大陸・・・。
何時から存在するものなのか、
何処に位置するものなのか、
誰も答えを返すことのできない、そんな一つの大陸がある。
その大陸には支配者と呼べる種族が二種類いた。・・・人間と魔物である。
最も実質的な支配者は後者で、人間の統治など魔物側からすれば「認めてやっている」に過ぎなかったが・・・。
有史以来・・・あるいはその遥か以前から、人と魔物は争いをつづけてきた。
生態系から見れば、別に魔物は特に人間を食料としているわけではない。共存しようと思えばそれも可能なように思える。
だが、それでも何時の時代も、人は魔物を憎み、魔物は人間を蔑んでいた。そうすることが最も自然な形態であるかのように・・・。
それは種としての本能なのか・・・。
あるいは大陸の創造主がほどこした’仕様’なのだろうか・・・。
時はLP歴3年の頃・・・
ネルフと魔物の国である’腐界’の境目には、当然の様に人が魔物の侵入を防ぐための砦がある。’魔路埜要塞’という名前の砦がそれだ。強力な雷の壁や、自動察知して発射される炎の玉等の魔法技術の粋を集めたそれらの防備は、魔物に対する人の恐怖の大きさを象徴しているかのようだ。
砦の存在意義を証明するかのように、魔物は時を選ばず来襲する。数も数十体から1000体近い大軍とまちまちである。
前者の方ならば、これらと砦の駐屯部隊だけで十分対応できる。だが、今、来襲しつつある魔物の数は優に千体を越えていた。砦を突破され、付近の村が襲われる可能性がある。
来襲を聞いたネルフの政府は、ネルフの魔法部隊の中でも精鋭部隊の一つである光の魔法軍’光翼’を派遣した。将軍の名前は碇シンジ。若干14歳で将軍の座に就いた天才魔法使いである。
「ファイアー・レーザー、斉射せよ!」
声は大きいが何処か迫力に欠ける命令が、戦場に木霊した。
だが、声に応えて放たれた魔法の威力はそれを補ってあまりある。
声に呼応して無数の光線が発され、壁の向こうに押し寄せていた魔物の軍に突き刺さる。着弾し無数に乱立する火柱。直撃を浴びた魔物は悲鳴を上げながら火だるまになって絶命していく。
「くそ、ひるむんじゃねぇ!壁さえ越えれば、後はひ弱な魔法使いだけだ!殺せ、殺しまくれぇ!」
人間の声とは明らかに異質の、ひび割れた声が魔物の陣営から聞こえてくる。言動からしておそらく敵の指揮官のものだろう。他に比べて明らかに巨大な体躯と、凶暴な顔をもっている。人の本能に直接、恐怖を呼び起こす魔物の姿だ。だが、砦の頂上から、その姿を確認したシンジは逆に安堵の笑みをもらした。
「やっぱり、魔人じゃないみたいだね・・・。」
「ええ、そのようですね。やはり魔人達は魔王の後継者争いで、人の世界に干渉している場合じゃないというのは本当のようです。」
「その戦乱の余波がこいつらってわけか・・・。」
「おそらく。魔王・魔人の目が届かないのをいいことに、人界で好き勝手やろうという魔物が徒党を組んだのでしょう。」
魔人といわれる、魔物の中でもずば抜けた能力と不死の体を持つ存在。もし、それらが魔物の中にいれば、たとえシンジ達の兵士が倍に増えても勝ち目はなかっただろう。逆にいないとなれば、魔物といえど勝てない相手ではない。シンジは空を飛んで砦を越えようとしている魔物を幾体かなぎ払うと、部隊全体に指示する。
「よし、一気に片を付ける!全体魔法をかけるから、援護を!」
「はい!」
シンジは目を閉じ、魔法を唱え出す。全体魔法は威力が強力で広域に及ぶ分、詠唱が長く難しい。その上、唱えてるときは無防備なので、誰かに援護してもらわない限り使用することは難しい。呪文の一語一語を唱える度に、シンジの魔力が引き出され魔法という形を整えていく。ちょうど、何の変哲もない岩が、彫刻家によって芸術となるように。魔力という資質がシンジの呪文によって魔法へと姿を変える・・・!
「---堕ちろ、幻日!’天臨梯子’!」
シンジの持っていたロッドから光が吹きだし、空に向かって・・・正確には太陽に向かって一直線に伸びていく。魔法の光が太陽の光に混じってかき消されたように見えたその瞬間、そこからあたかも御光の様な光が、幾筋も地上に向かって降り注いだ。
狙いはもちろん魔物だ。当たるを幸いとばかりに、魔物の部隊の中央に降り注ぐ。
「うぎゃああああぁ!」
「人間が、人間ごときがこんな魔法を!?」
「痛ぇ、いてぇよぉ!」
人間の数倍もありそうな巨人のモンスターも、堅い外皮をもったは虫類系のモンスターも・・・例外なく、シンジの放った魔法に、さながら濡れた紙に指を通すような脆さで差し貫かれていく。
魔物は人間に比べ生命力が驚くほど高い。降り注ぐ光はそれほど太くなく、急所に当たらなければ死ぬことはないだろうが、それでも部隊を混乱させるには十分な威力だった。
「馬鹿野郎!こんもん虚仮威しだ!気にせずつっこ・・・め?」
魔物の指揮官が張り上げた声が途中で止まる。一際巨大な光の柱が、頭上から突如降りかかってきたのだ。魔物の体が一瞬にして光に飲まれる。
「うぎゃああああああああああ!!」
この日、一番の絶叫が辺りに響きわたる。魔物の指揮官は、頭部を打ち抜かれてその場に倒れ伏した。後には首無しの死体だけが横たわる。一瞬、戦場の空気が凍り付く。その場の誰しもが動きを止めて、わずかに痙攣するだけのその指揮官を見やっていた。 やがて思い出したように、
「よっしゃあああああああ!俺達の勝ちだあ!」
「さすが、碇将軍だ!すげえ!」
「見たかあ、人間様をなめるなあ!」
一斉に砦から勝ち関が上がり出す。指揮官を失った魔物達はそれこそ這々の体で、散り散りになって腐界の森へと逃げ込んでいった。シンジたちの軍は砦に籠もっていたおかげで、犠牲はほとんどなく、まさに快勝といってもよかった。兵士達は皆、笑顔で仲間達と勝利を分かち合っている。
「・・・・・・・・・。」
「あれ、どうしたんですか?将軍。浮かない顔ですが?」
兵士の一人が、何処か沈んだ表情をしているシンジを見て怪訝に思って声をかける。シンジは慌てて笑顔を作ると、「なんでもないよ」と言い残し、一人、宿舎の方へと引き返していった。
ゴンゴン・・・。
ひどく鈍ったノックの音が、室内の静寂を無粋に破った。音が悪いのはノックの仕方が悪いわけではなく、原因は材質と立て付けの悪いドアのせいだ。兵士の宿舎というものは、特にここのように辺境に位置するものは、設備が粗雑で古いものが多かった。
「どうぞ、開いてますよ。」
応える声は逆に鈴を転がすような少年の声だ。声変わりもまだ来ていない、素直な子供の声。わかっていても兵士はついつい忘れがちになる。彼が、自分の上司だという事を。
「失礼します。碇将軍。」
ドアを開け、部屋にはいると軽く頭を下げる。だが、当のシンジはずっと机に向かってなにやら書き物をしていた。よほど熱心にやっているらしく、入ってきた部下をほとんど意に介してない。この並外れた集中力の大きさが、あの魔力の強さの秘密なのだろうか・・・と兵士は勝手に邪推してみたりする。
「あの・・・、いったい何をしてらっしゃるんですか?」
「宿題。」
至極あっさりとシンジは答える。返ってきた返答があまりに意外だったので、兵士はしばらく、シュクダイという単語が「宿題」以外の意味を持ち得たかどうか考えてみる。当然無い。
「・・・・・・なんでこんな戦場で宿題なんてやってるんです?」
「え・・・変・・・かな?」
「平均的な学生の生活からはおもいっきり逸脱してると思いますけど。」
「いや、だって・・・、いつも通り学院で講義うけてたら急に召集がかかっちゃったし、帰ってからだったらやる暇がないし、さっさと自分の終わらしてアスカのを手伝わないといけないし・・・ちょっと笑わないでよ!」
しどろもどろになっていいわけをするシンジを前に、兵士は思わず苦笑する。そして考える。つい数刻前の、強力な魔法を操って次々と魔物を倒していった将軍・碇シンジ。そして、今目の前にいる、14歳の、ごく普通の学生である碇シンジ。それらが同一の人物として存在することがどうしようもなく不思議に思える。
「あの・・・、将軍は何故、軍に入ったのですか?」
不意に浮かんだ疑問を兵士はそのまま口にしてみた。
シンジにとっては意外な質問だったらしく、少し戸惑った顔をして兵士を見返している。
「あ、その・・・、将軍がまだ幼くていらっしゃるのに、この様な危険な任務に身を投じているのが不思議で・・・。」
「・・・・・・・・・。」
シンジは少し困った顔をして床の一点を見つめていた。
その顔はどうみても、楽しい話題をふられた顔には見えない。
「あ・・・、すいません。さしでがましい質問でしたでしょうか?」
「・・・命令されたからだよ。」
凛とした冷たい声が返ってきた。
同時に兵士の背中に冷たいものが走る。シンジが・・・ついさっきまで談笑していた少年が、今は無表情に兵士を見つめている。
「期待に添えた答えじゃなくて、申し訳ないね。」
「い、いえ・・・。」
命令されたという、その言葉の真意が兵士は気になったが、それを口にする勇気はなかった。まるで人形のようなシンジの表情。それを見てると、何故かとてもいたたまれなくなってくる。
とにかく兵士は一刻も早く、シンジの前から立ち去りたかった。
「し、失礼しました。」
逃げるように部屋を出ていった兵士を後目に、シンジは机に向き直ってまた宿題の続きを始める。だが、頭の中では別のことを考えていた。
何故、自分はあんなことを言ってしまったのか?
「ネルフの、そしてそこに住む人々の平和を、命に代えても守りたいと思ったからです。」
軍にはいるときの面接官にも
アスカや学院の友人達にも
そして父親にもシンジは、そんな答えを返した。
あの兵士にも同じ事を言えば良かったのだ。そうすれば、
「やはりそうですか。幼いとはいえ、その様な立派な志をもっているなんて・・・。」
とか言って感心してくれただろう。
だのに自分は・・・つい、’本音’を言ってしまった。
ふう・・・と息をついて椅子を弾ませながら伸びをする。
誰かに本音を聞いてもらいたかったのかもしれない。
あの兵士になら、本音を漏らしたところでさしたることはないだろうから・・・。
そんな、飽くまでも卑小な自分に嫌になる。
「・・・’あいつ’に命令されたから・・・か。」
命令されたから戦っている。
命令されたから将軍をやっている。
命令されたから、部下に命令する。
情けないと思う。
しかし、それが自分の中の揺るぎない真実だった。
いつからの真実なのか・・・?
記憶が薄らぐほど幼い頃からか・・・。
あるいは、’あいつ’が父親になったあの時から・・・。
何時から僕はこうなってしまったのだろう・・・。
いつから・・・。
---GI歴1007年(LP歴3年より遡ること10年)---
子供が泣いている。
飢えを、苦痛を、孤独を、絶望、を取り巻く世界に訴えて・・・・・・。
年端も行かぬ、誰からも見捨てられた子供に出来ることはそれしかない。
しかし、道行く人は誰も振り返らない。
当時のネルフの人々にとって、そんな子供の存在は路傍の石ころに等しい。
子供の泣き声は、まとわりつく蠅の羽音も同じだ。
人々が無情だからではない。
珍しくないからだ。
その年、ネルフは隣国に攻め込まれ、辛うじて領土こそ死守したものの、国勢は散々たるものだった。市民は殺され、物資は略奪され、家屋は破壊された。かつて、魔法によって築いた高い文明は見る影もない。ネルフに住む者全てにとって災厄の年だった。
だから、そんな子供は何処にでもいる。子供に出会う度に硬貨を投げてやれば、一週間後には自分の方が腹を空かせて泣く羽目になる。
一人になるいきさつは様々だ。
戦災で親を失い孤児になった子。
口減らしに捨てられた子。
主人を亡くした奴隷の子・・・。
ある日突然、王宮に連れてこられた見窄らしい身なりをした少年も、そうした子供の一人だった’らしい’。
’らしい’というのは、拾ってきた当の六分儀ゲンドウが、そうとしか言わなかったからだ。
彼曰く、「彼を私の養子にする。この子は類い希な魔力を持っている。私の力を継ぎ、未来のネルフを担う者になるだろう。」
彼がある意味、後継者と公言した少年は、その頃まだ四歳か五歳くらいだった。
薄汚れてこそはいたが、貴族のような気品を持った顔立ちをしている。ゲンドウが拾わなければ、そのうち人買いにでもさらわれていったに違いない。
線の細さといい、気弱そうな雰囲気といい無害な小動物を思わせる。とても冷徹な軍人である六分儀の養子とは思えなかったが、その点は成長と共にいくらでも変わりうる。
有力な貴族や魔法使いが、魔法の才能のある子供を養子として引き取ることは別に珍しいことではなかった。
皆、特に反対する理由もなかったので、彼が六分儀の子として王都の一画に住まう事を許し、その子、碇シンジが六分儀の養子であるという事実を頭の片隅に留めておいた。
・・・当のシンジはきょとんとして、ゲンドウのローブの裾を掴んでいるだけだった。
---GI歴1010年---
「ぐぎゃああああああああああ!」
怖気を震うような絶叫が辺りを木霊した。
一つではない。
先の声に重なるように一つ、また一つ・・・。
最期の悲鳴が途絶えて、静寂が満ちる。
その静寂の帳が降りるのを待っていたかのように、あちこちで拍手と賞賛が巻き起こる。
舞台にいるのはシンジだ。周りには・・・それこそ書き割りの舞台装置のように、赤黒い物体が累々と横わたっている。人間とは異なる姿をした、恐ろしい怪物の死体。魔物達だ。人間を凌駕する存在であるはずの魔物達が並んで無惨な死体を横たえている。
シンジは無表情にそれを見つめていた。それこそ、戯れに虫を殺していく童(わらし)のような目で。目に罪の意識は無い。いや、その根拠となる生命に対する敬意そのものが無い。
「素晴らしい。あれだけの魔物を相手にしてかすり傷も負わぬとは・・・さすが六分儀様のご子息ですな。」
「マルドゥック機関の雛形・・・というわけですか?」
「いや、あれはマルドゥックとはまた別の教育を施してあるようです。でなければいくらなんでも7歳の子供があそこまで・・・。」
「やはりこれは、六分儀司令の指導の賜ですよ。もっと言えば、彼という原石を最初に見いだした時点でそのご慧眼が伺えますな。」
年のいった魔法使いや貴族らしき者が口々に褒め称える。その中央の六分儀は得意がるわけでもなく、ただ憮然としているだけだ。
「しかし・・・、よろしいのですか?年端も行かぬ子供に戦闘訓練を施す・・・しかも実践に近いというのは、ネルフの法はもちろんのこと人道にも反するのでは?」
その中で、割と若い研究者らしき青年が、強い非難の調子を込めて六分儀に言った。 見れば、その周りの人間も数名、同感だとでも言うように六分儀を睨み付けている。
「問題在りません。これは兵士として訓練しているのではない。息子として教育しているのです。シンジには是非とも力をつけ、私の跡を継いでもらいたいですからな。」
「・・・情操教育の面ではどうなんです。魔法と精神は密接な関係にある。高い魔力を持ったが故、精神が力に支配されてしまう’暴走(スタンピード)’は絶対に防がねばならないことでしょう?あの子の様子ではとても身に宿る強大な魔力を御しきれるとは・・・。」
「その点についてもすでに考えてあります。・・・子供の教育は親の務めです。あまり皆様が気を揉む必要もないでしょう。」
口元に皮肉な微笑を浮かべるゲンドウに対し、何か熱いものが若い研究員の胸にこみ上げてくる。義憤・・・とでもいうべきだろうか。反射的に研究員はそれを吐き出した。
「その大事な息子さんを、こうして研究用の見せ物にするとは、いったいどういった御心境で?私も人の親ですが、貴方のなさることは計りかねますな!」
「ふっ・・・、成長した息子の姿を、皆さんに自慢したかっただけですよ。・・・存外に、私は親バカでしてね・・・。」
血にまみれた手を一生懸命、こちらに振ってみせるシンジを遠くに見据えて、ゲンドウは笑っていった。
(’悪魔(デアボリカ)’が・・・!)
彼の後ろにいた研究員は胸中で吐き捨てた。
---GI歴1011年---
「シンジ、今日はお前に会わせたい人物がいる。」
ゲンドウの言葉はいつも唐突だ。シンジの返事など必要としていない。
シンジも反抗をしたことがない。しても無駄だとわかっているからだ。
今日も、黙ってシンジはゲンドウの数歩後ろををついて歩く。
「・・・シンジ、お前友達はいるのか?」
また、唐突にゲンドウが話しかけてきた。しかし、今度の言葉はシンジの意表を突いた。
おおよそ、世間話などというものは、二人には縁遠いかったからだ。
シンジが最近考えていることがある。
(何故、僕のお父さんはこんなに怖いんだろうか・・・?)
本や魔法ビジョンで見る、物語・ドラマに出てくる父親は暖かく、子供と一緒に遊んでくれたり、ご飯を食べたり、楽しげに会話をしたりしている。「子供のことをかわいいと思っていない親はいない」という言葉も聞いたことがある。
(本当に?じゃあ、なんでお父さんも僕のことを大事にしてくれないの?)
・・・遊んでくれることはおろか、会話もなく、ひたすら苦しくて嫌な訓練ばかり。時々魔物を相手に戦わせられることもシンジにとってはたまらない苦痛だった。 怪我をすれば泣きたいほど痛い。死ねばもっと痛いのだろう。たとえそれが、人間の天敵である魔物でも、そんな目に遭わすのはいやだった。
(どうして僕をこんな苦しい目に父さんは会わせるんだろう?・・・僕が・・・、僕が本当の子じゃないから?)
一度勇気を出して、尋ねてみたことがある。「お父さんは僕のことが好きなの?」と。
答えは「くだらんことを聞くな」だった。肯定も否定もしてくれない。一番聞きたくない類の返答だった。
自身の問いに答えるにはシンジは幼すぎた。
シンジに出来ることはただ一つ、「お父さんに好きになってもらえるように頑張る」ことだけだった。頑張れば、ゲンドウは誉めてくれる。不愛想に「よくやったな」と頭をなでてくれるだけだが、それでもシンジはその時だけは幸せな気分になれた。
「どうした、返事をしろ、シンジ。」
考えに沈んでいたシンジに、ゲンドウが少し苛立った声をだす。
シンジは慌ててかぶりを振った。
「い、いないよ・・・。うん、いない。」
「そうか・・・。」
それだけだった。
もしかして、自分のことを心配してくれたのだろうか・・・。
あるいは、気まぐれに聞いてみただけなのか・・・。
その問いの答えが出る前に、シンジ達は目的の場所にたどりついた。
シンジは王宮の、少し大きな広間に通された。
そこはいままでに入った事のない場所だった。あちこちにきらびやかな装飾が施された豪華な部屋だった。部屋の隅には兵士が整然として並んでいる。
何か客を迎えるための部屋だと、シンジはなんとなく感じとった。
ふと見ると、部屋の中央に人がいる。
華美な服装をした初老のがっしりした体格の男だ。
ゲンドウはシンジを二人の前に連れていくと、紹介するように前に導いた。そして深く頭を下げる。
「この子がお話しした私の息子、シンジです。」
「ほぅ・・・。ふむ、養子と聞いていたがなかなかどうして、君に似ているな。」
「恐縮です。では、以前お話しした件ですが・・・。」
「おお、・・・そうだな。よろしく頼むとしよう。先週、また新しい付き人が着任早々病院送りとなってな、困っていたところなのだよ。あの子も同年代の子供なら、心開くかもしれん・・・・・・。」
老人が指を鳴らすと、奥の荘厳そうな扉がすっと左右に開いた。中から現れた姿にシンジは一瞬にして目を奪われた。それは豪奢な絹の服を身に纏った一人の少女だった。
陶器の様に白い肌。見るもの全てに光を撃つ様な輝く瞳。まっすぐにのばされた淡い栗色の髪は光り輝き、まるで陽光をそのまま束ねたかのようだ。
年はシンジと同じ頃なようでまだまだ幼いが、長じれば絶世が付くほどの美女になることは疑いがないように思われた。
「この方は惣流=アスカ=ラングレー姫。第一王子、カヲル様の妹君にあたる。・・・そして、今日からお前が’付き人’としてお仕えする人だ。」
声が出ない。全身の血液が頭に集まったように苦しかった。シンジは辛うじて頷く。
「付き人と言ったが、細々とした身の回りのお世話をするだけではない。身辺の警護が主な任務だ。普通なら大したことではないが、彼女は特別だ。」
「特別?」
「理由はそのうちわかる。」
どうやら、アスカの方もシンジの紹介を聞いたらしい。つかつかとシンジの方に歩み寄ってくる。アスカはにっこりと笑ってシンジに話しかける。まさに花開くような笑みだ。
「貴方が私の新しい付き人?」
「は・・・はい?」
「そう、これからよろしくお願いするわね。」
そう言われて差し出された繊手を、シンジは恭しく取ろうと手を伸ばす。
瞬間、シンジの世界が反転した。
ドカァ!
面白いほど鈍い音が響かせて、シンジの体は床にたたきつけられた。アスカが自分からシンジの手を取ったかと思うと、華麗に身を翻してシンジを投げ飛ばしたのだ。
麗しのお姫様が、シンジの体をお投げあそばした・・・そういう事実を周りの人間が受け入れるまで数秒を要した。
「はぁ・・・、駄目すぎる。さえない上にトロイときたら救いようがないわ。」
アスカは芝居がかった仕草で、目を閉じ嘆くように首を振る。さっきまでのしおらしい様子は何処へやら、今は勝ち気そうな表情が満面に浮かんでいる。
「というわけで、六分儀のおじさま。」
嫌みな調子を含ませて、アスカはゲンドウの方を振り返る。さすがのゲンドウも目の前で起こった出来事に少し驚いたらしく、やや呆然としている。
「あたし、こんなのいりませんから。謹んでお返しします。」
それだけ、言い残すとアスカはくるりと背を向けて、入ってきたのと同じ扉を潜って部屋を出ていった。当のシンジは痛みと衝撃でそれどころではなく、床に転がって呻いている。
その場に長く深い沈黙が満ちる。
「わかったか・・・。彼女は普通じゃない。よろしく頼むぞ・・・。」
ようやくゲンドウは、彼にしては珍しく、視線をそらせてそう言った。
---GI歴1012年---
「あたしについてくるなって言ったでしょうがあああああ!」
叫びはやがて爆音に変わる。王宮が微かに揺れ、天井の埃を雪の様に落とした。
王宮に使えているメイド達は、また始まったわねという様にため息を吐いて、不毛な掃除を始める。
もしこの王宮に、対魔法、耐火、対衝撃の防備が施して無ければ、とっくの昔に辺りは灰と化していただろう。
「しかし、あの子も良くもつわねぇ・・・。もう半年よ。これまでの付き人なんかもって半月だったのに・・・。」
「そういえば、7人目のあの筋肉男、このまえようやくリハビリがすんで、病院から出てこれたそうよ・・・。」
「あぁアスカ王女に、シイ逆を企んだ故、国家反逆罪とか言われて右半身が大火傷、左半身が凍傷っていう状態で三階の窓から中庭の池にたたき落とされた奴?あれって結局、何したわけ?」
「彼女の飼ってる猿がうるさいと言ってこづいたからって話よ。」
「じゃあさ、5人目の貴族の伊達男は?不敬罪とか言われて腰まで伸ばした自慢の金髪をちりぢりにされて泣いて出ていったけど・・・?」
「部屋に落ちてた彼女の髪の毛を踏みつけたからとかどうとか・・・。」
また振動が起こる。こと、破壊魔法に関して彼女の魔法技能はずば抜けている。彼女はその恵まれた魔法の才能を、いかにぎりぎり殺さずに他者を苦しめるかという一点に費やしていた。
いったい何がどう間違って、あんなふうに育ってしまったのか、誰も心当たりがないのが恐ろしいところだった。生まれてきたときからああだった様な気さえする。
「ホントによく続くわねぇ・・・。」
「そうねぇ・・・。」
最近の宮中の人々におけるごく一般的な会話だった。
「あんたってさぁ、馬鹿なの?」
「・・・・・・・・・。」
アスカはかがみ込んで、目の前のぼろ切れの塊のような物体に声をかけた。
布の中から手足らしきものが覗いているところをみると、どうやら元は人間であったらしい。
だが、まるで雪山で遭難した後、山火事にでもあって、あまつさえ落雷に直撃したような様相になっている。
「ここまであたしの魔法に耐えれるところをみると、もう根性とかとっくに超越しちゃって、苦痛に何らかの快楽を見いだしてるとしか思えないわね。はぁ、まだ若いのに・・・。」
「変態かよ、僕は!」
いきなり目の前のぼろ切れ---シンジが立ち上がる。が、すぐにダメージが足に来てふらついたりしている。
「ああ!あたしの魔法をくらっといて立ち上がるんじゃないわよ、バカシンジのくせに!」
「無茶苦茶言うなよ!・・・今日という今日は、ちゃんと家庭教師の前まで引っ張っていくからね。」
「・・・・・・そんなせこい目的のために命を張るなんて・・・・・・、あんたそんな生き方で満足してんの?」
「誰のせいで張りたくもない命を張ってると思ってるんだよ!」
シンジは思わず叫んだが、当然アスカは聞く耳など持っていないようだ。髪を手ですかしながら、窓から外などを眺めている。
どうも家庭教師が嫌なのではなく、シンジを含めた周りの言うことを聞くのが癪だかららしい。最初はアスカに心奪われていたシンジだが、今ではもうそんな気持ちも失せている。初恋だとすればあまりに儚いものだった。
最初の頃は、アスカが癇癪を起こす度、シンジは病院に運ばれた。幼い頃から戦闘訓練を受けてきたシンジには信じられなかったが、アスカの魔力の大きさはシンジを上回っていた。しかも訓練によるものではなく、純粋な才能で・・・だ。かつて、ゲンドウがシンジに漏らしたことがある。
「まだこの程度とは情けないことだ。同じ年でお前より上の魔力の人間が、ネルフには少なくとも4人はいるぞ。」
その一人がアスカのようだ。
しかしアスカの攻撃を受け続けて半年、シンジもようやく辛うじてしのぐ程度のことなら出来るようになってきた。もっとも、油断すればすぐに追い抜かされるので気は緩められない。ひょっとしたらアスカの付き人を命じられたのは、ゲンドウの訓練の一部ではないかとシンジは訝しく思っている。
「まぁ、とにかく自分の行動は自分で決めるわ。ってなわけで、今から散歩してくる。」
「・・・そうだね。今日は天気もいいし、それがいいかも・・・。」
シンジはもはやどうでもいい気分でそう言ったのだが、アスカはちょっと考える仕草をした後、シンジを見る。
「・・・・・・あんたもついてきなさいよ。」
「え?なんで?」
「どうせ、ついてくるなって言っても来るんだろうし・・・、一人で散歩してもなんかね・・・。・・・枯れ木も山のにぎわいにはなるでしょ。」
枯れ木と評されたシンジは、情けない気分でアスカの後に従って王宮から外に出
た。
アスカが散歩の場所に選んだ中庭は、色とりどりの薔薇を中心にしてたくさんの
花が咲き誇っている。温暖なネルフならではの多様さだ。気に入った花を見つけては
、駆け寄り手折っていく姿は艶やかで、正体を知っているシンジでさえ思わず見とれ
てしまうほど絵になっている。
「あんたさぁ・・・。」
「何?」
不意にアスカが話しかける。といってもシンジの方は見ない。あくまで視線は花 の方に向いている。アスカは何か言いかけて、一度黙り込む。再び口にしたのは、最 初言おうと思ったこととは別のことだろう。
「あの変態蝙蝠の息子なわけでしょう?」
変態蝙蝠と言われた人物がゲンドウのことを指していると気づくまで、シンジは 数秒を要した。しかし、気づいたら気づいたで、シンジはこみ上げてくるものを抑え ることが出来なかった。
「くっ・・・くくっ・・・・・・あははははははは・・・。」
「ちょっと、何笑ってんのよ・・・。」
「だって・・・、父さんのことそういう風に言う人って初めてだから・・・あははははは・・・。」
ひとしきり笑って、ふとシンジはアスカが黙り込んでいるのに気づく。ひょっとしたら気分を悪くしたかなと思って、シンジは涙を拭いてアスカの方を見る。アスカはちょっと驚いたふうにシンジの方を見ていた。
「・・・何?」
「・・・・・・あんた、笑えるんだ。」
「そりゃあ、僕だっておかしければ笑うよ、変?」
「いや、そうじゃなくてさ・・・。なんて言うのかな、ちゃんと笑えるっていうの?」
「ちゃんと?普通とは違う笑いなの?」
「あんたが普通じゃないのよ。王宮にはそんな大口開けて大声で笑う人なんていないわ。」
「ふーーーん。そう言えば父さんも滅多に笑わないな・・・。」
「あんたの父さんってあの六分儀でしょう?あたしあいつ大っきらいなんだけど。」
アスカが舌を出して思いっきり嫌な顔をする。その顔が妙に愛らしくて、シンジはまた笑みをこぼした。
「僕も好きじゃないよ。」
「なんで?あいつあんたの父親でしょう?」
「父さんっていっても血は繋がってないんだ。それに・・・父さんはなんか、父さんじゃないって気がするし・・・。」
「ふーーん、なんか複雑ねぇ・・・。」
いつの間にか、シンジとアスカは並んで腰掛けて座っていた。思えば、同年代の人間とこんなに話をしたことはシンジは初めてだった。
「・・・・・・そーいうわけ・・・。じゃ、あんたにはちょっっっっと悪いことしたわねぇ・・・。」
「何のこと?」
「最初会ったとき、蹴飛ばしたこと。変態蝙蝠の息子だって言うから、あたしのことスパイしに来たのかと思った。」
「スパイって・・・、なんでアスカを・・・。」
「あの変態蝙蝠のやることに理由なんてないわよ。いっつも何考えてるんだがわかんないし、なんで親父はあんなの重用するんだか・・・。」
「僕もわかんないや。普段何してるのかも知らないし。」
「ところでさぁ・・・。」
「何?」
「あんたさっきあたしのこと’アスカ’って呼び捨てにしたでしょう?」
「え・・・・・あああ!ご、ごめんなさい・・・!」
「いいわよ、別に。様とか王女ってつけられるの嫌いだし。」
そう言ってアスカは笑って見せた。綺麗な笑顔だとシンジは思った。 胸が静かに、鼓動を速めた気がする。 シンジもまた今日、この日アスカがこんな笑いかたができるだと始めて知ったのだ。
その日から、シンジにはアスカとの距離がほんの少し縮まった様に思えた。相変わらず無意味に魔法で攻撃してきたり、勝手に王宮を抜け出してはシンジを困らせてはいたが・・・。それでも彼女といるのが楽しかったのだと、シンジは後で振り返って思った。
あの頃、シンジは確かに心の奥底で願っていた。
「彼女といつまでも共にいたい」と・・・。
それ以上の、それ以下の意味も持たない、飽くまでも純粋な願い。
少年がその頃描いた夢は、そんなささやかなものだった・・・。
---GI歴1015年=LP歴元年---
「なんでだよっっっっっ!!」
ダンっとシンジは目の前の机を思いっきり叩いて見せた。叩かれた机以上に、その拳が震えている。だが、目の前の男は動じない。ネルフ総司令官六分儀ゲンドウは、動じることは決してないのだ。
シンジは憎しみを込めてゲンドウを見つめた。今、生じたものではない。幼い頃から鬱積した何かが吐き出されているのだ。
「何を怒る必要がある?お前の望む通り、王立魔法学院に進ませてやる・・・と言っているのだ。感謝しろ。」
「学院に行かせてくれとは言ったさ!でも軍人になりたいとは言ってないだろ!」
アスカが学院に進むと聞いた時、シンジも彼女と共に学院に入学することを決意した。アスカに付いていきたい・・・というのも動機の一つだが、それ以上に学校という空間に憧れていた。新しい環境、新しい知識、新しい友人・・・。そんなものが得られれば今まで閉じこめられていた場所から、一気に解き放たれるようなそんな気がしたのだ。
ゲンドウはあっさりとシンジの願いを聞き入れた。だが、それはシンジが軍士官コースに進むという条件付きだった。何のことはない。シンジが言い出さなくても、元々そういうつもりだったのだ。
「・・・誰しもが望む軍エリートコースの道だ。何故拒絶する。」
「望んだのは父さんだよ。僕じゃない。僕はもう戦うのは嫌だ!」
「・・・・・・なんだと・・・。」
ゲンドウはシンジの前に歩み寄った。体格差以上の威圧感がシンジを襲う。とたん、シンジはさっきまで自分を突き動かしてきたものが急速に萎んでいくのを感じた。勇気を奮い起こしてシンジは、ゲンドウに対抗する。
「僕はもう父さんの言いなりになるのは嫌なんだ。ここまで育ててくれたのには感謝するよ。でも僕にだって、自分の意志があるんだ。もう、自由になりたいんだよ!だから・・・。」
「・・・シンジ。お前には失望したぞ。」
ゲンドウは黙ってドアの方に立つと、大きく音を立てて開け放つ。 外の、白々しいほど明るい光がさぁっと差し込んだ。
「お前などもはや必要ない・・・。帰れ!」
「か・・・、帰る・・・?」
今、自分の家にいるにも関わらず’帰れ’とは、どう言う意味なのか?
表情でそう問いかけるシンジにゲンドウは冷たい笑みと共に言葉を返した。
「お前が本来いた場所だ。誰にも必要とされず、誰にも見向きもされん、そんな場所にな・・・。」
「本来いた場所・・・?」
「そうだ。お前はそこに戻れ。この家を一歩出れば、お前は私の息子ではない、碇シンジでもない。王宮に出入りすることも・・・いや、ネルフにいることすら叶わぬ。それが・・・お前の言う自由だ!誰にも強制はされず、誰にも媚びる必要はない。好きなように生きてのたれ死ね。」
シンジにはわかる。ゲンドウは本気だ。あのドアの向こうに行けば、シンジを知るものは誰もいなくなるだろう。父さんはおろかアスカにももう二度と会えない。世界は果てしなく広がるが、その分、シンジと周りの人間の密度は疎になっていくのだ。
「貴様の言う自由など、周りに依存したうえでの甘えにすぎん。一人で生きていく知恵も、勇気すらもないくせに、なにが自分の意志だ。」
「僕を・・・僕をそんな風に育てたのは父さんじゃないか・・・。」
シンジの声にはもはや涙が滲んでいた。悔しかった。
父親に自分自身を拒否されたこと。もしかしたら、父さんは僕の気持ちをわかってくれるんじゃないか・・・。そんな考えがどこかにあったのだ。だが、ゲンドウの言い分は父親のそれではない。
そして、何よりも許せなかったのは、結局自分が父親と決別し切れてないことだった。結局憎みきれない、嫌いきれない。どこかに親の愛情を求める自分がいる。もっとも認めたくなかった部分を、この場で直視させられたのだ。
だから、シンジにはあの扉をくぐることは出来ない。
ゲンドウもそんなシンジの弱さを見透かした上で言っているのだ。
「そんなふうに自分の弱さすら他人のせいにする。それが甘えだというのだ。シンジ、もう一度聞くぞ。私に従うのか、出ていくのか・・・どっちだ?」
シンジは涙を流したまま黙っていた。悲しさや悔しさや、怒りや情けなさがいっぱいになって、何がなんだかわからなくなっていた。このまま自分の身が消えて無くなってしまえばいいと本気でそう思った。
(結局、父さんは僕のことを道具としか見ていない・・・。見ていなかったんだ。)
今までの自分が哀れで仕方なかった。都合の悪いことからは目をそらし、自分の見たいけを見続けた。そのつけが今ここに、現れたに過ぎないのだ。
呻くような、途絶えそうな、敗残者の声でシンジは返事をした。
「わかった・・・。父さんの言うことに・・・・・・従うよ・・・。」
「ふん・・・。ならばいい。学院の試験の方は問題ないだろう。後のことは追って指示する。」
去っていくゲンドウは最期に、少しだけ笑って見せた。
シンジの感情の揺れも、行動も、何もかもを最初から見透かしていたような笑みだった。
シンジはもう二度と、父には刃向かえないだろう自分を知った・・・。
そして現在・・・LP歴3年
あれから2年の歳月が流れて・・・、シンジはゲンドウの当初の目論見通り、軍に入り最年少の将軍となった。単にシンジの実力というのではなく、ゲンドウが裏で手回しした結果だろうが・・・。そう、全てがゲンドウのシナリオ通りだった。
そしてこれからも、おそらくそうなるだろう・・・。
いつか自問したことがある。
(父さんが死ねと言ったら、僕は死ぬんだろうか?)
それが問の答えは未だ出ない。
いや、心の奥底ではわかっているのかも知れない。ただそれを直視したくないだけ・・・。
「碇将軍・・・。」
静かなノックの音ともに、聞き慣れた部下の声が聞こえる。
「先ほどの魔物の部隊が、近隣の森に集って再編しているそうです。警戒のため、砦の方に来てほしいと・・・。」
「わかった・・・。」
堂々巡りの自問をやめ、シンジは静かに立ち上がる。
シンジの部下達は、みんなシンジをよく慕いついてきてくれている。付近の村人達も、シンジらの働きを感謝し、わざわざ宿営地まで来てねぎらいの言葉や差し入れを持ってきてくれる。皆がシンジを認めていた。
それはもちろんシンジにとって、決して不快ではない。だが・・・
(それは本当の僕じゃない・・・。もし、僕があいつの言うことに逆らって、将軍にならなかったら・・・。)
「もし・・・だったら」などという仮定は愚考だが、シンジは考えずにいられなかった。
もし’碇シンジ’じゃなかったら、魔法使いじゃなかったら、僕は誰から賞賛されただろう?
誰に必要とされたというのか・・・。
今頃自分は何処にいたというのだろうか?
(僕は結局、こうするしか道はなかったんだ・・・。こうするしか・・・。)
幼い頃の、無条件に自分の世界を肯定できた日々は終わりを告げた・・・。
自身の中の矛盾を悩み苦しみながら、幼子は緩やかに少年になる・・・。
あとがき
YOU「---相変わらず締めるのが下手くそですが、何はともあれ書き直しシリーズ第二弾、「幼年時代」です。素直にパクって「幼年期の終わり」とかにしとけばいいんですけど、読んでもない作品のタイトルをパクるのはねぇ・・・ちと良心が・・・。」
シンジ「今更、良心などと語れる資格なんか無い気もしますが・・・。それにしてもずいぶん間が空きましたね。」
YOU「そうだねぇー。ええ・・・っと約2ヶ月半か・・・。月日の経つのは速いです。就職活動やら研究室やら色々あったのでその辺はご容赦を。」
シンジ「忙しい反動がこの話ですか?なんかひたすら暗いんですけど・・・。」
YOU「ゲンドウちゃんが張り切ってますから。彼は書いててひたすら楽しいです、フフフ・・・。ちなみに’悪魔(デアボリカ)’は彼の二つ名です。例のゲームから引用しましたが、別に記憶を落としたり、○○になったり、○○○がやたら長かったりしてません(爆)。アスカ悪ガキバージョンもひたすら趣味に走って書きました。性格が本編より数段ぶっ飛んでるのはそういう仕様だからです。」
シンジ「うぅ、出会ったとたんに’こんなの’呼ばわりなんて・・・。旧二話は読んでる人がとばし読みするほどラブコメしてたのに・・・。」
YOU「あれは投稿した後、激烈に後悔したものだよ。・・・ふっ、俺も若かった・・・(遠い目)。というわけで、旧二話にあったわけのわからん伏線もついでに忘れてください。」
シンジ「あ、ずるいじゃないですか!処理できなくなった伏線をそんな風にごまかすなんて!」
YOU「ふっ、ずるいのではない、狡知とでも言ってもらおう。前から読んでてくれた読者の方も旧二話などもはや忘れているだろうからな。ふはははは・・・。」
シンジ「悲しいことで勝ち誇らないでくださいよ・・・。」
(ランスを知らない人のための補足)
作中の年号は、その時の魔王にちなんで付けられています。
GI歴は魔王ガイ、
LP歴は魔王リトルプリンセスの時代というわけです。
ちなみにGI歴の前は、GL(魔王ジル)歴です。それ以前は年表として残っていません。