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私の中の碇シンジ



「失敗だわ・・・」

 リツコは、呟いた。
 大成功のうちに終わるはずだったのだ。
 ほんの数分前まで完璧な計算の上で行ってきた事が一瞬にして無になってし
まった。
 それはつまり、”今までやったことがない分野”であったからかもしれない。
 魂、いわゆる幽体、幽霊の世界である。
 封じ込めたのはいいのだが、扱い方が違ったのだ。人類にとっても、あまり
にも未知の世界が多かったのである。
 今になって簡単に考えていた事を後悔していた。
 入れ物ができてしまっている以上、それに入れてしまわないといけないのだ
が、その方法が、わからなくなってしまったのだ。
 しかも、ほとんど残留思念しか残っていない魂を人間の、しかも自分のもの
ではない体に入れるには、かなりの技術力が必要であった。
 綾波レイ用の魂交換装置があるが、それは、体から体への魂の交換だけで、
何の役にも立たない。
 そのことがわかった時点で、リツコはため息を吐いた。
 ”わからない”彼女が今まで経験したことがない事である。
 大抵のことは科学的に説明がつく。
 はっきり言って非科学的なことは苦手だった彼女にとって、今回の件は簡単
に解決しそうになかった。

「さて、どうしたものかしら」

 彼女は、もう一度ため息を一回吐くと、最近吸いはじめた、カプリに火を付
け、その煙をガラスの向こうにいる、どことなくシンジに似た生物にむけて吐
き出した。

「せめて、あなたに意志があれば何とかなるんだけどね」

 聞こえる訳ないのにその生物に愚痴をこぼすリツコ。
 再び、今度は端末に向かって煙を吐き出したリツコは、画面を見つめたまま
なにかをするわけでもなく、煙草をふかしていた。



ガタン、ガタン・・・

 誰も乗っていない電車を一人っきりで借り切っている状態のまま、アスカは
シンジの事を考えていた。
 頭の中に、シンジが看病に来ていた頃のことが、走馬灯のように現れては消
え、現れては消える。そして、最後の台詞。

「それじゃぁねアスカ。また来るよ」

 シンジは約束を守ってくれた。自分の体を失っても、アタシのところに来て
くれた。
 今考えても信じられる現実は、アタシにはまだやってきてはいなかった。
 ただ、シンジに会いたい。それだけなのかもしれない。
 もう一度、シンジに会いたい。彼女のそんな小さな願いはかなえられないま
ま、電車は緩やかな傾斜を登っている。

「たしか、この山であってると思ったけど」



 話は少し過去に戻る。
 病院を飛び出したアスカは、湖の近くの畑に水をやる人物を発見した。
 このボロボロの廃虚となった最先端の町には似合わない風景。アスカはそん
な珍しい風景に足を止めた。

「おや、アスカちゃんじゃないか・・・」

 そこにいたのは、加持リョウジだった。

「加持さん、どうしたんですか?こんな所で・・・」
「この前のゴタゴタで、畑が目茶苦茶になってね。それで、こうやって直して、
種をまいて、水をやっているのさ・・・」
「へぇ、何を植えたんですか?」
「スイカだよ。それはそうと、アスカちゃん退院おめでとう」
「ありがとうございます」
「これから、葛城のところに帰るのかい?」
「え・・・それは・・・」

 顔を暗くして目を背けるアスカを、少し微笑みながらリョウジは続けた。

「帰る家があるって言うのはいいことだ。それとも、帰りたくないのかい?」

 アスカは、黙って頷いた。何かを言うと、言い訳になってしまうのは目に見
えていた。

「そうか・・・それじゃ、俺の別荘に行ったらどうだい?あそこならゆっくり
できると思うけどな・・・」

 リョウジはわかっていた。アスカはシンジがいないと何もできないぐらいシ
ンジを頼って生きてきた。
 自分では気がついていないのかもしれない。いや、気がつきはじめているの
かもしれない。リョウジは、アスカには自分を見つける事をすすめようと思っ
たのだ。

「それじゃ、お言葉に甘えて・・・」
「これが、別荘の鍵だ。葛城にはうまく言っておくよ」
「はい、よろしくお願いします」

 そう言ってアスカは、リョウジからもらった地図を片手に駅まで走ったのだ。

「アスカちゃんも変わったな・・・シンジ君、君が変えたのかな?」

 リョウジはぬけるように青い空を見上げて、呟いた。



 目的地の駅を降りたアスカは、地図を見ながら山道を登っていった。
 30分ほど、獣道を歩いた後、目的地に到着した。

「わぁ・・・大きい綺麗な家だわ」

 アスカは、感嘆の声を上げた。
 そこには、夢の世界に出てきそうな白い家がポツリと建っていた。
 鍵を開けて、中に入ると、まず目の前に2階に登る階段があり、隣から廊下
が裏口までのびている。
 廊下沿いの壁には少し大き目のドアが3つ、それぞれキッチン、ダイニング、
バスルームにつながっているようだ。
 バスルームの前にはトイレがある。
 裏口から外に出ると、畑があり、雑草一つ生えていない。そこには、リョウ
ジらしくスイカが植えてあった。よく手入れをしに来るのか、雑草一つ生えて
いない。
 2階は寝室と、書斎が一緒になったような広めの部屋が一つ、それと人工の
芝生が植えてあるベランダがあった。
 とりあえず、ベッドに横になったアスカは、目をつぶった。
 ベランダからやさしく風がアスカを包んでいく。

「ふぅ、気持ちいい・・・ちょっと疲れたな・・・」

 睡魔は急激に訪れた。アスカはあっという間に眠りに落ちた。



 真っ白の世界。シンジはそこにいた。

「ここは?」

 問いかけてみたが、答えはかえってこない。
 果てしなく広がっているような、すぐそこに壁があるような、変な空間。
 そこに、シンジはフワフワと浮いているのだ。

「そうか、死んじゃったのかな?僕は・・・」

 冷静に考えてみると、それが一番、納得のいく答えだった。

「約束、守れなかったな・・・アスカ・・・」

 急に背景がめまぐるしく変化していく。
 いままで、真っ白だった世界がひらけて、ある景色が広がっていく。

「病室?アスカの病室だ」
「シンジ・・・」

 そこに、アスカがいた。
 暗い顔でうつむいている。
 シンジは、アスカに寄り添うように浮かんだ。

「シンジ?シンジなの?・・・そんな馬鹿なことがあるわけないか・・・」
「アスカ、僕はここにいるよ」

 シンジはアスカにやさしく語りかけた。
 そして、アスカの頬にキスをした。

「やっぱりシンジなんだわ・・・ずっとそばに居てくれるのね?」
「そうだよ・・・アスカ。僕はずっとここにいるからね・・・」

 アスカが眠りについた後も、シンジはアスカの側に浮いていた。
 アスカの寝顔が可愛くて、愛しくて、ずっと見ていても飽きないのだ。
 そして、そんな時間は終わりを告げた。
 アスカが退院するのである。

「シンジ、ついに退院の日が来たわ。でも、ミサトの家に帰りたくない。シン
ジの居ない家にはもう・・・」
「おめでとう、アスカ・・・」

 シンジはそっとアスカの頬に流れ落ちた涙を指ですくった。

「ふふ・・・シンジ。やさしいのね・・・アタシは大丈夫よ・・・」

 その時、シンジはアスカの顔を見て安心した。
 キリッとしたアスカらしい顔になっていたのだ。

「それじゃ・・・ね・・・」

 そして、アスカは病室を出ていった。
 それを微笑みながら見送るシンジ。

「さぁシンジ君。居るのは分かっているわ。黙ってここに封印されなさい!」

 いつのまにか、リツコが病室に来ていた。
 手には炊飯ジャーのようなものを持っている。

「リツコさん・・・何か考えがあるのかな?」

 シンジは、リツコを完全に信じてはいなかったが、元々死んでいるためどう
でもよかったのか、黙って封印されることにした。

「成功だわ!!」

 リツコは音もなく病室を去った。



 ピピピピ!

 軽快なシグナルがリツコの研究室に響いた。
 リツコは何事かとキーボードをカチャカチャタイプする。
 原因は、素体に意志が生まれたと言うことであった。

「何てことなの・・・」

 素体を見るが、そんな気配はなく、いつものように焦点の合わない虚ろな目
をリツコに向けている。

「しかし、これは使えるわね・・・」

 やっと、光が見えてきた。
 リツコは素直に喜んだ。
 端末のディスプレイに怪しげな笑みを向けると、炊飯ジャーモドキを片手に
その作業に取り掛かったのだった。

 つづく

つづく 1997-06/20 公開 不明な点、苦情などのお問い合わせはこちらまで!


作者とチルドレン達による後書き OHCHAN:どうも!やっとその3公開です。 アスカ:なに言ってるのよ!前回の事。忘れていないでしょうね? OHCHAN:え?何の事?前回?何かあったかな? アスカ:とぼけるんじゃないわよ・・・ OHCHAN:おーい!シンジ君。レイちゃんこっちこっち! シンジ:お疲れさまです。 レ イ:お疲れさまです。OHCHANさん、どうぞ、ジュースです。 OHCHAN:ありがとう、レイちゃん。気が利くね・・・ レ イ:いいえ・・・ シンジ:一体全体、僕はいつになったら復活するんですか? アスカ:そうよ!前回「そして、ついにそれは完成したのだ!!」とか書いて     おきながら、まだ出来上がっていないじゃないの? シンジ:そうですよ、どうなっているんです? OHCHAN:まぁ聞いてよ。今まではね、リツコさんがいたから何でもかんでもで     きたんだけど、たまには完全な失敗と言うのを書きたかった訳なのよ。     だから、冒頭に「失敗だわ・・・」という台詞があるでしょ? アスカ:設定が無かったんでしょ? シンジ:多分そうだね、考えていなかったんだよ・・・ OHCHAN:ぎくっ!!そ・それは・・・(汗汗) アスカ:図星ね? シンジ:図星ですね? OHCHAN:はははははははは・・・・・  乾いた笑いはOHCHANの散らかっている部屋に響いた。  それが合図となって、最近他方で活躍しつつある「影男」が現れて、亜空間 をつくる。 OHCHAN:それじゃぁねぇ〜  返事も聞かずに閉ざされる亜空間。 OHCHAN:く・・・次回こそは、復活させるぞ!!  そう言って、OHCHANは端末に向かった。
 OHCHANさんの『私の中の碇シンジ』その3、公開です。  一筋縄では行かないシンジ復活。  あの赤木博士が苦戦しています。  シンジの居ないアスカを支える加持の手。  その手はシンジの変わりには為り得るのでしょうか。  アスカの心が持っている間にシンジは帰ってこれるのでしょうか・・・・・  意志を持ち始めたシンジの入れ物・・・・・  何が?  さあ、訪問者の皆さん。  OHCHANさんに激励のメールを!  早く続きが読みたいぞ!


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