「・・・オンギャア,オンギャアッ.」
カーテンの隙間から外の明かりだけが差し込む薄暗い部屋の中,あまり寝つけないでいた僕は赤ん坊の泣き声ではっきりと目を覚ましていた.寝たままで首をゆっくりと動かすと隣で寝ていた妻が起き上がって赤ん坊の眠るベッドにすっと寄るのが見て取れた.
「あ,起こしちゃった?」
妻が赤ん坊・・・娘のおむつを取り替えるのを僕は布団の中からじっと見つめていたがその視線に妻は気づいたようだ.
「あ,いや.いいんだ.レイ.・・・眠ってなかったし.」
妻のレイに応えながら,僕はベッドから体を半分起こした.
「…眠れないの?」
レイがその赤い瞳で僕の顔をのぞき込む.薄明かりが照らす中で彼女の空色の髪と白い肌がやんわりと浮かび上がっていた.
「うん…ちょっとね.」
妻の問いに僕・・・碇シンジは曖昧にうなずく.僕とレイそして一歳になる娘のサツキは家族三人第二新東京市で暮らしていた.
「…不安なのね.」
「・・・・・」
僕はちょっと黙り込む.一ヶ月半程前に僕は一人で旧第三新東京市へ行き,今もネルフの司令である父さんと十年振りに再会していた.明日は母さん・・・最後の戦いが終わった後,初号機と共に永遠の眠りに就いた・・・の墓参りを兼ねて家族三人で父さんに会うことになっていた.
「…うん.明日父さんと何を話したらいいのか・・・分からないんだ.」
しばらくの沈黙の後,ゆっくりと僕は応える.父さんに対するわだかまりはこの前の再会で無くなっていた.確かにその目的が人が人であるためにだったとしても父さんのやってきた事は多くの人に容認しがたいものだったと思う.けれども,僕に父さんを鞭打つことは・・・結局のところ,できなかった.
「…昼間,鈴原くんが言ってたこと,覚えてる?あなた.」
布団に滑り込みながらレイが僕に語り掛ける.レイの言葉だが,今日の昼間トウジが僕達の家を訪れていた.トウジの妹の結婚式の招待状を僕達に持って来て.
「うん.覚えてる.」
僕が傷つけたトウジの妹の怪我は今では後遺症も無く治っていた.第十三使徒との惨劇で失われたトウジの片足も元に戻っている.・・・レイを呪縛し続けたあの忌まわしいダミーシステム技術の副産物の応用だった.それは皮肉な事だったし僕が二人を傷つけたという事実は消えない.けれども今,二人が元気に回復していることは僕にとって本当に救いだった.
「・・・親父と息子なんてろくに喋らんもんや.ワシんとこも『あー』とか『うーん』とかばっかやで.センセ.」
半分おどけた口調でトウジは僕に語ってくれた.いくら怪我が完全に治ったからといっても僕と父さんはトウジを傷つけた当事者なのに.・・・トウジの励ましの言葉が暖かかった.
「しっかし,何を悲しゅうてケンスケの奴がワシの可愛い妹をさらってくんや〜.」
「ぼ,僕に言われても・・・」
僕達夫婦の前でトウジは握りこぶしで話していたっけ.言葉とは裏腹に嬉しさを隠し切れないトウジの表情が思い出される.その時の光景に僕は自然と笑みを浮かべていた.
「あなた.」
昼間のことを思い出していた僕にレイが声を掛ける.僕がレイの方を向くと彼女は微笑んでいた.
「…ありがとう.レイ.また助けられたね.」
感謝の言葉と共に僕はレイに微笑む.明日の事で不安になっていた僕へのレイの優しさが嬉しかった.
「ううん.助けられているのは私の方.あなたやサツキがいるから私は生きていられるの.」
レイは軽く首を振って僕に応えた.直接的でストレートなレイの言葉は端から見るとちょっと恥ずかしいかもしれない.けれども,想いを伝えられずに後悔するのは僕もレイも二度と味わいたくなかった.だから僕もレイへの想いをそのまま言葉にする.
「レイ…愛してる.」
「私も.んっ….」
レイが応えると同時に僕とレイは唇を重ねていた.
・
・
・
・
・
・
・
・
・
ぽつんと執務机と椅子が一つあるだだっ広い部屋の中で男が机の上に並べた3枚の写真を1枚1枚手に取っていた.大柄でサングラスを掛け威圧感を漂わせる初老の男は白髪が少しばかり混じったあご髭に時折手をやりながら手に取った写真をじっと見ていた.
3枚の写真のうち,2枚は比較的新しいもので1枚は二人の若い男女が写っていた.男性の方は緊張の表情で白のタキシードに身をつつみ,女性の方は穏やかに微笑んで純白のウエディングドレスを身にまとっていた.結婚写真である.その初老の男は始めにそれを手に取ってかすかに口元を緩ませた.
新しい写真の2枚目には1枚目の女性に抱かれている赤子の姿が写っていた.赤子を見つめる女性の瞳は優しさに満ち溢れ,赤子の方は安らかに眠っていた.2枚目の写真を手にした時,男はサングラスのずれを直していた.
残りの1枚は相当昔のものだった.写真の色もかなりあせている.そこには2枚目と似たようなシチュエーションで若い女性と子供・・・こちらは赤子というよりは幼子と言った方が近いが・・・が写っていた.その女性はどことなく1・2枚目の女性と姿が似ていた.女性に抱かれている子供の目線は母親にもカメラにもどっちつかずで迷いの表情が見て取れる.写真の母子は男の妻と息子だった.それは,男が唯一手元に残していた亡き妻の写真だった.
3枚目の写真を見つめた後,男の手は震えていた.写真から手を離しそっと机の上に置いた後,男はひじを机に乗せて両手を組んだ.それは男の癖でそれを行う度に威圧感を他人に与えていた.だが男は今,いつもの視線を前に向けた威圧感を与えるそれとは異なり顔を下に向けていた.
「・・・・・」
もし近くに誰かいたとしてもまず聞きとれないくらい小さな声で男は亡き妻の名をつぶやいた.何かを恐れるかのように,何かに祈るかのように.
明日,男は息子と息子の妻,そしてまだ直に見てない孫娘と会うことになっていた.
1998/01/11 Ver.1.0 Written by VISI.
1998/01/15 Ver.1.01 字句修正・リンク追加
本編分岐に関しては基本的に「レイ×シンジ」の筆者より
最後までお読みくださってありがとうございました.話としては拙作「あ・り・が・と・う」の続きになります.今回は話の展開上,アスカの出番は完全に無しです m(_ _)m.(いつか,きちんと書ける日が来れば良いのですが.)
最後に登場したゲンドウ(名前は書いてませんけど)の描写ですがどうしたものか悩みました.また,ユイの写真の件ですが何となく一枚ぐらいは絶対に残していそうな気がしましたのでこのような流れになりました.「僕のゲンドウと違う!」と思われた方,多数(笑)だと思われますがこの物語は筆者自身の劇場版に対する補完も兼ねていますのでその辺はご了承ください(^^;).
短めで色々とご都合全開の話ですが,ご感想をいただけると嬉しいです.
誤字・脱字・文章・設定の突っ込み等は,
VISI.さんの『あ・り・が・と・う・そして』、公開です、
ゲンドウがオヤジしている〜
ゲンドウが爺ちゃんしている〜
なぜか、こういうのも形になる野郎ですよね・・ゲンドウ(^^;
一人息子の結婚式、
相手は自分が作った少女。
その少女が抱く自分の孫。
妻。
形になっていますよね。
さあ、訪問者の皆さん。
久しぶりのSS、VISI.さんに感想メールを送りましょう!