彼女はそう言いながら、期待と不安の同居した瞳を彼に向けた。普段の快活さや気の強さも
今はすっかり影をひそめてしまっている。
「う、うん・・・」
先ほどから彼女の向かいのテーブルに着いていた青年は、返事と共に周囲をチラッと見渡した。
昼に来たときは落ち着いていて、中々良い雰囲気だったこのレストランも今は夕食時とあって
かなり混雑している。彼は、そのザワついた空気の中で、時間を間違えたかな、などと少し後悔していた。
「ねえ・・」
彼女が先を促がす。
「うん・・」
彼は少しうつむきながらも、彼女をジッと見つめている。テーブルの下に置いた両手を強く握りしめると
ゆっくりと口を開いた。
「ずっと考えてたんだけどやっぱり僕には君しかいない、君を必ず世界一幸せにすると誓う。だから・・・・
だから僕と結婚してほしい」
彼女が、彼の前では絶対に見せないと決めていた涙を見せたのはこれで2度目だった。
1度目は彼に、恋人として付き合ってほしいと言われた時。そして今、待ち望んだ言葉を
彼から聞いて、彼女は2度目の涙を流していた。
そして、やさしげなBGMが流れる中、そのドラマはハッピーエンドとなった。
1年前の本放送時は大人気を博したその主演女優も、再放送をしている今では、不倫や離婚騒動
などでワイドショーや女性週刊誌を賑わしていた。
ドラマのエンディングテーマが流れ出すと、その女性はテレビ画面から視線を外して
ゴロンとリビングに横になった。夕日を溶いた髪が広がっていく。
1年前、夢中になって見ていたが不幸にも見逃してしまった最終回をたった今見終えたのだが、
彼女の中には、期待していたような感激は生まれなかった。
「・・・やっぱりアイツのほうがカッコ良かったな・・・・」
深藍の目を閉じると、鮮明に浮かんでくる1年前の今日の出来事・・・・・
日が落ちてまだ間もない第3新東京市。市街でも1番の繁華街であるここは会社帰りのサラリーマンや
若いカップル達で賑わっていた。そのメインストリートに建つ映画館の中から今もまた
若いカップル達がはき出されて来た。今話題のアクション映画の上映がはけたのだ。
そんな中に彼女の姿もあった。
「やっぱり話題になるだけあって中々おもしろかったわね」
隣を歩く青年に腕を絡ませながら、楽しそうに言う彼女。
「・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・」
彼女より頭1つ分背の高いその青年は何故かうわの空。
「ちょっと、アタシの話聞いてるの?」
「・・・・え?・・・あ、うん、もちろん聞いてるよ・・・・」
「ならいいけど。映画、おもしろかったわね」
「うん・・」
「でもヒロインの演技がいまいちだったわ」
「うん・・」
「アンタもそう思ったでしょ?」
「うん・・」
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
「芝刈りマサオがかっこ良かったわ」
「うん・・」
「・・・今見てきたの、洋画よ!芝刈りマサオなんて出てるはずないじゃない!!」
「うん・・・え?あ、そ、そうだよね・・・ごめん・・・・」
さっき会った時から彼が、何か自分以外のことに気を取られていることには気づいていた。
気づいてはいたのだが、今日はめずらしく彼から誘ってもらったデートだったのでだまって
いたのだが、それももう限界だった。
「ちょっと!アンタ何考えてるのよ。自分から誘っといてさっきからアタシのことなんかちっとも
見てないじゃない!!」
彼女は、周りの好奇の視線も気にせず、絡めていた腕を自ら振りほどいて叫んだ。
「え!?あ!ご、ごめん」
おどろいた青年はつい反射的にあやまってしまう。
「・・・・もういいわよっ。帰るっ!!」
乱暴に言い放つと、足を速める彼女。
「まっ、待ってよ、アスカ!」
あわてて後を追う青年。
「ついて来ないでよっ、バカシンジ!!」
「アスカ、待ってよ」
「ついて来ないでって言ってるでしょっ!」
アスカの住むマンションが、目と鼻の先の所になっても同じ言葉だけが繰り返されていた。
”何よ!さっきまではアタシが話し掛けても空返事ばっかりだったくせに!”
「アスカ!」
シンジはアスカの腕をつかむと自分の方へグイッと引っ張った。
「痛っ!なにすんのよ!!」
「ごめん、痛かったよね、ごめんね。さっきもボーッとしちゃっててごめん、本当に悪かったと思ってる。ちょっと考え事してて・・」
「アタシといる時に何考えてたのよ!大体ねぇ、1人で考えたり悩んだりしないで何でもこのアタシに
言いなさいっていつも言ってるでしょ」
シンジに詰め寄るアスカ。
「そうだよね、本当にそうだよね・・・・・、またアスカに心配掛けちゃったね・・・・・・
分かったよ、アスカ。話があるんだ、聞いてほしい」
「な、何よ・・・」
「ここじゃ何だから・・・・」
行き交う車のヘッドライトが向き合う2人を照らし出している。
「あ、あそこの公園にしようよ」
横断歩道をわたったところには、さほど大きくもない児童公園があった。
「・・・・いいわ」
「それで・・・話って何なのよ」
公園の中、アスカはシンジに背を向けて立ったままで話し掛けた。その表情を伺うことはできない。
「うん・・・」
シンジはしばらくの間、自分の掌を握ったり開いたりしていたが、やがてそれを強く握り締めると
静かに話し始めた。
「さっきはごめんね。僕ってだめだね、アスカに心配掛けてばっかりで・・・・でも・・でも・・
やっぱり僕には君しかいない、君を必ず、世界一幸せにすると誓う。だから・・・・・だから
僕と結婚してほしい」
「・・・・・・・・・・・・」
アスカの耳に予想もしていなかった言葉が飛び込んできた。車の音と虫達の鳴き声だけが
あたりを支配する。
「アスカ・・・・?」
「い、いきなり何言い出すのよ・・・ビックリするじゃないの」
「ご、ごめん・・でも、予告してから、ってわけにもいかないし・・・・」
「それにしたって、心の準備ってモンがあるのよっ」
「そ、そうだね・・・・」
「で?今のは誰のセリフ?」
「え・・・やっぱり分かっちゃった?」
「当たり前でしょ、シンジにあんな気の利いたセリフ思い付くわけないじゃない。まったくアンタと
知り合って何年立つと思ってるのよ」
――昔、自分以外のすべてを拒み、蔑み、信じられなかった少女はもういない。
7年前、あの戦いで 彼女が手に入れたものは本当の心、本当の気持ち。
そしてその時から碇シンジは、アスカの中で、自身に等しいほどの存在となった。
「うん・・・、いくら考えても良い言葉が浮かばなくて・・・」
「・・・・・・・・・・・プロポーズ、受けてもいいわ。その代わり条件が1つあるの」
「な、何?僕にできることなら何でもするよ!」
シンジは勢い込んでアスカの背中に駆け寄った。
「もう1度言って。今度はシンジの言葉で・・・・」
うつむきながら話すその言葉は、普段のアスカからは想像もできないくらいに弱いものだった。
シンジはそれを聞きながら、街灯に照らされるアスカの紅い髪を見ていた。
「好きだよ、アスカ・・」
「・・それだけ・・?」
「愛してる」
「足りない・・・」
「僕は・・まだまだ弱いけど・・アスカを絶対に悲しませたりはしないし、ずっとアスカの側にいたい。
だから・・・・・僕と結婚してください」
アスカは、クルッとシンジに向き直って、泣き笑いの表情を見せた。
「・・・やっと言ってくれたね・・・・・・・・」
「え?」
「シンジがプロポーズしてくれた・・」
「アスカ・・」
「ずっと待ってたんだよ、だって・・・・だってアタシを幸せにできるの、シンジしかいないもん」
彼女は、以前この公園でシンジに好きだと告げられたときも我慢した涙をみせた。
「アスカ・・必ず幸せにするよ」
そう言ってシンジは、壊れそうなほど細い肩をそっと抱き寄せた。
澄み切った空の下、それは2人だけの神聖なセレモニーだった・・・・・・
アスカがゆっくりと目を開けると、同時に電話が鳴った。彼女はすばやく起き上がって受話器
を取る。
「もしもし、碇ですけど」
念の為にそう言うと、受話器の向こうから予想した通りの声が返ってきた。
「あ、もしもしアスカ?今仕事終わったよ」
「おそーい。今日は外で食事しょうって言ったの、シンジよ」
「ごめん、ごめん。あと30分くらいで着くからアスカもそれくらいになったら出てよ」
「分かった。遅れたら承知しないわよっ」
そう言ったアスカの顔には、美の神から贈られた笑顔が浮かんでいる。
「うん。それじゃ、後でね」
受話器を置くとアスカは、シャワーで体を流し、あらかじめ選んでおいた洋服に着替えた。
きっと待ち合わせ場所のあの公園には、あの時と同じような、澄んだ夜のとばりが降り始めているだろう。
彼女は鏡の前で唇に軽くルージュを引くと、弾むように玄関を飛び出していったのだった。
やっと正月ボケも直ったのでこんな話を書いてみました。
恋人から結婚に至るまでのアスカ編といったところでしょうか。どうでしたか?
この話は、中々書いていて楽しく、作者にしては珍しくノッてキーボードを叩いてました。
とりあえず今回は「いつの間にやら作者も結婚1周年記念SS」と言うことで・・(なんじゃそら?)
それでは今回はこの辺で、じゃね。
「L'Arc-en-Ciel」のナンバーから「Caress of Venus」を聞きながら
鈴木さんの『Caress of Venus』公開です。
大事な言葉は自分の言葉で・・
スマートでなくても、
ありきたりなセリフでも、
シンジの言葉を聞きたい。
うーん、アスカちゃん、
かわいい〜
魅力的〜
普段が強気なだけに、
こういう態度の破壊力は抜群ですよね。
1年越しでネタバレしたシンジは、
アスカにいじめられちゃったりして(^^)
結婚一周年の鈴木さん、
このTVドラマのセリフは誰が使ったのかな〜 うふふ
さあ、訪問者の皆さん。
感じたことをメールにして鈴木さんに送りましょう!