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私立第三新東京幼稚園A.D.2007



第二十三話 学芸会(後編)


「みんな,おはよう.」
「おはよーございまーすっ.」×多数
マヤが「さくら組」の園児達に朝の挨拶をする.寒さも緩んできた3月のとある日曜日,私立第三新東京幼稚園では学芸会の日を迎えていた.

「・・・はい.今日はいよいよ『かきつばた組』のみんなと一緒に練習をしてきた劇の発表の日です.今日は頑張りましょうね.」
「はーい.」×多数
「おーっ.」×多数
「それと・・・今日はみんなのお父さん,お母さんが見に来ているけどいつも通りでいいから.固くならないでね.」
「せんせーっ,どきどきしますぅ.」
「おれもーっ.」
マヤの言葉に何人かの園児が緊張を訴える.この手のイベントになると必ずといっていい程カチコチンになる子が出てくる.

「あらあら.困ったわねえ.あら?タカシくんもドキドキするの?」
「…おれのかーちゃん,『ちゃんとやらないとおしおきよ.』なんてゆーんだぜえ.」
マヤが意外そうな顔をして通称「悪ガキ3人組」の一人タカシに尋ねる.タカシは乱暴な言葉づかいながらもいつもより気持ち大人しめに答えた.

「なっさけないわねえ.それでよくいばってられるわねえ.」
「そーりゅーはおれのかーちゃんのこわさをしらねーからそんなことがいえるんだよっ.」
「・・・二人共止めなさい.アスカちゃん,言い過ぎよ.誰にだって苦手はあるのだし.タカシ君に謝りなさい.」
緊張を口にしたタカシにアスカが突っかかる.この二人,シンジのこともあって何かにつけてはケンカばかりしていた.口論になりかける二人にマヤが割って入る.マヤは突っかかったアスカに謝るよう促した.

「な,なんでアタシが・・・」
「・・・アスカちゃん.」
マヤに謝るよう言われたアスカが口ごもる.そんなアスカにマヤは言葉を掛ける.マヤの口調は穏やかだったがその表情には有無を言わせない厳しさが見えていた.

「わ,わるか・・・」
「あやまれよな,そーりゅーっ.」
「そうだそうだ.」
「な,なによっ.アンタたちにあやまることばなんてないわよっ.」
言い過ぎたと思ったのかマヤの視線の厳しさのせいなのかとにもかくにもアスカがタカシに謝ろうとした時,タカシの仲間のツヨシとカズヒロが口を挟んだ.一旦謝りかけたアスカだったが二人の言葉を受けてアスカは態度を頑なにした.

「アスカちゃん・・・」
「アタシ,わるくないもんっ.」
マヤが困惑の表情を浮かべてアスカに話し掛ける.だが,アスカは意固地になって頬を膨らませていた.

「アスカぁ〜.」
「なによっ.シンジ!」
「いまのはアスカがわるいよ〜.」
「シンジまでアイツらのみかたするのっ!?」
「そうじゃないけど・・・ぼくだってドキドキしてるんだよ.そんなときにもし『なさけない』なんていわれたらおちこんじゃうよ・・・.」
「・・・・・・・」
気まずい雰囲気を見かねたというよりは耐えられないという感じでシンジがアスカに声を掛けた.先程の事による苛立ちでつんけんとしていたアスカだったがシンジのある意味において鋭い指摘に黙り込む.良く考えてみるとシンジはアスカに「なさけない」という言葉を一番使われているのだがこの際それは置いておこう.

「・・・わ,わるかったわよ.」
「お,おう.わ,わかればいいんだよ.そーりゅー.」
しばらくの沈黙の後,アスカはタカシに謝った.言葉づかいからすればとても謝っているとは言い難いのだがそれでもいつにないアスカの態度にタカシは戸惑いながらも謝罪を受け入れていた.

「でも,アンタたち!ヒカリをこまらせるんじゃないわよっ.」
「わかってらあっ.」
「でも,かぐやひめをこまらせるのが.」
「オレたちのやくめだもんなあ.」
謝ったとは言えアスカはタカシ達に一言言うのを忘れない.タカシ達3人の役柄はかぐや姫への求婚者達だった.主役であり仲良しであるヒカリを困らせるなというアスカにツヨシとカズヒロが息を合わせてまぜっかえす.この3人組,彼らなりに結束が固かった.

「アスカちゃん・・・ツヨシくんたちのいうとおりだとおもう.」
「マナ〜.」
「わはははははっ.」×多数
「な,なによーっ.」
それまで黙っていたマナがツヨシ達に同調する.クラス中で笑い声が上がる中,アスカは一人プンプンとしていた.

「・・・はい.上手に行うことはもちろん大事なことだし先生,みんなには一生懸命にやって欲しい.でも,それ以上にみんなには今日の劇を楽しんでやって欲しいの.」
「たのしむ?」
「そう.晴れの舞台だから滅多に無いことだからこそ楽しんで欲しいの.これは先生からのお願いよ.」
園児達の笑い声が静まった所でマヤは園児達を見回しながらゆっくりと語る.マヤは園児達に今日の劇を楽しんで欲しいとお願いしていた.

「でもしっぱいしたらどうしよう?」
「そんなに深刻な顔をしないで.今まで頑張って練習してきたじゃない.いつも通りにすれば大丈夫よ.」
「でもドキドキしていつもどおりじゃない.」
「そうねえ・・・そうだ.それじゃ,先生がドキドキを鎮めるおまじないを教えてあげる.」
「おまじない!?」×多数
「それはね・・・」
緊張をほぐそうとするマヤに園児の一人がなおも今日の劇での不安を口にする.そんな園児にマヤはリラックスさせるための「おまじない」を話し始めた.

『・・・私達にとっては失敗もハプニングとしての面白さなんだけど子供達にとっては世界の全てだったりするのよね.』
自分を見る園児達の眼差しを感じながらマヤは真剣な面持ちで「おまじない」について話した.


−*−


「・・・『おまじない』っていうからなにかとおもったけどずいぶん『こてんてき』よねーっ.」
『古典的』などという幼稚園児にしては高度な言葉を使っているのはアスカだった.あれから「さくら組」の園児達は「かきつばた組」の園児達と共に劇を開演する集会場の隣の建屋の教室に集まっていた.

「・・・・・・」
「ちょっとシンジ!いってるそばでてに『人』なんてかくんじゃないのっ.」
「だってアスカ〜ぼくドキドキするんだもん.」
どうやらマヤの教えたおまじないというのは実にベタなものだったようである.シンジのように手に『人』の文字を書く子,深呼吸を繰り返す子,他の園児を野菜呼わばりする子等々の園児達が見受けられたのだからその内容は推して測るべしだろう.

「しょーがないわねーっ.あれ?レイは?」
「レイちゃん?」
アスカはシンジにレイの所在を問う.幼稚園では大抵二人の側にいるレイがいないことにアスカは気づいた.

「レイ?」
・・・・・ごっこあそび,ごっこあそび,ごっこあそび,・・・・・.
「レイちゃん?」
「!・・・シンジくん,アスカちゃん・・・.
シンジ達からちょっと離れた壁のそばでなにやらぶつぶつ言っているレイをアスカが見つける.アスカ,シンジに話し掛けられたレイは驚いた様子で顔を真っ赤にした.

「なにしてたの?レイ?」
…な,なんでもない.
アスカの問いかけにレイは蚊の鳴くような声で答えた.普段から大人しいレイだが今日は一段と声が小さい.

「なんでもないってことはないでしょっ.レイもきんちょうしてるの!?」
…う,うん.アスカちゃん….
「もうっ.シンジもレイもこのアタシときょうまで『とっくん』やったんだからもっとじしんもちなさいっ.」
「で,でも….」
「デモもストもないのっ.このアタシがだいじょうぶだといってんだからだいじょうぶなのっ.」
「う,うん.そうだよね.アスカのいうとおりだよね.」
「わかればよろしい.」
レイの返答にアスカはさらに問い詰める.レイもまたシンジと同様,本番の日を迎えて緊張していた.そんな二人を見てアスカは腕組みをして説教を始める.アスカに半ば圧される形でシンジはうなずいた.

「ところでレイちゃん,なにかつぶやいてたけどなんていってたの?」
…うんとね…『ごっこあそび』といってたの.
「どうして?」
…だってみんなのまえってかんがえるとむねがくるしくなるの.
「うん.」
…だから,いつもやってる『ごっこあそび』とおもうようにしてたの.
「そうなんだあ.ぼくもうたをうたってるとおもえばいいのかなあ.」
…シンジくんうたうのすきだもんね.
「レイちゃんも・・・うたうのすきでしょ?」
…うん.
思い出したかのようにシンジはレイにさっきの呟きについて問い掛ける.レイは『ごっこあそび』と思うことでプレッシャーを忘れようとしてた.レイの言葉を聞いてシンジは自分が歌っている時のことを思い返す.

「ちょっとぉ,アタシもうたうのすきなんだからねっ.」
「う,うん.アスカ.」
「もうだいじょうぶよね.きあいいれてくわよっ.シンジ!レイ!」
「うん.」
「…うん.」
何か蚊帳の外に置かれたのを感じたのかシンジとレイの二人にアスカが割って入る.それからアスカは二人に激を飛ばした.一連の出来事でシンジもレイも大分落ち着いたようだ.

「アスカ.」
「なによ?シンジ.」
「ありがとう.」
「れ,れいならげきをちゃんとやってからにしてよねっ.」
「うん.アスカ.」
それからシンジはアスカににっこりと微笑んだ.思わぬシンジの感謝の言葉にアスカの顔はちょっと赤ばんでいた.


−*−


「わあ.」
教室の一角で何人かの園児達から歓声が上がる.そこにはかぐや姫役のヒカリが着付けを済ませた状態で立っていた.普段はその髪を二本のおさげにしている彼女だが今日は真っ直ぐ背中に流している.

「きれい….」
「いいなあ,ヒカリちゃん.」
まさにお姫さま姿のヒカリに対し女の子の園児達から羨望の声が上がる.髪を下ろし色鮮やかな着物(さすがに十二単ではない…動けなくなるから)召したその姿は普段とは別の雰囲気を彼女に与えていた.

「似合ってるわよ.ヒカリちゃん.」
「…ありがとうございます.ユリコせんせい.」
着付けを行ったユリコがヒカリに声を掛ける.ユリコの言葉にヒカリは照れながら応えていた.今日は年長組の担任であるマヤやシゲル達だけでなく幼稚園の職員の大半が園児達の着付けや舞台のセッティングなどの裏方の仕事で走り回っていた.

「へ〜かわればかわるもんやなあ.」
「あ.すずはら.」
「ちょっとトウジ君.じっとしていないと着付けられないわよ.」
「せやかてマヤせんせ,このふくうごきにくくてかなわんわ.」
「駄目よ.トウジ君は貴族の役なんだから身だしなみはきちんとしなくちゃ.」
ヒカリのかぐや姫姿にトウジはちょっと感心したような声を上げていた.そのトウジをマヤが制する.トウジは自分の役の衣装の着付けの途中だった.トウジの役柄は5人の求婚者の中の一人で他の役…いわゆる「庶民」のものに比べて動きづらい衣装だった.

「おーやってるやってる.」
「あ.ミサトおねーちゃん.」
教室の扉が開かれて白のセーターに膝下ぐらいの丈の薄茶のスカートといういでたちでミサトが中に入ってきた.普段の幼稚園での活動的な格好に比べると今日は大人しい感じがする.

「ヒカリちゃん,『かぐや姫』,素敵よ.」
「あ,ありがとうございます.ミサトおねえさん.」
「みんな,緊張している子はいないかな?」
「ミサトぉーっ,ケンスケのやつかたまってるぞぉーっ.」
中に入ったミサトはヒカリに声を掛けそれから周囲に尋ねる.すると園児の一人から翁役のケンスケが固まっているという答えが返ってきた.

「それは大変ねえ.よし,お姉さんが・・・」
「ミサトさん.今日は見る方に専念してください.」
「え.でも・・・」
「ここはいいですから.今日は『お客さん』として居てください.舞台,始まりますよ.」
「…はーい.それじゃみんな,がんばってね〜.」
「はーい.」×多数
緊張していると聞いてミサトはケンスケの方に近づこうとするがマヤに止められる.ミサトはちょっと残念そうな顔をしたが大人しく引き下がり教室を出ていった.

『こっちでも追い出されちゃったわねえ.』
廊下でミサトは苦笑いを浮かべていた.ミサトは先に「あやめ組」「つばき組」が演じる「シンデレラ」の舞台裏を訪ねては同様に追い出されていた.マヤの言葉通り,今日のミサトはお客さん扱いである.

『・・・大人しく席に着くとします…か.』
ミサトは園児達の保護者が待機している集会場に向かった.


−*−


「う,う〜.(がたがたがた)」
先の園児の指摘の通り,ケンスケは震えていた.ケンスケの役は竹取の翁,『かぐや姫』では主役に次ぐ重要な役である.今までの練習ではそれなりに役をこなしていたのだが本番を前にして彼はカチンコチンになっていた.

「落ち着いて,ケンスケくん.今までの練習通りにやれば大丈夫だから.」
「は,はいっ.(がたがた)」
落ち着かせようとシゲルがケンスケに声を掛ける.返事をするケンスケだが平常の状態には到底程遠かった.

「ケ〜ンスケくんっ.(ぴとっ)」
「わっ.」
ケンスケがガタガタ震えているところに何者かが後ろから抱きついてきた.驚きの声を上げるケンスケ.ケンスケに抱きついたのは媼役のマナだった.

「な,なにすんの!?マナちゃん?」
「そのままうごかないでっ.」
「ど,どうして?」
「いいから.じっとしたままめをつぶって…ね.」
「う,うん?」
マナの不可解な行動にケンスケは狼狽していた.気になる子に後ろから手を回された上にぴったりとくっつかれてケンスケの心拍数は先程よりもさらに上昇していた.完全に舞い上がったケンスケはマナの言われるままになる.

(どくん どくん どくん どくん どくん・・・)

目をつぶったケンスケは背中にひっついてるマナの感触と自分の心音を感じていた.あと10年も経てば結構嬉しいシチュエーションなのだがそれを楽しむにはケンスケはまだ子供だった.

「いきをおおきくすってーっ.」
「(すぅーっ)」
「はいてーっ.」
「(はーっ)」
「いきをすってーっ.」
「(すぅーっ)」
・・・・・

完全にマナの制御下(笑)に入ったケンスケはマナに指示されるまま深呼吸を行う.繰り返すうちにケンスケは高鳴る心音が静まっていくのを感じた.

「・・・どう,おちついた?ケンスケくん?」
「う,うん.」
無邪気な顔をしてマナはケンスケに訊ねる.マナの問いにケンスケはうなずいた.

「よかったあ.」
ケンスケがうなずくとマナはにこっと微笑んだ.マナの無邪気で愛らしい微笑みを前にしてケンスケは緊張とは別の意味で固まっていた.

「わぁーっ,マナちゃんってだいたんーっ.」
「ひゅーひゅーっ.」
「あついあついーっ.」
「らぶらぶじゃん.」
「できてるんじゃないのぉ.」
それまでマナとケンスケのやりとりを見ていた園児達の中から声が上がる.言葉の意味をどこまで理解しているのかは疑問だったがともあれ,おませな子を中心に揶揄の声が飛んで来た.

「そうよ.できてるわよ.」
やいのやいのと言う園児達を前にしてマナはしれっと宣言した.あっさりと肯定するマナの意外な反応の前に冷やかしの言葉を浴びせていた園児達も一瞬沈黙する.

「・・・だって,わたしたち『ふうふ』だもんねえ.おじいさん.」
「!・・・そうじゃのう.おばあさん.」
マナは周りの園児達が喋り出す前に芝居がかった声でケンスケに話し掛ける.いきなり役の「媼」になったマナにケンスケは一瞬驚いたがすぐさまマナに合わせて「翁」を演じた.ケンスケはすっかり練習の時の状態に戻っていた.

「マナちゃーん,ケンスケくーん,おじいさんおばあさんの衣装を着せるからこっちに来なさい.」
「「はーい.」」
目の前で「夫婦」を演られて冷やかしていた園児達が呆然としているところに,ユリコがマナとケンスケを呼ぶ.呆然としている園児達を尻目に二人はいそいそとユリコのもとに向かった.

「ねえ,マナちゃん.さっきケンスケくんにやったこと,どこで覚えたの?」
マナに「媼」の着付けを行いながらユリコは先程ケンスケに抱きついてからの一連の行動について興味ありげに尋ねた.

「うんとね,ママがおしえてくれたの.」
「ママが?」
「うん.ママ,わたしがねむれなかったりドキドキしてるといつもやってくれたの.そうするとマナ,おちつけるの.」
「そうなんだ.だからケンスケくんにあんなことしたんだ?」
「うん!・・・いけなかった?ユリコせんせい?」
ユリコの質問にマナは答える.ユリコの「あんなこと」という言葉が引っかかったのかマナはちょっとだけ上目遣いになってユリコに訊ねていた.

「そんなことないわよ.でもマナちゃんがやったらもっとドキドキしちゃうかもしれないわね.」
「?」
「・・・今のは気にしないで.はい,着付け終わり…と.行ってもいいわよ,マナちゃん.」
「はーい.せんせい.」
ユリコは質問に答えては意味深な事をマナに話す.ユリコの言葉にマナは解らない顔をしていた.マナの反応にユリコは話題を着付けのことに逸らす.着付けが終わってユリコに促されるとマナは駆け出して行った.

『おませなようでもやっぱり子供ね.』
他の園児達の輪の中に入っていくマナの背中を見ながらユリコは微笑んでいた.


−*−


(ぱち ぱち ぱちぱちぱちーっ)

集会場では拍手の音が鳴り響いていた.たった今,先演の「シンデレラ」が終わったところである.

「ありがとうございました・・・次は『さくら組』と『かきつばた組』による『かぐや姫』です.準備ができるまでしばらくお待ちください.」
司会進行役の先生が会場に集まった保護者達にアナウンスする.劇間の時間では席を立ったり,あるいは近くの保護者同士で話をする光景が見受けられた.

「次ですね.」
「ええ.レイ,大丈夫かしら.」
会場の席でキョウコが右隣のメグミに話し掛ける.内気な娘のレイと異なってメグミは比較的鷹揚な性分だったがさすがに今日は不安な色を隠せなかった.

「大丈夫ですよ.あの子達本当に一生懸命にやっていたんですもの.そうですよね,ゲンドウさん.」
「ん?ああ.問題無い.」
心配顔のメグミにキョウコが穏やかに話し,左隣のゲンドウに同意を求める.腕組みをし前を見ていたゲンドウは突然キョウコに話し掛けられて一瞬首を動かし,それから短く答えた.

「・・・シンジが足を引っ張らなければ大丈夫だろう.」
ゲンドウはぼそっと言葉を継ぐ.自分の息子をあまり良く言わないゲンドウにキョウコは苦笑いを浮かべる.今日の学芸会には碇家からはゲンドウが,惣流家からはキョウコが,綾波家からはメグミがそれぞれ出席していた.ちなみに各人の連れ合いであるユイ・ゲンイチロウ・マサツグの3人は仕事やら所用やらで欠席していた.


「それでは,舞台に移動します.みんな,列に並んで.」
「はーい.」×多数
シゲルが園児達に指示を出す.かぐや姫のヒカリ,竹取の翁夫婦のケンスケ・マナ,5人の求婚者達のトウジやタカシ達など,園児全員がそれぞれの役の衣装に着替えていた.

「あーあ,これが『エバン』だったらあばれられるんだけどなあ.」
求婚者役の一人であるタカシがぼそっと呟く.

「『かぐやひめ』だもん.しょーがねーじゃん.」
「それにもし『エバン』だったらぜったいにそーりゅーが2ごうをやるっていいだすぜ.いいのか?」
「うっ.それは…やだな.」
タカシの呟きにツヨシとカズヒロが応える.カズヒロの「2号=アスカ」の図式にタカシの顔は引きつっていた.

・・・この会話は幸いなことにアスカの耳には届かなかった.

「きあいいれてくわよっ.みんなっ.」
「うん.」
「…うん.」
「はい.」
「おうっ.」×2
アスカはシンジとレイ,さらに3人の園児達に声を飛ばす.アスカ達6人の園児の構成は男の子3人・女の子3人だった.本当は全員男の役柄なのだが役の人数の都合(「かぐや姫」は男役の方が圧倒的に多い)で半数の3人が女の子になっていた.アスカはその6人の中の頭役である.

「だいじょうぶ?あいだ?」
「ああ.もうだいじょうぶだよ.」
ヒカリが心配げに先程までカチコチンになっていたケンスケに話し掛ける.ヒカリとケンスケそれにトウジの3人は幼稚園入園以来の仲良しだった.

「だいじょうぶよっ.ヒカリちゃん.いざとなったらわたしがフォローするもんっ.」
ケンスケの隣にいたマナが胸を張って主張する.その表情はこれからの舞台が楽しみでしょうがないという感じで不安は微塵も感じられなかった.先のアスカといい,今のマナといい,本番を前にしてしっかりと落ち着いていられるのは男の子よりも女の子という感じだった.

・・・それから15分後,会場では「さくら組」「かきつばた組」の合同演目「かぐや姫」の幕が開いた.


−*−


昔々,ある所にお爺さんとお婆さんが住んでいました.
お爺さんは山へ竹を切りに行き,お婆さんはそれで竹細工を作っていました・・・


司会進行の「かぐや姫」開始の宣言と共に,舞台の幕が開かれる.そして,マヤのナレーションがゆったりと会場を流れ始めた.


・・・ある日,お爺さんがいつもの様に山に行くと竹林の中で光る竹を見つけました.
お爺さんは『なんだろう』と思ってその竹に近づいてゆきました・・・


舞台は竹林の中.翁の扮装をしたケンスケがてくてくと歩いて登場する.会場から小さな拍手が起こる.本番を前にして固まっていたケンスケだったが今は緊張も取れて練習通りに動いていた.


・・・お爺さんはその光る竹を切ってみることにしました.
…よいっしょっ…よいしょっ…よいしょっ.


黄金(こがね)色の竹に向かってケンスケがナレーションに合わせてなたを振るう.会場の保護者席ではカメラを廻す親の姿があちこちで見受けられた.ケンスケの父親もしっかりと彼の姿をカメラ越しに捉えていた.


・・・竹を切ってみてお爺さんは驚きました.
何と中には可愛らしい赤ん坊がいるではありませんか.
・・・お爺さんはいったいこれはどうしたものかと考えましたが,
ひとまず赤ん坊を家に連れて帰ることにしました・・・


竹の中の赤子(の人形)をケンスケはそっと抱きかかえて舞台セット上のあばら家へと歩いていく.家の中では媼役のマナが待っていた.

「おかえりなさい.おじいさん.」
「ただいま.おばあさん.」
「おばあさんや,やまでたけをきっていたら・・・ほれ,こんなあかごがでてきたんじゃ.」
「まあ,かわいらしいあかごだこと.これはてんからのさずかりものにちがいないわ.」
「そうじゃのう.」
翁のケンスケと媼のマナの間で会話が交わされる.今までの練習の成果か,二人共すらすらと台詞が出てくる.特にマナは赤子を可愛いという所で両の腕を広げて実に芝居がかった動きをしていた.

「わたしたちでそだてましょう.」
「そだてましょう.」
マナとケンスケとの間で掛け合いのような言葉が交わされて最初の場面が終了した.一旦,幕が引かれて次の場面への準備が始まる.

「マナったら・・・誰に似たのかしら?」
「君じゃないのか?」
「あなたでしょ?」
マナの舞台での振る舞いにマナの母が顔に笑みを浮かべながら隣に座っている夫に話し掛ける.二人は愛娘の無邪気な晴れ姿を嬉しさ半分照れ半分で眺めていた.


連れ帰った赤子をお爺さんとお婆さんはそれはそれは大切に育てました.
女の子だった赤子は健やかに育ち,三ヶ月後には年頃の美しい娘となりました.
また,赤子を拾った竹林からはお爺さんが竹を切る度に黄金が出てきたので
お爺さんお婆さんの家はとても豊かになりました.


「お母さん,お母さん.ヒカリちゃん次だよ.」
「そうね,コダマ.」
「ヒカリおねーたん,おひめしゃま〜.」
「はいはい.静かにね,ノゾミ.」
「はーい.」
場面が切り替わる間,会場の一角では母親と幼い娘2人の親子連れが主役のかぐや姫の登場を待っていた.洞木家では母親の他に小学生の姉と幼稚園入園前の妹も舞台のヒカリを見に来ていた.


美しく育った娘は「かぐや姫」と呼ばれるようになりその評判は近所の人々だけでなく
遠くの村・町・国中にまで伝わりました.


(ざわざわざわ)

みんな,静かに.
幕の内側ではシゲルが園児達を鎮めようと試みる.次の場面はかぐや姫を一目見ようとする村人達の登場で大人数の園児達が舞台に集まっていた.他の先生方もかぐや姫や5人の求婚者役の園児達の立ち位置や出ていく順番を指示したりしていた.

「まあ,なんてうつくしいのでしょう.」
「うらやましいわあ.」
「てんにょさまみたい・・・.」
「おらのおよめさんにしたいなあ.」

幕が開き,舞台上の村人役の園児達が口々にかぐや姫を褒め称える.お姫さま姿のヒカリは村人達の視線を遮るように小道具の扇子を広げていた.


そんなある日,都から5人もの身分の高い若者達が
お爺さんお婆さんの家にやってきました.


「はい.前に出て.」
タカシ・ツヨシ・カツヤ・カズヒロ・トウジの5人が先生にそっと押し出される.狩衣(かりぎぬ)姿の園児達が次々と舞台の袖から現れる.5人の求婚者達はそれぞれ色違いの着物を着ていて誰が誰だかはっきりと分かるようになっていた.

「がんばってーっ.」×数名
「しっかりやれよーっ,トウジ!」
会場で座っている何人かの年少組の園児達から声が上がる.すると,大人からも出演の園児に掛け声が飛ぶ.その声に会場からどっと笑いが起きる.

『はずいわ・・・とーちゃん.』
舞台の上で掛け声の対象となったトウジは顔を俯かせる.トウジの家では父親が一人学芸会を見に来ていた.母親は家業の都合で家を空けられず,妹はまだ赤子で母親と一緒に家に居たので会場にはいなかった.


5人の若者はそれぞれにかぐや姫を自分のお嫁さんにしようと
名乗りを上げるのでした.


「われはいしつくりのみこなり!」
元気に声を上げて名乗ったのは石作の皇子役のタカシ.

「まろはくらもちのみこなるぞ.」
ちょっとなよっとした感じで車持の皇子役のツヨシ.

「みどもはあべの・・・えっと・・・みむらじなり.」
途中で自分の役名を忘れかけたのは阿部の御主人役のカツヤ.

「われこそはおおとものだいなごんである.」
でんと胸を張って名乗ったのは大伴の大納言役のカズヒロ.

「わ,ワシはいしがみのまろたりじゃ.」
少し言いづらそうにトウジが5人目の石上の麻呂足の名乗りを上げる.

「おやまあ,とおいみやこからわざわざ.おじいさんや.」
迎えに出ていた媼役のマナがいかにも驚いたというジェスチャーをして翁役のケンスケを呼ぶ.呼ばれたケンスケはマナと共に並んで座り5人に頭を下げた.

(せーの)

「かぐやひめをわたしのおよめさんにくださいっ.」×5
5人の園児が息を合わせて一斉に声を上げる.台詞の前に園児達が顔を見合わせて合わせ声を上げてしまう辺りはご愛敬だろう.

「こまりましたのう.むすめはひとりでありますれば.」
「むすめのきもちというのもあります.」
「そこをなんとかわれに.」
「まろに.」
「みどもに.」
「われこそに.」
「ワシに.」
困惑の翁夫婦にかぐや姫との結婚を迫る求婚者達.ここまで大したハプニングも無く劇は進行していた.

「いかがなされましたか?」
「おおーっ.」×5
かぐや姫役のヒカリが求婚者達の前に出る.求婚者達から歓声が上がった.それから我こそとばかりに5人の間で争いが起きる.

「みなさん,しずかにしてください.」

凛とした声が会場に響く.声の主はもちろんヒカリである.ヒカリの声に争っていた求婚者達も動きを止める.そこへマヤのナレーションが入った.


誰かのお嫁さんになるつもりの無かったかぐや姫は思案の末,
5人の若者達にはお願いした品物を探し出した人のお嫁さんになると話しました.

石作の皇子には・・・“天竺にある仏様の石の鉢”を,
車持の皇子には・・・“蓬莱山の玉の枝”を,
阿部の御主人には・・・“火ねずみの皮衣”を,
大伴の大納言には・・・“竜の五色の玉”を,
石上の麻呂足には・・・“燕の持つ子安貝”を,

それぞれに別々の品物をかぐや姫はお願いしたのでした.
どの品物もたいへん珍しいものでとても手に入るとは思えませんでした.


ナレーションと共に再び幕が引かれて場面転換に入る.幕の内側では先生方が園児達を誘導したり,セットを入れ替えたりで大忙しだった.

「いいなあ,ヒカリちゃん・・・.」
ヒカリの姉コダマは舞台の妹の晴れ姿に少し羨ましがるような口調で呟きながら浸っていた.

「おねーたん,おねーたん.」
「・・・・・」
「おねーたん.」
「ちょっとひっぱんないでよねっ.ノゾミ!」
「おね…ふえーんっ.」
ノゾミがコダマの袖をくいくいと引っ張る.浸っていたところを邪魔されたコダマはノゾミを邪険に振り払った.振り払われたノゾミはたちまち泣き出す.

「あらら・・・泣かしちゃ駄目じゃないの.コダマ.」
「だってノゾミが・・・」
「だってじゃないの.お姉ちゃんでしょ.ちょっとノゾミと外に出ているからコダマは席で大人しくしてなさい.」
「・・・私も行く.」
ノゾミが泣き出してしまって,ヒカリの母はコダマを咎める.ノゾミをこのままにしておくわけにもいかなかったのでヒカリの母はノゾミを連れて外に出ることにした.母親に席に座っているよう言われたコダマだったが少し躊躇した後,母の後をついて行った.

『すぐ戻るからね,ヒカリ.』
ヒカリの母は心の中で真ん中の娘にそう呟くとコダマとノゾミの手を引いて会場の外へと出た.


−*−


『・・・レイ.』
自分の娘の出番が近づいて来てメグミは内心はらはらしていた.劇はタカシ扮する石作の皇子が天竺には行かず近くの山に3年間隠れた末,その辺にあった石の鉢を差し出してかぐや姫に偽物と看破される場面まで進んでいた.


・・・石の鉢をかぐや姫に偽物だと見破られた石作の皇子はすごすごと帰って行きました.

車持の皇子は蓬莱山にあるという玉の枝を持ってくるよう言われましたが
蓬莱山はとても遠くて簡単に行けるものではありません.
そこで皇子はかぐや姫の言っていた枝の偽物を作ろうとしました.


『練習通りやれば大丈夫よ.レイちゃん.』
会場の隅でミサトは舞台を見ていた.今日は「お客さん」扱いで舞台裏に近づくことすらできなかった.ミサトは内気だった自分の幼い頃と似ているレイへ心の中でエールを送っていた.


皇子は家来に腕の良い細工師を集めさせました.
細工師達はいい物を作ろうとそれはそれは一生懸命になりました.


舞台にシンジ・アスカ・レイ達合計6人の園児が登場する.シンジ達の役柄は細工師で,中でもアスカは細工師達の親方役に収まっていた.

「さいこーのものをつくりましょう.」
「つくりましょう.」
「つくりましょう.」
「つくりましょう.」
簡素な着物姿のアスカが掛け声を上げる.いつもは自慢の髪を後ろでアップしているアスカだが今日は一本にまとめた髪をストレートに下ろしていた.さらに手ぬぐいで頭をすっぽりと包んだその姿は凛々しさを彼女に与えていた.アスカの掛け声に対し同じ衣装の園児達が応える.

「つくりましょう.」
つくりましょう.
アスカや他の園児達と同じ衣装に身を包んだシンジ・レイも掛け声に応える.他の子に比べてレイの声は少し小さめだ.アスカの細工職人姿が凛々しさを与えているのに対してシンジやレイのそれは可愛らしさを醸し出していた.それから,6人の園児達はそれぞれの立ち位置についた.

「とてかん.」 「とてかん.」
とてかん. 「とてかん.」
「つちうつひびき.」

「こがねのみきをつぎましょう.」

「とてかん.」 「とてかん.」
とてかん. 「とてかん.」
「のみをうて.」

「しんじゅのたまをみのらせましょう.」

「とてかん.」 「とてかん.」
とてかん. 「とてかん.」
「つちうつひびき.」

6人は4箇所に分かれ,舞台で用意された小道具を手に持つ.それから,身振り仕草と共にお互いに掛け合いを始めた.親方アスカの号令の下,玉の枝が作られていく.

「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
ゲンドウ,キョウコ,そしてメグミの3人は会場の席でじっと舞台を見つめていた.ゲンドウは腕組みをしたままで,キョウコは娘の勇姿にいくらか顔をほころばせながら,メグミは緊張の面持ちで劇を眺めていた.


細工師達の努力の甲斐あってそれはそれは見事な玉の枝が出来あがりました.
これならご褒美もたくさん出て彼らの生計も楽になる事でしょう.


「できたあ!」
「きんのえだとしんじゅのみ.」
園児の一人が歓声をあげる.そして別の園児が金紙を張り合わせて作った玉の枝の完成品を両手で掲げる.そして玉の枝を掲げた園児が隣にいた園児に手渡した.

「これぞわれらのだいけっさく.」
玉の枝を受け取った園児は高らかに宣言する.それからその園児は玉の枝をレイに手渡した.ここでは園児一人一人が玉の枝を手にして一言,台詞を言うことになっていた.

さ,さ・・・
玉の枝を受け取ったレイは自分の台詞を言おうとするが少しとちってしまう.自分がとちったことに気づいたレイは口ごもってしまった.

(・・・・・・・)

レイが黙ってしまったことで会場に緊張が走る.舞台の園児達,袖に控えている先生方,客席の保護者達,皆かたずを飲んで見守っていた.今は静かだがもう少し経てば沈黙はざわめきに変わることだろう.

『レイちゃんっ.』
『レイっ.』
舞台の上ではシンジとアスカ,それに他の園児達も黙ってしまったレイを不安げに心配げに見ていた.

「(すうーっ,はーっ.)」
皆が見つめる中,レイは深呼吸を一つする.この時レイは気づいてなかったが,このレイの行動は非常に目立つものであった.

『レイ・・・』
メグミは祈るような面持ちで舞台の上のレイを見つめていた.会場の中で最もレイのことを心配していたのは彼女だったが,今は祈りながら娘を見ることだけがメグミにできることの全てだった.母が祈る中,舞台の上でレイはその可愛らしい唇を再び動かし始めた.

「さっそくみこさまにみせましょう.」
レイはゆっくりとそして今までで一番はっきりとした声で台詞を言いきった.そして玉の枝をシンジに手渡す.会場から安堵の息が思わず漏れる.シンジに玉の枝を渡したレイはほっとした表情で舞台に立っていた.そんなレイにメグミが安堵したことは言うまでもない.

「おやかた,おねがいします.」
レイに玉の枝を渡されたシンジはアスカに向き直る.そして玉の枝をアスカに渡した.直前でレイが皆をはらはらさせてかえって緊張がほぐれたのか,シンジはすんなりと台詞を言うことができた.

「ごちゅうもんのしな,ここにできあがりました.」
「うむ.よいできじゃ.さがってよいぞ.」
「おくげさま,だいきんですが・・・」
「ああわかっとる.あとでさたをまて.」
「はっ.」
アスカは玉の枝をシンジから受け取るとかしずくようにしてそれを車持の皇子の家来役の園児に手渡した.それから家来役の園児は皇子役のツヨシに手渡す.


細工師達から玉の枝を受け取った車持の皇子は
それを箱に入れて持っていくことにしました.

一ヶ月後,皇子はいかにも遠くへ旅をしてきたという格好で
お爺さんお婆さんの家を訪ねたのでした.


「よかったですね.メグミさん.」
「ええ.ほっとしました.」
場面切り替えに入ってキョウコがメグミに話し掛ける.メグミは笑顔でキョウコに応えていた.

「シンジくんもしっかりして・・・ねえ,ゲンドウさん?」
「・・・ああ.」
キョウコは舞台のシンジのことでゲンドウに話を振る.ゲンドウは右手の中指で眼鏡のずれを直した後,簡潔に答えた.愛想の無いゲンドウの返答にユイと共に彼との付き合いの長いキョウコは苦笑いを浮かべる.

「・・・次はアスカちゃん,長台詞だな.まあ,アスカちゃんなら大丈夫だろう.」
「そうだといいんですけど.」
ゲンドウは話をアスカのことに持っていく.次の場面でアスカは細工師達を代表してかぐや姫に注進を行うことになっている.レイとシンジはアスカの後ろに従うだけだが,アスカにはまだ長い台詞が残っていた.

「・・・かぐやひめ,たまのえだをもってきました.」
「それはどこに?」
「このなかに.さあ,おたしかめを.」
「これは・・・」
場面変わって翁夫婦の家で車持の皇子のツヨシがかぐや姫のヒカリに玉の枝(偽物)の入った箱を差し出していた.


箱を開けてかぐや姫は驚きました.
そこにはかぐや姫が語った通りの玉の枝が入っていたからです.
かぐや姫はこれが本物なのか偽物なのか
分からなくなって困ってしまいました.


「さあ,まろとけっこんを.」
「・・・・・・・」
「さあ.」
「・・・・・・・」
「さあ.」
「・・・・・・・」
「さあ.さあ.さあ.」
結婚を迫る車持の皇子に後ずさりをするかぐや姫.ツヨシがヒカリにずいっと押し迫り,ヒカリがこわばった表情で後ずさりするさまは昔遠足で注意したヒカリをタカシらと脅かした時と似ていなくも無かった.


皇子に結婚を迫られかぐや姫はピンチに立たされました.
ところが・・・・・


「おまちください.それはにせものです.」
翁夫婦の家の前にアスカを先頭に6人の細工師役の園児達が集まる.他の5人がひれ伏している中,アスカは一人立ち上がってツヨシとヒカリの間に割って入った.ツヨシ,ヒカリ,そして翁夫婦のケンスケとマナがアスカの方を向く.

「な,なにを.」
「みこさま,わたしたちはおやくそくのだいきんをいただいておりません.このままではわたしたちはたべていくことができません.」
うろたえるツヨシにアスカはたたみ掛けるように言葉を続ける.練習の成果か(ちなみにシンジはこの場面でのアスカの個人的な練習に一人でさんざん付き合わされた),長い台詞もアスカはすらすらとよどみ無く言いきった.

「くらもちのみこどの,わたしにうそをついたのですね.」
「・・・はい.」
嘘がばれて形勢が逆転し,ヒカリは冷たい視線をツヨシに浴びせる.ヒカリの追及にツヨシは事実を認めた.玉の枝をヒカリから返されたツヨシは翁夫婦の家を逃げるようにして去っていった.

「かぐやひめ,おろかなわたしたちをおゆるしください.」
「いいえ,よくいってくれました.あなたがたにはほんとうにかんしゃいたします.」
アスカは平伏し,ヒカリに謝る.ヒカリはアスカ達にお礼の言葉を述べた.


細工師達によって嘘がばれてしまった車持の皇子は
お爺さんお婆さんの家から逃げ去りました.
そして,玉の枝の事を伝えに来た細工師達にはかぐや姫がお礼として
皇子の代わりに仕事の代金を払ってあげる事にしました.


「おねーたん,こわい〜.」
「ヒカリちゃん,怒ると恐いからね〜.」
「うん.」
泣き止んで会場に戻っていたノゾミとコダマが舞台のヒカリの演技について話し合う.コダマの言葉にノゾミはうなずいていた.

「アスカちゃん,りりしいですね.」
「そうですか?・・・」
会場の別の席ではメグミがキョウコに話し掛けていた.メグミの言葉にキョウコは照れ笑いを浮かべる.キョウコは柔らかな眼差しで娘の演技を見守っていた.


−*−


それから劇は3人目の求婚者阿部の御主人,4人目の求婚者大伴の大納言についての宝物探しと失敗の場面が舞台で進められていった.物語の流れとしては,阿部の御主人は家来達にお金を持たせて唐の国まで火ねずみの皮衣を買いに行かせるが偽物を掴まされて失敗する.大伴の大納言は竜の玉を取りに海に出て竜の怒りを買って暴風雨に見舞われる.船頭に懇願されて大納言は海に向かって平伏すると嵐は静まった.結果,宝物探しは失敗に終わった.

そして物語は5人目の求婚者である石上の麻呂足,トウジの番になった.


石上の麻呂足は燕が持つという子安貝を手に入れようと
家来達に燕が巣を造ったら自分に教えるよう命じました.
燕の子安貝は燕が卵を産み落とす,
まさにその時に卵を掴めば手に入ると言われていたからです.


「まろたりさま,つばめがすをつくっています.」
「まろたりさま,やぐらをくみましょう.」
「まろたりさま,かごをよういしましょう.」
「まろたりさま,つなをくくりつけましょう.」
家来役の園児達が次々とトウジに注進する.そして,園児達が舞台の上でセットされていた「目隠し」を取り払う.すると,1mぐらいの櫓(を模したもの)とそれに縄とかごを括り付けたものが現れた.

「みな,おおきに.おおきに.」
石上の麻呂足のトウジは家来の一人一人に両手で握手し,それからかごに乗り込んだ.


燕の巣に近づくための準備をしてくれた家来一人一人に
麻呂足は感謝すると自らかごに乗り込みました.
そして,燕が卵を産み落とす時をじっと待ちました.


細い棒の先に括り付けられた模型の燕が舞台の上を移動する.燕を操作しているのは先生である.燕は宙をしばらく漂った後,巣に舞い下りていった.

「いまやっ.」
「せーのっ」×数名
トウジの合図と共に家来役の園児達が縄を引っ張る.すると,かごが50cmほど上がっていった.かごの中のトウジは燕の巣に手を伸ばす.燕の巣に手を突っ込むことに成功するトウジ.だが,直後にバランスが崩れてトウジはかごから落ちてしまった.・・・ここまでは劇の脚本の通りの展開である.


燕の巣に手を伸ばした麻呂足はかごから落ちてしまいました.
主人がかごから落ちて家来達はこれは大変とばかりに駆け寄りました.


「だ,だいじょう・・・」
台詞を言いながらトウジは体を起こす.シナリオではトウジが立ち上がって燕の巣に突っ込んだ手を開いて手にしたものが子安貝ではなく燕の「ふん」だと知って卒倒することになっていた.

「・・・ぶやっ!」
台詞に合わせてトウジは勢いよく立ち上がった.ところが,トウジが起き上がった頭の先には何と先程使った櫓もどきのセットが絶好の位置で待ち構えていた.

(ごんっ)

盛大な音が会場に響き渡る.頭をぶつけた途端,トウジは頭を抱えてしゃがみこんだ.

「な,なんじゃこりゃーっ.」
トウジは涙目になりながらもシナリオ通りの台詞を吐く.自分の手にした燕の「ふん」を見て麻呂足が叫んで卒倒する場面なのだが,これでは自分が頭をぶつけた櫓もどきに文句を言ってるといった方が近い.

多少ハプニングはあったものの,この後トウジが倒れて石上の麻呂足の場面は無事(?)終了した.

「あいてててっ.」
「だいじょうぶ?すずはらっ.」
「だ,だいじょうぶや.」
「ヒカリちゃん,出番よ.舞台に出てね.」
「は,はーい.」
幕が引かれて舞台裏ではヒカリが先程頭をぶつけたトウジを心配げな顔で見ていた.そんなヒカリにトウジは強がる.そこへユリコがヒカリを呼ぶ.次はかぐや姫が月へ帰ることを翁夫婦に告白する場面だった.ヒカリはトウジの怪我がちょっと心配ながらも出番なので舞台へと歩いていった.

「トウジくん,先生にちょっと頭を見せて.」
ヒカリ達を舞台に誘導した後,ユリコがトウジのそばに寄る.それからユリコはかがみ込んでトウジの髪をかき分けてぶつけた所を確かめた.

「どれ・・・ちょっとこぶになってるわね.赤木先生に診てもらいましょっ.」
「だ,だいじょうぶやっ.ユリコせんせっ.」
「駄目よ.大人しく診てもらいなさいっ.」
「いややあーっ.」
「あ,こらっ.暴れないのっ.」
リツコに診てもらうと言われてトウジは顔を引きつらせ逃げ出そうとする.トウジにとってリツコは大多数の園児と同様“白衣の悪魔”であった.手足をばたつかせてトウジは抵抗するが所詮は幼稚園児の力,抵抗空しくユリコの手によってリツコのもとへと運ばれて行った.


それから年月が流れてある年の秋のこと
かぐや姫は月を見ては物思いに耽ったりあるいは涙を流すようになりました.
悲しみに暮れるかぐや姫にお爺さんとお婆さんは
病にかかったのではないかと心配するのでした.


リツコによる治療をトウジが受けている頃,舞台ではかぐや姫が月を見ては憂愁の思いに耽ける場面に入っていた.ヒカリはセットの月を見ては顔を下に向け,悲しみを表現していた.

「どうしたの?かぐや?」
「なにをかなしんでいるの?かぐや.」
翁夫婦のマナとケンスケがヒカリに尋ねる.

「おじいさま.おばあさま.じつはわたしはわけあってつきからここにまいったのです.」
翁夫婦に尋ねられてかぐや姫が月から来た者であることを告白する場面,ヒカリは長い台詞を朗読するように語り始める.

「ところがこんどのじゅうごやのまんげつのとき・・・まんげつのとき・・・」
流れるように語るヒカリだったが「満月の時」のくだりで言いよどむ.ヒカリは同じ言葉を二度繰り返した.

「まんげつのとき,つきよりおむかえがきてわたしはかえらなければなりません.いままでわたしをたいせつにそだててくださったおじいさんおばあさんとわかれるのがわたしはつらいのです.」
三度目の「満月の時」でヒカリは言葉を続ける.それからヒカリは物語の中で一番長い台詞を言いきった.全てを言い終えた時,ヒカリの口から思わず安堵の息が漏れた.


かぐや姫の告白を聞いてお爺さんお婆さんは大変驚きました.
手塩にかけて育てた娘とのお別れはお爺さんお婆さんにとって耐え難いものでした.
そこでお爺さんは都の帝にかぐや姫を護ってもらうようお願いしました.
前々からかぐや姫を妃にしたかった帝は満月の夜,自ら護衛をたくさん連れて
お爺さんお婆さんの家にやって来ました.


「いよいよだね,リョウくん.」
「そうですね.シゲタネくん.」
出番を前にして舞台の袖で護衛達の頭領役と帝役の園児が言葉を交わす.帝と頭領役は「さくら組」の園児から選ばれていた.

「えーっと,ぼくなんっていうんだっけ.」
「みかどのおなーりーだろっ.」
「あ,そっかあ.」
「あたまがおもーい.」
園児達の間で様々な会話が交わされていた.台詞を思い出す園児,衣装を邪魔くさそうにしている園児等々.護衛役には男の子だけでなく女の子も何人か武者姿に身を包んでいた.

「トウジくんはまだ戻ってないの?」
「うん.」
「まだ,“はくいのあくま”につかまってるぞぉ.」
ユリコはトウジの姿を探していた.お迎えの使者が来てかぐや姫が月に帰る場面,この場面では今までの登場人物が全員出ることになっていた.それは求婚者達はもちろんのこと,その他大勢の村人達まで出演した園児全員が対象だった.

「せんせい.ぼく,よんできまーす.」
「シンジくん,お願いできる?」
「あ,アタシもいくーっ.」
「…わたしも.」
「急いで戻って来てね.あまり時間が無いから.」
「はーい.」
忙しそうに動き回るユリコを見て思ったのかあるいはトウジのことが気になったのかシンジは自分が呼んでこようと手を挙げた.そんなシンジにアスカとレイも後からついて行った.

「みかどのおなーりーっ.」
シンジ達がトウジを迎えに行ってから間もなく,先程台詞を尋ねていた園児が舞台の袖から飛び出して気を付けの姿勢で声を張り上げる.それと共に武者姿の護衛達と共に帝が翁夫婦の家へと行進していった.

「よがほこるみやこのゆうしゃたちじゃ.」
「われらにおまかせを.」
「かぐやひめにはゆびいっぽんふれさせません.」
「おお.たのもしいことじゃ.」
「あんしんおし.かぐや.」
「・・・・・・・」
帝と護衛役の園児達が口々に宣言する.それを受けてケンスケとマナが台詞を継ぐ.だが,かぐや姫のヒカリは無言で首を横に振るだけだった.

「かぐやひめさまをまもるぞーっ.エイエイオーッ.」
「エイエイオーッ.」×多数
護衛の頭領役の園児が気勢を上げる.それに合わせて他の園児達も声を合わせて一斉に拳を上に突き上げた.


かぐや姫の憂いをよそに帝の護衛達は気勢を上げていました.
そんな中,月からの使者がかぐや姫を迎えに来ることを
聞きつけた人々が翁夫婦の家へと我も我もと押し寄せてきました.
その中にはかつてかぐや姫に結婚を申し込んだ若者達もいました.


「トウジくん,はやく〜.」
「はやくしなさいよっ,すずはらっ.」
「いててっ.けがにんになにすんやっ.」
「・・・・・」
舞台裏入り口にシンジ達が駆け込んでいく.シンジが先に行き,アスカがトウジの腕を引っ張り,レイがその後ろをてくてくとついて行っていた.トウジの頭には包帯が巻かれてその上にネットがすっぽりと覆い被さっている.怪我の程度にしては随分と大げさな治療のされようだった.

「こっちよ.トウジくん.シンジくん.アスカちゃん.レイちゃん.」
中に入ってきたシンジ達の姿を認めたユリコが手招きをする.ユリコの周りにはタカシら4人の求婚者や従者達,細工師達,船頭,村人などこれまでの場面で出演した園児達が集まっていた.

「みんな,マヤ先生のしゃべりが終わったら一斉に舞台に出てね.」
シンジ達が一団の中に入った後,ユリコは園児達に指示する.マヤのナレーションが一区切りついた所で舞台に上がる手はずだ.

「トウジくん,赤木先生何か言ってなかった?」
「・・・なんもいうてへん,ユリコせんせ.ただわろうとって,みょーにこわかったわ.」
「そう.」
舞台に上がるまでのちょっとの間,ユリコはトウジに話し掛けていた.トウジの返答にユリコはうんうんとうなずいていた.それから間もなく,マヤのナレーションに区切りがついてユリコの周囲の園児達がわらわらと舞台へと出ていった.

「あー,ほーたいーっ.」
「演出かなあ?お母さん?」
「さあ・・・どうかしら?」
客席のノゾミが頭に包帯を巻いたトウジを目ざとく見つける.妹の言葉にコダマが母親に疑問をぶつけ,母親は首を傾げていた.会場の何箇所かで同じ疑問で首を傾げる光景が見受けられた.

『すずはら・・・』
舞台のヒカリもまた仲良しの包帯姿を見て気にかけていた.本当に重傷だったらこうやって舞台に出てくるわけも無いのだが,そのことにはっきりと気がついていた者は会場の中では少数派だった.

「みなのもの,うちかたよーいっ.」
護衛の頭領役の園児が他の護衛役の園児達に号令する.月からの使者の一行が舞台に静々と登場したからである.練習での段取り通り,護衛役の園児達は小道具の弓を構える.

(ぴかーっ)

すると,ライトが舞台中を照らし出す.ライトの光を受けて倒れ伏す護衛役の園児達.護衛だけでなく帝も翁も媼も誰もが光が当たるのに合わせてひれ伏していった.

「おむかえにまいりました.ひめさま.」
月からの使者一行代表の園児が口上を述べる.月からの使者は全員女官で役を演じる園児達も女の子達だけで構成されていた.

「「かぐやひめをつれていかないでください.おねがいします.」」
いち早く光の影響から」立ち直ったマナとケンスケが声を揃えて月からの使者に膝をつき頭を下げる.

「おじいさま,おばあさま,ごめんなさい.」
「さ,ひめさま.」
ヒカリはケンスケとマナに向かってゆっくりと頭を下げ立ち上がる.そして月からの使者はかぐや姫を促す.女官姿の園児達がかぐや姫の周りに集って「羽衣」をヒカリに被せていった.

「おじいさま,おばあさま.いままでたいせつにそだててくださってありがとうございました.」
「かぐや.」
「おわかれです.さようなら.」
「かぐやーっ.」
ヒカリは今一度ケンスケとマナに別れの言葉を告げる.マナがケンスケがかぐや姫を呼ぶがヒカリは月からのお迎えと共に翁夫婦の家を後にする.

「かぐやひめっ.」
「かぐやひめーっ.」
「ひめさまーっ.」
帝から求婚者達から人々から彼女の名が口をついて出る.お迎えの列の中に入る直前,ヒカリは深々と翁夫婦をはじめとする地上の人々に頭を下げた.そして列の中に消えていく.

「かえりましょう.つきのみやこへ.」
「かえりましょう.つきのくにへ.」

「こよいがやくそくのひ.」
「こよいがやくそくのとき.」

「もどりましょう.ととさまのもとへ.」
「もどりましょう.かかさまのもとへ.」

「かえることがひまさまのさだめ.」
「かえることがひめさまのうんめい.」

「もどりましょう.つきのみやこへ.」
「もどりましょう.つきのくにへ.」

女官役の園児達が掛け合い調で台詞を口にする.そしてかぐや姫のとの別れを悲しむ地上の人々をよそにかぐや姫のヒカリと使者一行の園児達は舞台から消えていった.


こうしてお爺さんお婆さんをはじめとする地上の人々が別れを惜しむ中,
かぐや姫は月へと帰っていきました.

おしまい.


かぐや姫が舞台を退場してマヤが最後のナレーションを始める.そして,マヤが言い終えると舞台の幕がゆっくりと閉まっていった.幕が閉じると同時に客席から拍手が沸きあがった.

(ぱち ぱち ぱちぱちぱちぱちぱちーっ)

拍手が落ち着きかけた頃,舞台の幕が開いて出演した園児全員が舞台前方に並ぶ.そして客席に向かって一礼をした.カーテンコールの後,幕は再び閉じて「さくら組」「かきつばた組」の合同演目「かぐや姫」が終了した.


−*−


「撮りますよ〜はい,チーズ.」
会場では写真あるいはビデオを撮るためにカメラを手にする光景があちこちで見受けられていた.と言うのも全ての演目が終了した後,園児全員が舞台衣装のまま会場に降りて来て記念撮影会状態になっていたからである.

「ヒカリちゃん,もっと右に寄って〜.」
ヒカリは前演の「シンデレラ」の主役を務めた女の子と並んでいた.園児達の保護者だけでなく先生方もカメラを手にしていた.

「ケ〜ンスケくんっ.」
「マナちゃん,そんなにひっつかないでよ〜.」
「中々いい絵だぞ.ケンスケ.」
「パパ〜.」
ケンスケはマナに後ろから手を回され捕まっていた.じたばたするケンスケにマナはケンスケの父が廻すカメラに向かってVサインまで決めていた.

「マナ.おともだちをいじめちゃだめよ.」
「ママ,あたしいじめてないよー.」
「マナ.こっち向いて.」
「はーい.パパ.」
マナの両親が娘に語り掛ける.マナはケンスケを掴んだまま父親の方を向いてポーズを取った.

「すずはら,だいじょうぶ?」
「心配せんでもええて.こいつは頑丈だけが取り柄やからのう.」
「こんにちは.おじさん.」
「はい.こんにちは.やあ,いっつもこまらせてばっかりで・・・」
「と,とーちゃん.ぽかぽかたたかんといてや.」
「この包帯,さっき先生が『演出』だとかゆーとったし.大したことあらへん.」
「あいてっ.とーちゃん,そこはさっきぶつけたとこや.」
先生方の撮影会から解放されたヒカリはトウジに話し掛ける.そのトウジは父親に頭をバシバシ叩かれていた.トウジの父としては加減しているつもりなのだがトウジにしてみればさっきこしらえた頭のこぶに障って痛いことこの上無かった.

「ヒカリちゃん.」
「ヒカリおねーたん.」
「コダマおねーちゃん.ノゾミ.」
「お疲れさま,ヒカリ.楽しかった?」
「うん!おかあさん.」
「良かったわね.素敵だったわよ,ヒカリのかぐや姫.」
「おねーたん,おねーたん,おひめしゃまーっ.」
「こらっ,ノゾミ.衣装を引っ張るんじゃないのっ.」
ヒカリの姿を認めたコダマとノゾミがそばでヒカリの衣装をじろじろと見たり触ったりする.それから間もなくヒカリの母がやって来てヒカリはちょっとだけ誇らしげに母と話していた.

「鈴原君のお父さんですか?いつもヒカリがお世話になっています.」
「これはどうもご丁寧に.いっつもうちのバカ息子がお宅のお嬢さんに迷惑かけてばかりで・・・」
「バカはよけいやっ.とーちゃん.」
「お前はだあっとれ.ほれ,ちゃんとあいさつせい.」
「わかっとるがな.」
それからヒカリの母はトウジの父に挨拶する.トウジの父は恐縮した様子でヒカリの母の挨拶を受けていた.

「ヒカリちゃん,トウジくんってヒカリちゃんの何なの?彼氏?」
「ち,ちがうわよっ.コダマおねーちゃん」
「ねー,『かれし』ってなあに?」
大人二人が話し込んでいる一方でコダマ・ヒカリ・ノゾミの洞木三姉妹の間ではかしましい会話が交わされていた.

「ありがとう.アスカ.」
「…ありがとう.アスカちゃん.」
「と,とうぜんのことよっ.」
シンジとレイがアスカに感謝の言葉を述べる.シンジは極上の笑みを浮かべながら,レイはちょっと顔を赤らめながらその言葉を口にしていた.二人に感謝されてアスカは完全に照れていた.

「シンジ!レイっ.」
「な,なに?」
「アスカちゃん?」
二人にお礼を言われた後,アスカは鋭い口調でシンジとレイの名をを呼んだ.アスカの態度に二人は戸惑っていた.

あ,アタシのほうこそ,ありがとう・・・.
「うん!」
「…うん.」
アスカもまた照れながらもこれまで「特訓」に付き合ってくれた二人に感謝する.照れくさくて小さな声で感謝の言葉を言うアスカにシンジとレイは微笑んで応えていた.

「シンジ.」
「アスカ.」
「レイ.」
「あ.おとーさん.」
「ママ!」
「…おかあさん.」
シンジ達3人が話しているところへゲンドウ・キョウコ・メグミの保護者3人がそれぞれ自分の子の名を呼ぶ.シンジ・アスカ・レイの3人はそれぞれの親のもとへと走っていった.

「おとーさんっ.」
「シンジ・・・」
「なに?おとーさん.」
シンジはゲンドウの足に抱きついていた.それからシンジは大柄なゲンドウの体を見上げる.自分の足に抱きつくシンジを見てゲンドウは右手をシンジの頭に置いた.頭を包んでいた手拭いは既に取っていたのでゲンドウの手には髪の毛の感触があった.

「・・・よくやったな.」
「うん!」
ゲンドウは右手でシンジの髪をくしゃくしゃにしながら短く言葉を続ける.シンジは嬉しそうにゲンドウの足をぎゅうっと掴んでいた.

「アタシどうだった?ママ!」
「りりしかったわよ.アスカ.」
「うん!がんばったもん!」
「アスカはがんばりやさんだもんね.」
アスカはキョウコに今日の自分の演技について尋ねていた.アスカの問い掛けに優しく答えるキョウコにアスカは満足気だった.

「でもね,ママ.」
「何?」
「アタシもおひめさまやりたかったなー.」
「そうね.でもアスカの『かぐや姫』は元気がありすぎるかもしれないわね.」
「ママのいじわるぅ.」
お姫さまをやりたかったと告白するアスカにキョウコはちょっとだけ茶化すように答える.キョウコの茶化しにアスカは頬を膨らませた.

「ふふっ.ごめんね,アスカ.今のは冗談よ.アスカだったら素敵なお姫さまになれるわよ.でもやっぱりアスカには『かぐや姫』にはなって欲しくないかな〜.」
「どうして?ママ?」
ちょっとすねてしまったアスカを見てキョウコは前言を撤回する.だが,撤回した上でも「かぐや姫」になって欲しくないと言うキョウコにアスカは首を傾げた.

「かぐや姫みたいに遠いところに行って欲しくないからよ.アスカ.」
「あれはおしばいだもん.アタシはママやパパとずーっといっしょにいるもんっ.」
「…嬉しいわあ.アスカはいい子ね.」
アスカの疑問にキョウコは自分の願望を口にする.その言葉に対しどこにも行かないと言うアスカにキョウコは目を細めた.子供はいつか親の手を離れてどこかへ行ってしまう,その事はキョウコにも良く分かっていたが今はアスカの健気さが嬉しかった.

「…レイ.」
メグミはかがみ込んでレイをぎゅうっと胸で抱きしめる.それから左手をその小さな背中に手を回し,右手でレイの空色の髪を撫でていた.

「…おかあさん.」
「何?」
「くるしい….」
「あ.ごめんね.」
レイに苦しいと言われてメグミは慌てて左手を緩める.どうやら力を入れ過ぎていたようだ.

「おかあさん…なみだ.」
「え?」
抱きしめられていた手を緩められてレイはメグミの顔を見上げる.それからメグミの目尻に涙が微かに浮かんでいることにレイは気がついた.レイに指摘されたメグミは目尻に指を当てる.

「おかあさん,めにゴミがはいったの?」
「ううん,違うわ.」
「それじゃなにかかなしいの?」
「悲しいことなんて・・・無いわよ.」
「じゃあどうして?」
メグミはレイに涙の理由を聞かれていた.目にゴミが入ったわけでも悲しいわけでも無いと答えるメグミにレイは解らないという顔をしていた.

「・・・どうしてかな・・・おかしいね.悲しくないのに涙が出るなんてね.」
「…うん.」
レイの疑問にメグミは優しく微笑んで答える.メグミの曖昧な答えに首を傾げながらもレイは小さくうなずいた.

「・・・おめでとう.レイ.」
メグミはそう言ってもう一度レイを抱きしめた.

「台詞,ちゃんと言えたね.おめでとう.レイちゃん.」
「あ.ミサトおねーちゃん.…ありがとう.」
「どういたしまして.」
いつの間にかメグミとレイのそばにミサトが歩み寄って来ていた.ミサトはレイに祝福の言葉を掛ける.レイはミサトに向かってにこっと微笑んだ.

「こんにちは,葛城さん・・・正月以来ですね.」
「あの時はお見苦しいところを・・・」
「いいえ,とっても微笑ましかったですよ.」
「いや,あの,それはその・・・」
レイの頭を撫でながらメグミがミサトに挨拶をする.正月の時の初詣のことをメグミに言われてミサトはちょっとしどろもどろになっていた.

「・・・ところで,レイちゃん?」
「?」
加持とのことをあまり突っ込まれたくないミサトは話をレイの方に振り戻す.ミサトに声を掛けられレイはきょとんとした顔になった.

「すっごい舞台度胸ねえ.レイちゃん.」
「え?」
「舞台の上で深呼吸するなんてお姉さん驚いたわあ.」
っ?・・・え・・・
ミサトに舞台での深呼吸のことを指摘されてレイはこの上なく顔を真っ赤にしそれからメグミを盾に抱きつく.そんなレイにメグミは苦笑いを浮かべ娘の背中を軽くぽんぽんと叩いていた.

「またからかってるんですか?ミサトさん.」
「からかってませんよ〜マヤ先生.」
「本当ですか?」
「本当ですよ〜.」
レイがメグミに抱きついているところへマヤがミサトをやんわりと注意する.普段が普段だけにちょっと疑惑顔のマヤにミサトは苦笑いで応えていた.

「ミサトぉ,おれのえんぎどーだったあ?」
「ミサトぉ.こっちこっちーっ.」
「あ.それじゃまたねえ.レイちゃん.」
マヤとミサトが話しているところへ他の園児達がミサトのところへやって来てくいくいと引っ張る.ミサトは軽いノリでレイに別れを告げると他の園児達のところへ移動した.

「石の鉢を持ってく時の適当さ加減が良かったわね.タカシくん.」
「そーだろっ.ミサト!」
「ミサトぉ,おれはー?」
「そおねえ・・・」
それからしばらくの間,ミサトは園児達によってあっちこっちへと引っ張られていた.

「・・・本日はお招きいただき誠にありがとうございました.」
「いいえ,何のお構いもできませんで.」
「ふふっ.」
「くすっ.」
園児達との相手が一段落した後,あまりらしくない丁寧な口調でミサトがマヤに「客」としての挨拶をする.マヤもミサトに合わせて挨拶を返す.それから二人は顔を見合わせて笑った.

「・・・あと一日ですね.ミサトさん.」
「ええ,よろしくお願いします.マヤ先生.」
二人して笑った後,マヤもミサトも真顔に戻る.あと一日・・・研究生として幼稚園に来ていたミサトが園児達とお別れをする日が迫っていた.

『そっか・・・もうあと一日なんだ.』
マヤの言葉で幼稚園を去る日が迫っていることに改めて気づかされ,ミサトはある種の感慨を覚えずにはいられなかった.


第二十四話(最終話)に続く

公開1998+03/26
お便りは qyh07600@nifty.ne.jpに!!

1998/03/23 Ver.1.0 Written by VISI.



筆者より

劇本番が始まるまで10数KB.前振りでこんなに長くなったのは初めてです.この時点で連載一話の自己最長記録更新を確信しました.書いても書いても話が中々進まなくて・・・展開はベタなのですけどね(苦笑).

「かぐや姫」ですが幼稚園児の劇として描くのに難儀しました.(・・・ある程度大人びていることは割り切って書いているとは言え幼稚園児に「かぐや姫」はちょっと難しかったかなあ ^^;;)幼稚園のベタな劇ですので基本的なあらすじ(翁夫婦に育てられたかぐや姫が求婚を断った末に月に帰る)は変えていません.細かい箇所では手を入れてますが.

さて,昨年4月末から始まって現在まで続いてきた「幼稚園」ですが次回で最終話とさせていただきます.サブタイトルは「卒園式」,昨年夏頃から決めていました(笑).・・・3月中に完結させることは恐らく無理でしょうが最後までお付き合いいただけることを願っております.ご意見,ご感想をお待ちしています.

誤字・脱字・文章・設定・“女の子に男役を演らせるとは何事だ(笑)”の突っ込み等は,

までお願いします.






 VISI.さんの『私立第三新東京幼稚園A.D.2007』第二十三話、公開です。



 幼稚園のみんな、勢揃いで、大活躍(^^)/



 きちんと仕切ったアスカちゃん
 大きく深呼吸レイちゃん
 いつの間にか無難にこなしていたシンジくん

 個性がでています〜(^^)


 いつも絡んでくる3人
 トウジくん
 マナちゃん&ケンスケくん

 脇のみんなも頑張って、

 そして主役のヒカリちゃん!


 ちゃんとみんながキッチリぴっかり生き生きしています(^^)V


 キャラ全部が見せ場を持っていて凄いです〜



 さあ、訪問者の皆さん、
 ラストに向かっているVISI.さんに感想メールを送りましょう!



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