魔導王シンジ

シンジはただ放心したようにその場に立ちつくしていた。つい、数分前まで闘いの場、いや、殺戮の場であった場所に。周りの人間もやるせない気持ちで、黙々と撤収の準備をしている。
そんな中、不意に一羽の白い鳥が戦場の上空から離れ、街の方へと飛び立った。だれも気づなかったが、それを見た者がいたら不審に思っただろう。その鳥はなにやら光る四角錐型の石をくちばしにくわえていたのだから。
鳥はまるでリモコンで操作されてるように、一直線に近隣の街へ入り、片隅の家に入っていった。そして、家の中でイスに腰掛けていた男の肩にすっと止まった。鳥がとまったその男は金色の髪をした若者だった。目は本当に開いているのかどうか疑わしいほど細く、まるっこい顔立ちで愛嬌のある風貌だ。

「ただいま戻りました。アル様。」

口を利いたのは、男ではない。鳥だった。周りに他に人はいなく、それを聞いた者はいないだろうが。

「おお、無事戻ってきたな。で、首尾の方はどないやった。」
「ばっちりですよ。それどころか予想以上におもしろい見せ物が撮れましたよ。」

そう言って、持っていた石をぽとりと男の手の上に落とす。男は満足げにその石を、角度を変えながら眺めると、口を開く。

「ほんなら、早速上映会や。ビジョン、部屋の中、暗くしてくれんか。」

ビジョンと呼ばれた鳥はそれを聞くと、部屋の窓の方へ飛び立ち、カーテンの端をくちばしで掴むと、起用にカーテンを閉める。その間に、アルと呼ばれた男はなにやら、奇妙な機械をもってっくると、石をその機械にセットする。
見る者が見ればそれが魔法のアイテムだとわかるだろう。四角錐の石はラレラレ石といって、数十枚の静止画像と音声を収録できるアイテムである。

「準備出来ましたよ。」
「そうか、映像の出来はどないかな。奮発して、Ｒー１１０型のラレラレ石で撮らせたんやから、これで映像が悪かったら、カメラマンのせいやな。」

そう言って、指で軽くビジョンの頭をこずく。ビジョンは羽で頭を押さえながら不満げに呟く。

「それはどうですかね。アル様がこの前、市でたたき売られてるのを買ってきた、再生機のせいかもしれませんよ。」

ビジョンの言葉を無視して、アルは「再生」のボタンを押す。
ブゥゥゥゥン・・・・と音がして、光が部屋の壁に掛かってる白い天幕にかかる。やがてぼんやりした靄のようなそれは映像となり、一つの画面を映し出す。

魔法使いの集団と盗賊の戦い。そう、先ほどのシンジと盗賊の戦いだ。

「ほんに、うまいこと碇シンジちゅうやつとぶつかってくれてよかったなあ。あのバカ集団に知恵授けて、けしかけた甲斐があったで・・。」
「本当ですね。盗賊達に入れ知恵して蠢動させ、碇シンジっていう将軍の出動を促し、実力を調査する。ここまでうまくいくとは・・・。」
「うまくいかな困るわ。なにせあの六分儀ゲンドウの秘蔵っ子やからな。・・・ただの手ゴマか、切り札なのか。見極めとかんとな。」

そう言っている間にも、戦いの映像は次々と切り替わる。シンジが必死に部隊の統制をとって、盗賊と戦っている。だが、不慮の事態にとまどいまったく指揮が統一されていない。

「なんや、こいつ。へったくそな指揮やなあ。まだ、お前のほうがうまいことするやろ。もっとも鳥畜生に従う人間がおったらの話やけど。」
「これが初陣だそうですから、仕方ないんじゃないんですか。」
「にしてもや・・・。こいつさっから盗賊を殺そうとせん。捕縛命令がでとるとしても、半殺しにするくらいの覚悟で攻撃せんと・・・・。ほら、みたことか、敵が起きあがって後ろから狙ろうとる。」
「ここですよ、アル様。よく見てください。」

映像はシンジが光の翼を広げ、敵を照らし出すところが映し出された。それを見たアルが細い目を見開く。開かれた目から青い瞳の色が怪しく漏れている。

「これは・・・・、白色破壊光線？」
「この光線で盗賊達は皆殺しです。まあ、後で始末する手間が省けましたが。おそらく白色破壊光線「翼」の位格の一つ、’浄化’だと思われます。」
「’浄化’？」
「あの光のことですよ。翼より放たれる聖なる光は一切の不浄なる存在を許しません。カルマの多い盗賊がくらえば、塵も残さず消滅するのも無理はなかったでしょうね。」
「・・・すばらしい・・・。」

アルはもう一度リピートして映像に見入っている。光を浴びた盗賊はその光に溶け込むように、次々と消滅していっている。後には彼らの持っていた武装や服だけが焦げ後一つ無く残っている。まさに’魔法’としか言いようがない。

「位格・・・ね。・・・ひょっとすると魔導王と何か関係？」
「それはないでしょう。あの少年から魔導の力は感知できませんでした。」

もし、この映像を見る前のアルと、見た後のアルを見比べたとしたら同一人物だとわかる人間はまずいないだろう。目は開かれ、眼孔の鋭いものになっており、声は低く聞く者を畏怖させる響きを持っている。

「おもしろいな・・この少年。リーザスに行った「あの男」とどちらが強いかな・・・？」

そう言って、映像を止める。しばらくアルは考え込んでいたが、また目を細め、明るい口調に戻って言う。

「ま、えっか。この映像はコピーして、予定通りリーザス、ヘルマン、あと、ＡＬ教団に売り渡すで。キャッチフレーズは・・そうやな、ネルフに「残酷な天使」降臨、てな感じでどうやろ。」
「ナイスなネーミングです。この少年は各国の驚異になること間違いなしですからね。高く売れますよ。」
「うむ、それにこの少年、使えるわ。六分儀の野郎に使わせておくのはもったいない。忙しくなるで。リーザスの方も順調や。後、半年くらいで・・・。」
「意外に速いですね。そうですか・・・後、半年で・・・。」
「ああ、リーザスに「鬼畜王」の誕生や。」

「罪深き者も、清き者も、業深き者も、得の高き者も・・・、神の前では全てが等しく、慈悲の対象となる。我らが、女神の御名において、あなたの罪は赦された。ただ、安らかに天に召されよ・・・。」

共同墓地に朗々とした神父の文句が響きわたる。
全ての罪が赦される・・・。死ねば、僕のおかした、そしてこれからおかすだろう罪も消えるのだろうか？しかし、シンジはそれがあまりに都合のいいことに思えるので、すぐその考えを振り払った。
共同墓地は墓と言うより塚のようなもので、広い野原の一角を策で囲い、中央が小高い丘になっている。ここには、身よりのない者の死体や、身元の分からない者をまとめて、弔う場所である。死者の骨が埋められている丘には墓標すらなく、ただ周りに花が咲いているだけだった。
今回、葬られるのはシンジが殺した盗賊の一団。もっとも彼らは骨も残さず消滅したので、彼らの遺留品を集めそれを埋めたのだった。

「アーメン・・・。」

神父が祈りの終わりにそう言って目を瞑る。シンジもならって目を瞑る。そして、口の中で数語、祈りの言葉を呟いて目を開ける。

闇がシンジを包んでいた。目は確かに開けたはずなのに、閉じていたときと変わらぬ闇がそこにあった。

「し、神父さん？」

困惑のあまり声をだすが返事はない。神父の声はおろか、先ほどまで鳴いていた鳥の声も、風が草を揺らす音もまったく聞こえなくなっている。自分の心臓の音すら・・・。

「な、なんだここ？・・・ミサトさん？アスカ・・・。綾波・・・。誰かいないの・・・ねぇ・・。」

しゃべっていないと自分までこの闇に溶け込んで消えてしまうのでないか？そう思われてシンジは必死で声を張り上げた。

「誰かーーーー！誰かお願いだから返事をしてよ！誰か・・・。」
「・・・・・・っ・・・っ・・・。」

微かにうめくような声がして、シンジは辺りを見渡す。当然、何も見えないが、シンジはこの一筋の希望に必死にすがる。

「誰かいるの？返事を・・・。」
「・・・助けて・・・くれ・・。」

一瞬シンジは、自分の声の反響だったかと思ったが、どうやらそうではないらしい。自分とは明らかに違う野太い男の声。自分と同じく、閉じこめられた人かもしれない。シンジは必死で呼びかけながら、手探りで前を進む。

「誰？どこにいるの？」
「助けてくれ・・・。ここから出して・・・。」
「どうしたの？ここにいるの？」
「閉じこめられた。みんな。仲間も、友達も・・・。みんな・・・。あいつに・・・。」

必死でこの声の主を捜したくてシンジは前に進む。ただ、頭の隅に引っかかっているのだが、どこかで聞いた声なのだ。どこかで・・・。

「痛いよ・・・。苦しいよ・・・。あいつが、あいつのせいで・・・。」
「誰に？誰が君や、君の仲間を閉じこめたの？」

そう訪ねた瞬間、がっ、と前に伸ばしていたシンジの腕が捕まれた。ひどく冷たい氷のような感触・・・。

「お前だ！お前がやったんだ！お前が俺を、仲間をみんな殺したんだ！お前が！お前がーーー！」

血塗れの顔がいきなり、シンジの間近の浮かんだ。忘れもしない。シンジが殺したあの盗賊の顔。

「ヒィ・・・。」

かすれた悲鳴をあげて、シンジが後ずさると今度は左手が捕まれる。

「・・・あんたひでぇよ。俺にも家族があんだぜ。お前と同じ年齢の子供も居るんだ。今頃、俺が帰ってこなくて泣いてるぜ。なぁ・・・、どうしてくれんだよ。」

別の顔がシンジの真横に浮かび上がった。それを合図のように次々とシンジの前に顔が浮かび上がる。

「嫌だああああぁぁぁーーー！ここはもう嫌だ！誰かここから出して、助けよ！」

シンジはかがみ込んで目を瞑るが周りの闇は変わらない。相変わらず顔は語りかけてくる。

「そう言うなよ、兄弟。ここに居るってことはお前も俺達と同じなのさ。たくさん人を殺して、罪をおかして、死んでここに来たのさ。ざまぁみやがれ。」
「ち、違う！僕は違う！僕はこんなところは嫌なんだ！嫌なんだよ！」
「さぁ、罪人よ・・・。」
「咎を持つ者よ・・・。」
「業深き者よ・・・。」
「死せる者よ・・・」
「汚れた者よ・・・。」
「同類よ・・・。」

声の度にシンジの体が、何者か手に捕まれる。
両足を、腰を、両腕を、肩を、背中を、頭を・・・。
そして全ての声が一つになった。

「「「一緒に堕ちよう・・・・。」」」

一斉に全ての手がシンジの体を闇の底に引きづりだした。何か底なし沼にでも沈む感覚がシンジを襲う。それだけでない。足の先から徐々に体の感覚が消えていくのだ。

「た、助けて。誰か・・・。」

必死でもがいているうちに、なんとか右腕がはずれる。

「助けて・・・」

頭上の闇に向けて必死で手を伸ばす。届かない。罪にまみれた手では・・・。何も掴めない・・・。

「＊＊＊＊＊！」

シンジは誰かの名を呼んだ・・・。
耳慣れない・・・
でも、呼びなれた名。
思い出せない・・・
でも、懐かしい名。
そして、愛しい名・・・。

シンジの右手が何かに力強く捕まれた。暖かい手がシンジの右手を握っていた。

「・・・・・・！」

声にならない叫びをあげて、シンジは跳ね起きた。 慌てて周りを見る。
見慣れた、見飽きた自分の部屋を周囲に確認してシンジは安堵の息をつく。

「夢・・・だったのかな？」

心臓が体中を跳ね回ってるかのように動悸がする。気持ち悪い汗が髪を濡らすほど吹き出している。悪夢とは一言では片づけられない何かだった。
しかし、今、あの夢を思い返そうとしてもはっきりと思い出せない。夢なんてたいがいそんなものなのかもしれないが。

どうしようもなく気怠い。夢に全ての気力を吸われたかのようだ。
が、今日でシンジの謹慎の期間は終わっていた。王宮に顔を出さなければならない。
ゆっくりと立ち上がってクローゼットを開ける。
学院の制服。
数着の普段着。
そして、将軍の証である純白の魔法衣。
それを手に取る。初めて触れる者のように。
半年前、シンジが将軍に任命されたとき、初めてそうしたように。

声が聞こえる。半年前のあのときの・・・。

「よくやったな、シンジ。」

彼から、六分儀指令からそう声をかけられたとき、シンジは半ば呆然としたものだ。 シンジにとってかろうじて親と呼べる者は、指令だけだった。
十年前の戦乱で親を亡くし、孤児となったシンジは六分儀に拾われ王宮につれられたらしい。気まぐれか、打算からか・・・。

「シンジ。お前は魔法を操り、ネルフの剣となるために生まれたのだ。もし戦いを、魔法を拒絶するのであれば、お前に存在価値など無い・・・。さっさと野に下り二度とここに姿を見せるな。」

この言葉が、指令のシンジに対する認識の全てなのかもしれない。
いずれにしても、彼が’父親’であったことは皆無だった。シンジも彼に父を求めることをあきらめていた。そのつもりだった。
が・・・、

「よくやったな、シンジ。」

この言葉に異様に心を動かされた自分に、本当は自分が肉親の暖かさを求めていたことを知った。彼が幼い自分を王宮につれていくとき、握ってくれた手の温かさは今でも記憶の片隅に残っている。
僕はあいつが嫌いだ・・・。
でも嫌われたくない・・・。
相反した二つの感情。
あいつを父さんと呼ぶのか・・・。
あいつは僕のことを息子と認めたことはないのに・・・。
一方通行の愛情で無様を見るのは嫌だ・・・。
認めさせてやる。
あいつに、みんなに！
ここに僕が存在していることを。
戦って・・・、闘って・・・、
そうすればみんな僕を誉めてくれる。
僕を大事にしてくれる。
それでいいんだ。
だから、考えるな。それ以上、考えるな・・・。

シンジはすっ、と魔法衣に腕を通して、着替えると、ドアを開け歩き出す。
彼が望んだ、その道を。
罪の重さで、倒れ、朽ち果てるまで・・・・

第五話　終わり

後書きまで書き直すし・・・（＾＾；

YOU「つーわけで、旧第五話「英雄失格」改め、新第五話「罪」をお届けします。冒頭の一部以外は全て書き直し。ようやったな、自分（笑）。」
レイ「そして、おそらく大家さんのコメントも書き直し。人に迷惑かけなきゃ生きていけないのね・・・。」
YOU「仕方なかったんやぁ！魔導王の話が進む度、なんか五話ってかなりおかしいんじゃないだろうかと首傾げながら書いてましたんで。前から直したかったんです。」
レイ「実際、おかしいわ。よくあんなもの投稿したわね・・・。」
YOU「ほんに。まぁ、シンジ君のテーマもよく決まって無かったんで、かなり思いつきで書いた覚えがあります。魔導王の各キャラごとのテーマもだいぶ決まってきたんで、最初の方の話はぼちぼち書き直していきます。今のところ候補は２話と４話。あれも出来悪し。書き直してると、当時は思いつきもしなかったプロットや描写やセリフが書けるようになってることに気づきます。レベルアップしてると自惚れていいんでしょうか？」
レイ「駄目。十年早いわ。」
YOU「しくしく・・・。まぁ、ともかく題名通り、暗い、重い、救われないの三拍子ですが、魔導王は基本的にハッピーエンド目指してるんで安心してください、○○さん・・・（謎）。ってなわけで感想お待ちしてます。いいぞ、どんどん書き直せ！とか、前の方がよかった。とか一言でもいいです。魔導王は読者からの意見をかなり重視してるので、どんどん言ってきてください。」
レイ「・・・ところで、これで月一投稿分なの・・・？」
YOU「違いますよぉ。ちゃんと第十五話は別に書いてます。近日公開ってなわけで、今日はこの辺で。」
レイ「さよなら。」