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　「…で、結局のところ結果はどうなのだ。」
　「全くの、無駄だった。」
　「物理的攻撃も、一切効かんというではないか。」
　「ああ」
　元々重苦しい声が、更に重くなっている感じがする。

　「…最終計画を…」
　「実行せねばならん、か…」

　「これが最後の機会だ」
　「最後ではあるまい？」
　「いや、その可能性は否定できないということだ。」
　「…何が言いたい」
　「世の中は分からないことだらけだ。それだけに、むしろこれが最後になってもおかしくない、と言っとるんだよ」
　「・・・」
　「物事を都合のいい方に考えるのは止めた方がいい。」

　「…いずれにせよ、計画は実行せねばならん。」
　「古典的手法だが…」
　「止むをえんな。」

　「では、作戦コードＥＡＰ、発動せよ。」
　「了解。」

　ゴウン…

　モノリスが、消える。

　たった一つ残った、「０１」のモノリスが再び言葉を発する。
　誰にともなく、ただただ闇に向かって。

　「約束の日は…近い」

　ゴウン…

　「ん…ふああぁぁ…」
　シンジは、いつものようにベッドの上で目を覚ました。

　時計を見る。
　まだ時間が早いことを確認すると、シンジはゆっくりと起きあがり、着替え始めた。

　「今日で最後、か…」
　ふと中空を見上げて呟くシンジ。
　着替えの手は止めないが、昨日と、そして一昨日のことを思い出す。

　一昨日。
　買い物先の店でスタンガンを使ってシンジを気絶させようとした男。

　昨日。
　霧吹きの睡眠薬、そして毒ガスでシンジを誘拐しようとした男。

　シンジは、自然と表情が険しくなる。
　既に知っていた。
　この休日の目的も、ここ２日シンジを襲った男達を指揮している者も、そしてその目的も。
　いくら失敗したとしても、彼らはシンジを狙ってくるだろう。
　なぜならば、彼らの計画にはシンジが、そしてシンジの持つ「ロンギヌスの槍」が必要不可欠だからだ。

　その計画とは、「人類補完計画」…。

　「ゼーレ…気を付けなくちゃ…」
　誰にともなく、シンジは再び呟いた。

　（ここは…？）

　暗闇の中に、アスカは佇んでいた。

　「アスカ」
　声がする。
　自分を呼ぶ、声が。

　「アスカ」
　また。

　しかし、辺りには暗闇があるばかり。
　声の主は見つからない。

　「誰…？」
　アスカが闇に向かって問う。

　「僕だよ」
　突然、目の前にシンジが現れた。
　いつもの笑顔で。

　「シ、シンジ…おどかさないでよ！」
　アスカは、少し膨れる。
　だが、それは嫌悪というよりむしろ好意の行動。

　「アスカ…さよなら…」
　アスカの言葉には応えず、これまた突然、シンジが言う。
　笑顔のまま。

　一瞬、アスカは動けなくなった。
　その言葉の意味を掴みかねて。

　「さよなら…」
　笑顔のままで、シンジはアスカに背を向けようとする。

　「待って！」
　アスカが呼び止めるが、まったく意に介さない。

　「・・・」
　無言で、シンジは去っていく。

　「シンジ！」
　呼んでも、シンジは反応しない。
　その後ろ姿を、アスカは追う。

　「シンジ…行かないでシンジ！　アタシを１人に…しないで…」
　追っても追ってもシンジとの距離は縮まらず、ただシンジの姿が小さくなるのみ。

　しばらく経って、アスカはその場に膝をついた。

　「どうして…アタシを１人にするの…帰ってきてよ、シンジ…」
　離別の涙が、アスカの頬を伝う。

　いつも、シンジはアスカのことを見てくれていた。
　だが、さっきシンジは自分自身でアスカに離別を伝えた。
　シンジは、アスカにとっていわゆる「Raison d'être」の一つ。
　心を支える大きな柱が一本無くなってしまったアスカ。

…と、その時。

　「……カ…」
　再び声が聞こえてきた。
　今度ははっきり分かる。シンジの声が。

　「シンジ…」
　上を見上げるアスカ。
　その視界を、白い光が満たし…。

　「ん…」
　アスカが目を開けると、シンジがエプロンを付けて立っていた。

　「アスカ、ご飯できたよ。今日は学校あるんだし、起きてよ。」

　「んん…、おはようシンジ…」
　目をこすりながらそう答えるアスカ。
　その目が腫れぼったいのは気のせいだろうか？

　「じゃあ、早く着替えて来てよ。」
　そう言い残し、シンジは部屋を出ていった。

　「あ…」
　ふと、アスカは無意識のうちにその背中に手を伸ばそうとした。
　一瞬、夢と同じようにシンジがどこかへ行ってしまうのではないかという錯覚に陥ったから。

　「嫌な夢…」
　うなだれて、アスカは呟いた。
　ありありと蘇る夢の中身。
　ひどくリアルな夢だった。

　（まさか、予知夢とか、正夢なんてことは…）
　ひどく心配になる。
　シンジがいなくなってしまうのでは、と。

　（いつかも、こんな夢を見たことが…）
　アスカは、そう考えた。
　だが、どうも思い出せない。
　確かに、似たような覚えはあるのだが…。

　「シンジがいなくなっちゃうなんて…そんなこと、無いよね…」
　弱々しく、呟くアスカ。
　それは眠いせいだけではない。

　その問いかけに、答えは帰ってこない。
　ただ数秒の間、窓の外の蝉の声が部屋を満たしたのみだった。

　アスカは、そのままではいられなくなって着替えもせずにダイニングに向かった。
　そして、キッチンにシンジを探す。

…ちゃんと、シンジの後ろ姿が見えた。
　それだけで、十分部屋でした自問自答の答えになった。

　一息つくと、アスカはテーブルにつく。
　そこへ、シンジが皿を運んでくる。

　「あれ、まだ着替えてないの。」
　「…後でやるわ。」
　「そう」

　ピンポーン…

　そこにチャイムの音。

　「あ、綾波かな。」
　シンジは玄関に駆け出した。

　再びシンジが視界から消えたが、今度は手を伸ばすことはなかった。
　シンジがいる、その事実がアスカの心を安心で満たしていたから。

　ピンポーン…

　インターホンのボタンを押す。
　その手を降ろし、持っている鞄に添えると、レイは返答を待った。

　やがて、
　『はーい』
　という返答が聞こえた。

　バシュッ…

　エア音が響き、扉がスライドする。
　その向こうから、シンジが顔を出した。

　「おはよう、綾波。」
　「おはよう、碇君…」

　「さ、ちょうどご飯できた所だよ。どうぞ。」
　「おじゃまします…」
　躊躇せずに、レイは中に入る。
　だいぶこの生活にも慣れてきたことがうかがえる。

　バシュッ…

　ドアは、レイが入った直後に閉まった。
　後には、朝日に照らされている誰もいない廊下が残った。

　「いただきまーす！」
　「クアッ！」

　３人＋１羽の声がユニゾンし、普通の朝御飯が始まる。

　ミサトは？
　ミサトはまだ起きてこない。
　たいてい、始まった直後に起きてくる。

　「ん〜…、おはよ…」
　ほら。

　「おはよ、ミサト」
　「おはようございます、葛城三佐」
　「おはようございます、ミサトさん」

　いつものだらしない格好で食堂へやってくると、ミサトはこれまたいつものようにビールを飲み始める。

　「んぐ…んぐ…んぐ…んぐ…くっっはあぁぁぁっ！　くうぅっ！　やっぱ朝はコレよねえぇ！」
…で、ミサトの口からはお決まりのセリフが飛び出すのであった。

　そして、１０分程で朝食は済み。

　「ごちそうさまでした」
　「ごちそうさま。」
　「ごちそうさまでした…」
　「ごちそうさまぁ。」
　「クア！」

　「ミサトさん、今日は？」
　「今日は、えーと…確かいつも通りだから。あ、夕飯、お願いね。」
　「はい。」

　「アスカ、やっておくから着替えてきてよ。」
　「はいはい。」

　「綾波は、準備できてるよね？」
　「ええ…」

　ミサトとアスカは自室へ。
　シンジは皿洗い。
　レイも片づけを手伝い始めた。

　「あ、綾波。ありがとう…」
　「いい。私もこれぐらい出来ないと…」

　レイは、少し顔を赤らめる。
　その心中は。

　（そうじゃないと、碇君のお嫁さんにはなれないから…ポッ）

…どーやら、休日になったせいか暴走のレイである。
　シンジが全く鈍感なため、そのことには気づかないが。

　「じゃあ、行って来ます」
　「行って来まーす」
　「行って来ます」
　玄関口で、３人は奥に声を掛ける。

　「いつも」とは言ってもミサトの出勤は学校よりは遅く、そのためミサトは準備を終えてなおまたビールに手を付けるというウワバミぶり。
　シンジは、半ば諦めている。

　「はーい、行ってらっさ〜い」
　お気楽な声が、居間から聞こえた。

　いつもと変わらぬ朝。
　ただ、違うのは今日まで休日だということか。

　（はぁ…ミサトさんの性格も、せめてもう少しはどうにかならないもんかな…）
　無駄と分かっていても心の中で呟いてしまうシンジ。
　やっぱり、願いは尽きないのである。

　「はぁ…」
　「どうしたのよシンジ、溜息なんかついちゃって」
　「いや…ミサトさんなんだけどね、せめてもう少しちゃんとしてくれないかな、って思ったんだよ。」
　「シンジ、絶対叶わない、って分かってる願いはしない方がいいわ。ただ、空しくなるだけよ。」
　アスカも、心底シンジに同情しているようだ。
　まあさすがに同居していると苦労も分かるものである。

　レイはと言えば、そんな光景を横目で恨めしそうに眺めている。

　『こちらＤグループ。目標、予定通り行動に移りました。」
　『了解。各班、配置に移れ。』
　『Ａ班、了解』
　『Ｂ班、了解』

　通信機からは、重いが確実な声が聞こえてくる。

　「…Ｅ班、了解。」

　よくあるパターンの会話がなされて、喫茶店にいる男が動いた。
　目の前の道を、ターゲットが通る。
　それを確認すると、男は傍らのバッグを持って立ち上がった。

　この男も、そしてそのグループも、やはりゼーレ選り抜きのプロ達である。
　特に、作戦に関しては絶大な信頼を、ゼーレ幹部にもたれていた。

　いままで、彼らが手がけて失敗した作戦は一つもない。
　今度の作戦は、そんな彼らでも非常に成功率の低いもので、失敗したら死、位の覚悟は出来ていた。
　しかし…いやむしろ、だからこそ、男達はその作戦の実行を決めた。

　彼らは、危険に飢えているのだ。

　「ありがとうございました。」
　店員の笑顔に無表情で答え、男は店を後にした。

　ターゲットは、道を挟んで反対側。距離にすれば５０ｍ位か。
　頭に叩き込まれた行動計画書を思い出す。

　そして、現実がまさにその通りであることに、男はかすかな安心感と優越感を得た。
　口元がニヤリと歪められる。
　その鋭い視線は、ターゲット…３人の子供達にのみ向けられていた。

　今まさに、レイとアスカに、そしてシンジに、これまでとは段違いの凶悪な手が迫ろうとしている…。

　次回予告

　学校に着いた３人。
　滞り無く授業は進み、何事もなくその日は終わるかと思われた。
　だが、アスカとレイが誘拐され…

　あとがき

　どうも。
　夏休みに入ったので執筆が早まるかと思いきや勉強合宿があったTossy-2です。
　高校１年生というのは、全くもって忙しい時期ですねぇ（しみじみ）…。

　ところで、映画見てパンフ買ったら「Ｓ^２器官」の正式名称が載ってて慌ててる今日この頃です（設定資料集は、近日中に変更するかも）。

　さて、今回は気分を変えてみました。タイトルがギリシャ文字(^^;。
　一応英語をそのまんま対応する文字に変えただけですけど。
　あと、文中に「Raison d'être」ってありましたが、わからないといけないので、一応注つけときます。

　だんだんと、緊張感も高まっていきます。Ｂパートでは、ついに恐れていた事態が起こってしまいます。
　乞うご期待！？

　Tossy-2さんの『エヴァンゲリオン パラレルステージ』第６話Ａパート、公開です。
　

　休日第３日目。
　懲りずに迫るゼーレの面々と言ったところでしょうか。
　

　今までの刺客はシンジの圧倒的な力の前に失敗を繰り返しましたが、
　この話では、副題からの通りアスカとレイに危機が及ぶのでしょうか・・・

　頑張れシンジぃぃ
　

　さあ、訪問者の皆さん。
　貴方も一度感想メールを書いてみませんか。

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