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僕はいままでどこで何をしていたのだろう……

第三新東京市内の公園のベンチに座りながら、シンジはぼんやりとそんな事を考えていた。

通り掛かりの子供が、シンジを指差し、「ねぇ、あのお兄ちゃん、どうしてあんな変な格好をしている

の?」と言う声と、その母親が「ぼうや、そっちを見るんじゃありません」と諌める声が聞こえる。

言われて初めて気づいたが、シンジは未だあのロミオの、王子様の衣装を着けていた。

しかし、シンジはそのこともまったく気にはならなかった。

ただ、限りない空虚感と脱力感を心に感じて、ぼんやりと空を眺めているだけであった……


今更な学園EVA(!?)

シンジとジュリエット Part C -Shinji and Juliet-



――アスカね……ついさっき、息をひきとったわ……

その衝撃的な言葉が、ミサトの口より出たのはついさっき。

シンジは最初、その事実を否定しようとした。否定したかった。否定して欲しかった。

しかし、ミサトはただ口を閉じうつむくだけ……

やがてシンジも、力無くうなだれ、

「アスカ……死んだ……」

と、つぶやいた。

その雰囲気にたまらなくなってか、ミサトが急に早口でしゃべり出す。

「ごめんね……いいそびれてて、一応先週からアスカの容体が思わしくないみたいなことはきいてたん

だけどさぁ、まさかここまでとは夢にも思ってなくて、シンちゃんには後で言えばいいかな〜、なんて、

あ、ほらシンちゃん、劇があったじゃない。それで邪魔するのもなにかな〜、なんてさぁ……」

「もう……いいですよ。済んでしまったことなんですから……それに、悪いのはミサトさんじゃなくて、

僕ですよ」

一週間……いや10日間位かな……ずっと、アスカに会っていなかった……、その間アスカは独りぼっち

だったんだ……最低だよな、僕。『独りにはさせない』なんて言ってたのに……

はぁ、なんだかどうでもよくなってきちゃったな……何もかもが……

シンジは無意識のまま、ふらふらと歩き出した。

「ちょ、ちょっとシンジ君?」

ミサトが声をかけるが、シンジはまったく答えようともせずに歩き続ける。

無理矢理にも止めようかとも思ったが、ためらわれた。

シンジにああいう思いをさせたのは、完全に自分が原因だ……

そう考えると、ミサトには何もできなかった。

そして、ミサトは気づいたかのように携帯を取り出して、言う。

「サードチルドレンね……ほっといてあげて。自殺しようとしない限り……」

そして、車に乗り込んで、ゲヒルン本社へと向かう。

保護者として、亡くなったアスカのために法的にやらなければならないことをするために……。




あのあと……

そう,結局僕は逃げ出したんだった……

公園のベンチで独り、座っていたらいつのまにか日暮れの時間帯になっていた。

シンジは、ふと、立ち上がり、またふらふらと歩き出す。

いくあても、かえるあてもなく、ただ歩き続ける。

商店街では、王子の格好のシンジをまるで変な人でもみるかのように扱っていた。しかし、保安諜報部

の力で、補導されることだけはなかった。

町の人間の視線なんて、今のシンジにはどうでもよかった。

ただ、空しいだけ……

シンジの心を占めているのは赤毛の少女に対する想いと、何もできなかった自分に対する悔しさ、そし

て絶望。

何もかもが空しい。

そんな気持ちで、ただひたすらに歩き続けていた。

自分がやっていることが,ただ,現実から逃げているだけだとしりつつも……


そして日が暮れて、月がのぼる。

色々な手続きを終えたミサトは、自宅でシンジのことを待っていた。

「……でも、今日は帰ってこないわよね」

いや、ひょっとしたらもう帰ってこないかも。

すると突然、電話のベルが鳴った。

「ま、まさか?」

シンジか……、と思ってミサトが受話器を取ると……

「もしもし、ミサト?」

「なんだ、リツコか……」

電話の主は赤木リツコであった。

「何だとは失礼ね……せっかく人が色々手配してあげているのに」

「手配……って何のことよ?」

「アスカのことよ……明後日の午前9時から火葬場が取れたから」

突然の「火葬」という言葉に仰天するミサト。

「火葬って……どういうことよ?」

「どうもこうも……そのままよ。まさか土葬するわけにもいかないでしょ?」

「いやでも、ほら、段取りってのがあるじゃない。お通夜、お葬式ってさ……」

「シンジ君いないのに?」

「!……どうしてあんたがそんなこと知ってるのよ」

「最初の『なんだ』で大体そんなとこかなって思ったから、カマかけてみただけよ。で、監視はついて

るの?」

「ええ。でも手を出すなって言っておいたわ……自殺しようとしない限りはね、ってそんなことより本

気で明後日に火葬しちゃうわけ?」

「なんか今週は混んでるらしいのよね〜、そこしか時間作れなかったし。アスカの体が腐る前にって」

「……あんた世紀のマッドサイエンティストでしょ?そのくらいの薬作れないの?」

「……防腐剤って嫌いなのよ」

「またどうして……そうだったわね」

ふと水槽のことをミサトは思い出した。

「そんなわけだから、明後日の朝9時、第三新東京火葬場まで、ちゃんと支度してきてね!」

リツコは一方的にそう言うと、電話をきった。

「ちょ、リツコ?」

ミサトの声に答えはなかった……


そして、一日がすぎ、もう一日すぎた午前7時。

シンジは、食事もとらず、睡眠もとらず、ただひたすら歩き続けていた。

奇麗だった王子様の衣装も土埃で汚れて、本人の顔もやつれが見え、見ていられない格好をしていた。

そういえばあの後、劇はどうなったのだろう……

シンジはふとそのことを考えた、が、すぐに止めた。

「そんな事今更関係ないもんな……」

その呟きが終わると同時に、女性の声がシンジにかけられた。

「シンジ君……」

シンジは声のした方を向く。

「……マヤさん、一体どうしたんですか」

そうは言っているものの、シンジにとってどうでもよさそうなのは明らかだった。

マヤが言う。

「ね、シンジ君。話があるの」

「僕は別に話なんか聞きたくないんですけど」

シンジはそっけなく突っぱねる、が、マヤは続けた。

「アスカちゃんのことよ」

シンジはアスカ、と言う言葉に少し興味を引かれたが、

「……もう、どうでもいいでしょう?」

そう……どうせもうアスカは……

「アスカちゃん……今日火葬なの」

この言葉はシンジを豹変させた。

「火葬!?」

「ええ」

「そんな……今日?」

「ええ。それも朝の9時から」

「そんな……」

絶望のため息。アスカの死を今更ながら再確認させられて、これからアスカの体も無くなる……

落ち込むシンジにマヤは言った。

「ねぇ……灰になる前にアスカちゃんに会いたいでしょう?」

「!」

シンジは驚いた。まさかマヤがそんなことを言い出すなんて夢にも思っていなかったから。しかし、

「今更会ったって……」

アスカは動かない……そりゃベッドの上でもほとんど動いたりはしなかったけど。

動くアスカ、か……

初めて見た時は確か空母の上だった。気の強い、男みたいな女の子だと思った。

極めつけはあの台詞。「アンタ馬鹿ぁ!?」 正直、女王様みたいに強かった、いや、強く見えた。

それがアスカ流の背伸びだって気付いたのはすべてが終わってからだった。

独りになるのがいやだから、独りになるのが恐いから、みなの注目を集めていたかったんだ。

自分の弱いところは決して見せようとしなかった――幻滅されて、みなに離れられるのを恐れていたか

ら。

そう言えばキスもした。僕にとってはファースト・キス。唐突だったし、息苦しかったけど、それでも

僕は……。

『シンジ……』

『バカシンジ!』

『ねぇシンジ……』

シンジの脳裏の中で、たくさんのアスカの像が駆け巡る。その一つ一つを感じているうちにシンジは、

(やっぱり……もう一度アスカを見たい……アスカに会いたい。そうだ、逃げちゃだめだ。)

シンジの覚悟は決まった。

「あらざらむ この世の他の 思ひ出に 今一度の 逢ふこともがな」

シンジはふと、百人一首の和泉式部の和歌を口ずさんだ。歌の意味としてはこれから死んでいくだろう

自分、そんななか、この世での最後の思い出に、ただもう一度だけ、あなたに逢いたい……

「……?何か言った?」

マヤには聞き取れなかったのだろう。シンジは答える。

「別に何も……それより早く行きましょう。アスカに……会いに」

そう言って微笑むシンジ。最初、マヤはシンジのいきなりの変化に少し驚いたが、微笑んで、

「そうね。じゃぁ乗って」

と側に止めてあった車にシンジを乗せて、火葬場へとミサト顔負けのドライビングで突き進んで行った。


午前8時55分、マヤの車は第三新東京市火葬場の前に停車する。

シンジはマヤにろくにお礼も言わずに車を飛び出した。

車から出る時に、マントがドアに突っかかった、が勢いで破り捨て一目散に火葬場中へ駆け込んでいく。

中では既にミサトが、棺桶と共にシンジの事を待っていた。

ミサトはかなり腫れぼったい目をしていたが、シンジが気づくはずもなかった。彼の頭の中は、棺桶の

中身の事でいっぱいだった。

「来たわね……、シンジ君」

「アスカは……その中ですか」

「ええ」

「会っても……いいですよね。できれば、二人きりで……」

「ええ」

そう言うと、ミサトは外へ出ていった。

外に出てすぐ、ミサトはつぶやいた。

「わたしって……最低ね。こんな時だって言うのに……」

ミサトは言葉の一つもかけることのできなかった自分がつらかった。


それを見届けると、シンジは棺桶を開ける。

中では白い着物――死装束――に身をつつみ、顔にはうっすらと化粧――死化粧――をした、惣流・ア

スカ・ラングレーが横たわっていた。

鮮やかな赤い髪、紅のさした唇、そして白い着物は、アスカの美をより際立たせ、シンジは思わず見と

れていた。

「奇麗だ……」

シンジは一言そうつぶやくと、そのまま動かなかった。

しばらくして、シンジは口を開いた。

「やぁアスカ……来ちゃったよ……最初は……、会いたくなかったんだ。会ったらもっと悲しく、もっ

と辛くなっちゃうんじゃないかな、なんて思っててさ。でも、違った。ちょっとアスカのこと考えたら

すごく会いたいって思った。逃げちゃだめだって思った」

そう言うと、シンジはアスカの手を取る。冷たい。まるで血が通っていない。

今までは温かかった、いろいろな意味で温かかったアスカの手。

アスカが生きていることの証であった温かさ。

それが今、完全に失われている。

シンジの眼から涙が込み上げてくる。

ずっと我慢していた、アスカが死んだことを受け入れてなかった証が、少しずつ零れてくる。

シンジは声を出さずに泣いた。

そのまま、しばらくの時が過ぎる。

そして、シンジは再び口を開いた。

「ははは……何だか本当に『ロミオとジュリエット』の最後のシーンだね。僕はこれから、アスカが目

覚めるかどうかなんて知らないし、わからない。劇じゃないんだから目覚めはしないよね。でも、そん

なこと関係ないよ。僕は今、ずっとアスカと一緒にいたい。もう独りにはしないから、ずっと側に居る

から。これって傲慢かな。でも、傲慢で良いんじゃないかな。きっとロミオもそうだったんだろうし……」

そう言いおわると、シンジは顔をアスカの顔に近づけていき、唇と唇をあわせる……シンジにとって、

これはこの世でのお別れ、そして次代での再会を願う、思い出ののキス……、

その瞬間、シンジの目の前が真っ暗になった。

「あれっ……?」

と言うか言うまいかという瞬間に、シンジの意識が闇に飛ぶ。

そして、シンジはそのままアスカの上に倒れ込んだ……


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ver.-1.00 1997-08/22公開
ご意見・感想・誤字情報などは mayuki@mail2.dddd.ne.jp まで。


 yukiさんの『シンジとジュリエット』Part C、公開です。
 

 大事な人の”死”にまみえてのシンジの混乱。

 無い事と思いこもうとしたり、
 自暴自棄になったり、
 ・・・

 そのシンジがアスカの元へ・・・
 逃げなかったのか、
 いや、もっと危ない決意を持ったのか。
 

 ラストシーンと共に気になりますね・・
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 次回への期待を込めて、メールを書きましょう!


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