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私立第三新東京幼稚園A.D.2007



第十二話 歌うこと


夏の日差しが照り付ける七月のある日のこと,私立第三新東京幼稚園の音楽室から は「さくら組」の園児達の歌声が響いていた.


あおい そらのした♪ わらべたちがかけてゆく♪

おじぞうさんも♪ たたずんで ほほえみをなげかけ♪

かぜに くさばなも♪ そよぎ ゆらぎ ざわめゆく♪


合唱の中,シンジは楽しげに歌っていた.


ひのひかりも♪ つつみこんで おだやかなしらべ♪

あしたになれば♪ ふきぬけるよ つよきあらしが♪

・・・・・


「はい,それまで.シンジくん,元気があって良かったわよ.15分間休みにしますね.」
音楽室のグランドピアノで伴奏を行っていたマヤが園児達に宣言する.それまで整列していた「さくら組」の園児達は列を崩して思い思いに休み始める.友達と固まって話をする子もいればトイレに駆け込む子もいた.シンジ・レイ・アスカの三人はピアノの前で仲良く座っていた.

「…あの…シンジくん.」
もじもじしながらレイがシンジに話し掛ける.

「なに?レイちゃん?」
「…シンジくんはうたうのすき?」
「うん,すき.レイちゃんは?」
「…あんまり….どうしてシンジくんはあんなにたのしそうにうたえるの?」
「え?…うーん,それは…えーと….」
レイの疑問にシンジは何かを思い出そうとするかのようにつぶやきだす.

「そうえいば,きょねんのいまごろのシンジってぜんぜんこえだしてなかったわね.」
「え?そうなの?アスカちゃん?」
「そうよ.あのころのシンジってうたのじかんになるといじけむしになってたわよ.」
「…そうなんだあ.」
「ねえ,シンジ.いったいなんでいまはそんなげんきにうたえるのよ?」
アスカもまたレイと同じ疑問をシンジにぶつける.シンジの両親を除けばシンジと最も長く共に過ごしてきたアスカだがそのアスカでも今のシンジの歌いっぷりは不可思議なものだった.

「あら?シンジくん,前は歌うの苦手だったの?」
演奏用の椅子に座っていたマヤが三人の会話に割り込む.

「はい.でも,いまはだいすきです.」
「そうなの.でもどうして好きになったのかな?先生も知りたいな.」
「えっと…あ,そうだ!」
記憶をたどっていたシンジがその「理由」を思い出した.

「おもいだした?」
「うん.」
「じゃあきかせて.」
「…わたしもききたい….」
「先生も聞きたいな.」
「えーと….」
アスカとレイ,そしてマヤに請われる形でシンジは話を始めた.


− 2007年3月某日 私立第三新東京幼稚園 −

「はぁ.」
「げんきだしなさいよ,シンジ.うまくうたえなくたってしぬわけじゃないんだし.」
シンジのため息の原因は今日の日課にあった.今日のシンジのクラスの日課は「歌うこと」でシンジはうまく歌えず先生に注意されていた.

「だあってえ〜うまくうたえないんだもん.」
「だってもなにもないのっ.ふだんぼけぼけっとしているのにへんなところでこまかいんだから.」
「そんなこといったってえ〜 ぼくだってじょうずにうたいたい….
アスカは彼女なりにシンジのことを慰めているのだが今のシンジはいじいじと落ち込むばかりであった.

「もうかえろっ,シンジ.」
「…うん.あ!」
「どうしたの?」
「わすれもの…おんがくしつに.」
「もうバスのじかんよっ.アタシ,きょうはママとやくそくあるからさきかえるわ よ.」
「…うん.さきにかえってて.」
「シンジ!」
「なに?」
「あとのバスでちゃんとかえるのよ.」
「うん.」
「それじゃ,またあしたね.シンジ!」
アスカはそう言って帰りのバスに向かう.アスカが去った後,教室に残っているの はシンジだけになった.

「はあ.」
ため息つきながらシンジは忘れ物を取りに音楽室へと歩いていく.音楽室に近づく につれてピアノの単音と流麗な歌声が聞こえてきた.声の年の頃はシンジと同じくらい だろうか.


あきさめに♪ ぬれる ふじだなを♪ みつめるひとみは だれそかれ♪


『…きれいなこえ.あんなふうにうたえたらなあ.…はぁ.』
シンジは内心そう思いながら音楽室の扉に手をかけた.

(ガラッ)
「…しつれいしまーす.」
別に先生がいるわけではないのだが思わず言葉が出る.歌声とピアノの音が止まった.グランドピアノの方をシンジが見ると,そこにはシンジと同じ制服の園児が座っていた.

「あの…」
「なにかな?」
シンジが話し掛けようとするとその園児,銀髪に赤い目の中性的な顔立ちをした男の子は言葉を発した.そして邪心の無い笑みをシンジに向ける.

「わ,わすれものをとりに….きみは?」
「ぼくかい?ぼくはせんせいにおねがいしてときどきここをつかわせてもらっているんだ….ぼくはうたがすきだからね.うたはいい,そうはおもわないかい?」
「.......」
その銀髪の園児の言葉にシンジは黙り込む.シンジの顔には賛成しかねるといった表情がありありと浮かんでいた.

「おや?うたはきらいなのかい?いかりシンジくん?」
「ど,どうしてぼくのなまえを?」
「なふだにそうかいてあるよ.」
「あ.」
指摘されてシンジは自分の胸元を見る.確かにその通り.それからシンジは視線をその園児の名札に移した.

「ぼくは,つばきぐみのなぎさカヲル.カヲルでいいよ.」
「…ぼくもシンジでいい….」
シンジが尋ねるより先にカヲルは答えた.名前で呼んでくれというカヲルにシンジも同様に応える.

「シンジくん…さっきのことだけど,うたはきらいなのかい?」
「…あんまり,すきじゃない….」
「どうしてかな?」
「…うまくうたえないから.」
「うまくうたえないからきらいなのかい?」
「うん.」
「じゃあ,うたをきくこともきらいなのかな?」
ちょっと眉をひそめる表情を見せたカヲルの問いにシンジははっとする.

「…ううん.きくのはすき.さっきのカヲルくん,じょうずだったもん.」
「…ありがとう.そういってくれてうれしいよ.」
そう言ってカヲルはシンジに微笑む.その微笑みを見てシンジはなぜだか少しだけ嬉しくなった.思わず笑みがこぼれる.

「…うたをきくのがすきなら…うたをうたうこともすきになれるよ,シンジく ん.」
「…そうはおもえないよ,カヲルくん.」
「そうだ!ちょっとうたってみようよ,シンジくん.」
「え?ええっ!?」
シンジの返答を無視したカヲルの思いつきに驚く間もなくシンジは椅子から飛び降りたカヲルに手を引かれてピアノの鍵盤の前まで連れてこられる.シンジは忘れ物を取りに来ただけだったのだがいつの間にかカヲルのペースに乗せられていた.

「さ,シンジくん.きょくは『かぜのかみ』でいいよね.」
椅子によじ登ったカヲルがシンジをうながす.

「あ,あの….」
「さ,いち,にの,さん,はいっ.」


あ,あおい そらのした♪ わらべたちがかけてゆく♪

おじぞうさんも♪ たたずんで ほほえみなげけ♪

かぜに くさばなも♪ そよぎ ゆらぎ ざわめゆく♪


カヲルの伴奏につられて思わずシンジは律義に歌いだす.シンジが自分で言っている通り,歌声はどこかぎこちなく無理につじつまを合わせている感じがして声量も不安定だった.

・・・・・

ぜのかみが めざめるとき♪ いけしもの すみかにはり♪

まいちれる すなのあらしに♪ ありしもの まぶたをとじ♪

あぜみちを たわむれあそぶ♪ わらべたち いえにれ♪


「カ,カヲルく〜ん.」
一通り歌い終えたあと,シンジは困惑した声をあげた.

「ははっ,でもまさかさいごまでうたってくれるとはおもわなかったよ.」
「カヲルくん!」
「ごめん,ごめん.」
「ぷう.」
カヲルの言葉にシンジは頬を膨らました.

「でも,それだけうたえるならうまくなれるよ.」
「え?」
「ちょっとおおきなこえをだしてみないかい?シンジくん.」
そう言ってカヲルはシンジに微笑む.シンジが是とも否とも言わないうちにカヲルは白鍵を叩く.

「あ〜(キーン)」

先程と同じくカヲルのペースに引きずられる形でシンジは大声を出す.シンジの声は悲鳴をあげたような耳障りな響きがした.

「(じーん,じーん)…すごいこえだねえ,のどがいたくならない?」
「…ちょっとくるしい.」
「そうだろうね.シンジくん,おなかにちからをいれてごらん.」
「ん?」
「さ,やってみて.」
「うん.」
シンジが返事をするとカヲルは白鍵を叩く.シンジは声をあげた.

「あ〜」

声の大きさは先程よりやや抑えられてはいるが安定した声が音楽室に響いた.

「んー,いいこえだね.」
「そおかな?」
「そうだよ.もうちょっとやってみない?」
「うん.」
「じゃ,はじめるよ.」
そう言ってカヲルは音階を変えて白鍵を叩く.それに合わせてシンジは声を出す.その過程が何度となく繰り返された.

「ふう.それじゃもういちどうたってみようか.」
「うん.」
すっかりカヲルのペースに乗せられているシンジだった.



あおい そらのした♪ わらべたちがかけてゆく♪

おじぞうさんも♪ たたずんで ほほえみをなげかけ♪

かぜに くさばなも♪ そよぎ ゆらぎ ざわめゆく♪

・・・・・

かぜのかみが めざめるとき♪ いけしもの すみかにはしり♪

まいちれる すなのあらしに♪ ありしもの まぶたをとじ♪

あぜみちを たわむれあそぶ♪ わらべたち いえにもどれ♪


シンジは歌いだす.先程に比べて安定した声が音楽室に響いた.

「…だいぶよくなったよ,シンジくん.」
「うん!」
カヲルの言葉にシンジは頷く.自分の歌がだいぶ良くなったということはシンジにも自覚できていた.

「それじゃ,もういちどうたおうか?」


・・・・・



「そのカヲルくんって子はシンジくんにとっていい歌の先生だったのね.」
「…そうなんだあ.」
「ふーん,そんなことがあったんだ.アタシ,しらなかった.」
シンジの話を聞いたマヤ,レイ,アスカがそれぞれ感想を述べる.

「でも,なんでそのカヲルってこがアンタにそこまでしてくれたの?」
「うん.ぼくもそうおもってきいたんだ.」
「で,なんてこたえたの?」
「そしたら,『きみがぼくのうたをほめてくれたからさ.』っていってた.」
「…なんかキザなこね….」

「その後,カヲルくんとは何度か会ったの?」
「ううん.そのときだけ.あれからまもなくそつえんしきでカヲルくんいなくなっちゃったんです.」
「ちょっと残念だったわね.」
「…うん.」

「ねえ,レイちゃん.」
「…なあに?シンジくん?」
「うた,きくのもきらい?」
「…ううん.すき.それにうたうのもだいきらいじゃないの.ただ….」
「ただ?」
…みんなのまえでおおきいこえでうたうのが…(ごにょ ごにょ).
「え?」
「…な,なんでもない.」
「と,とにかくうたをきくのがきらいじゃなければいつかうたうのもすきになれると…おもうよ….」
「…うん.」

「…そろそろ時間ね.みんな,列に並んで.始めるわよ.」
休憩時間の終わりに気がついたマヤが園児達に声をかける.シンジ達も含めて園児達は元の定位置に集まって続きを始めた.シンジとアスカは元気に歌っていたがレイは相変わらず小声のままだった.


・・・・・


− 夜 綾波家 −

「レイ,先にお風呂に入りなさい.」
綾波家のリビングでメグミがレイに声をかける.レイは小声で返事をして頷くと脱衣場に行き,服を脱いで風呂場に入った.

ちょっとうたってみようかな…
風呂場には他に誰もいない.浅めに張った湯船に浸かりながらレイは歌い始めた.



あおい そらのした♪ わらべたちがかけてゆく♪

おじぞうさんも♪ たたずんで ほほえみをなげかけ♪


浴室という閉鎖された空間の中でレイの歌声は心地良く響く.レイはなんだか嬉しくなって歌い続けていた.

かぜに くさばなも♪ そよぎ ゆらぎ ざわめゆく♪

ひのひかりも♪ つつみこんで おだやかなしらべ♪

あしたになれば♪ ふきぬけるよ つよきあらしが♪

くさも きぎも♪ だまり こくり ときをまちゆく♪


「レ…」
レイに続いて後からお風呂に入ろうとメグミは声をかけようとしたが風呂場からの歌声を聞いてしばらく黙っていることにした.


かぜのかみが めざめるとき♪ いけしもの すみかに はしり♪

まいちれる すなのあらしに♪ ありしもの まぶたをとじ♪

あぜみちを たわむれあそぶ♪ わらべたち いえにもどれ♪


「…ふう.」
一通り歌い終えてレイは息をついた.それから,折り曲げていた膝の上に両手を組んで顔の唇あたりにまでお湯に浸かっていた.

「レイ,入るわよ.」
それから間もなくメグミが風呂場に入ってきた.メグミはお湯で体を洗い流した後,湯船に入って来た.

「レイ.」
「なあに?おかあさん?」
「さっきの歌,お母さんに聞かせてくれない?」
メグミの言葉を聞いたとたん,ただでさえお湯によって赤らんでいたレイの顔が真っ赤になる.レイは俯いてメグミから視線を逸らしてしまった.

「だめ?」
メグミはレイの俯いた方に来て「お願い」をするような表情でレイに語りかけた.

「…わらったりしない?」
「誰も笑ったりしないわよ.」
レイのためらいにメグミは優しく語りかけた.それを聞いてレイは恐る恐る歌い始める.最初は震えるような声だったが,次第に声が安定していく.

それからしばらく,レイの歌声が綾波家の風呂場で響きわたっていた.


第十三話に続く?)

公開07/21
お便りは qyh07600@nifty.ne.jpに!!

1997/07/20 Ver.1.0 Written by VISI.



筆者より

約二週間ぶりです.前回より少し間隔があきました.その間に一時期とはいえ色付きになったり(投票してくださった皆様,ありがとうございます),イメージ画をいただいたり(峯マサヤさん,ありがとうございました)して筆者として誠に嬉しい限りです.相も変わらず「お子様な」話ですがよろしければこれからもお付き合いください.m(___)m
いつも「ベタな」話を書いていますがこの話は別の意味でも「ベタ」となりました(笑).この話の雛形を思いついた時は『私立第三新東京幼稚園 A.D.2006』(笑)という外伝SSでカヲル・シンジ中心の話にしようかと思ったのですが結果は本文の通りです.
本文中の歌詞は筆者が考えついて書き綴ったものです.字数を合わせるのに苦労した割には…やっぱりベタです(涙).…素直に「古典」から引っ張ればよかったかもしれません.(^^;;;)
次回は…舞台を幼稚園にするか夏休み編突入にするか…未定です.(カレンダーからすれば既に「夏休み」ですが.)御意見・御感想,お待ちしております.

誤字・脱字・文章・設定の突っ込み等は,
までお願いします.


 VISI.さんの『私立第三新東京幼稚園A.D.2007』第十二話、公開です。
 

 なぎさカヲルくん登場!

 音楽室。
 一人ピアノで弾き歌い、
 シンジに歌う喜びを教え、
 別れも告げずに去っていく・・・・

 渋くてキザで、格好良いですね(^^)
 この先の再登場は・・・・無いのかな?
 

 レイちゃんもシンジくんを経由しての影響で歌い始めました・・・・
 シンジくんとメグミさんの優しさに包まれて
 レイちゃんも歌うことが好きなってきたみたいで、かわいいです(^^)
 

 さあ、訪問者の皆さん。
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