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まずは前説を・・・。
今回のお話は、「異説エヴァ Just onemore Kiss」の設定をそのまま流用していて
ほとんど、直接の続編となっています。今作だけでもストーリーは分かると思いますが
お暇がありましたら、前作も併せて読んであげてください。
それでは、どうぞ。



異説エヴァンゲリオン
To Me,To You







「むぅ〜・・・・・」



ここは第3新東京市。

もうすぐ日付も変わるという深夜、とあるマンションの自室で、少女はボールペンをくわえながらうなっていた。

説明する必要も無いかもしれないが、アスカである。

彼女が、本来の目的で使用されたことがほとんど無い勉強机に向かってうなり始めてから、

もうすぐ小1時間が経とうとしていた。もちろん、たかが中学校の宿題程度に頭を悩ませているわけでは無い。

今アスカが抱えている問題は、学校の勉強なんかよりよほど難問で、しかも重要なものだった。

そう。彼女の同居人、碇シンジの誕生日がもう目の前にせまっているのだ。


「むぅ〜・・・・・・・・エプロンは去年のクリスマスの時にあげちゃったから、バツ・・・・っと」

ぶつぶつ言いながら目の前に広げたノートに書いた、[エプロン]の文字に×印を付けるアスカ。

他にも、[洋服]、[靴]、[S・DAT]等など、たくさんの単語に、アスカなりの理由があって×印 がつけられていた。

ちなみに、一生懸命頑張った漢字の書き取りの甲斐あって、その字はずいぶんと上手になっている。


「ハァ〜・・・・新しいチェロでも買ってあげたら、シンジのやつ喜ぶかなぁ〜・・・・。ミサトのカード使って 買っちゃおうか・・・・」

ここにミサトが居たら、きっと半狂乱になりながら怒鳴っていただろう。まぁそもそも、高級な乗用車と

ほぼ同額の楽器など、ミサトごときのクレジットカードでは買えるわけはないので、安心ではあるが。


PiPi

日付が変わり、アスカ愛用の腕時計が、テーブルの上でXデーにまた一日近づいたことを告げている。

「・・・う〜ん、何も思い付かないわ・・・・・。明日ヒカリにも相談してみるとして、今日はもう寝よっと」

1時間以上悩んだが、頭の上に豆電球は点らず、アスカは可愛いアクビを1つしながら、 ゴソゴソとベッドに潜り込むのだった。












「おはよう! アスカ!」

「あ、ヒカリ、おはよー・・・・・・・」

いつも通りの朝の教室で、元気な挨拶をする委員長、ヒカリ。

しかし、それに答えるアスカはいつもより声のトーンが若干低い。

「どうしたの? アスカ。なんか元気無いみたいだけど」

「ん? うん、昨日は考え事があってあんまり寝てなくてさぁ」

アスカが、カバンの中身を机にしまいながら答える。

「それでさ・・・・・ちょっとヒカリに相談があるんだけど」

そう言いながらアスカが流した横目の先では、シンジが、これまたいつも通りトウジ、ケンスケ

とくっついて、三バカトリオになっていた。

「相談? 何?」

「うん・・・・・・あ、あのさ・・・・・・ヒカリ」

ヒカリは、この時点で相談事の内容の、半分は想像が付いていた。アスカがこんな風に言いよどんだときは

少なくとも今までは100%シンジ絡みだったのだから。

「えっとさ・・・・・・・・・・・その〜・・・・・・・・・鈴原の誕生日、ヒカリ何あげた?」

上目づかいで、アスカがボソボソと尋ねたその質問は、ヒカリの頭に?マークをダースで生んだ。

「は??」

「だ、だからぁ、鈴原の誕生日プレゼント、何あげたの?」

アスカはズイッ、と身を乗り出し、その分ヒカリが引く。

「な、な、なによ、突然。私に相談があるんじゃないの?」

「う、うん。そうなんだけどさ・・・」

「それでなんで鈴原の誕生日が・・・・・・あ!」

ピンときたヒカリ、さすがに頭の回転が速い。

「はっは〜ん・・・・」

ヒカリは楽しそうにアスカに詰め寄り、アスカはちょっと引く。

「な、なによヒカリ、アタシはただシンジのプレゼントがなかなか決まらなくて

それでヒカリに相談しようと思って・・・・・・・・・あ・・・・・」

弁解の言葉を追いかけるようにして、みるみる赤くなっていくアスカの顔。

「・・・・・・へぇ〜。なるほど、そういうわけだったんだ」

今度はヒカリが身を乗り出す番だった。

「べ、べ、別に深い意味はないわよ。ただ、シンジはアタシの同居人だし、エヴァのパイロット同士でも

あるわけだし毎日お弁当作らせてもいるしどうせ誰からも誕生日プレゼントなんか 貰えるハズないし・・・・・・」

引きながら、あせりながら、どもりながら、顔を真っ赤にしながらするアスカのフォローを

楽しそうに聞いているヒカリだったが、こらえきれずにクスクスと笑いながらそれを遮った。

「分かったわよ、アスカ」

「そ、それで、鈴原に何あげたのよ?」

「えっとね、それは―――」

「うんうん」


ガラッ


教室のとびらを開け、初老の担任教師がやって来たのは、その時だった。あちこちで集まって

楽しそうにお喋りをしていた生徒達が、わらわらと自分の席に戻っていく。

「あ、先生来ちゃったね。続きはお昼休みにでもゆっくりしようよ」

「う〜〜、しょうがないわね・・・・・・・」







「ジャージ」

「へ?」

退屈な授業も終わって昼休み。アスカはヒカリを誘って屋上に来ていた。

「だから、鈴原がね、ずっと欲しいって言ってたから、ジャージを買ってあげたの」

「あ・・・・・そ・・・・」

ヒカリには悪いが、ちっとも参考にならなかった。

アスカは、プレゼントは自分で考えることにした。そのかわりに、密かに考えていたもう1つの

ある計画を話してみることにした。その計画とは―――――

「あのさ、アタシにケ、ケーキの作り方、教えてくれない?」

「ケーキ?」

「ご、誤解しないでよ。シンジのやつアタシが料理なんかできないって思い込んでるしそれに・・・」

「ハイハイ、わかったわかった」

ヒカリは笑いをこらえながら、アスカのフォローを制止する。

「つまりアスカは、「ケーキくらい作れるんだから」っていう所を見せるのに良い機会だから、碇君の

バースデーケーキを作ってあげたいと、そういうわけなんでしょ?」

「ま、まぁ、そうね、その通り。さすがヒカリねっ」

胸を張って答えるアスカ。彼女を1番上手にあつかうことが出来るのは、上司であるミサトでもなく

もちろんシンジでもなく、文句無しに、ヒカリだろう・・・・・

「それじゃあとりあえず、明日、うちからケーキの本を持ってくるから、それを見ながら相談しましょう」

こうして、アスカの計画は一歩前進したのだった。





”これで残るはプレゼントだけね”

家に帰ってきたアスカは、自分専用にボトルキープしてある牛乳をラッパ飲みしつつ、ぼんやりと考えていた。

シンジは、トウジ、ケンスケ達とゲームセンターにでも寄っているのだろう、まだ帰ってきていなかった。

「あれ?」

牛乳を冷蔵庫にしまって、リビングに入ってきたアスカは、テーブルの上に目が止まった。

一冊の雑誌が開かれたままで置いてあった。若者向けのファッション誌のようである。

自分は買った覚えがないし、ミサトがわざわざ買って読むような雑誌でもない。

「シンジのかしら。珍しいわね」

彼が、こんな本を読むことも、読んでそのままにしてあることも、である。

「アイツもちょっとはオシャレに目覚めたのかな。だったら良いけどね」

そんな独り言をぼやきながら、開かれたページを覗き込んでみた。そこには、真っ白い、奇麗な

ペアウォッチがデカデカと載っている。これには、アスカも何となく見覚えがあった。

前に見たテレビの特集では、「最近、若者を中心にはやりつつある腕時計」ということだった。

そういえばその番組も、シンジはなぜか熱心に見ていたような気がする。

「シンジのやつ、これが欲しいのかしら・・・・アイツにしてはまぁまぁ良いシュミね」

アスカもこの時計は気に入った。斬新だがシンプルなデザイン、奇麗な色使い。そしてなにより、これはペアウォッチ!

「うん。これに決めた」

そう言って最後に値段を見てみる。

[20000円]

となっていた。アスカはさっそくカバンからサイフを取り出すと、中を確かめるが 残金は10000円ちょっと。半分ほど足りない。

”う〜〜ん、どうしよう・・・”

約3秒ほど悩んだが

「どうもこうもないわね。保護者なんてのは、こんな時のために居るんだからっ」

速攻で結論がでた。





所変わって、ここはネルフ本部の簡易休憩所。

そこで葛城ミサトはホットコーヒーをすすりつつ、先ほどから鳴り続けている自分の携帯電話の呼び出し音を聞いていた。

非常用ではなく、一般回線の呼び出しである。予想される相手は、少々遅れているローンの催促、

行こう行こうと思いながらも、中々足が向かない酒屋のツケ。その催促。

先日出したクリーニングの代金の支払い。まぁ、そんなトコだろう。どっちにしろ、そんなことで

せっかくの休憩時間を台無しにされてたまるか、と先ほどからシカトを決め込んでいたミサトだったが

その呼び出しのしつこさに根負けして、ノロノロと受話ボタンを押した。

「もしもし?」

「あ、やっと出た。ミサト?」

しつこい電話の主は、ローン会社でも酒屋の主人でもクリーニング屋でもなく、アスカだった。

「あら、アスカ。珍しいわね、どしたの?」

「ミサトに折り入って相談・・・・っていうか、頼みがあるの」

「何よ、あらたまっちゃって」

「何も言わずに10000円貸してっ」

「へっ?」

「だから、お金貸して! 10000円!!」

結局アスカは、その使い道を洗いざらい白状させられて、さらに向こう1ヶ月食事当番を代わる、

という条件でミサトから10000円をせしめた。もっともそんな当番制など、あって無きがごとしなのだが・・・

ちなみに、ミサトの当番がアスカに変わるということは、それはそのまま強制的にシンジにスライドすると言ってもいいだろう。

結局は、ほとんど変化無し、ということである。

「じゃあ、今日は早く帰れそうだから、夜にでも・・・」

「今から行くっ!」

「ちょ、ちょっと待ちなさいアスカ。もしもしアスカ?・・・・・おーい・・・・・・・」

ミサトの言葉など聞いていないかのように(って言うか、聞いてない)アスカは怒鳴ると、電話を切ってしまった。

ミサトは、しょうがないので携帯電話をしまい、ぶつぶつ言いながらキャッシュディスペンサーへと歩いていった。






そしてついにやって来たXデー。

プレゼントはすでに用意済みである。

アスカは、ヒカリが書いて渡してくれたレシピを手に、キッチンに立っていた。

ヒカリが一緒に居てくれれば心強かったのだが、あいにく用事ができてしまって、ここには彼女1人である。

「え〜と何々?」

彼女が書いたそのレシピは、「バター70g」、「ゼラチン5g(大さじ2杯の水でふやかす)」・・・・などと、

非常に細かく丁寧に、しかもわかりやすく書かれていた。

白く長い人差し指を、整った顎に当てながらそれを読んでいくうちに、アスカは、これなら

1人でも大丈夫かもね、という気になっていた。

実際ケーキ作りというのはさほど難しい作業ではない。もちろん、プロの様に、というわけにはいかないが、

直火を使うこともほとんどなく、材料を焦がす、吹きこぼすなどの、ありがちな失敗の心配があまり無い。

ちゃんとしたテキスト通りに作れば、誰でもそこそこの味にすることができるのだ。

包丁で材料を切り刻み、醤油やミリン、ダシ等で

一から味を作っていく料理よりは、よほど簡単に、美味しく作れるだろう。

さて、あらかじめスーパーで買い揃えておいた材料を並べ、さっそくアスカは作業を開始した。

「まずは下準備ね・・・・・・・生卵1/2、バニラオイル小サジ1杯、

砂糖25gをボールに入れてよく混ぜ合わせる、これを@として憶えてね・・・・・か。ふむふむ」

書かれている通りの分量をキチッと量り、しゃかしゃかと混ぜ合わせながらアスカは、

前にシンジが言っていたことを思い出していた。




「アンタって料理してる時、ほんとに楽しそうよねぇ〜。面倒くさいくないの?」

フライパンの上に、奇麗に伸ばされた卵を、パタパタと器用に折りたたんでいくシンジのことを眺めながらアスカが言う。

「うん。確かに面倒だと思うときもあるけど、僕が作った料理を、いつもアスカやミサトさんは

美味しそうに食べてくれるだろ。その時のことを考えながら作ると、凄く楽しいよ」

菜箸を動かしながら、そう言ってニコッと笑ったシンジが、とても印象的だった。




今、自分が一生懸命作っているケーキを、シンジが美味しそうに食べるシーンを想像すると、ついつい顔がほころんでしまう。

”なるほど・・・・・・シンジの言ってたこと、ちょっとわかった気がする・・・・・・”

どんな料理をする場合でも、それは大切なスパイスなのだ。

「さてと、次は」

ケーキ作りはさらに続いていった・・・・







「ふぅ〜、ケーキ作りって、結構疲れるのね〜」

作業は今の所順調に約半分くらいのところまできていた。

こねあわせ終わった生地を冷蔵庫にほうり込みながら、アスカはつぶやいた。

薄力粉で真っ白になった手を洗いながらレシピを読むアスカ。

[粉末アーモンド65g、バター35g、砂糖60g、生卵1個、ブランデーを混ぜ合わせる]と、ある。

「あれ?」

レシピには、混ぜる順番まで丁寧に書かれているのに、ブランデーの分量だけが書かれていなかった。

「う〜ん、あのヒカリが書き忘れるとは思えないし・・・・・・・・・・・適当で良いってことよね」

そして・・・・・・・


どぼどぼどぼどぼ・・・・・・・・ボールに注がれていくブランデー。

「・・・・・こんなもんね」

材料が、完全に琥珀色の海に水没したのを見て、アスカは満足そうに、「うんうん」とうなづいた。

―――その後、混ぜ合わせたアーモンドクリームを生地に乗せてオーブンで焼く、苺を並べて、

ソースゼリーを上から塗る。行程を1つ1つクリアして、「苺のタルト」は、見事完成した。

何度か失敗しつつも、チョコレートボードにホワイトチョコで

「HAPPY BIRTHDAY」の文字も書けたし、後は冷蔵庫でしばらく冷やすだけだ。

見た目も色鮮やかで、とても美味しそうである。

アスカは正に感無量といった感じ。最後に作った苺のソースゼリーが、ボールの中に少し残っていたので

それを1口食べてみる。

「うん! これならシンジも文句のつけようがないわっ! ヒカリ、どうもありがと」

アスカは満足そうに笑みを浮かべながら親友にお礼を言うと、タルトを大事に冷蔵庫にしまい込んだ。

戦場のようになったキッチンの後始末は、もちろん葛城家の主夫の仕事である・・・・。





「ただいま〜」

玄関からシンジの声が聞こえてきたのは、それから30分ほど経ってからだった。

”帰ってきたっ”

アスカははやる気持ちを抑え、一呼吸おいてから、自分の部屋を出た。

「おかえり」

「あ、アスカ、ただいま・・・・・・って・・・・・・何? これ」

シンジはキッチンを見て絶句した。壁にまで飛び散った粉、積み重ねられたボール、ごみ箱に入りきらずに

その周りにまであふれているゴミ。そんな、まるで台風でも通り過ぎたかの様なキッチンを見て。

「ア、アスカ、何やったの・・?」

「アンタばかぁ? 台所ですることっていったら料理に決まってるじゃない」

「へ? りょ、料理?」

「い、いいからアンタはさっさとここ片付けなさいっ」

「な、なんで僕がやらなきゃいけないのさ」

「なんでもよ! さっさとかたずける!」

伝家の宝刀炸裂である。

自分の鼻先3cmの所に人差し指を突き付けるアスカに

もちろんシンジが逆らえるはずも無く、ぶつぶつ言いながらも片付けを始めた。

そして約30分後。

さすがは葛城家の主夫である。手慣れたもので、あれほど凄まじかったキッチンは奇麗に片付いていた。

「ふぅ〜、やっと終わった」

「ごくろうさん。ところでアンタ、汗臭いわよ、シャワーでも浴びてきなさいよ」

「え、そ、そうかな・・」

シンジは自分の腕の匂いをクンクンと嗅ぐ。

「まったく、レディの前で恥ずかしくないわけ?」

”どこにレディが居るんだよ”

などと言おうものなら、何をされるか分かったものじゃ無いので、

と言うか、充分すぎるほど分かっているので言わずに席を立った。

やがてバスルームからシャワーが流れる音が聞こえてくると、アスカもいそいそと席を立つのだった。





いかにシャワーで体を流しただけとは言え、カラスの行水の方がよっぽど長いかもしれない。

シンジが風呂場に行ってる間に出来たことは、ケーキとプレゼントの用意、 それに2つのコップにジュースをつぐので精一杯だった。

「ふぅ〜、さっぱりし・・・・・」

シンジはリビングの入り口のところで立ち尽くしてしまった。

「じゃ〜ん! 今日はアンタの誕生日でしょ。どうせ誰も祝ってなんかくれないと思って、用意してやったわよ。

そんな所でボケッとつっ立ってないで、早くこっち来て座んなさいよ」

「うん・・・」

人間、本当に驚いたときはリアクションが出ないものである。 シンジはアスカに促がされるままに、テーブルについた。

そして、その上に、デン、と置かれたケーキを見てみる。

[happybirthday Sinji]とある。

「これ、アスカが作ったの・・」

「そうよっ」

得意げに答えるアスカ。

「わざわざ僕の為に・・・?

「そうよっ・・・・・・って、なななな何言わせんのよ!

アンタはアタシが料理なんて出来ないって思い込んでるみたいだし今日はシンジの誕生日だしプレゼントだけじゃ弱いし」

意味不明。

「もう! そんなことどうでもいいでしょ。はい、これ持って!」

シンジの手に握らせたグラスに、どぼどぼとジュースを注いでいく。

「ハイ、誕生日おめでと」

アスカの、そっけない祝いの言葉と、グラスがぶつかる澄んだ音。

シンジはやっと先ほどの、修羅場なキッチンの意味が分かった。と同時にやっと実感が湧いてきた。

「ありがとう、アスカ。わざわざこんな・・・・」

「まったく、感謝しなさいよね。このアタシに祝ってもらえるんだから」

「う、うん。本当に嬉しいよ」

「ま、いいわ。さっそく食べましょ。」

アスカは、切り分けたケーキを皿に乗せてシンジに渡した。

「うん、じゃあ、いただきます」

パクッ。

一口食べた感想は・・・・・

”酒臭い・・・・”

―――テーブルの向こう側では、アスカが真剣な眼差しでこちらを見ている。

「・・・・・・」

「ど、どうなのよ? ウマイとかマズイとか言いなさいよ」(ドキドキ)

「おいしいよ、アスカ。どうもありがとう」

実際、味自体は悪くない。甘さがかなり押さえられていたが、甘党ではないシンジには、これくらいがちょうど良かった。

ただ、ブランデーの匂いがかなりきついのだ。

ミサトあたりには、かなり喜ばれるかもしれないが、まだ中学生のシンジは

そのむせかえるような匂いを楽しむことは出来ないようだ。

「ま、まぁ、当然よね。なんたってこのアタシが作ったんだから。アタシだってちょっと本気出したら

これくらい、簡単に作れるんだから」

「うん、本当に驚いたよ」

そう言ってシンジはニッコリと微笑った。

”料理ってのも悪くないかもね”

それは、アスカにそんなことを思わせるような笑顔だった。

「それとこれ・・・・・」

ぶっきらぼうに手渡された物は、奇麗に包装された小包だった。

「アスカ、これって・・・」

「み、見ればわかるでしょっ」

そっぽを向きながら答えるアスカ。

「どうもありがとうアスカ。凄く嬉しいよ。あの、開けてもいいかな?」

横目でチラッと見ると、シンジが本当に嬉しそうにこちらを見ている。

「ど、どーぞっ」

その言葉で、ガサガサと包みを開けてみると、中からは真っ白い箱。

「あっ!」

商品名のロゴがクレジットされていたので、シンジにはそれが何なのか、すぐに分かった。

「うわぁ、これ欲しかったんだ、ありがとう。でも、高かったんじゃない?」

「そんなこと気にするもんじゃないわよ。それより、つけてみなさいよ」

「うん」

シンジは、時計を腕に巻いてみた。

「ど、どうかな・・・」

「良いんじゃない、思ったよりは似合ってるわよ。大事にしなさいよね」

「も、もちろんだよ! それでさ・・・・あの、これって、女の子用に同じデザインのがセットになってるんだ。

だから、その・・・・もし良かったらでいいんだけど・・・・アスカも付けてくれないかな・・・・なんて・・・」

アスカがプレゼントにこれを選んだ理由、それはシンジが欲しがっていたらしいから。

もちろんそれが最大の理由だが、この時計がペアウォッチだということ。それも大きな魅力だったからだ。

だから、シンジのその頼みを断る理由など、どこにも無い。

「しょうがないわねぇ・・・そんなに言うんだったら・・・」

だが、



・・・ックン・・・・


”なんか、熱っぽいな・・・・”

ついさっきまでは何ともなかったのだが、シンジは自分の頭と体が、次第に熱くなってくるのを感じていた。

そしてそれは意識したとたん、更に加速し始める。

「・・・・付けてあげるわっ」

シンジは、さもしょうがなさそうに、でも、弾むような口調のアスカの言葉も、耳に入らず

頬を赤くした彼女の顔も見てはいなかった。

「うっ・・・・」

ついにこらえきれずにうめき声をあげながらテーブルに肘をついてこめかみを押さえるシンジ。

「シンジ?」

何だか様子のおかしいシンジに気づいて、アスカが声を掛けた。

「ぐっ・・・だ、大丈夫・・・・・・何でもないよ・・・・・・」

シンジはそう言うが、手に持ったプレゼントは、コトンという小さな音と共にテーブルに滑り落ちる。

”これはただ事じゃない”

「シンジ、どうしたの?!」

ドクン!




「クッ・・・・・・・・・・アァァァァァァ!!!」

「ちょっと!! 大丈夫っ!? ねぇシンジ! ねぇってば!!」

テーブルに突っ伏して、頭を抱えもがくシンジに、椅子を跳ね飛ばして駆け寄るアスカ。

”どうしようどうしよう! シンジが! シンジがっ!!”

気が動転しながらも、シンジの手をぎゅっと握る。額には脂汗が浮かび、手の震えがアスカにまで伝わってきた。

シンジはアスカの叫び声を遠くに聞きながら、自分の脳みそが沸騰しているような気分になっていた。

「シンジ! シンジ! シンジ!」

と、その時――

ドクン!!

シンジの中で、何かが弾けた。急激に冷めていく自分の体。

「ふうぅ〜〜・・・」

深く息をはきながらゆっくり体を起こしていく。

「シ、シンジ? 大丈夫なの?」

「よう・・・アスカ。心配ねぇよ」

自分の肩に置かれたアスカの手を取りながら、アスカに顔を向けるシンジ。

それは普段より、さらに線が細く繊細に見えたが、凛としていて、柔和な印象はまったく無い。

そして、ちょっと笑ってウインクを1つ。

”あ・・・・・・・・・・・”

そんなシンジを見て、瞬時にアスカは何が起きたのか理解した。

ケーキに入れたブランデーが”効いた”のだ。

「なんだよ、そんなに心配だったか? 」

シンジは軽い口調でそう言いながら、アスカの目尻に溜まった涙をスッと拭った。

アスカの頭の中に、この間の出来事がフラッシュバックする。結局シンジが聞くことはなかったが

ケージで打ち明けたシンジへの気持ち。そして、シンジの自分に対する気持ち。

「シ、シンジ、あの・・・・・・・し、心配した・・・・・・・・・」

自分の手に、シンジの掌の温もりを感じながら、アスカは気が動転しまくっている。

「悪かったな。さっ、誕生日の続きをしてくれよ」

そう言いながらおどけて微笑むシンジを、アスカは暫しの間、ポーッとして見ていたが、

「あっ・・」

シンジは箱の中に入っていた腕時計を出し、手に取ると、黙ってアスカの腕につけた。

「ありがとうアスカ。大事に使わせてもらうぜ」

そう言ってシンジは、アスカの肩をグッと引き寄せた。

「あっ・・・・・・・!」

「一生・・・・・・・大事にするからな・・・・・・・約束する」

シンジのその言葉に、何かを感じ取ったのだろうか。アスカはシンジの肩に頭を乗せると目を閉じた。

「・・・・・・・・・うん・・・・」

午後の陽だまりは、時間の流れをゆっくりにする力があるのかも知れない。

ゆっくりと、シンジの唇がアスカに近づいていき―――



「眠っちまったのか」

ブランデーが効いたのか、それともシンジの腕の中が安心できるのか、アスカは静かな寝息をたてていた。

「もう1つのプレゼントは、おあずけ・・・・・か」

シンジは、優しくアスカの髪をなでながらつぶやいた。何度も何度も、アスカの髪に手を滑らせる。

自らも眠りの縁に立っていることを感じながら・・・・・・・・・・













肩のあたりに、かすかな重みを感じてシンジは目を覚ました。







ピシッ!!!





―――――と同時に、凍った。




自分の肩に頭を乗せて、あどけない顔をしてアスカが眠っていたのだ。

「なっ・・・・・・・・え? え? え?」

”落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け落ち着け・・・・・・・落ち着けってば!”

指一本動かせないままで、何が起こったのか考えるシンジ。

―――必死に考え、思い出そうとするのだが、アスカが作ってくれたケーキを食べたあたりからの記憶がさっぱり無い。

”そう言えば・・・・・・”

ふと、シンジはついこの間も同じようなことがあったことを思い出した。

”あれは確か・・・・ペンペンと2人でビールを飲んだときだっけ・・・・・”

そして今回は多量のブランデー入りケーキを食べて―――。そこまで考えてシンジは

もう一つ、ある事を思い出す。自分の保護者が、たまに限界を超えて酒を飲むと翌日どうなるかを・・・

”もしかして・・・・”

〜あんなに騒いでたのに、憶えてないんですか〜

そう言って、こめかみを押さえているミサトに水を差し出す自分・・・・。

「あのブランデーで酔っ払っちゃったんだ・・・・」

シンジが辿り着いたその結論は、まぁ間違ってはいないだろう。

「う・・・・・ん・・・・・・」

無意識につぶやいたその独り言と、先ほどからずっとアスカの肩を抱いている手に思わず力が

入ってしまったせいで、眠り姫は微かな寝言と共に身をよじる。

シンジは今の状況を再認識するが、アスカの肩を抱いた手も、ぴったりと寄り添った身も

吸い付いた磁石のように、動かすことができなかった。静かに首だけを巡らせて

改めてアスカの寝顔を覗き込んでみる。差し込む西日が茜色の髪に淡く溶け込み、

柔らかく微笑んでいるその寝顔までも、染め上げていく。

それは、シンジだけが見ることのできるアスカだった。







そして彼女は、今までで一番優しく安らげる眠りの中から、見ていた夢と繋がったままで目覚める。

”あ・・・・アタシ、眠っちゃってたんだ・・・・・・・・・・・”

アスカはまだハッキリしない頭のままで、ゆっくりと目を開きシンジの顔をそっと見る。

強く鮮やかな夕日が、彼の黒髪を茶色く変える中、穏やかな瞳がこちらを見つめていた。

それはアスカだけが見ることのできるシンジだった。

「あ・・・・・・・・ア、アスカ・・・・・・・・あの・・・・・・・・・・・」

「・・・・好きだよ、シンジ」

こんなにも素直に、アッサリと自分の気持ちを言葉に出せることに驚きながらもそれをとても嬉しく思う。

アスカは頬を赤く染め、仔猫のようにシンジに身を寄せて目を閉じた。

元々先に繋ぐ言葉など何も考えてなかったシンジは、アスカのその一言でさらに何も考えられなくなっってしまった。

”好きだよ、シンジ”

その言葉が、壊れたレコードの様に、何度も何度も頭の中で繰り返される。そして―――

「あの・・・・・・・僕もア、アスカのこと・・・・・・・・・す、好きだよ・・・・・・・」

”何がどうなってるんだろう・・・・・・”

そしてアスカは藍の瞳を隠したまま、顔をこちらに向けた。

いかにシンジがにぶちんでも、このシチュエーションが何を意味するものなのかも、

アスカが何を待っているのかも即座に分かった。

雷のように打つ自分の鼓動と、時計の秒針をやけにうるさく感じながら、シンジは目を閉じた・・・・・・

アスカは大きな喜びと緊張と共に、ずっと夢に思い描き待ち望んだシーンに居た。

しかし・・・・・・・

何かが、頭の隅に引っかかっている。

”僕もアスカのこと、好きだよ・・・・・・”

そう、それは世界でただ1人、シンジだけが使えるマジックワード。

”僕も、アスカのこと・・・・”

”僕も”





パチッ

すっかり夕日に彩られたリビングルームで2人の唇が重なるその寸前、アスカは目を開けた。

「シンジ?」

ビクッ

アスカのその問いかけで、シンジも目を開いた。

「な、何? アスカ」

「ア、アンタ・・・・・・・・・・・・・・・・・”シンジ”?」

「へっ? 何言ってんのさ、アスカ・・・・・・・」

「・・・・・・・・・・・・・・・・・・」

”アタシが寝てる間に元に戻ったんだ・・・・・・・・・・・・・・・え?

―――ってことは・・・・・・・・・・あっ!”

ちなみに今も、アスカの肩はシンジに抱かれ、まばたきの音まで聞こえそうなほどの距離には

シンジの、ポカンとした顔がある。








「きっ・・・・・・・・・・・・・・・・・・・きゃああああああああああああああああ!!!!」

アスカは、シンジの耳元で壮絶にシャウトをすると、そのまま自分の部屋へと駆け込んでいってしまった。



”言っちゃった言っちゃった言っちゃった言っちゃった言っちゃった”

心臓が口から飛びでそうとは、こういうことを言うのだろう。

一方、1人取り残されてまだ状況が良く分かっていないシンジだったが、

記憶が抜け落ちている数時間の間に、自分が何かしてしまったのでは? とだけは分かる。

”と、とりあえずアスカに謝らなきゃ”

こういう結論に至るところがシンジらしい。

アスカの部屋の前まで来たシンジは、少し逡巡してから声をかけた。

「ア、アスカ、あの・・・・僕酔っちゃってたみたいで・・・その・・・・・ごめん・・・・・僕、アスカに

何かした・・・・・かな」

した、と言えばしたし、しなかった、と言えばしなかった。

アスカは、シンジの言葉を聞いて、不思議と落ち着くことができた。

そして、持ち前のプラス思考に切り替える。考えてみればこれはチャンスである。

”アタシはシンジのことが好き。シンジもアタシのことが好き・・・”




脆い自分を、気高いプライドと激しさで覆い隠してきた少女、アスカ。

それを崩し、自分の中に入ってきた少年の名は、シンジ。

嫉妬したことも、憎んだことさえもあったが、

その度にアスカの中で、少年の立ち位置は変わり、いつしか常に胸の奥深いところに住むようになり、

そして、自身にも等しい存在となっていった。





「シンジ」

ぴったりと閉じられたふすまの向こう側からアスカの声がした。気のせいか、心持ち緊張しているように聞こえる。

「な、何?」

「さっきアタシに言ったこと、本当?」

「さっきって・・・・あ」

”アスカのこと、好きだよ”

「・・・・・・」

「ど、どうなのよっ」

「うん・・・・・・嘘なんか言わないよ。本当だよ・・・・・・・・・」

「じゃ、じゃあもう一度ここで言って」

「え、えぇ!?」

フスマに隔たれたせいでお互いの顔は見えないが、シンジが今どんな顔をしているのか、 アスカには容易に想像できた。

「どうしたのよ、やっぱり嘘なの?」

「う、嘘じゃないよ! アスカのこと好きだよ! あ・・・・・・・あの、アスカはその、迷惑かもしれないけど」




シンジは生まれつき不器用な人間だ。それは自他共に認めている。

けれど、自分の心を隠して生きるのと、正直に生きるのを決めることができる、

それだけの器用ささえあれば、それで充分ではないだろうか。

それは、とても大事なことなのだから。





ガラッ!!

「うわ!」 いきなりフスマが開き、シンジの目の前にアスカが表れた。

うつむいているが、その顔が真っ赤になっていることだけは分かる。

それを見たシンジは

”うわ・・・・・・・怒ってる・・・・・・・”

―――と、思ったのだが。

「アンタ、さっきアタシが言った言葉、聞いてなかったの?」

「え?」

「迷惑なわけないでしょ。ア、アタシだって嘘なんて言わないわよ」

「ア、アスカ・・・それってつまり、その・・・」

アスカは口をパクパクさせているシンジのわきをすりぬけて、スタスタと歩いていく。

「さっ、誕生日の続きやるわよっ。アンタ、途中から何も憶えてないんでしょ」




2人はリビングに戻ってきてテーブルについた。

「まずはその腕時計を外しなさい」

「う、うん」

シンジが外した時計を受け取ったアスカは、自分がしていた腕時計も外して、恥ずかしそうに言った。

「シ、シンジ、誕生日おめでとう」

「あ、ありがとう」

「腕貸しなさいよ」

その言葉で、差し出されたシンジの手首に腕時計を巻くアスカ。

「どうもありがとうアスカ。ずっと大切ににするよ」

シンジは、その真っ白い時計をソッと撫で、ニコッと笑った。

「と、とーぜんよっ! このアタシがあげたプレゼントなんだから! 無くしたりするんじゃないわよっ」

自分の時計もはめ直そうとするアスカ。それを、シンジがやんわりと遮った。

「あの・・・・・ぼ、僕につけさせてくれないかな?」

照れくさそうに言うシンジ。

「そ、そういうのは何も言わずにするものなのよっ」

アスカが、時計と左腕をシンジの前に差し出しながら、キツく言い放ったのが

照れ隠しなのは言うまでもない。

「そ、そっか。これからは気を付けるよ」






好きな人をいつも側で見ていたい。誰よりも一緒にいたい。

その想いの分だけ、相手との距離を縮めるのだろう。

回り道をした時間、重ねて来た時間が無駄になることは、決して無い。

それは、想いを繋ぎ止める鎖となるのだから。






たどたどしい手つきで腕時計を巻くシンジと、微笑みながらそれを見つめるアスカ。

”今は腕時計だけど、いつかきっと・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・ね、シンジ”


















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ver-1.00 1998+09/22公開
ご意見、感想などは こちらまで!

ども、鈴木です。

お久しぶりの「異説エヴァ」でしたね。いかがでしたか?

先にも書きましたが、今回のお話は例外的に、昨年末に発表した「Just onemore Kiss」
と直接の連作となっています。自分では、ちょっとムチャな設定だったかな? と思っていたのですが、
頂いたメールを読むと、皆さん気に入っていただけたようで、「続編を書けっ」と言った
メールも結構頂いちゃいました。どうも有り難うございます(^^)

で、作者としては「これは書かねば!」と、ずっと思っていまして、今回やっと発表することができました。
2人のキスはまたしてもお預けでしたが(笑)

ところで、ヒカリちゃんのレシピではブランデーが使われてましたね。実際も使う場合があるんですが
たいていはラム酒を使用します。ただ、ブランデーの方が小量で酔いが回るのも早いと思ったので・・・全然小量じゃありませんでしたが(笑)


ではでは、今回はこの辺で。

じゃね。


「CRAZE」のナンバーから、「To Me,To You」を聴きながら





 鈴木さんの『〜To Me,To You〜』公開です。



 酒の上での失敗・・・怖いよね。


 でもでも(^^)

 ここでは上手い具合に〜  ♪


 気弱だったり、
 非素直だったり、

 なんやかやで上手く伝わらなかった気持ちも、
 上手い具合に転がって、、、

 ハッピィな結果になって良かったよね。


 今回は腕時計、
 次回は??
 そのうちきっと、輪っかで。

 (^^)



 さあ、訪問者の皆さん。
 おあずけで焦らす鈴木さんに感想メールを送りましょう!




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