「「いってきまーす!!」」
遠足の前日の朝,シンジとアスカは玄関でユイに出かける挨拶をしていた.ゲンドウは早出で既に出勤していた.
「あ,シンちゃん.ちょっとまって.」
ユイはシンジを呼び止めた.
「悪いけどアスカちゃん,ちょっと先に行ってて.」
ユイの言葉にアスカは従った.アスカが先に行くのを見てユイは錦糸で編み込まれた小袋を取り出した.
「今日,駄菓子屋に行って帰りに困ったことがあったらこの袋を開けなさい.」
ユイはそう言って,シンジの通園カバンに小袋を入れた.
「困った時になるまで開けちゃだめよ.」
ユイはシンジに釘をさして送り出した.
−旧市街とある神社前−
帰りのバスが神社の前に停止するとシンジ・アスカ・レイの3人はバスから降りた.他の園児達も何人か降りていたがシンジ達とは別クラスで顔見知りはいなかった.
「それじゃ,いくわよっ.」
提案者であるアスカが先頭に立って歩き出す.
「ちょ,ちょっとまってよぉ.」
「.........」
やや早足のアスカに慌てたシンジがレイの手を引いて追いかける.
神社から駄菓子屋まで角を二つ曲がって3人は程なく着いた.
「わぁ.」
「ふうん.」
「...」
店内を見て3人はそれぞれに感想を漏らす.狭い店内には商品が所狭しと並べられていた.確かにアスカが強く行きたがっただけあってその手の菓子類の種類はスーパーのそれに比べて遥かに多かった.
「ね,きてみてよかったでしょ.」
アスカは二人に言った.
「…うん.」
「うん.すごいよ,アスカは.」
二人の返事に満足したアスカはエッヘンと胸を張った後,「じゃあさっそくえらびましょ.」と言ってお菓子の選定を始めた.
「ちょっと,シンジ!スナックがしばっかじゃリュックに入りきらないわよっ!」
「レイもぼーっとみてばっかりいないではやくえらんで.」
さまざまな菓子類に目移りしてあれもこれもと買い集めようとするシンジ,駄菓子屋という場所が物珍しいのか店内を観察しているレイ二人を相手にアスカはあれやこれやと仕切っていた.
「じゃあ,スナックがしは『うま○ぼう』と『ハー○チップス』にする.あと10円あめ2つと….」
「…わたしは,『オレンジオブラー○』と『コ○ララムネ』と『ベビー○ター』と….」
アスカに促されて二人は買うものを決めはじめた.それを見てアスカもまた自分の分を選びはじめた.
『…えっと,きんがくとリュックのせいげんからすると…スナックがしは2つまでで,『けん○きいか』のようなくしものはもっていきづらいから….』
アスカもまた真剣にお菓子選びに集中していた.
−約一時間後−
「シンジッ,レイッ.いそいでっ.」
アスカは片手にお菓子の入った袋を抱えながら走っていた.
「アスカがいつまでもまよっているからだよ.」
「.......」
シンジは片手に菓子の入った袋,片手は行きと同じようにレイの手を握ってアスカと並んで走っていた.
駄菓子屋での一時間はあっという間で三人は送迎バスの後発便に向けて急いでいた.ちなみに,買い物が最後までかかったのはアスカで『チ○ルチョコ』を買うか買わないかで悩んでいた.
「うるさいわねっ.『チ○ルチョコ』をもっていくかいかないかっていうのはじゅうようなことなのよっ.」
アスカのよく分からない反論にシンジは疑問を抱くが時間が無いので歩速を速めてアスカより体半分出た.そして,神社のある通りの角へと差し掛かっていた.
ごんっ
にぶい音が響いた.シンジは手にした袋の中身を道路にぶちまけ,レイと繋いでいた手を放して尻餅をついた.
「なにすんねん,ワレっ!」
シンジとぶつかった相手が同じように尻餅をついてシンジに怒号をあげた.良く見ると,その相手もまたシンジ達と同じ幼稚園の制服を着ていた.その相手の後ろには同じ園の制服を着たメガネをかけた男の子とおさげの女の子が心配そうな表情をして立っていた.
「…ごめん….」
シンジはすぐに謝った.
「…わ,わかってればええんや.これからはきぃつけてな.」
シンジがすぐに謝ったので相手もすぐに態度を軟化させた.
「ほな,いこうか.」
と相手は連れの二人に声をかけた.
「ちょっとまちなさいっ!!アンタもシンジにあやまんなさいよっ!!」
アスカが去って行こうとする相手に噛み付いた.
「なんやてっ!?」
アスカの言葉に相手も怒気を含んだ反応をする.実のところ,相手もまた良く見ずに飛び出していたのだった.だからアスカの指摘ももっともだったのだが鎮まりかけた相手の怒りに火を点けた.
「なんでワイがあやまらなならんのや?そいつがとびだしたからやないか.」
「アンタだってとびだしてたでしょうがっ!!」
「なんだとぉっ!!」
「やるかぁっ!!」
「ちょっとやめてよっ,すずはらっ.」
「おいトウジ,そのコは…まずいぞ.」
「…アスカ,…やめてよ….」
二人の一触即発な言い合いに,「すずはら」「トウジ」とよばれた男の子の連れとシンジが争いを止めようとしていた.
「ケンスケ,ヒカリはだまっとれっ.」
「シンジはだまってて.」
アスカとトウジは同時にそれぞれの連れに言い放つと握りこぶしを固めた.
「…もう,やめてよぉ.バスにまにあわないよぉ….」
というシンジの声も空しく二人はとうとう殴り合いを始めてしまった.
…トウジの先制右ストレートに対しアスカは頭をずらしそれをかわして肘を入れる.肘にうめくトウジ.が,こらえて頭突きをアスカに入れた.痛みに涙が出そうになるアスカ.お返しとばかりローキックをトウジの膝に蹴り込む.膝をかかえて跳ねるトウジ.
「おねがいだからやめてっ.」
「もうっ,アスカっ.やめてよっ!」
「トウジ,まずいぞ,そのコはとなりのくみのおんなばんちょう….」
ヒカリ・シンジ・ケンスケの声も空しく二人の争いは続いた.そして,アスカ有利の戦況でアスカが大きく足を振り上げてかかとをトウジに落とさんとしていた.
「あっ,あぶないっ!」
ごんっ
本日二度目のにぶい音が響いた.被害者はトウジではなく…シンジがぶちまけた菓子類を拾い集めていたレイだった.
「「!!」」
「ちょっとだいじょうぶ?」
「レイちゃんっ!」
「こりゃひどい….」
呆然とした二人をよそにヒカリ・シンジ・ケンスケの三人はレイに駆け寄る.レイは泣きこそはしなかったが相当痛かったらしく涙目になっていた.
「ごめんね.レイちゃん.うちのすずはらのせいで.」
とヒカリが打ち所を手でさする.
「だいじょうぶ?レイちゃん?」
シンジが心配げな目でレイを見る.
「トウジ,それにそーりゅー,やりすぎだぞっ!」
ケンスケが二人をたしなめた.
「ご,ごめん….」
「すまんな….」
ケンカの時の威勢はどこへやら無関係のレイを巻き込んでしまったことで二人は大人しくなった.
「…あの…シンジくん…これ….」
ようやくダメージから回復したレイはシンジに拾い集めた菓子類を渡した.
「…あ,ありがとう….」
シンジは申し訳なさそうな顔で微笑みながら礼を言った.
「…んん…ちょっとつぶれちゃったけど….」
レイは少し顔を赤らめながら応えた.
「ごめんね.」
「すまんかったな.」
「わるくおもわないでくれ.」
ヒカリ・トウジ・ケンスケの3人はそれぞれレイに謝って去っていった.もっともトウジはアスカに対して多少遺恨を残していたが.
「ごめんっ.ほんとうにごめんさいっ.」
アスカは手のひらを合わせてレイを拝むようにして何度も頭を下げて謝っていた.
「…ちょっといたかったけど…もう…だいじょうぶだから….きにしないで….」
レイはしきりに謝るアスカに宥める言葉をかけた.アスカが謝りレイが宥めるの繰り返しが5回ほど行われてようやく落ち着いた.
「…バス,いっちゃたね….」
一段落ついた所でシンジがつぶやいた.
「…うん….」
「そうね….」
アスカがトウジにケンカを吹っかけなければバスに間に合ったのだがシンジは口にしなかった.
「と,とりあえずろせんバスのバスていにいきましょっ.」
アスカは努めて明るい声でシンジ達に宣言した.送迎バスの停止ポイントから路線バス停まではブロック一つ分で三人は労せずしてたどり着いた.が,このバス停は複数の路線が走っていてシンジ・アスカやレイの家まで行く路線がどれなのかわからなかった.また,バス停には三人以外誰もいなかった.
「さて,どうしようか….」
とアスカがつぶやいている時,シンジは母ユイに渡された小袋の事を思い出した.シンジは通園カバンからそれを取り出し中を開けた.中には小さく折りたたまれた厚みのある紙片が二枚入っていた.一枚は「シンちゃんへ」もう一枚は「アスカちゃんへ」と書いてあった.
「アスカ…これおかーさんから….」
と言ってシンジはアスカに紙片を渡した.
「ユイおばさまから?」
アスカはそう応えて紙片を受け取り,中をあらため始めた.シンジも自分宛ての紙片を開け始めた.
−シンジ宛ての紙片の中身−
中には千円札二枚と五百円玉一枚,百円玉一枚が入っていて紙片にはこう書かれていた.
シンちゃんへ.
シンちゃんたちのおうちへはじんじゃがわのていりゅうじょで「クリームいろにあかにほんのライン」のバスにのればいいわ.
でも,そうげいバスでかえってこなかったばつとして,『ハルエツ』まえでおりておかいものおねがいね(はぁと)
かうものはしたにかいてあるから.くれぐれもアスカちゃんとレイちゃんをまもってあげてね.
ユイ
(以下買い物リスト)
−アスカ宛ての紙片の中身−
中には十円玉が五枚入っていて紙片にはこう書かれていた.
アスカちゃんへ.
これをよんでいるということはそうげいばすにのれなかったのね.シンジにはないしょでわたしのけいたいにでんわしてね.でんわばんごうは XXXX-XXX-XXXXよ.
シンジには『ハルエツ』でかいものするようたのんだわ.くれぐれもシンジとレイちゃんをおねがいね.
ユイ
手紙をみてアスカはシンジ達をバス停で待たせて近くにある公衆電話でユイと連絡を取った.シンジはどこに電話したのと聞いてきたがアスカは「どこだっていいでしょっ.」といって取り合わなかった.シンジは手紙の内容を二人に話した.最後の一文を除いて.
「…というわけなんだけどいいかな?アスカ,レイちゃん.」
「いいわよ.」
「…うん.」
二人が承諾して15分後,目的のバスがバス停に到着した.シンジ達はバスに乗り込んだ.シンジは子供三人分の料金600円を料金箱にいれた.シンジは乗り過ごすまいとして乗車中ずっと車内アナウンスに集中していた.
−スーパー『ハルエツ』−
バスから降りた三人はスーパー『ハルエツ』の前に立っていた.
「それじゃレイちゃん,またあしたね.」
シンジはレイにさよならのあいさつをした.が,レイは首を横に振った.
「…わたしもいっしょにいく….」
レイは小声だがはっきりと言った.
「で,でもこれはぼくのかいものだし….」
「…ううん…わたしもいきたいの….」
「べつにいいじゃない.そんなたいしてじかんがかかるわけでもないし.」
アスカとレイに押し切られる形でシンジは三人で買い物を始めた.
「ほら,シンジ.ちゃんとおくのほうまでみなきゃだめよ.てまえのはふるいのがあったりするんだから.」
「…シンジくん…とりのももにくはこっちのほうがいいとおもう….」
「…たまごはぢどりのほうがいいっておかーさんがいってたよ….」
三人はわいのわいの言いながらユイに頼まれた買い物を済ませていった.
買い物が終わってレイを家の前まで送った二人は帰途についた.が,シンジ達のマンションまでの距離は幼児が歩くには少しばかり長かった.シンジは買い物袋と菓子袋合わせて三つ抱え足取りはみるみる重くなっていった.
「シンジ,かしなさい.」
アスカはシンジに買い物袋を渡すよう促した.
「で,でもこれはウチのかいものだし….」
シンジはアスカに荷物を持たせることをためらう.
「アンタ,バカァ?アンタがのろのろもってたらひがくれてしまうじゃない.アタシははやくかえりたいの.しのごのいわずわたしなさいっ.」
アスカはそう言い切るとシンジの買い物袋を一つ奪い取った.
−夕刻 碇家−
「シンジ達,遅いな.」
先に帰っていたゲンドウがつぶやくように言った.
「あら,あの子達なら大丈夫よ.心配なの?あなた.」
アスカから連絡を受けているユイはお気楽に応える.ちなみに,小袋のことや電話のことはゲンドウに話していない.
「そ,そういう訳では…問題無い.」
ゲンドウは訳の分からない言葉を発してユイの言葉を否定した.
「「たっだいまぁぁーっ!!」」
いつもより少しだけ誇らしげな帰宅を告げる言葉が聞こえてきたのはそれから数分後のことだった.
1997/05/14 Ver.1.1 Written by VISI.
暴走気味の筆者より
駄菓子屋は私も中学生になるまでよく行きました.ただ,建物はよくイメージされる木造のひなびた建屋ではなく鉄筋コンクリート製の普通の(?)商店風でしたが.10円飴,10円ガム,剣先イカ,うま○棒,野○チップス,ベ○ースター,30円スナック菓子,30円アイス,ラムネ,瓶コーラ,粉末ジュース…食べ物まわりの私の記憶です.正式名称は記憶の彼方です.もっと駄菓子屋固有の食べ物があったような気がするのですが.
食べ物以外では,特急シリーズ・ドラ○もん等のシールコレクション,キン肉○ン消しゴム等のガチャチャ,メンコ(絵柄は覚えていない),なめ○こグッズ(私は持っていなかったが)が記憶にあります.
また店にはアーケードゲームが置いてあって,スペース○ンベーダー・バルーンフ○イト・バー○ングラバー・ディグダ○(ジグザグ)・クレ○ジークライマー等々結構遊んでいました.
なお,今回「作中世界の2007年に駄菓子屋は存在しているのか?」の突っ込みは却下いたします.(現在でも近所に存在しているのを確認していますし.)
さて,今回ようやくトウジ・ケンスケ・ヒカリの3人が登場です.幼稚園に学級委員は無いだろうということで呼び方は「ヒカリ」です.幼稚園では別クラスなのでイベントが無いと出しづらいキャラではありますが.ところで,この3人とシンジ達を同じクラスにすると第二話を書き直さなければならないことに気がついてましたか?
次回はいよいよ遠足本番です.
ご意見・ご感想お待ちしております.
誤字・脱字・文章・設定の突っ込み等は,
までお願いします.
[VISI.]さんの連載『私立第三新東京幼稚園』第五話 遠足(中編)公開です(^^)
アスカ、レイ、シンジの初めての冒険。
色々な出来事があった短い時間でしたね。
トウジ・ケンスケ・ヒカリも登場して賑やかになってきました。
今回のトウジとアスカの遺恨が、遠足本番でのドタバタを予感させます(^^)
・・・それにしても、アスカの技。
幼稚園児とは思えないバリエーション&テクニック!(^^)/
トウジ! 女の子に手をあげるとは、お前マタンキついとんか!(笑)
さあ、次回の遠足どうなるんでしょう?!
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