TOP 】 / 【 めぞん 】 / [OHCHAN]の部屋/ NEXT

 

私の中の碇シンジ



 見たこともない人間が,いきなり”生き返った”だの”僕だよアスカ。シン
ジだよ”なんて言って信じろっていう方が無理だったのかも知れない。
 アスカを追いかけられない悔しさを胸に秘めたまま,シンジは思った。
 髪の毛は黒から茶褐色に変わり,目の色も赤みがかっている。
 アスカから見れば,初対面だと言ってもおかしくはない。
 そんな男が,生き返ったシンジだとは思うはずはなかった。

「アスカ・・・」

 アスカが登っていった山道を見て,シンジは呟いた。
 自分も登ろうと思ったが,やはり足が思うように動かない。あの一週間の苦
労は何だったのだろう。それとも,今まで慣れない道を歩いたから疲れたのだ
ろうか。

「くそっ!」

 悔しさのあまり自分の足をたたく。だが,足は棒のように硬くなってしまっ
ていて,ピクリとも動かない。
 仕方なくシンジは,別荘の中にはいると,玄関口に腰を下ろした。

「碇君,お水・・・」
「ありがとう,綾波」

 レイからコップを受け取ると,グイッと一気に飲み干す。

「ふぅ・・・これからどうしようかな・・」

 そして,天を仰ぐように上を向くと目をつぶった。

「碇君,私はわかるから。私は,碇君だってわかるから・・・」
「綾波・・・」

 とけてしまうような潤んだ瞳で見つめられて,シンジは吸い込まれるような
感覚を覚えた。
 そのまま吸い込まれるようにレイに近づいていく。

「へぇ・・・そう言う関係だったんだ」

 いきなり後ろに姿を現すミサト。気配すら感じさせないところはさすがプロ
だ。(何の?)
 ジト目でシンジを見据えている。

「ミ,ミサトさん」
「レイも誘い方が上手くなったのね・・・」

 その目をそのままレイの方にも向けた。

「葛城三佐・・・どうしてここに?」
「シンジ君が生き返ったって聞いてね,リツコに聞いたらここに居るって言う
もんだから・・アスカは?」

 一瞬,沈黙が辺りを支配した。
 それを破るようにシンジが口を開いた。

「アスカは,僕が生き返ったことが信じられなくって山へ・・・」

 再び沈黙が辺りを支配する。
 今度はミサトがそれを破った。

「それなら,私が行ってくるわ。シンジ君はここで待ってて」

 そう言うと,手に持っていた荷物をレイに渡し,ミサトは山へと向かった。



 誰もいない山頂。
 涼しげな風が,アスカの火照った体を癒やしてくれている。
 全力で山を登ったためか,アスカは山頂の岩に腰を下ろすと,深呼吸をした。

 シンジが生きていた?生き返った?

 ここに来てからようやく落ち着いてそろそろ戻ろうと思っていた。
 ようやく,自分の心を癒やすことに成功したのだ。
 しかし,目の前に現れた見ず知らずの男から自分はシンジだと聞いたとき再
び心が音をたてて壊れたような気がした。
 どうしようもない虚脱感に襲われて,アスカは見ず知らずのうちに山を登っ
ていたのだ。
 ここに来た頃もよくここに来ていたことを思い出してアスカは少し笑みをこ
ぼした。

「シンジ・・・あの人は本当にシンジなの?」

 自分の中にいるシンジに話しかけるが,答えは出てこない。

 病室に居た頃は側にいてくれた。
 姿は無くても確かにそこにいてくれた。
 ここに来てからは,シンジが居なくても生きていける自信を持てた。
 たとえシンジを忘れることが出来なくても生きていける。
 なのに,なのに・・・

 ツゥッとアスカの頬に涙が流れた。
 それを拭おうともせず,アスカは泣き続けた。
 そこへミサトが現れる。

「アスカ,ここにいたのね?」
「ミサト・・」

 一度ミサトの方を向くと,アスカは涙を手の甲で拭って呟いた。

「隣に座ってもいい?」

 アスカは黙って頷いた。
 しばらくの間,二人は黙っていた。
 

「ミサト,あのさぁ・・・シンジのことなんだけど」

 沈黙を破ったのはアスカであった。

「なに?アスカ」
「シンジは生き返ったの?」

 いきなり核心を突く質問にミサトは一瞬躊躇したが,隠すことなく答えた。

「生き返ったのよ。リツコの科学力でね」

 アスカはさすがに驚きは隠せない様子でミサトを見直した。

 死人を生き返らせる事が出来るのかしら?

 アスカは,そのままの表情で考えた。あの見知らぬ男はシンジではなかった。
しかし,シンジと名乗ったのだ。

 真実はどこにあるのかしら・・・

 アスカは思った。
 最近常識からかけ離れたような出来事がアスカの身の回りで起こりすぎてい
るのだ。アスカはそんな生活が嫌になっていた。

「それじゃ,あの男の人がシンジなの?」
「そうよ,姿形は違っても魂はシンジ君そのものよ」
「魂?」

 全く信じられないといった顔をミサトに向けるとアスカは聞き返した。

「そう,あの体は魂を入れるために造られたシンジ君のクローンよ」
「シンジのクローン!?でもシンジには似ていないわ」
「そうよ,いくらクローンといってもシンジ君そのままじゃないわ」

 取り敢えずミサトはアスカに今までの経過を手短に話した。
 見る見る顔が赤くなっていくアスカ。

「何よ!!アタシだけ何も知らなかったって言うわけ?」
「ごめんなさい・・・いいえ,謝って済むことだと思っていないけど」
「もういいわよ・・・そのおかげでアタシがシンジをどれだけ好きだったかが,
愛していたかがよくわかったわ」

 この別荘に来てからシンジを忘れる事なんて出来なかった。
 何をやるにしても”シンジならこうする”とか”シンジはこうやってたな”
とか,シンジの真似事ばかりやってきたのだ。
 心の中にずっと住み込んでいる人なのだ。

「アスカ・・・」

 顔を伏せて泣いているのか,肩を震わせているアスカを慰めるミサト。

「降りましょ?降りてシンジ君に会いましょう」

 そのままの格好で頷くアスカ。
 太陽が地平線に真っ赤な光を放ちつつ,吸い込まれていく。
 アスカとミサトの影が長く長く頂上の岩肌にうつっていた。



 山から下りてきたアスカとミサトを迎えたのはレイだった。

「お帰りなさい・・・碇君が待っています」
「シンジ君が?そういえばいい匂いがするわね・・・」

 クンクンと鼻をきかせてミサトは別荘の中に入っていった。

「私は初めっからわかったわ」
「なによ・・・」

 レイとアスカの間に火花が散っているのが見える。

「アタシは何も知らなかったんだもの」
「それは,私も同じよ」
「嘘!あなたは何か知っていたはずよ」
「でも,会うのは初めてだわ」
「二人ともやめてよ!」

 今にも殴り合いの喧嘩がはじまりそうな雰囲気を止めたのはシンジだった。

「仲間じゃないか。やめてよ・・・」
「・・・やっぱりシンジなのね?」
「碇君・・・」

 アスカは確信した。

 やっぱりシンジなのだ。
 目の前にシンジがいる。本当にシンジがいる。

 アスカは,抱きつきたい気持ちを抑えてシンジを見つめた。

 シンジ,シンジ,シンジ・・・

 何度か夢で見たこともあった。

「アスカ,後で話があるから・・・二人っきりになれないかな?」

 シンジはアスカだけに聞こえるようにそう言うと,アスカを見つめた。
 二人の視線がぶつかって同時に顔を赤くする。

「・・・・ベランダでよければ・・・」
「わかった」

 その後,腕によりをかけたシンジの料理を懐かしがりながら食べるアスカ達。
 ミサトもよほど美味しいのか,懐かしいのか泣きながらビールを飲んでいる。

「やっぱりシンちゃんの料理は美味しいわね・・・スン・・」
「泣かないで下さいよミサトさん」
「ゴメンね,最近・・・涙腺が弱くなってて・・・もう私もおばさんね・・・」

 泣きながらでもビールをはなさないところが,なんともミサトらしい。
 シンジは微笑みながらそう思った。

「そんな,まだまだミサトさんは若いですよ」
「そんなお世辞言ったって何も出ないわよ」

 なごやかな雰囲気の中アスカは,

 いつもの風景に戻ったのね。

 と思った。

 何となく居心地の良い環境というのはそう簡単に訪れることはない。
 アスカはこの環境を体の芯から感じとって幸せだった。
 久しぶりにそんな気分になって気を許したのかも知れない,疲れのピークだ
ったのかも知れない。
 アスカは,シンジとの約束も忘れてベッドに伏してしまった。



「アスカ・・・アスカ?起きてよ・・」
「シンジ?」

 いつも見ていた夢の中だ。

 アスカは思った。
 意識がはっきりしていないし,何より辺りが真っ暗なのが証拠だ。

「夢?夢だったのかしら・・・」
「夢じゃないよ・・・アスカ。約束したじゃないか,それじゃ,ベランダで待
ってるから」

 そうだった。シンジとベランダで会う約束をしていたんだった。

 ガバッ!

 アスカは跳ね起きた。夢だったのか,現実だったのか,わからなくなってし
まった。

「シンジ・・・」

 アスカは,ベランダの方を見ると呟いた。

「やっと起きたんだね?アスカ」
「シンジ!」

 月明かりがベランダを照らす。そこにシンジが立っていた。
 一瞬,シンジが前のシンジに見えて,アスカは目をこすった。
 そして次の瞬間,アスカはベッドから飛び降りるようにシンジに抱きついて
キスをする。
 唇と唇の間に唾液の吊り橋を残して二人は見つめ合った。

 星が瞬く夜。シンジとアスカは強く抱き合った。



つづく 1997-07/08 公開 不明な点、苦情などのお問い合わせはこちらまで!


作者とチルドレン達による後書き OHCHAN:どうも!その6公開です。 シンジ:つづく!?これで終わりじゃないんですか? OHCHAN:いや,まだまだ。一応シナリオどおり動いてもらうよ,シンジ君。 シンジ:まぁ,やれって言えばそう動きますけど・・・ アスカ:まるで奴隷ね?アンタそれでもいいの? シンジ:仕方ないよ。これも仕事なんだから。 アスカ:割り切ってるわね? シンジ:今の内に仕事しておかなきゃ飽きられちゃうからね。 アスカ:そうね・・・今の内って事かしら・・・ レ イ:OHCHANさん。お疲れさまです。はい,ビールがよく冷えていま     すから,どうぞ。  そう言って,OHCHANにビールを渡すレイ。 OHCHAN:気が利くな,レイちゃん。ゴキュゴキュゴキュ!! アスカ:あー!!ビール飲んだら人格が・・・シンジ。私は逃げるから何とか     しなさいよ。 鎮 守:ぷっはぁーーーー!!!あれ?アスカちゃんは? シンジ:さぁ・・・知りません(引き) 鎮 守:しょうがないな・・・シンジ君。君も飲むかね? シンジ:いえ・・・あの・・・し,失礼します!! 鎮 守:おい!影男!亜空間作ってくれ!  無言で亜空間を作る影男。  逃げるように走り去るシンジ。それについていくように居なくなるレイ。 鎮 守:まったねぇ!!  居なくなりつつあるシンジ達を見送った後。疲れていたのか,眠ってしまう。 アスカ:寝たようね・・・よかった。影男!亜空間作ってよ! 影 男:アスカさん。しっ,こっちです。  影男の誘導でアスカは亜空間に入っていった。  その後には,鎮守の豪快ないびきが響いていた。
 OHCHANさんの『私の中の碇シンジ』その6、公開です。  再会出来ましたね、シンジとアスカ。  吹っ切れたつもりでしたが、  その名を聞いた途端にかき乱されるアスカの心。  目の前にいるの男がシンジ。  驚きと、喜びで・・・。  ひとつの区切りですが、  レイとの絡みで一悶着も二悶着もありそうですね(^^;  さあ、訪問者の皆さん。  思わせぶりな後書きを書くOHCHANさんに感想メールを!


TOP 】 / 【 めぞん 】 / [OHCHAN]の部屋