリはただオロオロするばかりである。

 「綾波さん!ボール片づけるの手伝って!」

 他のマネージャーの一言が千日手になりかけていた闘いを中断させた。

 「じゃあ、私行くから」

 レイはそう言い残すと足早に去っていく。

 「ヒカリ!帰るわよ!!」

 憤懣やるせないアスカはヒカリの手首を握りしめると、大股な足取りで歩き始めていた。アスカに引きずられながら、体育館の中に目を走らせたヒカリの視野にはトウジの姿がはっきりと映っていた。一心不乱にシュート練習に明け暮れるトウジを見ると、ヒカリは少しだけ頬を紅潮させ、隣にいるアスカにも聞こえないような小さな声で呟いた。

 「がんばってね・・・鈴原・・・」


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ver.-1.10 1997-11/12 書式修正
ver.-1.00 1997-05/23 公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは meguru@knight.avexnet.or.jpまで。

 第五話です。今回はクラブ活動の様子について書いてみました。オリジナルキャラ・山城ユリカは結構活躍の機会があるこもしれません。そこで山城ユリカの絵を書いてくれる方はどこかにいないでしょうか?もしそういう人がいらっしゃたらメール下さい。次回はやっと碇ユイが登場します。ユイファンの方お待たせしました。ではまた・・・


 MRGURUさんの連載、『 Project E 』 第五話、公開です!!
 

 出た、トウジの年上趣味!(笑)なんかオヤジが入っているし・・
 でも、実力でレギュラーを取って
 在学中の先輩にその姿を見せようとする辺りがですね!

 一方の女性陣。
 ・・・・・・怪しく激しいオーラが見えます・・・(^^;

 次回いよいよユイさんが登場!
 ・・・・私はアスカな人なのでどうでもいいです(爆)

 私はお一人がまとめて送られてきた場合、1日1本ずつUPしているのですが、
  MEGURU さんの作品は常にストックがある状態でした。
 この作品のUPでどうにか在庫0です(^^;
 ・・・・・UPした際のメールCheckでまた新作が来てるかな?
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 入居1週間弱で、既に7本の作品をお部屋に飾った MEGURU さんに感想メールを!!


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