TOP 】 / 【 めぞん 】 / [ 神田 ] / NEXT


『めぞんEVA』
第3話「ゴーストとバスターズ」後編

「やあ、いらっしゃい。トウジ君、相田君」
「おう、一晩世話になるで」

 夕闇に包まれはじめた[めぞんEVA]。
 シンジは308号室の庭から、門扉を開けながら、二人の訪問者に声をかけた。
 片手を軽くあげて返事を返すトウジに続いてケンスケもにこやかに答える。

「僕のことは『ケンスケ』でいいぜ。その方が気楽だろ?」
「うん、じゃあケンスケ君・・・・・・凄いカッコだね・・・・・・」
「そうか? ・・・・普通じゃないかなぁ」

 シンジは訝しげな答えをしたケンスケを改めて見る。

 鉄製の物らしいごついヘルメット、
 緑地に茶のブチが入った迷彩服、
 登山靴よりも更に堅そうなブーツ、
 たすきに掛けた帯にはトランシーバーと携帯電話、
 腰のベルトには右にゴツメの左に小型の拳銃のモデルガン、
 肩から銃身の長いライフルを下げ、
 背にはがっしりしたリュック、その上には寝袋が乗っている。

「その格好で歩いてきたの?」
「いや、自転車で、だよ」
「あ・・・そうなんだ・・・ハハハ・・・」

 聞きたいのは『歩いて』の部分じゃなくて『その格好』の所なんだけど・・・

 ジト汗を流しながらシンジが曖昧に答えるのとは対照的に、
 トウジははっきりと思ったことを口にした。

「変や。なんやねん、そのカッコは」
「そうかなぁ・・・? 何がいるか分からない林にいくんだ、 このくらいの準備は必要だと思うけど?」
「たかが『お化け』を見に行くぐらいで、大げさやねん、自分は。 チャカまで持ってきおって、そんなに怖いんか? ヘタレが!」
「『ヘタレ』ってなんだよ?!」
「かぁぁ! そんな言葉もわからんのか。『弱虫』『臆病もん』ちゅう意味や!」
「なんだと! 備えあれば憂い無しって言う言葉も知らないのかよ! そんな格好で来て、バカは怖いもん知らずだな!!」

 ケンスケはトウジの姿を”呆れたね”のポーズを取りながら鼻で笑う。

 そのトウジの姿は・・・・説明不要・・・。

「『バカ』ぁ?!! ドツかれたいんかおんどりゃ!!」
「はん! 今度は暴力かよ!」

 自分をほっぽってテンションを上げるトウジとケンスケをシンジはなだめにかかる。

「ほ、ほら、二人とも・・・いつまでもこんな所で立ち話もなんだし・・・・」
「じゃあしい!! だあっとれっ!」
「また訳の分かんないこと言って、流れを引き寄せようとして!! 汚いんだよ!」
「分からんのは、おどれが”アホ”やからじゃ! ええわ説明したる、ワイは今 『うるさい、黙っていろ』って言ったんじゃ! わぁたか?!」
「『わぁた』って何なんだよ!!」

 シンジの言葉など何処吹く風。
 トウジとケンスケの一触即発の雰囲気は高まっていく。

 意を決してシンジが再び二人の口に割ってはいる。

「ね、ねえ。この庭いいだろ・・・土が1メートルの深さで入っているんだよ・・・」
「・・・・・・・・」
「・・・・・・・・・」

 いきなり流れから外れたことを喋り始めたシンジの方に二人が顔を向ける。
 取り敢えずトウジ達の関心が自分に向けられてのを感じてシンジは言葉を続ける。

「ほら!・・・見て、この穴。僕が掘っているんだ、池を作ろうと思って・・・」
「・・・・・・・あぁ? やから、何やねん?」
「え? ・・あ、ああ、二人にも手伝って欲しいなぁ・・なんて・・・」
「何言ってんだい?」
「あ、あっちの端には何か・・そう、常緑樹を植えるつもりなんだ。何がいいかな?」

 シンジの行動に訝しげな様子だった二人だが、ペースを乱されたことにより冷静さ を取り戻して、だんだんとその気持ちを受け取れてきた。

「・・・・・・分かったよ、もう止めるよ」
「ああ、なんか気ぃ抜けてもぉた。喧嘩して悪かった」
「・・・うん。ありがとう・・・さあ、中に入ってよ」

 よかった・・・
 シンジはホッとした笑顔を浮かべながら二人を玄関に連れていった。


 碇家の玄関、サンルーム側面のガラス戸を開けて3人が家に入る。

「おお−−! 立派な家やな」
「すっげぇ・・・・・」

 靴を脱ぎながら感心しきりの二人の訪問者。
 ケンスケは何処から取り出したのか、パスポートサイズのデジカメでそこかしこを 撮影し始めている。

「変わったところが玄関になっているんだな・・・」
「うーん、そうかな。こっちだよ、どうぞ」
「いやーーー。ごっつい家やなー!! リッチちゅうやっちゃな!」

 シンジは先に立ってサンルームからリビングへと続く扉を開けて中に入っていく。
 トウジ、ケンスケの後に続こうと踏み出した足を、かわいいが勝ち気な声が止める。

「うるさいわね、アンタ達! もう来たの?! もっとゆっくり来ればいいのに」

 視線を声に向けたトウジとケンスケの目が、腰に手を当ててこちらを睨んでいる 少女の目とあった。

 言葉以上の不機嫌さが瞳から伝わってくる。
 うっとおしいったらありゃしない! その目ははっきりそう言っている。
 ケンスケはいきなり現れたおいしい被写体をフレームに押さえていた。

「ちょっと、そこのメガネ! わたしとわたしの家を勝手に撮るんじゃないわよ!」
「え? ここは碇の家だろ?」

 カメラのレンズを下に向けながらケンスケが疑問を口にした。
 本人が「撮るな」と言ったら撮らない。その程度のマナーは一応弁えているようだ。
 ・・・いや、このまま撮り続けたらどうなるかが体に刻み込まれているだけかも しれない・・・。

「こっちはわたしん家よ」
「・・は?・・・何やそれ?」
「確か惣流んちは隣だろ?」
「だ・か・ら、サンルームのここで繋がっているのよ!」

 アスカが足下を踏みならして場所を示す。
 確かにこのサンルームは隣の庭にまでのびている。
 トウジとケンスケはそのことをゆっくりと確認した後・・・・

「うぇぇぇぇ!! 一緒に住んでのかーーー!!」
「いやーーんな感じ」

 妙な、なぜだか二人寸分の狂いもないポーズで硬直する二人。
 大昔に流行った「シェー」のポーズの上半身部分だけ取り出し、その腕の交差を 深くして、更に手の指をグキグキに折り曲げた・・・・・バカなポーズです。

「なな、何言ってんのよアンタ達! よく見なさいよ、ここを!
サンルームから中に入る所にはきちんと鍵が掛かるようになっているでしょ!」
「そうだよ! 変な誤解しないでよ、二人とも」

 アスカの弁解をフォローしようとしたシンジだが、その物言いがアスカの癇 に触った。

「シンジ、『変』て何よ?!」
「ち、違うよ、アスカ。そういう意味じゃ・・・」
「じゃあ、どういう意味ってのよ!!」

 固まっているトウジとケンスケをほっぽてアスカの矛先がシンジにむき始めた・・。

 シンジがアスカと出会って10年、幾度となくくり返されたこの状況を今回は
アスカに続いて出てきたヒカリののんびりした声が止めた。

「どうしたのアスカ? 大きな声出して、また碇君と痴話喧嘩? しょうがないわね」

「あ、洞木さん。・・その・・・晩ご飯出来たの?」

・・・・・・相変わらずごまかすのが下手なんだから、もう・・・・
「ヒカリ、これで全員そろったから、ちょっと早いけど食べる?」
「ええ。相田君と、鈴原君もこっちよ」

 手招きするヒカリの笑顔でトウジとケンスケが我に返る。

「あ、委員長も来てたんだ」
「ええ、夕食食べるでしょ、どうぞ」
「おお! 飯や、飯や!!」
「その前に親御さんに挨拶を・・・」

 食事という言葉に小躍りしてヒカリに付いていくトウジとは対照的に、
ケンスケは13歳らしからぬ気の回し方をする。

「うちもアスカの所も、親はまだ来ていないんだ」
「へー。じゃあ、こんな広い家に一人暮らしなんだ。食事とか洗濯とか大変だろ?」
「そうゆうのはアスカがしてくれるんだ。ぼくはたまに掃除するぐらいかな・・・」

 シンジの何気ない返事にケンスケが立ち止まる。

「やっぱり・・・お、お前ら・・・・そんなに・・・」

 いつの間にか引き返してきていたトウジがつぶやく。

「ね、ねえ。何か誤解してない?」
「うるさいワイ、中学生ですでに同棲・・・・」
「イヤーンな感じ!」

 またも声をハモらせて、例のポーズで硬直するトウジとケンスケ。

 何でこうも息が合うんだろうこの二人は・・・・
 真っ赤になってうろたえながらもそこの所が不思議なシンジでした。

 


「ごっつうまいわ−! この『白和え』!! 豆腐の水切り具合といい、
微妙な塩あんばいといい、そこら食いもん屋より全然上やで!!」

 ガツガツと食うトウジと、落ち着いたペースで箸を動かすケンスケ。
 見る見るうちに減っていくテーブルに並べられた料理。

「ホントホント、委員長は料理名人だとは聞いていたけど・・・噂以上だね」
「それを作ったのはアスカよ」
「え!! 嘘やろ?!」
「どーーいう、意味よ!」

 アスカがトウジを睨み付ける。
 その視線に怯んで言葉が出てこないトウジに変わってケンスケが フォローを入れる。

「あ、イメージとして委員長が和食、惣流さんが洋食を担当しているんだと思っ
ていたんじゃないかな? ぼくもそう思っていたんだ・・・」
「あ、ああ、そうや。ちょっとした勘違いで悪気はあらへんかったんや。すまん」
「ふーん、そういうこと。じゃ、許したげるわ」

 なんじゃこの偉そうーな女は!!
 まあ、今日は飯が先や。許しといたる!
 箸を休み無く動かしながらブツブツ言うトウジ・・・

 アスカの料理はユイ直伝。
 ユイのレパートリーはゲンドウの好みに合わせて和食が中心なので、自然に アスカの得意料理の傾向もそうなる。
 一方、ヒカリの家には姉、妹、自分と子供が3人いる関係で食卓に並ぶのは 洋食が多くなっている。

 確かに二人の雰囲気からすれば逆なような感じはする。

「まあ、とにかく、こんな豪勢なディナーを開いてくれた委員長と惣流さんに感謝!  だね」
「別にアンタのために作ったんじゃないわ」
「ほう、『ダーリンのために一生懸命作ったのよ!』 てか?」
「またまた、イヤーンな感じ!」

 何なのこいつら、仲悪いんじゃないの? 息ピッタリじゃない。
 それにしても変な格好で変な言葉!
 流行語大賞を狙っているんじゃないの、無理よ!!

 いちいち突っ込むのも面倒なアスカです。


 まだ夜の帷が上がりきっていない第3新東京市。
 その一角に建つ、薄くなり始めた闇に包まれた「めぞんEVA」。
 その3階にある、薄明かりに照らされようとしている308号室。
 そのリビングで夢を見ていた少年達の頭上で・・・・・

 ジリリリリ−−−

 目覚まし時計の音がけたたましく鳴り出した。

「さあ、時間だ!!」

 その音と同時に、ケンスケが勢いよく寝袋から飛び出した。
 迷彩服のまま床についていたのだから、着替えはする必要がない。

 テキパキと手袋やモデルガンなどの装備品のチェックを始めながら横に寝ている トウジとシンジに声をかける。

「二人とも起きなよ。集合時間は5時半。後15分だぜ」
「うん・・・朝か・・・まだ暗いでぇ・・」
「5時過ぎだからな。ほら、シンジ、お前も起きろよ」

 ブツブツ言いながらも布団から起きあがったトウジを一瞥して、
ケンスケは布団を頭からかぶったままのシンジに再度声をかけた。

「あと5分・・・・」
「なに言ってんだよ。時間厳守、これは作戦行動の基本だぜ」
「けっ! 何が『作戦行動』だ。軍隊オタクが」

 トウジが吐き捨てるように、シンジの体を揺すっているケンスケに突っかかる。
 その言葉にケンスケのこめかみがピクリと動いた。

「なんか言ったかい? 万年ジャージ」

 静かな、しかし、棘のある言葉がケンスケの口から出る。
 トウジのこめかみにも同じ物が浮き上がる。

「『軍隊オタク』って言ったんじゃ。それで足らんのやったら、『出歯亀カメラ』 も付け足したるわい!」
「イヤだね−−、なんて品のない! これだから関西人は・・」
「関西人は、何やっちゅうねん? ああ!?」
「凄むなよクールに行こうぜ、クールに」
「ハッ! 澄ましよってからに! 『クール』に覗きをやっとんのやろうが!! 品のない事しとんのは自分やろが、隠し撮り写真売りさばきよって」
「なんだと!」
「なんじゃ!」

 次第に上がる口喧嘩のボルテージ。
 その時、シンジの寝ぼけた声がこの険悪な空気を吹き飛ばした。

「う・・・ん・・・アスカ・・起きるよ・・・でも・・いつもはもっと激しいのに・・ ・・・・・今日は口だけなんだね・・・・」

 その言葉にトウジとケンスケの動きが止まる。

「『いつもはもっと激しい』だって・・・」
「『今日は口だけ』やと・・・」
「もう、もう・・・・・・・、イヤーン・・すぎる・・・・」

 またもや例のポーズで固まるトウジとケンスケ。
 二人の頭の中で、思春期の少年の妄想が爆発する。
 口喧嘩の時とは違う意味で頭に血が上る。

 爆発した妄想に意識を吹き飛ばされたトウジとケンスケ。
 未だ夢の国の住人を辞めないシンジ。

 ブツブツというつぶやきと、
 ヘラヘラというにやけた笑い声、
 むにゃむにゃという寝言。

「シンジ、起きなさい! 朝よ。さあ、『お化け』を退治して平穏を取り戻すわよ!」

 この気持ち悪い世界を打ち破ってくれたのは隣の家からやって来た少女の声だった。

「ほら、これに着替えなさいシンジ」

 アスカはシンジの部屋から持ってきたネルシャツ、ジーンズ、セーター、 上着を枕元に重ねてから、ヒカリとの朝御飯づくりに向かう。
 それらの服は、さりげなく、自分とお揃いのモノであるのはいつもの事。


 森の中を走る未舗装の林道。
 そろそろ夜明けの近い、空が白み始める。
 しかし、常緑樹の多いこの山では地面にまでは十分に日が届かない。

 その薄暗い道を中学生の一団が言葉もなく歩いている。
 前にトウジとケンスケという少年二人。
 後ろにシンジという少年一人にアスカとヒカリという名の少女が二人。

 前の少年達が大股で進んで行くのに対し、後ろの3人はどうにも頼りなげな様子 である。
 特にアスカという少女は周りの者達には気付かれないようにシンジという少年の 服の裾をきつく握っている。

 シンジを起こしに来たときの元気は何処へやら、アスカのテンションは”現場” に近づくにつれ下がっていって、今やまともに声も出ない状態だ。
 

 どのくらい無言の行進が続いただろうか、少女の口からつぶやきが漏れた。

「シンジ・・出た・・・・」
「え・・・?」
「・・・ほら・・・あそこ・・・・・・」

 アスカが震える声でシンジを呼び、震える声で左手の木々の間を指し示す。
 アスカと共に立ち止まったシンジはギギギと音が聞こえてきそうな動きで アスカの目、その指先、そしてそれが指す一本の木の影へと順に顔を動かして行く。

「・・・あ・・・出・・・た・・・」

 視界には行った白いモノがシンジの体を硬直させる。
 アスカはシンジの後ろに回って、きつく目を閉じて動かない。

 二人を置いて先に進んでしまっていた他のメンバーも、その異様な雰囲気に 気付いて振り返る。
 凍り付いたように動かない二人に声をかけようとして、シンジの目線が一点に 吸い付いているのに気付いた3人はそろってその視線を辿る。

 木々の間で規則正しく動く白いモノ。
 耳を澄ませば、土に何かを突き刺すような音も聞こえてくる。

「おっ、出たか・・・・」
「よーし、スクープだ! これで新しいレンズが買える・・・」

 はやる気持ちを抑えて、相手の動きを確かめるトウジ。
 思わず本音が漏れるケンスケ。
 一方ヒカリは冷静にその白いモノを見つめる。

 ・・・・・・・・・・・白いモノ。
 ・・・・・・よく見ると、白いシャツを着て白い帽子をかぶった人型のモノ。
 ・・・よくよく見ると、鍔広の麦藁帽の影から髭顔がのぞく。

「アレ、加持さんじゃないかしら?」
「誰や? カジって?」
「碇君達のアパートの管理人さんよ。 ・・・・うん、間違い無い、加持さんだわ。 加持さーーん何しているんですかーー!」

 正体に確信を持ったヒカリが大きな声で呼びかける。
 その声に気付いた影が顔をこちらに向け、大きく手を振った。

 ヒカリの声と影の反応から、何がいるのかを理解できたシンジとアスカを含めた 5人の元に加持が笑い掛けながらやってきた。

「やあ、シンジ君にアスカちゃん。それにヒカリちゃん、おはよう」
「・・・おはようございます」
「おはよう・・・・」
「おはようございます、加持さん」

 加持の呼びかけにシンジとアスカはまだ呆然としながら、ヒカリははっきりとした 調子で返事を返す。
 加持は続いて残りのメンバーに顔を向ける。

「おはよう。始めまして『めぞんEVA』の管理人、加持リョウジだ」」
「おはようございます。ワイは、鈴原。鈴原トウジや」
「はじめまして。僕は相田ケンスケです。惣流さんの同級生です」

「加持さん、・・・・何やってんですか?」

 ようやく平常心を取り戻したシンジが口にした疑問に加持がにこやかに答える。

「ここに畑を作ろうと思ってね」
「畑?」
「ああ何かを育てるのいいぞ・・・マンション側に作るつもりだったんだが、 そこに『めぞんEVA』の第2棟が建つことになりそうなんでね。 ちょっと奥に足を運んだんだ。ここは開けていて日も十分に射しそうだし」

 確かにこの一角は木が生えていず、影もない。

 ・・・・・だからマンションの部屋から見えたんだな・・・・
 そんなことをぼんやりと考えていたシンジが加持の声で我に返る。

「君たちは?」
「えっと・・・お化けを見−−痛てっ!!」

 正直にここに来た目的を語ろうとしたシンジだが、痛みに声を詰まらせる。
 横目で見ると自分のお尻をつねりあげているアスカと目があった・・・・。
 その目は”余計なことは言うな”と命令してる。

「どうした?」
「な、何でもありません」
「私達ちょっと朝の散歩に出てたんです」

 その様子をいぶかしんだ加持の言葉にアスカがにこやかに対応する。
 いつもの強がっているのとは異なる、何となく猫をかぶったような声。

「こんな所まで?」
「え、ええ。せっかくだから足を延ばして・・・・・」
「ほう。じゃあ、気を付けて行くんだよ。もう明るくなり始めているけど奥に 行くには軽装過ぎる・・でもないか・・・まあ、とにかく気を付けて」

 心配げな様子の加持であったが、完全武装のケンスケに安心して送り出す。
 ・・・・呆れて追い返したとも言う・・・・・・


 

「アレがお前らの見た『お化け』っちゅうヤツか?」
「違うと思うよ・・・僕たちが見たのは、こう、なんて言ったらいいかな・・・・ 猿というか、ムササビというか、そんな感じで木の間を素早く動いていた・・・げほっ」

 シンジはトウジの疑問に昨日の朝のことを思い出し、思い出し、答えるていたが、
襟を後ろからつかむ手に首を絞められむせかえる。

「シ、シンジ・・・あれ・・・」
「え・・・?」
「・・・ほら・・・あそこ・・・・・出た・・・・」

 アスカがシンジの背中に顔を埋めながら、ふるえる手で斜め上を指す。
 肩越しにアスカの頭を見てから、シンジは油の切れたロボットのような動きで アスカの指先から視線を動かしていく。

「・・・あ・・・・あ・・・・・」

 アスカが見たであろう物がシンジの視界に入る。

 それは白いブカッとした布を見にまとったモノ、大きさ形は小柄の大人ぐらい。
しかしその動きは信じられないほど素早い。人と言うよりは獣や、

「天狗だ・・・・」

そう、天狗など物の怪のたぐいだ。
 そう言ったきり固まってしまったシンジの、そのつぶやきで他の3人が見る。
 高さ10メートル以上はある木の幹の間を、枝から枝へ飛び歩いている。

「何じゃあ、アレは?」
「・・・・・・・」

 呆然とその動きをを見つめるトウジとヒカリ。
 ケンスケは・・・・

「よーし。これぞ! 今度こそスクープ!!これで暗視レンズが手に入る・・・・」

 ドンドン本音が漏れている・・・・

「ケンスケ、打ち落としたれや」
「げぇ! 本気かよ?!」
「当たり前じゃ、なんのためにチャカ持ってきたんじゃ。飾りか? 当てられん のか? あぁ?」
「なんだと! よーし、見てろよ・・・」

 トウジの焚き付けに乗せられたかたちになったが、ケンスケはどことなく 嬉しそうに腰のホルダーから愛用のデザートイーグルを抜く。

 ・・・・・・・一度、生きた目標を撃ってみたかったんだ・・・ヒヒヒ・・・

 怪しい笑いを漏らしながらケンスケは銃口を白いモノに向けて・・・・撃つ!!
 乾いた、空気の破裂音を残して、黄の蛍光色のBB弾が銃と目標をつなぐ。
 狙い違わず木の間を飛んでいた[白]に[黄色]が吸い込まれた。

「イデ!!」

 不細工な悲鳴を上げて”それ”がバランスを崩す。
 そのまま落下しそうになったが、間一髪、木の幹に逆さまにしがみつき、 難を逃れた。

「誰だーー!! 痛いじゃないか!!」
「チッ、落ちんかったか。ケンスケ、もう一発イテモうたれや!!」
「まかしとけ!!」

 再び銃口をそれに向けるケンスケ、相手が日本語を喋っているが、当初の目標は 頭から消えているらしい。

「アンタ達何してるの!!!」

 その一連の騒ぎで我に返ったヒカリが二人の前に立ちはだかる。

「え・・・その、バケもん退治やけど・・・」
「アレは人間でしょ! 今、『痛い』って言ったじゃないの!!」
「あ・・・そう言えば・・・・」

 ヒカリに叱られて小さくなっているトウジとケンスケ。

「だいたい、相田君。何持ってきてるのよ! 危ないでしょ!」
「ごめん・・・何が出るか分からなかったから・・・・」
「それに、鈴原君!。『打ち落とせ』とはどういうつもりなの!!」
「すまんかった、委員長・・・・」
「いいわね、これからは−−−−」

 延々と続きそうなヒカリのお説教からトウジとケンスケを助け出したのは他で もない、今ケンスケが打ち落とそうとしていたモノだった。
 突然3人の上から声と共にそれが下りてきた。

「全く。ひどいよ、君たち」

 逆さまで幹にしがみついた姿勢のまま、ずり下りてくる元[物ノ怪]。
 こちらに向いた顔を見たシンジが思い出した。

 確か引っ越して来た時挨拶をした「めぞんEVA」人だ・・・・
 ・・・・・同じ階の・・・

「天童さんじゃないですか?」
「えーっと。ああ、碇さんと惣流さんだったっけ?」」
「はい。あの、いきなり撃ったりしてすみませんでした」
「まあ、しょうがないよ。こっちも怪しい事してたし」

 頭を下げるシンジに手を振りながら笑う元[白い影]。
 シンジは聞かずにおれない疑問をぶつける。

「あの・・何してるんですか?」
「修行だよ」
「修行?」
「今度【バーチャファイター\】の全国大会があるんだ。ハイテク都市、 第三新東京市の代表として無様な戦いは出来ないからね」
「代表?」
「そう第三新東京市代表、アキラ使いのTENGUとはこの俺なのさ!」

 さわやかな笑顔でキラリと光る歯。
 それとは関係なく、シンジの疑問は減らない・・・・

「?・・・?・・・何でゲームの練習でこんな所に?」
「正確な技をキャラに出させるためには、プレイヤーの体にもたたき込む必要が あると思ってね、ここ1週間ほどは自然を利用したサーキットトレーニングをして いるんだ」

 シンジの質問にさわやかな顔で答える元[獣じみた物]。
 物言いはさわやかだが、その言葉の中身はかなりキている。

 ゲームで勝つためにコスプレをして夜明け前の森で木々の間を飛び回る・・・
 ちょっと飛んだ発想にシンジは理解をあきらめて、肝心の質問をする。

「じゃあ、昨日のこの時間も・・・・・」
「ああ、木の間を飛び回っていたのさ」
「そうですか・・・」やっぱり・・・・

 この人が白い影・・・・・変なところに越して来ちゃったなあ・・・・


「アレが『お化け』の正体やな。 ふわふわと、しかし素早く、木々の間を移動する白い影」
「確かに動きや形・色はそうだけど・・・・・あの不気味な声が無かったよ」
「ふむ、確かに。でもその声は鳥か何かの鳴き声じゃなかったのかなぁ」
「そうちゃうか? これで一件落着なんとちゃうんか?」
「でも鳥の声だとしても、正体を確かめたいな・・」
・・・・・・・そうじゃないとアスカが怯えちゃう・・・

 男達3人のむさ苦しい会議は結論を導き出せないままだらだらと続いていた。
 その実りのない話し合いを終結させたのは・・・

『うけけけけけぇぇ・・!!!!』

 あの不気味な、というよりもどこかイっちゃている声だった。

「シンジィ・・」
「大丈夫だよアスカ・・・・」

 声が聞こえてきた次の瞬間にシンジにしがみつていたアスカ。
 涙目で体を震わせている。

「近いな・・・・」
「ああ・・・・取り合えず・・・・っと」

 トウジに相づちを打ちながら胸ポケットに入ったレコーダのスイッチを 入れるケンスケ。

「大儲け、大儲け・・・新しいデジカメだ。小型の奴で隠し撮り・・・ひひひ」

 ドンドン、ドンドン、本音が漏れる・・・・・。

『うけけけけけぇぇ・・!!!!』

 再び奇妙な鳴き声が響きわたる。

「ひーん・・・シンジィ・・・」
「・・ア、ア、アスカ・・」
「大丈夫だから、ね」

 2度目の鳴き声にシンジもアスカを励ます力を無くしてしまい、膝を笑わしている。
 その抱き合うようにして震えているアスカとシンジに優しくそっと話しかけて 守ろうとしているヒカリ。
 微笑ましいようで実はとっても情けない光景・・・。

 トウジとケンスケは3人をほっぽって音がした方向、すぐ脇の藪を注視していた。

「近いと言うよりも・・・ここやないんか?」
「うん。俺もそう思う・・・・行くか?」
「当たり前じゃ。よし!」

 一声、先陣を切って茂みに飛び込むトウジ。
 デジカメを左手に持ち、後に続くケンスケ。

 一気に幅2メートル弱の藪を突っ切り、木々がまばらな場所に飛び出す。
 藪を突っ切るために勢いよく進んでいたトウジは当然抵抗が無くなってつんのめ り、地面から付きだしていた木の根をよけきれず、派手に転ぶ。
 次いで出てきたケンスケもカメラに目を付けていたため足下に不案内になってい て、トウジに躓きもんどりをうつ。

 そこで彼らを出迎えたのは・・・・・

「ふっ。無様ね・・・・」

 鼻での嘲り笑いと、冷たい視線、それときついセリフだった。
 そこに立つ女性、年の頃は30前後、鮮やかな金髪に切れ長な目、 眉毛は太くクッキリとした黒、ミニスカートからのぞく黒いパンストに包まれた足、 そしてブカッとした白衣・・・・。

「チェッ、人かぁ・・・」
「賭けてもええ。こいつも『めぞんEVA』の住人や」
「俺もそう思う・・・・こんな所で変なコトしている妙な格好の変人・・」

 ブツブツ言いながら立ち上がるトウジとケンスケにその女性が話しかける。

「なに? アンタ達?」
「え、ああ・・・その、僕たちは・・・」
「用がないなら帰ってくれないかしら」

 言いよどむケンスケに冷たい一瞥を送り背を向けた女性を、 ヒカリに付き添われて藪を抜けてきたシンジの声が振り返させる。

「赤木さんですか?」
「あら、シンジ君。あなた達も一緒だったの。で、何のよう?」
「用は別にないんですが・・・変な声が聞こえたので・・・」
「『変』?!」

 リツコはシンジの言った『変』という表現が癇にさわったが、
・・・・・脳味噌が虫並なのかしら・・・・・・
失礼な考えで自分を押さえて、言葉を続けた。

「私は実験をしていたのよ」
「実験ですか?」
「そう、『害虫駆除装置』のね」
「ガイチュウクジョソウチ?」
「そう、薬でも超音波でも電磁波でもない、人に全く害のない画期的な駆除装置よ」

 『害虫駆除』という単語に台所が安らぎの場であるヒカリが反応する。
 彼女にとって、いくら駆除しても出てくるゴキブリの類は不倶戴天の敵なのである。
 自然、勢い込んだ質問が口から飛び出す。

「どうゆう原理なんですか?!」
「『声』よ」
「『声』?」
「そう、『声』。人には心地いいけど、虫達には不気味に聞こえる声。これよ」

 リツコがそう言いながら手元のリモコンのスイッチを押すと、

『うけけけけけぇぇ・・!!!!』

 本日3度目のあの声が響きわたる。

「このニヒルな笑い声を虫達は不快に感じて逃げ出すの」

 クールな、しかし、瞳の奥には自信と恍惚が見え隠れしている。
 よく言えば、”出来る”大人の表情。
 悪く言えば、”キてる”変人の表情。

「人にも不快じゃ・・・」
「これがニヒル・・・・・」

 普通の感覚を持った子供達の反応は、普通じゃない感覚を持った大人には 通じないようだ・・・。
 静まり返ってしまったその場を治めようとヒカリが意外な知識を披露する。

「害虫駆除には不妊処置した雄をばらまくのが基本じゃないんですか?」
「詳しいのね、あなた」
「あ、ハイ・・。私、虫とかがダメなので・・・」
「委員長って頭いいんやなぁ」・・・なんや、光っとるわ・・・

 思わぬ知識を見せたヒカリにトウジが感心する。

 そんな少年を置いてリツコは不快感を露わにする。

「私の研究室で大量の虫をかえって言うの? 嫌よ」
「じゃあ、この辺に不妊雄を育てる培養槽を置いとけばいいのでは?」

 『培養槽』という言葉がヒカリの口から出た瞬間、リツコの雰囲気が変化する。
 理知的な雰囲気が薄まり、変わりにマッドの色が濃くなった。
 自信にあふれた物言いであったのが、ブツブツとつぶやき出す。

「・・・培養とかクローンて嫌いなの。生理的にぶち壊してやりたくなるの・・・」

 メガネの奥でリツコの瞳が怪しく光る。
 5人の子供達の背に言いしれぬ恐怖が走る。
 ふふふふふふ・・・不気味な笑い声がリツコの口元から漏れだしたのをきっかけに シンジ達はぴたりとシンクロした動きで1歩2歩と後ずさる。

(ここまで離れれば追いかけられない・・・・追いかけられても逃げ切れる・・・)

 全員の頭がその判断を下したのも同時。
 一斉に回れ右をして走り出した。

「うふふふふふふふふふ・・・・・クローンなんてモノ・・バラバラに・・・・」

 後にはメガネを光らせ、サイコしているリツコだけが何時までも立っていた・・・。


「あれが『お化け』の正体だったの?」
「そうみたいだね」
「幽霊の正体見たり枯れ尾花ってヤツだな」
「何や、それ?」
「恐がりはつまらない物にでも怯えるという事さ」

 加持との邂逅からしばらく経った道のり。
 ヒカリ、ケンスケ、トウジの3人の会話に、それまでシンジと共に押し黙っていた アスカが噛みつく。

「何よ、アンタ! この私が臆病だとでも言うつもり!!」
「そうや。自分はあの加持って男の野良仕事を見て『お化け』ちゅうて騒いどった んやで。ヘタレじゃ!」

「な、な、な・・・・この!!」

 アスカの姿が一瞬沈み込んだと思った次の瞬間、トウジの右足が何かに外から内に 払われた。そのバランスを崩したトウジの左頬にアスカの右肘が炸裂する。

「どわぁあ!!」

 トウジからだが冗談のように吹っ飛び、横の茂みにもんどり打って突っ込んだ。

「アスカ!!」
「・・・シンジ・・・」

 突然のシンジの叱責にアスカがびくっと体を震わす。

「そうゆう大業は使っちゃダメだって言ったはずだよ」
「でも、あのバカが・・・」
「デモじゃない!」
「・・・ごめんなさい・・・・もう使わない・・・・」
「本当だね?」
「うん、約束する・・・・許してくれる?」
「ああ、じゃあ、指切りしようね」

 吹っ飛んだトウジを忘れてラブラブモードに突入したシンジとアスカ。
 昨日からの『お化け』騒動で張りっぱなしだった緊張の糸がゆるみ、 甘えが一気に出てきた二人は、その場にいるケンスケとヒカリの存在も目に 入らずにイチャイチャし続ける。

 ヒカリは真っ赤になりながらも目を離せずにいて、
 ケンスケは”ここがチャンス”とアスカの魅力的な表情を撮りまくる。

「何すんじゃあ!!」
「うるさい!」

 復活して、勢いよく茂みから飛び出してきたトウジのこめかみに アスカの左ハイが入る。
 久しぶりのいい雰囲気を邪魔された怒りで手加減いっさい無しの蹴りである。

「うげ・・・・」

 それをまともに受けたトウジに合掌。
 魂切るうめき声を残して沈む。

「アスカ!」
「シンジ・・・」
「キックははしたないからダメだって言ったろ?!」
「でも、今日はジーンズだから・・・」
「そんなことじゃダメだよ。普段から使わないようにしておかないとスカートの 時にも出しちゃうかもしれないだろ?」
「・・・・うん・・・もう使わない・・・・」
「約束だよ。じゃあ、指切りしよう」

 再びラブラブに入った二人の足下でトウジの体がヒクついていた・・・・・

 


 

 もうすっかり日も昇った『めぞんEVA』の裏山。

 暖かな日差しが木々の間から地表に降り注ぐ。

 兎にも角にも『お化け』問題が解決した気持ちの軽さでシンジとアスカの 足取りは軽い。

 明るく、暖かくなったこともあり5人は軽いハイキングとしゃれ込むことに して、少し奥に入り込んで行っていた。
 バラバラに雑談をしながら歩いていた一行だが、先頭をアスカと並んで 進んでいたシンジが何か光る物を見つけて立ち止まる。

「これ、なんだろ?」

 かがみ込んでその光る物を拾い上げる。
 それは指輪、銀のリングに深緑の宝石が鎮座しているそういう物に不案内の シンジでも一目で高価だと分かる程に立派な指輪、だった。

「綺麗ね」
「うん、でもどうしてこんな所に?」
「落とし物やろ」

 シンジの周りに集まって輪を作るヒカリ、アスカ、トウジ。

「おーい、こっちにも有るぜ」

 一人離れて足下を探っていたケンスケが皆に呼びかける。
 手には同じデザインコンセプトの物と思われる指輪とブローチを持っている。

「本当だわ・・・」
「なんでこんなに?」

 いぶかりながらも女の子達はその光り物に夢中になっている。

「ここに【カルチュ】って書いてあるわ」
「すごーい! じゃあ本物なのね?」
「有名なの?」
「シンジ知らないの? 駅前にもブティックがあるじゃないの」

 シンジ達のその会話を聞いたケンスケの頭に最近のニュースが浮かんだ。
 勢い込んで話し出す。

「そうだよ! 駅前の【カルチュ】って、こないだ強盗にごっそりやられた所だよ」
「強盗?」
「そう。TVで犯人はまだ捕まってないって言ってた。きっと逃げるときに 落としながら行ったんだよ」

 興奮気味に話すケンスケにトウジが割り込んで大胆な提案をする。

「ワイらで捕まえようぜ」
「えーー!! 危ないよ。警察を呼んで来ようよ」
「私もその方がいいと思うわ」

 トウジの提案に当然のごとくシンジとヒカリが反対する。

「じゃあさ、この宝石を辿っていこうよ。犯人の影を感じたら引き返したらいい じゃないか」

 ケンスケの折衷とは言えない半端な案に取り敢えず皆が納得する。
 なぜか? やっぱりシンジ達も興味が無かった訳ではないからだろう。

 


 

「おーーい」

 地面を観察しながら進んでいたシンジ、アスカ、ヒカリの元に先行して様子を 伺っていたトウジ達が帰ってきた。
 嬉しそうにデジカメのフィルムディスクを振り回しているのはケンスケだ。

「どうしたの?」
「聞いて驚くなよ、この先の山小屋で犯人らしい男が眠ってたんだ」
「えぇぇ!! 見たの?」
「ああ。窓からやけど間違いないわ」
「そいつの顔をバッチシ撮ってきたぜ!」

 嬉しそうに手柄自慢するトウジとケンスケにヒカリの雷が落ちる。

「あなた達どういうつもりなの!?  犯人が近くに居そうだったらすぐに帰る約束でしょ!」
「でも・・・」
「デモもストもないわよ! 写真を撮るまで近づいて! 危ないでしょ!」
「こうして無事やったんだからいいやないか・・・・」

 ヒカリの剣幕にトウジの反論も力がない。
 ・・・まったくもう!・・・更に説教を続けようとしたヒカリの声が止まった。

「その写真を寄こしな。坊や達。拾った物もな。まったく兄貴は威張ってばかりの くせにトンだドジを踏んだもんだ。こんなガキどもに顔写真を撮られるとはな・・・・」

 木の幹からヌッと現れた貧相な男がヒカリを後ろから拘束する。
 突然の展開に頭が真っ白になっている5人。
 ヒカリにナイフを突きつけた男が中学生相手に安っぽく凄む。

「おら、坊や達は帰ってもいいぞ。俺は人殺しは嫌いなんだよ。 そのかわり1週間はここで見たことは誰にも言ったらダメだぜ。 その先はお好きに。そのころは俺達は南の島でバカンスさ」
「ヒカリを離しなさいよ!!」
「それはできん。この子は俺達が高飛びするまで口止めの役目をしてもらう」

 ヒカリの頬をナイフの腹でピタピタと叩きながらニヤニヤ笑う男。
 とにかく嫌悪感をもよおす笑顔。

「ワイが変わりに人質になったる。委員長を離せや!」
「ガキとはいえ、男は面倒や。自分から人質になる言うようなヤツは特にな。 それに女には女としての使い道もあるしな・・・・ヒヒヒ」

 下卑た笑いにヒカリの顔から血が音を立てて引いていく。
 その血を受けたかのようにトウジの顔が怒りに赤く燃える。

「こんだらーー!!」

 一声、一気に飛び出すトウジ。
 ?! 突然の動きに一瞬動きを凍らせた男の隙をつき、 その手に握られたナイフの柄に手を伸ばす。

「ち!」

 男は飛び込んできたトウジに怯みながらもナイフを振り向ける。
 トウジはそのナイフの柄ではなく刃の部分を握り止める。

「おらぁ!!」

 掌に走る痛みを根性で押さえ込み、もう一方の手で男の顎に拳をたたき込む。
 強烈な一撃に2歩3歩と後ずさる男。ダメージはかなりあったようだ。

 更にとどめをと、手を振り上げたトウジの方にヒカリが倒れ込んでくる。
 その体を抱き留めたトウジに隙が生まれた。

「このガキが! 死ね!!」

 懐から幾分小型のナイフを取り出して、トウジに狙いを定めて振りかぶる。
 トウジは男に背を向けたままのヒカリを体をひねって、横に逃がして反撃にうつる。
 しかし、明らかに男の方が早い。

 ・・・アカンか? 一瞬、死の匂いをかいだトウジ。

 しかし、

 パスッ 乾いた圧搾空気の音が聞こえたと思ったら、男の動きが瞬間止まる。
 ガツッ その間を逃さずトウジのパチキが男の鼻っ柱に炸裂する。
 ドサッ 男はその頭突きをまともに受け失神した。

「トウジ!」
「大丈夫か?!」

 口々に声を掛けながらトウジに駆け寄るシンジとケンスケ。
 トウジはニカッと笑うと答える。

「大丈夫や、ワイより委員長は?」
「私も平気」
「ほうか・・・・ケンスケ助かったで、あれお前やろ」

 トウジが地面に頃がるBB弾に視線を送って笑う。
 ケンスケが澄まして笑顔を返す。

「ま、俺もやるときはやるって事で」  

 

 ヒカリの方にも怪我はなく安堵の空気が辺りを包みかけたが、

バスッッ

 空気が抜けるような音がしてケンスケのモデルガンが粉々に砕け散った。

 音がした方に一斉に振り返った一同が目にしたのは、
 紫煙たなびく消音器付きの拳銃を構えた背の高い男だった。

 その男こそケンスケが顔写真を撮った強盗と思われる男だった。
 いや、こうなったらもう『思われる』は必要ないであろう。
 取り敢えず一人倒した事でこの男の事をすっかり失念していたトウジとケンスケ は臍を噛む。

「俺はこのバカみたいに甘くは無いぞ。
 フィルムディスクは壊す。
 宝石類は回収。
 顔を見たお前らは皆殺し」

 一難去ってまた一難。しかも、今度の難はとびきりでかい。

 サングラスが冷たく光る。
 ゆっくりと銃口が端に立っていたアスカに向けられる。
 勝ち気なアスカも鈍く光を放つ本物の銃に凍り付いて動けない。

「やめろぉぉ!!!」

 いきなりシンジが叫びながら男に突進する。
 しかしあっさり男にはじき返される。

「お前が先に死にたいらしいな」

 ニヤニヤ笑いながら引き金に指をかける男。
 シンジとアスカの顔から一気に血が引く。

 その時、

 ヒュウーと音を引いて拳大の石が飛んできて男の銃に直撃する。
 突然の出来事にうろたえて回りを見回す男の視界に上から白い影が振ってきた。

「なんだぁ?!」

 怯んだ男に対して、白い影はユラリと背を向けたかと思うとその白い背中で 体当たりをかましてきた。

「鉄山膏!」
「ぐばぁ」

 当然よけられるはずもなく、直撃を食らって吹っ飛ぶ男。
 技の名前を叫びながら繰り出す辺りにマニアの匂いのする白い影の正体は・・

「TENGUさん!」
「どうしてここに?」

 めぞんEVAの奇妙な住人の一人、天童。またの名をTENGU。
 ニヒルに腕を組み、仁王立ちして勝利の余韻に酔っていた。
 おもむろに口を開き、キザっぽく答える。

「危険な匂いを感じたのさ。俺じゃなくて、管理人さんがね」
「加持さんが?」

 回りを見回すとすぐに、男の横にかがみ込み、手慣れた様子で手足を縛っている 加持と目が合う。

「やあ、シンジ君。みんな無事で良かった」

 男臭いほほえみに、自信と余裕と優しさがしみる。
 そのすべてを包むようなほほえみにシンジは安心してへたり込んだ。

 


 

 加持は縛り上げられた男二人を監視。
 アマノは辺りを見回って宝石を探している。
 いつ来たのかリツコは警察などに連絡を入れている。

 5人の少年少女達は、男達が使っていた山小屋の仲で休みを取っていた。

「大丈夫やったか? いいんちょお」
「うん・・・ありがとう・・・あ! 手から血が出てるわ」
「こんなん何でんない。ワシァ情けないわ・・・・『守ったる』言ったのに、 怖い目に遭わせてもぉた・・・」
「ううん、情けない事なんて無い・・・こんな怪我までして助けてくれた・・・」

 ヒカリがそっとトウジの手を両手で包む。
 トウジも戸惑いながらも握られるままにしている。
 二人の顔がほんのりと赤く染まっていった・・・。

「おお、シンジ。見ろよ! あの二人いい感じだぜ。イヤーンだな」

 トウジ達から少し離れた場所。
 ケンスケが二人の様子をデジカメのフレームに納めながら嬉しそうにシンジに 話しかける。
 しかし、返事はない。
 すぐ側にいたはずのシンジの方へ顔を向けたケンスケの見たモノは・・・・

「シンジ、格好良かった・・・」
「そ、そう?」
「うん。守ってくれてありがと、ね」

 寄り添って座るアスカにすり寄られて、照れているシンジの溶けだした顔だった。
 仲良く手をつないでたりする。

「こっちもイヤーンだ・・・・・・俺も良い所あったよな・・・・ 無かったのかなぁ・・・」

 ラブラブの2カップルに挟まれた独り者。その名はケンスケ。
 目立たない、むくわれない。そんな彼も今回は活躍した。
 なのに結局あぶれモノ・・・・
 洩れるは泣き言ばかりなり。

 その時の一筋の光が・・・・

「あっ、相田君もありがとう。カッコ良かったわ」
「委員長・・・そお? 僕も頑張ったかな・・・・」
「ねえ、一枚とってくれない? 記念に」

「OK 任しときな、写真には自信があるんだぜ」

 ヒカリの優しい声に気どって答えるケンスケ。
 しかし、その幸せな時間はアッと言う間に終わった。

「頼むわ、ケンスケ。こっちをバックにな」

 はにかみながら二人並んで立つトウジとヒカリ。

「・・・・やっぱりそうなるのか・・・・ふっ・・僕の恋人はオマエだぜ・・・・」

 ケンスケは手にしたデジカメを愛おしげに撫でる・・・
 彼の瞳からはあまり美しくない水が漏れた。

「ケンスケ、次は僕たちも頼むよ」
「サッサとしなさいよね!」

 あたたかな友の声に流れる水が震える。
 彼には感傷にひたることも許されないらしい。

 ヒュゥゥゥーーー
 室内だというのに、空しい風がケンスケの横を吹き抜けていった・・・・・・

 ヒュウウゥゥーー
 彼がここまで登場する機会は二度と無いかもしれない。
 ああ、ケンスケに幸あれ。

第3話「ゴーストとバスターズ」完


つづく

ver.-1.05 1997-04/16

ご意見・感想・誤字情報などは shintaro@big.or.jpまで。
「貴方のメールが私を奮わす」。お待ちしています!!


 やっと書き上げました。
 『めぞんEVA』第3話「ゴーストとバスターズ」完結です。
 本当に遅くなって申し訳ありませんでした。
 遅筆な自分が情けないです。
 こんな事では「いつかは投稿をする」という目標が泣いてしまいますね。

 今回は文章を等幅のフォントで表示していますがいかがですか?
 私としましてはプロポーショナルフォントより読みやすいと感じています。
 ご意見お聞かせ下さい。

 次回作は『めぞんEVA』第4話の予定です。
 「予定は未定で決定にあらず」とも申しますので変わるかもしれません。(汗)
 「そろそろレイを登場させたいな」とも考えていますがこれも予定です・・・・・

 ではまた。

1997−4−16 6:30 完徹、眠いです。


TOP 】 / 【 めぞん 】 / [ 神田 ]