TOP 】 / 【 めぞん 】 / [Tossy-2]の部屋



エヴァンゲリオン パラレルステージ

外 伝


EPISODE:01 / Ten years have passed by...

第 壱


会、



一つの


後編




夜明け


 ジーワ、ジーーワ…

 第三新東京市の朝。

 それは、蝉の声で始まる。
 以前と全く変わらないシチュエーションだが…変わりがないのは事実だ。

 それはさておき、「朝」は人々の目覚めであると同時に街の目覚めの時でもある。

 首都・第二新東京のベッドタウンであるここ第三新東京市からは、毎朝たくさんの人が出勤していく。
 市内にも会社がいくつかあることはあるが、第三新東京のほとんどは相変わらずNERVの管轄のため、第三新東京市に住む人々の大部分は、他の街へと出かけていくのだ。

 優しい「夜の月」はすでに空の彼方に沈み、そろそろ、猛々しい「昼間の太陽」が昇って来ようとしている。

 空の闇は既に消え失せ。
 蝉の声。
 ときどき吹いては木を揺らす、風。
 そして。
 ようやく朝日が山から顔を出した。



 ピピピピ、ピピピピ、ピピピピ…

 枕元で目覚まし時計の電子音がしきりになっている。
 だんだんとフェードインしてくるその音を聞きながら、意識は急速に眠りの世界からの帰還を始める。

 「…ん…」
 眠い目をこすりながら上半身を起こした。
 そして、目覚まし時計に右手を伸ばす。

 ピピピピ、ピピピピ、ピ…

 彼の手がスイッチに触れると、目覚まし時計はその役割を終え、沈黙した。
 改めて目をこすり、目覚まし時計を見る。

 「6:00」、そういうデジタル表示を見ながら、彼はベッドから出た。
 すぐにベッドメーキングも怠らない。
 一通りそれを終え、彼は着替えを始める。

 「やっぱり、今日ぐらいは制服着た方がいいかな。」
 そう言いながら、既に彼はワイシャツに腕を通していた。
 黒いズボンを履き、ベルトを締める。
 仕上げにワイシャツの胸ポケットにバッジをつけて終わりだ。

 こうしてみると、どう見てもどこかの中学生か高校生にしか見えない。
 だが、彼はれっきとした社会人である。

 「…さて。今日の朝御飯は…」
 最後に鏡で簡単に服装と髪型を整えると、彼は台所へと向かった。

 特務機関NERV司令、碇シンジ。
 精神年齢24歳、肉体年齢不明(見かけ14歳)…の、いつもの朝であった。



 同時刻。
 既にアスカも目を覚ましていた。

 こう言うとき「だけは」時差ボケに感謝したいと思う。
 だが、さすがに5時間睡眠はきついらしく、大きなのびと、あくびをした。

 「…さぁ、朝シャワー、朝シャワー…」
 昨日の内に干しておいたバスローブとバスタオルを持ち、アスカはシャワールームに向かった。

 外を覗いたときにわずかに開いたカーテンの隙間から、日光がさーっと入ってくる。
 薄暗い部屋は、光で溢れた。

 それには目もくれず、鼻歌を口ずさみながらアスカはユニットバスへと入っていく。

 部屋の表には、「DO NOT DISTURB」の札がかけられている。
 モーニングサービスの係員がやってきて、通り過ぎていった。

 サー…

 小さな水音が聞こえ始める頃、部屋の机の上に置いてあるノートパソコンが、小さな電子音を鳴らした。
 画面に文字が表示される。

 「メールを受信しました」



 「…さて、これでいいはず…と。」
 最後にエンターキーを叩いて、しばし余韻に浸る。

 リツコは、傍らのコーヒーカップに手を伸ばした。
 いつの間にか冷めてしまっているが、その中身を気にもせずに口に流し込んだ。

 「ふぅ…」
 一息つく。
 冷房が効いて涼しいはずの室内だが、急ぎの仕事のせいで暑くさえ感じる。
 冷めたコーヒーが、ちょうどよかった。

 何とか実験データのまとめは終わり、あとはMAGIによるデータチェックをするだけだ。
 その処理も、すでに開始した。

 カップをとん、と置いて、リツコはレイの方を見る。

 レイは、キーボードの上で器用にも熟睡していた。
 相当精魂つぎ込んでいたようである。
 娘を見る親の表情をしたリツコは、自分の白衣を脱いでレイにかけてやった。

 「さすがに、連続はきついか…。まあ、10時頃になったら起きてもらわなくてはならないけれど、それまではゆっくり休むといいわ…」
 レイを残し、リツコは部屋を出た。

 「お休みなさい。」
 最後に、一言掛けて。

 バシュッ…

 戸は閉まった。



 ガシャン…!

 食パンがポップアップする。
 シンジはそれを皿に移し、バターを塗った。

 「いただきまーす」
 早速、食べ始める。
 一人だけの食事だから気楽なものだが、やはり昔からの経験のせいだろうか、シンジはどうもレトルトやインスタントの食事には慣れない。
 どうしても、自分で調理した方が良い、と思ってしまう。
 まあ、時間はあるのだから、別にレトルトにする必要もないわけだし…ということで毎日律儀に食事は自分で作っていた。
 ちなみにここ数日は、パン主体となっている。

 食事をしながら、テレビを付ける。
 ニュースが画面に現れた。
 何気無くそれを見るシンジ。

…だが、あるニュースのところで顔つきが変わる。

 「ある研究所が事故を起こした」というものだった。
 もしもそれが全く知らない建物だったなら、何も気にすることはなかっただろう。
 だが、シンジはその建物を知っていた。

 その建物は、NERVの一研究施設だった。
 ドイツ支部所属の、研究施設。
 当然、アスカの研究室も入っている。

 すぐさま血相を変え、シンジは食事を放棄して書斎に走っていく。
 コンピュータに向かうと、NERVの内部ニュースを探った。

 「…あった。」
 データを表示する。
 機密事項らしく、パスワードがかかっていた。
 当然、シンジは最高司令官である。そのパスワードも知っている。

 「爆発事故」
 そう、記事は言っていた。

 「!」
 シンジの脳裏を、ある悪い予感が過ぎる。

 「ゼーレか…?」

 人類補完委員会、別称「ゼーレ」。
 2000年のセカンドインパクトを起こした秘密結社であり、特務機関NERVをかつて裏からコントロールしていた組織であった。
 その実態は、「自らを神に」という傲慢な姿勢の人間の集団。
 それを知ったシンジ、そしてゲンドウが黙っているはずもなく、ゼーレの進めようとしていた「人類補完計画」は中期まで進んで、水泡に帰した。
 と共に、世間の明るみにゼーレの存在が暴露され、組織は消滅したはずであった。

 しかし。
 おそらく、世界にはゼーレの残党がまだ残っているのであろう、と予想される。
 いつの時代にも傲慢な輩はいるもので、ともすると「自らが神となるのだ」という願いを抱く者すらいる。
 とすれば、どこかでゼーレの残党(正確には、「新ゼーレ」とでも言った方がよいだろうか)が動き始めている可能性もある。

 『人間が神になどなってはいかんのだ。この、堕落した人間などが…』
 かつて、ゲンドウが言った言葉。

 「そうだね、父さん…。」
 窓辺に立って、シンジは呟いた。
 右手を握りしめる。

 「…それに、『神様』は、いないんだから。」
 そして、少し自嘲気味に呟く。

 そのことは、シンジが一番良く知っていた。
 10年前、戦いの当時は神の存在を祈ったこともある。
 だが、結局それは単なる「願い」に過ぎなかった。
 たったそれだけ。
 何の価値もない、祈り。
 奇跡などとは、それ自体からして程遠い。

 確かに「奇跡」は起きたこともある。
 しかし、種を明かせば、それは単にパイロットであるシンジの願いに、初号機の中にあったユイの魂が呼応したに過ぎない。

 だが、今となっては、それを再び期待する術はない。
 なぜならば、彼自身が初号機なのだから。
 自分で奇跡を起こす他はない。
 それに、故意に起こした奇跡なら、それは既に奇跡ではないのだ…。

 祈るべき神が、ただの偶像であったことに気づく。
 それは、たやすいことだった。

 「ちょっと、厄介なことになるかも知れないな…」
 既に食事の事も忘れ、険しい顔で立ち尽くすシンジだった。



…ルルルル… プルルルルル…

 どこか遠くで電話が鳴っている。

 プルルルルル… プルルルルル…

 (ん…)

 だんだんとハッキリしてくる意識は、電話の呼び出し音を捉える。
 それが現実の電話であることを知ると、レイは一気に起きあがった。
 電話をあわてて取る。

 「はい。」

 受話器の向こうから聞こえてきた声は、聞き慣れたものだった。

 『レイ、よく眠れたかしら?』
 「赤城博士…」
 『とりあえず、弐号機の電源点検、行うわよ。第7ケイジまで来てちょうだい。』
 「はい、わかりました。」

 ガチャ

 受話器を置くと、椅子から立ち上がる。
 ばさっと床に滑り落ちる、白衣。
 自分のものではない白衣…?
…ということは。

 「赤城博士…」
 レイは、少しだけ驚いていた。
 リツコがここまで気を掛けてくれたことは今までになかったからだ。

 しばし佇んだ後、レイは床に落ちたリツコの白衣を拾い、埃を払って腕に掛けると、あわただしく駆け出した。

 レイが出ていった後、電源を切り忘れたコンピュータにメッセージが表示される。

 「SEELEが動き出した。注意せよ」。

 それから、さらに数秒。
 誰もいない室内で、ハードディスクがカララ…と小さな音を立てた。

 「プログラム受信を開始します」



 アスカも、風呂上がりのところでメッセージを受け取った。
 いつものようにメールをチェックしたところ、

 「…ゼーレ…まだ動いてたの?」

 キーをいくつか叩く。
 TVのニュースで報道されていたものより更に詳しい情報が、コンピュータにダウンロードされ、表示されている。

 ピッ!

 パスワードの要求をしてくる。
 慣れた手つきで文字を入力する。
 少しの間の沈黙。
 そして。

 記事は、意味不明な文字列から、意味をなすデータへと変貌を遂げた。

 「何よ…これ。アタシのとこじゃないの!」
 アスカは呟く。
 顔色が多少悪くなる。

 画面に表示されていた地図が示す場所…それは、アスカの研究室が入った棟の一角だった。
 幸い、棟はその事故のあった部屋の壁が吹き飛んだ位で済んだらしいが…。
 それでも、セキュリティなどをくぐりぬけて爆弾をセットしたのだろう。
 それだけで驚愕に値することではあった。

 「…なにか、起きるの?」
 朝日がビルの間から顔を覗かせている街を凝視しながら、アスカは一人ごちた。



 午前10時、数分前。

 シンジは、歩いてアスカのホテルに向かっていた。
 ホテルはシンジのマンションから歩いて約10分のところにある。
 その道をちょうど半分来たところだった。

 ふと、きょろきょろと辺りを伺う。
 さすがに休みなので人は多いが、狙う者がいるとしたら、気配で分かるはず。

 (…今の所は、大丈夫みたいだな)
 とりあえず、ほっと一息。
 そして、人の波に乗って、歩き続ける。

 だんだんと陽も高くなり、気温も同じく高くなってくる。
 もう少し経てば毎日と同じように暑いくらいになるだろう。

 「ねえ、ちょっとそこの君。」
 突然、声を掛けられた。
 振り返る。

 「塾とか、行ってる?」

 なんだ、学習塾の勧誘か。

 「いえ、一応24歳ですから。」
 にっこりとしてそう言う。
 シンジを呼んだ男性は、呆気にとられている。

 し、失礼しました!
 慌ててそう言うその男性。

 ちょっと自嘲的に微笑んで、シンジはその場を後にした。

 (…まただ。これで何回目かな)
 まあ、間違えられるのも無理はないのだが、やっぱり悔しいことは悔しい。
 どこから見ても中学生のままだから、仕方ないと言えば仕方ない。こういうときは、あきらめよう。

…そんなこんなしている内に、ホテルに到着。
 シンジは、ロビーに入っていく。
 アスカはまだいないようだ。

 (…例の件で、まだ部屋にいるのかな?)
 そう思って、フロントに向かった。

 「すみません…」



 「1602…と。ここか。」
 受付の人に聞いた部屋の前に来たシンジは、ドアの脇のボタンを押す。

 ヅーッ!

 小さく、部屋の中でブザーの音が鳴るのが聞こえた。
 しばし、そのまま待つ。

 ガチャリ、音がして、アスカが顔を出した。
 「待ってたわよ。」

…が、すぐ険しい顔になる。

 「シンジ、事故が…」
 「うん、知ってるよ。」
 「やっぱり何かありそう?」
 「…かもしれない。でも、アスカは僕が守るから。」
 シンジが力強く微笑む。

 「ありがとう。…信じてるから…」
 「じゃあ、行こう。」
 「ええ。」
 アスカも再び笑顔になると、表に出てきた。
 鍵をしっかりと掛け、

 「さ、これでよし。」

 シンジのあとについて歩き出した。




訪問と侵入


 広い、部屋。
 金属的な壁が、人の温かみよりも機能性優先であることを知らせる。

 冷たい感じの無機質な壁。
 だが、地下の熱気からすればこれはむしろ有り難いくらいであった。

 その空間を、あわただしく人々が行き交う。
 同じ制服を着た人達が。
 手に手にファイルを持ち、左から右へ、右から左へ。

 そして、響くのは足音とざわめき声と、コンピュータの作動音。

 ピッ!

 ビープ音が鳴って、一つの作業の終了を告げる。

 「赤城博士、電源システム、稼働準備OKです。」
 「そう。…弐号機は?」
 「システムに問題はありません。拘束具確認済みです。」

…と、そこへレイが到着する。
 「すみません、遅れて。」

 「準備、お願いするわ。」
 ちらり、とだけ見て言うリツコ。

 「はい。」
 レイは、自分のための席に座り、一心不乱にキーボードを叩き始めた。



 「…でね、また間違えられたんだ…。」
 「へえ、でもそれはしょうがないわ。アンタどう見ても14歳だから。」
 「それは分かってるんだけど…」
 「仕方ないわよ。これもエヴァの宿命だと思って諦めなさい。」
 「うう…やっぱりそれしかないかな。」
 アスカとシンジは、話をしながらゆっくりと歩いていた。
 あれから、ロビーの喫茶店でコーヒーを飲み、そして本部に向かって今に至る。

 陽も高くなってきた。
 時計を見る。
 「11:00」…。

 「…そろそろ、実験が始まる頃かな。」
 「そう…懐かしいわね。早く逢いたいわ。」
 「まあ、もう30分ぐらいで着くとは思うよ。」

 シンジはアスカの横顔を見上げる。
 昔は、身長はほとんど同じくらいだったが、今ではもう頭のてっぺんにアスカの顎があるような感じだ。
 昨日と同じサングラスを掛けている。

 端から見ると、本当に親子か姉弟か、どちらかに見えるようだ。

 「…でも、アンタその格好だから間違えられるのかも知れないわよ?」
 「仕方ないじゃないか。背広はどうも好きになれないしさ、かといって司令がTシャツで出勤、ってワケにも行かないだろ?」
 「ふふ…まあ、それはそうね。」

 彼らの目の前には、第三新東京駅。
 2人と同じ方向に向かっている人の大半が、そこに吸い込まれていく。

 「モノレールの時間は、っと。…あ、もう5分で発車しちゃう! アスカ、ちょっと急ぐよ!」
 「あ、ちょ、ちょっとシンジ!」
 シンジがアスカの手を引いて走り出した。

 「これを乗り過ごすと1時間ぐらいないから…」



 さて、NERVでは。

 では、実験を開始します!
 リツコが宣言する。

 了解!
 オペレータが一斉に叫び、同時にキーボードに指を走らせる。

 ガラスの向こうで、弐号機の目に、久々に光が灯った。

 「状況は?」
 「順調です。リアクター、トランス、ケーブル、正常。」
 「ケーブルの発熱は?」
 「理論値以内です。」

 「老朽化の点は、とりあえずクリアか…」
 リツコが呟いた。

 「弐号機の内部データ関連は?」
 「チェック、始めました。…パーソナルデータを検査中…システム検査中…」

 今のところ、問題は起きていない。
 リツコは、ほっと一息ついた。



 某所。
 薄暗い中に、数人の男。

 「どうだ、そっちは。」
 「あらかた、終わった。」

 この中で、さらに全員サングラスまで掛けている。
 そして、全員コンピュータに向かってキーボードを叩いていた。

 「ファイアウォールの方は?」
 「今、到達した。なんとか、やってみる…」

 廃ビルの一角の部屋。
 あちこちコンクリートがくずれており、今にも建物自体崩れてきそうだ。
 そんなところで、彼らは何をしているのだろう?

 ドアの表に記された文字は、「S.M.T. Lab.」。
 「SMT」とは、「SEELE Mechanical and Technical」の略であることを、部外者は誰も知らない。
 彼らこそ、「新ゼーレ」のメンバーであった。

 「防壁、突破口が開けた。」
 「よし。…作戦、開始だ。」
 リーダー格の男が重い声で言う。

 「惣流博士…惜しい人を失うことになるが、止むをえんな…。」
 もう一度、小さく呟いた。



 ピピーッ!

 当然、侵入者の情報はすぐリツコ達に届いていた。

 「ネットワークに侵入者のようです。」
 「追い返してしまいなさい。」
 冷静に、リツコが言う。

 「防壁、突破されています。」
 「疑似エントリー…失敗。」
 諦めず、もう一度挑戦してみる。

 「再度展開…成功。」

 同時に、警報も鳴り止んだ。

 「…いたずらかしら?」
 「それにしては、手がこんでますね。」
 日向が、ぽつりと呟いた。

 「いずれにしても、テストはまだ半分しか終わっていないわ。続けましょう。」
 「はい。」



 「切断されました」

 ディスプレイに表示されるメッセージを見ながら、男はサングラスの向こうで笑う。

 「さすが、NERV。速いな。」
 だが、その笑いは明らかに勝利を確信した笑い。

 「プログラムの転送は?」
 「既に終わっています。ちょうど、切断直前で。」

 「そうか…。」
 男は、その答えを聞いて更に口元を歪める。

 「これで、NERVが落ちるのも時間の問題か。」
 「我々の計画が一歩、実現に向かって歩み始めた記念すべき瞬間。」

 「グラスはないが、とりあえず乾杯だな。」
 「乾杯。」
 「乾杯。」

 部屋の中の男達は、全員不気味にほくそ笑んでいた。



 「…実験、データの保存を終わりました。」
 「わかったわ。…では、実験終了。電源を落として。」
 「はい。」

 弐号機の目の光が消える。

 「あ、データラインはつなげたままにして置いて。」
 リツコが思い出したように言った。

 「はぁ…しかし、何故…」
 「アスカが来るのよ、今日。乗りたいと言い出すかも知れないから。」
 「惣流博士ですか…わかりました。」

 リツコは、気持ちを切り替えてレイに向かっていった。

 「レイ、さっきのハッカーの記録、調べるわよ。」
 「はい。」

 「どうもあっさりし過ぎてるわ。かえって怪しいわね。」
 「そうですね。私もそう思います。」

 他のオペレータが背筋を伸ばして出て行くところを、レイとリツコは無言で見送る。
 そして、リツコはレイのとなりに座って、キーボードを叩き始めた。



 「ネットワークシステム アクセスログ」
 ディスプレイに表示されたデータには、こうタイトルがついていた。
 最上段から見ていく2人。

 11:25:00    From E-4 Lab.05        To MAGI-System       Priority AAA
 11:22:37    From E-4 Lab.05        To [MB]Dr. R.Akagi   Priority AA
 11:20:12    From A-2 Reserch-Sec.  To Mail Server       Priority AA
 11:18:51    From C-2 Lab.11A       To MAGI-System       Disconnected
 11:15:26    From E-4 Lab.05        To [MB]Dr. R.Akagi   Priority AA

 「1行目はデータの保存です。2・5行目は赤城博士のメモリバンクへのアクセスですね。」
 「…とすると、3行目か4行目ね。」
 「3行目は諜報部からのメールですから、4行目でしょうね。」
 「11A実験室…そこに侵入、か。…研究のまとめをしていたところね。ひょっとしてあなた…電源切り忘れたの?」
 「…! す、済みません!」
 レイは、あわてて謝った。

 「言い訳はいいわ。とりあえず、電源を落とさないといけないわね。」
 リツコは、あくまで冷静にキーボードを叩く。

 だが。
 その顔がだんだんと険しくなっていく。
 キーボードを叩く速度が上がる。

 「何…?」
 ディスプレイに流れるコード列を見ながら、リツコはおかしな事に気づいた。

 「…電源が落ちない?」

 「ACCESS DENIED」の表示だけが点滅する。
 何度やっても、目的の端末の電源が切れない。

 「ハッキングしてみましょう。データ関連の設定、お願い。」
 「はい。」

…しかし、何度やっても結果は同じだった。
 「ACCESS DENIED」と頑なに接続を拒否される。

 「…困ったわね。何かシステムエラーかしら。…とにかく、直に行ってみないと。」

 リツコが溜息をついて席を立つ。
 レイがそれに続く。

 と。

 ピッ!

 小さな音がして、2人の視線の先にある扉が閉まった。
 慌てて駆け寄るが、扉はびくともしない。

 「…ウィルスか!」
 唇をかんでそう呟いたリツコは、端末のところに戻った。
 画面には、「データの受信中」というメッセージが表示されていた。



 ガクン。

 軽い衝撃の後、2人しか乗客のいないモノレールは停止した。
 ジオフロントに入った直後で。

 「?」
 いぶかしげに外を見るシンジ。

 「本部で何か…?」

 そして、あることに思い当たる。
 シンジとアスカは顔を見合わせて叫んだ。

 「ゼーレ!?」

 アスカがドアに張り付く。

 「アスカ!?」
 「ともかく、こうしちゃいられないわ。早く本部に行かないと。…アンタも手伝いなさい!」

 「アスカ、ちょっと退いて。」
 シンジはアスカを押しのけると、身体に力を込める。
 赤い瞳に更なる光が宿る。

 キン!

 高い金属音がして、ドアはきれいな8角形に切り取られた。

 「…いくよ。」
 振り向くシンジ。
 それだけでシンジの意図が理解できたアスカは、シンジにしがみつく。

 シンジはアスカの手をしっかりと支える。
 そして、外に飛び出した。



 少し落下の感覚。
 目をつむって耐える。

 すぐにそれは浮遊の感覚へと変わる。
 目を開けた。

 オレンジ色の光の羽。
 それを羽ばたかせて、空を進む。
 さすがに直線距離を進むのは速く、あっと言う間に本部に到着した。

 地上に降り立ったシンジの背中から、光の羽が消える。
 それを呆気にとられながら見ていたガードの青年に、シンジは話しかける。

 「中、どうなってるのかわかる?」
 「え? あ、はっ! ただいま調べます!」
 やたらとしゃちほこばった口調に、シンジは苦笑する。
 2人をまじまじと見つめていたガードマンは、慌ててインターフォンを鳴らした。

 まあ、見つめてしまうのは無理もないところだ。
 いきなり子供(それでも一応自分の上司だ)が大人(しかも有名人)を引き連れて空を飛んできたら、誰だって驚く。…見慣れていない限りは。

 「応答願います。ゲート管理センター、応答願います!」
 思わず声が大きくなる。

 「…どうしたの?」
 「内部の様子が把握できません。…何かあった模様です。」

 「…やっぱり。アスカ!」
 「ええ。」
 シンジはカードを取り出すと、スリットに滑らせた。
 だが、反応はない。
 何度やっても同じ。

 (ゲートも動かないか。…仕方ないな)

 「あの。」
 再びガードマンに声を掛けるシンジ。

 「何でしょうか。」
 「このゲートの修理費の申請、よろしく頼みます。」
 「はあ…しかし、壊れてなどいませんが…」

 とそこまで言って、シンジの言葉の意味をようやく理解する。

 「・・・」
 黙って右手を振り降ろすシンジ。
 3人の目の前で、ゲートはあっさりと真っ二つになって、崩れ落ちた。
 もうもうと、埃が舞い上がる。

 「あ…」
 「じゃあ、事後処理、よろしくお願いします。…済みません。」
 「い、いえ、これも仕事ですので!」
 ぴしっと背筋を伸ばして、青年は言った。

 「アスカ、行くよ!」
 「あ、待って!」

 シンジとアスカは、その穴から中に入っていった。



 「…MAGIは生きてる。…666防壁が自動展開されたようね。」
 手持ちのノートコンピュータでシステムの状況を調べるリツコ。
 幸いにも(?)、MAGIはまだ汚染は受けていないようだ。
 だが、防壁を展開していては何もできないこともまた事実だ。

 「本部内36%以上の端末が、例の端末よりデータ転送を受けています。」
 「管理システムも止まったようね。…少し暑くなってきたわ。」
 「ロックシステム、ゲートシステム、保安システム、照明他の電源系統空調も機能が平均90%以上低下していますね。」
 「…やはり、人間の敵は人間か…。第11使徒の方がまだよっぽどましね。」

 大きなため息をついて、リツコは再びキーボードを打ち始める。

 「とにかく、MAGIを独立させて、本部の復旧をしないと。あちこちに閉じ込められた職員がいるはずだわ。」
 「そうですね。」
 「行動は一つ。分かってるでしょうね?」
 「はい…ですが、本当にいいのでしょうか…」
 「この場合、止むなしよ。安心なさい。別に修理費は貴方の財布から出るわけではないから。」
 「はい…」

 コツ、コツ…

 2人は開かないドアに近付いていく。

 目を閉じて精神を集中させるレイ。
 表からは、ドアを叩く音が聞こえて来る。

 リツコは、めずらしいくらいの大声で叫んだ。

 「あなたたち、ドアから離れなさい!!」

 一瞬にして、表の騒ぎが治まる。
 ドアを叩く音もしなくなった。

 「レイ…いいわよ。」
 「はい…!」

 レイが答えた、次の瞬間。

 ドゴォ…ン…!

 爆音と共に、目の前のドアは吹き飛んだ。

 「行くわよ。」
 「はい。」

 何事もなかったように歩き出すリツコとレイ。
 そして、数人の人々は。
 ただ、2人を見送っていた。



 「MAGIが防壁展開中…内部システムへの侵入か…。」
 立ち止まって目を閉じていたシンジは、ゆっくりと顔を上げて言った。

 「早く言えば、ハックされたわけね。」
 「相当、質の悪い悪戯だな…」

 そう言いながらも、2人は知っていた。
 これが悪戯などではないと言うことを。

 「綾波とリツコさんがメインコントロールに向かってるみたいだよ。…僕等も合流しよう。」
 「そうね。」

 緊急閉鎖された隔壁を、シンジのATフィールドで吹き飛ばしながら進む2人。
 ふと、アスカが呟いた。

 「…ウィルスか何かを送り込んだようね。NERVの占拠が目的か…。」
 「だろうね。」
 「まったく、汚いマネというか…これだったら、使徒の方がよっぽどマシね…」
 「そうだね…」
 期せずして、リツコと同じ事を言う。

 「で、システム自体の稼働率は?」
 「詳しくはホストに交信しないとわからないよ。…だけど、30%を切ってることは確かだね。」

 「どうりで、暑いと思った。」

 口元だけ、笑う。
 だが、目は真剣そのものだった。



 バン!

 最後のドアを破り、リツコとレイは発令所に到着した。
 発令所は無人となっており、2人の足音と、防壁作動時の小さな音が、辺りにこだましている。

 「システム・コンソールを、スタンドアローンで起動して。」
 「はい。」

 リツコは、MAGIに。
 レイは、コンソールに。
 それぞれ向かって、作業を始める。

 「LAN非接続モード」
 大きく、文字が出てメインモニターにグラフィックが映し出された。
 その間に、リツコはMAGIにアクセスし、自分のアクセスコードのみを解凍した。

 「レイ、私のコードでMAGIに接続してちょうだい。」
 「分かりました。」

 レイがキーボードを打つ。

 「MAGI SYSTEM」
 見慣れた、対立表示が現れた。
 周囲には、これでもかと言うほどの防壁が張り巡らされており、本部内のネットワークからは完全に孤立したシステムとして機能していることが分かる。

 「…さて、これからどうするか、ね。」

 そう呟いた瞬間、

 バキン!

 大きな音が、発令所に響きわたる。
 音の方を見ると、アスカとシンジが立っていた。

 碇君!
 レイが呼ぶ。
 シンジ達もレイとリツコを認識して、駆け寄ってくる。

 「状況は?」
 レイの脇に来たアスカは、すぐに問う。
 後ろからリツコがやってきて、答えた。

 「芳しくないわ。…ネットワーク・システムの80%以上が侵食されているのよ。」
 「やっぱり、ウィルスか。とりあえず…」
 「…管理システムの復旧ね。」
 リツコとアスカは2人で頷きあうと、それぞれレイの両脇に座る。

 「レイ、衛星回線につなげる?」
 「はい。今の所、完全未使用の衛星が26。」
 「構わないから、他のところの衛星も全てつないで、ダミーに仕立てて。」
 「了解しました。」
 「アスカ、あなたも衛星のハッキングをやってちょうだい。」
 「分かったわ。」
 「じゃあ、始めましょう。」



 「ふ…動き出したか。」
 「時間は稼げた。あとは待つだけだ。」

 不気味な笑いを浮かべた男達は、機材を既にまとめあげている。
 表にトラックが着いた。

 あわただしく荷物を運び出す。

 足跡を残さないために。

 「行動隊は、動き出した。」
 「計画の達成も、時間の問題か。」

 更に口元を歪める。
 同時に、男達は高くなり始めた陽の元へとその身体をさらす。
 全員、20代後半の青年だ。

 荷物を積み終えると、彼らはいずこともなく姿をくらました。

 作戦の成功を疑うことなく信じて。



 「362のアクセス可能ポイント、全て経由。これなら逆探知はほとんど無理ね。」
 「では、管理システムにハッキングを始めるわよ。」
 「はい。」
 「了解。サポートは任せて。」

 3人とも、キーを打ち始めた。
 慣れた手つきである。

 「ダミー接続開始…16ポイント…36ポイント…162ポイント…305ポイント…362ポイント…接続を完了しました。」
 「第360次ポイント、データの受信を確認。」
 「ふ、早速気づいたわね。データコネクト開始。」

 「了解。メイン・ライン、オープンします。」
 「ライン接続。ファイアウォール展開しました。」
 「リツコ、いいわよ。」

 軽く頷くと、タイプスピードを更に上げる。
 コードがすさまじい勢いでスクロールし、「ACCESS DENIED」とばかり表示していた画面が、ついに「CONNECT」に変わる。

 「システムを独立モードに設定したわ。シャットダウンかけて。」
 「第300次ポイント、データ到達。」

 「シャットダウンを実行します。」
 「パスワードが書き換えられているわね…。メルキオールにパスワードの走査をさせてちょうだい。」
 「はい。」

 「3桁…5桁…8桁…10桁…13桁…16桁、クリアしました。管理システム、停止します。」
 「メルキオールにシステムのコントロールを移行。」
 「もうやってるわよ。」

 「第240次ポイント、データ到達。」
 「衛星回線、切って」
 「はい。…切断、成功しました。」

 一気に、緊張の糸がやわらぐ。
 ひとまず、本部自体の管理はMAGIに移行した。

 「とりあえず、一安心、と。」

 コォ…

 静かな音を立て、空調が再び動き出した。



 それから、システム自体を復旧するのにさほど時間はかからなかった。
 何せ、未だ世界最高を誇るMAGIと、復旧したシステムによる総攻撃である。
 一端末風情がかなうワケがない。

 だが…
 一ヶ所だけ、どうしても接続を受け入れない場所があった。

 「E−4ブロック、第5研究室か…」
 「何か実験してたの?」
 「例の、弐号機の電源実験よ。」

 「ということは、まさか…!」
 アスカの頭の中を、悪い予感が駆けめぐる。

 「…ひょっとしたら、本部ではなく、弐号機のシステム占拠が目的なのかもしれないわね。」
 リツコが、言葉を引き継いだ。

 「そんなことになったら、本部が一たまりもないわよ!」
 「早急に調べる必要があるわね。」

 「残念だが、それはさせられない」
 突然、後ろから声がかかる。

 チャキ…

 後頭部に、冷たい銃の感触を、シンジは感じた。
 声には、聞き覚えがあった気がした。
 おそらく、旧ゼーレの生き残りだろう。

 「…やっぱり、あなた達ですか。」
 「・・・」
 ゆっくりと言うシンジに、侵入者は答えない。

 「君らには、ここで消えてもらおう」
 別の声。
 レイ、リツコ、アスカ、それぞれ後頭部に銃が突きつけられる。
 だが、4人ともひどく冷静である。

 「そのせりふ、そっくりそちらにお返ししますよ。」
 シンジが、言葉を発する。
 おもむろに、一歩後ろに下がるシンジ。

 一瞬、侵入者はひるむ。
 それを見逃すはずがなかった。
 振り返りざま、手先に展開したATフィールドを投げつける。
 思わず上に向けた銃身の先が、すっぱりと切れて落ちた。

 慌てて銃を撃つ。
 だが、ATフィールドで守られている4人には到達しない。

 「…邪魔よ。」
 シンジと同じく振り返ったレイが、無表情な声で言う。
 そして、大きく吹っ飛び、床にたたきつけられる侵入者達。

 「・・・」
 無言のまま、侵入者達の額に軽く手を触れるシンジ。
 それを、どこから持ってきたのかリツコがロープで縛っていく。

 「これでよし、と。精神には細工をしておいたし、1日は目が覚めないようにしておいたから。…それから、やっぱり狙いは弐号機みたいだね。」
 「そう…行きましょ。」
 「うん。」



 発令所で気を失っている侵入者の監視を、警備の兵士に任せると、シンジ達は足を速めた。
 行き先は、第5研究室。
 弐号機の実験を行っていた部屋でもある。

 「システム管理部? 赤城リツコだけれど、E−4の第5ラボにつながる回線を物理的にカットしてくれる?…ええ、そう。例の件で。…そう。お願いするわ。」
 リツコは、走りながら電話を掛けている。

 パチン、薄型の携帯電話を折り畳む音が聞こえてから、

 「例のシステムを完全に孤立させたわ。…汚染はこれ以上広がらないはずよ。」

 リツコの声が聞こえた。
 だが、依然として危険性はなくなるわけではない。
 安心は、まだできないのだ…。

 第5ラボは、重要な研究用の研究室である。
 当然、電源が落ちたときの対策も万全だ。
 となれば、外部から物理的に電源を落として安全を確保するわけにも行かない。
 結局、残る道はただ一つ。

 手動で、操作を行わなければならないのだった。



 ピッ!

 「EVA−02」
 「システムに、アクセス可能です」

 突如、モニターにメッセージが出る。

 「データ転送」
 ウィンドウが開き、バーが伸びていく。
 それは、まさに阿鼻叫喚の地獄を予言しているが如く。

 「30%終了」
 経過はパーセントで表示され、画面には時折ひっくり返る砂時計が表示されている。

 「70%終了」
 「終了まであと30秒」
 こうしている間にも、カウントダウンは続いていく。
 0になったときに、何が起こるか。
 それは、仕掛けた者にしか分からない。

 「93%終了」
 「終了まであと3秒」

 そう、表示が変わったとき。

 バァン!

 扉が内側に大きく吹っ飛び、外の明かりが内部に差し込む。
 入ってくる4つの人影を、誰もいない部屋は無言で迎えた。

 ちょうど、彼らがコンソールにたどり着いたときに。

 ピーッ!

 「転送終了」
 音と、文字。
 と同時に、画面に砂嵐が走る。

 そして。
 画面は完全に真っ黒になり、稼働していたコンピュータは停止した。



 「やっぱり、システムが書き換えられてる…!」
 半ば悲鳴に近いようなシンジの声。
 間に合わなかったという悔しさがにじみでてくる。

 「そんな…じゃあ、弐号機はどうなるのよ!?」
 「・・・」
 答えない。
 
 「まさか、解体とか…? そんなこと、しないわよね。」
 ふいに去来する、悪い予感。

 「解体は絶対にさせないよ。…アスカの、お母さんなんだから…」
 力強く宣言するシンジ。
 アスカの心も多少は救われた。

 が…

 「しかし、このままではどちらにせよ危険すぎる。何とかしてシステムを戻さないといけないわ。」
 レイの冷静な言葉が、加熱してきた心に落ちつきを取り戻させる。
 既に、リツコは小脇に抱えていたノートパソコンを起動して何やらやっていた。

 「言われなくても…分かってるわよ…」
 「システムにアクセス不能…状況把握しかできないわね。」
 「ハッキングは?」
 「まるでだめ。こちらからのデータの送信を受け付けないのよ。」
 「つまり…」
 「これは、内部からシステムの書き換えを行わないとだめ、ということね。」

 「…なら、アタシがやるわ」
 「危ないよ。プラグシステムまで侵されてる可能性もあるんだから…」
 「そうでないことを祈るだけ。それしか方法はないんでしょ。」
 「・・・」

 突然。

 …リツコさん!
 シンジが叫んだ。
 顔色が悪い。

 「ダミーオペレーションシステム、起動しました!」
 何ですって!?

 ギギ…

 きしむ音が、耳に響く。
 ガラスの向こうでは、拘束具から逃れようと、弐号機がもがいていた。

 そう。
 まるで零号機の、起動実験中の暴走のように。



 全職員、避難させて!
 リツコが携帯電話に怒鳴っている。
 間もなく、緊急放送が入った。

 『R警報発令、R警報発令。NERV本部内部に緊急事態が発生しました。全職員は、直ちに外部へ避難して下さい…』

 10年前に比べたら多少丈夫になったとはいえ、拘束具がエヴァの力になど及ぶはずもない。

 ギギギ…ギ…バキィン!

 ついに、腕が解放された。
 次いで、肩が。

 少し地面から浮くような形で固定されていた弐号機は、大きな音を立てて実験場の地面に降り立った。

 ケーブル切断!
 「はい!」
 レイは答えてコントロールパネルを操作するが、何も反応しない。

 「綾波。僕が、やってみるよ。」
 静かにシンジが語りかけ、焦るレイをなだめる。

 シンジは、弐号機の背中からつながったアンビリカル・ケーブルを凝視する。
 一瞬、シンジの瞳の光が強くなった気がした。
 そして次の瞬間には、アンビリカル・ケーブルはあっさりと二つに切れていた。

 「内臓電源、起動。…次いで、予備電源、作動開始しました。停止まで、15分と予想されます。」
 「実験のためとはいえ、充電しておいたのがまずかったわね…」
 冷や汗をかきながらも、そう呟くリツコ。

 この10年の間に、科学も進歩したことがうかがえる。
 エヴァの内臓電源はシステム自体に関わることなので既に取り替えは効かないが、予備電源として外部電池を別に付けられるのは周知のとおりだ。
 この電池の性能がめざましく向上して、容量フルならゲイン最大で10分は持つというほどにまでなった。
…だが、この場合はこれが逆に仇となってしまった。

 実験場の壁を破壊して歩き始めた弐号機を追って、シンジとアスカは厚手の強化ガラスをくり抜いて飛び出した。
 レイも後に続く。

 のこされたリツコは、ただ一人。
 状況を見守っていた。

 3人の姿が見えなくなると、リツコは位置を捜索すべく、地図を表示させた。
 移動する光点がいくつか見える。

 「問題は、どうやって止めるか、ね…」




追撃


 「ねえ、シンジ。一体どうするつもりなのよ。」
 「とりあえず、弐号機を止めなきゃ…」
 「そんなことは分かってるわよ! どうやって、かを聞いてるの!」

 「初号機で、なんとかなるかな…」
 「だったら、早く!」
 アスカの焦る声。

 「…分かった。アスカは、ケイジに行って受け入れ体勢をつくっておいて。すぐシステムが書き換えられるように、セットアップも頼むよ。」
 「まかしときなさい!」

 自信ありげに胸を叩いてみせるアスカ。
 当然ながら、この行動は、多少強がりを含む。

 「じゃあ、アスカ。あそこの通路まで送るから。」
 シンジは上を見上げる。
 同時に、アスカの高度を上げていく。

 かなり上に見える通路の高さまで到着すると、アスカは手すりを乗り越えて通路に移った。

 ありがと、シンジ!
 既に弐号機に意識を移したシンジに、上から声が聞こえてきた。



 「…じゃあ、いくよ。まず、フィールドで足止めをかけて、初号機で回り込む。」
 「ええ。」

 「フィールド、全開!!」
 瞬間的に、弐号機の前に位相空間が生じる。
 その壁は弐号機の進行を阻んだ。

 「綾波、ちょっとだけ頼むよ!」
 「分かったわ。」

 シンジは、ふっと力を抜き、それから身体にぐっと力を入れる。
 周囲に眩いばかりの光が広がり…

…そして、もうシンジは居らず。
 代わりに初号機が立っていた。

 「ありがとう、綾波。」
 初号機…シンジは、すこし明るい声でそう言うと、再び自分もATフィールドを展開した。
 そして、少しずつ手前に引き寄せる。
 弐号機は、前に進もうと必死に力を込める。
 だが、だんだんと引き寄せられてくる。
 すかさず、初号機が前に回り込み、弐号機を押さえる。

 『停止まで、あと約12分よ。』
 リツコから通信が入る。

 (まだ、それだけしか経ってないのか…)
 内心で唇を噛みながら、ATフィールドを張り続けるシンジ。

 だが。
 突然、ふっとフィールドがわずかに弱まった。
 慌てて、レイの方に視線を移すシンジ。

 弐号機の肩越しに見えたレイは、まるで糸が切れた人形のように落下していく。

 「綾波!!」
 思わず、叫ぶ。

 「・・・」
 無言で、レイは下へ、下へと…。



 初号機が回り込んだ後、ほっとしたレイは一気に視界が暗転するのを感じた。

 (あ…)
 そう思う間もなく、レイの世界はぼやける。
 二重になり、モノクロになり。
 そして真っ暗闇の中へ。
 長時間フィールドを張り続けたため、慣れないレイは気を失ってしまったのだ。

 弐号機の前に展開されていたフィールドは消える。
 レイが自分の身を宙にとどまらせていたフィールドも。

 重力が、再び彼女の身体をがんじがらめにする。

 『綾波!!』
 シンジの悲痛な叫びが、消えゆく意識に吸い込まれ…。

 レイは、ただ落ちていった。

 何も、感じなかった。



 シンジは、身体が自然に動いていた。
 弐号機を押しのけ、レイの元へと急ぐ。
 両手を、水をすくう形にして、差し出す。

 そこに向かって、レイがやけにゆっくりと落ちていく。
 息が詰まるような時間。
 ただ、これはシンジの主観であって、客観的には0.1秒も経ってはいない。

 とん。

 軽い衝撃と共に、レイはシンジの手のひらに落ちた。
 幸い、命に別状はないようだ。

 「よかった…」

 一瞬、嬉しさがこみ上げる。
 だが、そうしている暇もない。

 「ごめん…また、迎えに来るから…」

 シンジ(に一旦戻っている)はレイを手近な壁に寄り掛からせると、再び弐号機を追い始めた。
 その後ろ姿を見ることもなく、レイは安らかな顔で眠っていた。



 弐号機は、ただまっすぐに進んでいた。

 もう、どれくらい経ったのだろうか?
 そう思うほど、時間は長く感じられる。

 だが、時折入るリツコの報告は、否応なしに現実が厳しいものであると実感させる。
 『あと10分。』

 (まだか…!)
 じれったい思い。
 シンジ(再び初号機形態)は、弐号機の肩を掴む。

 こうして、また力比べは始まった。
 だが、当然初号機の方がスペック的にも相当上なのだ。性能を比べれば遥か下の弐号機が力でかなうはずもない。

 だんだんとねじ伏せられる弐号機。

 既に地べたに伏している弐号機は、必死に手を伸ばした。
 その先の壁が向こう側に吹き飛ぶ。

 シンジは、ふと弐号機が開けたその穴に目をやった。

 (!!)



 「ありがと、シンジ!!」
 精いっぱいの大声でそう叫ぶと、アスカは手すりに時折手を触れながら駆け出した。

 (急がなくちゃ…)
 ただ、それだけしかアスカの頭にはなかった。

 しばらく離れていたとはいえ、やはり懐かしい、見慣れた本部のままだ。
 ケイジの場所は、すぐに分かった。
 しばらく使われていないようだったが、設備はちゃんと動くらしい。

 「…よし」
 アスカは、また少しだけほっとした。

 (これで、あとはシンジが上手くやってくれれば…)
 誰もいないコントロール・ルームに行き、キーボードを叩き始める。

 間もなくコントロール・ルーム内の全てのモニターの電源が入った。
 そして、「READY」と表示されるのを見ながら、アスカは再びケイジに降りる。

 あちこちをくまなく調べ回りながら、彼女は待っていた。
 シンジが来るのを。
 そして、自分の母親…エヴァ弐号機が来るのを。

 突然。

 バキッ!

 音がした。
 慌ててその方向を見てみる。
 外はここより暗いようで、何なのかよくは分からない。
 だが、壁に開いた穴からは、確かに弐号機の顔が見えていた。

 シンジ!?



 思わず覗き込むシンジ。
 その向こうには、案の定アスカがいた。

 アスカは、アンビリカルブリッジの上でこちらを見ていた。

 (まずい!)
 ここから先には何としても行かせられない。

…と思ったのだが。
 そう思ったときは既に遅く。
 弐号機は、再び隙ができてしまった初号機をはねのけた。
 立ち上がると、今度は壁を全身で破って進む。
 初号機も急いで立ち上がる。

 弐号機は、どんどんと進む。
 アンビリカルブリッジの方へ。

 うろたえるアスカ。
 迫ってくる弐号機の迫力に、動けない。

 初号機は、シンジの姿に戻り、アスカの元へと急ぐ。
 抱き抱えて、逃げようと。

 アスカ!
 そうシンジが叫ぶ。

 アスカは逃げたかった。
 だが、身体は逆に言うことを聞かなかった。
 足がすくんで。

 弐号機が一歩踏み出す。
 ブリッジにぶつかる。

 更に一歩を踏みだそうとする。

 ギギ…
 ブリッジがきしんだ。

 地に足を付ける。

 ギギギ…バキン!

 ついに荷重に耐えられなくなり、アンビリカルブリッジは折れた。
 瓦礫が落ちていく。
 アスカも落ち始める。

 そこに、シンジは到着した。
 手を掴もうとして、空を切った。

 アスカが、目を見開いたまま、瓦礫と共に落ちていく…。
 一瞬、レイのときと光景が重なった。

 「アスカぁぁぁぁぁっっっ!!」
 慌てて後を追うが、あの時のようには行かない。
 瓦礫が邪魔でなかなか近づけないのだ。

 「イヤぁっ! シンジぃっ! ママぁぁぁっ!」
 まるで子供のように、泣き叫ぶアスカ。
 手をいっぱいに伸ばしてはいるが、届きはしない。

 弐号機は、ただ立ち尽くしている。
 まだ、電源は切れていないようだ。
 弐号機とのデータ回線を開いてあるシンジは、そのことを知っていた。

 ならば、何故弐号機は止まっているのだろう。
 その時は、そこまで考えが回らなかった。



 『…アスカちゃん!』

 一番始めに崩れた欠片が、地面に到着する頃。
 それは、起こった。

 弐号機の指が、ぴくりと動く。
 見ても分かるか分からないかくらいの動き。
 当然、シンジは気づかない。

 次の瞬間には。
 シンジの視界に、何か灰色のモノが飛び込んできた。
 アスカの行く手を遮る、その物体。

 アスカは落ちていく。
 シンジは追う。

 そして。
 アスカは、その「灰色のモノ」の上に足から落ちる。
 膝ががくっとなり、尻餅をついた。

 足をひねったようだ。少し痛む。
 だが、予想していたよりも遥かに軽い痛みだった。

 それを追ってきたシンジが、着地する。

 「アスカ!」
 地面に足がつくかつかないかの内に、シンジは声を掛けていた。

 狐につままれたような表情のまま、アスカは座っていた。
 シンジも、心配そうな表情を崩さない。



 「ここは…?」
 ようやく、アスカが周りの状況を把握し始める。

 まず、下。
 下には、一面灰色の物体。
 生物的な曲線を描く、その地面。

 地面には、それを支える棒がついている。
 その棒をたどっていって、初めてそれが弐号機の手であったことを認識する。

 「…ママ?」
 アスカの方をむいたまま、弐号機はぴくりとも動かない。

 「止まった…」
 呆然としたまま、そう呟いたシンジ。

 (残り電源は、まだ8分あるのに…やはり、コアのおかげか…)
 とりあえず、危機はひとまず去ったようだ。

 「アスカ…」
 アスカに視線を移す。
 珍しく、アスカは目に涙をためていた。

 「ママ…ありがとう…」
 そんなアスカの肩に手をかけ、シンジはゆっくりと言った。

 「…さ、アスカ。あとは弐号機を元に戻すだけだね。」
 「・・・」
 こくり、アスカは無言で頷いた。



 『MAGI SYSTEMへのアクセスを承認します』
 合成音声が、あくまで事務的に告げる。

 あれからシンジが弐号機をとりあえず固定し、アスカとシンジはコントロール・ルームにやってきていた。
 レイも、既に起きている。
 ケイジの壁に開いた穴のところで佇んでいたのを、連れてきたのだった。

 アスカが中心となり、その左にシンジ、右にレイがいる。
 3人ともキーボードに向かっていた。

 「じゃ、システムの上書き作業を始めるわ。…ってシンジ、アンタ本当に大丈夫でしょうね?」
 「はは…大丈夫、大丈夫。」
 それでも疑いが抜けきれないのか、ちょっと目がジト目のアスカ。
 まあ、緊張がほぐれたのはよいことだろう。

 「じゃ、始めようか。」
 「そうね。」
 シンジの言葉にレイが賛同し、3人で一斉にキーボードを叩く。

 「へえ、なかなか速いじゃないの。」
 アスカがシンジの手つきを見てちょっと驚きの声を上げる。

 「そりゃまあ…ね。仕事もあるし…母さん直伝だし…」
 苦笑しながら、シンジは言った。

 ともあれ、システムの書き換えは無事に始まった。
 命令を出したら、待っていればよい。
 あとは…。

 「壊れた施設の…」
 「修復ね…」
 「予算申請か…気が重いなぁ…」

 今までの雰囲気とは一転、がっくりと肩を落として溜息をつくシンジに、アスカとレイは笑いを覚えた。

 「…ぷっ」
 「うふふふ…」
 「な、なんだよ…本当に大変なんだから、いいじゃないか」



…と、いきなり。
 シンジの眉がぴくっと跳ね上がる。
 首を、右の方にゆっくりと向けた。

 「? どうしたの?」
 「・・・」
 シンジは答えない。
 ただ、ある方向を凝視している。

 ビシッ!

 音がして、アスカにも何があったのか分かった。

 オレンジ色の光の八角形。
 何かがATフィールドに衝突した証だ。

 「『奴ら』…まだ残ってたみたいだ…」
 呟きながら、シンジは右手で空間を切るように横に動かす。
 その先にあった移動式の棚が、いとも簡単に切断される。
 その向こうから、見慣れない格好の男が顔を出した。

 「ゼーレ…!」
 思わず叫びかけるアスカ。

 男は、胸のところから何か取り出すと、こちらに向かって投げようとした。
 再び、シンジが手を振る。
 男の手の中の物は、男の手と共に真っ二つになった。
 信じられないと言った目でそれを見る男。
 その視線をシンジ達に向ける前に、男は絶命した。
 男が投げようとした物、それは手榴弾だった。

 爆風をATフィールドで防ぐシンジ。
 とりあえず治まると、ゆっくり声を発した。

 「僕も、手伝って来なくちゃ。…綾波、身体はもう大丈夫?」
 「ええ。」
 「じゃあ、一緒に。アスカは…弐号機を守っていて。」
 「…分かった」
 シンジは、レイと一緒に走っていった。

 「シンジ…」



 交戦場所へは案外すぐたどり着けた。

 が、状況はNERV側が不利だった。
 既に、死者も出ている。
 両方とも死者を出しているのは同じだったが、数についてはNERVの方が多い。
 残りの侵入者は10人ほど。見方はたったの3人。

 (ここまでか…)
 一瞬、死を覚悟した。

…と。
 いきなり、銃撃が止んだ。
 敵の気配も消えている。

 トン。

 後ろで、小さい音がした。
 驚いて振り返ってみると、そこには少年と女性。

 「し、司令!」
 「大丈夫ですか?」
 「はい…」

 シンジは、血溜まりで動かない人影を見て、悲しそうな表情をした。



 ゆっくりと、隔壁が閉まっていく。
 その光景をモニターで見ながら、レイはシンジに話しかけた。

 「碇君、隔壁を閉めたから。これでおそらく、侵入者の足止めにもなるし、居場所が分かるわ。」
 「ありがとう、綾波…」
 すぐに言葉が返ってくる。
 レイは、少し微笑んだ。

 「じゃあ、行こうか。」
 「ええ…」

 シンジの言葉と共に、2人の足下に黒い影が現れる。
 真円の影が。
 薄暗い中でも、一層暗い色を持つその影は、まるで何もかも吸い込むブラックホールのよう。

 シンジは、何もせずにそれに吸い込まれていく。
 レイは、一瞬躊躇した。

 「…大丈夫だよ。」
 シンジの声。
 そして、レイも影の中に消える。

 2人を吸い込むと、影はどんどんと小さくなり、ついに消えた。



 シンジ達は、次の箇所に向かっていた。
 今度は、わざわざ壁をぶち抜かずに、エレガント(?)な方法で。

 いきなり閉まった隔壁に攻撃を仕掛けようとしていた男達は、人の気配に気づいた。
 後ろを振り返る。

 「!?」

 そこには、誰もいなかったはずなのに、いつのまにか中学生ぐらいの少年と青いショートカットの女性が。
 2人は、何も言わない。
 ただ、悲しげな表情で、男達を見ている。

 赤い瞳が、目に焼き付いた。
 攻撃しようとする間もなく、男達は床に崩れ落ちる。
 視界が暗転し、折り重なるようにして倒れた。

 ピッ

 次の瞬間、男達が隔壁を破壊すべく仕掛けた爆弾が爆発する。
 男達の身体はそれに飲み込まれる。
 シンジ達も、次の場所に行くため姿を消した。



 L.C.L. Füllung. Anfang der bewegung. Anfang des Nerven Anschlusses. Auslöses von links-Kleidung. Sinklo-start.
 小さく呟くアスカ。
 視界に、七色の光が訪れ、去っていく。
 やがて、それはケイジ内の景色に落ちついた。

 「ふぅ…」

 ゴポ…

 肺の中に残っていた最後の空気を吐き出す。

 「さっきは、ありがとう…ママ…」
 真剣な表情のままでそう言うアスカ。

 今の所、怪しい反応はない。
 弐号機も、ちゃんと動いている。
 電源表示は、「外部」となっており、アンビリカル・ケーブルそして電源システムが正常作動していることを知らせていた。

 久しぶりの感覚を確かめるように、アスカはレバーを握った。
 弐号機の腕が、軽く動いた。



 そうしている間にも、敵の数は徐々に減っていく。

 「なっ…」

 ドサッ

 ちょうど、最後のグループを処理したところだった。
 またも、爆発が起こる。
 呆然としながらも、気絶しているだけの男達がそれに飲み込まれていくのを見守るしかないシンジとレイ。
 結局、侵入部隊の中で生き残っているのは、発令所に拘束してある3名だけとなってしまったようだった。
 直接自分達で殺したわけではないにせよ、目の前で十数人が消えていくのを見ただけに心は重かった。

 「・・・」
 「・・・」
 ただ、沈黙が訪れる。
 静寂の中、2人とも口を開かない。

 ようやくシンジが言葉を発したのは、数分後だった。

 「戻ろうか…」
 「そうね…」



 隔壁を開いてケイジに戻ると、アスカが弐号機から降りてきたところだった。

 結局、ゼーレの計画は失敗に終わった。
 それはそれでよいのだが、NERVには多大な被害。

 予算申請でなんだかんだ言われるのは目に見えている。
 だが、しないわけにもいくまい。
 そう思って、シンジは溜息をついた。
 それだけでなく、その溜息には安心と、そして悲しみも含まれていた。

 それに気づいたのは、誰もいない。
 シンジ本人さえも。

 「…ま、とりあえず良かったわね。」
 アスカが、淀んでいる空気を緩和すべく、声を出した。




帰国


 えーっ、明日なの?
 ヒカリが声を上げる。

 「ええ。だって、仕事しないわけにも行かないしね。」
 アスカが苦笑しながら答える。

 「もう少しゆっくりしてけばいいのに。」
 「そうも言ってられないのよ。事故のこともあるから。」

 ガララ…

 「こんちは…お、シンジ達じゃないか」
 ケンスケがやってきた。

 「あ、ケンスケ…」
 「あら、相田…」
 「相田君…」

 「何かあったのか? そういえば、NERVの方で事故があったって聞いたけど…」
 「まあ、一応大丈夫だったわ。確かに何かあったけど。」
 「ふーん…まあいいや。トウジ、いつものやつ。」
 「んー。」



 「そうか。惣流は明日帰るのか…」
 「ま、いいでしょ。1週間もいたんだから、結構いろいろ回れたし。」
 「で、結局シンジは引っ張り回される羽目になった、と。」
 「う…」

 「はぁ…」
 溜息をつくシンジ。

 「どうしたんや。溜息ばっかりついて。」
 トウジが、いつのまにか目の前に来ていた。

 「いや…ちょっとね。」
 「困ったことがあったら、ワシに相談してみい。そんぐらいだったら、いつでも乗ったるで。」
 「そして、余計に混乱は広がるワケね…」
 「ア、アスカ…それはちょっとひどいんじゃないかな。」
 「問題ないわ。」
 「綾波まで…。ヒカリぃ…」
 「あら、事実じゃないの?」
 その一言で、トウジは固まってしまった。

…というのはさておいて。

 「ホントはもう少しいたいんだけどね…」
 アスカが、ぽつりと呟いた。
 あまりに小さく、聞き取れないくらいで。

 「え?」
 シンジが聞き返す。

 「い、いや。なんでもないわ。」
 慌ててアスカは否定した。
 だが、顔がなぜか赤くなっていた。



 次の日。

 シンジとレイ、そしてリツコはアスカを見送るべく空港に来ていた。
 なぜリツコがいるのかというと、「地下は退屈なのよ」だそうである。

 「じゃ、シンジ…また来るからね。」
 「うん…まってるよ。」
 「ま、アンタの方から来てもいいし。アタシ、結構暇だから…」
 「じゃあ、そのうちに。」

 『13:35分発、ドイツ行きの飛行機に登場される方は、搭乗手続きを開始しますのでゲートまでお越し下さい』
 放送が入った。

 「アスカ…」
 「分かってるわ。」

 「元気でね、アスカ。」
 リツコが言う。
 にっこりと笑うアスカ。

 「頑張りましょう、お互いに」
 不敵な微笑みのレイ。
 アスカも同じ表情をして返す。

 「…じゃあ、またいつか。」
 名残惜しそうに、シンジが手を振る。
 スーツケースを押して、アスカは歩いていった。
 こちらに手を振りながら。

 3人とも、それに手を振り返す。
 しばらくして、アスカは前を向いた。
 シンジ達も、手を降ろす。

 そして、アスカの後ろ姿が人混みに消えるまで見送っていた…。



− おわり −

ver.-1.00 1997-09/xx公開
ご意見・感想・誤字情報などは Tossy-2@nerv.to まで。



 あとがき

 「パラレルステージ」も本編も、第9話まで来ました。
 感想を下さった方々、そして僕の部屋を訪れていただいた方々に改めてお礼と共にこの外伝をお送りします。

 さて。
 今回は、やたら巨大になってしまいました。前代未聞なサイズです。
 なんと、プレーンテキストで100KB超(^^;
 行数にして3100行(^^;
 書いても書いても書きたいことが溢れてくる感じで…。
 おかげで「10000ヒット記念」の予定が「もうすぐ13000ヒット記念」になってしまいました。
 待っていて下さった方、どうもすみません。

 現在、設定資料の方も作っています。
 もう少しでアップできると思いますので、もうしばらくお待ちを。

 では、今回はこの辺で。


 Tossy-2さんの『エヴァンゲリオン パラレルステージ外伝』第壱後編、公開です。
 

 ゼーレの残党ならぬ、新ゼーレ。

 ネルフに進入した経路はやっぱり・・・
 シンジが空けた穴?(笑)

 元から進入・準備していたと見るのが正しいでしょうね。
 

 コンピュータ進入、
 戦闘員突入・・

 手際バッチシでしたが、
 シンジの力を見誤っていたのが敗因・・

 次回アタックでは搦め手で来るんでしょうね。

 遠くにいるアスカちゃんが心配 (;;)
 

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