涼しげな風の中、彼女は目が覚めた。 最初は寝ぼけていたためか、見知らぬ天井に驚いた。 「そうか・・・加持さんの別荘に来ていたんだっけ」 アスカは一度のびをすると、ベッドから床に足をおろした。 時間は、夜になっているのか、外からの光は月の光だけになっていた。 アスカは階段を下りると、キッチンの冷蔵庫を開けてみた。 中には、大量の食料と、ビールが1ダースほど入っていた。 とりあえず、すぐ食べられそうな物をひょいとつまみ上げると、ダイニング にそれを持っていって食べ出した。 一息ついてお茶を入れると静かに呑みだした。 「シンジっていつもこんな事やってたのね・・・」 アスカは、お茶を食台に置くとそう呟いた。 ため息を一つ吐き出すと、アスカは食べ終わった皿を重ねてキッチンに持っ ていくと、洗いはじめた。 「これでいいのかしら・・・」 彼女自身やったことがない事であったが、シンジがやっていたのはいつも後 ろから見ていたので、見よう見まねでやってみた。 ガッシャーン!! 爽快な音がキッチンに響いた。 割れる皿、慌てるアスカ。 「やっちゃった!ねぇシンジ。てつだっ・・・」 そこまで言って、ハッと気が付くアスカ。 無意識の内にシンジに頼っている自分がそこにいる。 「シンジ・・・どうしてここには居ないの?」 誰もいない静かなキッチンに彼女の問いは響いた。 病室にいたときは確かに居たのに。ここには居ない・・・ アスカの目の前がぼやけて、ポタリと手元に水滴が落ちる。 「アタシ、泣いている。シンジに、もう大丈夫って言ったのに・・・」 アスカは、ポタポタと落ちる自分の涙をぼやけた視界で見ているうちに、ど んどん悲しみという名の穴に落ちていくのを感じていた。 しかし、5分ほどその場に立ちつくしていたアスカであったが、手で涙を拭 うと、シャワーを浴びにバスルームに向かった。 しかし、体を洗うわけでもなく、アスカはただシャワーを頭から浴びながら、 まるで、涙を、何かを、流し去るかのように、ただただシャワーを浴び続けた。 薄暗く、少し広めの部屋。周りには試験管や三角フラスコ等が規則正しく並 んでいる。いわゆる”リツコのマッドな実験室”である。 キーボードをたたくリツコの顔は活き活きしていた。 やっと確実なモノができたのだ。 傍らには炊飯ジャーもどきが置いてあり、何本かのコードが素体の入った水 槽に延びている。 素体の方にはヘッドギアがかぶらされており、手と足にもコードがつながっ ている。 素体はいつものように焦点の合わないうつろな目をリツコに向けていた。 「できたわ!」 そう叫んだリツコは、自信満々の顔を素体と炊飯ジャーもどきに向けると、 おもむろに実行キーを押した。 一瞬、光と闇がぶつかるような奇妙な音が実験室内に響いたかと思うと、炊 飯ジャーもどきが光に包まれ、その光がコードを通して今度は素体が光り出す。 「やったわ・・・ついにやったわ・・・」 そして、その光がすべて素体に移り、ついに素体からも光が無くなる。 何度か、素体がやさしい光に包まれると、一度ビクンと体を震わせた。 「シンジ君?・・・」 素体を見たが、それっきりピクリとも動かない。 しかし、今までうつろな目を向けていたのに、その目はしっかりと閉じられ ている。 それを見て、リツコはガッツポーズをきめた。 シンジは、真っ暗な空間に浮かんでいた。 どこだろう。リツコさんが持っていた炊飯ジャーみたいなものに吸い込まれ てから、どれぐらいの時間がたったのだろう。 もう、何もわからない。 しかし、次の瞬間外に放り出されるような、吸い出されるような感覚がシン ジに襲いかかっていた。 それと同時に、溶けていくような、固まっていくような、どちらともとれる 奇妙な感覚がシンジの体をかけめぐった。 『あれ?体があるぞ・・・』 彼は思った。 信じられないことに、体があるという感覚があるのだ。 しかし、手や足を動かすことはもちろん、目を開くことすらできない。 シンジは目をつぶったまま、仕方なくそこに佇むことにした。 それから、一週間が経過した。 アスカはようやく慣れてきた洗濯を済ませて、ベランダにある物干し竿に次 々とかけていく。かけた後にパンパンと皺を伸ばすのもれない。 ここに来てからいろんな事を覚えた。 ご飯の作り方、掃除の仕方、洗濯の仕方等である。 家事のほとんどは一応、覚えることができた。最近は、畑の世話もしだした ほどだ。 洗濯物を干した後、草むしりをして如雨露で水をやるのが日課になっている。 「ふぅ、今日も終わった。さて、今日は食料の買い出しに行かなきゃ」 如雨露とゴム手袋を倉庫に直すと、麓の町におりていった。 1週間の間、彼は死ぬような努力をしていた。 薄暗い実験室の中を這うように移動してリハビリを行っていたのだ。 最近はやっと立ち上がれるようになった。 「リ、つコさん。見て下サい・・・」 まだぎこちない声で喋るシンジを厳しい目で見つめるリツコ。 「シンジ君。こっちに歩いてくるのよ」 「それは、まだ、む、りですよ・・・」 「無理でも来るの!」 いつになく厳しいリツコ。 シンジは一歩目を踏み出したが、バランスがとれないせいか、すぐに倒れて しまう。 「ほら、む、りだったじゃ、ないですか」 「立ち上がりなさい!シンジ君。あなたなら出きるはずよ!アスカにあいたく ないの?」 「ア、すカにはあいたい。あって、言いたいことがあるんだ・・・」 そう言うと、シンジは立ち上がった。 そして、手すりで支えつつではあるが、歩きはじめたのだ。 アスカにあいたい。あって生きていることを伝えたい。 そして、アスカの事が好きだって言いたい。 アスカにキスをしたい。 そして・・・ 「アスカ・・・アスカ・・・」 歯を食いしばって、足を前に進めるシンジを見て、微笑むリツコ。 ここまで来れば、後はバランスをとれるようになれば歩いたり、走ったりす ることが出来る。リツコはそう思うと、 「食事にしましょ?シンジ君」 「はイ・・・」 シンジは手すりに身を寄せてはいるが、なんとか食台まで歩くと、リツコの 対面に座った。 最初は、リツコに食べさせて貰っていたが、今は自分で食べることができる。 リツコは少し残念だと思った。シンジを独り占めしているようで、ちょっと いい気持ちだったのだ。 その時はショタコンと言われれてもリツコはいいと思った。 自分で造った人間だ。ある意味我が子のような、そんな気がしていたのかも 知れない。リツコはそう考えると、心が満たされる思いがしていた。 気持ちいいような、逆にこそばゆいようなそんな気持ちを楽しむかのように 毎日をすごしていた。 「シンジ君、アスカはね。加持君の別荘にいるそうよ」 「加持さんの・・ですか?」 「そう、ちょっと山奥だからちゃんと歩けるようにならないと会いに行けない わよ」 「わかりまし、た」 一層いい顔になるシンジ。 かっこいい顔になって来たな。 リツコはそんなシンジを見て、そう思った。いや、思ってはいけなかったの かも知れない。思ったが最後、シンジの魅力にドンドンひかれていってしまう。 あの人にひかれていたように。 やっぱり親子なのね。リツコはそう思うと、シンジから目をそらして、カプ リに火をつけた。 「たば、こ変えたんで、すね?」 「えぇ、カプリっていうの。どこにでもあるっていう煙草じゃないのよ」 「へぇ・・」 「そんな事より、これ食べ終わったらまたリハビリよ」 「はい!」 元気よく返事をすると、シンジはご飯を食べはじめた。 リツコは、煙草を吹かしながらシンジを見つめていた。 「キュゥゥゥゥ・・・」 バタリ・・・ ペンペンは、気を失った。 もう何度目か覚えていない。 原因は、 「あら、ペンペン。やっぱりおいしくないの?変ね・・・」 ミサトである。 あれから毎日のようにミサトの料理を食べ続けているのだ。 それだけを考えただけでも今まで生きていることが奇跡とも思えるのだが、 今はその話は置いておこう。 今にも一羽のペンギンが天に召されようとしているのは事実だ。 「ペンペン?・・・キャァァァァ!!泡吹いてる!」 合掌。 そして、数日後。 「本当に大丈夫?」 「大丈夫ですよ。もう完全に歩けるし、無理すれば走ることだって出来ます」 「それじゃぁ、さっき渡した地図どおりに行けば、アスカにあえるはずよ」 「わかりました。それじゃ・・・」 少しぎこちないが、しっかりとした足取りで駅に向かうシンジ。 そんなシンジを心配そうに見つめるリツコ。 静寂の中、遠くで蝉の鳴き声だけが聞こえる第三新東京の昼であった。 つづく
作者とチルドレン達による後書き OHCHAN:ふぅ・・・今回はちょっと急いで書きすぎたかな? アスカ:全然文章になっていないじゃないの! シンジ:そうですよ。急いで書けば良いってもんじゃありませんよ。 OHCHAN:そうだね・・・でも、次回は良い話なんだ。 アスカ:どうせ、アタシとシンジのラブラブ話なんでしょ? OHCHAN:ふっ・・・それはどうかな・・・ アスカ:え?違うの? OHCHAN:ふふふふふふふふふふふふふふふふ アスカ:気持ち悪いなぁ・・ レ イ:OHCHANさん、そろそろ私を出そうと思っているでしょ? OHCHAN:ふふふ、そうじゃないと面白くないでしょ? シンジ:ところで、素体って僕その物なんですか? OHCHAN:いや、違うよ。どことなく似ているけど、シンジ君そのままじゃない んだ。 シンジ:それじゃ、アスカにあえても僕だとわからない可能性もあるって言う ことですか? OHCHAN:その可能性もあるね・・・ シンジ:ふぅん・・・ OHCHAN:ま、次回を待てぇーいというとこですか? アスカ:そう言う訳ね・・・ シンジ:また、次回まで。さようなら・・・ レ イ:やっと出番が来る・・・ふふっ OHCHAN:ピィッ! OHCHANが口笛を吹くと、最近映画出演の話が来ている影男が現れて、 亜空間を作り出す。 3人はその亜空間に入って行った。 OHCHAN:次回を、待てぇ〜い。か・・・(笑)
OHCHANさんの『私の中の碇シンジ』その4、公開です。 いつの間にやら”母性”に目覚めたリツコ・・・・ 怪しい女のかわいい(?)一面を見させてもらいました(^^) そのリツコの元で必死のリハビリを続けたシンジと 加持の別荘で”生きている”アスカ。 二人の再会はどんなドラマを形作るのでしょうか? 後書きにも色々含みがありますね。 さあ、訪問者の皆さん。 OHCHANさんに貴方の感想を送りましょう!