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私立第三新東京幼稚園A.D.2007



第十話 将来の夢


「なあ,きのうの『エバン』みたあ?」
「もちろん!」
「みたみた!」
「かっこよかったよなあ.」
月曜朝の私立第三新東京幼稚園,クラスの男の子の間では『機動刑事エバン』が話題になっていた.『機動刑事エバン』とは毎週日曜朝に放映されている人気特撮ヒーロー番組のことである.それは,シンジ達の「さくら組」も例外ではなかった.

「でさあ,さいごのしんへいきすごかったよなあ.」
「でも,いまのじきであんなにてこずっててだいじょうぶなのかあ?」
「ところで,シンジ,きのうの『エバン』みたかあ?」
いつもは対立関係(?)にあるシンジと悪ガキ三人組タカシ・ツヨシ・カズヒロもこの時だけは平穏である.が,昨日シンジは父ゲンドウによって話の大半を観ることができなかった.

「…みられなかった….」
「あっ,そう.でさあ….」
タカシ達はシンジの返答を聞くとまた話の輪に戻る.特に意地悪をしてるわけでもないのだが,この時のクラスの男の子で『エバン』を見ていない子は自然と話の蚊帳の外に置かれていた.

「.....」
話の輪の外でシンジは黙りこくっていた.ゲンドウに対してどうこうということはない.だが,話に参加できないもどかしさはどうしようもなかった.

「あの…シンジくん….」
「なに?レイちゃん?」
シンジの傍らにいたレイが声を掛ける.男の子達の熱気に比べて女の子達の反応は冷静でいつもと同じように仲良し同士で話をしていた.会話に入れなかったシンジのそばにはレイがいた.アスカは隣の「かきつばた組」に行っているため「さくら組」にはいない.

「…きょう,よかったら,うちにこない?」
「いいよ.でもどうして?」
「…いっしょに,その…うちできのうの『エバン』みていかない?
「えっ?(むぐ)」
思わず大声をあげたシンジの口をレイが慌てて塞ぐ.二人を見咎めた者はいなかったが,レイの顔は赤らんでいた.

「…おねがいだから…おおごえださないで….」

「…うん.でも,どうして?」

「…だって,はずかしいんだもん….」

レイの言葉はある意味では当然である.特撮ヒーローの例に漏れず『エバン』もまたファンの大半は男の子もしくは大人の男性であり,女の子のファンは少数であった.ましてや「はにかみや」のレイが大声を出さないでとシンジに頼んだのは無理も無かった.

「でもどうしてレイちゃんが『エバン』を?」

「…おとうさんがまいしゅうみてるの…で,いっしょにみててわたしも….」

「そ,そうなんだ….」

「…シンジくん,おねがい.ほかのひとにはいわないで….」

「う,うん.わかった.あ,アスカもだめ?」

「…ううん,アスカちゃんはいい….」

「じゃあ,あとでアスカもさそおうよ.」

「うん.」

レイの父マサツグは熱烈な特撮ファンという訳ではないのだが,この『機動刑事エバン』に関しては「これはただの特撮ではないっ.」とのこと(レイの母:メグミ談)で毎週チェックしていた.

(チリーン・リン・リン・リン)

「あっ,チャイムだ.じゃあ,レイちゃん.そのはなしはまたあとで.」
「…うん.」
始業を知らせるチャイムの音が鳴り響き,園児達は席に戻る.隣組に行っていたアスカも帰ってきて席についた.

− 「さくら組」今日の日課 −

「今日はみんなに絵を描いてもらいまーす.」
出席を取った後,マヤは園児達に今日の日課を発表した.

「せんせい,どんなえをかくんですか?」
「テーマは『将来の夢』よ.大人になったら何になりたいかよーく考えて描いてね.」
「はーいっ.」×多数
「おーっ.」×まあ多数
「わかったぞお.」×少数
一人の園児の質問にマヤが答える.それに反応して園児達は一斉にめいめいの言葉で返事をして各々のクレヨンを取り出した.

「それじゃ,今から画用紙を配るから.前の人は取りに来てね.」
マヤはそう言うと画用紙の山をさばきだした.最前列の園児達が取りに来る.程なく画用紙は全員に渡り,園児達は思い思いに描き始めた.

『アタシは…えーと…これよっ!』
アスカが描き始めたのはすぐだった.

『…わたしは…その….(ぽっ)』
レイもまた描き始めるまでそれ程時間はかからなかった.

『ぼくは…えーと,えーと,えーと….』
シンジはえんえんと思考の渦に突入していた.

ちなみに,園児達の使っているクレヨンは12色セットの幼稚園推奨のものである.中には24色の子もいたが自分では使いこなせなかったりタカシ達に強引に「借りられたり」していた.道具に関してはほぼ同条件だが,その使い方はまちまちで園児によっては特定の色を殆ど使い切っている子もいた.それはともあれ,園児達はそれぞれ思い思いのペースで描いていく.マヤが園児達に指示してから一時間強が経過した.

「はいっ.それじゃみんな,できたかな?」
マヤが園児達に声を掛ける.園児達の大半は「はーい」だったがまだ何人か終わっていない子がいた.シンジもその中の一人だった.

「それじゃ,終わってない子はそのまま手を動かしていて.終わった子から先生,見て行くから.」
マヤはそう言って教室内を廻り始めた.

「タカシくん,この紫の人(?)は?」
タカシの絵には紫のクレヨンを目一杯使って描かれた人型(?)と蹴散らされている全身黒の人型(?)が描かれていた.
「『きどうけいじエバン』だよ,せんせい.おおきくなったら『エバン』になってわるいやつらをまっさつするんだ.」
「そ,そうなの?せ,正義の味方なの?それは素敵なことね.がんばってね.」
マヤは『エバン』のことは知らなかったようである.その後,男の子を中心に何度も『エバン』が出てきてマヤはその度に焦っていた.
『「機動刑事エバン」,チェックしなきゃ駄目なのかしら?』
マヤは独り,心の中でつぶやいていた.

「ツヨシくんは,カメラマンなのかな?」
ツヨシの絵にはカメラを持った人が描かれていた.
「ちがうよお,せんせい.しんぶんきしゃ.みんなをあっといわせるスクープをとるんだあ.」
「そうなの….がんばってね.先生,期待しているわ.」
「うん!」
マヤの言葉にツヨシは満面の笑みを浮かべてうなずく.

「カズヒロくんは…サッカー選手?」
「そのとおり…だ.」
カズヒロの絵は半袖半ズボンの人と白黒入り乱れたボールらしきものが描かれていた.
「カズヒロくんは運動が得意だものね.」
「でも,おんなのそーりゅーにまけてる….(いじいじ)」
「そんな弱気にならないで.どんな選手でもがんばったからこそ一流選手になれたのよ.」
マヤは対アスカ敗北記録更新中(?)のカズヒロを励ました.

「キクコちゃんは,何かな?」
「わたし,じょゆうさん.」

「マナちゃん,この白衣の人は看護婦さん?」
「ううん,わたし,おいしゃさんになりたいの.」

「アスカちゃんは…婦警さんかな?」
アスカの描いた絵は白と黒のツートンカラーの車体に赤ランプの付いた車と手錠を持った女性,傍らには目がばってんになっている中年(?)髭男が描かれている.
「うんっ!わるいひとたちはこのアタシがビシバシつかまえるわっ!」
「そう.頼もしいわね.アスカちゃんならいい婦警さんになれるわ.」
「もちろんよっ.」
アスカはエッヘンとばかりに胸を張った.

「レイちゃんは何かな?」
「…わたし…およめさん….」
レイの絵はエプロン姿にフライパンを持った女性と新聞を読んでいる男性が描かれていた.
「…そう.でも,どうしてかな?」
マヤはレイに尋ねてみた.
「わたしね,…おかあさんみたいに,おいしいりょうりをつくったりしていつもたのしいいえにしたいの….」
「そうなの.レイちゃんは優しいわね.」
マヤにそう言われたレイは両手を頬に当てて顔を赤らめていた.

「シンジくんは….」
「…もうちょっとまってください,せんせい.」
考え込んでいたシンジはまだ絵を描き終えていなかった.
「まったく,いっつもおそいわね.バカシンジは.いったいなにかいているの?」
「ちょっとアスカ,のぞかないでよぉ.」
「はいはい.アスカちゃん,シンジくんの邪魔しない.じゃあ先生,シンジくんのは後でまた見に来るから.いいわね.」
「はーい.」×2
マヤの言葉に二人は揃って返事をした.

「シゲタネくんは何かな?これはスーツみたいだけど?」
「ぼく,せいじかになってこのくにをいいくににするんだあ.」

「リョウくんは…と,がくしゃさんかな?」
「はいっ,そうです.」

(一通り廻った後)

「シンジくん,描きあがった?」
他の子のところを廻っていたマヤが戻ってきてシンジに尋ねた.
「はい.できました.」
「それじゃ,見せてね.…!…これは….」
マヤはシンジの絵を見て驚く.シンジの絵には大人の男性が一人,その周りに幼稚園の制服姿の子供達が描かれていた.
「シンジくんは幼稚園の先生になりたいの?」
「はいっ!せんせい.」
マヤの問いにシンジは屈託の無い笑みを返す.

「でも,どうしてなのかな?」
「それは…みんなとなかよくなれるからです.」
「アンタ,バカァ?ようちえんのせんせいになったっからってみんなとなかよくできるとはかぎらないわよ.」
「でも,マヤせんせいはみんなとなかよしだよ….」
「それは,マヤせんせいだからよっ.」
シンジのあまりに単純な答えにアスカが口を挟む.反論するシンジ.二人は口論を始め出した.
「はい,二人ともそれまで.シンジくん,アスカちゃん,そう言ってくれて先生嬉しいわ.がんばってね,シンジくん.先生,期待しているから.」
「はいっ.」
二人が口論を始め出したのでマヤは止めに入る.そして,シンジに声を掛ける.すると,シンジは先程と同じ微笑みでマヤに返事をした.


「はいっ,きょうはこれまでっ.」
今日の日課の終了を告げるマヤの声は心なしかいつも以上に明るく感じられた.

−夕刻 綾波家−

朝の約束通り,シンジはアスカと共に綾波家にやって来た.もっとも,アスカの方は「シンジがそうまでいうならつきあってあげるわ.」だったが.メグミが昨日留守録で録画したビデオテープをセットする.シンジ・レイは黙り込み画面に集中し始めた.メグミはお茶をすすりながら,アスカは『どうせよくあるとくさつでしょ』と思いつつ同じくTV画面を見ていた.

オープニング・提供の後,サブタイトル『タイムリミットは17秒!目覚めよ1号!!』が流れてAパートに突入する.第三新東京市で謎の火災事件多発.警視庁の正式な捜査活動の影で隠密裏に活動する「ネルフ」と「エバン」.正八面体形のシト『ラミエル』の存在を突き止めラミエルを追いつめるエバン1号.

「警視庁機密捜査班『ネルフ』警視正機動刑事エバン1号!」
ヒーロー物の「お約束」,名乗りをあげる紫の戦士エバン1号.
「対『シト』法第四条,機動刑事エバンは裁判所の許可無しに『シト』を抹殺…」

と,お約束の口上を述べようとしたエバン1号に問答無用で襲いかかるラミエルの光線攻撃.傷つき,ピンチに陥るエバン1号.CM突入.昨日,シンジはラミエルを見ることなくゲンドウに排除されたのであった.握りこぶしを作って画面から視線を外さないシンジとレイ.二人は番組が始まってから一言も発していなかった.

CM終了.Bパート突入.ラミエルにとどめを刺される寸前の1号に救いの手が現れる.全身を青で塗り固めた戦士エバン0号の登場.0号の登場にその赤い目を輝かせるレイ.レイはエバン0号のファンだった.

格闘戦に入ろうとする0号.だが,ラミエルは1号めがけで光線を発射する.1号の盾となってラミエルの攻撃を支える0号.ラミエルの光線にじりじり溶かされる装甲,避ければ1号を直撃する.エバンの補助電子頭脳は装甲破壊まであと17秒しかないことを0号に告げていた.死を覚悟する0号.シンジは心の中で1号に『たちあがって,0ごうさんをたすけてあげて!』と叫んでいた.

シンジの心の叫びに呼応するかのように立ち上がるエバン1号.「0号!」ではなく0号の本当の名を叫ぶ1号.そして,新装備の武器を取り出しラミエルに斬りかかる.

「陽電子斬!!」
機動刑事エバンの新兵器「陽電子剣」がラミエルを真っ二つにする.爆発するラミエル.戦いに勝ったものの満身創痍の0号と1号.互いに体を支えあいながらの帰還.主人公の1号とクールな0号との間に育ち始めた信頼感.次回予告・エンディングへと続き昨日の放映分は終了した.

「こんかいはすごかったね,レイちゃん.」
「…うん.0ごうさんぶじでほんとうによかったぁ.」
「レイちゃんは0ごうさんのファンなの?」
「うん.」
「このまま,1ごうさんとなかよくやってけるといいね.」
「うん!」
シンジとレイは楽しそうに「エバン」について話す.「エバン」の世界に立ち入れないアスカはそんな光景を面白くなさそうに羨ましそうに見ていた.

「まあまあだったわね.でも,ちょっとじみよね.」
「えー,どこがあ?」
「だいたい,ヒーローもののくせに『あか』がないじゃない.それにヒロインやくの0ごうもちょっとくらいわよ.」
「…0ごうさんをわるくいわないで….」
「べ,べつにわるいとはいってないわよ.ただ,ちょっとじみかなっておもっただけよ.」
会話に割って入ったアスカに0号を暗いと言われて珍しくレイが反発する.そのことにアスカは驚き,慌てて弁明した.

「と,とにかくじしゅうの『オペレーションコードはラングレー!真紅(しんく)の戦士登場!!』はまあみてみることにするわ.」
アスカはそう言って気まずさを振り払った.

−綾波家からの帰り道−

梅雨のうっとうしい雨の中,シンジとアスカはお揃いの黄色い傘を差して並んで家路に就いていた.

「ねえ,シンジ?」
「なあに?アスカ?」
「きょうのようちえん,なんで『エバン』にしなかったの?」
「…ぼく,つよくないし….」
「そんなの,きたえればつよくなれるわよっ.このアタシがとっくんしてあげるわっ.」
アスカはそう言いながら空いている方の手で握りこぶしを作りそれをぐっと上げる.

「ううん.それに….」
「それに?」
「ぼく,みんなとケンカしたりあらそったりしたくない….」
「!」
シンジの言葉に驚くアスカ.アスカの表情は見る見るうちに暗くなっていった.

「…じゃあ,シンジはケンカばかりしているアタシのことキライなの?」
「!」
アスカの表情は今までに無いくらい不安なものとなっていく.今度はアスカの言葉と態度の急変にシンジが驚いた.

「そ,そんなことないよっ.アスカは,ぼくのだいすきなアスカだもんっ!」
シンジは傘を放り出して,アスカの手を握って泣き出しそうな表情で言った.たちまちアスカの顔が赤くなりだす.

「.......」
「.......」
「…かさ,とってきなさいよ.どっかとばされてもしらないわよっ.」
「…うん.」
落ち着きを取り戻したアスカの言葉にシンジは従う.二人は再び帰り道を歩き出した.

「シンジ….」
「なに?アスカ?」

「…ありがとう.」

「え?なに?」
「なんでもないっ.」
降り注ぐ雨の音にかき消されてアスカの声はシンジに届かない.アスカは深めに傘を差してシンジにその表情を見せなかった.それから,程なく二人は家に着いた.



−翌週 日曜日 惣流家−

リビングのTVの前では『機動刑事エバン』を食い入るように観るアスカの姿があった.


第十一話に続く?

公開06/27
お便りは qyh07600@nifty.ne.jpに!!

1997/06/27 Ver.1.0 Written by VISI.



筆者より

前回登場した『機動刑事エバン』の補完のような話となりました.この連載で「エヴァ」が出ることはないと思っていたのですが思わぬイレギュラー(笑)で「登場」です.話のベースは本編「ヤシマ作戦」ですが,設定・内容は大幅に変更してあります(^^).「シト」の数もきっと17より多いに違いありません(笑).ちなみに筆者の「機動刑事ジバン」の知識は友人達からの「電波」によるものだけです(笑).

「将来の夢」ですが筆者の場合は,中学に上がるまでは野球選手・政治家・将棋指し…と言っていた記憶があります.今就いている職業はまったく違いますが(^^).今回書いたシンジ・レイ・アスカそれぞれの「夢」は筆者からみた三人の姿ですが,読者の皆様はどう思われたでしょうか?その辺の感想をいただけると筆者としては嬉しい限りです.

今回はちょっと「軽い」話になりました.前回登場のリツコは次回に再登場する予定です.(例によって予定は未定ですが)

誤字・脱字・文章・設定の突っ込み等は,

までお願いします.


 VISI.さんの『私立第三新東京幼稚園A.D.2007』第10話公開です。

 VISI.さんの連載もついに二桁!
 幼稚園児のかわいい生活に私のほほが緩んだのも二桁目ですね(^^)
 

 エバン登場!
 イレギュラーで登場した物が次第にレギュラー化していった、アクション仮面の例に沿うかな?(笑)

 [ギャバン][シャリバン][シャイダー]でしたよね
 従兄弟の子がうちでよく見てたんですよ。
 エヴァンも盛り上がるのかな?
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 貴方の子供の頃の夢は何でしたか?
 ちょっと子供の頃を思い出していました・・・・


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