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めぞんEVA お引っ越し記念SS



−日曜日 碇家−


(トゥルルルルルルッ.トゥルルルルルルッ.)

「碇です.あ,冬月先生.おはようございます.主人ですか?ええ,今かわります.」

「あなた,電話よ.冬月先生から.」

「ああ,今行く.」



あ・り・が・と・う




電話に出た妻に呼ばれて僕は自室からリビングに向かった.

「シンジです.…冬月先生,おはようございます.」

あの最後の戦いから十年,僕は今,妻…レイと一歳になる娘と共に第二新東京市で暮らしている.副司令…冬月先生は最後の戦いの後,ネルフを辞職して学界に復帰していた.僕とレイ二人にとって先生は大学時代の恩師であり,僕にとってはミサトさんと同じく何か迷った時に相談に乗ってくれる家族のような存在になっていた.

「先日お願いしていた件ですが…13時から1時間ですか.わかりました.朝食を済ませたら出発します.」

娘が一歳の誕生日を迎えた後,僕は先生にある「お願い」をしていた.

「…ええ,構いません.今日,行きます.本当にありがとうございました.それでは,失礼します.」

そう言って僕は電話を切る.振り返ると,レイが僕のことを見ていた.

「今日の13時からに決まったよ.朝ご飯を食べたら出発するよ.」

「…そう.それじゃ,途中で腹ごしらえできるようにおにぎりでも作っておくわ.」

「ありがとう,レイ.」

「いいえ,どういたしまして.」

レイの心遣いに僕は微笑み,感謝の言葉をかける.レイもまた言葉を返して微笑む.…些細な事でいちいち感謝の言葉を掛け合う僕たちは世間一般の夫婦と比べて少し変わっているのかもしれない.だが,僕もレイも何故かそうさせずにはいられなかった.




「昨日遅く,アスカから電話があったわ.」

「何だって?」

「今週の水曜日に,学会で来日するそうよ.で,土曜日にサツキの顔を見にここに来ますって.」

「へえ….結婚式以来だから2年ぶりになるなあ.レイ,他に何か言ってなかった?」

「『つ・い・で・に』あなたの顔も見にくるそうよ.」

レイは茶化すように『つ・い・で・に』を強調して僕に言った.

「ははっ,アスカらしいや.」

僕とレイ,そして娘…サツキの朝食の食卓で僕は苦笑いを浮かべる.あの戦いの後,負傷から回復した僕とレイ・アスカの間で一悶着あった.その一件で僕は今でもアスカには頭が上がらないし,レイにも頭を上げられないでいる.もっとも,そのことでレイは何も言わないけれども.

「だあ.」

娘のサツキがレイに何かをねだるように声をあげる.レイはサツキに牛乳を口に含ませる.サツキは最近乳離れするようになって,今では母乳と牛乳を半々で摂っていた.僕はみそ汁に口をつけながらその光景を眺めていた.




「それじゃ,もうそろそろ行くよ.」

僕はレイが作ってくれた「弁当」を持って玄関先に立っていた.

「いってらっしゃい.」

レイはサツキを抱きかかえながら僕を見つめて言った.

「…本当に行ってもいいんだね.レイ?」

僕はレイに最後の確認をする.レイが駄目だと言えば僕は今日の「予定」を中止するつもりだ.

「…ええ,行くべきだと…思うわ.」

レイは…今ではあまり見せることのない…全てを見通すような目で僕に言った.が,その言葉の後すぐに元の穏やかな表情に戻る.

「…そうだね.」

「…うん.」

「レイ.」

「なあに?あなた.」

「…いつも,そばにいてくれて…ありがとう.」

「私の方こそ…ありがとう.」

レイは僕に微笑む.レイが…綾波が初めて僕に微笑んでくれた時と同じくらい,いや,それ以上に今のレイの微笑みは美しくて僕の心を和ませていた.

「だあ.」

二人の世界に突入しかけた僕達にサツキが声をあげる.冬月先生によればサツキは母さんの面影をよく残しているそうだ.僕は右手の人差し指と中指をサツキの前に差し出す.するとサツキはそれをきゅっと握った.

「きゃはっ.」

サツキが僕に微笑む.僕も微笑みをサツキに返す.そして僕はサツキの手から指を離してレイに向き直った.

「いってきます.」

「いってらっしゃい.気をつけて.」




玄関から近所の駐車場までの間,僕はレイが「創られし者」として還らずに「人」として帰って来てくれたことの幸せを噛みしめていた.

今日,僕はレイを「創られし者」として還そうとした男に再会しようとしている.…父さんだ.

最後の戦い以来,僕は父さんに会っていない.許せなかった.目的のためにありとあらゆる手段を選ばなかったことを.レイを…綾波を消そうとしたことを.レイとの結婚式にも父さんを呼ばなかった.冬月先生の勧めで写真だけは送ったが,二度と会いたくなかった.だがサツキが生まれた時,僕の中である疑問が沸き上がってきた.


“父さんはどんな思いで僕をEVAに乗せたのだろうか?”


僕はそのことを確かめるためにレイと相談した上で冬月先生に現在もネルフの最高司令である父さんとの面会を取り計らってもらっていた.

『逃げちゃ…ダメだ.』

乗用車のドアにキーを挿し込みながら僕は一言だけ心の中でつぶやいた.初めてネルフの本部に来た時,目の前で傷だらけのレイ…綾波が初号機に乗せられそうになった時,僕は何度この言葉を繰り返したのだろう.…僕は車に乗り込んで旧第三新東京市…現在も移転することなく残っているネルフ本部へと出発した.




約三時間後,僕はネルフ本部に行く前に零号機の自爆で造られた湖の前に立っていた.セカンドインパクト以来,一年中真夏と化した日本での強い日差しの照り付けが湖面に反射して時折僕の目に飛び込んでくる.十年前は第三新東京市の建造物や戦自の兵器や量産EVAの残骸がそこら中に散らばっていたが今では見る影も無くただ水面が広がるだけだった.

カヲル君と出会ったのはここだった.カヲル君は僕のことを認めてくれて…好きだといってくれた.僕は心を開き,…裏切られて…そして僕が…殺した.あの時の僕は最後にカヲル君が言っていたことの意味が分からなかった.今は…少しだけ解るような気がする.…僕はしばらく目を閉じて佇んだ後,車に戻ってネルフ本部に向かった.

ネルフ本部に着いて僕はあっさりと中に通された.後で冬月先生に聞いたところ,僕とレイ,アスカはチルドレンとして登録されたままなのだそうだ.中に通されてから司令執務室まではリツコさんが案内してくれた.僕が知っているネルフ関係者でいまだに現職に留まっているのは父さんとリツコさんだけだった.先生によれば父さんは「老人達の世迷いごとの“後始末”をしている.」のだそうだ.



「お久しぶりです.リツコさん.」

「ご無沙汰ね.シンジくん.結婚式,出られなくてごめんなさいね.」

「あ…いえ.」

「ミサトは・・・相変わらず?」

「ええ.まあ…そうです.」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

僕がリツコさんと直接会うのもまた十年振りだった.近況を話し終えた後,僕とリツコさんの間で言葉は交わされなかった.あの日,ここで多くの人が死んだ.死骸や血の跡は拭い去られていたが以前に比べ暗めになった照明はここが血塗られた場所であることを暗に示していた.

「司令.サード…いえ,碇シンジさんを連れてきました.」

司令執務室の前でリツコさんが父さんに到着を告げる.

「ご苦労.下がってくれ.」

「はい.」

父さんの声.それを聞いてリツコさんは退去する.去り際にリツコさんは「健闘を祈るわ.」と僕に小声でささやいて今来た道を引き返して行った.僕は司令執務室内に入った.

「よく来たな….」

「父さん….」

父さんは右手を執務室の机に手を置き,立っていた.司令服に身を包み,色眼鏡に人に威圧感を与える髭は相変わらずだった.ただ,髪や髭には白いものが目立つようになっっていたが.あの時に比べて僕も背が伸びて180cm近くの身長になっていた.相対的にはそれ程大きく見えなくなっていたがそれでも父さんは僕に威圧感を与えていた.

「…何を知りたい?」

「・・・・・・・」

冬月先生には「父さんに聞きたいことがあるんです.」とだけ言ってお願いしている.今まで,僕はミサトさんと冬月先生から「こと」の全容をおよそは聞いていた.僕が今,父さんに聞こうとしていることは父さんにしか答えられないことだったが僕は言い出せないまま黙り込んでいた.

「…元気か?」

「え?…うん.」

「レイと…サツキは?」

「二人とも元気だよ.」

「そうか….」

「・・・・・・・」

「・・・・・・・」

僕が何も言わないのを見て父さんが僕に話し掛ける.僕は父さんの言葉に驚いていた.それからしばらく僕と父さんは黙り込んだまま向かい合っていた.

「…父さん.」

「何だ?」

「…母さんについて…父さんの知っている限り全てのことを…教えてよ.」

沈黙を破ったのは僕の方だった.そして,僕の問いはさっきまで聞こうとしていたことと異なっていた.なぜそうしたのか僕にも分からなかった.

「ユイは…」

僕の問いに対して父さんは淡々と語り始める.初めて出会った時のこと,告白した時のこと,結婚した時のこと,セカンドインパクトの時のこと,僕が生まれた時のこと,…そして僕の目の前で消えた日のこと…父さんは今まで話してくれなかったこと,あるいは僕が思い出すのを拒否していたこと全てを時折眼鏡を上にずらしながら僕に話していた.僕は黙ったまま父さんの話を聞いていた.

「…以上が私がユイについて知っていること全てだ.」

父さんの話を聞きながら僕は最初聞くつもりだった「疑問」の答えを考えていた.そして,その答えは今の父さんの話の中にあったと思う.だから,最初言おうとしていた問いは胸のうちにしまった.そして,僕は父さんのことを・・・・・.




父さんが話し終えた時,僕は時計を見た.13時50分.それから時間まで僕と父さんは一言も発することはなかった.

「時間だ.」

父さんが面会時間の終了を告げる.

「…うん.父さん?」

「何だ?」

「あ…今度は三人で会いに来てもいい?」

僕はある言葉を言いかけたがそれを止めて,その代わりの言葉として今度会う時はレイ達と来てもいいかを父さんに尋ねた.

「レイは…いいのか?」

「…うん.」

「…なら,問題無い.好きにしろ.」

「わかったよ.父さん.それじゃ.」

「ああ.」

僕は父さんの方をずっと見ていたが父さんは眼鏡を直すだけでその表情は窺い知ることはできなかった.僕は司令執務室を退室した.




司令執務室を出るとリツコさんが行きと同じように待っていてくれた.リツコさんは僕の顔を見るなり声を掛ける.

「うまくいったようね.」

「ええ.」

それから僕達は同じ道を行きと逆方向に歩き始める.執務室から出てきた時に一言交わした後は,僕達は施設出口にたどり着くまで無言だった.

「今日は本当にありがとうございました.」

「いいえ,どういたしまして.」

「…今度は,三人で来ます.」

「いつでもいらっしゃい.歓迎するわ.」

「それでは,失礼します….」

僕は車に乗り込み第二新東京市へと出発する.リツコさん,変わったというのが僕の印象だった.それは喜ばしい変化.僕にはそう思えた.




約三時間後,僕は自宅の玄関の前に立っていた.

「ただいまぁ.」

「お帰りなさい.あなた.」

帰宅を告げる僕の声にレイが玄関まで出迎えに来る.僕は開口一番,微笑みながらレイにこう告げた.

「うまくいったよ,レイ.…ありがとう.」

「…うん.」

レイは頷き,僕の手から弁当箱を取り去る.

「あなた,食事にします?それともお風呂?」

「…食事にしよう.腹ペコペコなんだ.」

僕は腹に手を当ててちょっと情けない顔をする.レイはプッと吹いた後「わかりました.」と言って台所に戻っていった.

僕は手を洗った後,乳児用ベッドで寝ているサツキの寝顔を眺めていた.

『いつか,父さんに言える日が来るのだろうか?』

僕は今日の出来事を振り返りながらぼんやりと考え込む.その時,レイの声が僕の思考を中断させた.

「あなた,ごはんよ.」

「うん,ああ今行く.」

…いつか言える日がきっと来る,僕はそう信じてレイの待つ食卓に向かった.


「あ・り・が・と・う・そして」を読む

(あ・り・が・と・う おわり)

NEXT 公開06/30
お便りは qyh07600@nifty.ne.jpに!!


1997/06/28 Ver.1.0 Written by VISI.
1998/01/15 Ver.1.01 字句修正・リンク追加
1998/02/20 Ver.1.10 加筆修正



緊張している筆者より

位置付けとしては「6月6日のUFO」後日談(通常文体?版)です.シンジの周囲の主要人物を全員出したかったのですが話の流れを止めてしまいかねなかったのでこのような話になりました.人数を絞った分だけ,読者の皆様にわかりやすく伝わっていれば良いのですが(汗).
今回の話は「6月6日」よりもさらに輪を掛けて御都合入っています.御質問・御意見・御批判・御提案・御感想お待ちしております.

それにしてもゲンドウは本当のところ何を考えているのやら,筆者には見当も付きません.(;;)


Ver.1.10にあたって

大きな変更点はシンジの「疑問」の明示(今となっては・・・かもしれませんが),リツコとの対面のくだりでの加筆修正です.また,細かい表現の変更(沈黙を表わす台詞を「・・・・・・・」にしたりとか)を数箇所で行いました.この作品にご感想・ご指摘をお寄せくださった皆様に改めて感謝いたします.


誤字・脱字・文章・設定の突っ込み等は,

までお願いします.


 VISI.さんのめぞんEVA お引っ越し記念SS『あ・り・が・と・う』、公開です!

 VISI.さん作、みんな幸せ後日談ですね(^^)

 無事生き残った、シンジとレイの睦まじい家族。
 アスカとも何かあったようだけど、気の置けない関係が続いている。

 冬月副司令もリツコ博士も元気元気。

 ああ、夏の映画後本当にこうなって欲しい・・・、もう辛いのはいやなんだ(笑)

 そして、わだかまりの解けなかったゲンドウとの関係にも
 明るい兆しが。
 

 ゲンドウの考え・・・・(^^;;;;;;;
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 引っ越し記念SSを早速送ってくれたVISI.さんに私に替わって御礼のメールを!!


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