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私立第三新東京幼稚園A.D.2007



第九話 親子喧嘩


「…(ぶう)」
梅雨の中休みのある日曜の昼下がり,シンジは不貞腐れながら第三新東京市の通りを歩いていた.

ことは少し前にさかのぼる.
午前中のこと,朝食を済ませたシンジはTVの前に座っていた.朝陽テレビ系で毎週放送されている『機動刑事エバン』を観るためである.内容は,第三新東京市を跋扈し市民に仇なす「シト」を抹殺するために組織された警視庁の非公開組織「ネルフ」に所属する一警察官が紫の装甲の戦士に変身して戦うというヒーロー特撮ものであった.この番組は子供達から30代の大人まで幅広い支持があり,シンジも毎週欠かさず観ていた.

「シンちゃん,部屋が散らかっているわよ.早く片づけなさい.」
ブラウン管の前に座っていたシンジにユイが声をかける.
「…うん.あとでするー.」
番組に集中しているシンジはユイに生返事をしただけだった.いつもならそれで終わりで,番組終了後にシンジは部屋を片づけていた.が,この日は違った.前日の夜,同様の状況でシンジが自分の部屋を片付けないまま寝てしまったことが良くなかったのかもしれない.

「シンジ,今すぐ部屋を片づけろ.さもなくば出ていけ.」
シンジの生返事を聞き咎めたゲンドウが仁王立ちになってTVとシンジの間に入って言い放った.シンジはゲンドウの言葉に抵抗し,TVを観ようとするがゲンドウに力ずくで排除される.結局,シンジは部屋を片付けに行くことになった.シンジは急いで部屋を片付け出したがリビングに戻った時には既にエンディングテーマが流れていた.

それからずっとシンジはふくれっ面のままだった.ふくれっ面のままユイやゲンドウとの昼食に顔をだして,その席で親子ゲンカ(主にゲンドウとだが)になりシンジは家を飛び出していた.

『なんできょうにかぎっておとーさんやかましいんだよ.』
シンジはやり場の無い怒りを道端に落ちていた石ころにぶつける.いつもは生返事をしても何も言わないのに,とも思っていた.また,今日は先週の予告の時から特に楽しみにしていた回だったこともシンジの苛立ちを増幅させていた.


「なーにやってるの!?シンジ.」
「ア,アスカ….」
石ころを蹴飛ばし蹴飛ばし歩いているシンジを見つけたアスカが声をかけた.

「ひるごはんのあとアンタんとこいってみたら,アンタいないし,おばさまもおじさまもどこいったかしらないっていうからさがしちゃったじゃない.」
「ご,ごめん.アスカ.」
「あやまらなくたってべつにいいわよ.それよりなんかあったの?シンジ.」
「べ,べつに….」
「うそ!はくじょうなさいっ.こらっ.うり,うり,うり….」
アスカはシンジを捕まえて右手でヘッドロックをかけると左手でグーを作ってそれをシンジのこめかみにぐりぐりし始めた.

「い,いたいよ…アスカ.」
「ほら,さっさとしゃべりなさいっ.シンジっ.」
「わかったよ,だからもうやめて…おねがいだから….」
「さいしょからすなおにはなせばいいのよ.」
実のところ,アスカはシンジに手加減していたのだがシンジには十分な効果を挙げていた.シンジは今朝から昼までの経緯をアスカに話し始めた.

「ふーん,そういうこと….」
「そ,そうなんだ….」
シンジは身をすくめながら応える.というのも,アスカに「アンタがわるいんじゃないっ.」と言われて家まで引きずられることを考えたからだ.が,アスカの次の言葉は意外なものだった.

「わかったわ.アタシもつきあうわっ.」
「え?」
「だ・か・ら,おばさまかおじさまがむかえにくるまでアンタといっしょにいてあげるっていったのよ.」
「でも…どうして?」
「アタシもね,まえににたようなことがあったのよ.」
アスカはそう言って舌を出した.

「じゃあ,アスカもみたいばんぐみがみられなかったことあったの?」
「…ちっちっ,そんなんじゃないわよ.」
アスカは人差し指を立てると左右に振ってシンジの言葉を否定した.

「じゃあ,どんなことなの?」
「おこさまのシンジにはわからないことよ.」
アスカは両目を閉じ気取って答える.

「なんだよ,それ.」
「…べつにいいじゃない.それよりもこんなところでもなんだし,どっかいきましょっ.」
「うんっ!」
シンジの疑問を逸らしてアスカはシンジにどこか行こうと誘い出す.さっきの不機嫌はどこへやらのシンジの返事.アスカはそれを見て取るとシンジの手を引いて駆け出す.梅雨の中休みの強い日差しが二人を照らしつけていた.

「アスカぁ,まってよぉ.」
「はやくきなさいよー,シンジ!」
アスカがシンジを街中引きずり回す.いつもなら決まった所でずっと夕方まで遊び続ける二人(レイがいれば三人)だが,この日のアスカはなぜかシンジをあちこちに連れまわそうとしていた.

−昼下がり 第三新東京市とある大通り−

「あ,マヤせんせいよっ.マヤせんせー!」
歩道を駆けていたアスカが二人連れの女性の姿を認める.うち一人が見覚えのある顔だと分かるとアスカは声をあげて手を振った.

「こんにちは,アスカちゃん,シンジくん.」
「こんにちはー.」×2
マヤはアスカ達に気がつくと連れの女性と共に近づいてくる.マヤは萌黄色のノースリーブのワンピース姿で幼稚園ではまず見ることのない姿であった.

「今日はレイちゃんがいないわね.二人だけ?」
「うん.」×2
「マヤの所の園児なの?」
連れの女性がマヤに尋ねる.連れの女性は白のサマーセーターにジーンズ姿・黒髪で長さはマヤほどではないが短めで切れ長の目,左目元のほくろが特徴的だった.年の頃はマヤより二つ三つ上だろうか.

「ええ,先輩.」
「ふーん.」
「せんせい,このひとだれなんですか?」
シンジがマヤに尋ねる.

「赤木リツコよ.マヤ先生とは学校で一緒だったの.」
マヤが答えるより早くリツコが答えた.
「そーなんだー,ぼく,いかりシンジです.」
「アタシ,そうりゅうアスカです.」
「.....」
リツコの返答に,シンジとアスカは自分のフルネームを名乗る.それに対しリツコは黙りこくっていた.

「せ,せんぱ…赤木先生は今度うちの幼稚園の保健室の先生として来られるのよ.」
「そーなんだー,よろしくおねがいします.」
「よろしくおねがいします.」
マヤの説明にシンジ達はリツコに頭を下げる.リツコはシンジ達の幼稚園の保健校医が産休に入ったために,代わりの校医として幼稚園に赴任することになっていた.

「…よろしく.シンジくん,アスカちゃん.」
リツコはシンジ達に短く言葉を返した.

「そ,それじゃ,また明日ね.シンジくん,アスカちゃん.」
「せんせい,さようなら.」×2
「さようなら.日が暮れないうちに帰るのよ.」
「はーい.」
返事をしたのはアスカだけだったが,マヤ達は気にも止めずに去っていった.

「なんかあいそなかったわねー.」
「そうかなあ.」
「そうよ.」
「でもきれいなひとだったね.」
「シ・ン・ジー!」
「なんでおこるんだよっ.」
「しらないわよっ.」
マヤ達と別れた後,シンジとアスカはリツコの印象について話していた.


「シンジ,つぎはしょうてんがいをまわるわよっ.」
「うん.」
「シンジ,かわぞいにあるいてくわよっ.」
「うん.」
「シンジ….」
「うん.」
「(ポカッ).…まだ,なにもいってないわよっ.」
「ごめん…アスカ.…ちょっとボケてみただけ.」
「なにバカいってんのよ….」
シンジとアスカは時間を忘れて第三新東京市内を駆け回っていた.

−夕刻 第三新東京市某公園−

「はあはあ.」
「なっさけないわねえ.もういきぎれしたの?」
「…はあ…アスカぁ,みずのまない?」
「そうね…そうしましょっ.」
息の上がっているシンジにアスカが声をかける.日が傾き空の色が朱に染まった頃,二人は第三新東京市の約半域を眺め渡せる高台の公園に来ていた.もともと体力自慢でないシンジが運動能力クラス一のアスカに合わせて動いたのだからへとへとになるのは無理も無い.シンジに声をかけたアスカもさすがに少しへばっていた.二人は公園の水飲み場に行って喉の渇きをいやしていた.

「シンジ….」
「ん?」
「これからどこにいく?」
「.....」
昼間のことで熱くなっていた頭はすっかり冷めていたがシンジは何も答えなかった.

「あら,シンジくんにアスカちゃんじゃない.」
水飲み場の二人の耳にに女性の声が入ってくる.シンジとアスカが振り返ると視線の先には二人の男女が立っていた.男性の方は空色の髪をした女の子を背中に背負っている.女の子は寝入っているようだ.女性の方は両手を前に藤のバスケットを提げている.レイと綾波夫妻だった.

「こんにちはー.」×2
「こんにちは.」×2
シンジとアスカ,綾波夫妻互いに挨拶を交わす.シンジ達の視線はレイの父に,レイの父の視線はシンジ達に注がれていた.

「君たちがシンジくんにアスカちゃんだね.レイの父マサツグです.」
マサツグはレイを背負ったまま腰を下ろしてシンジ達に話し掛けた.

「いかりシンジです.」
「そうりゅうアスカです.」
マサツグの言葉にシンジ達も返す.レイは眠ったままだった.マサツグはレイを揺すって起こそうとする.

「…(ふあ)?」
「こんにちは,レイちゃん」
「こんにちは,レイっ.」
「…(ぼお)あ,シンジくん,アスカちゃん…おはよう…(Zzz).」
マサツグに起こされたレイだったが,寝ぼけた上に父のシャツをぎゅっと握ってまた眠り込む.レイはお疲れのようだった.

「ごめんなさいね.レイはちょっと疲れちゃったみたいなの.…じゃ,私達はこれで.あなた達も日が沈まないうちに早く帰りなさい.」
「はーい.」
メグミの言葉に応えたのはアスカだけだった.それから綾波親子は公園を去っていく.シンジ達はその背中を見つめていた.

「シンジ….」
「ん?」
「これからどこにいく?」
「.....」
綾波親子が去ってシンジ達はジャングルジムの所でたそがれていた.シンジは下でジャングルジムに背中を預け,アスカはジャングルジムの上に座ってシンジを見下ろす形になっていた.

「…うちにかえる.」
「おじさま,おばさまになんていうの?」
「…あやまる…やっぱり…ぼくがわるかったんだし….」
「…アンタ,ほんとうにそうおもってるの?」
「…うん.」
「そうっ.じゃあかえりましょっ.」
「うんっ.」
アスカはジャングルジムから飛び降り,シンジとアスカは家路に就いた.

−日没後 碇家・惣流家玄関前−

「シンジ…ひとりでだいじょうぶ?」
「…うん.アスカ….」
「なあに?」
「…きょうは,ありがとう….」
「…うん.」
「それじゃあね,またあした.」
「またあしたね.」
両家の玄関を前にして二人共静かになっていた.シンジとアスカは互いに別れの挨拶を交わすとそれぞれの扉を開けて中に入っていった.

「ただいま….」
シンジはつぶやくように帰宅を告げる言葉を発する.シンジの目の前には外にいた二人の気配を察したゲンドウが両腕を組んで立っていた.

「…おかえり.」
「あ,あの….」
「何だ.」
「ごめんなさい.」
「何の事だ?」
「ひ,ひるまのこと…あと,おそくなってごめんなさい.」
シンジは固く目をつぶって頭を下げる.ゲンドウが次の言葉を発するまでのほんの僅かの間がシンジにはとてつもなく長く感じられた.

「…手を洗って,リビングに来い.母さんが待ってるぞ.」
「…うん.」

−翌日 碇家−

「シンちゃん,早く起きなさーい.」
「シンジ,はやくきなさいよっ.」
「まってよー,アスカぁ.」
いつもの光景が碇家で展開される.ゲンドウは新聞の影でニヤリと笑みを浮かべていた.


第十話に続く?

公開06/18
お便りは qyh07600@nifty.ne.jpに!!

1997/06/17 Ver.1.2 Written by VISI.



筆者より

前回の後書きの時点で考えていた話よりもかなり柔らかい話になってしまいました(汗).
ま,「痛い」話といっても私の「幼稚園」では最大でも「インフルエンザ予防接種並」といったところです(笑).それ以上のキツイ話は書くつもりはまったくありません.(^^;)
本編キャラからの新登場人物はリツコです.髪は染めていません(笑).今回は登場のみです.そのうち,保健室でシンジ達と再会することになると思います.

(普段は書かないことですが今回のみちょっとだけ書きます)

今回の話を書き始めた時に話にいれようと考えていたことで最終的に自分で削ったネタが2つ程ありました.それらの原因は私の力不足によるものです.「思った通りに満足の行く」話を書くことはなかなかできないでいます.(今回は「苦しい」方に入ります.)セリフ回し,文章の表現でもどかしい思いをすることも多いです.また,「幼稚園児」な話で素晴らしい作品を観て「こんなん発表していいんか?」と思うことも度々あります.

ただ,こうして公開していただいている以上,ましてや大家さんに目を通してもらってコメントを戴くからには,いい加減なものは出せないとも思っています.その根拠が筆者の身びいきでもハッタリ(笑)でも自分の作品はそれなりのものなのだと思える(思い込む?)ようになって初めて,私は投稿という行動に走ることができます.(もちろん,作品の出来が悪ければその批判を甘んじて受けなければなりません.)

ま,そんなことを時折思いながら今まで書いてきています.m(_ _)m

物語の展開や文章の表現等の御批判・御意見・御感想お待ちしております.取り敢えず筆者のできる範囲で善処いたしますので.

誤字・脱字・文章・設定の突っ込み等は,

までお願いします.


 VISI.さんの好評連載『私立第三新東京幼稚園 A.D.2007』第九話公開です!
 

 父への不満から家出を決意したシンジでしたが、
 綾波親子の姿を見て”家族”を感じて帰っていく・・・

 お姉ちゃんアスカとシンジのふれあいと共に
 子供の心が描かれていましたね。

 一寸した仕草などとに表れる性格や心の内。
 VISI.さんはここのところが上手いです!
 
 

 そして、リツコ登場!
 彼女はゲンドウと不倫しちゃうのか(^^;
 マッキンキンに染めるのか見所いっぱいです(^^;;;;;
 ・・・なんてね(笑)

 さあ、訪問者の皆さん。
 確かな責任と決意・覚悟を自覚して書き続けるVISI.さんを貴方の感想メールで勇気づけて下さい!
 
 

 『機動警察エヴァン』・・・・・見たいぞ(^^;


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