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------10年前・・・GI歴1008年------














------アダムの砦(A stronghold of Adam) ------
















地にあるものをどん欲に飲み込んでいく、紅の炎。
大地をさながら大河のように流れゆく、緋色の血。
全てに影と終焉とを投げかける、赤い陽。
三種の赤が、交わり、重なり、混ざり・・・どんな芸術家にも描けないだろう、鮮烈な光景を描き出している。
たとえそれが地獄と呼ばれるに相応しくとも・・・・この世に在らぬものは、やはり美しかった。

その地獄をぬって・・・、男が一人、歩いていた。
ゆっくりと、だが確実に歩を進めていく。だが歩を進める都度、彼の体からはおびただしい血が流れ落ち、地面にくっきりと血の花影を咲かせていく。
男は死にかけていた。
常人ならとうに力つき倒れていただろう。だが、男は倒れるわけには行かなかった。彼が負っているのは自分の命だけではない。胸に抱えた一人の少女。胸にはぱっくりと鮮やかに傷が開いているのが見て取れる。
少女もまた瀕死だった。

僥倖にも男は五感が失われる前に、目的のものにたどり着いた。
棺桶・・・ともみえる、人一人おさまるのがやっとの様な小さな箱。男はその前に跪くと、少女をゆっくりとその中に横たえる。それから、自分の首に架けていた小さな十字架を、横たわった少女の胸元においた。そしてジッと、祈るように少女の顔を見つめた。その顔を・・・死ぬ最後の瞬間まで瞼に焼き付けようとしているかのように・・・。

十字架を通して神に男の末期の願いが通じたのか、少女はややあってゆっくりと目を覚ました。
出血のため、少女の視線は定まらずにぼうっとしている。
だが、辛うじて男を視界に捕らえると、少女の目がはっきりと驚愕のため開かれる。
そして、その口から、鮮血を端からこぼしつつ、言葉を発する。
もう、何年も少女が口にしていなかった言葉を・・・。

「お・・・とう・・・さん・・・。」

男は返事をする代わりにゆっくりと蓋を閉じ始めた。
少女が反射的に、何かさらに言おうとする。

その刹那、光が走った。
太陽がそのまま堕ちてきたかのような、圧倒的光量。そして衝撃。
熱はない。
痛みもない。
ただ、全ての闇を塗りつぶすだけ。全ての形あるものを包むだけ。
そんな光。
光はやがて集まり、一つの巨大な物体を形づくる。
それは、人の形をしていた。
巨大な、そして異形な人。

「神・・・様・・・?」

少女の本能がそう告げた。人智では計り知れない超自然の領域に存在するもの。
神と呼び、讃え、崇め、従うしか、しようがない存在。
そして少女は同時に、私は’これ’に殺される、と悟った。
砦を壊したのも、そこにいた人を、仲間をたくさん殺したのも、’これ’がやったのだと悟った。
光から啓示でも受けたかのように、全てが瞬息の間に理解できた。
怒りもない、悲しみもない、恐怖もない。
ただ、事実があった。感情が挟まる余地のない、圧倒的な事実。

(死ぬのね・・・私・・・お父さんと一緒に・・・。)

まるで殉教者のように、少女は静謐に死を迎えようとした。

だが、’それ’が動くより速く・・・男が動いた。
素早く蓋に手を掛け、男はそれを渾身の力を込めて閉じる。
少女がハッとしたときには、その箱の大部分には、暗闇が差し込んでいた。

「やめて、お父---!」

がしゃん・・・。

音は小さく、平凡だった。
だが、そんな小さな音がきっかけで彼女は現実に引き戻された。
そのとたん恐怖とか怒りとか悲しみとか孤独とか・・・そんな感情が決壊したダムの水の様に一度に襲ってきて、大声でわめき散らしながら体中の皮膚を掻きむしりたい衝動に駆られた。
やがて聞こえてきた天地をひっくり返したような轟音の中で・・・、箱の中で反響する自分の泣き声を聞きながら・・・、彼女は自分の父親が死んだことを悟った。

・・・それから数時間の間・・・・・・

どこまでも広がっているような暗闇の中で・・・・・・

身動きがとれないほど小さな空間で・・・・・・

世界中の全ての人間が死んでしまったか、自分自身が死んでしまったか、どちらかでなければ説明が付かないような静寂の中で・・・・・・

彼女は自分が別の何かに変わりつつあるのをはっきりと悟った。
そして、彼女は生まれて初めて・・・自分が何のために生きているか・・・いや、これからなんのために生きればいいか、はっきりと理解できた気がした・・・・・・・・。

アダムの砦で起こった原因不明の爆発に対する調査・報告

今回の’事故’により、アダムの砦及び付近の町はほぼ全滅した模様。死者・行方不明者数は100000人超。アダム駐屯部隊・総指揮官・葛城ハヤト氏も消息は不明。
調査の結果、残留魔力・エーテル密度が共に著しく大きいことから、何らかの巨大な魔法・もしくは儀式の制御に失敗したため、事故に至ったのではないかと推測できる。
生存者は一名。調査中に脱出ポットの中にいるのを地中から発見。
生存者の名は葛城ミサト・・・アダムの砦・第五救護部隊に所属。葛城司令官の令嬢とのこと。以上。






魔導王シンジ


第十七話 陽の当たらない街




「そんな手に引っかかるなんて、あんたばっかじゃないの?」
「ぐっ・・・・・・!」
「だいたいそんなの使い古された手じゃない。砦とそこの兵力を分離させるのは用兵の基本よ?あんた学院の戦術学の成績いくつだったの?」
「・・・ぅ・・・’可’・・・だけど・・・。」
「可?ホントにぃ?あんた脳味噌まで筋肉なんじゃないの?」
「’まで’ってなによ!私、体にもそんなに筋肉なんてついてないもん!だいたい、イの一番にやられたのはあなたじゃない!」
「あんたみたいに、のこのこ塔からおびきだされて、作戦行動に支障与えまくったあげく、謹慎くらうなんて格好悪い真似してないわよ!」
「王宮を無断で抜け出してへらへらデートしてた帰りに襲われたのよりましだとは思いますけど!」
「誰がこんな奴とデートなんかしてるってのよ!こいつとは義務で一緒にいるだけなの!」
「へえー、義務なんだ。二人だけで仲良く出かけて美味しい物食べて、楽しくおしゃべりしてくるのを義務っていうんだ。初耳だなぁー。」
「ぬぁに、見たようなこと言ってんのよ!」

女の子同士の舌戦というのは決して近寄れない迫力がある。さらに争っているのが美人同士とくれば、もはや止められるのはよほどの勇者か高僧しかあるまい。シンジはそのどちらでもなかったから、おとなしく黙って成り行きを見守っていた。だがそれだけでも、勇気ある行動だと誉められていいだろう。側にいるだけでいつ矛先が来る分かったものじゃないのだから。

だいたい何でこういうことになったんだろう、とシンジは一応、考えてみた。
事の始まりは、シンジとアスカが病院から退院したところまで遡る。なにやら色々あったことは人づてに聞いてはいたが、詳しいことは当事者に訊いてみないとわからない。ということで、命令違反の罰で謹慎中のマナのところまでいくこととなったのだ。
部屋に入った最初、シンジはマナはやつれようにひどく驚いた。顔色からは食事を満足にとってないことを、目元のクマからは最近寝てないことを容易に読みとれた。
やっぱりここは、出直した方がいいな、とシンジが思ったまさにその時、アスカが開口一番、

「ぷっ、あんたなんて酷い顔してんの?」

(・・・・・・至極当然の成り行きじゃないか・・・・・・。)

やはり無駄な思索だったらしい。シンジは嘆息してますます激しくなっていく二人の喧嘩を黙って見守っていた。

(そう言えば・・・)

ふと、何か珍しいものでも発見したかのような目つきで、シンジはマナの顔を見直す。

(マナ、少し元気になったようにみえる・・・かな?)

部屋に入ってきたときは今にも倒れそうな様子だったが、今は頬にも赤みが差し(無論怒りのためだが)、生き生きして見える。

(アスカ・・・まさか元気づけるためにわざと・・・?)

「やーい、あんたなんか、一生、男に逃げられ続ける人生送ってればいいのよ。よかったわね、マナ。塔の聖女の座も後10年は保証付きよ。」
「うぐ・・・。あ、あなたねぇ、人の傷口に塩塗り込むような真似して楽しい?」
「楽しいに決まってるじゃない。だって今までずっと病院にいたせいで、シンジくらいしかおちょくる相手が居なかったし。」

(・・・・・・そんなことがあるわけもないか・・・。・・・僕もまだまだだ甘いな・・・。)

心の平穏を保つ一番の特効薬は、’あきらめる’、こと。
そんな退廃的な言葉が、いつのまにかシンジの座右の銘の一つになっていた。






氷室のようなひんやりとした空気。
常夏であるネルフでは滅多に味わうことのない、肌寒い感覚。
しかし、自分の背筋が寒いのは、そんな空気のせいばかりではないことを日向は知っていた。
ネルフ王宮の最奥。
闘神都市ジオ=フロントへと続くこの地下は、建国以来、長老連らの手によって厳重に封印されてきた。’封印’とはつまり、冒険者と自称する遺跡荒らしや、一攫千金を狙う盗賊達を確実に殲滅するトラップの数々だ。
魔法で創られたゴーレムや落とし穴等の古典的な罠はもちろん、人の体温や微妙な空気の変化を感知して作動するデス・トラップまで。
そこは、さながら罠の見本市のような通路だった。

「それらが全部・・・破られてるなんて・・・。」

目の前の光景が信じられない思いで日向は呟いた。
そこらにちらばる、破壊されたゴーレム。作動した気配もなく解除された罠。
400年間、侵入者を撃退してきたはずの封印が一夜にして破られたのだ。日向ならずとも唖然とする。

「’負の魔法使い’の異名は伊達じゃなかったってことか。」

日向の後ろにいたはずの御影がいつのまにか、並んで歩いている。彼もその表情から驚きを消すことが出来ないらしい。日向と似たり寄ったりの顔でぞっとした様に呻く。

「負の魔法使い?」
「ネルフにいたころの暁ムサシの別名だよ。対魔法(カウンターマジック)や魔法解除(ディスペルマジック)を彼は得意としていた。放った魔法はことごとく返され、かけた魔法はすべからく解かれる。暁ムサシは魔法使いでありながら、同じ魔法使いの天敵的な存在なんだ。」
「だからってこんなにも簡単に封印が・・・。」
「確かにそれだけじゃ無理だっただろうね。・・・もう一つの原因が・・・・・・あれだろう。」

御影はそう言って目の前に扉を指す。
いや、正確にはかつて扉であったものを・・・だ。
これも長老連の封印の一つだったらしい。幾重にも法印で施錠された鉄の扉だったが、無惨に押し壊されている。
だが・・・・・・・日向もすぐに気づいた。これは内側から壊されている。

「奥から・・・ジオ=フロントから来たっていうのか!?」
「そのようだ。敵がジオ=フロントから来たっていう、葛城将軍や赤城博士の仮説は正しかったって事だ。封印があっさり破られたのも説明が付く。まさか敵が中から来るなんて想定して罠などしかけないだろうからね。」

扉の奥にもさらに道は続いている。だが、日向も御影も後ろをついて歩いていた他の兵も皆、そこで足を止めていた。知りたい事実はもう分かったのだ。これ以上先に進めば知りたくない事実まで知ってしまいそうな気がした。

「長老連はさぞショックでしょうね。400年にわたる禁忌が破られていた。しかも、自分たちの知らない間に・・・。」
「禁忌ならとうに破れていたよ。15年前、葛城調査隊がこの道を通ったあの日に・・・。」

ただ、その時の報いがアダムの悲劇となって現れたのだとしたら、この痕(あと)は何でもって贖われるのか・・・。
贖うのは誰なのか・・・。
御影はただ、壊れた扉を見つめているだけだった。






昨夜の敵がジオ=フロントから侵入してきたとの報告は、長老連を震撼させた。
闘神都市ジオ=フロントの守護は、始祖ルーシーの代からそのことを任ぜられた長老連の存在意義と言っても過言ではないのだから。
軍部の報告だけなら無論信じはしなかったが、後に調査にはなった長老連の手の者からの同じ報告がもたらされると、長老達もその事実を汚辱と共に飲み込まざるを得なかった。
そして、長老連の凶報は、政敵である軍部にとっての吉報だった。昨晩の敵の襲撃により、結界を破壊されそうになり、さらには暁ムサシを取り逃がしてしまったという点で軍部もすでに非常に手痛い失策を犯してしまっていたのだ。
「無能なのはお互い様」というわけである。こうなると、相手の失策を攻めようにも「自分はどうなんだ」と言われれば、あとはドロのなすりつけ合いが展開するだけ。この非常時に非生産的なこと、この上ない。そういうわけで、互いに相手の責任云々については触れないことが暗黙の了解となったうえで、緊急に両陣営が会議へと招集された。

皆が集まったのを確認すると、軍部の一人が幾分、苦渋に満ちた表情で立ち上がった。

「ジオ=フロントへの封印が破られていました。昨晩の襲撃してきた、暁ムサシと闘将はそこから侵入して結界を越えネルフ王宮に現れたものだとみられます。」

言葉が終わるのを契機に辺りがざわめく。口を開かぬ者も、隣の人間にどうなるのか、どうするのかをしきりに視線で訴えている。が、そのうち長老の一人が泰然とした態度で立ち上がった。

「ジオ=フロントからの侵入とはどういうことだ?かの遺跡に侵入する経路は、このネルフ王宮を通じて以外他にないはず。まさか土から湧いて出てきたわけでもあるまい。事実をもっと明快に述べてくれ。」
「では、説明いたします。」

意を受けて、一人の女性が立ち上がる。清廉な白衣を見れば、顔を見ずとも誰かは知れた。結界の要である塔の聖女のリーダーにして、軍閥の幹部の一人である赤城リツコだった。

「その前に一つお聞きしたいのですが、’瞬間移動’・・・・という魔法をご存じでしょうか?」
「ある地点からある地点へ、その間に存在する空間を飛び越え、瞬間的に移動すること。広義には、’光速を越える速度での移動、またはその手段’を指す。GI歴135年、魔導士リムリアが実践し、魔力が四次元的に展開することを証明したのがその始まりだ。こんなものでいいかな、赤木先生。」

口授のようなリツコの質問を、男は皮肉っぽい口受で返した。

「しかし、それがどうかしたのかね?瞬間移動は超高度な魔法だ。使い手はネルフでもわずか数人、世界を見渡しても十人いるかいないかだ--無論、’人間’に限定しての話だが。暁ムサシが・・・いや、他の誰であろうとあれだけの数の闘将を瞬間移動させる魔力を持っているとは思えないが。」
「確かに、人間一人の力では無理でしょう。しかし、かつて人間が持ち得た技術の中にはそれを可能とするものが存在した・・・。お忘れですか?」
「まさか・・・’ゲートウェイ’?!ジオ=フロントと他の闘神都市がつながったというのか?」

悲鳴にも似た叫びがあがる。
思い通りの反応にリツコは目元だけを満足げにゆるませて続ける。

「その通りです。ゲートウェイ・・・。安直な言い方をすれば瞬間移動装置とでも申しましょうか。設置した装置から、対になる装置へ、一瞬にして利用した者を移動する魔法機械。ジオフロントは聖魔教団の本拠地、有事の際は他の闘神都市への司令塔的な役割でしたから他の闘神都市へつながるゲートを保持していても不思議はないでしょう。」
「いや・・・しかし・・・・・・、まさかそんなことが・・・。」

あり得ない、と言おうとしたが、ある事実がその言葉をのどの奥に押し込めた。 つい半年ほど前、存在の真偽すら定かではなかった’闘神都市イラーピュ’が、大陸南東のはずれに墜落した。情報によると、どうやらヘルマンの手の者が発掘されたゲートウェイを使って天空に浮かぶその都市に入りこみ、軍事的に利用しようとしたらしい。もし成功していれば、今頃世界は戦火のまっただ中だっただろうが、現リーザス王ランスとその一党の活躍で事なきを得たという話だ。
だが、その墜落跡からは、いまでは幻となっている闘将を初めとする数々の魔法技術や、書物が発見された。今ではその都市は自治都市の一端として落ちついているが、もしそれがどこかの国に渡っていたら・・・、という戦慄は禁じ得ない。

「確かに一昔前なら、他の闘神都市が発見される可能性など一抹の懸念にもしなかった。が、今は違う。各国は本腰を入れて遺跡の捜索に取りかかっている。もし、どこかの国が、闘神都市を発掘し、さらに暁ムサシを招聘したのだとしたら・・・。」

それは発した本心にとっては単なる呟きにすぎなかったが、十分な真実味をもって室内に響きわたった。

「さて、今までの意見は現時点ではまだ仮定に過ぎませんが・・・。」

それまで、一言も口を開かなかったゲンドウが厳かに告げる。彼は黙して座っているだけなのだが、周囲の者は何故か最初から最後までこの場を支配されていたような錯覚に陥った 。

「どちらにしろ、行かねばならないでしょう。ジオ=フロントに。無論・・・異存はないでしょうな?」

もしかすると、それは錯覚などではないのかも知れないが・・・。






昨晩の闘いで痛手を被ったのは、なにもネルフの方ばかりでもなかった。闘いを挑んだ当人のムサシもまた、作戦の目的であった塔の破壊を遂行できず、主であるアルの前で屈辱的な報告をする羽目に陥っていた。まるで宿題を忘れた生徒のように、ムサシは居心地悪そうにアルの前に立つ。

「・・・お前のことだからラレラレ石を通してすでに見て知ってんだろうが・・・一応報告しておく。ネルフの塔の破壊は失敗した・・・。率いた闘将も全滅だ・・・。俺のミスだ。」

胸を張りまっすぐ前を見据え、敗残の将にしては堂々とした態度でムサシはそう言い放った。だがその両眼には、素直に自分の失敗を認めたくない想いと、それを潔しとしない想いとが交互にちらちらと揺れて見えた。だが、アルはそんなムサシとは対称的に、世間話でもしているかのような緩んだ笑みを見せた。

「ああ、もちろん見てたで。でも君のせい・・・ばかりとは言えんやろ。俺のやったことも半分見透かされとったみたいやし・・・今回に限っては相手が悪すぎたんや。気ぃ落とすなや。」

ムサシがもう少し子供で世間ずれしてなければ、あるいはアルの言葉に安心し、感激もしただろうが・・・。嫌な予感を覚え、ムサシは胡散臭そうに半眼でアルを睨んだ。

「どういうつもりだ?」
「へ?」
「「信賞必罰」。義理も忠義も無い傭兵の世界じゃそれこそが鉄則だろ。あれだけ見事に失敗してきてお咎め無し・・・なんてお為ごかしはやめてくれ。」
「あははははははは・・・。ごめんごめん。いや、面白いなぁ、君は。」

アルはひとしきり笑うと、憮然としているムサシを宥めるように片手をあげる。

「今の台詞はなぁ、依頼主に言い訳した台詞をそのままつこうてん。だってえらいご立腹で、役立たずの首をはねてもって来いってうるさかったからなぁ。相手が悪かった、みんなが悪かった。うん、いい台詞やね。誰も責任とらずに済むし。君のそういうことにしといてや。」

そう言って、手近にあったポットからトロトロと茶を注いでムサシに差し出す。妙に所帯じみた仕草に、ムサシは内心首をすくめながら茶を受け取る。なんとなく毒気を抜かれた気分だ。

「お前は別に怒ってないのか?」
「俺?俺的には別にかまわへんよ。これで手がのうなったわけでもないし。ネルフの方ももう、あの綾波とかいうおっとろしい女の子を動かすわけにもいかんやろうから、次はあっさり成功するかも・・・。」
「・・・ちょっと待て。綾波がもう動けないってのはどういう意味だ?」
「なんや昔、仲間やったくせに知らんのか?あの子はな---。」

アルが言葉を途中で止め、部屋の入り口の方を見やる。ムサシもアルの視線を追うようにそちらを振り返ると人影が見えた。
ここ、シャングリラ郊外にあるアルの別荘は、通気性をよくするのと開放的なデザインを旨としているのとで、ドアというものがほとんどなく廊下もロビーもほとんどが吹き抜けだった。だが、部屋に入る際、ノックがないのは仕方ないとしても、一声あって然るべきじゃないのか・・・。
ムサシはそう怪訝に思ったが、その理由は来訪者の姿を見てすぐに知れた。 それは人ではなかった。全身の金属的な光沢。同じく金属で出来た異様な翼。仮面の様な冷たい相貌。闘将と呼ばれる古代の戦闘兵器がそこにいた。
しかもそれは、昨晩ネルフ王宮でムサシを迎えに来たあの闘将だった。ムサシが軽く目を見張る。

「お前は---」
「400年前はノックなんて習慣なかったんか?それとも寝とるうちに忘れてもうたか、ウェーバー。」
「ウェーバー?」
「遥か昔、魔鉄匠から頂いた私の名だ。以後、見知りおきを願おう。」

ウェーバーと呼ばれたその闘将が会釈して言う。だが、ムサシは不機嫌そうに親指でウェーバーを指す。

「こいつを起動させたのは、お前か?」
「俺やないよ。名のある闘将---タイプ・ドミニオンは君に起動することを止められたからな。一端制御を外れてしまったら取り返しがつかんようになるよって。」
「じゃあ誰が・・・。」
「依頼主のステッセルや。奴が・・・ヘルマンが自分で発掘して、自分で起動させた。ヘルマンも闘神都市の発掘にすでに成功しとる。まぁ、闘将の仕様の情報流したんは俺やけど。」

ステッセル・・・という名をムサシは知ってはいた。もちろん面識があるわけではないが。 帝国の評議会を牛耳り、皇帝不在のヘルマンの実権を握りつつある宰相だ。そしてまだ若い、32歳だ。だが奸雄というより奸吏としての悪名が高い。彼が宰相になってから、役人の袖が倍ほど広がったという。
そして・・・今回の件の黒幕でもある・・・。

「へっ・・・、ステッセルからの目付役かよ。こんな人形をよこすとは、よほど周りに信頼できる人間が居ないんだな。」

ムサシが人形と呼んだことに、闘将がわずかに身じろぎする。

「人形・・・という言葉は撤回してもらおうか。下位の闘将ならいざしらず、名を与えられた私は人間と同等なのだ。そんなことも理解できないようで、よく魔導書’ブラック・パラディン’がお前を後継者に認めたものだ。」
「ばーか。お前が紙束より見る目のないだけの話だ。俺がその気になりゃお前なんて一発で元の鉄屑に逆戻りだぜ。」
「貴様・・・!」
「やめぇや、二人とも。これから行動を共にする仲間やっていうんに。」

決して荒らげたものではなかったが、アルの声が二人を制止させる。だが、ムサシが止まったのはそれよりも聞き捨てならない台詞があったからだ。

「仲間ぁ?!」
「そういうこと。詳しいことは当の彼から・・・。」

アルに促されて、ウェーバーが音もなく一歩前に出る。

「ステッセル様の指令だ。今回の作戦の証拠を一切消去して引き上げるようにとのこと。」
「・・・・・・ずいぶんあきらめが早いな。ネルフの結界破壊をあきらめたと?」

ウェーバーは黙って頭を振る。何処か人を小馬鹿にした仕草で。持ち主に似たのだろうか・・・とムサシは内心訝しく思う。

「結界は破壊する。ただし我々、ヘルマンのやり方でな。」
「ヘルマンの・・・?」
「それについてはもう少しこっちに任せてほしいと返事したはずや。こっちにはまだ策がある。」
「もちろん、ステッセル様にはそう伝えてある。当面の問題はゲートをいかに処理するかだ。このままでは、向こうからゲートを潜られ、こちらの存在がばれる可能性があるのでね。」
「まぁ、それについては俺は異論はないけど・・・。」

アルはちらりとムサシの方を横目で見る。

「・・・そういうわけや、ムサシ。ウェーバーと共にジオ=フロント側の全てのゲート・・・つまり’駅’を丸ごと破壊してもらいたい。」
「こっちの’闘神都市セイラム’にあるゲートだけ全て破壊すればいいんじゃねぇか?」
「向こうのゲートに証拠が残る。万一にもセイラムの存在をばらしたくないんや。破壊工作隊(ブレイカー)はすでに用意した。以前、君と一緒に仕事をしたことある面子を中心にな。」
「手回しのいいこったぜ・・・。まぁ、言われるまでもなく自分の不始末のけりは自分でつけるつもりだけどな。」

指先を軽く額に添えてムサシが呻いた。

(ジオ=フロントか・・・。なーんか、やっかいな奴に会っちまいそうだな・・・。勘弁してくれよなー。)

だが、そういった予感に限って外れてくれないことをムサシ自身がよくわかっていた・・・。






「アスカ様・・・。六分儀司令がお呼びです。」

レイの凛とした声が怒号飛び交う部屋の中に、月光の様に冴え冴えと響き渡った。もはや拳を交えるとこまでいくしかおさまる気配がない様に思われていた、マナとアスカの喧嘩がぴたりと止まる。

「え?司令が・・・?」

アスカがきょとんとした顔で言う。何の用なのか、まったく見当がつかないといった様子だ。

「後、碇君も。」
「僕も?」

名を呼ばれ、シンジもまた同じように意外な顔をした後、アスカと顔を見合わせる。

「至急・・・だそうよ。ついてきて。」

二人の返事は聞かず、レイはくるっと振り返ってそのまま部屋から出ていった。訳も分からず、二人は急いでレイの後についていこうとする。

「あ・・・。」

が、そのアスカの肩にマナが手を置いて呼び止める。

「・・・マナ?」

振り返って名を呼ばれても、マナは返事をしなかった。何かを口に出そうとしてはやめて、考えてはまた躊躇って、虚しく口を閉口させる。

「えっと・・・、あのね・・・その・・・。」
「・・・・・・?」
「あいつのことなんだけど・・・。」
「ああ。」

ようやくマナが何を口ごもってるかのか分かってアスカが相づちを打つ。

「任せときなさいって。悪いようにはしないから。」
「・・・ごめんね・・・。」

喧嘩していたときとは別人のようなしおらしい態度でマナが呟く。アスカにて見れば、別にマナに謝られる筋はないのだが、その気持ちはよくわかった。マナの手が自然と離れるのを見計らって、アスカは振り返って先に行ったシンジとレイの後を追っていった。






六分儀の部屋へと続く、赤い絨毯が敷かれた長い廊下を、三人は黙って歩いていた。彼の部屋は宮殿の妙に奥まった位置にあるが、それ以上に今日は道のりが長く感じられた。

「綾波・・・。ムサシと出会って・・・闘ったんだって?」

沈黙が耐えられなかったのか、あるいは元より訊ねる機会を窺ってたのか、シンジが思い詰めた様にレイに声をかける。レイは振り返りもせずに応える。

「ええ。」
「どうして・・・?避けられなかったの?」
「・・・どうして避けなければならないの?」

普通の人間が言ったならばアイロニーにも聞こえるレイの返答。だが、レイのそれは純粋な疑問だった。シンジは軽くショックを受けた様に躊躇って答える。

「なんでって・・・・・・ムサシは一年前まで僕たちの仲間だったじゃないか。一緒に学院に通ったり、冒険したり・・・それなのに・・・。」
「でも向こうはそう思っていないわ。」

レイの言葉は澱みがない。淡々と目の前にある現実を読んでいくだけだ。それはすなわち、シンジがわかっていながら、目をそらしていることだった。

「今、現在彼は敵よ。極めて強力で危険な・・・。」
「そんな・・・簡単に割り切れないよ。・・・・・・アスカはどうなの?」

今までずっと黙っていたアスカにシンジが話をふる。アスカは予想していたのか、すまし顔で答える。

「さぁ?実際会ってみないとわかんないわね。ただ言えることは、あたしは受けた借りは一万倍にして返す主義だってこと。」
「一万倍も返したら死んじゃうだろ・・・。さっきの悪いようにはしないって台詞は何処いっちゃったんだよ。」

言いながらシンジは頭を抱える。

(・・・女の子って強いなぁ・・・。それとも僕が弱いだけなのかな・・・。)

「・・・あら、シンジ君にアスカじゃない。」

急に後ろから聞き慣れた声がかけられた。振り返るとちょうどミサトとリツコが階段を昇ってきたところだった。リツコがシンジとアスカを、次いでレイの顔を見てふーんを呟く。

「貴方達も司令に呼ばれたのね。」
「リツコさん達も・・・ですか?」
「そーゆーこと。シンジ君達まで呼ばれたってことは、やっぱり例の件がらみのことみたいね。」
「例の件って・・・。むー、何よ、あんた達ばっか分かったようなこと言って、ちゃんと私たちにもわかるように説明しなさいよ!」
「はいはい。実はね・・・。」

ミサトがジオ=フロントのこと、ゲートウェイのこと、先の会議のことを話している間に一同は司令室の前までやってきた。

「分かったよーな、分からないよーな・・・。で、よく長老連がジオ=フロント調査をあっさりと承諾したわね。」
「まーね。防ぎようがなかったとは言っても、むざむざ聖域を荒らされたことには変わりないから。他に手段もないし。時田みたいな比較的若い長老達は最後まで反発してたけど。」

ジオ=フロントの守護は長老連の最後のプライドみたいなものだったのだから、それは無理もないだろう、とアスカはほんの少し時田に同情した。 部屋のドアの前に立つとレイはつっ、とシンジ達の前から離れていった。

「綾波?」
「用があるのは貴方達だけなの。私は呼ばれてないから・・・。」

そう言い残してレイは後ろを向いて去っていった。その後ろ姿に、なにやらシンジは引っかかるものを感じた。別にふらついているわけではないが、なんとなくその背が儚げに見える。

(この前の闘いで疲れてるのかな?)

そんなことを考えていると、ミサトがドアを柔らかく叩く音が聞こえた。

「失礼します。」

ドアを開けると、そこには酷く簡素な造りの部屋が広がっていた。必要最低限の調度品、無地の壁紙にカーテン。整頓された机。いかにも父さんらしい・・・愛想のない部屋だ、とシンジは心中で呟いた。
ゲンドウは机の上でなにやら書き物をしていたが、五人が部屋に入りきるとペンを置いて、ようやく人が居るのに気づいたかのように顔を上げた。

「君たちを呼んだのは他でもない。」

型どおりの台詞もゲンドウが言うと重く感じる。シンジらは意識せず体を固くさせる。

「聞いていると思うが先刻の会議で、先の敵侵入の元凶が地下の闘神都市ジオ=フロントにあることが分かった。再侵攻を未然に防ぎ、敵の正体を突き止めるため、君たちにはジオ=フロントの調査へと向かってもらいたい。最終的な目的はゲートの破壊、もしくは封印だ。」
「ジオ=フロントに・・・私たちが・・・?」

意外と言えば意外だった。そんなものは長老連か軍の諜報部隊に任せられると思っていたのだ。

「しつもーん。なんで私たちじゃなければならないんですかー。そんなもの向こうに任せとけばいいじゃないんですか。」

無邪気さを装って嫌みな質問を飛ばしてきたのは言うまでもなくアスカだ。この中で唯一、ゲンドウを目の当たりにしても怯まない人物と言える。

「ジオ=フロント調査のメンバーは少数精鋭でなければならないというのが、両陣営の意見の一致するところだ。少数である理由は、曲がりなりにも聖域である場所を、多人数で荒らし回るわけにはいかんからだ。今回の調査ですら異例中の異例なのからな。」
「祟られても困るしねー。」

アスカは何の気無しに言った言葉だったが、一瞬ゲンドウの、そしてミサトとリツコの顔がこわばる。だが、アスカが怪訝に思うより早くそれは消えていた。

「・・・精鋭である理由は、敵がそこに潜んでいる可能性が大きいからだ。闘将・・・得に高位のものに対抗できる人間は、君たちをおいて他にない。」
「もし・・・ムサシもそこにいたなら・・・どうすれば・・・?」

シンジがゲンドウの目をハッキリ見据えて言う。このことは絶対に聞いておかなければならないことなのだ。答えがたとえ分かり切っていたとしても。

「可能ならば戦って捕らえろ。背後関係を聞きたい。だが、状況に応じては殺してもかまわん。」
「でも、説得できるなら・・・。」
「馬鹿が・・・。くだらんことを考えるな。お前が死ぬぞ。」

返ってきたのはレイと同じ答えだった。無慈悲な・・・だがおそらくは正しいだろう答え。 ムサシが説得できるような相手かどうか、昔仲間だったシンジの方がよく知っていることだ。

「長老連の方からは?」
「無論、何人か出る。だが、戦闘員ではなくほとんど見張り役のようなものだ。当てにするな。」
「軍隊の出動はないんですか?」
「君たちからの念波による連絡が30分途絶えたときは、何らかの不測事態が起きたと見て直ちに出動させる。他に質問はあるか?」

その後もぽつぽつとミサトが、リツコがいくつか質問をする。ゲンドウはその都度、最低限の答えを返すだけだった。やがて質問も出終わると、ゲンドウは静かに立ち上がる。

「では、直ちに準備を始めろ。出来次第、ジオ=フロントへ潜ってもらう。」
「「はい。」」

皆一斉に返事をすると、そろって部屋を出ていく。 やがて部屋に人の気配がなくなると、ゲンドウは静かに笑って呟いた。自身に、取り巻く闇に聞かせるように。

「・・・ふん、奴が・・・私が捨てた駒を拾い上げたのか。こざかしい手を使う。だが、若干シナリオの修正が必要になっただけだ。・・・若干な・・・。」






「ええと、まずは世色癌でしょ。それに竜角惨。あとは、爆発茸に食料、着替え・・・そうだ、お菓子ももってかないと・・・。」
「・・・これから僕らが何処に行って何をするか・・・ホントにわかってやってる?」

シンジは冷めた目でアスカと、その背後に巨大な岩のようにそびえ立つ荷物を交互に見やって呟いた。元は旅行バックであるらしいそれは、許容限界を遥かに越えて膨れ上がっており、いまや単なる布袋と化していた。

「なによぉー。女の子は男の子と違って色々と物いりなのよ。ほっといてよ。」
「・・・修学旅行じゃあるまいし・・・。だいたい、そんなに荷物があったら重くて動きづらいと思わない?」
「んなことあたしの知った事じゃないわよ。」
「は?」
「持つのはあんただし。」
「なんで僕が!?」

シンジが叫ぶが、アスカは聞いてない。次々から次へと---かさばる物ばかり---バックに放り込んでいく。シンジも半ばあきらめかけて、床に腰を降ろしかけたとき、遠慮がちなノックが響きわたった。

「・・・誰だろ?」

願わくば、この巨大な荷物を見て、アスカに一言言ってくれる人物であってほしい。そんなことを思いながらシンジはドアを開ける。現れたのは一人の男だった。スーツを着た背の高い男。顔は彫りが深く端正で、一度見れば忘れないような顔立ちをしているが、シンジには見覚えはなかった。

「あの・・・どちら様でしょうか?」
「失礼・・・。私は六分儀様の使いの者で、近衛魔法隊所属の牧原・・・と申します。」

すっ、と男が軽く頭を下げる。自分より年齢が下の子供に頭を下げることに、微塵の躊躇も疑問も見受けられない、組織的人間の仕草だ。
そして、例のよって六分儀の使いと聞いただけで、アスカが猫が毛を逆立てるように、警戒態勢にはいる。

「なんの用?」
「六分儀様から貴方達の準備のお手伝いをするように・・・。」
「余計なお世話。」

アスカが突き放す・・・というよりなにか長い棒で突っ返すような言い方をする。だが、牧原の態度は小揺るぎもしなかった。

「そうもまいりません。・・・とりあえずは・・・シンジ様。六分儀様より預かり物がございますので。」
「父さんから?」

頷いて牧原は、懐から、布に包まれた棒のような物を出し、それを目の前でほどいてみせる。現れたのは金色に光るロッドだった。だが、その丈が異様に短く、大人の肘から指先ほどしかない。さらに先端はまるで杯のように窪んでいた。全体として武器ではなく、何かの祭器に見える。

「これは?」
「聖魔戦争時代の遺物の一つです。名は’ライト・スタッフ’。持ち主の力量に併せて姿を変えるこの世に二つとない聖剣です。それ故、使い手を選びますが・・・貴方ならば問題ないでしょう。」
「・・・そんなものを・・・なんで父さんが僕に?」
「もちろん、貴方の身を案じてのことですよ。」

男はシンジにそのことが分からなかったことが、さも意外だったかのように言った。そして、シンジの肩に手を置いて、優しく説いて聞かせるように顔を寄せた。

「六分儀様は表面には決してお出しになりせんが、貴方にずいぶん期待なさっておいでです。そしてそれと同じぐらい、貴方の身を案じておいでなのです。」
「・・・そんなこと・・・信じられません。」
「私としては、貴方様が六分儀様の深いお心を知らぬまま、裏切り、悲しませるようなことがないか・・・。それだけが心配なのです。くれぐれも一時の感情で道を誤ることのないよう・・・。」
「つまり、シンジがムサシを見逃すことのないように釘を刺しに来たのね。」

レイもかくやと言うような酷く冷めた声が牧原を凍り付かせた。無論、アスカの声だ。声とは対称的に、その頬は怒りにほの赤く染まっている。

「私は何もその様な・・・。」
「そんなに美談になるわけ?息子にナイフを持たせて友達を刺せなんて言う父親が!」
「・・・姫様は何か誤解なさっているようですね。私はただ・・・。」
「もういいです。・・・出ていってください。」

シンジが静かに、しかしどこかに有無を言わさぬ強さを秘めて、言った。男は、意外そうな顔でシンジを振り返った。

「シンジ様・・・。」
「そして、父さんに伝えてください。貴方が僕に何を期待しようと、僕は僕の意志によって行動する・・・と。」
「・・・・・・・そうですか。なるほど、それもいいでしょう。ただ、貴方のその意志が六分儀様を失望させることのないよう、祈ってますよ。これは’警告’ではなく’忠告’です・・・私からのね。」

牧原はそれだけ言い残すと最後にアスカの方を一瞥して去っていった。閉ざされたドアに向かって、アスカが思いっきり舌を出す。

「ったく、虎の威を借りてるだけ時田より嫌な奴度が三割ほど上ね。シンジ、あんなの気にするんじゃないわよ。」
「うん・・・。」

アスカの言葉に頷きながらも、シンジはどこかにえきれない気持ちで、渡された武器を見つめていた。本当にゲンドウを拒絶する気ならこの武器を突っ返してしまえば良かったのだ。だが、シンジの中の’何か’がそうすることを躊躇わせた。その’何か’は槙原の言葉にも、平静を保とうと命令する自分の意志を裏切って、見苦しく反応して心の中で何かを叫き立てていた。そしてなにより悔しいのはそんなものに支配されて動いている自分に時折、こうして気づかされることだった・・・。






さて同じ頃・・・ミサトとリツコもまた多忙だった。リツコはジオ=フロントについての資料を至急、王宮中から取り寄せ、研究室に籠もって下調べに当たっている。ミサトはというと今回の作戦について、長老連と軍部の橋渡しとして、方々に書類を渡したり、印や許可をもらってきたりして、方々を飛び回っていた。
ミサトが意外な、だが会いたくもない人物に遭遇したのはそんな最中だった。

「探しましたよ、葛城将軍。」
「・・・ミイラ男に知り合いはいないけど。」
「気の利かない冗談を聞いている暇はないのだが・・・。」
「奇遇ね、私もよ。」

そう言ってミサトはミイラ男---闘将にやられた傷が癒えないままに退院してきた時田---から急いで逃げようとする。だが、残念ながら時田が肩を掴むほうが速かった。

「待ってください、貴方に言っておきたいことがある。」
「生憎、私には無いのよ!」
「貴女のお父上に関することです!」

聞き流してしまえない、それは呪力のような言葉だった。 ミサトは思わず、時田を見る。時田はやれやれというふうに肩を掴む手を離す。

「貴女はジオ=フロントに降りるのでしょう?15年前の貴女の父上と同じように。」
「・・・・・・。」
「葛城調査団のメンバー・・・葛城ハヤト・六分儀ゲンドウ・冬月コウゾウ・赤木ナオコ・・・そして碇ユイのうち、すでに三人が変死している。さらにはアダムの砦でのあの事件。長老連は一連の出来事を始祖ルーシーの呪いだと恐れおののいたものです。」
「何が言いたいの?まさかそんな虚仮威しでジオ=フロントの調査から手を引かせようとしてるわけじゃ・・・」
「しかし、貴女はそれが呪いなどではない事を知っている。」

ミサトの体がわずかに震える。
無意識にミサトの右手が胸の十字架へと伸びた。

「貴女は父上の死に疑問を持っていた。軍に入ったのも、将軍になったのもそのためでしょう?その貴女にとっては今回の件は渡りに船だ。だが・・・その船は六分儀が用意した船だ。このままでは貴女、父親の二の舞ですよ。」
「それがどうしたっていうのよ。その船がドロ船だろうとなんだろうと、私は前にしかないのよ!」

周りには人はいない。だが、人の有無などは全く考えに入れずに、ミサトは大声を張り上げた。
時田は沈痛な面もちで頭を振る。

「・・・仕方がない。では、この際、貴女に賭けましょう。」
「賭ける?」
「今回の一件、私はどうしても腑に落ちません。ジオ=フロントへの侵入がゲートウェイによってなされた・・・と六分儀は言います。確かに、内部から敵が出てきた以上、手段はそれしか考えられません。が、同じように、始祖ルーシーが不可侵と定めた場所に、そんな抜け穴のようなものが残っていたとは私にはどうしても納得できないのです。」
「どういうこと?」
「仮に残っていたとしても、外部からの侵入を防ぐセキュリティがあってもいいはずなのにそれすらもなかった。いかに400年前の時点では、他の闘神都市が発見される可能性は皆無に近かったとは言ってもです。」
「まさか、今回の一件は裏で司令が動いてるとでも言うの?」

さすがにそれは考えがたい・・・長老連が負ったダメージも大きいが、同じくらい軍部が失った信用も大きいのだ。それにムサシのアレはどう見ても茶番には見えない。

「そうとは言いません。ただ、彼は何か隠している。私は貴女がそれを見つけてくれるものだと期待しています。・・・これを・・・。」

そう言って時田は包帯の隙間から小さく畳んだ紙を取り出し、ミサトに手渡す。
ミサトは黙ってそれを受け取り、書類の中に紛れさす。

「ジオ=フロントの地図を一部、写したものです。本物は同行する長老の使いにしか持たされませんが、これがあれば貴女一人でも行動できるでしょう。」
「・・・こーゆーことして、ばれたらどうなるか分かってやってるわけ?」
「だから、賭なのだと言ったでしょう。頼みましたよ。」
「・・・礼は言わないわよ。」
「最初から、期待してませんよ。」

時田はそう言い残して去っていった。その足取りはなにか重い荷を降ろし終えたように、軽いもののようにミサトには見受けられた。






ネルフ王宮の中央から、奈落へと続くかのように、長く深い階段がある。ネルフの聖域ジオ=フロントへと続く道だ。シンジ、アスカ、ミサト、リツコ・・・それに長老連の配下が4人・・・全部で8人の集団は、その階段を黙々と降りていった。
沈黙の理由の一つは、足下が暗い上に階段に滑り止めも何もないので、降りることに全神経を集中させているから。そして、もう一つ。明らかに人を拒絶する空気が、階下から流れ込んでくるのを感じていたからだ。長老連は伊達にジオ=フロントを聖域と定めたわけではない・・・そのことは例外なく全員が足を踏み入れた瞬間、悟っていた。
やがて階段は終わりを告げ、代わりに少し開けた空間がそこにあった。

「ここが・・・ジオ=フロントへの入り口です。」

そう言って、長老の一人が中央の床を指し示した。見れば、その部分だけ、うずたかく盛り上がっており奇妙な形の魔法陣が描かれている。

「こんなのが・・・?」

アスカが拍子抜けしたように呟く。だが長老は神妙な表情で頷いてみせる。彼は15年前にも、ジオ=フロントへと向かう葛城ハヤトらに立ち会ったのだと言った。

「皆さん、そこにお乗りください。8人・・・ならば余裕で乗ることが出来るでしょう。」

言われたとおり、一同はその床の上の魔法陣に乗る。だが、乗ったからといって何の変化も現れなかった。だが、長老が無造作に壁のスイッチを押すと途端に変化が現れた。
シュッ・・・と空気を抜く音と共に、ガラスのような、だがそれよりは遥かに頑丈そうな透明な壁が、円筒状に一同を包んで迫り上がる。それと同時に床の魔法陣が青白く光り出した。

「御武運を・・・。」

呟きと共に長老が、さらにスイッチを押す。同時に床が円筒ごと一同を乗せて沈みだした。

「わ・・・・・・わ・・・。」
「な・・・なに?」

緩やかに落下していく何とも言えない感覚が一同を襲う。円筒は沈み続け、周りはまるでトンネルにでも入ったかのように真っ暗闇になった。おそらく土か壁の中を通過しているのだろう。

「エレベーターとかいうやつね。まぁ、さして珍しいものでもないけど、また長い階段を降りていく必要が無くなったのはありがたいわね。」
「まさか途中で故障するなんてことないでしょうね・・・。」

不吉すぎることをアスカが呟く。
と・・・、前触れもなく、足下の闇に光が現れた。距離は掴めないが、その光は徐々に大きく強くなっていく。円筒は吸い込まれるようにその光へと降りていった。
やがて、光が一同を飲み込む。暗闇に慣れた目に、光が痛みすら伴って染みわたった。

「太陽の光じゃない・・・。魔法の光?」

目が光りに慣れ視力を取り戻したとき、一同は息をのんだ。 自分たちがいる場所・・・それは想像していた地下の世界ではなく、大陸の表面の光景となんら代わりのない光景だった。
空、大地、空気、地平に立つ山々、光を受けて千々に揺らめく湖面。全てがそのままだった。ただ驚愕すべきは、ここが地下である・・・という一点だった。
その空洞の全面積はネルフ王都全域を入れても、まだ余りがある。声もない一同の中で、ただ一人冷静なリツコが周りの光景を指して言う。

「これが闘神都市ジオ=フロントよ。この空間を指しては’神々の中天’とも呼ばれていたわ。由来は知らないけど・・・さしづめ神様の住処もこんな風だと言いたいのかしらね。」
「あ、見て!街がある!」

アスカが興奮した様子で足下の地面を指さす。目を凝らせば、確かに明らかに人為的な建物が密集しているのが分かった。

「どうやらこの乗り物、あの街に降りようとしてるみたいね。」
「そして、私たちの目指すものも多分あそこにあるわ。」

ミサトとリツコの話も聞かず、アスカは目を輝かせ、じっとその街を見つめている。好奇心や知識欲の塊みたいな少女なので、無理からぬ事だろう。

「ねぇ、名前あるの?あの街。」

無邪気な声音でアスカが訊ねる。リツコは分からない・・・と言おうとしたがそんな風に聞かれれば何か答えを返してあげたくもなる。苦笑しながら、懐からメモ帳を取り出し、その中ほどのページを開いて見せた。そこにはただ走り書きの見たこともない記号があった。

TOKYO−3

「何これ?文字?」
「魔導書から調べたの。あの街の名前らしいわ。肝心の名前の部分は読めないけど、’3’っていうのが・・・聖魔教団は二回遷都したそうだから、多分、三番目の首都・・・って意味ね。」
「それ、もしかして’トーキョー’・・・って読むんじゃないですか?」

いきなり側から、意外な声が聞こえてきた。振り返ってみれば、シンジがなにやら不安げな目つきでその文字をじっと眺めている。

「あんた、読めんの!?」

アスカが驚いて・・・というより自分の知らないことをシンジが知っていることにちょっとプライドを刺激されたように叫ぶ。だが、シンジは慌てて首と両手を振る。

「え?いや・・違うよ。なんとなく・・・そんな気がしただけ。」
「なんとなく・・・って、あんたバカァ!?空気薄いとこ来て、頭ボケちゃったんじゃないの?」

シンジの頭をぺしぺしと叩くアスカを後目に、リツコは面白そうに笑って、メモ帳の文字の上にトーキョーとふりがなを打つ。

「そう・・・。なら多分、あの街はトーキョーなんでしょうね。」
「なんでそうなんのよ!」
「名前なんて元々は便宜的なものでしかないわ。たくさんの人がそう呼び、認識することで次第にそれ自体が大きな意味を持ち始めていくだけ。今は、あの街の呼び名を知る者がいない以上・・・あれはトーキョーなのよ。シンジ君が名付け親ね。」
「えー、あたしに任せてくれればもっとかっこいい名前つけたのに・・・。」
「例えば?」
「絶対不可侵超絶怒級神聖---」
「却下。」
「最後まで言ってないのにー。」
「少しは真面目になるってことが無いわけ、あんた達・・・。」

失笑に近い笑い声が辺りにわき起こる。 だが、そんな中、一人シンジは浮かない顔をしていた。

(何故・・・、僕は知ってるんだ、あの街の名を・・・。)
(アスカに言ったとおり、僕はあの文字が読めた訳じゃない・・・。ただ、あの街を元から知っていたんだ・・・。)
(何故なんだ・・・?僕は・・・?)
(僕の中に僕の知らなかった僕がいる・・・。)


NEXT

ver.-1.00 1999_12/11公開

ご意見・感想・誤字情報などは persona@po2.nsknet.or.jp までお送り下さい!


後書き

YOU「また更新停止かよ、いい加減にしろよなおいって感じでみなさんお久しぶりです。久々の更新です。」
時田「何故、こっちの更新が先に・・・。」
YOU「あれ、時田さん。あんた死んだんじゃあ・・・。」
時田「なんでですか!?」
YOU「だって十四話の大家さんのコメント・・・。」
時田「貴方が紛らわしい書き方するからでしょう。」
YOU「いいじゃないですか。どーせ遅いか速いかって違いなんだし。」
時田「・・・どういう意味ですか・・・?」
YOU「べーつーにー。人はいずれ死ぬという世の理を説いてみただけです。」
時田「・・・もっと短いスパンでの事を言っているように聞こえましたが。」
YOU「滅相もない。今回出てきた牧原とキャラがかぶってるから早めに殺しと こうとか、後書きのローテがまわってくるのもこれが最後だろうとか、そんなことを この僕が考えるとでも・・・。」
時田「白冷激。」

ゴオオオオオオォォォォ・・・・・

YOU「ああ、ちょっと待って!風邪が治ったばっかだから冷たいのはイヤァーーー・・・ぁ・・・・・・。」
時田「まったく、後ろめたい人間ほど多弁になる・・・。」







 YOUさんの『魔導王シンジ』第十七話、公開です。






 え、え、えぇぇ〜?!

 ”TOKYO−3”!?


 そうか、
 そうなのか、

 こう繋がるのか。。


 いやービックラこきましたです〜


 予想をド〜ンと遙かに超えた展開に
 予想をバ〜ンと遙かに超える危険がありそうで

 いやーいやーめっちゃ楽しみです。






 突入したアスカ・シンジ達も心配なんだけど
 上に残っているレイちゃん・・・

 ゲンドウに何をやらさられるのか、とっても不安です。


 遺跡の謎に
 長老連にアル達に
 更にゲンドウ−

 あっちにもこっちにも気を抜けない状況っ


 いやーいやーホンマにめっちゃ楽しみです。






 さあ、訪問者の皆さん。
 YOUさんに感想メールをばーんと送りましょう!






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