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26からのストーリー


17話:疑問と疑惑





誰にも目を覚ましたくない朝というものがあるのだろう。
もう少し布団の国の住人でいたい理由は沢山ある。

寝不足だったり、今朝が仕事始めだったり、いい夢を見た朝だったり。

いずれも鍵の掛かった瞼を無理矢理こじ開け、喧しい目覚まし時計に悪態を付きながらようやくその身を起こす。

第三新東京市のこの家でもつい2時間前にそんな光景が二つの部屋で見られた。
眠い目をこすり何とかベットの甘い誘惑を振り切り、洗い晒しのジーパンに足を通したのが午前七時。焼きたてのハムエッグとキャベツの千切りをお腹にしまい込み玄関の扉を開けたのは午前七時四十分。

玄関から挨拶と共に近くのバス停まで走り去ったのはそれから十分後だった。

それから2時間ほどした午前十時、彼女はようやく自分で毛布をはぎ取りベットから身を起こした。


眠いわけではない、目を覚ましたのは2時間30分ほど前だ。

すぐ扉の前から聞こえる2人分の足音で目を覚まし、しばらくそのまま毛布を被っていた。
彼女の予想が正しければその足音は自分の部屋の前で止まり、目の前の扉をノックするはずだ。

だがその想像に反し、部屋の前を通り過ぎて階段を下りリビングの扉を閉める音を最後に途絶えてしまった。

映画に行くとか、ショッピングに行くとか・・・・そんなことを誘いに来る足音であることを期待していたアスカは面白くない。
結局毛布にくるまりノックの音がするのを待っていたが、聞こえてきたのは玄関の閉まる音だった。

・・・・2人でどこ行ったんだろ・・・・

幾度となくベットから飛び出して一階に降りようと思ったが、その度に体を無理矢理横にする。
気にはなったが意地がどうしても体を押さえつけてしまう。

それから2時間ほどベットの上で横になったまま時を過ごした。
どうしても起きる気になれなかったのだが、寝ることもできないでいた。

悶々として過ごした、としか言い様がない。

眠気など遠の昔に消え去っていた。

「起きようかなぁ・・・・」

毛布を頭から被りベットの上に座り込んで未だに悩んでいる。

夏休み最後の土曜日、寝て過ごすにはあまりにも勿体ない。
だからシンジとレイが遊びに来るのを期待したのだが、アスカ一人が部屋に取り残されてしまった。

「どこ行ったんだろう・・・・」

遊びに行くなら自分も誘われるはずだ、絶対にその筈だ。
シンジとレイに共通する『遊びじゃない用事』を必死に思い浮かべようとするが、これといった物が思い浮かばない。
共通しない用事すら思い浮かばないのだ。

・・・・バッカみたい・・・・

さっきから同じ事を考えて2時間経ってしまった。

遮光カーテンをまだ開けていない部屋は、夜の闇を未だに留めており暗澹とし始めたアスカに拍車を掛けている。

綺麗に整頓されている勉強机の上には、ヒカリへのお土産が鎮座している。
旅行に行った際にレイと小遣いを出し合って購入した物だ。

その脇にはシンジの友人であるトウジとケンスケその両方へのお土産が放り出してある。
店先に並んでいた何処にでも売っているお土産用のお菓子だ。
適当に買ったので何が入っているのか買った当人も良く知らない。

・・・・電話してみようかなぁ・・・・

1人で過ごすには一日が長すぎる。
3人でいれば短すぎるのだが。

無意識に指が唇をそっとなでる。

克明に映し出されるほんの一瞬の記憶。

・・・・どうしてだろ・・・・

重なり合った唇の感触、あの時は強まった鼓動が時間をうち消してしまった。

そして唇に指を触れれば、消えた時を思い出す事ができる。

だが『どうして』という疑問への答えだけは見えてこない。

踏み出した一歩は思いの外大きかったのかもしれない。
翌日はシンジの顔をまともに見れなかったのだ。
もっともそれは彼も同じで互いにどことなくよそよそしく、ぎこちなかった。

それがアスカには悲しく、怖かったので旅行から帰ってからシンジと喧嘩を繰り広げた。

「大体シンジが悪いんじゃない!ボウッとしてるからお皿割るのよ!!」
「何だよ!自分からぶつかってきたんじゃないか!」

互いにどことなく避けていた分を埋めるように大声を張り上げていた。
今までそうしていたのを思い出すかのように。

『家族』という枠から一歩踏み出してはみたものの、慌てて元の場所に舞い戻ってしまったようだ。

「どうして?」という答えがでない限り、まだ戻れるような気がする。
今を変えようと思い重ねた唇なのに必死に逃げ道も探していた。
幾重にも絡まる思考は用意に解れそうもなく、無理をすれば簡単に切れてしまうだろう。

まだ急ぐ必要はないはずだ。

そんな何をするでもなく無意味に進むだけの時計を見つめていた彼女の耳に、朝の声が飛び込んできた。

「アスカ、そろそろ起きてらっしゃい。朝御飯にしましょ」

この広い家の中はアスカ1人だけではないのだ。





「おはよう・・・・」

リビングへ通じる栗の木で作られた扉を押し開けると、朝御飯のいい匂いが彼女を迎えた。
みそ汁と焼き魚のいい匂い。
ユイの買ったお土産なのだろう、金目鯛の開きが焼きたてでテーブルに乗っている。
その他にもほうれん草のお浸しや、卵焼きなど相変わらず品数が多い。

だが2人分の支度しかされていない。

「おはよう。やっと起きたわね」

いつもは一番に起きてくるアスカを眺めながらみそ汁をよそる。

「シンジ達は?」
「朝からレイとどこかに出かけたわよ」
「ふーん・・・誘ってくれてもいいのに」

何で誘われなかったのかどうしても思い浮かばない。
嫌われたとは思えない。夕べはTVゲームを3人で楽しんだのだ。
その時ポテトチップをコッソリ摘んだこと位で仲間外れにされるとも思えない。

「ほら、食べちゃって、もう十時廻ってるんだから。箸持ってきなさい」

取り敢えずそうすることにした。
このまま理由を考えていれば何も食べられなくなる程に落ち込みそうだ。

・・・・大体なんであたしが嫌われなきゃいけないのよ!・・・・

どうせ大したことのない理由だ。
そうに決まっている。
きっと起こされたけど自分が目を覚まさなかっただけなのだろう。

そう結論付けた割にはアスカの表情が見事なまでの仏頂面になった。

「箸・・・・持ってきて」

椅子の上に座りこみ、まったく動こうとはせず、むくれたまま湯気を立てている朝御飯を眺めている。

「今日・・・そんなに食べたくない。それにパンが食べたい」

お腹が空いていないわけじゃないのだが、あっさりと「シンジとレイは出かけた」と告げたユイを何となく困らせたかった。

勿論ユイが2人を買い物に行かせたわけでもないし何の責任も無いことなど先刻承知だ。

普段は『おばさま』を困らせないようにと意識、無意識に気を使っていたアスカだったが今日は心の中の回線が少し混雑しているのかも知れない。

「何言ってるのよ、ハイ、早く食べちゃいなさい。わたしも一緒に食べちゃうから」

むくれるだけむくれ頬杖付いて、TVを見つめている少女の我が儘をどこか楽しそうに眺めていた。
滅多に見られない、自分への我が儘が妙なほど愛おしい。

「パンはないわよ。買ってないもの」

TVを見つめる顔が更にむくれた。
どうしてもパンを食べたい訳じゃないのに。

「金目の開き好きでしょ?熱いうちに食べないと味が落ちちゃうから」

アスカの前に箸を置き向かいの席に腰を下ろす。

浮かんだ微笑みが全て見透かされているようでアスカには面白くないが、ユイの言うように金目の開きは美味しいのだ。

「ハイ、お茶」

だめ押しするように香ばしい香りの漂うほうじ茶が入れられた。

「・・・・・うん・・・」

小さく頷いた。
少し悔しい感じがしないでもないが食欲は彼女の意地を凌駕する。

お腹は心より遙かに正直だ。

「・・・・・・頂きます。あーー、金目美味しそう!」

思いっきり口を開けるとご飯を放り込んだ。

いつもいる顔と食器が今朝は2人分無い少し寂しい食卓だが、それでもユイは目の前にいてくれる。

「片づけ終わったら街に行かない?何か美味しい物でも食べましょ」
「でも・・・・シンジ達がいつ帰ってくるか判らないし・・・」

別にアスカが此処で待っていなくてはならない理由はないし、2人がいつ帰ってくるか判らない。
そもそもどこへ出かけたのかすら聞いていないのだ。

「いいわよ、たまには一緒に買い物しましょ」

たまには、なのだろう。
普段シンジやレイが側にいない方が珍しいのだ。

「待っててもしょうがないし・・・・そうね!あたし美味しいお店知ってるの!でもシンジやレイには内緒よ、あたしのこと置いてったんだモン!」

ささやかな報復措置を見つけたからか、ブスくれた顔にようやく微笑みが戻る。
どことなく余裕さえある笑みだ。
待っていなくても二人は帰ってくるに決まっているのだ。










「もうそろそろ終わらせないと今日中に帰れなくなるんじゃない?」
「まったく・・・・何で気が散ってるのかしらね」

NERV本部地下の第7実験場、管制室ではややしかめっ面になった二つの顔がある。

「シンジ君、数値下がってるわよ。もう少し真面目にやって頂戴」

まるで水槽のような管制室の中に自分を睨んでいる女性を見つけると慌てたように頭を振った。
リツコの言うように彼はまったくハーモニクステストに集中していなかったのだ。

このところ、以前にも増して集中力が欠如していた。
少しでも時間が空くと頭の中に1人の顔が浮かんだ。

蒼い瞳の少女。

今までに無いほど間近で見たアスカの顔、今まで感じたことのない唇の感触。

一体あの時どれくらいの時間が経ったのだろう。

60秒だったのか、それとも1秒にも満たない時間だったのか。




「シンジ君!」
「は、はい」

エントリープラグの中に再び響いた声から微かに苛立ちを感じ取れた。
今いる場所は浜辺でもなければ自宅でもない。

「シンクロ開始。23・・・・45・・・・・58・・・・74、絶対境界線突破。双方向回線開きます。ハーモニクス正常、起動開始」

パイロットランプの輝きとメータとスイッチで飾り立てられた、まるでデコレーションケーキのようなコンソロールパネルを注意深く見つめ、次々と状況が報告される。
最先端の機器であっても人の読み上げによる確認は必要らしい。

「各システム正常。オプション使用可能」

「シンジ君、どう?何か変わった感じはしない?」
「ハイ・・・・でも・・・・いつもより・・・軽い感じで・・・」

起動したエヴァンゲリオンと『シンクロ率』と言う言葉で繋がっているシンジはいつもと違う感覚を覚えた。

全体に何かが染み込んでくるような感覚、より外の環境を感じ取れるようになった感覚。

空気の流れさえ感じ取れそうだ。

「シンクロ率94.23%・・・・・何なんですか・・・・」

マヤが呆れたのを通り越したような声を上げた。
かつては70%前後、最近では75%まで上昇したが、今日のこの数値はそれまでとは桁が違った。

「予想出力過去最高ね・・・・本当、何があったのかしら・・・・」

さっきまで集中出来ずに起動すらさせようとはしなかったのが嘘のようだ。

「何かイーコトあったんじゃなーい?それにしてもすごい変わり様ね・・・・」
「感情起伏も安定してるわ。それでこの数値・・・・まあ、兎に角始めるわよ、シンジ君少し動いてみて」

目の前で多感な14才の少年が操る深紫の衣を身につけた巨人はゆっくりと腕を動かした。
やがて全身がシンジの意志を受け脈動する。
鋼鉄の拘束具に押さえつけられているがそれすらも脆く危うく映った。

史上最強の生命体となったシンジからは、普段と変わったところは見受けられない。
「マヤ、ブレーカーテスト準備」
「ハイ。システム割り込み第3段階より開始・・・・介入はじめ」

彼女の声をLCLで満たされたエントリープラグの中で聞き取った途端、体中に不快感が走る。
まるで体の中に異物が入り込んでくるような。
意識を集中させその不快感を体内から排除する。

「第3段階解除されました。第4段階介入はじめ」

一度は消え去った不快感が再び押し寄せてくる。

・・・・邪魔だ・・・・邪魔だよ・・・・

体に感じる感覚以上に邪魔されることがシンジに不快だった。
エヴァとの繋がりを閉ざそうとする感覚が不快だった。

「・・・・第4段階解除・・・・」
「此処まで解除するとはね・・・・マヤ、六段階にまで上げて」

モニターには不快感に歪んだシンジの顔が映し出される。
宙を見上げるように顎が上がり、一秒ごとにその度合いは強くなった。

さっきより更に不快だった、苦痛ですらあった。

「リツコ!ちょっといい加減にしなさいよ」
「別に害はないわ」

落ち着き払ったリツコが無性に腹立たしく感じる。

「ダメです!6段階も解除されました・・・・シンクロ率は、維持されています」
「本当に呆れたわね・・・・・・ブレーカー掛けて此処まで食い下がるなんて」

新システム組み込み実験は『E計画』責任者、赤木リツコ博士主導の元で進められており、作戦司令部部長、葛城ミサト三佐が口を出す必要はない。

とはいうものの、モニターに映る自分の教え子の苦しむ姿を目の当たりにしては、ご大層な肩書きの重さなど吹き飛んでしまっている。
戦闘中ならミサトにも覚悟という物があるが実験の最中に何かあったのではお話にならない。

一体自分はどこまで目の前にいる白衣の女を信用しているのか?

そんな疑問がミサトの頭の中に陰る。
そして何を疑っているのかはまだ自分自身でも解らなかった。





「お疲れ、ほい」

シンジの目の前をゆっくりとコーラの赤い缶が飛んでくる。
そこに書かれている小さな文字まで読みとれそうなほどゆっくりだ。

奇妙な感覚。
エヴァに乗った後はいつもこうなる。
五感すべてが冴え渡っているのが自分でも解った。

いつもなら聞こえない音が聞こえる。
いつもなら見えない時間が見える。
いつもなら感じ取れない空気が伝わる。

・・・・・何でだろう・・・・・

自分の身体の変化にとまどい、疑問を抱くがそれは長続きしない。
時とともにその能力は薄れ、しばらく経てばいつもと同じに戻れるが意識を集中すれば再び取り戻せる宿りし能力。

もっとも普段『意識を集中』などという大げさなことを必要としない生活を送っているので実感することはない。

「どう?まったくリツコって遠慮とか配慮って言うのが欠落してるからねぇ」
「え、あ、大丈夫ですけど・・・今日の実験何だったんですか?」

実験内容を聞かされないのはいつものことだ。
今までは聞くこともなかったしそれほど興味もなかったのだが、今日は少し違った。

引き剥がされるような感覚が一際不快だったのだろう、シンジの表情に不機嫌さを浮かべ無愛想な長椅子に座り込んだ。

ミサトの後ろではリツコとマヤがファイル片手に何か話し合っているのが見える。
本来なら電子機器に囲まれたこの部屋は、大人たちだけの部屋だ。

だがシンジはこの中にいなければならない人間として存在している。
それがいい事なのかどうかは解らないが少なくとも今は必要な事だとは思う。

「すごい嫌な感じがして・・・・リツコさんはできる限りシンクロするようにって言ってたけど・・・・」

引き剥がされるような感覚を思い出したのか表情がゆがむ。

そう、エヴァから引き剥がされることを拒んでいたのだ。

「それで8段階まで耐えたのね、大したものだわ。でもデータは取れたし今日はこれでこの試験は終了ね、お疲れさま」

さっきまでそのデータとにらみ合いを続けていたリツコが満足げに笑みを浮かべた。
神経接続を解除するまで8段階、それは逆にシンクロ率の著しい向上を表している。

エヴァンゲリオンの性能を決めるシンクロ率、その向上が見られることは今後の戦いにおいて有利な材料となるはずだ。

「リツコはご満悦ね。シンジ君、どこか具合悪くない?悪かったらぜーーーんぶリツコのせいだからね」
「そんな・・・・別に具合は悪くないけど・・・・」
「そう、じゃあ次行ってみようか。今度はあたしの相手してね」

結局何の実験かは教えてもらえなかった。





白いシャツにジーパン、ブルーのチェックのベストを身にまとったレイは小さな箱の中からブローチを取り出すと胸元に付けた。
三色のブローチは白色によく映え、鏡の中にいる赤い瞳の少女を彩る。

今日初めて外に持ち出した。

それまでは散らかっている部屋の中にある机の引き出しに大切にしまい込まれていたのだ。

今朝出かける際、不意に目に留まり何となく持ってきてしまった。
せっかく買って貰った物だからこのまましまい込んで置くのは勿体ない。

数秒の悩みとともに箱ごと持ってきてしまった。

ロッカーの扉についている小さな鏡に映る自分を不思議そうな顔で眺める。
以前は必要ないと思っていた物を今では大切に思えるようになった。

自分は変わったのだろうと思う。

なぜ変わったのかはよく解らない。
何が変わったのか解らない。

だが以前とは風景が違って見える、以前とは違う空気を感じ取れる、そして違う音を聞き取ることができる。

「綾波、ミサトさんが呼んでるよ。集まってくれって」

ドアの外からの言葉を聞き取るとあわてて鏡を覗き込みシャワーで濡れた髪を梳いた。




作戦司令室のごく一部のメンバーが会議室としてよく利用する喫茶室に向かうため、二人は長い廊下を歩いていた。

テストの終了したシンジとその前に零号機の起動試験を終了させていたレイだ。

「零号機はどうだったの?うまく動いた?」
「ええ・・・問題ないの」

改修の終わった零号機はさしたる異常もなく以前と同じように起動できた。
そのことはリツコ達だけではなくパイロットのレイ自身も胸をなで下ろした。

必要なのだ、彼女にとっても。

・・・これで守れる・・・・

胸元のブローチにそっと手を添えた。
彼女の守るモノはあまりにも脆いのだ。

「碇君・・・・今日はすぐ帰るの?」
「うーん、どうしようかな・・・・お昼街中で食べていこうか」

断る理由は頭の隅まで探しても見あたらない。
大きく頷くと少し早足になった。

そんな彼女だから不意に呼び止めた人物につい不機嫌そうな目を向けてしまう。
もっとも不機嫌かそうでないかの区別はシンジとアスカ以外にはできないであろう。

「レイちゃん、そのブローチよく似合うわね。自分で買ったの?」

マヤの表情はどこか物珍しげに彼女を眺めていた。

初めて見たのだろう。
彼女が『アクセサリー』などという物を身につけて居る姿は。

「いいえ」

ごく簡単な返答はいつものことだ、マヤも別段不快に思ったりはしない。

「そう、誰かに買って貰ったのかしら?」
「・・・・・碇君に・・・」

マヤの目に少しだけ好奇心の色が混じる。

「へえ、シンジ君って・・・・ふうん」
「な、何ですか!別にただその・・・・お土産だし・・・」

まだ幼さの残る彼女の表情の変化から言いたいことを読みとると、慌てて否定とも肯定とも取りようがない言葉を吐き出した。

そんな様子がどうにも可笑しい。

・・・・そうよね、まだ中学生だモンね・・・・

初々しいと感じる位には大人だがそれを羨ましいと思うほどまでは大人ではない。

「シンジ君いいセンスしてるのね。よく似合ってるわ」

好意的な笑みでレイの様子を誉めたが、その当人の表情に変化は現れなかった。
誰に対してもみせる厚い氷の壁を張り巡らせ、必要以上に近づけようとはしない。

「あ、そうか、夏休みの旅行か。よかったわね」
なぜレイがブローチを身につけここに来たのかが少し解ったような気がする。

無表情、そう思いこんでいた彼女の白い顔にどこか自慢げな色が加わっているのだった。





「・・・・・・・・・・来たぁ・・・・」
「慌てて食べるからよ。もっとゆっくり食べればいいのに」

第三新東京市の駅前通りに面した『えプろん』と名付けられた喫茶店のウィンドウからは一組の親子が見て取れる。

栗色の長い髪の少女と、ショートカットの似合う三十代前半に見える女性はかき氷を口に運びながら楽しげに団欒していた。

恐らく氷を頬張りすぎたのだろう、その少女は頭を押さえ俯いており、母親らしき女性は笑みを浮かべながらその少女を眺めている。

「ふうぅ・・・・でも美味しいわね。おばさまはレモンでしょ?少しちょうだい」
「もう、はい、食べ過ぎないでよ」

透明な黄色のシロップがかけられたかき氷の器を差し出されると、早速味見と称しスプーンに山盛りすくい、口の中に放り込んだ。

「あ、また・・・」
「くぅぅ・・・・・・・・・・・」

さっきと同じように頭を抱えたアスカを眺め今度は苦笑を浮かべた。
別にかき氷など惜しくもないがそれより彼女のお腹が心配だ。

小さい頃はシンジと二人でよくお腹を壊していた。

どうも二人でいると互いに限度が無くなるらしく、お小遣い全部をアイスにつぎ込んだらしい。
なぜそんなことになったかはさすがに覚えては居ないが大した理由でもないだろう。
その後二人仲良くベットに寝かしつけ、しばらくの間胃腸薬のお世話になった。

約七年前の夏のことを思い出すとユイは思わず吹き出してしまった。
今でこそやれシャンプーだリンスだといろいろ身の回りのことに気を使い、女性としての意識をし始めてはいるが、ユイにしてみれば初めてあった頃と変わらないように思える。

・・・・・違うわね、家に来てからよ・・・・


初めて逢った・・・・あの研究所で。

暗闇に取り残されていた一人の少女。

あの時自分を見つめた水色の瞳、それだけが胸に焼け付いている。


「どうしたの、おばさま?変な顔して」
「え?あ、何でもないわよ・・・昔アスカがお腹壊したこと思い出しただけ」

蒼い瞳が興味深そうに自分の顔を覗き込んでいた。

そう、最初にあったときとはまるで違う瞳。

不安と怯えのない蒼。

「ちょっと変なこと思い出さないでよ、あれはシンジが悪いんだから。あのバカ変な物欲しがるから」

アスカの脳裏に七年前の8月20日が明確に浮かび上がる。

「はいはい、それ食べ終わったらどこ行こうか。どっか行きたいところ無い?」

少々むくれたアスカを面白そうに眺めながら窓の外を眺めた。

途切れることなく行き交う人々。
何処の街でも見ることの出来る光景だ。
この店を出ればその景色の一部に溶け込める、人が見れば仲の良い親子に見えるだろう。
いや、自分でもそう思っているし、アスカもそう思っているだろう。

・・・・それがずっと続けばいい・・・・

「え?何?」
「やだ、聞いてなかったの?向こうの家具屋さん行こうって言ったのよ。たまには見ても面白いかもと思ってさ」

アスカの指の先には、この店の正面からやや右に輸入家具専門店があった。
こじんまりとした店だが雰囲気は良さそうだ。

もう午前中の内に洋服、アクセサリー、靴、その他はすでに見て回っていた。
いつもならぐずぐず文句を言う少年が、今日は居ないのでそのペースは速かったのだろう。

たまにはちょっと変わった物が見たくなった。

「いいわね、じゃあ、それ食べちゃいなさい」
「うん・・・・ねえ知ってた?これ氷の中にイチゴバニラ入ってるのよ」

少し自慢げにそれを頬張りながらユイの眺めている窓の外で誰かを捜していた。
予定ではここに同席しているはずの二人だ。

・・・・バカシンジにバカレイ・・・・

途切れない大勢の人々の中に、生憎と彼女の探しているたった二人の姿はなかった。

「どこいったんだろ・・・・・」

誰ともなく呟くと抱えたくない疑問はアイスの中にねじ込んで食べてしまった。










「どこいったのかなぁ・・・・」

敷地面積だけは十分にある『陸上自衛隊特別第一編成部隊、駐屯地』で後ろで軽く縛ったセミロングの髪が忙しそうに揺れる。
夏用の制服に身をくるんだ下士官らしき女性が辺りをきょろきょろしながら歩いていた。

歳の頃は20代後半、控えめに言ってもまあ美人、といえる顔に汗がにじむ。

さっきから5分ほどかけて戦闘ヘリ格納庫を探していたのだが無駄足に終わっていた。
あといると思われる場所はプレハブ建ての食堂の裏側だろうか。

今探している相手は風通しがよく木陰で静かな場所を好む。
特に勤務時間には。

資材置き場、倉庫の裏側、すぐ近所のコンビニ・・・・条件を満たしそうな場所を思い浮かべて一つため息をついた。

「逆よりはましだろうけど・・・・」

特別第一編成部隊所属、山科二尉は自分の上司を捜すのに、そんな場所しか思いつかないことに若干ではすまない情けなさを感じていた。
そもそもが勤務時間に『士官室』に行っても会えないこと事態がおかしい。

「さてと・・・・あ、いた!」

そして予想通り食堂の裏側に生えている大きなブナの木の下でござを引いて寝そべっている上司を見つけた。

もちろん今は休み時間ではない。

「香山一佐!何でこんなところにいるんですか!」

ようやくといった様子で体を起こすと相当に悪い目つきで声の主を睨み付ける。
「エアコンが壊れてるからだ・・・・文句あるか」

寝不足を補っている邪魔をされた彼の顔は、愛想と遠慮の仮面を剥ぎ取っており、お世辞にも柔和とは言い難かった。

もっとも普段からそんなものは滅多につけてはいない。

「修理はこのくそ暑い夏休みが明けてから。必要なときに受けられないメーカーのサポート体制は昔っからちっともかわらん」

夏の暑さと電気メーカーの両方に不平を口にしながら再びござの上に体を横たえ、中断された昼寝を再開した。

「指揮官がそれじゃぁ格好が付きませんよ・・・・・そうでなくったって評判悪いのに・・・うちは・・・・」

彼女が見回すとあたりに同様の様子があった。

打ち上げられたマグロのように横たわっている特別第一編成部隊、隊員達。
エアコンの壊れたヘリ格納庫にいられなくなった整備班とヘリパイロットの連中だ。

指揮官の香山同様だらしないことこの上ない。

それ故他の部隊からいろいろと『イチャモン』を付けられることになるのだ。

第一次巨大生命体迎撃戦後に急遽編成された特別部隊だけあって『寄せ集め』といった陰口は設立当初から叩かれていた。

そしてそこの指揮官たる香山自身の評判も以前から『模範的自衛官』の全く逆の評価を受けていた。
言ってしまえば問題自衛官なのだ。

訓練中に抜け出す、さぼる、休む、上官にたてつく、馬鹿にする、喧嘩する、無断外泊に無断欠勤。
挙げ句の果てには、当時住んでいた独身寮に女を毎晩連れ込んでいるという噂まであった。
直接法律に触れないだけでそれ以外のことは粗方やったらしい。
そんな若い頃の「武勇伝」が祟って一佐などというご大層な肩書きが付いた今でも何かと言われている。

当然上官の不評は副官への『悪態』となってこだまする。

「哀れだな、あんな奴の下に付くなんて」
「あんな奴の部隊だ、ろくなモンじゃないだろう」

今までまじめに自衛官をやってきた彼女に言ったところで仕方ないのだが、それが閉鎖された組織の救いがたい一面だろう。

当人が全く気にしていない分、彼女が気にしているようだ。

そうは思いつつも目の前で寝そべっている香山を眺めていると「・・・・そういうのもしょうがないのかな」と、つい彼らの言い分が正しいように思ってしまう。

少なくともここの風紀の乱れは彼が原因であることに間違いはないのだ。

「とにかく何か言いたいならそこに座ったらどうだ?立ってられると鬱陶しくて」

手招きして座るように促す。

「は、はい・・・・」

ハンカチを芝生の上に引くとその上に腰を下ろした。
さすがに香山が選んだ場所だけあって風の通りもよく、彼を捜し回って汗ばんだ肌がすぐに乾いていく。

「あーーー!気分いいですねえ」

ぐっと背を伸ばすと動き回って疲れた手足に血液が循環し気分も晴れる。
空には雲一つなく、だがここは蒸し暑くもなく、まさしく夏のよき一日だ。

香山を初め主だった面々が昼寝場所に選んでるだけあって風の通りがいい。
彼のそう言った場所を探し出す『嗅覚』は、このあいだから壊れて未だ修理してもらえないエアコンよりよっぽど役に立つ。

「え?ありがとう御座います」
笑顔とともに差し出されたコーラはよく冷えており乾き始めた喉を潤した。
かつてないほど気が利いている。

そして見た。
我が尊敬すべき上司の笑顔を。

「座ったな、飲んだな・・・・勤務時間なのにサボったな・・・・これでおまえも同罪だ」

山科二尉が疲れ果てた顔で数枚の書類を差し出した。

「・・・・備品の購入予定とこちらは・・・・私が立てた今後の訓練予定です。第二東京に送りますので承認お願いします」

真夏なのに真冬のように冷え切った声が晴れ渡った空の元、雷雲がわき上がるかのように彼女の口から吐き出される。

ついでに言えばその目はもはや嵐の様相を呈していた。

「わ・・・・わかった。判子を押すから・・・まったく何が不満だ?仲間外れじゃ可哀想だと思って仲間に入れてやったのに」

別に仲間に入れてもらいたくて来たわけでもないだろう。
とは言うものの一度座ってしまうとなかなか立ち上がれない。
・・・・・たまにはいいかな・・・・

おそらくこの部隊の中で唯一真面目な彼女だったが、一時的に『不真面目な99.9%』の仲間入りをすることにした。
芝の柔らかい感覚が腰を離さず、髪を撫でて過ぎ去っていく風が立たせてくれないのだ。

「あ、それともう一つ。第二からファックス送られてきたんですけど国連軍の人事が大幅に変更になったみたいですね。司令部を中心に各部隊の指揮系統が・・・・・っと、これ、新しい組織図と有事の際の指揮系統です。目通してくださいね」

小脇に抱えていたファイルから書類の束を取り出し寝転がっている香山の目の前に並べた。
彼はそのうちの何枚かに文字通りざっと目を通し、興味なさそうに放り出してしまった。

「どうなろうと関係ないよ。所詮予算が増えるわけでもなし」

香山は今度この話を「不要な情報」として放っておくことに決めたようだ。
国連軍の人事など自分には関係ない、とでも思っているのだろう。

実際のところさほど関係ない。

と言うより第一次から第四次までの巨大生命体迎撃戦において国連軍の活動状況ははなはだお粗末としか言いようがなかった。
どう贔屓目に見ても『やる気がない』としか見えないのだ。

すべてに及び腰で巨大生命体の監視、索敵には協力しても実戦となると急に滑走路の調子が悪くなったり空母のカタパルトが故障したりと実に都合よく『不都合』が生じてしまうらしい。

「・・・・だけど実に利口だな。俺も見習いたいよ」

香山としては彼らを非難するつもりは毛頭ない、むしろ言葉通り見習いたいと思っているのだ。

「十分見習ってるじゃないですか・・・・」

誉め言葉じゃないことだけは確かな言葉を山科は上司に向けた。

「おい、考えて見ろ、奴らに鉄砲の弾が効果あったか?」
「・・・・いいえ・・・・でも・・・」
「ホントなら俺達も高みの見物を決め込んだっていいんだ。上の連中がもう少し利口ならそうするさ」

通常兵器が全く役に立たない、その事実は自衛隊が第一次、国連軍は第四次に相当な被害を出したことで証明している。

勝てない相手との喧嘩はしない方が利口なのだ。
第一他に喧嘩したがっているところがあるではないか、わざわざ口を挟む必要などどこにもない。

「政府も口を挟む口実ほしがってますからね・・・」
「欲しけりゃ自分でやれって言いたいなぁ。苦労せずに得た物なんて大した価値はないと思わんか?」
「価値なんか問題じゃないんですよ、きっと・・・・・それにしても、そうまでしたい割には待遇が冷たいんですよね」

山科二尉の口から出たのは愚痴ではない。
彼らのいる駐屯地の建物はよく見なくとも遠目からではっきり分かるほどに痛んでいた。
聞いたところによれば閉鎖された工場を『ぶんどった』らしい。

人類の命運を左右する戦いに挑む彼らの『基地』としては質素がすぎる。

第一次巨大生命体の後に手ひどい痛手を負った自衛隊から急編成された部隊なのだから仕方がないと言えばそれまでなのだが、問題は建物より装備にある。

「国連軍は羽のないヘリコプター持ってるのにうちは未だにあれだもんなあ」

この場所からでもヘリの格納庫はよく見えた。
よく見えるだけに空調が利かなくなり開け放たれた扉の中には、旧式の自衛隊正式採用のヘリが並んでいるのまでよく見える。

「ヘリだけじゃないですよ!通信機だって装甲車だって対空装備だって・・・全部旧式のお下がり品ばっかりじゃないですか・・・・」
「それだけじゃない、湯沸かし器に冷蔵庫に洗濯機、トイレの便器だってお下がりだ。新品なのはトイレットペーパーぐらいなもんさね」

香山としては今更いきり立つつもりはないのだろう。

・・・・何より指揮官が俺というのが問題だな・・・・

「おかしいとは思いませんか?自分たちを過大評価する訳じゃないですけど戦闘の重要性から言えば最新設備が与えられても良いと思うんです。それなのにこんな旧式ばかりで・・・・」

憤懣やるかたなし、そんな様子をありありと浮かべもう一度格納庫に目を向けた。

旧式のヘリ、旧式の装備。
国連軍の実質のない協力体制、同胞である自衛隊の非協力的な態度。
第二東京市で抱えている日本国際強の精鋭部隊『戦略自衛隊』本隊こそここに向けるべきなのに。

自分の仕事の重みを彼女なりに感じていた山科としては面白くない。

半分ほど残ったコーラを一息に飲み干して空き缶を放り投げた。
夏の日差しをイヤと言うほど照らされて嫌みなほどの緑をたたえた芝の上に赤い缶が転がっていく。

自分達が軽視されている、それは仕方がない。普段の態度に問題があるのだから。
だが、自分達の命まで軽視されるのはどうしても腹に据えかねた。
少なくともあの『化け物』と正面で対峙しているのは自分達であり、その役目を課したのは第二にいるお偉いお役人達なのだ。

大した装備も与えず、その癖口だけはやたらと挟みたがり何かを期待している。

「今の仕事には誇り持ってます。それを誰かに押しつけようとは思わないけどもう少し考えて貰えても良いと思いませんか?」
「やばくなったらあの大きなロボットの背中に隠れれば良いんだよ。俺達はお手伝い以上のことは出来ないしそんな装備もない。と、言うことはお手伝いをしてりゃあいいのさ。それ以上の期待は裏切っても構わないしね、それは第二が勝手に期待したことなんだからさ」

香山はどことなく人の悪そうな笑みを張り付かせた顔を見せた。

彼女にしてみれば不思議でならない。
自衛隊の中で最悪に近い評価しか受けていないこの男は、決して人望がないわけではないのだ。
妙に人徳というか、人には嫌われない物がある。
この部隊にもわざわざ『配置転換願い』まで出してついてきた者さえいるぐらいだ。

人物の魅力・・・・多分そんな大げさな物じゃないだろうが。

・・・・類は友を呼ぶ・・・・

あまり有り難くない言葉がセミロングの髪が生えた頭の中を右往左往する。
だがおかげでこびり付いていた不満も少し消えたような気がした。

認められない不安と不満が少し軽くなったような気がした。

おそらく一時的な物ではあるが。

「状況が変わらない以上、こっちが都合よく合わせるしかないさ。気楽に気楽にな」

やはり人の悪そうな笑い顔を作ると香山は辺りを見回した。
彼と同じように芝に寝転がり一時の休息を得ている隊員達がいた。

上司を見習ってお気楽に過ごしているのだろう。
山科はそれで良いと思い始めた。
どのみち選択肢はさほど多くはない。ここで装備を調えろと大声出したところで聞こえはしないだろう。

やはり彼の言うようにこちらから合わせるしかない。
それで納得しないと疲れてしまうに決まっている。

ただ疑問は疑問として持っている必要があるだろうけれども。

「気楽ですか・・・・一佐はいつもそうですね」

結果的に愚痴を聞いてくれた香山に好意的な笑みを浮かべた。
どうして妙な人望があるか何となく分かったような気がする。

どのみち自分の仕事なのだ。
文句を言おうとも嫌みを言われようとも自分の責任は果たすべきなのだろう。
少なくともだれもこの国が滅びることなど望んでいないはずだ、あの化け物を退治することを望んでいるはずだ。

大人の責任は持っていたいと山科は心に決めた。

そんな様子に木漏れ日の中でまだ眠気の残る目をこすりながら身を起こしその妙な人望のある香山は唐突に口を開いた。
「なあ、うちのヘリはどこで作ってるか知ってるか?」
「え・・・・確か領和重工じゃ・・・」
「まあ、製造元はそうだが販売元はわざわざ日本重工業産業促進協会を通してるんだ。他の装備もあそこを通して卸されているだろう?」

思い返せばそうかもしれない。
ただそのことにどう言った意味があるのか今ひとつ理解しかねる。
民間企業ならともかくうちは天下の自衛隊なのだ、そう言ったこともあるだろう。

「あそこの会長とドコゾの政治家は中がすっごく良いんだぜ。笑っちまうな」

人の4、5人は食った後のような笑みを浮かべた。
なぜ人が納得したのを見計らったようにこういうことを言うのか。

おそらくただのイヤガラセだろう。
もしかしたら納得させてしまったことを訂正したかったのかもしれない。

新たなる疑惑を掲げて。





『と言うことは富士川郵政大臣はは領和重工業社長に会ったことはないと言うのですか?』
『ええ、名前は聞いたことは御座いますが・・・・お会いしたことは全く有りません』

十年一日のような問答がブラウン管の中で繰り返されているのを何の意味のない物のように眺めている者達がいた。

「この件は不起訴で終わりますな。そんなことより・・・」
「分かっている」

このブラウン管にアップで映し出されている富士川郵政大臣の上役は面白くもなさそうな顔で新聞を開いた。

『富士川郵政大臣に献金疑惑』の文字が賑やかに踊っている。
『政治』と『新聞』が出来てから一度たりとて途切れたことのない話題だ。

それ故、彼にとっても『そんなこと』で済むのだろう。

『では何も受け取っていないとでも言うつもりですか!?』
いきなりTVは大声を張り上げた。

「五月蠅い、消せ」

証人喚問中のこの郵政大臣は彼、東部洋太郎が党首を務める『民主国民党』に所属している。
マスコミのスクープが元でこの騒ぎになったらしい。

追求する側の悲劇と回避する側の喜劇がここ数日画面、紙面を賑わした。

『証人喚問』なる物が出来てからその場で『私めが悪う御座いました。申し訳御座いません』と謝罪した者はただの一人としていない。
今回もそれに習うことはこの場にいる三人のみならず、日本国民の誰もが知っていることだった。

「丘田、そっちは押さえておけよ」
「はい、領和重工はこちらで押さえてあります、なに余計なことは口にしないよう因果は含めてありますから」

短い会話だったがこれで本来なら国会議員、官僚数十人の逮捕者を出す一大疑獄事件になるはずだった事件が何の問題もなく終結するのだ。

「これであの領和の社長も少しはおとなしく従うようになるでしょうよ。私に借りが出来たわけですから」

満足げに『日本重工業産業促進協会』の会長、丘田長一はTV画面を眺めた。
不必要なまでに大きな画面には彼の口にした「領和の社長」が答弁している。
彼は丘田が会長を務める組織に所属している身でありながら彼の方針に従わず、自由国民党への献金を断ったのだ。

そんな暴挙を行った社長には制裁が行われて当然である。

それがこの証人喚問だ。

彼らのさじ加減で有罪になるか無罪になるかが決まる。

「これで釘は刺せたな・・・・後は我々でやる。ご苦労だったな」

満足げな笑みを弛んだ頬に浮かべ東部に深々と頭を下げると樫の木で作られた厚い扉を閉じた。
そして丘田と入れ替わるように一人の男がこの部屋に別の扉から入ってきた。

長身でやせぎす、全体的に発している感じは蟷螂と言ったところか。
何よりも爬虫類に似た目が印象的だ。

鐘実昭三、国家公安委員会の委員長を務める男だ。
今TVの中で行われている証人喚問の火付け役でもある。

「ご苦労な話だ。確かあの社長はつい最近替わったんだったな?」
「ああ、急な話だったから対応が追いつかなかった。それより富士川の奴はどうする?」
「所詮は金の受け取り係にすぎない。適当なところで切り離すがもう少し有効に使いきりたいな・・・・通信法の改正をごり押しさせて成立したところで責任をとらせる、そんなところか」

調査機関の委員長としての立場は非常に有効だ。
まず相手の不正を探し出し、証拠を握りそれを公開する訳ではなく相手を操るための道具として利用する。

今までそうやって来て、今回もそれに習っただけの話だ。

「そっちの話はどうでも良い。地下の化け物とその仲間達はどうだ?」

政権争いや汚職のもみ消しなどなど彼らにしてみれば片手間仕事にすぎない。
それよりも第三新東京市の地下の方が遙かに問題なのだ。

爬虫類のような顔に表情が生まれた。
それは決して状況がうまくいっていないと言うことを表した顔だった。

「難しいな・・・・とも言ってられんが。ただ一つ・・・この間ちょっとした騒ぎがあったらしい、あの連中の間でな」

ソファに腰を下ろし煙草を取り出すとイタリアで購入したアンティックのライターで火を付ける。
その辺りに転がっている民間企業にたかることしか知らない下っ端役人とは違い『自分の金で物を買う』と言う原則をちゃんとわきまえているらしい。

「騒ぎ?俺は何も聞いておらんぞ」
「ああ、私もついさっき報告を受けた。内輪もめで死人が出たらしい。箝口令が引かれてるらしくてろくな情報が入らんが間違いない」
この二人の耳に蜂谷という名は伝わらないし伝わったところでどこの誰かは知らない。
重要なのは誰が死んだかより『騒ぎがあった』ということの方だ。

磨き上げた球体のようにつかみ所が全くない『NERV』にようやく引っかかる場所らしい物を見つけたのだ。
今のところどういった事が起きたのかはまだ分からないが、この件をきっかけに少しでも入り込む隙が見つかれば結構なことではないか。

国連本部と結託した不愉快な組織。
日本の国内に有りながら自分達に何一つ明らかにされていない事の数々。
覆い隠そうとする力が強ければ強いほどそれを引き剥がそうとする手にも力がこもる。

「その件、突っ込んで調べられるか?上手くいけば警察と絡めていけるぞ、国際法も殺人まで保護はしておらんからな」
「ああ、奴に調べるよう伝えるつもりだ。使える男だからな、この件でも役に立ってもらう」

不敵、あるいはくそ生意気な笑みを浮かべる男を使うつもりらしい。
もちろんその男が指示を受けたその日の昼休みにNERVの幹部に茶飲み話代わりに披露してしまうことなど知りようもないし、ましてやその『騒ぎ』の当事者であったことなどいっさい報告されていない。

自分達の意に添わない怪しげな組織をそのままにして置けるほど、東部と鐘実は寛容でも度胸があるわけでもないのだ。

彼らとて分からなければ不安になるのだろう。

「謎だらけか・・・謎と言えばあの化け物達も謎だな」

鐘実は吸い始めたばかりの煙草をガラスの灰皿に押しつけた。
彼ぐらいの役職になると途端に外国製の煙草を吸い始めるが彼の場合、国産煙草の同じ銘柄をここ数十年吸い続けている。

7だか8だかという銘柄だ。
透明な灰皿を白いもやで曇らせるとおもむろに口を開いた。

「『巨大生命体』か?どうでも良いが奴らはなぜここにくる?」

過去四回第三新東京市を襲った巨大な来客者。
最初の一回は運が悪かったのだろう、次は偶然だろう。
だが三回目、四回目は?

「しらんよ。第一奴らの相手はNERVの連中に・・・・・」

東部の言葉が詰まる。
NERVをこの日本に作ったのは国連の意向だ。

セカンドインパクト後に予想される事態を収拾すべく設立された組織。

この化け物の襲来が収拾すべき事態だというのか。
なぜ『予想される』のか。

当初NERVの建設場所の決定について『日本復興が最も早かった』というのがその理由だが、なぜその日本だけに『化け物』が襲来するのか?

こうも都合よく。

この世で唯一対抗する力を持つ組織のマークが怪しく頭に浮かぶ。

「・・・・仕組まれているからだろうな、すべて・・・・」

その言葉は鐘実と東部どちらが発した物だったろう。

一つ一つの疑問がある仮定の上で見事に繋がった。

自分達の知らない事実は想像以上に深い場所まで根を下ろしているのかもしれない。

彼らがそうであるように他人も無数の糸を張り巡らせるだろう。
そのうちの何本かは自分の手足に巻き付いているかもしれない。

いや、首に巻き付いているのではないだろうか・・・・

「急がせろよ、鐘実、NERVの調査を急がせろ。あそこの職員、国連の関係者、洗いざらいだ!」

セカンドインパクトから15年、ようやくここまで日本が復興したのは自分の功績だ。
崩壊した政府を立て直し、自ら先頭を立ち血みどろの日本を引っ張ってきたのは自分なのだ。

得体の知れない外国人達に好き勝手を許すわけには行かない。
プライドと実績がそう凝り固まった思考を作り上げる。

疑問は語気を荒くし、疑惑は心臓を鷲掴みにした。

その感覚に耐えきれないかのように東部はどす黒い思惑を言葉にして吐き出した。


「・・・・あのパイロット、調べられるか?出来ればこちらに取り込みたいな。最後には味方になって貰わないと・・・・何なら拉致しても構わんぞ・・・」










この一大都市の中に星の数ほどあるラーメン屋の一軒から満足げな顔で中学生らしき男女がのれんをかき分けて出てきた。
今の時期どの店でも『冷やし中華』がメインで、多分に漏れず彼らもそれを注文した。
ついでに餃子とシュウマイも頼んだのは友人が「ほんまに旨いからいっぺん食ってみぃ」と以前口にしていたのを思い出したからだ。

「どうだった?」
「うん・・・・美味しいと思う」

初めて彼女にあった者は『無表情』にしか見えないが、すぐそばにいる少年には豊かとは言わないが実に多くの表情が読みとれる。

そのうちの幾つかの表情はもしかしたらシンジしか見れないのかもしれない。

「トウジの言う通りだったね。今度アスカも連れてこようか」
「そうね」

実際のところレイには美味しかったかどうか判別は難しい。
何しろそれほど食べ歩いているわけではない、碇家に来てからそう言うことが増えた。
だからといって満足げにしているシンジの前で「よく分からない」というのも気が引ける。
ましてやシンジの奢りだ。

一応彼女なりに気を使っているのだろう。

気を使う、そんなことは今まで一度もしたことがなかった。
必要もないことだった。

シンジが何を感じているのか、彼が何を思っているのか、レイは気になった。
アスカやシンジが自分の言葉を聞いているのなら彼らが喜んでくれる言葉を口にしていたい。

ただ何を言えばいいのかは結局分からず、言葉数はどうしても少なくなってしまうが。

「今度は酢豚でも食べてみようか」
「ええ・・・・」

日が射してる割にはどことなく心地いい夏の午後。
相変わらずの人出だが一本脇道にそれれば目的もなく彷徨く邪魔にはならない。

レイもシンジもさして目的もなく何となく歩いていた。

家に帰るにはまだ早すぎるがこれから遊ぶには中途半端な時間だ。
別に買う物もなく、買う小遣いもそれ程あるわけではないし、かといって家に帰ってもすることがない。

「碇君・・・・」

レイはすぐ脇にいるシンジのシャツを軽く引っ張るとすぐそばの公園を指さした。

「公園に寄るの?」

小さく頷くとそのまま公園内に入っていった。




中央公園と看板のついたそこはちょっとした広場だった。
ごく控えめなジャングルジムがある他は青々とした芝生を敷き詰めた地面が広がっている。
樹齢はさほどでもないが大きく育っているケヤキが規則正しい間隔で植えられており、木漏れ日の中にはベンチが木と同じ数だけ置かれていた。
石を敷き詰めた歩道が中央の噴水から四方に延び公園の外周の歩道へと繋がっている。

人出の割にここには人がいない。
数組のアベックがベンチでくつろいでいるだけで閑散としている。

今の時間はここで休むよりエアコンの利いた喫茶店の方がましかもしれない。

だが意外なほど人の作った林の中を駆け抜け、二人の間を時折通り過ぎる風は季節を越えて来たように涼しい。

そして2人とも口の中はとても冷たかった。

「うーーー!頭痛い・・・」

この街中で彼のよく知っている女の子と同じ事ように頭を抱える。
隣に座っている女の子はいつもと同じように淡々とアイスを口にするがシンジのように頭を抱えたりはしない。
少しずつ口にしては甘みと酸味と冷たい清涼感を感じ取っている。

「ふう・・・・・綾波、零号機って何か変わったの?外見は色が変わっていたけど」
「サポート用の制御システムが新しくなっていたわ。基本は同じだけど・・・・きっともっとよく動くわ」

基本性能がどうかはレイには解らないが、安定性で言えば初号機が遙かに上だ。
だが少しでも役に立ちたいと思う。

自分に命令を下す者の為ではない。
すぐそばで一緒に戦っている者と、自分の背中で待っている者の為に。

「碇君・・・・怒ってるかしら・・・・」

さっきまでの表情とは変わり、どこか不安げな顔がシンジを覗き込む。

「もしかしてアスカのこと?・・・・・・黙って出て来ちゃったしね」

常に一緒にいる少女は今どうしているのだろうか。
2人で何となくうろうろしているのも家に帰りづらいからだ。

もちろん誘うわけにもいかないので仕方がないのだが、内緒にしているのだからそんな理屈はアスカに通用しないだろう。

そして2人とも言い訳が思い浮かばないでいる。

もし全て話したらどうなるのだろう・・・・シンジの頭の中にいつも同じ仮定がこびり付いていた。

一度隠した事実を再び引っぱり出すのは難しい。
当人にとっても周りの人間にしても。

自分に嘘を付き続けたシンジをアスカは許せるか、いや、シンジだけではない。
ゲンドウもそれを知っているユイも、あの家に住む全員がアスカに嘘を付いているのだ。

それをアスカに告げることができるか?シンジの回答は『否』だ。

告げた途端に彼女は孤独にしかならない。

そのとき支える事が自分に出来るようには思えなかった。
孤独を埋めてやることが自分に出来る自信がなかった。

・・・・言い訳かぁ・・・・

最初の嘘に連鎖した嘘を言い訳で連ね、そこにぶら下がっている今という時間。

アスカがいつか手にするかもしれない『疑惑』という鋏が、それを断ち切ってしまわないように。

落ちる先は多分『絶対的な不信』という名の谷だろう。



「碇君・・・・」
「あ。ゴメン、ボウッとしてた・・・・・ありがと」

レイの差し出したティッシュを受け取ると解け掛かったアイスでべと付いた手を拭いた。
水色のアイスはもう残り三分の一ほどが棒に張り付いているだけだ。
口にしたのはほんの少しなのに。

「碇君・・・・出来ることしか出来ないと思う・・・・」

どことなくちぐはぐな言葉をそれでも懸命に探し出した言葉をレイは伝えた。
多分自分の考えていることがシンジと同じだと思ったのかもしれない。

「あたしはエヴァに乗ることしかできない、それしかないもの・・・・・もっといろんな事が出来ればいいと思うけど・・・・」

力無く俯いたままの言葉。
不完全な機体の何もないパイロットは自らの力不足を痛感するしかなかった。
出来ることならシンジをエヴァから降ろし、自分一人で戦えばいいとさえ思う。
・・・・あたしはその為にここにいるのに・・・・

守りたい、その想いだけが大きくなったが彼女の両手はまだ細く弱い。

全てを背負えばあっという間に折れてしまうほどに。

「綾波・・・・エヴァって何だと思う?」
「?」
「アスカに嘘ついてさ、それでも乗らないと何も出来ないんだよね・・・・・」

今まで普通に生活してきて『何か』をしたことがあったのだろうか。
朝起きて学校に行き時には友人と遊んで日が暮れる。
家に帰れば母親が夕飯を作り減ったお腹を満たしてくれる。

何も不自由しない、何も悩まない生活の中でゆっくりと流れる同じ時間。
危機も危険もなかった、ましてや命を懸ける必要などどこにもなかったのだ。

やはり変わったのだろう、たった数ヶ月前と。

「ホントはエヴァなんか知らないで楽しいままやれればいいんだけどそう言う訳にもいかないんだ、きっと・・・・・・・・」

シンジがどう思おうと使徒はやって来た。
そしてこの街の中にすむ人々は生命の危機にさらされた。

恐らくその中に自分の知り合いがいなければ、シンジは関わろうとは思わなかっただろう。
だがシンジがどう思おうと彼の親しい人はその中にいるのだ。

状況は何も合わせてくれない。
自分で合わせるしかない。

考える必要の無かったことが今は必要になっていた。

「簡単なことで崩れちゃうんだな・・・・・・今の生活ってさ」

変わり始めた日々は彼に平凡な日常の危うさを見せつけた。
立っている場所が変わらなければ見ることのない『平凡』の側面。
ほんの少しの事実を知っているだけで見せつけられる『現実』の一面。

「エヴァに乗れるって良いことなのか解らないけど・・・・多分必要なんだ。今の生活には」

見つめている自分の手はついさっきまでエヴァのリアクション・スロットを握りしめていた。

何でも良い、自分のやっていることを正当化したかった。
アスカに何も言えないことも、訳も解らないままエヴァに乗ることも。

「・・・・僕は精一杯やっているんだ・・・・」

ある日、突然に誰かがいなくなる。
親しい人が自分の前から消えてしまう、シンジから見える『日常』はそんな危うさを忍ばせていた。
それは明確な恐怖となって頭の中に焼き印を押している。

・・・・・精一杯やっているんだ・・・・

「帰りましょ・・・・きっと待ってると思う・・・」

白い指はシンジのシャツの裾を引っ張っていた。
揺らぐような赤い瞳はずっと彼を映していたが、多分シンジはそのことに気が付かなかっただろう。

「そうだね、帰ろ。アスカには・・・・・上手く言い繕うよ」

さすがにレイにそれが出来るとはシンジも思わない。
だからといって自分自身もさほど嘘が得意ではないのだがレイよりはましだ。

暫し思案に暮れたが公園の林の陰から見えた建物に何かひらめいたようだ。

「・・・・・図書館で勉強したことにしない?・・・・・」


怪訝そうに見つめる赤い瞳。

『五十歩百歩』という言葉が2人の間に漂った。










ゆったりとした音楽の流れるロビーは大きい鞄を下げた人々でごった返していた。
羽田国際空港、二十世紀最後の開港と鳴り物入りで大騒ぎしただけあって最新鋭の設備とまるで無菌室のように清潔さを保ったロビーは、終日人の影が途切れたことはない。

都心まで近いこともあって成田空港よりその利用率は高い。
彼とその家族がこの空港を利用したのも都心にある自宅から電車一本で来られるからだった。

「胃薬・・・風邪薬・・・あとは・・・・ああ!湿布も持ったか?」

彼は宙を見上げ思いつく限りの薬の名を上げていた。

「もう、そんなのは向こうで持って行くから大丈夫よ」

そんな様子に半ばあきれ顔で年の頃は15.6歳の少女は笑っていた。

「そう、この間買った長袖の下着はどうした?それに毛糸の靴下も・・・・ももひきは持ったか?」

とうとう彼の心配は下着に及び始めたのを見て取るとすぐ側で中年の婦人はそれ以上の発言を制した。

「全部大丈夫、心配しないで良いわよ。カメラも持ったし準備は全部整ってるんだから」

些か体格のよい彼女が力強い笑みを浮かべるとようやく彼も苦笑いを浮かべる。
確かに心配が過ぎたようだ。
長年連れ添ったこの夫人の抜かり無さは良く知っている、まず安心して良いだろう。

「・・・怪我の無いようにな。寒いから風邪を引いたり腹を壊したり・・・・んんっ、とにかく何事もないようにな」

温厚で理性的な顔立ちの彼に呆れ返ったような視線が2人分降り注ぐ。
昨日から同じ内容の言葉を幾度口にしたことか。

「お父さん、お土産氷で良いでしょ?昔欲しがってたものね。水割り飲むとき」
「あ、ああ。嵩張るようなら別に無理をしなくてもそれより・・・いや、そうだな。一度飲んでみたいと思っていたよ」

この世で今のところ唯一自分を『お父さん』と呼ぶ少女が持って来るであろう土産に期待していることを伝えた。
どうせ本当に言いたいことはさっきの繰り返しなのだ。
「じゃあ、行って来ますよ。大学の方はよろしくね」

未だ娘と妻の旅立ちに若干の不安を残した様子ではあったが自分の腕時計を見るとそろそろ時刻が迫っている事を告げていた。

「ともかく無事でな。母さんの言うことを良く聞いて・・・・危ない真似はするなよ」

少女の心はすでに機内に飛んでいる。
もうそろそろ父親の言葉が鬱陶しくなるだろう。

「もう、絶対大丈夫だってば!それじゃあ行って来るね。お土産期待しててね」
「じゃあ、留守番お願いしますね。あ、晩御飯は冷蔵庫に入ってるから・・・じゃあ、行って来ます」

万事活動的な妻と好奇心旺盛な娘は温厚で物静かな父親に見送られ、搭乗ゲートへ向かう人の流れの中に手を振りながら消えていった。



記憶は記憶でしかない。


たった一人の客の『記憶映画館』は未完成映画のラストシーンを終えると、観客である冬月を現実へと追い出してしまった。

「・・・・・久しぶりだな・・・・これは碇の土産だそうだ。こっちは彼の息子と・・・」

小綺麗な包みに覆われた菓子をそっと供える。
当人以外何の意味もない行為だろう。

物音どころか、鳥のさえずりさえ聞こえない静寂に包まれた場所。

「忙しくてなそう時間が取れん、すまないな。そうだ、この春に向かいの家の梅がとうとう咲いたぞ。賭は俺の勝ちだ」

笑み、そう呼ぶにはあまりにも悲しく見える表情。

「お前は土産をまだ持ってこないな、楽しみにしているんだ・・・・」

目の前に立つ二本の墓標に刻まれている同じ名字の別の名前。
何を与えようと、何を望もうと、何を語りかけようと決して答えることはない。

無駄な行為だ、だが何もしないでいるのに耐えられない。
そして時折浮かぶ姿がたとえ幻想でも構わない。

どのみち現実という時間の中には最早存在しない2人だ。

「うちの若い連中は元気だぞ、今日は飲みに行くんだそうだ。ん?俺はつき合わんよ、もう歳だ」

日常に存在しない2人に話しかける日常の出来事。
一方的にしかならない会話。
そんな行為でどうにか思い出にしがみつくことが出来た。

「時間だ・・・・待たせているからな。また来るよ・・・・・」

幸せだった時間を反芻し終えるとその表情はいつもと同じになっている。
恐らくこの2人には見せたことのない顔だ。

ついさっきまでの思い出に背を向け、自分を待っている黒服の男達に向かって歩みを進める。

このまま過去に住み着くことは出来ない、自らに課した成すべき事を遂げるために今はまだそこに住めないのだ。

「ご苦労だったな、帰るぞ。すぐ本部に回してくれ」










好きな物は唐揚げ、ハンバーグ、アイス、ヒカリ、旅行・・・・・

嫌いな物はお化け、遅い自動車、混んでる電車、救急車、病院、薬、蟻、毛虫・・・・

そして大嫌いな奴は家にいないシンジ・・・・・




昔シンジはアイスのおまけを欲しがった。
当たりが出ると銀色のデジタルウォッチが貰えるのだ。
何やらいろいろな機能の付いた如何にもと言った形の時計だった。

アスカは別にそんな物は欲しくなかったが、すぐ隣でそれを物欲しげに見つめている男の子がいた。

「シンジ、あれ欲しいの?」
「うん、でも当たらないとダメなんだ」
「ふーん」

すぐ近所のコンビニエンス・ストアのレジに下げられたポスターをその男の子はジッと見つめている。

「・・・・いっぱいアイス買えばいいじゃない、そうすれば一つぐらい当たるかもしれないわよ」
「でも・・・・」
「あたしお小遣いまだいっぱい残ってるモン」

夏休みに特別支給して貰ったお小遣いは確かにまだ残っている。
何か買おうと思って大事にとって置いたお小遣いだ。

「でもアスカ・・・・」
「シンジも選んで。えーと何個買えるのかなぁ・・・・」

ユイに食べ物は残してはいけないと言われていたので2人で抱えたアイスは全部食べた。

起きれなくなるような腹痛とアスカの小遣いの代償にシンジは腕時計を手に入れた。

まだ記憶にこびり付いている程度昔の話だ。




碇家の庭先は雨も降らないのにびしょ濡れになっていた。
アスカという名の雨雲は「庭の草木に水をやる」と言ってからしばらく経つ。
喉の乾いていた草木達はすでにゲップが出るほど水をもらったが、未だホースの先からは水が流れ出している。

・・・・もう四時になるのに・・・・

買い物から帰ったとき玄関に鍵が掛かったままだった事にひどくガッカリしてしまった。
それから30分、こうして水撒きを続けている。

・・・・用事ってなんだろ・・・・

答えを出したくない疑問が頭の中に渦巻く。

・・・・どうせ大したことない用事に決まってる!・・・・

今まで一緒に住んでレイはともかくシンジに内緒にされてしまうような事はない筈だ。
大切な用事なら必ず自分に話をしてくれるはずだ。

頼って貰えるはずだ。

白いスニーカーがすっかり濡れてしまったがそんなことに構う様子もなく、ひたすらホースの先を見つめていた。

・・・・・キスしただけじゃない・・・・

早まったのだろうか。
不安を感じたからでもなく、焦ったわけでもない。

ただ一歩踏み出したかっただけだった。
今いる場所からもう少しだけ近づくために。

だが、どことなく自分を避けるシンジと彼と目を合わせることの出来ない自分がそこにいた。

・・・・何でレイに悪いなんて思わなきゃいけないのよ・・・・

水が目の前を乱舞した。
思考が泥沼に入り込みそうになるとホースを振り回す、さっきから幾度も繰り返していたのだ。

ほんの少しの罪悪感と微かな優越感。

そしてより多くの不安。

シンジの行動は小さな事まで気になるようになった。
レイの視線が気になるようになった。

どんな事にもすぐに疑問を感じてしまう、そしてその答えを望んでいるのに聞くこともできない。

全くまとまらない考えを抱え込み、以前とは微妙に違う3人の関係に悩んでいた。
「いつまで遊んでるつもりなんだろ・・・・もう四時よ!」

ホースの口を細め、アスカより遙かに年上の庭木に透明な鞭を振るった。

夏の緑は今日一日の埃を洗い流され、透明な深緑を取り戻す。
八つ当たりではあったが文句言うことなくアスカの降らせる雨を心地よさそうに浴びている。

「この・・・・馬鹿シンジ!!」

隙間なく敷き詰められた芝生を思いっきりけ飛ばすと水飛沫が舞う。

ほんの少しスッとした。
再び強く足踏み降ろし水飛沫を舞い上げる。
そして思いっきりホースの先を細め天に向かって螺旋を描きながら水を撒き散らした。

透明な軌跡はやや傾きかけた日に煌めきアスカへと舞い降りる。

「バーーーッカレイ!バーーーーッカシンジ!!」

まだ帰らない2人に向かうように水を天へと撒き散らす。

そしてそれは再び自分に降り注ぎ彼女をずぶ濡れにしていった。

「・・・・バッカみたい・・・・」

一体何が『バカ』何だろ
一体何が不満なんだろ

答えにすれば恐らく簡単な一言で済むのに、それを言葉にするにはまだまだ複雑な手順が必要なのかもしれない。

淡い栗色の髪がさも重そうに水を滴らし始めた頃、『バカ』とアスカに名付けられた2人の声が聞こえた。

「・・・あのさ・・・何してるの?・・・・」





やたら巨大なバスタオルをシンジに思いっきり投げつけた。
まだ髪が湿っているが仕方ない。

秀麗な顔に表情はない。
まるで以前のレイのように無表情無感情を決め込んでいる。

「あの・・・乾いた?」
「見てわかんないの?まだ湿ってるわよ」

その声は低くくぐもっており彼女の機嫌が手に取るように解る。
着替えた新しいTシャツはリビングに取り込んであったシンジのTシャツだが、まだ自分の物とさほど変わりはない。

「・・・・怒ってる?」
「何を?」

返事に彼女の不満が満ちあふれている。

「あの・・・図書館に行ってたんだ・・・レイにも手伝ってもらって・・・ほら、自由研究でまだ書いてないところあったし・・・・」
「あたしが一緒に行っちゃ不味いんでしょ。別に何にも聞いてないわよ」

聞いてはいないが返答は求めるような言い方だ。

「何であたしが怒んなきゃいけないの?」
「その・・・・アスカまだ寝てたから・・・早かったし起こすの悪いと思って・・・」
「やだ!部屋覗いたの!?しんじらんなーーーい!!」

覗かなければ彼女が起きているかどうかは解らない。
そしてシンジが覗きなどしていないことは起きていたアスカは良く知っている。

だからこそ言える意地悪なのだろう。

「シンジがそんな事するなんて!もう変態!近づかないで!」
「そんな事するもんか!」

大騒ぎしながらシンジの抱えているバスタオルを再び手にすると彼の頭をそれで覆い被す。

「あんたみたいな変態はこうしてやる!」
「ちょっちょ・・・いた!痛いってば!痛いよ!」

アスカに抱え込まれると頭をぽかぽか殴り始めてしまった。
覗いてはいないが引け目はある。

お陰で抵抗もできない。

「悪かったってば!・・・いた!」
「やっぱり覗いたのね!」

覗いてなどいないが悪いとは思う。
アスカに嘘を付き仕方ないとはいえ『仲間外れ』にしているのだ。
幼い頃からともに過ごし今まで何でも言えた。

そう出来なくなったのはシンジだけのせいではないだろう。

「許して欲しい?」
「う、うん・・・・さっきから謝ってるじゃないか・・・」
「何よその態度!」

碇家の洗面所はこの2人が暴れても困らない程度には広い。
だからアスカが脇に抱え込んだシンジの頭を締め上げても、彼が情けない声を上げながらのたうち回ってもどこかにぶつかるような心配はなかった。

「ホントにゴメンてば・・・・」
「本気で悪いと思ってるんでしょうね!」
「うん・・・・思ってる」

本当の理由はこれで言わなくても済んだ、聞かなくても済んだ。

今もっとも望ましい決着の付け方をアスカは選択した。

それをゴマカシと言えるほど2人とも互いの距離を離すことが出来なかった。

アスカもさすがに疲れたのだろう、息を吸う度肩が揺れる。
それでもシンジを抱え込んだままなのは・・・・何となくだったのだろう。
2人ともその場に座り込んで呼吸を整えている。

「ねえ・・・・・何で謝ってるの?」
「・・・・・・覗いてなんかいないけど・・・・何となく・・・」

彼女の質問に正直に答えられない。
不誠実な回答だけが口から吐き出される。

・・・・アスカヲダマシテイルカラ・・・・

「そう、別にいいけどさ・・・・」

理由を問いただしていた割には意外なほど簡単に納得した。

・・・・やっぱり答えなんていらない・・・・

言い訳をするシンジ、それで十分かもしれない。

答え、結果、それが出たところで自分の望んだ物とは違うかもしれないのだ。



「今日ね、家具見に行ってたの。ノルウェーの古い家具があったんだけど、もしかしたら買うかもしれないっておばさま言ってたわ」

シンジを離すことなく今日の出来事を口にした。
いつも一緒なのでそんなことは今までなかったのだが今日は互い何をしていたのかが殆ど解らない。

「そうなんだ・・・・・」
「それとね、ケーキ買ってきたんだけど後で食べるでしょ?」
「うん」

今日の出来事、それすら話せないことにシンジは言い様のないもどかしさを感じていた。





『今日は富士川郵政大臣の証人喚問が行われましたが献金の受け渡しについては従来通り否定し・・・・』

誰の興味も引かないニュースがTVからリビングへと流れ出す。

「でね・・・・・これこれ!この家具なんだけど」
「そんな大きなのどこに置くんだよ」
「だからどうしようかと思って。何かいい考えない?」

TVニュースより遙かに重要な議題を提示されたシンジだがまともに考えていない。
それよりも次の小遣いでどのゲームを買うかの方が問題なのだ。
さっきから同じ事を幾度か聞かれているがその度に「ふーん」や「そう、いいんじゃない?」と言った、誠意のない答えを返している。

実際どんな家具を置こうとさほど興味がないのだ。

「ちょっとこれ見なさいよ!ほら、アンティック家具だけど傷がないんだから。そこの隅に置いたらいいと思わない?」

シンジの頭をつかむとグルッとひねり店から貰ってきた写真に目を向けさせる。
この手の話に興味を示さないのはいつものことなのでどうしても『力ずく』だ。

「いいね、いいと思う!好きにすればいいって・・・・イッテテテ・・・」
「全くいつもそうやっていい加減な・・・・・って、レイは?」
「多分お風呂じゃない?」




ゲンドウはかつて『風呂場を檜にする』と宣言したが、ユイに「掃除しにくいから駄目」と一蹴されてしまった。
その為大きな風呂桶はあまり高級感のないFRPだが実用性から言えば十分らしい。

以前は3人、その後に4人、今では5人の碇家の住人が使用している。
今は一人は仕事で、一人は夕飯の支度、二人はリビングで何やらもめているので残った一人が使用していた。

白く濁ったお風呂、入浴剤を入れ過ぎたらしく無言のままレイは容器のキャップを閉じた。

若干強い『木の香り』が鼻をくすぐるがそれを気にすることなく湯船に浸かり一つため息を付く。
少しだけ温めのお湯は彼女の体を流れる血液の循環を促進させた。
訓練があったため少し疲れている全身がゆっくりと落ち着いていく。

タオルで顔を拭くと身体的な感覚にも関わらず心までさっぱりしたような気になる。
エヴァとシンクロし、まだ興奮気味の神経を休ませなければ眠れなくなってしまう。
何気なしに今日一日を振り返ってほんの少しだけ表情が曇った。

・・・・・零号機じゃ・・・止められない・・・・・

シンクロ率94.23%、その数字を聞いたときレイの心に陰りが生じた。
神経接続、シンジの全神経の94.23%がエヴァと同化していると言うことだ。

視覚、聴覚、触覚、味覚、嗅覚全てをエヴァと共有するのだ。

勿論『痛覚』も。

シンクロ率の上昇は確かに戦闘力を上昇させるだろう。
だがそれと同時にパイロットへの負担も比例するのだ。

シンジ自身の感覚が異常なまでに鋭くなっているのも、運動機能が上昇しているのもその現れだ。

今はまだいい。
だが極限状態に陥ったとき『94.23%』と言う数字が何を導き出すか・・・・

・・・・零号機じゃ救えないかもしれない・・・・

安定していない機体。

パイロットの彼女に問題があるわけではない、ハードとしての零号機の性能は最大限まで引き出してもなお近接戦闘には耐えなかった。
それ故より戦闘力のある初号機のバックアップに専属している。
それは初号機とそのパイロットをもっとも危険な位置に置くと言うことだ。

一番望まない、だがそれ以外にない。
使徒が来ればとにかく倒さなければならないのだ。

人類の敵として。

戦闘以外の不安はレイだけが感じていた。

・・・・新型機、開発してるはずなのに・・・零号機はまだ完成していないのに・・・・

湯の中に沈めた自分の両手をジッと見つめた。
白い湯の中に溶け込んでしまうようだ。

・・・・まだ駄目。まだ消えられない・・・・

守るべき者が健在な内は、彼らに必要とされている内は。

ほんの少しのぼせ始めた頃、彼女を必要とする声が聞こえた。

「レイ!いつまで入ってるのよ!夕飯なくなっても知らないわよ」





夕食後のお茶が一番美味しいとシンジはかねがね思っていた。
たとえ「手伝いなさいよ!」とアスカにしかられても美味しいと思う。

「綾波、もう一杯お茶ちょうだい」

湯飲みを差し出すとすぐに入れ立てのお茶が入る。
「お茶注ぎ係」は怠ける、さぼると言うことを知らず食事の時間に大活躍していた。
その役目は当人もなぜか気に入っているようで文句一つ言わず、どことなく喜々とした感じさえするのだ。

最近では茶菓子を用意したりお茶っ葉の在庫を確認したりと、やり甲斐を見いだしたらしい。

「レイ、あたしのも入れて置いてー」

台所からアスカの声が聞こえた。
彼女は食器洗いの手伝いが担当だ。

昔からそうだったので別段意識せずやっているが不満など感じたことがない。
シンジが手伝わないことに文句を言ったことは山ほどあるが手伝わせたことは殆どなかった。

あくまでも『自分の仕事』なのだろう。

それに台所でユイとお喋りするのも楽しみだったのかもしれない。

学校であったこと、遊びに行ったこと、シンジのしでかしたこと、その中身は日々変わる。
今日はユイと2人で出かけたことがメインらしい。

「ねえ、またあの店行かない?美味しかったでしょ?」

アスカ自慢の店はまだユイ以外誰にも教えていない。
秘密の店というのは知っている人間がいないからこそ価値があるのだ。

いずれはシンジやレイを引き連れて行くことになるだろうが。

「そうね、また行こうか。美味しかったものね。誰にあの店教えて貰ったの?」
「へへー内緒」

ニヤッと笑みを浮かべたアスカだったがユイには何となく察しが付く。
確か同級生に洞木ヒカリと言う子がいるのを思い出した。

たまに遊びに来ていたのでそれとなく覚えている。
と、言うより家に連れてきた友人は彼女だけだ。

台所での会話の中にも『ヒカリ、シンジ、レイ』以外の名前は滅多に出てこない。

彼女の優秀さが友達を作るのを邪魔することもあるのだろう。

乾燥機から食器を取り出すと半分をアスカに半分を自分で少々古ぼけた食器棚にしまう。
買った当初は高級家具だったが今ではシンジとアスカの思い出が、細かい傷やシールの剥がし跡となって残っている。

はめ込まれていたガラスだって特殊なカットを施した立派な物だったのだが、やはりあの2人が割ってしまい今ではただの板ガラスがはめ込まれていた。

だがユイは未だに取り替えられないでいる。

取り替えてしまうと思い出まで消えてしまうような気がしていた。

消える筈などないのだが・・・・










碇家の中の「惣流アスカ・ラングレー」の部屋はいつも整理整頓されている。
この部屋の主の性格がそうさせているのだろう。
三つある大きなクッションの内一つはアスカが占有しているが残り二つはこの部屋に来る連中のために置いてある。

きれいに整理された本棚には参考書を初めとして百科事典や小説などが規則正しく並んでいるが勿論それだけではない。

ファッション雑誌にレストラン紹介雑誌、音楽雑誌と同年代の子が読むような本も一揃いあった。

そして少女向けのコミックもちゃんとあるが今夜はその一部がベットの上に散乱している。
だがそこに寝転がり読んでいるのは彼女ではない、碇シンジという少年が熟読していた。

「アスカァ・・・・続き」
「自分で取ればぁ・・・はい・・・」

アスカも『たうん・おぶ・3rd』の最新号を熱心に読んでいるので返事はおざなりだがそれでもちゃんと次の巻を渡してやる。

就寝前のひととき。

始まったときは『永遠の休日』とさえ思える程神々しく輝いた夏休みもやがて『長期休暇』になり、今では『ちょっとした連休』にまで成り下がってしまった。

後幾日もなく夏休みは終わりを告げるのだ。

そんな夜は寝てしまうのが惜しくて仕方がない。

夜更かしできるのも後僅かなのだ。

自分の部屋の漫画本はもう幾度も読んでしまいやることのなくなったシンジはアスカの部屋を訪れこうして少女漫画を読みふけっている。
最初は『暇つぶし』と言った程度だったが読んでいる内に止まらなくなったらしく、今では20巻中15巻まで読み終えていた。

「シンジ、ちょっと向こうにずれて。首痛くなっちゃった」
「ん・・・・」

床で読んでいたアスカだったが背中と首筋が軋み始めてしまった。
そこで彼女は最良の枕を求めベットに這いずり上がってきたのだ。
最良の枕、かどうかは解らないがうつ伏せになっているシンジのふくらはぎに頭を乗せた。

高さも堅さもちょうどいいらしく、時折この「枕」を使用していた。

「動いたら・・・此処からたたき落とすからね」
「ん・・・・」

足にちょっとした重さを感じると共に、長い髪の感触が少しこそばゆい。
しばらくゴソゴソと頭を動かしていたがやがて一番楽な位置が決まったのだろう、ようやく落ち着いた。

そして暫し『読書』と言う無言の時間が霧のように彼女の部屋を漂う。

だがベットの上で『読書中』の2人の心の中は霧どころか暴風雨のような騒ぎだ。
互いに聞きたいことが聞けないでいた。

夏休みの一瞬、ほんの数秒の出来事。

シンジもアスカも問いかけてみようかどうしようかと天秤を左右に揺らしている。

その答えが出ないから『読書』という大義名分を着込み、疑問という名の素肌を覆い隠していた。
それを着込めば着込むほど心の湿度は高まり暴風雨はより一層激しくなる。

「シンジ・・・・あのさぁ・・・・」
「ん?・・・・・」
「あのさぁ・・・・あのね・・・・・・・・・・何でもない・・・・」

再びタウン誌に目を落とす。

・・・・あの時どう思ったの?・・・・・

簡単な一言、だが聞くに聞けない疑問だった。

「アスカ・・・・な・・・・・何でもない」

少女コミックに再び没頭する。

・・・・どうしてキスなんかしたんだよ・・・・
聞けば何か答えが出るのか、答えが出たらどうするのか?

勿論そんなことは考えもしない。
だが『何かを聞きたい』事だけは確かだった。

たった一言聞けばいいだけなのに、もう内容など読んでいない漫画と雑誌を手にそれ以上口を開くことが出来ないで居た。

「あのさ・・・・・何でもない・・・・」

幾度も繰り返す不自然な会話を互いに問いただすことなく、時計の音だけをBGMに読んでもいない読書に熱中している。

張りつめたようでそうでなく、リラックスしているようで緊張している無言の時間の中に一人の侵入者。
寝間着姿の少女は今の自分の現状をこの部屋の主に訴えた。

「レイ・・・・どうしたの?」
「眠れない・・・・・」
「はぁ?」
「眠れないの・・・・・」

入り口に立って「何とかして欲しい」と言葉少なに全身で訴えている。

アスカは当然知らないが今日のシンクロテストで過度の負荷が掛かった神経が未だ興奮したままで何度目をつぶっても夢の中に入り込むことが出来ないらしい。

「・・・・・じゃあ、起きてたら?」
「ならそうする・・・」

どことなくテンポのずれた会話ではあったが確かにそれ以外にどうしようもない。
アスカは不眠の治療法など知らないしシンジだってそれは同じだ。

それに2人も今すぐ寝ろと言われてもそう出来る状態ではない。
3人仲良く優しい眠気の天使が訪れるまで此処で待っているのが最良の方法だろう。

レイは八畳間フローリング張りの床を見回し、転がっている大きなクッションを引き寄せその上に正座した。
そして先月号のタウン誌を開いた。
『これから始まる夏!もう準備は大丈夫?』

もうすぐ夏は終わる。
振り返ってみれば色々あった。

新しい水着に初めての家族旅行、「わたしには何もない」と呟いたレイは今とても多くの『昔』を抱えていた。

それはシンジやアスカに比べ些細な『昔』だ。

些細だからこそよりその重さを感じ取っていた。
初めて手にした『昔』だからこそより深く大事に思えた。

「新しいヤツあるけど読む?」
「・・・・ええ」

最早アスカの目には何にも映っていない最新号を渡すとジッとレイを見つめる。

・・・・あたし悪いことなんかしてないモン・・・・

それを確認するかのように目をそらさない。
レイをまともに見れない罪悪感をうち消すかのように青い瞳を彼女に向け続けた。

アスカは真面目だが視線を感じ取り本から顔を上げたレイには、かなり奇異に映ったに違いない。
何しろシンジの足の向こうから顔だけを自分に向けて微動だにせず見つめるのだ。

「・・・・・なに?」
「別に、見てるだけ」

とまどうような表情を浮かべるレイ。
それはそうだろう、真面目な顔で見つめられては気にならないわけがない。

シンジのふくらはぎに顎を乗せたその姿はどことなく滑稽だが、あくまでアスカは真剣だ。

やがてレイは本を自分の前に掲げ、その視線を遮った。
やはりどうにも青い瞳が気になって仕方がない。

「何隠れてるのよ」
「隠れてない・・・・」
「嘘!隠れてるじゃないのよ!」

ベットから勢い良く飛び出すとレイの背後に回り脇をくすぐり始めた。

「隠れたんでしょ!正直に言いなさいよ、でないとまたくすぐるわよ」
「だって隠れてないもの・・・・きゃっ!」

もうどうでも良いらしい、とにかく執拗にレイにじゃれつき始める。
まるで猫が遊ぶかのように床に転がり2人で騒ぎ始めていた。

シンジにそうしたように、レイにもいつもと同じように接したい。
同じようにふざけあいたい。

そしてアスカは今までと同じ位置に立っていることを確認したかった。

・・・・何も変わってないわ!・・・・

「綾波・・・・寝ちゃったね。どうする?」
「別にこのままでいいわよ、毛布掛ければ風邪引かないし・・・・」

この部屋に『眠れない』と助けを求めに来たレイは、深い眠りの谷へと落ちていた。
彼女を『屠った』あとシンジを暫しいじめていたらいつの間にかベットで寝付いてしまったらしい。

疲れるほど騒いだ訳ではないが静かな寝息と共にもう何しても起きそうにない。
どことなく安心しきった赤ん坊のような顔に見えたのはアスカの気のせいか。

「じゃあ、僕も寝る・・・・ふぁぁ・・・・お休み・・・」
「うん、お休み・・・・あたしも寝るわ・・・ふぁぁぁぁ」

アスカの『儀式』は終わった。
いつもと同じ時間の中にいることを確認する儀式。

まだこのままでいたい。
レイやシンジと遊べる時間の中にいたい。

いずれ其処から出なければならない時が訪れるとしても。

半分をレイが占領しているベットに潜り込むともう一度彼女の顔を覗き込む。

・・・・子供みたい・・・・

そして枕元のリモコンを探し出し照明を落とす。



さて・・・・明日は何をしようか・・・・・・










「俺達はこのままカラオケでも行きますけど葛城さんはどうします?」
「もちろん・・・・んぐっ!」
「勿論帰るさ、なあ。リッちゃんはどうする?」
「もう少しだけ付き合うわ。加持君、悪いけどそこの大虎処分して置いてね」

第三新東京市の繁華街は深夜になってもなお賑やかさを失っていない。
むしろ夜が更けるほどに喧噪が増していくようでもあった。

セカンドインパクト後に作られた最新都市。

行政上は『特別政令指定都市』と割り振られ「○○県○○市」と言った肩書きがない日本で唯一の都市だ。

法律、条例その他で特に他市と違った部分はないが日本行政が公共工事、条例制定、市民税税率などを初め、行政一般の決定権を持たない。
それら県議会や市議会が決定すべき事項は国連の『人類補完委員会』によって組織された『第三新東京市管理協議会』によって決議されている。

いわゆる市役所や県庁などの代わりの機関だ。

ただ警察機構だけは従来通り日本組織の介入を認めているのだ。

そのお陰かどうか、犯罪検挙率は非常に高く、此処の治安は他市に比べよいと言われていた。

故にミサトをこのまま放り出しておいても安全と思われたが、むしろ問題は彼女自身が問題を起こす方なのでどうしても「お目付役」を必要とするのだ。

臨時飲み会も終わったがまだ遊び足りないマコト、シゲル、マヤの三人はこれから足りない部分を補いに行くらしい。
あまり騒ぐのが好きな方ではないのだがリツコは何となくそれに付き合うことにした。

ミサトもそうしたかったのだが『特務機関NERV作戦本部長』としては些か飲み過ぎているので自宅へと強制送還されることとあいなったのだ。

「じゃあ、また明日」
「それじゃあ、お疲れさまでした!」
「バイバーイ」
「生きてたらまた会いましょ」

三者三様の挨拶もそこそこにその場で別れを告げた。


「葛城さんずい分舞い上がってましたね」
「たまには良いんじゃないかしら、このところ色々あったし・・・・」

確かに色々あった。
蜂谷の一件では後処理に東奔西走してさすがのミサトも疲れたらしい。
それでも警察自体の介入は避けようがないらしく問題は残っているようだ。

今日の飲み会も彼らにとって「厄払い」「景気づけ」の意味もある。
少なくとも同僚が裏切って同僚に撃ち殺されたのだ。
あまりいい気分の物ではない。

「青葉君に日向君、お店探してくれないかしら。あたしカラオケなんて詳しくないのよ」
「了解、行くぞ青葉!」
「ラジャ!」

2人はリツコの命を受け少し離れた場所にある雑居ビルへと走っていった。
何しろ土曜の夜だ、下手をすれば店を探すだけで夜が明けてしまう。
「あたし達はそこで待ってましょ」
「はい、でもなんか悪いですね」

すぐ傍らにあるベンチにマヤとリツコは腰を下ろし通りを眺めた。
未だ遊び足りない者達で深夜一時を回ってもまだその人影が消えることはない。
平和という名の日々で日常という名の生活を送る人々。

かつてはマヤもその中で何も知らずに生きてきた、今はそう思うようになった。

NERVという中に身を置き、一般では知らないことを知るようになり普通では持ち得ない疑問も抱くようになったのだ。
恐らく大学時代とは変わったのだろう、自分でも解る。

今持っている疑問もそんなうちの一つだった。

「この間の一件なんですけど・・・・二重アクセスらしいんです」

システム管理担当者でもある彼女にとってマギへのハッキング事件は『事後処理』と言う仕事を増やした。

その進入ルート、使用機器等調査していたマヤはちょっとした物を発見していた。

「直接ハッキングしていたのは確かに彼の使っていた517端末ですがその端末自体に外部からハッキングした形跡があるんですよ」
「つまり?」
「誰かが517端末をリモートにして・・・・・多分その連中が本命ですね、蜂谷君は隠れ蓑に過ぎなくて。きっと保安部に通報したのも彼らです。騒ぎが起きた最中もそのままアクセス続けて・・・・保安部も蜂谷君追いかけていたし・・・・」

ふと一台の車がクラクションを鳴らしながら目の前を走り去っていく。
日の昇っている間よりその交通量は格段に少ないがその分スピードは出ているのだろう。

道を渡ろうとした酔っぱらいは何か意味不明の文句をがなりたてた。

「ふ・・・・根っこは残ったのね。517へのアクセスルートは・・・・不明ね」
「はい・・・・もう少し早く気が付いていれば。多分移動可能な端末で通信ケーブルから無理矢理進入したみたいですし」

微かに眉をひそめ姿見えぬ相手に言い様のない悔しさを感じていた。
システム管理に携わっている彼女にとって事の重大さよりむしろ「出し抜かれた」と言った思いの方が強いのは否定できない。

それでもそこまで探し当てたのはマヤの功績だろう。

「どのみち後は諜報部の捜査しかないんですけどね。よっぽど間が抜けてない限り道具は処分してるでしょうから」

わざとらしい街明かりの中、苦笑とも諦めともつかない表情がマヤに浮かぶ。
確かにリツコの言うとおりだ。

「そうね、後は彼らに任せましょ。これ以上わたし達が苦労することないしね」

ショルダーバックの中からタバコを一本取り出すと第三新東京市を紫煙の中に沈める。
一瞬だけ自分の作り出した霧の中に隠れ、再び顔を出すと向こうで自分の名を呼ぶ声が聞こえた。

「赤木博士!一件部屋開いてるそうですよぅ!」
「あら、見つけたみたいよ。マヤ、行きましょ」

手を振りながら駆け寄ってくるマコトとシゲルに目を向けると苦笑するしかなかった。
何もこんな街中で「博士」などと大声出さなくても良いだろうに。

「先輩は今日何歌うんですか?」
「やぁね。あたしもミサトよりましな程度で音痴なのよ。みんなに任せるわ」
「悪いですよぅ・・・・今度あたし新しい歌覚えたんですよ」

一連の話題の先は地下にしまい込むつもりだ。
地上でこれ以上して良い話ではない。

・・・・少しは先輩の役に立てたかな・・・・

地上には地上でする話がある。
久しぶりの息抜きだ、存分に楽しむためそれぞれの頭の中で好みの曲が流れ始めていた。

そんな彼らを後ろから眺めながらリツコは近くにゴミ箱を見つけるとバックから何やら取り出し暫し見つめる。

・・・・よっぽど間抜けか・・・・言ってくれるじゃない・・・・

大きめの手帳のようなサイズのハンディコンピュータを手にするとその中へ放り込み、彼女の視界から消し去った。





「おい、どれか飲むか?」
「あったしねぇスポーツドリンクでいいやぁ」

ミサトのマンションのすぐ近くにある自販機で加持はコインを投入し、痛いほど冷えた缶ジュースを手にした。
つまみの食べ過ぎと飲み過ぎで喉が乾いたのだろう、これで三本目だ。

「サンキュゥ・・・・はぁぁぁぁ、人類の英知よねぇ。こんなのが飲めるなんて」
「そうだな、多分考え出したヤツも飲み過ぎで喉が乾いてたんだろ」

加持も自分のコーラを飲む。

「リツコのヤツさぁ一体何歌うつもりなんだろ?あいつ何歌っても演歌になるのよねぇ・・・・こう、眉間にしわ寄せてさぁ、あたしより音痴なのよぅ」

ご機嫌な様子で今頃、演歌風なニューミュージックを歌っている友人の顔を思い浮かべ一人笑っている。

「ほら、部屋行くぞ。近所に迷惑だ・・・っと、電柱にしがみつくなよ。そうでなくったって重いんだから」

かつてシンジがその部屋に入ったときは開いた口を塞げず、ただただその有様を感心するように眺めた。
そして開いた口を閉じるのに汗だくになって片づけなければならなかったのだ。

そのときに比べれば今の状況は数倍ましだろう。

少なくとも座る場所はあるのだ。

「じゃあ、俺帰るから。ちゃんと戸締まりしておけよ、入ったヤツが危ないからな」
「あっそう、バイバーイ・・・・・少し待てるならコーヒーぐらいは出せるわよ」

そう言うが早いか早速食器棚からカップを2セット取り出し冷蔵庫からアイスコーヒーを取り出す。
今朝入れたばかりの物だ、インスタントではあったが。

「悪いな、一杯貰うか」

そして加持のカップには1杯、ミサトのカップには4杯の砂糖が入れられた。
2人の間にかき回すスプーンが安っぽい音を奏でる。

互いに話すことが見つからない。
だが緊張も退屈さも感じていない。
『落ち着く相手』というのは目の前に居る人物のようなことを言うんだろうか、漠然と同じ事を考えていた。

「加持君今年で幾つになるんだっけ?」
「えっと・・・・31かな・・・・そうだ、31だよ」
「意外と歳食ってるのねぇ」
「お互い様だよ、それは」

互いの苦笑いがカップの中のコーヒーに映し出される。
遠慮はしつつも気を使わないで済む相手。

「早いわよね・・・・22で卒業して、もう七年か・・・・・」

あの頃の喧噪が懐かしく感じられる。
いい加減ででたらめな日々、それを許した自由な時間と空間。
目の前のことを無責任に批判でき、受け入れられた時代だ。

「あたしさ、加持君がなんで消えたのかその理由まだ聞いてないのよね。教えてくれるのかしら?」

今では万事『理由』が必要になった。
それを求めるようになった。

「さして面白い話じゃないさ。仕事がドイツにあったから向こうに渡った、それだけだよ」
「あたしやリツコ放り出してね」
「連れていって欲しかったのか?」

余りにもあっけない言い方はミサトの付き始めた勢いを消す。

「あの時は俺も葛城もリッちゃんも・・・・余裕がなかったんだよ。自分のことだけで手一杯だったのさ」
「そんなの言い訳じゃない!」

加持が目の前から消えた、5年前のある日突然に知らされた事実だった。
どこにも居ない、行き先も解らない。

「せめて、せめて行き先ぐらい言っても良かったじゃない!何で黙って消えたりしたのよ・・・・」

心だけが五年の時間を遡る。
脆かったあの頃に、強くなれなかったあの頃に。

「言ったら一緒に来たのか?」
「・・・・・・・・・・・・・・・・・」

もし聞いていたらどうしたのだろう。
ミサトはその答えが出せない。

あの時一晩中悲しみ、一晩中罵った。

そして憎んで忘れることにした筈だったのだ。

互いの間にあるカップが揺れる。

「行かなかったと思うわ・・・・此処の仕事も辞めるつもりなかったし」

何も言って貰えなかった、だから加持に「一緒に行かない」と言わずに済んだ。
今なら行かないと言えるがあの時の自分は「選択」出来たのだろうか。

・・・・甘えることしかできなかったのにね・・・・

「もうよそうや、遙か昔の話だぜ。互いに傷舐めあってただけだ、相手のことなんか考えてなかったしな」
「そりゃそうだわ・・・・ま、お互い様かな。ビール飲むでしょ?」

一方的な想いでしかない若かりし日々。
押しつけあった愛情。

今なら笑い話でしかない。
一本の缶ビールで押し流してしまえば済む話だ。

そうやって誤魔化すことが出来るぐらいには自分も成長しているとミサトは思う。

「とりあえず乾杯しない?・・・・・再会祝してさ。まだ・・・一回も言ってなかったからね」
「・・・・祝せる再会なのかな」
「多分ね・・・・・ほら」

乾杯!

アルミ缶の安っぽい音が貧相に鳴る。
まあ、取り敢えずはそれで良いのだろう。

あまり片づいていない部屋での乾杯にはそれがむしろ似合っているようでもあった。

続く


Next

ver.-1.00 1998 03/03公開

何かありましたらこちら!!お気軽にどうぞ


後書き&一周年

どうも、後書きも久しぶりのディオネアです。
さて如何だったでしょうか「17話:疑問と疑惑」。

相変わらずの長文傾向で問題ありありですねえ(^^;;;それが更新期間の開く最大の要因でしょう。

で、これで夏休みは終わりです。
トウジやヒカリはどうした!ケンスケは生きているのか!?などあるとは思いますがその辺りは『夏』という題でそのうち書いていこうと思います。

そうしないと本編が進まないんで(^^;;

進めるためには彼らに『新学期』を迎えて貰います。

てな訳で次回『新学期始まったけどカッタリーよな(仮題)』でお会いしましょう。
えーーー、いつも感想くださる方、私ごときに催促なさってくださる方、本当に有り難うございました。
お陰様で残業が続いても休日出勤が続いても(TT)こうして連載を続けることが出来ます。

本当に心から感謝しています。
返事は出させていただいていますがこの場をお借りしてお礼申し上げます。

それと「めぞんEVA」一周年おめでとうございました。
その間更新を続けてくださった大家さん、見に来て下さった方々にも心からのお礼申し上げます。

本当に有り難うございます。

私も書き始めてもうそろそろ一年になりますが・・・・・まだ続きますね(^^;;;

昨今『EVAブーム下火』の噂がちらほら聞かれ、その手のサイトも閉鎖が目立ち始めましたがそれはそれ、新たなるページも出てきていますし小説は小説で楽しんでいけると思います。

これからも宜しければおつき合いください。

では次回またお会いしましょう。

ディオネア m(__)m



 ディオネアさんの『26からのストーリー』第十七話、公開です。


 中身がたっぷりのぎゅうぎゅうに詰まった夏休み、


 碇家でも、
 ネルフでも、

 子供達の間でも、
 大人達の世界でも、


 沢山のことがありましたね。



 シンジもアスカもレイも
 色んな事を。

 出さない言葉の重なりが、
 すれ違っていってしまわないことを−−


 新学期、楽しみです、凄く、ね(^^)



 さあ、訪問者の皆さん。
 ボリュームたっぷりのディオネアさんに感想メールを送りましょう!


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