TOP 】 / 【 めぞん 】 / [Tossy-2]の部屋 / 後編



エヴァンゲリオン パラレルステージ

外 伝


EPISODE:01 / Ten years have passed by...

第 壱


会、



一つの


前編




一通の、手紙


 2025年。
 あの使徒との激しい戦いも、もう10年前のこととなっていた。
 ここ第三新東京市は結局首都とはならず、だが首都に通ずるベッドタウンとなった。

 そんなかつての戦場・第三新東京市の、あるマンション。
 その一室に、彼は住んでいた。

 旧世紀で言えばもう夏の初め。
 だが、あの時からここは年中夏なのだ。季節感などあろうはずもない。

 今は昼下がり。
 彼は自宅で本を読んでいる。
 こんな時間に何を?…と思うところだが、今日は土曜日。
 彼は仕事を早めに切り上げて帰ってきた。
 とは言っても、仕事自体あまり忙しいという訳ではないのだが。

…コトン。
 小さな音が、彼の耳に届く。

 表では相変わらず蝉が鳴いている。
 その声に隠れてしまうかと思うほど、音は小さかった。
 だが、彼にはそれが何の音だか分かっていた。

 どうやら、郵便物のようだ。
 玄関の方に視線をしばらくやると、彼は本を読むのをやめ、玄関へとそれを取りにいった。

 (めずらしいな…郵便なんて)
 歩きながらそう思う。

 現在では、既に個人毎にメールアドレスが割り振られ(戸籍登録をすると自治体から交付を受けられるのだ…もちろん、自分で別に用意しても構わない)ており、通信手段は主に電子メールになっている。
 その方が、簡単に送れるし、また扱いも自由自在だからだ。

 だが、あえて手紙を使う場合もある。
 電子メールが多少冷たい雰囲気を持つためだろう。
 ずっと残しておきたい場合や、結婚式など大事なイベントに関するお知らせなどは、この時代でも郵便物によるやりとりが為されていた。



 そこには、本当にこの時代には不似合いなはがきが一通。
 彼は、それをひょいと取り上げて見る。

 「…へぇ、同窓会か…」

 手紙を見た彼は、ふと昔のことを思い出す。
 あの苦しかった戦いの日々、共にあったクラスの仲間のことを…。

 手紙には、こう書かれてあった。

 「第三新東京市立第壱中学校 2016年度卒業生同窓会」

 「久しぶりに、みんなに会ってみようかな…」
 そして、彼はすぐ書斎に戻ると、常時起動してあるコンピュータに向かう。
 彼は、ものの数分で返事を書き上げ、はがきに記されてあった幹事のメールアドレスへと送信した。
 「メールを送信しました」のメッセージを見ながら、彼はにっこりと微笑んだ。

 もう一度、はがきに視線を落とす。
 印刷の文字の中に、「幹事 相田ケンスケ」の名前が。

 そして、彼ははがきを裏返して宛名を見た。

 「碇シンジ 様」

 宛名には、昔と同じ筆跡の手書き文字でそう書かれていた。

 「…行くと決まったからには、予定を考えなくちゃ、ね。」
 彼…碇シンジは、再びコンピュータの画面に向かった。



 いくつかコマンドを打ち込むシンジ。

 ピッ!

 短い電子音とともに、ここ1カ月のスケジュールが表示される。
 タイトルバーには、「2025年 6月 スケジュール」と。
 落ち着いた、青を背景としたコンピュータスクリーン。
 スケジュール・ウィンドウの向こうには、コンピュータの使用者名が見える。
 そこには。

  Shinji Ikari / The Supreme Commander of UN NERV

 画面の上の表にはほとんど予定らしいものは入っておらず、ただ時折「会議」の文字が見えるのみだった。
 しかし、会議とは言っても、予算編成の他には殆ど議題がないので、ただクーラーの中に集まっているだけの様なものだ。
 そしてこのことが、世界の平和を証明している。

 事実、使徒ももう来なくなった。
 そして、世界もセカンドインパクト前ぐらいまで復興した。

 だが、それと同時に、ここに来て厄介者が現れたのである。

 それは、地球を救ったはずの「エヴァ」だった。

 エヴァは、確かに使徒と対等に渡り合い、そして世界を破滅から守った。
 しかし、それと同時に、その暴走事故(特に初号機…現在では暴走の危険性は全くないのだが、「初号機=シンジ」という事実は、極秘事項故に、一部人しか知らない)は世間にその存在の恐ろしさを痛感させた訳である。
 いくら報道管制を敷いていたとはいえ、多少の情報の漏洩は免れない。
 全てが終わった後、人々は口々に言った。
 「エヴァはどうするのだ」と。

 また、非常に不安定な「エヴァ」というシステム、それを管理できるのは今まで管理してきたNERVだけであった。
 秘密を守る面もある。このテクノロジーが漏洩でもしたら大変なことになる。そのための設備や組織として、NERVは最適だったのだ。
 おかげで、NERVは解体寸前まで行ってから一気に復興を遂げた。

…もっとも最終的には、他の誰もこんな仕事はしたがらなかっただけに過ぎないが。

 ところで、最後の使徒との戦いが終った後、NERV元司令・碇ゲンドウは行方不明になった。
 シンジに宛てた一通の手紙を残して。
 そのため冬月が司令になるという案も一時出たりはしたのだが、冬月がシンジを強く推したので、結局シンジが司令になったわけだ。

 『今更私が綺麗事など言ってもな。それに、私には、この場所が一番いいのだよ。』
 どこか遠い目をしながら語った冬月の顔がよぎる。
 その視線の先には、誰がいたのだろう。

 『…わかりました。僕が、やります。』
 『そうか、よかった。』

…とはいっても、さすがに使徒も来ないしエヴァの管理は技術部の人達に任せておけばよいので、司令としての仕事がほとんどなく、シンジは学生という身分と同時にNERVの司令を兼任していた。
 当然ながら、これも極秘である。
 まあ、アスカとレイとカヲルはともかくとして、ケンスケは何処で掴んでくるのか知らないが、どうやら知っていたようだ。やはり、彼の情報網は侮れないということなのだろうか。

 学生で大丈夫か? と言う心配もあったが、何よりシンジには初号機の能力とその全ての知識(一部ユイのもの)がある。心配は杞憂に終わった。
 そして、シンジは一通り大学までを修了し、正式にNERV司令として就職したのであった。

 それからは、NERVの状況が一変した。

 今までの、緊張の張りつめた組織から、ある程度の余裕を持てる組織になった。
 そして何より、休暇が増えたのである。
 おまけに職員の待遇もかなり改善された。

…そう言うわけで、現在のNERVは結構活気づいていたのである。



 ちなみに、他のみんなは。

 アスカは使徒との戦いの後、高校卒業後にドイツへ戻り、大学院へ進んで電子工学、そして心理学を学んだ。
 なぜ心理学かというと、『ほら、エヴァって人の心が動かすでしょ? だからおもしろいと思って。』…とアスカは言う。
 そして、その成果を持ってNERVドイツ支部に入った。
 現在ではNERVドイツ支部技術部に所属し、リツコと同じ、「博士」の地位を得ている。

 レイは、高校・大学とシンジと一緒に進み、こちらもまた昔からの優等生ぶりを発揮してNERV本部、技術部所属となっていた。
 やはり、レイも「博士」である。
 ただ、アスカと異なり、レイは主に生体工学系の分野で活躍している。

 カヲルは、生来の歌好きが高じて、シンガーソングライターになった。
 高校を卒業してから、本格的に音楽活動を始め、今は全国を回っているらしい。
 最近では、ファンクラブの話も聞く。
 第三新東京には、高校卒業以来戻ってきていない。

 ヒカリは、大学入学式当日になってやっとトウジにプロポーズできた。
 そして、それから1ヶ月後に結婚。
 今は2人で「大阪の味 お好み焼きの店」をやっている。
 ここは、ヒカリの腕とトウジのキャラクター性が客に受けたらしく、かなり繁盛していた。
 だが、シンジは何か恥ずかしくて、まだ一度も行っていない。そのうち行こうとは思っているのだが。

 そしてケンスケは、まだ残っている戦略自衛隊に就職した。
 やはり、といった進路選択だが、今の所戦略自衛隊には、NERVと同じくすることは何もない。
 そのため、良くトウジの店にふらりと来てはいろいろと話して帰っていくようだ。
 彼女?
…そういう噂はまだ聞かないなぁ。

 ミサトは、最後の戦いの後すぐ転職して中学校教師となった。
 3年生になった始業式の日に、いきなり「今日から私が新しい先生よん」とか言ってミサトが入ってきたものだ。シンジ達は相当びっくりした。
 ちなみに、それは8年で退職。
 なんでも、行方不明になっていた加持がふらりと戻ってきて、結婚したとか。
 プロポーズの台詞は「葛城。16年前に言えなかった言葉を今言うよ。…葛城…いやミサト…。俺は、おまえが好きだ。」、らしい。
 そう言われた直後、ミサトは「バカ…」と泣き出したそうである。

 リツコは、相変わらず独身でNERV技術部に所属している。
 レイをはじめ、優秀な人材が入っては来たが、さすがにこれまでの素質とキャリアを持つリツコにはなかなか及ばないところがあり、結局のところ技術部長は未だにリツコだった。

 オペレータ3人組は、まだNERVで仕事をしている。
 それぞれ昇進もし、マコト・シゲルは一尉に、マヤは博士となり、各々の仕事に従事していた。



 昔を回顧するうちに、時間が経っていく。
 シンジはふと机の上の写真を見た。

 そこには、木枠のフレームに納まった、仲間のみんなで卒業式の日に撮った写真。
 シンジ、アスカ、レイはもちろん、カヲルとトウジ、ケンスケ、ヒカリもいる。
 当然、担任のミサト先生も映っていた。

 現在ではもう写真は主にディスクで取り扱われている(その方が、画質がよく取り扱いも簡単だというメリットがある)。そのため、この様な写真は珍しくもなっていた。
 だが、苦しくも楽しい思い出のあるこの仲間の写真は、これだけは手元に印画紙として置いておきたかったのである。
…無論、ディスクにはバックアップを取ってあるのだが。

 そして、一週間後の、回の日を楽しみにしつつ…その日は、過ぎ去っていった。




一同、集合


 第3新東京市市街地。
 日曜日の、それも夕方のため、店の前の通りは人通りが絶えない。
 表から、がやがやと騒がしい声が聞こえていた。

 「大阪の味 お好み焼きの鈴原」という看板が、とあるビルの前に出ている。

 「…よし。」
 最後のグラスを磨き終って、ヒカリはつぶやいた。
 ヒカリは、レモン色のエプロンを付けている。
 中学の時とは、背丈は伸び身体も女らしくなったものの、そばかすとおさげは変わり無かった。
 すかさず、トウジが声を掛ける。

 「ヒカリ、終わったか?」
 「あ…ええ。」

 「ケンスケ、そっちはどうや?」
 トウジは座敷に向かって声を掛けた。

 「んー、もう少しだよ。あと2・3分ってとこかな。」
 声はすれども姿は見えず…と思ったらケンスケは柱の影にいた。
 テーブルを拭いて、コップを人数分、並べている。
 リストと突き合せながらその数を一つ一つ数えていた。

 「…22、23、と。よし。…おーい、終わったよ!
 「んー。ケンスケ、こっち来いや。」
 「ああ。」

 幹事のケンスケ、店主トウジ、そしてその妻ヒカリはカウンターに座り、とりあえずジュースで乾杯した。
 トウジが、ケンスケに向かって聞く。

 「なあ、ケンスケ。」
 「ん? なんだ?」
 「今日は、何人来るんや?」
 「えーと…22人だったかな。」
 「…シンジも来るんやろ?」
 「ああ。絶対行く、ってメールに書いてあったぜ。」
 「そうか…」
 トウジは、そう答えると遠い目をした。

 「…しばらく会ってへんなぁ…。あれから。」
 「でも、あれからのことは知ってるんだろ?」
 「まあ…な。たまに電話とかしたしな。で、お前はどうなんや?」
 「俺の方は、仕事上でね。なにせNERVにはいろいろとお世話にならなきゃならないしな。」
 「そか。」
 「昔だったら、絶対に考えられないよ。あの頃だったなら…」
 「…で、シンジはどうなんや?」
 「それは会ってのお楽しみ。ただ、きっと驚くと思うぞ。」

 2人はだまりこんだ。
 ぽつり、とヒカリが口を開く。

 「それにしても…そろそろ誰か来てもいい頃よね…」



 ふっふっふ…飲み放題、飲み放題…
 帰宅ラッシュの人混みの中、一人の女性がにこにこしながら歩いていた。
…いや、「にこにこ」というより「デレデレ」と言った方がいいかも知れない…。
 ともかく、彼女はそういう表情を浮かべながら歩いていたのだ。

 これさえなければ、相当な美女であることは間違いない。
 年齢にして、30代後半だろう。
 だが、それでも未だキメの細かい肌、そして何より並外れた(?)大きなバストがその存在を誇張している。
 街行く男性が振り返り、そして人混みの中に消えていくその姿を見送る。

 心なしか、足どりも軽い。

 「んー、今日はビールかな…日本酒かな…」

 紫がかった長い黒髪。

 「まあ、とにかくあのみんなに会えるんだから…」

 耳には、ピアス。

 「シンちゃん達、元気してるかなあ…」

 楽しそうに言う、その胸には十字架のペンダント。

 「お、あそこね。」
 店の看板を見つけると、多少足も速まる。
 店の前にたどり着き、彼女は勢い良く扉を開けた。

 ガラッ!

 お久しぶりー! 元気だったぁ!?
 戸を開くなり、中に満面笑顔で呼びかける。
 葛城ミサト、年齢39歳であった。



 「…あら、まだこれだけ?」
 ミサトは、店の中に入ってあちこち見回して言った。

 「ええ。まだ誰も来てないんです。」
 ヒカリが料理の下拵えをしながら言う。

 「あら、鈴原さん。もう完璧に主婦が板についてるわね。」
 「え、な、何を言うんですか、先生。」
 真っ赤だ。

 「ふふふ…相変わらずね。」
 「先生も、ですね。」

 ミサトの前に、冷水のコップが出てくる。
 一口飲んで、ミサトは聞いた。

 「ところで、シンジ君達は来るんでしょ、全員。」
 「はい。全員とも『絶対行く』って言ってました。」
 「そう…楽しみねえ。あれ以来、会ってないから。」

 「一番早く来るのは誰や思います?」
 トウジが唐突に話を持ちかける。

 「んー、アスカね。」
 「渚君とかは?」
 「俺は、案外シンジだったりして、と思うけど。」
 「ワイは綾波か。」

 「なんだ、全員パイロットじゃないの。」
 「あはははは…。それもそうですねえ。でも、何となくそんな感じがするんですよ。先生は?」
 「私も、そうなのよ。不思議よね。」



 さて、店から少し離れた、市街中心部。
 一人の女性が、地図を片手に歩いていた。
 おそらく、20代半ば。

 「えーと…確かこの辺って聞いたんだけど…」

 赤い髪が、風になびく。
 夕日もだんだんと沈んで行き、辺りには夜の帳が降り始める。

 ふと、彼女は腕時計を見た。
 「18:00」…そう、デジタルの腕時計には表示されていた。

 「まだ、大丈夫よね…」
 会は「午後6時30分より」と招待状には書いてある。
 ちょっと早く着きすぎたかな、と思いながらも休むことをしないのは、永く会っていなかった人に会えるからだろうか。

 「さて、どこかな。」
 再び、彼女はきょろきょろと辺りを見回す。
 人混みが見える。
 そして、その中に、光る看板がはっきりと見えた。

 「あっ、あれね!」
 彼女は、歩調を速めた。



 ガラッ!

 「こんばんはー」
 見なれない女性が一人、入口から入ってきた。
 顔には薄い色のサングラスを掛けているため、目の付近の特徴はつかめない。
 ただ、彼女の赤い髪が印象的だった。

 「…あの、すみません。今日は貸切りなんです。」
 ヒカリが、彼女に言う。

 彼女曰く、
 「だからアタシは、その貸し切りしている会に出席しに来たのよ。まさかヒカリ、アタシを見忘れたの!?」

 ヒカリはどきっとした。
 この髪、この声、喋り方……

 彼女がサングラスをはずす。
 その向こうから現れたのは、以前と変わらない青い瞳。

 「まさか…アスカ!?」
 「まさかでなくても、そうよ。久しぶりね、ヒカリ、鈴原、相田。」
 「確か惣流はドイツに行ってたんだよな。」
 「そう!…今日のために帰ってきたのよ。」
 「何や。…やっぱりシンジか?」
 「そうよ。悪い!?」
 「い、いや。悪くはないけどな。」

 「…まあとにかく、座れよ。」
 まずい雰囲気を察知したケンスケが、仲裁にかかる。
 さりげなく椅子を引き、そこを勧めた。

 (なんであいつばかりモテるんだ…。俺の春はどこに?)
…などと考えて、心はブルーになっていたが。

 「…ありがと。」
 アスカは、さっと座る。

 「と・こ・ろ・で。」
 再びアスカが明るく言う。

 「今日、シンジは来るんでしょうね?」
 「ああ。」
 「そっかぁ…。久しぶりだなぁ…」

 「アスカ、お久しぶりっ!」
 「?…あら、ミサトじゃない。元気だった?」
 「ええ。なんとかね…」

 (アスカ、変わったわね)
 そんなアスカを見ながら、ヒカリはそう思ったという。



 「やっぱり、シンジか?」
 そう聞かれて、アスカは昔だったら、こんな事は言わないだろう。

 おそらく、
 「な、なに馬鹿なこと言ってるのよ! どうしてこのアタシがあんなバカシンジのことを気にしなきゃいけないわけ!?」
…とすぐさま言い返したことだろう。しかしわかりやすい、赤い顔で。
 だが今では、既にその事実を堂々と認めていた。

 彼らが顔を会わせていた14歳当時、アスカは自分が一番になることで自身の存在理由を獲得していた。
 傲慢で、高飛車…周囲からは、そう映ることもある。

 だが、ヒカリは逆の一面を知っていた。
 実は、アスカは恥ずかしがり屋…というより、他人からの愛を知らないアスカは、そういうものを受けとったときにどうしたらよいか戸惑ってしまう。そういうことなのだ。
 全てを知っているように見えて、実は根底の部分を知らなかったのだ。

 その空白部分を埋めたのが、シンジだった。
 他人を犠牲にしても(言い方は悪いが)なんとか自らを保とうとするアスカに対し、他人のためには自らを犠牲にしても構わない、シンジはそういう性格であった。
 アスカとシンジは、共に戦いの日々の中で、お互いからいろいろなことを学んだ。

 シンジは、自信を持つと言うことを。
 そしてアスカは、人を愛すると言うことを。

 アスカは、疑問を投げかけた自分に、いつか語ってくれた。
 『碇君って、いつもは頼りなさそうな感じだけど、ときどき頼りになりそうなときもあるわよね。どうしてかしら?』

 『…シンジはね、自分のことよりも他人のことの方が大事なの。だから、誰かのために戦うとき、シンジは強くなれるのよ。』

 そう。
 確かにそうだった。
 あの、最終決戦の時に見せた表情を、ヒカリは忘れられない…。

 『…洞木さん、みんなを…アスカを頼むよ。早く、逃げて…シェルターへ。』
 レイと共にATフィールドを展開して、襲ってくる衝撃からクラスメートを守ったシンジは、首だけ振り返って言った。

 『そんな、碇君は!? 綾波さんは!?』
 『僕達は、行かなきゃならない。しなきゃいけないことがあるんだ。…大丈夫だよ。きっと、帰ってくる。』
 シンジは、そう言うと口元だけ微笑ませた。
 それと反対に、どこか思い詰めたような瞳。
 赤く光を放つ2つの瞳を見つめながら、ヒカリはなにも言えなかった。

 『行かないで!』
 突然、アスカが前に出てくる。

 『行かないで、シンジ! 今行ったら、アンタ死ぬかも知れないのよ!?』
 『・・・』
 『だけど、そんなのはいやなの。だったら、アタシもアンタと一緒に行く!』
 『だめだよ、アスカ。危ないから、待っててほしいんだ。…綾波、準備は?』

 ちらっとレイの方に目で合図する。
 ピシッ、と小さな音が耳に入った。

 『…私は、いつでもいいわ。』
 『アスカ、僕はきっと帰ってくるから。ちゃんと、戻ってくるから。…そのとき、アスカが死んだりしていたら、僕も生きてはいけないと思う。』
 『でも…』
 『僕は大丈夫。だから、アスカは、まず自分が生きることを考えて。』

 バキッ!

 音がする。
 そろそろ、フィールドの強度限界が近いようだ。

 『くっ…洞木さん、早く!』
 『わっ、わかったわ…アスカ。』
 『惣流』
 『アスカ君』
 ずい、と出てきたトウジとカヲルも手伝って、アスカを半ば無理矢理に引きずっていった。
 教室の出口にさしかかったのを見ると、シンジとレイは窓から外へ。
 宙に浮く。

 『ごめん…一人で寂しい思いさせちゃって…』
 中心から光を放つ、シンジの背中。
 そこには、12枚の光の羽が。
 その向こうから、シンジの声が聞こえた。

 『イヤ、イヤ、イヤ! アタシはどうなるの!? シンジぃぃっ!』
 ここまで取り乱したのも初めてと思うくらいに泣き叫ぶアスカを連れながら、ヒカリはシンジの方に視線を釘付けにしていた。

 瞬間、光が視界を焼く。
 すぐ戻った視力が窓の外に認識したのは、紛れもない、初号機であった。

 『碇…君…?』




 カララ…

 再び、戸が開いた。
 今度は静かに。

 そこからのれんをくぐって入ってきたのは、プラチナブロンドの髪をショートカットにした女性。
 これまた、雰囲気的には多少明るくなったものの、相変わらずである。

 「おう、綾波。いらっしゃい。」
 「こんばんは…」

 「なぁによ、アタシは分からなくてどうしてレイだとすぐ分かるのよ。」
 このやり取りに、アスカが膨れっ面をした。

 「変な誤解すな。綾波は時々店手伝いにきてくれるんや。」
 「ふーん…」

 「あら、今度はレイ?」
 「葛城三…先生。」
 「どう? 元気?」
 「…はい。先生はどうですか?」
 「私もよ。」

 「ここ…いい?」
 「ええ、どこでもいいわよ。とりあえず座って。」
 「ええ…」

 「そういえば最近手伝いにきてくれなかったわね。どうしたの?」
 「仕事が忙しくて。…ごめんなさい。」
 「べ、別に謝ることじゃ…」

 「ところで、碇君は来るの?」
 再び同じ質問が飛ぶ。

 「…なんや。同じ職場なのにわからんのかいな。」
 「ええ…。」
 そう言うと、レイは少し寂しそうな顔をした。

 「最近、私の方はデータのまとめで忙しくて、会っていられないの。ちょうど、1週間前から。」
 「碇君は来ないの?」
 「ええ…。邪魔になると悪いから、と言っていたわ。」
 「ふふふ…碇君らしいわね。」



 (綾波さんも、碇君も、ちゃんとあの後で戻ってきたっけ…)
 再び思考の海に浸かるヒカリ。

 シェルターにもひときわ大きな振動が押し寄せる。
 室内の電気が一瞬チカチカと点滅を繰り返す。
 最終決戦の決着が、ようやくついたのだった。

 時間から見るに、もう夜になっているはずだ。

 扉を開けようとして、開かないことに気づく。
 入り口の下のかすかな隙間から、土が入り込んでいる。

 『埋まっちゃったの!?』
 ヒカリが、呆然と叫ぶ。
 重い扉の上に大量の土が覆い被さっている…それは、全員に絶望を与えるのに十分だった。

 『やだな…ここまでなの? シンジ…』
 アスカの瞳から涙が一滴こぼれる。

 だが、間もなくシェルターの入り口は開いた。
 扉ではなく、壁全体が。
 無理にはがされたように、壁は歪んでいた。

 事実、それは正しかった。
 はがされた壁を、大きな手が掴んでいた。
 ガラン、無造作に投げ捨てられる壁。

 そして周囲を照らす月の光の下へと出た2−Aのメンバーは、その上空に漂うレイと佇む初号機を目の当たりにする。
 初号機は、全員無事で出てきたところを見ると、シンジの姿に戻った。
 シンジは、レイと同じく何もない空間に浮いている。
 2人とも淡いオレンジの光に包まれていた。
 2−Aの生徒たちは、驚きのあまり声すら出なかった。

 シンジは、アスカを見つけると静かに地面に降り立ち、言った。

 『ただいま、アスカ』
 『おかえりなさい、シンジ…』
 思わず、涙がこぼれる。
 うれし涙が。

 そのシンジの後ろに、レイも降りる。
 シンジは振り返った。

 『綾波、ありがとう。』
 『いいえ、私こそ。ありがとう、碇君…』




 再び、ヒカリの思考は中断される。
 扉の音によって。

 ガララ…

 店内の全員が、入ってきた客に目を向ける。
 そこには…。

 「やあ、お久しぶり」
 にっこりと笑う銀髪の青年。
 肩には、ギターと思える黒いケースをかつぎ、サングラスをかけている。

 新聞などで良く見る顔。
 彼らにとっては、見慣れた顔であった。
 「渚カヲル」。

 「よう、渚か。」
 「ははは…覚えていてくれたかい?」
 「もちろんや。ワイら、友達やろ?」
 「そうだね。…ところで、シンジ君は来るのかい?」
 「その質問は今日4回目だな。…来るぞ。」
 「そうか…。楽しみだね。」

 「久しぶりね、渚君。」
 「ああ、綾波さん。」

 「アンタまだシンジに恋してるわけ? 相変わらずナルシスホモね。」
 するどい声がかかる。
 アスカだ。

 「ははは…ひどいな、惣流博士。」
 カヲルは、サングラスを外し、苦笑しながらカウンター席に座った。
 赤い瞳が、サングラスの向こうから顔を出した。

 「や、渚君が来たか。コレで後はシンジ君だけね。」
 「あ。お久しぶりです、ミサトさん。」
 「お久しぶり。最近は、どこ行ってたの?」
 「一応、北海道の方へ…」
 「涼しかった?」
 「ええ、まあ一応は。…でも、こっちとさほど変わりませんね。」



 「それにしても、偶然だな。エヴァのパイロットがそろったぞ。しかも一番早く。」
 「あ、シンジを忘れちゃダメじゃない。」
 「もちろん。…だけど、厳密には、あいつは『パイロット』じゃないだろ?」
 「ん…まあね。」

 「これで碇君が来れば完璧ね。」
 「シンジ君はこの店を知ってるのかい?」
 「多分、知ってるとは思うで。開店時にメール出したさかい。…せやけど、一回も来んかったからな…」
 「きっと、碇君は恥ずかしいのよ。」
 「そうかも知れないわね。」

 「…ところで、シンジ君は今は司令してるんだろう?」
 「ああ。そうだよ。」

 すぐに顔を無表情にするカヲル。

 「すると…」

 寧ろ険しい表情にして、肘をカウンターについた。
 手を顔の前で組む。
 そして、一言。思いきり低く。

 「問題ない。」

 次の瞬間にはカヲルは元の顔に戻っていた。

 「…なーんてやってるのかな?」

 ナイス!
 きゃははは…似てるう!
 「元司令そっくり…」
 「ぶはははは」
 場が、笑いに包まれる。



 ガラッ!

 そんな雰囲気を崩すように、人が沢山入ってきた。

 「やあ、こんばんは」

 先頭の男が挨拶した。

 「おう、みんな来たな。会場はあっちやさかい、上がって座っててくれへんか。」
 そう言って、トウジは座敷を指した。

 その団体は、ぞろぞろと座敷に上がって行く。
 それを入口でケンスケが数えていた。

 「…14、15…あれ、シンジがまだだな。」
 「どうしたのかな、碇君。」
 「開始10分前か…。遅いわよね。」
 「碇君…」

 「ほら、トウジ達もこっちに来なよ。」
 「ん…そうやな。…渚。」
 ケンスケの誘いに、トウジとヒカリが席を立つ。

 「いや、僕はもうしばらくここで待っているよ。シンジ君が来なければ、会が楽しくないからね。」

 「じゃあ、アスカと綾波さん…」
 ヒカリが動こうとしない二人に声を掛けたが、

 「いい。私も待ってるから…」
 「アタシも。」
 という返答が帰ってきただけだった。

 「そう…」
 ヒカリは、そんな二人に背を向けて座敷に上がった。



 ガヤガヤ…

 さすが10年近く会っていないと、みんな変わっている。
 身長も伸び、体格も男子はがっしり、女子はふっくらとして、もうみんな大人だと感じさせる。

 10年のブランクは大きく、話の種にも不自由しない。
 座敷は、早速盛り上がっていた。

 そんな中で、トウジ・ヒカリ・ケンスケだけが静かだった。
 おそらくはカウンターに残してきたアスカとレイ、そしてカヲルもそうなのだろう。

 「ホントに遅いね…」
 そう言った時だった。

 ガラッ!

…と戸を開ける小さな音がして…

 『シンジ!』
 『碇君!』
 そのアスカとレイの声に、ヒカリ達が反応する。

 「やっと来たみたいやな。」
 「さーて、どんなになってるかはお楽しみ、と。」
 「碇君、開始2分前、最後に到着ね。」
 飛び出した3人が見たのは。

 「…ご、ごめん…遅れて…ハアハア…」
 全力で走ってきたらしく息の上がっているシンジ。

 その姿を見たときに、ヒカリは軽いショックを受けた。

 「碇君…?」

 椅子につかまり苦しそうに息をしているシンジは、24歳のはずだ。
 だが、まだ14歳の頃のままの姿をしていた。
 身長も、少し伸びたかな、位しか変わっていないように見える。

 「な…なに…?」
 「昔と…全然変わってないね…。」
 「そやな。」
 「うんうん。」
 ケンスケとトウジも同調する。

 「そう…だね。」
 やっと顔をあげたシンジは、何処となく悲しげな笑いを浮かべた。

 その表情の意味するところは。
 少しの間、場が静かになった。

 「どったの〜?」
 ミサトが顔を出す。
 もう出来上がってきつつあるのだろうか?

 「あーら、シンちゃん。いらっしゃーい。…ほら、みんなこっちに上がったら?」
 「…そうですね。さて。」
 ミサトとケンスケが、重くなりつつあったその空気を崩した。
 おもいっきり明るく言う。

 「みんな待ってるぜ。行こう。」
 「うん、そうだね。」
 「そうね。」
 「そうしましょ。」

 シンジとアスカとレイは、お互いに顔を見合って何か楽しそうに話しながら歩く。
 全員座敷に入ると、ケンスケがマイクを手に取って言う。

 「さあ、全員揃いましたのでこれから会を始めたいと思います。」

 わあああぁぁぁ……
 パチパチパチパチ……

 会場の全員が、一斉に歓声をあげ、拍手をする。
 ここに、卒業から9年の後、初めての同窓会は開かれた。




おもいでと真実


 「さて、ではまず中学からかなり環境に変化のあった人もいると思うので、近況報告から。えー…、名簿順に行きましょう。…あ、旧姓で。」

 ケンスケが、マイクを持ちながら言った。
 昔からケンスケはこういう関係の仕事には向いているとは思っていたが、さすがという感じがする。

 「じゃ、俺からだな。…えー、相田ケンスケ。名前変わりなし。今は戦自で中尉やってるよ。」

 次、シンジの番。

 「…えと、碇シンジです。今は一応NERVの司令です。」
 少し恥ずかしそうに、シンジは言った。

 次の人、その次の人と、報告は淀みなく続いていった。

 「鈴原トウジです。この店のオーナーです。…みんな、たまには来てくれな。」

  ・・・

 「綾波レイ、今はNERV技術部E計画セクション所属です。」

  ・・・

 「惣流アスカラングレー、名前変更無し。NERVドイツ支部技術部勤務よ。」

  ・・・

 「鈴原、ヒカリ。旧姓、洞木です。この店を切盛りしてます。」
 ヒカリが、最後だ。
 言い終わって、すとんと座る。



 ケンスケが司会を再び始めた。

 「…では、お決まりですから、とりあえず乾杯しましょう。」

 それに答えるように、無言で全員グラスに飲物を注ぐ。
 1分も経たずに、全員が準備し終えた。
 視線を走らせて確認すると、ケンスケは声を一層大にして言った。
 「…乾杯!」

 「乾杯!!」

 カチン! カチン!

 あちこちでコップを合わせる音がする。

 「では、しばらく自由に飲んだり、食べたりして下さい。お料理や飲み物は、気兼ねなく注文して下さいね。」
 ヒカリが、ケンスケからマイクを借りて言った。

 すぐさま、至るところで注文の声があがる。
 それらを総てヒカリは聞いて回っていた。

 その気配りのよさは、昔からだ。
 ふと、後ろ姿に中学生のヒカリがだぶる。
 いつも、学級委員長としてみんなを引っ張っていたヒカリが…。



 「…ねえ、シンジ。」
 突然、アスカがシンジに話しかけた。

 「え…なに?」

 「最近、調子どう?」
 「どうって…仕事もないし、暇だよ。」
 「そう…。」
 「まあ、それだけ平和だって事なんだろうけど…アスカは?」

 「私も、毎日退屈ね。技術は進歩する、とは言っても昨日今日で大幅に変わる訳じゃないから。」
 「そうだね。」

 「…ところで、ママ元気?」
 「うん。エヴァはみんな前と同じだよ。弐号機は確か今週、電源関係の点検があったと思うけど。」
 「そう…。ねえ、明日…見に行ってもいい? 久しぶりの日本だもの。これが終わったらしばらく来れないし。…それにあんた、仕事ないんでしょ?」
 「え…うん、別にいいけど…。」
 「じゃあ、決まりね。」
 「うん。」

 それで、アスカとの会話は終わる。



 「碇君…久しぶりね。」
 次にシンジに話しかけたのは、レイだった。

 「最近は僕が顔を出すような仕事もないからね。」
 「…たまには、会いに来て。私も、仕事いつでも大丈夫だから…。」
 「じゃあ、その内行くよ。」
 「うん…。待ってるから…」

 「…綾波、最近仕事は何してるの?」
 「今は、赤城博士が何か新理論を出す、とか言って頑張っているだけ。」
 「へえ。リツコさん、何の理論を研究してるの?」
 「確か、ATフィールドに関連して、虚数空間との干渉に関する理論よ。…以前、碇君に手伝ってもらった事があったでしょう?」

 シンジの記憶から、ある日の実験が思い起こされた。
 実験室で、ディラックの海を生成する実験。
 次空間の境界は非常に不安定であるため、安全にコントロールできるのはシンジだけなのだ。

 「ああ、あの時の…。それで、綾波とか他の人達は?」
 「私達の仕事は主にエヴァの維持だけよ。…後は赤城博士のお手伝いをしているわ」
 「そっか…。僕も暇だね。とにかくやることなんかないから…。ところで、明日久しぶりにアスカがケイジに行きたいって言ってるんだけど、大丈夫かな?」
 「ええ。明日は電源試験だけど、特に危険な予定は無いわ。…それに、たとえそういう場合が起きるにしても、碇君がいれば大丈夫でしょう?」

 「ははは…まあ、それはそうだね。…ついでに、身体を動かしたりしたいな。どうも読書ばっかりでなまってるみたいだ。」
 「わかったわ。実験室を開けておくから。」
 「うん、ありがとう。…じゃあ、明日行くから。綾波も、来る?」
 「ええ、そうね…。碇君が来たら、私も合流するわ。私も、最近は零号機に会ってないから。」

 「それじゃあ、明日のお昼ごろに行くよ。」
 「私も、待ってるわ。」



 次にやってきたのは、ミサトとカヲルだった。
 両方とも、頬が少し赤い。
 早速、呑っているようだ。

 「シーンちゃーん。NERVの司令になったんだって?」
 「本当なのかい?」

 「え? あ、うん。」
 「…じゃあ、やっぱりお父さんみたいに『問題ない』とか言ってたりする?」
 「まさか。最近は発令所にはあまり顔も出してないですし。」

 「世界が平和になったという事だろうね。まあ、ともあれ好意に値するね。」

 きょとんとしてミサトが聞く。
 「コウイ?」

 それを聞いたシンジとカヲルは、にっこりと微笑んで、

 「好きってことさ。」

…と、見事なユニゾンを披露した。
 しばらく場に沈黙が訪れ、そして…。

 「…ぷっ」
 ミサトが笑い出した。
 つられてカヲルが笑う。
 そして、シンジも。

 「ははははは…」

 (こんなに笑ったのは、久しぶりだな…)
 思わず出てくる笑い声に、シンジはそんなことを考えていた。



 それからは、結構沢山の人があっちこっち回ったりしていた。
 当然、そのときシンジの周りにも人が集まってきたわけである。

 「碇君、久しぶり。」
 「ホント、全然あの頃と変わってないわ。」
 「不思議ねぇ…」

 なぜか集まってくるのは女子ばかりだったが、とにかく彼女たちはシンジを見ると口々にそう言った。

 彼女たちがそう言うのもごく自然で、前にも書いたが、シンジの姿はほとんど中学2年生のあの頃と変わっていない。
 顔も、声も、体つきも。

 「そ…そうかな…」

 シンジは、うつむいてそう答えるしかなかった。
 確かに、シンジの姿はあの時のまま変わっていないのだから。

 シンジは、確かにそれを認めていた。
 他の生徒達も、シンジの身体の事情は知っている。
 だから、あえてそれには触れなかった。

 そんな中で、ケンスケが言った。
 「お前、ホントに全然変わらないな。外見もそうだけど、その性格とかもさ…」

 溜息をつく。

 「そうだね…」
 言われたシンジは、ちょっと苦笑いをした。



 時間は経ち、会は続いていった。
 歌があり、宴会芸があり。

 だが、物事には始まりがあれば終わりもある。
 長く続いた宴会は、楽しい内に終焉を迎えた。

 人が、1人また1人と帰っていく。

 後片付けに精を出すトウジ・ヒカリ。そして、それを手伝うレイ・アスカ・シンジ・ケンスケ。

 「今日は、ありがとう。」
 シンジが、トウジに言った。

 「久しぶりに、みんなに会えたし。」
 「ええんや。こう言うんはどこでもやることやろ?」
 トウジが、手を動かしながら答える。

 「そうだけど…、やっぱりこのクラスが一番だよ。」
 「そうやな…。ワイも、あの頃が懐かしいわ…」
 「高校は、いろいろ忙しかったしね。」
 「街の復興とかボランティアとかな。」
 「まあ、あれはあれで楽しかったよね。大変だったけど。」

 「でもまあ、あの時。覚えとるか? 先生が瓦礫撤去の手伝いしなさい言うたとき。自分で気ぃつけい、言うておいてから、自分で足つぶしたの。」
 「…そういえば、そんなこともあったかな。」
 「それからシンジが一人で瓦礫撤去をぽんぽん済ませるもんやから、ワイらやっぱりびびったで。知ってはおったけどな。」
 「あは。ごめん。」

 「ま、ええわ。済んだことやし。…それはそうと、たまには顔出しいや。」
 「え?…うん。きっと来るよ。」
 「待っとるで。スペシャルメニュー用意して。」
 「ははは…ありがとう。」
 「礼なんかいらん。シンジにはぎょうさん助けられたさかいな。」



 そして、片づけは終わり。

 「トウジ…美味しかった。」
 「そか。ありがとな。」
 「じゃあ、また…」
 シンジが別れを言う。

 「アスカ、また日本に来るときは言ってね。」
 「ええ。きっと連絡するから。その時は、席開けといてね。」
 「うん。他ならぬアスカの頼みだもの。」
 「ありがとう。」
 「ええ…じゃあ、また…」
 「それじゃあ…」
 名残惜しそうに、ヒカリとアスカが手を振りあう。

 「…碇君。」
 レイは、シンジの隣りにぴったりと寄り添って歩いていた。

 「綾波、今日は楽しかったね。」
 「ええ…」
 「みんなに会えて。」
 「美味しいモノも食べたし。」
 「…綾波の笑顔も見れたしね。」
 「碇…君…」
 レイは、頬を赤く染め、無言でうつむいてしまった。
 どうやら、思考回路がオーバーヒート寸前までいっているらしい。
 この辺は相変わらずだな、シンジは思う。

 …なぁーにやってんのよっ!
 後ろから、あからさまに不機嫌なアスカの声。
 ただ、ちょっとからかいを含むようにも聞こえる。
 以前に比べたら、格段に言葉が柔らかくなっている。

 「アスカ、ホテルはどこ?」
 シンジは、慌てて話題を変えた。

 「…キャピタル・ホテルよ。」
 「じゃあ、明日の朝迎えに行くよ。10時くらいに」
 「オッケー。じゃあ、また明日ね。」
 「また。」
 手を挙げて、別れる。

 シンジは、アスカの姿が人混みに隠れて見えなくなるまで佇んで見送っていた。

 「行こうか。」
 アスカが見えなくなると、ようやくシンジはレイに言う。
 こくん、無言でレイが頷く。
 シンジが歩き出す。レイがそれに続く。

 「また、明日。」
 「ええ。待っているわ。」
 駅前で2人は別れる。
 レイはモノレールでジオフロントに。
 シンジは自宅に。




月の思い出


 闇。

…と、一筋の光が差し込む。
 ホテルの一室だった。
 きれいに掃除された部屋が、アスカを出迎えた。

 電気をつける。

 アスカは、中にはいると厳重に鍵を閉めた。
 こういうことをしなければならなくなったのは、一体いつのことだろう。
 だが、就職して、気づいたらこれが習慣になっていた。

 何しろ、あちこちから勧誘が来るのだ。
 おおかたエヴァのテクノロジーの方面であろうと踏んでいる。
 その証拠に、ある時適当に作った資料をさしだしたらひどく喜ばれたことがある。
 もっとも、アスカはその時心底おかしくてたまらなかったのだが。

 その後、その研究所は、アスカの思惑通り謎の小爆発事故を起こして壊滅した。
 幸いにも、死者やけが人は出なかったそうだ。
 当然、そうなるようにアスカは資料「もどき」を作ったわけだ。

 そして、しきりにやってくる勧誘の類を頑なに断っているせいか、最近ではかなり強い姿勢で勧誘してくることも多くなった。
 つまり、暴力手段に訴える、脅したりする、などだ。
 まあ、こちらはNERVの保安諜報部にまかせてあるので大丈夫だが。

 そんなわけで、気持ちだけでもというわけで、アスカは最近サングラスをかけて外出するようになっていた。

 とりあえず、荷物をベッドの上に置く。
 そして、窓の側に置いてある机に向かった。
 ホテルの電話回線につないだ端末を起動し、メールをチェックする。

 『是非、当DTLへ』
 『SMT研究所に来ませんか』

 いつものように、勧誘メールが来ていた。
 それをアスカは丁重にお断りしてから、読みもせずにごみ箱に放り込む。
 そして、端末の電源を落とした。
 毎日の日課ともなっていることである。

 窓から、外を望む。
 以前、アスカがエヴァのパイロットとしてこの街に住んでいた時に比べたら、確実に明かりは多くなっている。
 だが、まだまだ真の「都会」にはほど遠い。
 夜中のせいもあろう。

 おかげで、黄色く優しい光を放つ月をよく見ることができた。

 「きれい…」
 思わず漏れるつぶやき。
 視線が吸い付けられたようになるのを押さえて、カーテンを閉める。

 そして、アスカはシャワーを浴びに行った。



 「やっぱり、きれいだな。」

 シンジも、同じ頃月を見上げていた。

 「…月を見ると、綾波の感じがするな。アスカは…太陽かな?」
 一人そう呟いて、ちょっと笑ってみる。
 しばらくそのまま月を見ていたシンジは、月の光にふと吸い込まれそうになった。

 「Lunatic、か…」
 以前誰かに聞いた話を思い出す。

 Lunaticとは、英語の形容詞である。
 意味は、「月の」。そしてもう一つ…「狂気の」。

 月の光は魔力を持っていると昔から言われている。
 そうかもしれない。
 月は、全てのものを魅了し、その心を掴んで止まない。
 多くの月に関する言い伝えや物語があることからして、おそらく古の人達も、月の光にとりつかれたのだろう。
 優しく全てを包み込む、それでいて決して弱くなどない光。
 まさに、魔法の如き。
 その辺に「狂気」たる所以があるのかも知れない…。

 「・・・」
 ときどきこうやって月を眺めると、昔のことがまるで昨日のように蘇ってくる。
 NERVに呼ばれた日から、最終決戦の後、中学校を卒業するまでが。
 辛く楽しい思い出が、今はもう過去。
 そして、ここにある「現在」でさえ、次の瞬間には「過去」に変貌を遂げてしまっている。
 過去の遺物は、いつか失われる運命。だが、決して失ってはならないものもある。
 シンジにとって、その思い出はまさにその「失ってはならないもの」だった。

 シンジはそう思うことが多くなった。
 あの時、魂がこのエヴァの身体に宿ったときに、時間の束縛を抜け出して以来。
 シンジの時は、止まっているのだ。他のヒト達と違って。
 姿が全く変わらないのも、そのせいだった。
 何度となく悩んだ。
 だが、抜けだせはしない。それに、逃げ出したりなどしない。
 生きていくと誓ったのだから。精いっぱい生きていく、と。

 だから、生きてきた。
 周りのために、何より自分のために。

 「だから、これからも、僕は生きていく。…僕は、それで間違っていないよね? 母さん…」
 月の中に、ふとユイの面影を見るシンジだった。



 「いま、帰りました。」
 一言そう告げて、技術部の実験室に入る。
 中では、リツコが作業をしている。

 「あら、レイ。同窓会はどうだったかしら?」
 「とても、楽しかったです。」
 レイはにっこりと微笑んで答えた。

 「それで、明日碇司令と惣流博士がエヴァを見に来るそうです。」
 「そう。ところでシンジ君、実験室を確保して下さい、とでも言ってなかった?」
 「どうして分かるんですか?」
 「なんとなくよ。勘、という奴ね。…なんだか、ミサトみたいだけどね。」
 そういって、リツコは少し寂しそうに笑った。

 「ええ…」
 「それでは、そっちの端末で手伝ってくれるかしら。データのまとめ、済ませてしまいましょう。いつまでかかりそう?」
 「はい。…予定では、明日午前中までには。」
 「わかったわ。早速始めましょう。」

 レイはリツコの隣にある端末に座って、キーボードを打ち始めた。
 そのタイプスピードはだいぶリツコに迫っている。
 リツコも多少衰えはあるのだろうが、それでもまだまだ十分早かった。

 「…D52のフィルタ、ちょっと係数が低いわね。上げてみてくれる?」
 「はい。…4.5で安定…数値計測誤差、範囲内です。」
 「ではそれで固定。」
 「了解。」

 2人とも、仕事の話以外は口にせず、黙々とキーボードを叩き続けていた。

 これが終われば、シンジと会える。ゆっくりと話もできるだろう。
 そう思うと、自然に口元がほころんでくるのだった。

 空調からの微風が、かすかにレイの青いショートカットを揺らしていた。



 「・・・」
 シンジは、ひさしぶりにマンションの屋上に出てみた。
 落下防止のための手すりに腰掛ける。

 微風が気持ちいい。
 下を見おろすと、マンションの前の通りをちょうど車が通った。
 まるで米粒のように、小さく見える。
 そして、シンジは視線を空に移した。

 (久しぶりだな…)
 つくづく、そう思った。
 ここに引っ越してから早2年。
 屋上など、引っ越して来たとき以来だ。

 辺りを見回す。
 屋上には、なにもない。
 だから、特に出るようなこともなかったのだ。

 月は方向を少し西に傾け、相変わらずほのかに地上を照らしている。
 振り向くと、自分の影が後ろに長く伸びているのが見えた。

 全身でその黄色い光を浴びると、心がなぜか落ちついていく。
 シンジは目を閉じると、手すりから一歩外側に降りた。
 誰かが見ていたなら、間違いなく自殺と思って止めることだろう。
 だが、シンジは無防備に屋上の縁に立ち、目を軽くつむって風に吹かれている。

 精神を集中すると、その身体が月と同じような淡いオレンジの光を帯びる。
 そしてシンジは、屋上の縁を蹴った。

 ふわり。
 身体が宙に舞う。

 そのまま、重力の束縛を離れるシンジの身体。
 ゆっくりと、シンジは目を開いた。
 輝く赤い瞳が現れる。

 「・・・」
 少し高度を上げると、シンジは再び月に見入った。
 近くで見る月は、より一層きれいに見えた。



 キャピタル・ホテルの最上階の一室。
 アスカの部屋。

 「ふぅ」
 アスカはシャワーを終え、バスローブで部屋に戻ってきた。
 カーテンを少し開け、街を見る。
 シンジの住んでいるマンションが見えた。
 ちなみに、シンジのマンションは、距離にしてみるとここから歩いて10分位のところにある。

 ふと、アスカは上空の光に気づく。
 淡いオレンジの球形の光。

 (どこかで…)
 アスカは思い、そしてすぐ答えを探り当てた。

 「…シンジ。」

 あの時も、こんな月夜だったな。
 シェルターに閉じこめられて、そしていきなり壁が崩れて。
 出ていったら、待っていたのはシンジだった。
 今視界の中にある、ちょうどあんな色の光を身にまとって。
 空に浮かんで。
 その姿が、とても神々しく見えたのを覚えている。
 もしかしたら、シンジは神か、あるいは天使なのか。
 そんな事を思わせるような光景だった。

 地上に降り立ったときには、背中にあったはずの光は消えていた。
 混乱するクラスのみんなに、シンジは淡々と伝えたっけ。
 これで、戦いが終わること。
 そして、自分が一体何者なのかも。

 全てが終わった後に、シンジは泣いていたっけ。
 ただただ、「よかった…」というだけで。
 あの涙でぐしゃぐしゃになった顔が、ひどく眩しく思えたのは何故だろう。
 やはり、自分達を守ってくれたからだろうか?
 それとも…?

 「シンジ…。私は…」
 アンタが好き、という言葉を飲み込んだ。

 シンジも、とうの昔に気づいているはずだ。
 なにしろ、アスカの方から気持ちを伝えたのだから。
 それでもあえて言うのだった。

 以前、思いを告白したときに告げられた言葉が脳裏にこだまする。

 『僕は、アスカも綾波も好きだよ。だけど、どっちかを選ぶことはできないんだ。』
 済まなそうに、シンジは自分と、隣に立っているレイに話した。

 『僕達は仲間じゃないか。だから、誰も傷つけたくないんだよ。…たとえ、それが自己満足だとしても、僕はアスカや綾波の悲しそうな顔は見たくない。今までのように、3人で仲間、それでいいじゃないか。…その方が、誰も悲しまないで済むんなら…』
 『でも、アタシは気になってしょうがないわ。アタシは、ハッキリしてほしいの。』

 『僕は、他人に価値を付けられるほど偉い人間じゃないよ。今までだって、たくさんの人を傷つけてきた。トウジの妹や、トウジや…。みんな、きっと治ったと思うけど、僕はそのことを忘れられないんだ。忘れることはできるけど、でも僕は忘れたくはない。それは、僕のせいなんだし、それにそのことも、思い出の一部だから…。』
 『・・・』
 『心に傷を持つことは、辛いよ。綾波とアスカにはいつも笑顔でいて欲しい。互いに傷つけあう、それが人間なんだから…。それに、僕のことを忘れないでほしいから…。一緒に戦ったこの思い出が、なくなってしまうのはイヤだから…。』
 『シンジ…』
 言うだけ言うと、シンジは沈黙した。
 答えを待つ。

 暖かい液体が頬を伝うのがはっきりと分かった。

 (あれ。アタシ、なんで泣いてるんだろ)
 戸惑いながらも、アスカはそれをあっさりと受け入れる。
 シンジがレイの方を選ぶ、というアスカにとって最悪の事態は避けられ、安心すべきところなのだが、なぜか心が痛んだ。

 『…分かったわ。』
 いち早く答えを返したのは、アスカだった。
 少し涙声になっている。

 『アタシも、この思い出が消えてなくなるのはいや。…でも、待ってる。いつか、シンジが答えを出してくれる日まで。ずっと、ずっと。答えが出なくてもいいの。待ってるから、アタシは…』

 次に答えたのは、レイ。
 やはり、涙声で。

 『私も、それでいい。碇君がその方がいいと言うなら。』
 『…だけど、私も待つわ。碇君の答えを。永遠に、待ち続けるから。』

 『ありがとう、2人とも…。僕も、いつか答えが出ると思う。それが何年後になるかはわからないけど…』
 シンジは、とびっきりの笑顔で言った。
 アスカもレイも、まだ涙の跡が残る顔で微笑みを返す。

 全員、何となく知っていた。答えは出ないのだろうということを。
 しかし、あえてそれを否定してシンジの言葉を受け入れるレイとアスカ。
 忘れてはならない思い出を、2人は今も持ち続けている。

 その日も、確か満月が空に輝いていたはずだ。
 満月の下では、決まって何かが起こるのかも知れない。



 「…で、どうだったの? 久しぶりの『上』は。」
 とりあえず一段落して、今は少し休んでいるところだ。
 リツコがコーヒーをレイに差し出す。

 「月が…」

 「月?」
 少し怪訝に、リツコは聞き返す。

 「月が、きれいでした。」
 「ああ。そういえば、今日は満月だったわね。…ひょっとして、満月に何か思い出でもあるのかしら?」
 少しミサト的な口調が混じってくる。

 「ええ…。あの、最後の日も、今日みたいな満月でしたし…」
 そこまで言ってから、レイは少し頬を赤くしてうつむく。
 コーヒーの香ばしい匂いと立ちのぼる暖かい蒸気が、顔を包み込んだ。

 「碇君に、告白したときも、こんな満月でしたから。」
 幾分恥ずかしそうに、しかし懐かしそうに言うレイ。
 それを、優しい目で見つめるリツコ。

 「そう…で、返事はどうだったの?」
 「決められない、と言っていました。」
 「やはりシンジ君らしいわね。」
 「はい。…私は、碇君のそういうところが好きなのかも知れません。」

 リツコもレイも、黙り込んだ。
 2人とも、シンジの性格はよく分かっている。
 この世界に生きていく者としては優しすぎる心の持ち主。
 その優しさが、言葉からしみこむように伝わってきて、レイは、アスカは涙を流したのだろう。
 だが、そういうシンジがいたからこそ世界はここまで復興したのかもしれない。

 最終決戦で、人類が生き残ることができたことも。
 現在の世界の平和も。

 淀んできた空気を追い払うように、リツコが声を出した。

 「…さあ、続きをやってしまいましょう。」
 「そうですね。」

 こうして、夜はだんだんと更けてゆく…。



後編につづく

ver.-1.00 1997-09/22公開
ご意見・感想・誤字情報などは Tossy-2@nerv.to まで。


 Tossy-2さんの『エヴァンゲリオン パラレルステージ外伝』第壱前編、公開です。
 

 とりあえず・・・
 早く後編を読みたいな(^^)(^^;
 

 この前編。
 あの日、何があった。
 それから、皆がどうした。
 今、どうなっている。

 語られていますね・・
 

 50KB超のこの前編。
 大量の情報。

 後編でどの様なストーリーを見せるのでしょう。
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 感じたことTossy-2さんに。
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