霧島マナは、疲れていた。
質問責めは、ホームルームだけでは済まなかったのだ。
休み時間のたびに何処から湧いてくるのか、入れ替わり立ち替わりやって来て
は、いろいろな質問をしていく男子生徒達。
ほおって置けば良さそうなものだが、マナの性格のためだろう、ついつい丁寧
に答えてしまう。
たまに、訳の分からない質問をしてくる奴もいたが、その辺のご一行様には、
アスカとレイが丁重にお帰り願っていた。
今頃、保健室のベッドで後悔してるかもしれない。
口は災いのもとである。
そんな事もあって、昼休みになったというのに、いまだ机に突っ伏していた。
「大変だったわね」
さもおかしそうにしたレイが、突っ伏しているマナに話しかける。
「え、はい、でも、ありがとう」
無礼な連中を追っ払ってくれたお礼だろう、丁寧に頭を下げる。
「あはは、良いのよあんな事」
「でも、助かりました」
「まあね、ああいう連中はガツンとやってやんなきゃ!!」
「くすっ、おもしろい人ですね・・・えっと」
「ああ、あたし、レイ、綾波レイだよ霧島さん」
「あ、マナで良いですよ綾波さん」
「じゃあ、あたしもレイで良いわよ」
「はい、じゃあレイさん」
「レイで良いのに・・・」
「ご免なさい、呼び捨てって苦手なんです」
「それじゃあ、あたしもマナさんって、呼んだ方が良いかな」
少し悪戯っぽく言う。
「あ、それは、マナでいいですから」
「えー、なんか狡いなそれって」
「す、すいません」
「冗談よ冗談」
「もうっ」
「あははははっ!!」
他愛のないお喋りをしているレイとマナ。
人懐っこいレイに好感を持ったのか、だいぶリラックスしているマナ。
しかしレイは、頭の中では別のことを考えているようだ。
『どうしたのかなアスカは、いつもなら真っ先に声をかけるのに』
『悪いモノでも食べたかな?』
どこか、今日のアスカは変だった。
レイと、バカ御一行様をお見送りする以外には、マナに近寄らないのだ。
おまけに授業中など、マナの方を惚けたような顔で見つめているのだ。
こういった行動は誤解を生んでしまうのに、特に彼女には。
『まさかっ!!』
レイの脳裏に、何やら危険な描写が浮かんでくる。
『でも、いくらなんでも、今日初対面なのに』
ブンブンと頭を振って妄想を止める。
『・・・もしかして、一目惚れ?・・・・・きゃー!!』
またもや突っ走る。
「あの、レイさん、レイさん」
目の前で、突然奇怪な行動を見せ始めたレイに怯えたように声をかけるマナ。
「だっ、駄目よ、私たちは・・・・・」
「あ、あの」
「・・・・・そうね、そんなこと関係ないわね」
「え、えーと」
「ああっ、禁断の・・・・・!!」
『ばきっ』
「はうっ!?」
「何やってんのよアンタは!!」
「う、うみぃ、アスカ」
「うみぃ、じゃないわよ。マナが怯えてるじゃない!!」
何となく、二人のお喋りの様子を見ていたアスカだが、何やらレイの様子が怪
しくなり始めたので、仕方なく止めに来たのだ。
決して、レイの妄想のような理由ではない。
しかし、もはや妄想の虜となってしまったレイにとって、アスカのこの行動は
『あたしのマナをいじめないで!!』そう言っているようにしか聞こえなかっ
た。
「や、やっぱり」
「な、何よいったい」
「ふふ、隠さなくてもいいわ、そういう事だったのね」
「だ、だから何なのよアンタは」
「心配いらないって、全てあたしに任せなさい!!」
「はあ?」
「ふふふふふっ、これから忙しくなるわね」
「あ、あの」
完全に取り残されてしまったマナが、恐る恐る声をかける。
「え、ああゴメンね」
「い、いえ、その」
「ああ、あたし、あたしは惣流アスカよ、アスカでいいわ、よろしくね」
「よろしく、アスカさん」
「い、いやーん」
レイが横から小声で呟いた。
彼女の頭の中は、既に誤解などと言うモノではなくなっていた。
『アスカさん・・・だって』
レイさん、と呼ばれたことなど勿論記憶から無くなっている。
『やっぱりアスカは・・・マナ・・・とか呼ぶのね』
自分だってそう言っただろうに。
「ちょっとレイ、何さっきからブツブツ言ってんのよ」
「え、ああ、何でもないよ」
「ホントに?」
「う、うん、別に変な事考えてた訳じゃないわよ」
「別にそんなこと言ってないけど?」
ちょっとジト目になっているアスカ。
「いや、その、あははははは」
「ふーん、でも、なんかさ、渚に似てたわよ今のアンタ」
「ええっ、それはまずいかもしんない」
楽しそうな二人をマナは、微笑ましそうに見ている。
「ふふ、仲がいいんですね、お二人は」
「え、そうかな?」
ちょっと照れたようになるアスカ。
『・・・・・嫉妬ね』
まだ妄想を捨てきれないレイ。
「アスカ、早くお弁当食べないと時間無くなるわよ」
暫く、三人の様子を端から眺めていたヒカリだが、ほっとくと昼休みが終わっ
てしまいそうなので、『いい雰囲気の所、悪いかな』等と思いながら、声をか
けた。
「え、ああ、そうね、じゃ、食べようか」
「マナも一緒に食べようよ」
「いいんですか?」
「勿論よ、一緒に食べましょ」
「はい」
仲間に入れてもらって嬉しそうなマナ。
四人は早速机をくっつけて、お弁当を広げた。
普段、アスカ、レイ、ヒカリの三人は、屋上でお昼にしている。
今日は時間がないので、教室で済ませるようだ。
四人とも、それぞれ個性的なお弁当である。
とにかく、量の多さで勝負のレイ。
和独米クォーターの割に、やたらと日本的な料理のアスカ。
こちらは、平均的な中身のヒカリ。
そして、中身はヒカリと変わらないが、一つ一つの完成度が高いマナ。
「うわー、マナのお弁当美味しそう!!」
「ホントね、それ自分で作ったの?」
「ええ、そうです」
「すごいじゃない、料理が上手なのね」
「アスカも見習ったら?」
「う、うっさいわね。アンタだって大して変わらないじゃない」
「それは酷いんじゃないアスカ」
「どーいう意味かしら、ヒカリ?」
「え、いや、その・・・・・」
二人の勢いに乗せられて、思わず余計なことを言ってしまった。
「ねえねえ、マナ、その卵焼きアタシのと交換しない?」
先程からマナの弁当に心を奪われていたレイは、物欲しそうに言った。
「ええ、いいですけど」
「ホントに、じゃあ・・・・・モグッ」
そういって、素早くマナの卵焼を口の中に入れる。
すごい早業である。
マナがちょっとひきつってたりする。
まあ、大体いつもこの調子で他人のおかずを奪っているのだが。
「お、美味しい!!」
陶酔したようになっている。
「へえ、そんなに美味しいの、アタシもいいかな?」
「いいですよ」
それを見て興味をそそられたのか、やはり物欲しそうにマナに頼んだ。
「どれどれ・・・・・モグモグ」
「おいしいでしょアスカ」
「・・・・・・」
マナの卵焼きを食べたとたん、俯いてしまうアスカ。
「アスカ?」
「あの、お口に合いませんでした?」
怪訝な顔のレイと、不安そうにしているマナ。
「え、いや、おいしいわよ・・・・・ただ、どっかで食べたことがあるような
・・・・・気がしたから」
何気ない一言だった。
レイもヒカリも『ふーん』という顔をしている。
だが、マナの瞳には一瞬だけだったが動揺の色が浮かんでいた。
それに気付く者はいなかったが。
「良かった、お口に合わないかと思いました」
刹那の動揺など感じさせない、ホッとした表情をしている。
「あ、ああ、ゴメンね、でもホントおいしかったわ」
まだ何か引っかかっている様だったが、マナに悪いと思ったのか明るい顔で応
えるアスカ。
「何度も言うようだけど、早くしないと時間無くなるわよ」
時計を見たヒカリが言う。
「後五分しかないじゃん」
「急ぐわよ!!」
「どうしよう」
「まったくもう」
それぞれの反応を見せ、後は黙々とお弁当を食べ始めた。
凄まじい勢いで、全てを食べきったレイとアスカ。
時間切れで、少し残してしまったヒカリとマナ。
こうして昼休みは終わった。
午後の授業。
相変わらずマナの方を惚けたように見ているアスカ。
霧島マナ。
優しい笑顔。
あいつと同じ笑顔。
アタシの大好きだった笑顔。
何であの娘に面影を感じるの?
もう忘れたいのに。
『ホントに?』
違うかもしれない。
『もう一度微笑んでもらいたいんでしょ、彼奴に』
うん。
でももう無理だよ、あんな事しちゃったんだから。
『そうかしら?』
そうよ、あんな事言っちゃったんだから。
『でも彼奴は、そう思ってないかもよ』
そんなわけ無いわ。
『でも、まだ謝ってないんでしょ』
だって許してくれるはず無いじゃない。
『だから謝らないの?』
・・・・・・。
『拒絶されるのが怖いの?』
・・・・・・。
「・・・カ・・・アスカ・・・?」
「な、なにヒカリ」
「どうしたのよ、ボーっとしちゃって。授業中よ」
「ゴ、ゴメン」
「具合でも悪いの?」
「大丈夫よ。ちょっと・・・考え事してただけだから」
「そう・・・・・」
ヒカリが心配そうにしている。
授業中、居眠りなどする事はよくあった。が、あんなふうに上の空になってい
るアスカは見たことがなかった。
『ふふふっ、見たわよアスカ。どうやらあなたの想いは本物の様ね』
そんなヒカリを余所に、あさってな事を考えているレイ。
またもや妄想が甦ってきたようだ。
ここまで来ると、もはや行動に移るのは時間の問題だった。
哀れアスカ、女の子とくっつけられてしまうのか。
放課後、部活に入っていない三人は、とっとと帰り支度を始める。
「レイ、帰るわよ!!」
「あー、待ってよアスカ。そうだ、マナも一緒に帰ろう」
「そうね、一緒に帰りましょう」
レイの行動は、最初のうち非常にさり気なく行われる。
特に今度の場合、相手がアスカということもあって、登下校を一緒にさせるな
どの方法が簡単に使える。
「ええ、ご一緒します」
マナは断らない。
そんなことは百も承知である。
授業中、アスカの様子を見てから、いろいろな作戦を練っていたのだ。
「さあさあ、帰ろうよ」
「ち、ちょっと、レイさん」
レイはマナの手を引っ張って、どんどんと先に行ってしまう。
『ふふ、追ってきなさいアスカ』
僅かでも相手を想っているなら、そこには必ず嫉妬が生まれる。
レイ独自の考え方だが、あながち的外れでもない。
「ちょっと待ちなさいよ、レイ!!」
『ほら来た』
内心してやったり、等と思っているレイ。
この手は、作戦初期に用いるモノとして、今までも非常に有効だったからであ
る。
だがこの場合は、思いっきりはずしていた。
「マナの帰る方向が同じかどうか分かってんの?」
「あ、し、しまった」
意外と穴が多い作戦だ。
焦りすぎたのかもしれない。
「ま、マナって、ど、どこに住んでるの」
かなり動揺しているレイ。
これで逆方向だったりしたら、完全に作戦失敗になってしまう。
「私ですか、○○○マンションという所ですけど」
「あれ、それってアタシの家と同じじゃない」
ところが、まるでお約束のような言葉をアスカとマナが言う。
「あら、それなら一緒に帰れるわね」
「そうそう、朝も一緒に来れるよね」
まるで、レイの為に用意されていたようなシナリオ。
『完璧だわ』
さっきまでの動揺はどこへやら。
意気揚々としているレイだった。
「霧島さん、今度お料理教えてくれない」
「ええ、いいですよ」
「レイ、明日はちゃんと起きてなさいよ」
「え、うん」
「ハンバーグは、やっぱり牛と豚の割合が・・・・・」
「なに、ボーッとしてるのよ」
「そうですね、牛肉だけだと堅くなっちゃうし」
「な、何でもないよ」
「それと、あまりいろいろ入れない方が・・・・・」
「またなんか変なこと考えてるの?」
「ああ、人参とかピーマンとか・・・・」
「ええ、好き嫌いのない人だったら」
「ち、違うよ、そう、ただ今日の夕飯何かなーって、ははっ」
「そうね、歯ごたえが変になっちゃうからね」
「あんた食い物のことしか考えられないの」
四人並んで歩いている。
レイは、配置にも気を使っていた。
何とかアスカをマナの隣にしようと思うのだが、当の本人があまりマナに話し
かけようとしない。おまけにヒカリが料理の話題を振るモノだから、レイもあ
まり近寄れないのだ。
『しょうがないわね、まあ今日は初日だから』
妥協する時はする、あまり強引に持っていっても上手くは行かないのだ。
その辺は心得ているレイ。
ゆっくりと自然に、そして気付いたときには後戻りできない。
それがレイの作戦の基本となっている。
一度はまったら抜け出せない。
蟻地獄のようなモノだ。
アスカとマナは、無事抜け出すことができるだろうか。
霧島マナ。
長かった転校初日は、こうして終わりをつげた。
葵さんの連載小説『妖精の憂鬱』第二話を公開します!
一人突っ走るレイちゃん・・・・
なんだか一寸おバカな感じが可愛いですね(^^)
アスカの小さな胸を悩ます”あいつ”を感じさせるマナ。
謎が謎を呼び、興味津々です。
果たしてマナと”あいつ”の関係は?
アスカは”あいつ”と再開できるんでしょうか?
再開できたとして、その時何が?
うーん、この先が待ち切れません!!
訪問者の皆さんも葵さんに感想メールを書いて執筆のパワーを送って下さいね!