一年前・・・・・これが事の始まりだった。
その頃、ネルフでは極めて重要な人事が行われようとしていた。
長らく空席だった四大将軍の最後の座が埋まろうというのである。六分儀指令率いるネルフの軍閥と、大貴族の代表者達の統括する’長老連’は会議し、決裂し、もめたあげく互いに異なる二人の候補者を持ち上げた。
軍部が推薦したのは碇シンジ。当時は十三歳の年齢ながら、魔力はすでに並の魔法使いを遥かに凌駕したし、なにより本人の意欲も並々ならぬものがある、とそう言って。
対する’長老連’が推薦したのは暁ムサシというシンジと同年齢の少年だった。実は長老連からすれば元は解放奴隷の子であった彼を押すのは本意ではないのだが、自分たちの手ゴマにシンジに対抗できる候補がいない以上、’よりましな’人事を進めようとするにはやむを得なかった。少なくとも将軍位、または塔の聖女ら軍事的な要職が全て’六分儀の犬’で埋め尽くされるのだけは避けなければならなかった。
「そもそも碇シンジとは何者なのだ!?解放戦争終戦直後に犬コロのように捨てられていたのを拾われた、素性もわからぬ子供ではないか。そんな者をネルフ四大将軍という栄光の座につけるつもりか?」
「拾われたとは中傷以外何ものでもないな。両親を戦争で失い孤児となった彼を、国家が保護しただけだよ。長年、王女の付き人をしていた彼の忠誠心は疑う余地もない。生まれをどうこう言うなら、暁ムサシの方がよほど問題になると思うが?」
「ふん・・・、確かに暁ムサシは解放奴隷の子ではあるが、だからこそ将軍の座という輝かしい名誉を与えることこそが、真の奴隷解放への道ではないのかね。」
「ほう、立派な意見ですな。九年前、奴隷解放に最後まで反対して、解放戦争を巻き起こした貴族様のお言葉とは思えませんよ。今更ながら良心に恥じているのかね。」
「なんだと!?貴様誰に向かって・・・・・。」
このような低次元な言い争いが延々と続いているのだ。この場の空気が、時を刻む事に腐れていき、悪臭を放っているかのようだった。
「碇シンジという少年にどの様な実績があるのかは知りませんが・・・、」
見かねたように、長老連の中で最も若いと見られる人物が立ち上がり意見を述べ始めた。長老連の新鋭、時田シロウがその名前だった。
「暁ムサシという少年は、すでに’魔導術士(マジック・ユーザー)’としての素養が認められ、現在魔導書’パラディン’を受け継いでおります。選ばれし魔法使い、魔導術士を育むことは我々のネルフの使命でもありますし、その彼にそれ相応の地位を持って報いるのは当然でしょう。それに、先ほどどなたかもおっしゃいましたが解放奴隷の子が将軍職につくという人事は諸外国に奴隷解放が浸透していることを示すまたとない機会でもあるでしょう。いかがですか、六分儀指令?」
時田が議論をふってきても、ゲンドウは眉一つ動かさなかった。この二人以外の人間はすでに喋ろうとしない。この終わりが見えそうもない論議の行く末をこの二人に託したのだ。
すっ、と眼鏡を人差し指で眉間の間に押して、ゲンドウは静かに話し始めた。
「あなたの意見はごもっともだ。確かにこれが普通の官職であれば、功績ある者に報いるのもよし、解放奴隷をもって奴隷解放を世に示すのもよいでしょう。ですが、こと将軍位になると話は別です。実力もない者が将軍であったりすれば、有事の際、どのように対処するおつもりですか?」
「実力がない?暁ムサシの実力が碇シンジに劣っているとでもいうのですか?」
「そうとは言ってません。ただ、私はこの場でこれ以上議論する不毛さを説いているだけです。」
「ではどうしろと言うのですか?」
時田は自分が乗せられていることを自覚しながら、その言葉を発した。何故か、この六分儀という男は人を惹きつける、教祖めいたところがある。
「実際に魔力を、実力を競わせてはいかがですか?遥か昔はそうして決めていたというではありませんか。魔法至上主義であるネルフらしいやり方でしょう。」
「な、何ですって・・・?」
時田は絶句した。いや、時田自身、それを提案するつもりだったのだが、それを向こうから申し出てくるとは思っても見なかったのだ。
ムサシとシンジ、この両者の実力の差は歴然だった。魔力の大きさという点だけから見ても、十中八・九、ムサシに分がある。そんなことは軍閥の長である六分儀の目から見ればなお明らかなことであるはずなのに。
「いかがです?そちらにとっても悪くない提案だと思うのですが?」
六分儀のかけたサングラスが、窓からの光を反射して光る。時田にはそれが、いやに不気味に感じられた。
「かくして、俺達は闘鶏の鶏よろしく、衆人観衆の前で戦われる羽目になっちまったってわけだ。ありがたすぎて涙がでるぜ。」
ムサシはそう言ってピンと伸ばした手を額につけてため息をついた。わざとらしい仕草だが妙に絵になっている。褐色の肌に鮮やかな黒髪、それにもまして輝いている黒曜石の様な一対の瞳。おおよそ、醜男と言われる心配が一生無いであろう容姿である。
それにもまして、彼には十三歳という年齢に不相応な風格がある。グランド・チルドレンと称される同じ年に生まれた天才魔法使い達。彼はその長たる存在だった。
シンジはそのムサシと将軍の椅子を争って戦わなければならないのである。ムサシ以上にため息がこぼれそうだった。
「でも、おかしいよ。ムサシは魔導術士じゃないか。普通ならムサシが無条件で選ばれてもおかしくないのに・・・。」
「まぁ、たしかに魔導書はもらったけど、魔導術士としてはまだまだ半人前さ。一人前になるには後、数年はかかる。」
「それでも、僕なんかが君に勝てるわけないじゃないか。」
「・・・あのなぁ、お前は自分を過小評価しすぎなんだよ。まぁ、確かに俺よりは実力は劣ってるが、勝ち目がねぇわけじゃ無いだろ。正直、お前相手じゃひょっとしたらやべぇかもって思ってんだからな。」
ムサシの物言いや態度は常に率直でどこか武人めいたところがある。ある種の人間、建前やお世辞を好む種類の人間には毛嫌いされること甚だしいが、シンジにとっては好ましく羨ましさすら感じる。
「第一、お前には負けられない理由があるしな。お姫様と結婚しようっていう壮大な野望があっから、将軍にくらいなっとかないと格好がつかねぇだろ?」
「な、なんでそういうことになるんだよ!」
「照れなさんなって。しかし、俺にはあんな気が強くて我が儘で、性格のきっつい女の何処がそんなにいいのかわからんが・・・。」
「マナだって、気が強いじゃないか。」
「馬ーーー鹿。誰があんな怪力女を相手にしてるよ?ほしけりゃやるぜ。」
そこには将軍の座を巡って対立するライバル同士の姿はなく、思春期の少年らしい、瑞々しい雰囲気の友人同士がいた。長老連の打算も、ゲンドウの思惑も、当事者の二人には関係なかった。
やがて、二人は係員に呼ばれて、試技場へと入っていく。互いに「やるからには手は抜かない」という主旨の言葉を残して。
・・・これより数日後、第四の将軍、碇シンジの名が発表された。同日、暁ムサシがネルフから姿を消す。
それ以降、暁ムサシの行方を知る者はいない・・・・・。
ごく少数の関係者を除いて、何があったか知る者もまた・・・。
これが発端。
打ち下ろされるべき鎚が振り上げられた時。
夜・・・。
闇が辺りを覆い尽くす、恐怖の時間。
戯れに人間という名の’玩具’で遊びに来た魔物が、破壊と殺戮の快楽に興じる時間。
人は夜になれば家の門を堅く閉ざし、布団の中に潜り込んでただ震える。人、それぞれの神の名を唱える、心から。
そして朝が来れば昨夜を生き延びられたことを神に感謝し、今日の夜が来ることに怯えながら、一日の糧を得るために働く・・・・・・・・
・・・・というのは、昔の話。年号がLP(年号は今の魔王の代を表す)となった現在では、魔物は魔王の後継者争いに忙しく、とても人間にかまっている暇など無かった。
せいぜい夜、帰りが遅い子供に向かって、母親が恐ろしげな顔をして、
「夜遊びしている悪い子には魔物がやってきてさらっていってしまうよ!」
と、言い聞かせるぐらいである。そう言われるとたいがいの子はその言葉にただの脅し以外の何かを感じ、すくみ上がるのだ。
にも関わらず、大人達の言うことを聞かない、二人の’悪い子’が夜の人気のない道を急ぎ足で駆けていた。
「ったく、バカシンジのせいですっかり遅くなっちゃったじゃないの!」
「人のせいにするなよ、アスカが洞木さんといつまでも喋ってるからだろ!」
悪い子の名を碇シンジ、惣流・アスカ・ラングレーと言った。こんな夜に出歩く羽目になった理由は、二人が親友洞木ヒカリの営んでいる料理店サクラ&パスタに長居してたことによるものだが、根本的な理由は二人が夜というものを全く恐れていないことにあった。
魔物であろうと盗賊であろうと、二人の前に立ちふさがれば数十秒後には地に額を擦り付けて、命乞いをする羽目になるのは間違いなかった。
魔法大国ネルフにあってトップクラスの魔法使い、四大将軍の一人と塔の聖女の一人、それがこの二人の肩書きなのだから。
「あたしはあんたの遅い食事が終わるのを待っててあげたんじゃない!何をするにもノロマすぎんのよ、アンタは!」
「なんで、僕のせいになるんだよ。だいたい・・・!?・・・・・。」
「何よ、いきなり黙り込んじゃって・・・・・・ひょっとして怒ったの?」
シンジの言葉が途中で途切れたのを怪訝に思って、アスカはシンジの顔を見る。シンジは真剣、というより険しい表情で道の先にある闇を凝視している。
アスカもならって、その闇を見つめた。と、不意にその闇が風に吹かれて揺れた。否、揺れたのは衣。夜の一部を切り取ったような漆黒の衣、それが揺れたのだ。
そう、道の先に人が居た。真っ黒い衣を頭から足先まですっぽりと被り、顔はおろか手足さえ見えない。そしてなにより、気配というものがまるでなかった。いつからそこに立っていたのか・・・。まるで幽霊のような存在。瞬きでもすれば消えてしまいそうなほど希薄だった。
死に神を思わせるその雰囲気はアスカをして息を呑ませるほど不気味なものだった。
しかし、歩む足を止めるわけにもいかず、ましてや引き返すわけにもいかず、シンジとアスカはそのままそれとの距離を縮めていく。
コツコツコツ・・・・・・
コツコツコツ・・・・・・
シンジとアスカの足音だけが不気味に町中に反響する。それは動く様子も見せない。
コツコツコツ・・・・・
コツコツコツ・・・・・
その者との距離を数メートル開けて通り過ぎる。しかし、それはシンジ達が通り過ぎたのを気づかないかのように微動だにしなかった。
(なんだ・・・。なんでもなかったのか?)
シンジがそう思った刹那、
ひゅん・・・
という風を切る音と共に、先の奴の衣がひらめき銀色の何かが後ろからシンジめがけて飛んでくる。
何の予備動作もなかった攻撃にシンジは完全に虚をつかれた。
(やられる?)
目を閉じ、来るべき衝撃と苦痛に耐えるべくシンジは身構える。
ザズッ・・・・
肉が切り裂かれる嫌な音。そしてなま暖かい血の感触が感じられる。が、予期していた痛みや衝撃はいつまでたっても来なかった。
ゆっくりとシンジは目を開けていく。
降りかかった血はシンジのものではなかった。
シンジを庇うように覆い被さっていたアスカのもの。背中を袈裟がけに切り裂かれ、そこからおびただしい量の血が流れている。
「ア、アスカ・・・?」
彼女は答えない。返事のかわりのように足下から崩れ落ち、シンジに寄りかかる。さっきまで笑顔で話していた彼女は見る影もなく、気を失い蒼白な顔をしている。
「う・・・。」
目の前の状況を認識したとたん、シンジの頭の中で火花が爆ぜる。体中の血が沸騰した感覚が襲う。
「うわああああぁぁぁーーーー!」
叫びと共に白い光がシンジを包み込む。やがてそれは収束し、シンジの背中に一対の翼を形取った。魔法使いの奥義である白色破壊光線。それが具象化したものだった。
が、当の相手はそんなシンジの魔法も怒りも意に介した様子もなく、再び凶器を振り上げる。それは長い剣だった。刃の部分だけが衣から突き出しており、それを握る手は見えない。血に濡れたそれが再びシンジに向かって高速で振り下ろされる。その大きさから大の大人が両手で持つのがやっとの代物を、おそらく片手で・・・。
が、その斬撃は途中でいともあっさりと弾かれる。シンジの展開した翼がそれを成した。翼はシンジと、シンジの抱えるアスカを包むように広がっている。
「白色破壊光線「翼」・・・・。」
シンジが呟く。彼が滅多に出すこと無い殺気を含んだ声。普段、何も知らずシンジにからんでくる破落戸の類が聞けば、すくみ上がってひれ伏すだろう。
が、衣の男は退かない。三度、剣を、前をしのぐスピードで振り下ろそうとする。
今度はシンジも黙って相手の攻撃を待っていたりはしなかった。
「’鼓翼’!」
シンジの声と共に、ブワッ・・・・と音をたててシンジの翼が振動したかと思うと、まるで見えない何かに押さえられたかの様に敵の動きが遅くなっていく。
もう一度、シンジの翼が今度は大きく羽ばたく。それにより風が巻きおこる。唯の風ではなく魔力を乗せた破壊の風。風を浴びた周りの街路樹が片っ端から吹き飛びながら粉々になっていく。
同じく、衣の男も悲鳴すら発することなく、風にのまれ、吹き飛び向こうの建物に叩きつけられた。瓦礫と土埃の中に消えさった敵には一瞥もくれず、シンジはアスカの様子を見る。
「アスカ・・・アスカ!」
「ぅ・・・・・ぁ・・・。」
シンジの必死の呼びかけに喘ぐようにアスカが応える。が、ほとんど意識はないらしい。背中の傷は致命傷とはいかないまでも、重傷には違いがない。
「こんなとき神魔法が使えれば・・・。」
シンジは自分の身を呪う。が、それは無理のないことで、治癒の力を持つ神魔法を使えるものはネルフでさえ僅かしかいなかった。魔力の有無ではなく、神への信仰と啓示のみがそれを可能にするのだから、必然的に使えるのは僧侶等に限られた。
シンジは急いでアスカを抱えると、治療できる場所に運ぼうとする。が・・・、
がら・・・と、瓦礫の崩れる音にシンジは足を止められた。振り返るとはたして、先ほどの衣の男がいた。シンジは少なからず驚いた。先の魔法を手加減した覚えなどまったくないからだ。
しかし現れた敵の姿を見たとき、シンジはそれ以上の驚愕に襲われた。
それは人間ではなかった。
魔物ですらなかった。
衣が取り払われた下にあったものは、銀色ののっぺりとした金属で出来た体躯だった。が、その銀色は鎧や服などではなく、体が、肌が銀色だった。水鏡のように透き通った曇りのない銀色の体。それがそれの全てだった。
一応、四肢らしきものがあるが人間とはどこか異質だった。手足が異常に長く、頭は胴体にのめり込むように埋もれていた。人形・・・漠然とそんなイメージがあった。
月の光を受け、怪しく輝く銀色の光沢にシンジは見覚えがあった。
「ミスリル銀・・・。」
あらゆる魔法をはじき飛ばすと言われた伝説の金属、ミスリル銀。それを全身に纏ったゴーレムとシンジはつい最近、戦ったこともあった。それと同じ物が今、目の前にいる物体にも纏われている。確かにこれならばシンジの魔法をはじき返すのにも合点がいった。
が、目の前のそれはゴーレムとは違う。何か別の、もっと異質なものだった。
ゆっくりと、その人形は近づいてくる。一歩、また一歩と。
シンジには戦うという選択肢は選べなかった。これ以上、正体不明の敵を相手取る不利さもあるし、なにより、アスカの様態は一刻をあらそう。自分自身だけならともかく、アスカの命まで危険にさらすような真似はできなかった。
シンジはゆっくりと翼を広げ、牽制のためにもう一度’鼓翼’を叩きつける。
再び吹き荒れる魔風。が、今度は人形は僅かに後ずさっただけで、吹き飛ばされはしなかった。それでもその僅かな隙の間に、シンジはアスカを抱え、翼をはためかせ上空へと舞い上がる。
さながら、本物の天使が舞うように音もなく、シンジは夜空に浮かんだ。
上空のシンジの目から見れば人形はなすすべなく、こちらを見上げているだけに見えた。だが、それは違った。人形はゆっくりと左腕をシンジの方へと突き出す。と、突然その左腕の関節から先の部分が外れて地面に落ちた。無くなった腕のかわりに、黒い筒のようなものが腕の途中から生えていた。銃身・・・知識ある者が見ればそう、判断しただろう。
それは、完全に上空のシンジを捕らえていた。
人形が無表情のまま、僅かに震える。
ゴォ・・・・・ン・・・・
不吉な爆発音が静まり返っている夜の街に響きわたった。その音が消え去らない内に、シンジは最初に腕をもぎ取られたかの様な衝撃と、灼熱の様な熱さと痛みを右肩に覚えた。
「ぐぅ・・・・・!」
思わずシンジはアスカから右腕を離してしまう。が、残る左腕で何とかアスカの手を掴み落下するのを防いだ。どうやら右肩に何かを打ち込まれたらしい。激痛の中でそうシンジは悟ったが、わかったのはそれだけだった。
ゆっくりと地表に落下していく自分たちがどうなるのか?
あの人形はいったいなんだったのか?
気を失い、落ちていくシンジにはそれを知る術はなかった・・・・・。
「・・・落ちたか・・。」
彼はそう呟きながら考える。
が、落ちながらも残った力を振り絞って落下速度を弱めていたようだから、二人とも死ぬことはあるまい。すぐに騒ぎを聞きつけた軍の者がやってきて二人を保護するだろう。
そこまで考えて、彼は自分で自分の考えにむっとした。
(何だ俺は?あいつらが助かったことに安心しているのかよ・・・?)
軽く舌打ちすると、不機嫌そうに前髪をかき上げモニターから視線を外す。先ほどまでそのモニターは、シンジと彼の放った’人形’との戦いを映していた。人形の見た光景がそのまま、念波を介してモニターに映し出されるという技術だ。
「覚悟は決めたつもりだったんだけど・・・、まぁいいや、一応予定通りだからな。」
彼は呟くと、モニターの前の装置に躍るように指を滑らせた。彼の放った人形、’闘将’を引き上げさせるために・・・。
天井・・・。
見慣れた天井だった。
病室の真っ白い、無機質な天井。中央にポツンと置かれている白色灯。
白は敗北のイメージだった。
幼い頃から怪我する度にここに担ぎ込まれて・・・。
(怪我・・・?)
(僕はまた怪我をしてここに運ばれたのか・・・何故?)
混乱し、ぼやける記憶。だがそれは次第にまとまっていく。
昨日夜道で・・・。
奇妙な形の人形。
戦って・・。
血・・・。
アスカが・・・。
そこまで思い出して、シンジはベットから勢い良く飛び起きる。が、とたんに右肩に鋭い痛みが走って彼を呻かせた。
「ちょっと、シンジ君。無理しちゃダメよ。神魔法で傷口をふさいだばかりなんだから。」
聞き覚えのある声がして、シンジは朦朧としかけた意識の中で、ベットの傍らを見る。
「ミ、ミサトさん。どうしてここに?」
「どうしてここに?じゃないわよ!街を巡回していた警備隊に、騒ぎが起こってるから来てくれ、って夜中に叩き起こされて、駆けつけてみたら貴方とアスカが血塗れで倒れてるじゃないの。まったく・・・心臓が飛び出るかと思ったわ。」
「あ・・・、じゃあ助かったのか、僕は。アスカも?」
「ええ、まだ眠ってるけど、怪我自体はそんなにたいしたことはないわ。」
それを聞いてようやくシンジは落ち着き、気が抜けたようにベットに倒れ込んだ。そんなシンジをミサトは半ば呆れ、半ば感心した面もちで見やる。
「で、何があったのか、話してもらうわよ。あんたたち二人がここまでのされるなんて、ただごとじゃないからね。」
赤木リツコがやってきたのは、ちょうど冷めかかったコーヒーをミサトはおいしくなさそうに一気に飲み干した時だった。コーヒーを飲んだときのまずそうな表情をそのままに、ミサトはリツコの方に振り返る。
「あら、貴方が朝からビールでなくてコーヒーを飲むなんて珍しいわね。なにかいいことがあったのかしら?」
「とっても嫌なことがあったのよ!あんたも知ってるでしょう。」
「ええ、知ってるわ。正体不明の敵に襲われ、グランド・チルドレンが二人も病院送り。もう王宮内で知らない者はいないわ。」
やっぱりか、と頭の中で呟いてミサトはハッとある重大な恐ろしいことに気がついた。
「とすると、やっぱり指令の耳にはもう・・・。」
「指令は現在、王都には不在よ。副指令とレイも一緒にね。いたら即刻、呼び出されて厳罰ものよ。」
「不幸中の幸いか・・・。」
シンジとアスカの二人は色々な縁もあって、ミサトの保護下に入っていると言ってもおかしくなかった。このような事がおこれば、監督不届きでミサトの方に責任が集中するのは避けられそうになかった。
「ああ・・・。なんか最近、私ことごとくついてないわね。かわいい子供達はリーザスでなんかもめ事起こしてくるし、じゃじゃ馬な王女に弟子入り頼まれるし、極めつけに馬鹿でマッドで薄情者の友人は勝手に暴走してるし・・・。」
「それは気の毒に。不幸な友人をもってるわね。」
自覚の欠片もなく言い放つリツコに突っ込む気力はミサトに残っていなかった。
「でもね、ミサト。凶事は友人を連れてくるって格言をご存じかしら?」
「・・・知らない。知りたくない。」
不吉なことを言うリツコに、ミサトは机に突っ伏したまま呻くように応えた。が、リツコはかまわず、その凶事をわざわざミサトの耳元で告げる。
「長老連がお呼びよ。昨夜の出来事についての事情を、即刻に正確に報告願う、とのこと。時田氏直々の熱烈なラブコールよ。」
「な・・・!」
絶句しながら、ミサトが跳ね起きる。何か言おうと口を数度空しく上下させた後、ようやく選んだ言葉を口走る。
「あの腐れインテリすかし野郎とその金魚のフンが何の用だって言うのよ!関係無いじゃない!」
「王女が危険にさらされた。しかも、側に将軍の職にあるものがついていながらね。彼らが得意の嫌みを披露する絶好の機会ってわけよ。」
ミサトはさらに何か言おうとしたが、わめいても無駄だと悟り、諦めたように肩を落とす。
「・・・こういう寝不足で気分が滅入ったときのは、絶対会いたくない奴らなのに・・。」
「あら?私なんて、気分壮快だろうが人生最良の日だろうが、絶対に彼らには会いたくないわよ。」
「・・・リツコ、私達’友達’よね・・。友情ってものがあるわよね!」
ふと、何かに取り付かれたように、ミサトがリツコの手をがしっと握りしめてにじり寄る。
「友情・・・ね。昨今では、都合のいいときには金よりも貴重な物。都合の悪いときには砂よりも邪魔な物として扱われる。ふっ、変動の激しい一品よね。」
「リツコォ・・・。」
目をうるうるさせながら、顔を近づけてくる29女に流石に不気味なものを感じて退くリツコ。
「・・・わかったわ。私もついていってあげる。どうせ、彼らには聞きたいこともあったし。」
「リツコォ・・。やっぱりあんたは人生最良の友だわ。」
ミサトの感激にリツコは感銘を受ける訳でもなく、あさっての方向を向いて煙草を吹かして言う。
「それに元はといえば、長老連には私が呼ばれてたんだけど、貴方の方がより事情に詳しいってことで、私が貴方を推挙したんだし・・・。」
「それを先にいわんかあああああぁぁ!!」
朝から、鶏の声よりも高らかに魔法の爆音が王都から響きわたった。凶事が起ころうが天変地異が起ころうが、やはりネルフはいつものネルフだった・・・・・。
かつて、ネルフの政治形態は’貴族政治’だった。幾人かの貴族の代表者達(彼らは長老と呼ばれた)が集まり、会議で意見をまとめて施政する。これが長老連の始まりだった。国王は国の象徴であり、それほどたいした権力は持ち得ない。軍はと言えば、政治上での発言権は皆無と言って良かった。軍人抜きの軍議と言う馬鹿馬鹿しいものまで開かれる始末だった。
が、数十年ほど前からその貴族政治が、崩れつつあった。多発した戦争にいつしか軍の発言権が強くなり、ついには軍閥が出来た。
ネルフ魔法軍総司令官・六分儀ゲンドウ、それがその軍閥の指導者だった。解放戦争での相次ぐ軍部の活躍と長老連の失策で、ついにはその権力は拮抗するにまで至った。
愚鈍な野蛮人共が、選ばれた民である我ら貴族を蔑ろにしている。
この事実は彼らの自尊心を屈辱の海にたたき込んだ。長老連が軍部を目の敵にしている・・とはつまりそういう事情だった。
(だからといって何で私がこんな目に・・・)
ミサトとリツコが下座、それをぐるりと取り囲むように長老連の面々が座っている。その包囲網とも言うべき座の配置を見て、ミサトは心中でため息をついた。彼らの視線を受けているだけで神経がすり減っていくようだった。
リツコがミサトの代わりにひとしきり事情を説明すると、さっそく予期したとおりの意見の名を借りた中傷が飛び交った。
「これは、何とも頼もしい報告だな。今をときめく、碇将軍閣下は賊一人、相手にして名誉の負傷を受けて帰ったか。」
「そもそも、軍の中枢を女、子供に任すという人事が正気の沙汰ではないのだよ。六分儀は何を考えているのか・・・。」
「子供は子供らしく学校に、女は女らしくとっととどこかに嫁いで家庭でも営んでいればいいのだ。」
「君たちは問題を起こしすぎる。先のゴーレムの件のらんちき騒ぎといい、我々はやんちゃなだけの子供に軍隊という過ぎた玩具を渡す気はない。」
不毛な、ただ、彼らの日頃の愚痴をぶちまけているだけの様な会議が続く。いい加減ミサトがぶち切れそうになり、リツコがそれを察して義務として止めておくか、面白そうだから放っておくか迷っていたとき、
「とにかく・・・。」
今まで発言することのなかった人物、長老連の一員、時田シロウが話を切りだした。彼はまだ30代半ばで、長老と評されるにはまだ若すぎる。どちらかというと技術者タイプの男でこういう場にはあまり似つかわしくなかった。
「この際問題なのは、碇シンジの将軍としての能力の有無でしょう。彼はリーザスでも同じように、アスカ王女の命を危険な場にさらし、それを止めることが出来なかった。」
時田は自分の言葉に、この場の者が皆、注目しだしたことに満足して言葉を継ぐ。
「そして、今回。彼は事もあろうに賊一人の手から、彼女を守ることが出来なかった。ネルフの将軍は民を、国を守る役職。人、一人守れない彼にそれが務まるでしょうか?」
時田がどういう方向に話を持っていこうとしているか、それを察しない者はもはや一人も居なかった。ミサトの表情が険しくなる。
「加えて彼には、精神的な脆さもあります。いくら魔力がずば抜けているとは言っても、一旦、制御を失えば手がつけられなくなる。魔力の’暴走’・・・。その恐ろしさはネルフの者なら誰もが知っていることです。よって、私は碇シンジの将軍職の解任を・・・。」
「その前に、聞いていただきたいことがあります。」
ミサトが何か言いかけたその時、リツコが素早く立ちあがる。時田は舌打ちしそうな表情をしたが、それも一瞬で、すぐ作り笑いを浮かべて、リツコに向き直る。
「これは・・、高名な赤木博士。何かご意見でも?」
「先ほどから皆さん、碇シンジ、アスカ王女の両名を襲撃した者を’ただの賊’と信じて疑わない様ですが・・、どうでしょう?仮にもグランド・チルドレンとうたわれた、彼らを退ける者が唯の賊であるとは私には思えません。」
グランド・チルドレンという単語に長老連が不機嫌そうな反応を見せる。彼らはそれが自分たちの呼び名、長老(グランド・オールド)に対抗しているものだと訝しく思っているのだ。
「しかし、現に彼らは・・。」
「その賊が、人間ではなかったら?」
「な、何?」
「碇シンジの報告では、それは全身がミスリル銀らしきもので覆われた異形な者であったということです。」
「それは、彼が鎧を纏った者を見間違えた、あるいは彼自身の狂言であろう。六分儀の配下は狂言を弄すのが得意だからな。」
失笑がわき起こるが、リツコは気にとめもしない。リツコがその氷を宿したような、冷たい瞳で一座を見渡すと、その失笑もピタリと凍り付かされた。
「しかし、彼の証言はある特定の’もの’とほぼ一致します。もし、賊がそれであれば彼らが敗退したのもやむを得ないものであったと判断します。」
「もったいぶらずに早くいいたまえ。まさか’魔人’であるとは言わんだろうな?」
「・・・・その魔人に対抗するため創られた聖魔教団の人型戦闘兵器、’闘将’であると思われます。」
「な・・・・。」
その場にいた者は、皆絶句した。長老連、時田ばかりではなくミサトも、その予想外の事実に言葉を発することが出来なかった。
「馬鹿な!」
憤激するように、長老連の一人が立ち上がった。続いて他の者も次々とリツコに詰め寄らんばかりに騒ぎ立てる。
「そんな物が、いまさら現れるわけがないだろう。それが使われていた、かの戦争は400年以上も前の話だぞ。そんな骨董品が何故動く。」
「確かに聖魔教団の遺跡発掘は、最近盛んに行われてはいるが、そんなものの稼働に成功したなどとは聞いたこともない。」
「そうだ!あまりに荒唐無稽だ。」
あちこちで巻き起こる反論を尻目に、リツコは懐からビニールに入った何か小さな物を取り出し、長老連に順番に回して見るように指示する。
「これは・・・?」
「碇シンジの肩の傷口から検出された物体です。」
それは小指よりもまだ小さい大きさで、矢の鏃の様にも見えるが、それにしては全体的にやや丸い。
「これは・・・まさか銃弾なのですか?」
時田が呻くように尋ねた。
「ご慧眼、恐れ入ります。そう、これは銃弾と呼ばれるものです。銃と呼ばれる道具と対になっており、その銃でもってこれを飛ばすのです。銃弾の中には高密度のエーテルが混入されていました。それを利用して高速度で発射するのでしょう。無論・・・。」
リツコが変わらぬ表情で言葉を継ぐ。周りは半ば呆然としてそれに聞き入っている。
「現在、このような技術は発展しておりません。これらは全て、聖魔の時代の技術に他ならないからです。しかし、同じ時代に創られた闘将なら、これらの武器も内蔵しているでしょう。」
「ふ・・・ははははは・・・・。」
時田が突然笑い出した。気が狂ったか?かとミサトならずとも疑ったがそうではなかった。
「いやいや、本当に小細工を弄すのがお好きな人だ。」
「小細工?」
「だって、そうでしょう?こんな小道具をいくら見せられたところで、闘将が稼働して人を襲ったなどと信じられはしませんよ。こんな物は極端に言えば、そこら辺の土を掘ったって発掘できる代物だ。博物館にだって置いてくれはしませんよ。」
「・・・・。」
「貴方が同僚を庇いたい気持ちはわかりますが、この様な馬鹿馬鹿しいことを言い出すとは、少々失望しましたよ。」
リツコはため息を吐いた。深い深いため息を・・・。
「可哀想な人・・・。」
「なんですと?」
「もはやそんな次元の問題ではないわ。闘将は一人で勝手に動いたりはしない。それに命令を与えた人物が必ず居るはず。その人物が何を企み、何を為そうとしているのか?それを突き止めなければ取り返しのつかないことになるわ。何故それがわからないの?」
「な、なんと言われようとも、私は碇シンジの解任を要求するという方針は曲げませんので。今度そのようなことを言い出すときには、闘将一体、丸ごと私の前に持ってきてもらいたいものですな。」
再びわき起こる冷笑。リツコは内心にわき起こる歯がゆさを隠していた。彼の態度にではなく、この様な俗物の集団に権力を握られているという、その事実にだ。
こうして会議は、最後まで長老連が言いたいことだけをまくしたてる、終始それだけになってしまい、なんらかの具体的な対策が出されることもなかった。
「闘将・・・。聖魔教団の戦闘兵器・・。そして・・・。」
ミサトは自宅に帰った後、今日起こった出来事を思い返していた。かつて父が座っていたアンティークチェアに腰掛け、ビールを片手に窓から夜空を見上げる。
「父が研究していた対象・・・。それが今、動いている・・・。」
聖魔教団。人類史上、最大の発展を遂げた国。ミサトの父、ハヤトは晩年までその研究に没頭していた。いや、その研究のせいで若すぎる死を迎えるに至った。ミサトはそう信じていた。
「お父さん・・・。もうすぐ出会えるかも・・・。」
ミサトはギュッと首に架けた十字架を握りしめる。
「お父さんの・・・、そして昔の私の仇に!」
「ちょっとバカシンジ!」
最初その言葉が聞こえてきたとき、シンジは幻聴かと耳を疑った。なぜならその声の持ち主は、今朝まで重傷を負って病室のベットで寝込んでいたはずなのだから。 が、その彼女がどかどかとノックもなしに自分の病室まで踏み込んでくると、さすがに納得ぜざるを得なかった。
「ア、アスカ・・・。もう動いて大丈夫なの?」
「あったりまえでしょう。あんな怪我くらいどうってことないわよ。凡人とは鍛え方が違うのよ。」
「ホント、人間じゃないみたい・・・。」
「・・・なんか言った?」
「ううん、なんでも!」
実際、アスカが元気になったことは喜ばしいことなのだが、流石に少し度肝を抜かれたシンジだった。シンジの方はと言えば、なんとか動くことが出来る程度なのに。
それに入ってきた剣幕からして、またシンジに何か言いに来たことは明白なのだ。なんとなく嫌な予感がシンジの中に過ぎる。
「それより、アンタ聞いたの?あの長老連の馬鹿共があんたの将軍位の解任を迫ってるって。」
「あ、うん・・・。ミサトさんから聞いた。」
「じゃ、なんでこんなとこでのんきに寝てんのよ!」
「そりゃ、僕は絶対安静なんだから寝てなきゃだめなんだけど・・。なんでアスカが怒るの?元々、アスカは僕が将軍になるのは反対してたじゃないか?」
「え?」
シンジの言葉に、アスカがえーと、という風に考え込む。どうやら何故、自分が頭にきてるのか本当にわからなかったらしい。 やがて適当な理由が見つかったらしく、ポンと手を打つ。
「あの腐れインテリの時田が、シンジが将軍の職にありながらあたしを守りきれなかったのが悪いとかぬかすからよ!」
「それが?」
「あんたは別に軍人だからあたしと一緒にいるわけじゃないでしょ。人のことだしにして好き勝手抜かすから頭にくんのよ!」
その’理由’にアスカは我ながら納得したようで、うんうんそうに違いない、とばかりに頷く。ついでぎゅっと握り拳をつくって宣言する。
「つーわけで、明日早速、時田の所になぐり込みに・・・・。」
「どうして・・・?」
「え?」
「どうしてアスカは僕のことを庇ったの?あの変な人形に襲われたときに。」
シンジの唐突な質問にアスカはキョトンとしてシンジの顔を見返す。
「ああ、予知で見たのよ。あの変な奴とすれ違うとき、あんたがあいつに斬られて倒れるシーンが。さすが魔導術士の卵ってとこよねぇ。」
アスカが自慢げに言い放った。今度はシンジがキョトンとして見返す番だった。
「予知?」
「危険が迫ると自動的に知らせてくれるみたい。普通の人間にもあるでしょう。嫌な予感とか虫の知らせとか。そんなのみたいに。」
「ふーん。・・・ってそういう意味じゃなくて、何故僕を助けてくれたの?って意味なんだけど。」
「そんなのわかんないわよ、予知を受けて気がついたらそういう行動をしてたんだし。まぁ、しいて言えば・・・。」
アスカはシンジの方に歩み寄ると、そのベットに腰掛けてくすっ、と微笑んで言葉を継ぐ。
「リーザスの時の借りを返すためかな?あの時の借りはちゃんとこれで返したわよ。」
「・・・うん。」
巡回してた病院の看護婦が、笑いあう二人の重病人を発見して仰天したのはこのすぐ後だった。
「・・・赤木さん。」
昼間、長老連にあてられた毒気をコーヒーで洗い流そうとしていたリツコの元に珍しい訪問者が来た。
「あら、マナじゃない?珍しいわね。」
「はい。今日は聞きたいことがあって来ました。」
「・・・実はそろそろ来る頃なんじゃないかって思ってたの。聞きたいことも見当はついてるわ、かけなさい。」
「・・・はい。」
マナは普段、笑顔を絶やさない明るい少女なのだが、それが今は見る影もない。沈痛な面もちでリツコが進めた椅子に腰掛ける。
「・・・今日、塔で聞きました。シンジ君とアスカが’闘将’に襲われたって・・・、本当なんですか?」
「ええ、事実よ。」
マナが明らかに否定してくれる方を願って問いかけたにも関わらず、リツコは冷たく言い放つ。マナはショックを受けたように視線を彷徨し呟く。
「そんな・・・。いっそのこと、どっかのマッドサイエンティストがまた懲りずに実験に失敗して騒ぎを起こした・・・とかそういうことであればいいと思ってたのに。」
「・・・まだ、私に喧嘩を売る気力があるのは大したものだわ。」
「・・・ムサシの仕業でしょうか?」
自分で自分の言葉に衝撃を受けたように、マナの感情が一気にあふれ出す。椅子から勢い良く立ち上がり、リツコの机に身を乗り出す。
「そうなんでしょう!だって、’闘将’っていったら失踪する直前まであいつが研究してたものだもの。あいつ以外にあんなもの動かせる人間がいるとは思えない!ムサシ・・、ムサシの奴、単細胞で馬鹿だから一年前のこと根に持ってこんな無茶苦茶なこと!私、私、今から・・・!」
「落ち着きなさい!!」
リツコが決して大きな声ではないが、凛とした声でマナを怒鳴る。マナは弾かれた様にビクリと身をすくませた。感情が高ぶりすぎたせいか、その目には涙が滲んでいる。
「まだ、彼の仕業と決まったわけではないわ。’闘将’の研究はネルフだけでなく他の国でも行われていたし、安置されている場所もジオ・フロントだけではないわ。それに彼が復讐だけを望むなら、シンジ君やアスカを狙った理由が見つからない。」
「・・・。」
「とにかく落ち着きなさい。本来の貴方は感情に任せて、無鉄砲な行動を行う子ではないわ。何かわかればまた連絡します。それまで貴方は自分の塔で待機してなさい。いいわね?」
「・・・はい。」
マナはそれきり黙って、肩を落としたようにドアを開け部屋から出ていった。それを見送ると、リツコは残ったコーヒーを一気に飲み干して呟く。
「ふふ・・・。「落ち着きなさい」・・・か。よく母さんにそう言われて叱られたものだけど、私が言う方の立場になるとは。・・・私も歳をとるわけね。」
僅かに自嘲のかげりを含んだ、そんな呟きだった。
子供達が、大人達がそれぞれの夜を過ごしている。
彼らはそれぞれ、思いは違えど願いは同じだっただろう。
今日のことが夢であったらいいのに・・・。
だが、彼らは次の日にはこう願わなかったことを悔やむのだ。
もうこれ以上、何も起こらなければいいのに・・・・と。
「いやいや、しかし危うくあの様な狂言に騙されてしまうところでしたよ。」
「まったく、時田さんが居てくださって助かった。」
ネルフの王宮からの遠く離れた郊外の道を長老連の人間が数人、歩いていた。彼ら、長老連の時田を中心とした一陣は、いかに碇シンジを攻撃して将軍職から引きずり降ろし、軍部を攻撃するか、それを遅くまで話し合っており、遅い帰路についていた。
それを画策した張本人の時田は周りから追従と賞賛を浴びて、得意げになっている。
「あのようなことがまかり通ると思っている軍部の無能さには呆れがきますよ。’闘将’の存在を認めようものなら、今度はそれがジオフロントから流出したものだと言い出しかねませんね。」
「はっ、確かに。そうして、我らのジオフロントへの管理能力にケチをつける。六分儀のやりそうな事だ。そもそも一年前の将軍選定の時だって、あやつが裏で何かやったに違いないのだ。でなければあのようなことには・・・おや?」
「・・・どうした?」
一人が足を止めたのに習って、皆が道の途中で足をとめる。道の先に一人の男が立ちふさがっていた。いや、男かどうかもわからない漆黒の衣を被った者。
「何だ、貴様。我らを長老連だと知っての・・・・。」
その言葉は最後まで発することは出来なかった。それは音もなく長老連らに近寄ると、剣を取り出し、先頭にいた男を一瞬で切り払った。一連の行動には何の躊躇もなく、まるで水が流れるような動きだった。
斬られた男は何故?問う顔つきで崩れ落ちる。その際、男は加害者の衣を握りしめていた。そのため、それから衣が矧がれ落ちる。そこから現れたものは・・・。
「まさか・・・。そんな馬鹿な・・・・!」
時田は喘ぐようにそう言うしかなかった。
銀色の冷たい輝きを放つ人形。
碇シンジらを襲ったと報告された者、その者の姿。
’闘将’と言う名の古代の人型戦闘兵器・・。
血が流れ、絶叫が響きわたる・・・・・。
これは彼らの愚かさの報いなのか?
それとも・・・他の誰かの・・・・’贖罪’なのか・・・。
あとがき
YOU「おお、月一ペースにかろうじて間に合っている!なんてこったい。珍しい。」
マナ「自分で言わないでください。だいたい今回は早めにできそうなんて吹いといて、えらい醜態じゃない?」
YOU「それが・・・、なんと魔導王で初めて一話分まるまる60K、ボツにする羽目に陥ったんです。旧十四話はあまりの出来の悪さ故、自分で封印しました。プロット一から立て直したり、前の話見直したり・・・しくしく・・・。」
マナ「元々ボツが多い方だったけど、ついにそこまで堕ちたわね・・・。」
YOU「でも、そのおかげで’こだわって書いてる’とか誉められることも多いんですよ。」
マナ「単に最初に適当書いてて、後で困ってるだけなのにね。」
YOU「しくしく・・・。」
マナ「ほら、今回も言いたい言い訳があるんでしょ。しっかりしなさい。」
YOU「あい・・・。子供達の総称が変更になりました。12話では’奇跡の世代’でしたが、’グランド・チルドレン’に変更です。単に’チルドレン’とも言います。本編と少しでもシンクロさせようとする苦肉の策・・・ってこともないんですが、ちょい不評なので。」
マナ「文法とか用法とかあってるの?」
YOU「さぁ・・・。でも’チルドレン’は元々間違ってるとも言われてますから。多少違っててもオッケーでしょう。後、マナの扱い。特に第三話でアスカが「マナがムサシに逃げられた」とか言ってますが、これはあくまで事情を知らない周りの中傷、悪評であって事実ではないので・・・。(しかし、ある側面から言えば事実に近いかも・・・うにゃむにゃ・・・)。」
マナ「当たり前でしょう!なんで私があんな奴に逃げられなきゃなんないの!」
YOU「ど、読者の方の中には、そう受け取った方も居るみたいなので・・・。これは変更ではなく、元々こうでした。」
マナ「貴方が悪い。後でハンゴロシね。」
YOU「何故ぇ!?後、重要なこと・・・。時田の名前、シロウはB・CATさまの「無敵のアスカちゃま6」から、何の面識もなく、黙って、断りもなく、拝借しました。このネーミング見た瞬間、「なるほど確かに時田はシロウだなぁ」と妙に納得してしまいそのまま・・・。」
マナ「パクッた・・・と。じゃあ、さっきの罪とあわせて死刑。」
YOU「あわわ・・・。さ、最後に連絡。Teruoさんからのメールがどうしても返信できません。よってこの場を借りてお礼を申し上げます。ありがとうございますー。魔導王ちゃんと更新されてますよー。ヘルプミーー。」
マナ「それが遺言か・・・。」
メキメキメキ・・・・クキャ。
マナ「さてと、ムサシを捕まえにいかなくっちゃね・・・・。うふふ・・・・。
」