「いよっ,シンちゃんうわきかあ?」
「レイちゃん,チャンス,チャンスぅ.」
「おにのいぬまになんとやらだな.」
アスカがいないことを幸いとばかりにタカシ・ツヨシ・カズヒロの三人がシンジとレイの所にやってきてちょっかいを出してきた.
「そ,そんなんじゃないよっ.」
放っておけばいいのだが根が真面目なシンジは正直に言い返してしまう.
「むきになるところがあやしいっ.なあ,レイちゃん?」
「レイちゃんはどうなの?」
「シンジのことすきなんだろ?」
三人の矛先がレイに向いた.カズヒロの言葉の「好き」の意味するところは言うまでもないだろう.
三人の言葉を受けてレイは顔を真っ赤にして下を向いてしまった.
「やめてよっ.レイちゃんこまっているじゃないかっ!」
「おーおー,かばっちゃってぇー.」
「で,どうなのレイちゃん?」
「おれたちはレイちゃんにきいているんだ.」
シンジの抗議を受け流して三人はレイに詰め寄っていた.レイは下を向いたまま固く目を閉じ両手に握りこぶしをつくってそれを膝の上に置いていた.
「なんとかこたえたらどおなのお?」
「したむいてちゃわかんないよお.」
「はやくこたえるんだな.」
三人はますますレイを追いつめていった.
「やめろぉぉぉーっ!!」
たまりかねたシンジが大声をあげた.教室内の園児達の視線がシンジら五人に集まった.
「どうしてレイちゃんをこまらせるようなことするんだよっ!?」
「どうしてったって,なあ.」
「なあ.」
「ああ.」
「じゃあ,なんでシンジはレイちゃんをかばうわけ?」
三人はシンジの叫んだ抗議をとぼけた後,ツヨシがシンジに問いかけた.
「ぼく,レイちゃんのことすきだもんっ!」
シンジは怒気を含んだ声で答えた.
「!」
レイは下を向いていた顔を上げた.
「やっぱりぃーっ!」
「シンちゃんのうわきものーっ.」
「ふたまたやろう.」
三人は口々にそう言ってシンジとレイを冷やかした.クラスの園児達といえばタカシ達と同じように冷やかす子,シンジを二股だと非難するませた子,「浮気者」とか「二股」の意味が分からなくてきょとんとする子,悪ガキ三人に抗議の声を上げる子,騒ぎを鎮めようとする子,よく分からないままに騒ぎ出す子など様々であった.
「なんで,なんでそんなこというんだよーっ!
ぼくは,
ぼくは,
ぼくは….
」
騒ぎにシンジは抗議の声をあげながら次第に半べそ状態になっていった.レイはどうしたらいいのかわからずおろおろしていた.周囲の騒ぎはシンジ達をよそにますます大きくなっていった.
「静かにしなさぁぁーいっ!!」
騒ぎよりもさらに大きい声が教室内に響いた.園児達は騒ぎを中断した.園児達の大多数が声の方を向いた.マヤが両手を腰に当てて立っていた.
「いったい何の騒ぎ!?」
マヤは声のトーンを先程より落として言った.教室を眺めてみるとシンジが半泣きになっているのにマヤは気づいた.
「どうしたの?シンジくん?」
マヤはシンジの側に来て優しくシンジに問いかけた.
「…どうしてっ,…ヒック…,どうしてレイちゃんがすきだといけないの?…ぼくは,レイちゃんもアスカもだいすきなのに….」
シンジは泣きながら今の自分の気持ちをマヤに話した.マヤは今一つ事情が飲み込めなかった.
「…シンジくん,お父さん・お母さんは好き?」
経緯をきく代わりにマヤはシンジに尋ねた.
「…うん,…ヒック…,だいすき.おとーさんもおかーさんも,…ヒック…,マヤせんせいもトウジくんもケンスケくんもヒカリちゃんもキョウコおばさんも,…ヒック…,みんなすき.」
「…そう.ありがとう.先生もシンジくんのこと好きよ.」
マヤは泣きながら答えたシンジに微笑んで語りかけた.
「シンジくん,今の気持ち忘れないでね.人を好きになるってことは素敵なことなのだから.」
「…うん.」
シンジは泣きながら応えた.シンジの心から悲しみは拭い去られたのだが涙が止まらなかった.
「ところでレイちゃん,シンジくんのことは好き?」
マヤはもう一人の当事者であるレイの方を向いて尋ねた.
「…すき…です.」
レイは顔を赤らめながら応えた.
「それじゃアスカちゃんは?」
「…すき.」
「お父さん・お母さんは?」
「だいすき.」
「…そう.レイちゃんがそう思ってくれて先生嬉しいわ.」
「…あ,あの….」
「なあに?」
「…せんせいも…すき…です.」
レイの色白の顔は真っ赤になっていた.
「ありがとう.先生もレイちゃんのこと好きよ.」
マヤは先ほどシンジに向けた微笑みをレイに向けて言うと教室を見回した.
「みんな,そういうことだから.」
マヤは園児達に語りかけてこの場の騒動を終わりにしようとした.シンジとレイの返答から騒動の原因が「好き」という言葉の意味にあるとマヤは察していた.
マヤの言葉を聞いて園児達は騒ごうとする者はいなくなった.が,クラスの大半の視線が騒動の大元の三人組に集中した.
「わ,わるかったよっ.」
「まさかなくとはおもわなかったんだよっ.」
「もういわねーよ.」
形勢不利になって,三人組…タカシ・ツヨシ・カズヒロはばつの悪そうな顔をして言った.その時,昼休みの終了を告げるベルが鳴った.
「それじゃ,この件はおしまい.みんな,いったん席に戻って.」
マヤは園児達に席につくようにうながした.
−夕刻 碇家−
「ユイ…母さんは遅くなるそうだ….」
ゲンドウは台所に立ったままで,シンジにそう告げた.今のゲンドウは黒地に赤のロゴの入ったエプロンを着けてジャガイモの皮をむいていた.
「そうだ,シンジ.リビングの本棚の一番下の段に横になっている本が三冊あるだろう.ちょっと取ってきてくれ.」
「うん.」
シンジは父の言葉に従った.
「とってきたよ.」
「そう.それだ.」
シンジの声にゲンドウは振り向いて応えた.
「悪いがそれを隣に返してきてくれないか.」
ゲンドウはシンジにお使いを頼んだ.
「うん.でも,いいの?アスカちゃんのところへいって?」
「いいも悪いもない.本を返しに行くのだからな.あまり長居するなよ.」
「うん.いってきまーす.」
シンジはそう言って出ていった.台所に残ったゲンドウは一人ニヤリと笑みを浮か
べていた.
「あら,いらっしゃい.」
夕方定刻で帰宅したキョウコが玄関に出た.
「あ,あのこれおとーさんがかえしてきなさいって….」
シンジはそう言って三冊の本を差し出した.
「あら,それはわざわざありがとう.…ちょっとあがってく?」
「え…でもアスカかぜだし….」
「ちょっと顔を見るだけなら大丈夫よ.それにだいぶ良くなったし.」
「そ,それじゃ,ちょっとだけおじゃまします.」
「そうしなさい.さ,あがって.」
キョウコはそう言うとシンジを中に入れた.
「だいじょうぶ?アスカ?」
シンジはアスカの部屋にいてアスカと話していた.
「だいじょうぶにきまっているじゃない.アタシをだれだとおもっているの…けほっ.」
アスカはシンジの前で強がったが咳で中断された.
「むりしちゃだめだよ….まだかんぜんになおっていないんだし….」
「…わかってるわよ.それよりアンタきょうなんかちょっかいだされなかった?」
「えっ?な,なにもなかったよ.」
「ふーん.」
アスカはシンジの言葉に半信半疑だったが追及はしなかった.
『まっいいか.レイかほかのこにきけばいいんだし.』
「ねえ,アスカ.」
「な,なに?」
「ぼくのことすき?」
「な,なにいいだすのよっ.アンタっ.」
シンジの思いもかけない言葉にアスカはうろたえた.
「ぼくはアスカのことすきだよ.アスカはどうなの?」
「…き,キライじゃないわよ….」
アスカは顔を真っ赤にしながら答えた.
「じゃあ,レイちゃんは?」
「すきよ.」
「ヒカリちゃんは?」
「すきよ.」
「キョウコおばさんとおじさんは?」
「だいすきよ.」
「おとーさん,おかーさんは?」
「すきよ.」
「…そうなんだ.ぼくだけ『キライじゃない』なんだ….」
シンジはがっかりした表情になった.
「アンタ,バカァ?5年もつきあってまだわからないの?アタシの『キライじゃない』っていうのは『すき』っていうことよっ.…けほっ…こほっ…げほっ.」
シンジの言葉にアスカは興奮して声を荒げてしまい咳き込んでしまった.アスカの顔は今までに無く真っ赤になっていた.
「ご,ごめん….」
シンジは慌てて謝った.
「まったく…びょうにんになんてこといわせるのよ….」
「ご,ごめんよ.アスカ.…それじゃもうかえるよ.」
「おみまい…ありがとう.」
シンジはアスカの部屋を出ようとした.
「シンジ.」
アスカがシンジを呼び止めた.
「なに?」
シンジは極上の笑みをアスカに返した.
シンジが帰った後,アスカはベッドの中で顔を赤くしながら考えていた.
『バカシンジったらなんでとつぜんあんなこといいだしたんだろう.』
アスカがその答えを知ったのは明後日風邪が完治して幼稚園に出てきてからことだった.
VISI.さんの連載、『私立第三新東京幼稚園』第七話公開です(^^)
今回はアスカちゃんが風邪ひきでしたね、鬼の霍乱なんて言ったら怒られちゃうかな?(笑)
幼稚園ではレイちゃんと、帰ってからはアスカちゃんと。
シンジ君大忙しでした(^^)
「好き」という言葉の持つ重みは少しずつ伝わると良いですね。
幼児の純粋な、計算のない「好き」。
心が洗われるようでした。
訪問者の皆さん。
幼稚園児代の想い出などをVISI.さんに話してあげて下さい。