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コツコツコツ・・・

靴音が反響する。病院のリノリウム張りの床に、真っ白い無地の白い壁に、天井に。音は跳ね返って、当人の耳にへばりつき、苛立った気持ちをさらに募らせる。病院を歩いている者は自分の他は誰もいない。早朝であるので、病人はまだ寝てるし、ましてや見舞い客などはいやしない。

コッコッコッコッ・・・

せわしなく反響した靴音が、自分の歩調が知らず知らずのうちに速まっていることを知らせた。大きく息を吐き出して苛立った気持ちを抑えようとする。
そう、自分は苛立っている。俗に言う、むかついているとかキレるとかいうのではなく、感情が何処へ行ったらいいか行き先を見失っている状態。喜んでいいのか、悲しんでいいのか、怒ればいいのか。結局、内面の決着がつかないまま、目的のドアの前についてしまった。きわめて義務的に静かにノックをする。思い切ってドアをけっ飛ばして踏み込めば幾分か気分壮快になるのだろうが・・・。

「どなたですか・・・?」

ノックに応え病室内から問う声は、か細く弱い。つい先日、会議の席上で自分を笑い飛ばした声とは別人の様だ。いっそ、それが哀れに思えて、幾分か張りが和らい だ声を彼女は出した。

「ネルフ魔法部隊、第二軍将軍、葛城ミサトです。入室してもよろしいでしょうか、時田議員。」


魔導王シンジ


第十五話 The Decisive Battle(前編)





病室は閑散としていた。一応個室らしく、部屋の片隅にベットとその側の机に花瓶が一つ置かれている。そして、そこでおとなしく寝かされている怪我人が一人。ブドウ糖の入ったパックがつるされているところを見ると、当分は安静のようだ。寝かされているのは時田シロウ。長老連の若き一員として、聡明そうな物腰と堂々たる発言で、内部の地位を固めつつあったエリートだ・・・。つい先日までの話だが。

「ふっ・・・、何をしに来たのです?私の無様な姿でも見物しに来ましたか?」

時田はミサトの方とは反対側を向いたまま言った。普段の時田であれば絶対に吐かないであろう、陳腐で負け犬意識に満ちたセリフだった。あれほど強固に闘将の存在を否定し、碇シンジは無能だと息巻いておいて、本人がこの様なのだ。面目が立つ余地も、ミサトに合わす顔も、どちらも持ち合わせているはずがなかった。

「そうね。事が全て終わったらそれもいいかも知れないわ。」

敢えて冷ややかにミサトは言い放った。今の時田の姿を見て、本人の自業自得とはいえ同情が湧かないでもなかったが、それを表に出せばよけいに時田を傷つけることになるのは明白だった。

「でも、今問題なのはそういうことじゃないの。これ以上犠牲者を出さないためにはどうすればいいか・・・。重要なのはそのことよ。貴族連が、軍部がどうしたは関係ないわ。」
「・・・単純でいいですね、貴女は・・・。だが、まぁいい。そこにかけたまえ。」

時田は上半身だけ起こし、ベットの下から、簡単な造りの椅子を取り出しミサトに勧めた。ミサトは制服をさっと翻して椅子に腰掛けた。足を組み、惜しげもなく脚線美をさらけ出す。まるで王座に座った女王の様だが、別に時田はそれに見惚れるわけでもなく、相変わらず慇懃無礼な口調で語りだした。

「私達が’あれ’に遭遇したのは、宮殿から離れ王都のはずれにさしかかったときだ。突然、立ちはだかったかと思うと同僚の一人を切り伏せた。我々も応戦したが、魔法はことごとく装甲に弾き飛ばされた。・・・奴の戦闘力は凄まじかった。我々が皆、かろうじて生きながらえることができた・・・というのは僥倖かも知れん。」

皮肉な微笑が時田の口元に浮かんだ。長老連の人間は軍部の人間ほどではないにせよある程度の戦闘訓練を受けた魔法使いだ。特に時田は魔力だけなら近衛魔法師団にも匹敵する。その時田にそこまで言わすという事実にミサトは内心驚愕しつつ、相手に話を促した。

「で、それをシンジ君達を襲った者と同一だと断言できる。」
「・・・ああ、それは間違いないだろう。・・・・・・これを見てくれ。」

時田は右腕を上腕部までまくって見せた。肘の上あたりに、丸く黒ずんだクレーターのような溝がある。矢傷と似ているがそれにしては鮮やかすぎる。

「銃痕ね・・・。」
「そうだ。君たちの報告にあったとおり、奴は腕に銃を仕込んでいた。それを喰らってこの様だ・・・。が・・・、少し妙なのだ。」
「妙?」

時田が必要以上に協力的な様に、ミサトは感じられた。虚構のプライドの壁が崩れた後に、何か芽生えたものがあったのかもしれない。・・・単にやけになっているだけかもしれないが。

「奴は撃つ必要が無かったのに撃ったのだ。」
「それ、どういうこと?」
「碇シンジの場合は、彼が飛行して逃亡しようとしたのに対し、銃のような飛び道具が有効であったことはわかる。だが、私は奴の前に倒れ伏したところに銃を喰らったのだ。殺したり傷つけたりするなら剣を使えばすむだろう。闘将は多少知能があるといえども、その本質はゴーレムとかわらん。マスターの命令に沿ってに合理的と思える行動を機械的にとる。・・・にもかかわらず、まるで自分がやったという証を残したいかのようだ。妙な行動だとは思わないか?」
「証・・・ね・・・。確かに少しおかしいわね。」

自分がやったという証。
そんなものを欲しがるのは、サイコな犯罪者か・・・。あるいは、復讐者が自分の復讐を誇示するためにやったというもの。ミサトの頭の中では暁ムサシの仕業ではないかという仮定ができあがっているため、自然にこういう発想に結びついた。しかし、肝心のムサシについては、彼がどうやらネルフを恨んでいるらしい・・・ということぐらいしかミサトは情報を知らなかった。

「ふぅ・・・ん。なら、もう一つ質問があるわ。あなたこの事件の犯人、つまり闘将のマスターに心当たりはない?」
「マスター?ふむ・・・やはり真っ先に思い浮かぶのは、闘将・闘神の開発・操法を記した魔導書「パラディン」を持っている人物、暁ムサシだろう。」
「やっぱりそれしかないか・・・。誰かが彼から、闘将の扱い方を聞いたと言う可能性もあるけど・・・。」
「それでも、彼が関わっていることには疑いないように思えるが・・・。」
「貴方は知ってるの?ムサシがネルフを恨んでいる・・・としたらその理由を・・・。」

時田が初めて、応えるのを躊躇った。何か知っている、そう悟ったミサトはたたみかけるように時田に詰め寄る。

「知ってんだったら教えなさい。つまらないことにうだうだこだわってる場合じゃ・・・!」
「いや、すまない。私も詳しくは知らないのだ。・・・一年前の将軍の選定試合を知っているか?」
「知ってるもなにも貴方も率先して同意したって聞いてるわ。」
「六分儀にうまくのせらたのだ。碇シンジと暁ムサシに試合をさせて勝った方を将軍として選ぶと。」
「それが・・・?その試合でシンジ君に負けたことを恨んでいるのなら、逆恨みもいいところだけど。」
「それはありえん。勝ったのは’暁ムサシ’の方だからだ。」

時田の言った一言は、ミサトの頭にも一瞬、不合理なものとして受け止められた。戸惑いをそのままミサトは声に出す。

「どういうこと・・・、それじゃあ・・・?」
「そうだ。にもかかわらず、ムサシは将軍職を放棄して姿を消したのだ。そして、それこそが両者の実力差にも関わらず六分儀が試合を提案した所以だと思っている。」
「・・・なにか裏でやったってことなの・・・!」

目眩がしそうなほどの忌々しさがミサトを襲う。もし、それが原因なら、事の発端は貴族連と軍部の争いに少年が巻き込まれたことにある、ということになる。結局自分たちが上層部の尻拭いをする羽目になる。・・・いつも同じ事の繰り返しだ。

「・・・すまない。元はと言えば私達がまいた種だ。暁ムサシを担ぎ出したのは私達貴族連だし、それを阻止するため謀略をたてたのは軍部だ。」
「わかってるじゃない。」
「だが・・・、私達にも大儀があった。軍部に、特に六分儀にこれ以上、権力を握らすわけにはいかなかったのだ。ただでさえ彼らは暴走しつつある。15年前の不可侵であるはずの闘神都市ジオフロントへの強制調査を行ってからそれは増加する一方。・・・奴はネルフを道具としか思っていない。あんな奴を放っておけば、ネルフの人間は残らず利用され使い捨てられる運命をたどる。それだけは阻止せねばならなかった・・・。」
「勝手に熱を吹いてるところ悪いんだけど、そろそろお暇するわ。」

ミサトは素っ気なく立ち上がった。これ以上は、時田の言い分につきあう気になれなかった。理由があるからどうだっていうのだ。大義名分があるからどうだっていうのだ。そんなことは寝言以下の戯れ言にすぎない・・・。何も知らない子供達を巻き込んだという事実は変わりはしないのだから。時田は、次第に熱してきた頭が冷めて恥ずかしくなったのか、ミサトを引き留めもせず最後に一声かけた。

「・・・最後に、これだけは聞いてくれ。六分儀は危険なのだ。あの男は何か恐ろしいことを企んで・・・。」
「・・・知ってるわ。そんなこと・・・。」

ミサトはそれだけ言い残すと、また靴音を引き連れ病室を去っていった。






ミサトが病院から出ると、見慣れた顔が駆け寄ってきた。20代前半の若い男。短く刈った頭に、眼鏡をかけ、きちんと制服を着こなしている姿からは、好青年という言葉を苦もなく連想させる。時田とは全く正反対な意味で、いかにも公僕らしい男だった。

「なんだ、日向君じゃない。」
「なんだじゃないでしょう、葛城将軍。やっぱりここにいらっしゃってたんですか。赤木さんや長老連の奴らが血相変えて探してましたよ。」

日向と呼ばれた若者は、やれやれといった風にため息をつく。日向マコト、ネルフ魔法軍第二部隊’氷鏡’の副将を務めている男だ。その穏和で控え目な性格と、職務と上司への忠誠心あふれる姿は、周りから’ネルフ軍部の唯一の良心’と呼ばしめている。
二人は病院のからの街道を並んで歩きながら話し始めた。

「リツコや長老連が?何のようで?」
「今回一連の事件に対する全権を葛城将軍に委任する・・・と長老連から言ってきたんですよ。」
「あらら。えらく対応が速いことで・・・。」
「臭いものには蓋・・・ってやつですよ。これ以上、問題が大きくなって責任が追及される前に、その責任ごとこっちに押しつけたんです。あいつらいつもやることが汚いんですよ!」

日向の口調は苦々しい。彼は酔狂なことに葛城将軍を、----ネルフ一般魔法兵1000人のあいだで行われた「第13回チキチキ絶対この将軍の下では戦いたくないグランプリ」、栄光のダントツナンバーワンに輝いた’あの’葛城将軍を----、心から尊敬していた。だから、その尊敬する葛城将軍を攻撃する長老連を心の底から嫌っているのだ。

「ふん・・・。まぁ、今回に限っては賢明な判断だわ。あいつらに今回の件が手に負えるわけがないし。」
「それもそうですね。あんな奴ら葛城さんが相手すること無いですよ。・・・で、どうでした?」
「何が?」 
「時田議員のところに話を聞きに行ったんでしょう?」
「まぁね。さすがに今回のことが堪えたみたいで、えらく色々と話してくれたわ。」

ミサトは、時田の話、そして自分なりの推測を細やかに日向に話して聞かせた。ミサト自身ここで事態を整理してみる必要があったのだ。

「へぇ・・・。じゃあ、ことの起こりは一年前のあの将軍選定試合に端を発するわけですか。」
「まだそうと決まったわけじゃないけどね。・・・どう?日向君の意見を聞かせてみてくれる?」
「うーーん、そうですねぇ。なんかこう、シナリオが一本につながってないっていうか・・・。なんで、ムサシ君がシンジ君やら時田議員やらを襲わなければならないんです?復讐するなら六分儀指令がターゲットでしょうに。おまけに闘将なんて目立つもの使ってまで。これじゃあ指令に「いまから俺が復讐に行きますよ、用心してください」って言ってるようなものじゃないですか。」
「何も考えてないだけかも知れないわよ。たまたま手に入った闘将を使って、何かネルフにちょっかいかけたくなった。でも闘将一体使って出来る事なんてたかが知れてるから、とりあえず手当たり次第襲ってみた・・・とかね。」

ミサトは自分で自分で言ったことに苦笑した。’たまたま手に入った闘将’なんて言ったが、そんなものがそこらに落ちているはずがない。あるといえば、それが造られた大元である聖魔戦争のとき遺跡、闘神都市の内部ぐらいだろう。しかし、各地に点在する闘神都市は各国が厳重な警備下においており、進入する、ましてやその中から何かを持ち出すなんてことは出来るものじゃない。当然、ネルフにある闘神都市ジオフロントも長老連が厳重に封印している。十年前を境にだれ一人立ち入る者はいない。
では、あの闘将は何処から出てきたのか・・・。

「謎が謎を呼ぶ・・・ってやつね。考えれば考えるほどわけがわかんないわ。」
「さしあたって俺達に出来るのは、警備を厳重にしてこれ以上犠牲者を出さないことですよ。」
「そういう地味なのは私の好みじゃないの。」
「・・・好みの問題じゃないでしょう。」
「いっそのこと漫画みたいに、いきなり敵が出てきて自己紹介でもしてくれないかしら。」
「それで、冥土のみやげに色々話してくれるんですね。たしかにそういう展開の方がこっちとしては楽ですねぇ・・・。」

ミサトと日向は力無く笑い会った。二人ともこのときは冗談のつもりだったのだ・・・。






・・・---リーザスでの反乱鎮圧はもはや時間の問題・・・反乱軍首謀者エクスの拠点はもはやオークスの街のみに---・・・
・・・---ヘルマン帝国スードリ17にてまたも農民と地方地主が衝突・・・。これにより、付近の農民は大挙してパットン派にくわわるもよう---・・・
・・・---リーザスでの内乱の影響で自由都市地帯での小麦の相場が上昇する見込み。至急それに乗じることにより、アグリビジネスの分野に多大な利益を---・・・

世界の至るところから様々な情報が流れ、処理されていく。
情報を運ぶのは念波と呼ばれる特異な波長をもった波である。それは千里の距離をも瞬息に飛び越え、音や光を伝えることができる。昔は魔法使いの専売特許だったが、いまでは技術がそれをそうでないものにも使えることを可能にしている。
それを受け取るのはコンピューターと呼ばれるもの。現在の世界で使われているのは電子回路ではなく、生物の脳やナノ単位の大きさの生物を使った有機回路である。世界中に張り巡らされた、あらゆる情報をとらえる念波の網。それがこの世界でネットワークと呼ばれる代物だった。
が、このようなネットワークを使える人間は限られている。例えば、一握りの高位魔法使いか、大国の王族・豪商ぐらいである。
ここにいるのはそうした人間の一人、経済大国と呼ばしめている砂漠の都市シャングリラの有力者アル・ウェポン。彼はコンピューターに埋め尽くされた自分の事務室で、ネットワークを介して様々な情報を手にし、選び、判断し、指示を与えていく。そして、まるでゲームか何かを楽しむように、世界が思うとおり動いていく様を眺めている。その部屋にあるいくつかのコンソールを操るだけでだ。ふと、彼はその手を止めた。止めたのはネルフからもたらされた情報だ。今、ネルフを混乱させているある事件のこと。彼は唇の端をわずかにゆがめ微笑むと、別のコンソールの上に指を走らせる。暗灰色だった空間に光が幾筋か走って、遥かに離れた場所と通信を結ぶ。数分か経って画面の奥に人が現れた。

「しばらくやね。ストラスバーグ君。元気しとった?」
「・・・やっぱりお前か。連絡を取るのが速すぎるぜ。まだ行動をおこして三日しか経ってないってのに。」

現れたのは少年だった。黒い髪に褐色の肌。見た目にも活発そうな少年だった。声にも覇気があり、口調はぞんざいだった。

「君の行動が予想より迅速やったからな。まったく向こうに着くなりせっかちやね。もう少し故郷を懐かしんでからでもよかったのに。」
「懐かしむような場所じゃねぇのはお前も知ってるだろう?」
「そうつんつんせんでもええやん。まぁちゃんと計画通り行動はしてくれているみたいやけど、困ったもんやなぁ。碇シンジとアスカ王女は俺のお気に入りやから手ぇださんといてって言うてあったんに。」
「ばーか、んなの知ったことか。お前とはあくまで目的が一致してるから協力してるだけで部下になった覚えはないんだからな。」
「俺も部下にした覚えはないんよ。ただ仲のいい友達になれたらいいな、思うてただけや。」

そう言ってアルは人なつこそうな笑みを浮かべてみせる。それがかんに障ったらしく少年はふんと苦笑してそっぽを向いた。そうした対応になれてるらしく、アルは話を続ける。

「さて・・・、本筋にはいるけど、たったいまネルフにおる別の友達から連絡があってな、君のおかげで幾分展開が速まった。」
「それで?」
「例の作戦を今夜、決行してくれんか?」
「今夜!?ちょっと待て、それじゃ話が違うじゃねぇか!六分儀の奴が王都にいなきゃ・・・。」
「いない方が俺の方は好都合なんや。それに話も違ってない。六分儀に復讐したいという君の願いは叶う。ただ、間接的にか直接的かの違いや。」
「んな詭弁が通用するかよ!・・・俺はやだぞ。まだここを動く気はねぇからな。しばらく様子見してたって問題はないはずだぜ。」
「たしかに君が潜伏しとるそこはネルフにある俺の別荘やから簡単には見つかりはせんと思うけど・・・。事件の担当者が葛城将軍に変わったんや。葛城ミサト・・・知っとるやろ?」

アルの言葉に少年は明らかに名前を聞いたとたんわかった様子だが、間をとるため考えるそぶりを見せる。

「・・・ああ。あのやたら胸だけでかいいかにも頭悪そうなおばさんだな。学院にいたとき何度か実践指導も受けたからな。覚えてるぞ。」
「・・・ええと、俺の第一印象はスタイルが良くて頭が切れてごっつ綺麗なおねいさんやけど、なんで同じ人間に対する印象が180度違うかな。・・・それはともかく、彼女はいろんな意味で切れ者やって噂やから、そこもまかり間違って突き止められんとも限らん。とにかく行動は迅速なほうがいいんや。つべこべ言わんとさっさと行き。」

少年の頭の中で打算と感情がめまぐるしく交錯する。やがて決が出たらしく、重々しくため息を吐いて口を開いた。

「・・・わかった。やってやる。ただし、ちゃんとうまくいく保証はあるんだろうな?どうもお前は信用できねぇんだ。」
「大丈夫。報告によるとうまーいこと作戦通りみんな動いとるし、だめ押しに面白い手を一個うっといたから。」
「面白い手?」
「そーそー。楽しみにしててや。大笑いすること間違いなしやから。みんなもうけてくれるといいんやけどなぁ。」
「・・・怪しい奴。まぁいい。頼まれた分はきっちりやる・・・が、後は俺の好きにやらしてもらうからな。」
「ああ、それでええ。後は君に全部任すわ。頼んだで、’ムサシ・リー・ストラスバーグ’。」

アルが最後に少年の名を呼んだと同時に通信が不愛想に切られた。フルネームで呼ばれたのが気に障ったのかな、と一人ごちるとアルはまたいつも通り、端末を通して五感を世界へと広げ始めた。






「くっ・・・まずいことになったわね。」

ミサトは焦燥の念に駆られながらそう吐き捨てた。必死で階段を駆け上がっていく彼女を何事かと、すれ違う人が振り返る。だが、それを気にしている余裕など無かった。ミサトは走りながらも腕時計に目をやる。時間の猶予は後、一分あるかないか・・・。間に合うか、いや、間に合わなければならない。ここでしくじれば、今まで積み重ねてきた苦労が水の泡なのだから。そう、すべては今日、この日のために・・・。
ダン、っと床を踏み抜くような勢いで階段を上りきる。そして、息をつくまもなく目的の部屋に走り、ドアを開け叫んだ。

「リツコ!」
「・・・どうやらかろうじて間にあったようね。」

リツコのセリフを終わりまで聞かず、ミサトは部屋にある魔法ビジョンの前に座り込んだ。その瞬間、いままでCMが写っていたモニターが切り替わって、見つめ合う男女がモニターに大映しにされる。

「っしゃあああ!危なかったわ。最終回だけ見逃すなんて間抜けにはならずにすんだみたいね。」
「そうね、雨の日も風の日も見続けてきたこのドラマも今日がいよいよ最終回。感無量だわ。・・・しかし、この大事なときにえらく遅れたわねミサト、何があったの?」
「・・・あの長老連のくそ爺がしつこくてさ。指揮権の引継なんてぱっぱと終わらしゃいいのに、うだうだ口上ばっか並べて。」
「それは災難ね。」
「まったく残り時間が三分切ったときには、あのじじいの禿頭掴んで窓から放り投げて帰ってこようかと思ったわ。あはははは。」
「ふふふ、ミサトったら。そういうことやるときは、後腐れないようにきっちり将軍の座を退職してからにしてね。止めないから。」

今、ミサトとリツコの前にある魔法ビジョン(この世界におけるテレビ)が写しているのは、今ネルフの若者達の間で大人気の「二人の補完」というドラマだった。毎週土曜日の夕方放映しているこのドラマを、ミサトとリツコも欠かさず見ており、今日がいよいよ待ち望んだ最終回という次第だった。

「くーーー、燃えるのよねぇ、このドラマ。彼には自分はふさわしくないと黙って去っていく彼女と、自分が真に愛していたのは彼女だと気づいてそれを追いかける男。悲劇だわ!朕美だわ!浪漫だわ!やっぱり男と女っていうのはこうじゃないと!」
「・・・確かにこのヒロイン、ネルフにはなかなかいないタイプの女性ね。みんながさつで気の強いのばかりだから。」
「男も軟派でなよっちいのが多いのよ。・・・だから人気なのかしら、このドラマ。」
「・・・・・・しかし、いいのかしらね。また断りも無しにこんな事書いて。」
「何か言った?リツコ。」
「いえ、別に・・・。」

話は進み、ドラマはいよいよクライマックスを迎える。ミサトはもはやモニターにかぶりつかんばかりだし、リツコもその目をいつも以上に輝かせている。

「・・・ああ、もうもどかしい!ほらそこよ!抱きしめるのよ、キスするのよ、押し倒すのよーーー!!」
「邪魔よ、見えないわ、ミサト。」

苦難の末ようやく結ばれた二人が見つめ合う、そのとき、不意に画面にノイズが走ったかとおもうと、ザーーーーーっと砂の混ざるような不可解な音が響いた。やがて画面は完全に灰色になり見えなくなった。

「あああああああああ!!何よ、これ!ちょっと、壊れたの?このおんぼろビジョン!」

怒りを露にミサトがビジョンに蹴りを入れるがモニターに変化は全く起こらない。

「おかしいわね。こういう事がないように魔法ビジョンの点検は万全に行ったのに。」
「そんなこと言ったって現に・・・。」

ミサトがそう言ってモニターをもう一度除いたとき、それに変化が起きた。モニターが何かの映像を形取ろうとしている。だが、映し出されたのはドラマの続きなどではなかった。 ぼんやりとした白を背景に赤い文字でそれにはこう記されていた。

我こそは仇をかえす者。今夜また王都を血でそめん。

「な、何よ、これ・・・。」

半ば呆然としてミサトは呟いた。無機質なテロップの様だが、それだけにいっそう不気味に感じ取れる。リツコもさすがに驚いたようだが、なんとか冷静さを取り戻して呟く。

「犯行予告・・・ってところじゃないかしら。」
「犯行予告?」
「’今夜また王都に’ってところでシンジ君達を襲ったのと同一犯がまた犯行を繰り返す、そう主張しているわ。」
「・・・誰かの悪戯・・・ってわけではなさそうね。公共の念波をジャックするなんて、生半可な奴に出来る事じゃないわ。」

メッセージは数分、浮かんだ後に何の脈絡もなくかき消えた。後にはドラマが終わった後に流れるエンディングテーマが、もの悲しく流れ始めた。

「このドラマの平均視聴率は30%。最終回の今日は40は軽くいくわ。それだけの人間がこのメッセージを目にしたとしたら・・・、」

リツコは魔法ビジョンのスイッチを切りながら言葉を続けた。

「ちょっとしたパニックになるわよ。」

後にして思えば、これはずいぶん控えめな表現だった。






闇・・・。
その中に点在する仄かな明かり。
それを反射するガラスのケース。
その中にあるわずかに気泡の立つ水。
さらにその中にある裸の自分の体。
それらがレイの知覚する全てだった。
黙ってレイはそこにいる。端から見ればまるでホルマリン漬けの生物のようでもあった。開いた目がなければそれが生きている人間だとは判別しづらかっただろう。

空間に変化が訪れる。まるで、闇の一部を切り取ったように人型が浮かび上がった。漆黒のローブに身を包んだ魔法使い。見る者が見ればかなり高位の魔法使いであることを見て取るだろう。男は黙ってレイのはいっているガラスケースに歩み寄り、髭に覆われた口を開いた。

「レイ、調子はどうだ。」
「・・・問題ありません。」

交わされた言葉はこれだけだった。二人は親子であるにもかかわらず・・・だ。男の名は六分儀ゲンドウ。塔の聖女の一人、綾波レイの父親であり、ネルフ軍総司令の地位にいる・・・事実上ネルフで最高権力を持つ男である。
ゲンドウの後ろにさらに人影が現れた。今度はゲンドウとは対照的に白い魔法衣に身を包んだ人物。それだけなら何処にでもいる魔法使いと相違はなかったが、変わっていたのはその顔だった。まるで舞踏会にでもつけるような仮面につけており、それで目と鼻とを覆っている。唯一露な口元は魅惑的でその人物が女性であることがみてとれる。

「指令・・・。少しお耳にいれたいことがございます。」

濡れた唇から漏れた声はやはり女のものだった。歳は30あたりだろうか。妙に時代がかった口調は、意識してのことだろう。仮面と同じく、本来の自分を偽るための。

「なんだ・・・貴様か。」

対するゲンドウの声は静かだが高圧的だ。彼は誰に対してもこんな風に話す。目の前の少女を除いては・・・。

「王都にてすこし騒ぎが・・・。どうやら一年前に消し忘れた残り火がいまさら燃えさかっているようです。」
「一年前・・・。ああ、暁ムサシ・・・そして浅利ケイタか・・・。」
「・・・さらに裏で、何者かが彼に力をかしている模様です。騒ぎは市民にまで広がり、王都にいる者たちには事態は少々御しかねる・・・と見受けられますが。」
「・・・わかった。」

ゲンドウはレイの方に視線を転ずる。サングラスでよくは見えないが、その視線は柔らかい。

「レイ・・・。今から王都に戻る。またお前の力を私に借してもらおう。いいな?」
「はい・・・。」

レイが少し微笑して答える。六分儀は自分にだけ見せるこぼれた感情を満足げに受け取って微笑みかえした。
そうした一連の光景を、仮面の女は静かに見守っていた。ただ、その仮面に隠された目から妖しい光をこぼして・・・。






税金ドロボーだの、軍は市民(俺)を守る義務があるんだだの、御上は何をしてるんだだのと、山のように押し寄せた市民の苦情、要請、罵詈雑言を一通り退けた後、ミサトとリツコが、日向、御影らを王宮に召集できたのは、もう日が暮れかけた頃だった。
はっきり言って誰もが頭を抱えたくなるような事態だったが時間もない。速急に対策をうたなければならなかった。

「わかってると思うけど、例のメッセージは十中八、九、罠に間違いないわ。」

リツコが最初に口火を切る。それに対してとりあえずミサトが意見を述べる。

「・・・罠じゃなければ、単にいかれてるだけか、相手をただ殺すだけじゃあきたらず出来るだけ恐怖を与えようとする徹底した復讐者ね。」

しかし、その相手とやらは現在王都に不在なのだ。この非常時に・・・。ミサトは心の中でぼやいて本来司令が埋めるべき空席を忌々しげに見つめた。今度は日向が立ち上がって意見を述べた。

「どちらにしても、我々は夜を徹して王都を警護しなければならないでしょう。市民は不安がってパニック寸前ですし、長老連らの幹部も次の犠牲者は自分だとばかりに、軍に警護を要請してます。もし、これらを無視した上で第三の事件が起これば不祥事どころではすみません。」
「だろうな。罠と知りつつ、俺達は敵の思惑通りの行動をとらないわけにはいかないわけだ。第一、第二の事件が無差別の性質を帯びていることがいきている。次は自分ではないのか・・・と言う不安が誰の内にも芽生えているんだ。」

シンジの軍の副将、御影がそう評してみせる。未だシンジが病院から出てこれないのもあるが、こういう作戦を練ったり軍事行動を決する場には彼が立つことが多い。

「となると、やはり論点は敵がなんの目的で私たちを動かそうとしているか・・・ね。」
「色々考えられるわ。偽の犯行予告で私たちを惑わすため。ネルフ内部の混乱を誘発するため。王都に警備を集中させて別の何処かを襲撃するため。誰か特定の人物をおびき寄せるため。警備をかいくぐって犯行を犯すことで軍部の信用を地に落とすため・・・。」
「どれもあり得そうで特定は難しいわね。」
「ついでに言えば犯人も未だ特定できてるとは言い難いな。」

御影がそう唸るのを日向が不思議そうに尋ねる。

「闘将や例のメッセージからでは暁ムサシの犯行とは確定できませんか?」
「相手からもたらされた情報を鵜呑みにするのは馬鹿のやることだよ。そういうのは、知られた方が向こうにとって都合がいいからそうしてるだけなんだからな。だれかがムサシの犯行に見せかけてる・・・という可能性も捨てきれない。」
「軍部に恨みを持ってる奴や邪魔に思ってる奴の数なら、この場にいる全員の指を合わせても足りないぐらいですからね。・・・情けないことですけど。」
「・・・そう・・・そうよね。・・・ちょっと思いついたんだけど。」

不意に、少し前からみんなの意見に耳を傾けていたミサトが口を挟む。

「ムサシ君がそういう軍部の敵と手を結んだとしたらどう?」
「手を結ぶ?」
「例えば・・・仮に軍部を敵と思ってるAと手を結んだとすれば、闘将を手に入ることも可能だし、あからさまにムサシの犯行だと思わせてる行動も、こんなもってまわったやり方の目的もなんとなく想像がつくわ。」
「なるほどね・・・。一理あるわ。」
「しかし・・・、そうだとしても結局そのAとやらわからなければどうしようもないだろう。」
「そんなこともないわ・・・。ちょっちやってみたいことがあるの。」
「やってみたいこと?」

リツコの問いには答えず、ミサトはなにやらぶつぶつ呟きながら考えている。

「リツコ。今現在動かせる兵は王都にどのくらい居るかしら。」
「・・・塔の警備隊が6000、王都の元々の警備隊が1000足らずってところね。王宮警備の近衛魔法隊は私たちの権限では動かせないわ。」
「で、その中からどのくらいさけば、王都の警備は万全になる?」
「3000・・・いや5000ね。いくら強力な闘将が相手でも、兵が100人ほどまとまって行動すれば遅れをとることは少ないわ。」
「ふーーん。だとすると・・・」

ミサトはここで、ちらっと周りをみる。その場にいる全員の視線が自分に集中しているのをみてとると、ミサトはリツコの耳元に顔を寄せ話しだした。ミサトの言葉に耳を傾けるうち、
いつも冷静なはずのリツコの顔が驚愕の色に染まる。

「・・・っていうのはどうかしら?」
「・・・それは完全に越権行為よ。もし、貴女の読みがはずれてたらどうするつもり?」
「大丈夫!こういうときの女の勘ははずれないものなのよ♪」
「・・・私の記憶の中では、貴女がギャンブルに勝ったためしは無いはずだけど・・・。」

ミサトとリツコのやりとりを聞き不安げに顔を見合わせていた日向と御影を、ミサトはふんぞり返って見渡す。

「ちなみに王都の兵の全指揮権は私にあるわ。念のため聞くけど、作戦の内容がどうであろうと反論はないわよね。」
「もちろんです。私、日向マコトは隊長である貴女を全面的に信頼します。・・・・・・しても大丈夫ですよね。」
「・・・どーせ止めても聞かないだろう、お前は。」
「というわけでめでたく満場一致したわよ、リツコ。」
「・・・はぁ・・・やむを得ないわね。他にこれといった手段もなさそうだし・・・。」

重々しくため息を吐いてみせるリツコだが、その実、彼女がミサトを信頼していることを、その場の三人はよく知っていた。

「さて・・・、じゃあいまから作戦内容を伝えるわ。たとえ、私の読みがはずれていてもあなた達がうまくやれば成功の可能性はあるし、当たっていてもあなた達がへぼければ失敗する。まぁ、とにかく迅速に正確に私の命令をこなすしてくれることを期待するわよ。ではいまから、その作戦の内容を----。」

陽がゆっくりと沈んでいく。
・・・ミサトにとって、ムサシにとって、六分儀にとって、アルにとって・・・そしてネルフにとって、
長い夜が始まろうとしている。






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ver.-1.00 1999_01/22公開

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あとがき(迷惑初め)

YOU「ども、新年あけましておめでとうございます。なんやかんやでようやく連載再開です。」
日向「何時期はずれの挨拶してるんですか?今、いったい何日だと・・・。」
YOU「書いたときは正月だったんですよ、ホントに。なんでこんなに投稿に時間がかかったんだろう?」
日向「まったく、新年早々これじゃ先が思いやられますよ。」
YOU「くっ・・・うるさい、オペレーターA!」
日向「うがっ・・・!」
YOU「お情けで名前をもらってる典型的脇役の分際で。俺なんか連載の初めの方、お前とオペレーターBの存在をすっかりすっきり忘れてたんだぞ(7話のあとがき参照)!まだオペレーターAはミサトさんに惚れてるという特徴があったから出番にこぎつけたものの・・・。」
日向「オペレーターAって言わないでくださいよ・・・。・・・ところでBの出番はどうするんですか?」
YOU「うむ。Bはいまのところ加持、もしくは冬月の部下という設定です。どっちでもいい、っていうかもはやどうでもいいんだが。もし読者の中に青葉の熱狂的ファンという超奇特な方がいたら役割を考えてやってください。・・・まぁ読み切りのやつはアレでしたが・・・。」
日向「あいつもかわいそうに・・・。まぁそれはともかく、今回の話を見る限り、僕と葛城さんっていい雰囲気ですよね。」
YOU「うーーん、多分・・・。」
日向「本編同様、加持さんとうまくいってないみたいだし。」
YOU「まぁ、そうかもね・・・。」
日向「僕にも葛城さんと結ばれるチャンスが・・・!」
YOU「いや、それは無い。」
日向「な、何でそこだけきっぱりと否定するんですか!」
YOU「そりゃあんた、メインキャラの一人であるミサトさんとオペレーターAが結ばれちゃいかんだろう。身分違いの恋だと思ってあきらめ・・・。」
日向「オペレーターAっていうなああああぁぁ!ライトニングレーザー!!」

------どかーーーーん-------

YOU「ぐはぁ!ぐ・・・最後にこれだけは言わせてくれ。サムシングエルスをサムエルって略すとなんかエヴァの使徒みたいだよね、って思ったのは俺だけではないはず・・・。」
日向「・・・そんなのあなただけですって・・・。」






 YOUさんの『魔導王シンジ』第十五話、公開です。





 ミサトさん大活躍! の予感(^^)

 次の話では・・きっと活躍?



 薄いマコト君も見せ場があるかも・・
 最後の美味しいところはミサトに取られるんだろうけど(^^;

 取られても、
 それが幸せなんでしょうし、いいか


 リツコさんも
  で
 その他も
  で

 みんな魅せて、

 最後は・・・・・
 シンジやアスカやレイに美味しいところを持って行かれるのかしら(^^;



 過程でがんばれ(爆)




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