26からのストーリー
第十三話:たぶん、そして、きっと
その部屋は広いだけで、どこか荒涼とした感覚を覚える。
辺りを見渡せる位置に飾り気はないが重厚な机がたった一つ置かれ、持ち主の立場を知らしめていた。
第三新東京市の地下にあっても太陽の恩恵を受け、ジオフロントの森は日々艶やかさを増している。
この地下にどこから入り込んだのか蝉がいつの頃からか増え始め、地底の人々に夏本番のファンファーレを奏でていた。
「今年も暑くなりそうだな」
髪をかき上げ、見下ろしていた森から目を離すとガラス窓には初老の男がいた。
夏を疎ましく思うのは年を取った証拠だ、そんな誰かの言葉を思いだし思わず苦笑してしまう。
そんな彼の傍らには同じようにジオフロントを眺めている男がいる。
自分よりまだ若い男はサングラス越しに同じ景色を眺めていたがさしたる感想を抱くこともなく窓の脇に取り付けられたコントロールボタンを押した。
蝉のオーケストラは作動した防音システムを突き破ることは出来ず、この部屋の二人以外に向けて演奏を続けている。
彼らに夏を感じるものは必要ないらしい。
「碇、委員会の方がなにやら蠢動しているな。太平洋艦隊の司令官、辞任したそうだ」
「ああ、あの辺りの人事に首を突っ込み始めたらしい。この間の一件を持ち出した」
二人の記憶には第四次使徒迎撃戦が蘇ってくる。
NERVが介入する前に繰り広げられた使徒と国連軍太平洋艦隊との一戦。
艦隊の70%損失と言う惨状は彼らが招いた物だがその責は誰かが取らなければならない。
それが死んでいった兵士の慰めになどなろう筈もないのだが。
「哀れな物だ、引きずり降ろされた訳か・・・・あのとき電波のジャミングがあったそうだ。何者かによってな」
誰に向けてでもなく冬月はいつもと変わらぬ表情で口にした。
「・・・後任は補完委員会で選出される、全てシナリオ通りだよ。彼らのな」
誰も知る必要のない話は防音システムによってこの部屋の中で消えていく。
外には伝わらない。
「まるで寄生虫だな、そうやって入り込む訳か・・・・連中は自分達の姿に気が付いているのか?」
その老いた顔に今日初めて嫌悪にも似た表情が浮かぶ。
「・・・・宿主が倒れれば気づくさ、問題はない」
この世界に身を置いてから随分立つが彼らのやりようには未だに慣れることは出来ないでいた。
NERV司令、碇ゲンドウにそんな表情を見せても仕方がないことは良く判っているが他に誰もいないのだ。
得体の知れない、と言うより得体すら知りたくないと思わせる世界。
此処に足を踏み入れたのは自らの意志だが、時折蜘蛛の巣だらけの廃屋に入り込んだ気分になる。
「国連の中は魔窟だな・・・・ゼーレめ、今のうちに足場固めするつもりだろうな」
憎悪も嫌悪も明確に含ませ今度は吐き捨てるように口にした。
執務机の上の湯飲みを取りすっかり冷たくなったお茶を一息で飲む。
特定の単語を口にした途端、喉の奥に異様な不快感を覚えそれを胃袋に流し込んでいた。
「だろうな、その為に時間を作ったのだろう・・・・種を蒔く畑が必要だからな」
ゲンドウは冬月と目を合わせることなく彼の言葉を肯定した。
陰謀という名の光が燦々と降り注ぎ、策謀の花が咲き乱れ、いずれは野望という実をたわわに実らせる。
そんな光景が冬月の頭に浮かんで見えた。
幻覚ではなく実体を持った事実として。
「熟した実を誰が刈り取るんだ?ゼーレか、それを黙認した国連上層部か?」
いつになく冷たい眼光を宿した彼の目には両手の中に笑みを隠したゲンドウがいた。
碇シンジの部屋は八畳の広さを持ち学習机とベット、本棚を置いても未だ余裕があった。
二人の少女がいるくらいは問題にならない。
にもかかわらず彼は圧迫感を背中から感じ取っている。
「さっきそこ説明したでしょ!何でXにそんな数字代入するのよ!」
「アスカが式で出た数字入れろって言ったんじゃないか・・・・」
「それはYに入れるの!こっちの式でしょうが!」
出来の悪い生徒に覆い被さりノートにガシガシと数字を書き込んでいく。
栗色の髪がシンジの目の前に広がり淡くて軽い香りが彼の鼻をくすぐる。
時折白い耳が髪の中から見え隠れした。
「・・・・で、こうなるの。判った?・・・ちょっと聞いてんの!?」
「う、うん・・・・判った・・・。次の問題やるから」
些か慌てたように返事を返すと再びノートを睨み付けうーーんと唸り始める。
世間一般がそうであるようにエヴァのパイロットたる彼も「夏休みの宿題」との一戦を余儀なくされている。
夏休みはまだ始まったばかりなので時間的余裕は十分にあるはずなのだが、それを奪い去ったのは一週間前のアスカの一言だった。
やりかねない・・・いや絶対にやる!
父親の言葉は決して脅しではない。
シンジは14年間息子として過ごした経験からそう直感すると身を強ばらせてしまった。
「母さん・・・・何とか言ってよ・・・」
ユイは優しげな柔らかい笑みをシンジに返すと物静かな口調で告げる。
「大丈夫よシンジ、がんばれば人間何でも出来るわよ。アスカの言うとおりやってみなさい」
シンジの望んだ助け船は母港から就航せず追い風だけが吹き付けてきた。
再びゲンドウの顔に笑みが宿る。
「逃げ道はないぞ。旅行に行けるかどうかはお前次第だ、どうだ、嬉しいか?嬉しいだろう」
行けなくなれば恐ろしくてこの家にはもう居られない。
いつもの事ながら選択肢など無いのだ。
シンジは夕食後の団らんを楽しむリビングがいつの間にか拷問部屋に変わったような錯覚を覚え目がくらんだ。
「碇君・・・」
「綾波・・・・何?」
まるで天使を見るかのように期待に満ちた目でレイを見つめた。
この状況下に何も発言しなかった彼女が今口を開いたのだ。何かみんなに言ってくれると思うのも無理はない。
「あたしもやった方がいいと思う・・・・」
宿題を始めてから一週間。
手の掛かる自由研究はさておきその他の3教科、国語、英語、現代史はすでに終わらせた。
担任教師のアドバイス通りに読書感想文は粗筋を読んで書き、英語のテキストは翻訳ソフトを駆使し、現代史の『セカンドインパクト後の日本のレポート』はTV特集を丸写しにした。
こうしてやっつけ仕事の見本のような宿題は机の中に次々としまい込まれていく。
この際宿題の質は問わないことにした。
そんな余裕はない。
そしてようやく数学を残すだけとなったがこの教科が最大の問題なのだ。
苦手極まりないものだから一番最後に残したのだが、それで楽になるわけでもない。
方法はともかく独力で此処まで片づけたシンジだったがこの教科だけは援軍を頼まないわけには行かなかった。
こうして最も信頼に値し頼りになる紅茶色の髪を持つ少女の出番となった。
「此処違ってるわよ。もう、この式の答えを当てはめれば・・・・ね、これで出るでしょ」
シンジの期待に充分過ぎるほど応えている彼女は些細な間違いも見逃すことなく彼を正しい答えへと導いていく。
おざなりな教え方ではなく懇切丁寧な説明はシンジには学校の授業より判りやすい。
尤もらしく頷きながら苦手な数学の問題集を終わらせていく。
アスカの見る限りシンジは決して出来が悪いわけではない。
ただ集中力がなく飽きっぽいために持続してやると言うことがないのだ。
だからテストの際につまらないミスで点を取れない。
それが勉強に限ったことではなく趣味がないと言うのもその為かとアスカは思う。
昔やっていた楽器も描いていた絵も今やっているゲームも徹底的に続けたと言うことはない。
中学入学時にアスカの勧めた『バスケット部』も3日でやめてしまっている。
いつも途中でやめてしまい、そのせいで得意なものがないのだ。
庭の片隅にある物置にはそんな昔の残骸が未だに置いてあった。
「アスカ、此処はどうやるの?さっきのやり方でいいのかな・・・」
無意識にシンジの肩に手を置いていた彼女は慌てて引っ込めてシンジのノートを覗き込む。
「うん、さっきと同じよ。先にYを出してからそれ当てはめて・・・」
もしシンジがスポーツ万能で勉強も出来、優れた特技を持っていて何でも一人で出来る少年だったらアスカはこんなに彼の面倒を見なくても良かっただろう。
もし、こうして手伝うことが不快ならそう思うかもしれない。
「ねえシンジ、何か他に判らないとこ無いの?」
アスカのおかげで着々と問題を解き始めているシンジに催促にも似た事を言うその表情は決して不満そうではなかった。
一方この部屋にいるもう一人の少女は何も喋ることなく置物と化していた。
シンジのベットに寄りかかり膝を抱えたまま此処数日の寝不足を補っている
レイもまたシンジと同じように宿題の片づけに追われていたのだ。
彼女はシンジのように苦手な教科はなく全てアスカと同じくらい出来る。だがさすがに長期休暇の為の宿題、その量は多い。
若干要領の悪い所があるレイは解らない問題はないものの意外と手間取り二日ほど徹夜をしていた。
そこまでやる事はないのだが、誰もその事に注意しなかったので止めるきっかけがなかったのだ。
そのおかげで能率は上がらなかったものの宿題は全部片づけた。
シンジと違うところはその内容の正確さで彼のそれを遙かに上回っている。
さっきまで聞こえていた机に向かっている二人の会話が途切れ随分経つ。
何回目かの目覚め。
白い顔にゆっくりと赤い瞳が現れ何かを探すように視線を彷徨わせた。
そして同じように机に向かっている二人を見つけると再び赤い瞳をしまい込もうとする。
だが眠気はもう訪れず、レイの頭の中に立ちこめていた白い霧は朝日を浴びたように退いていった。
辺りを見回せばそこはシンジの部屋。
シンジの宿題を手伝いに来たアスカの後を追うように彼の部屋に来たのだがシンジのとなりの場所はアスカが独占してしまっていた。
そんな手持ちぶさたの彼女を眠気はいとも簡単に飲み込み『眠る少女の像』へと変えてしまった。
「あっレイ、起きたんだ。随分ぐっすり寝てたじゃない」
好意的な微笑みに乗せ運ばれてきたアスカの言葉で、自分は随分長いこと居眠りしていたことに気が付く。
「おはよう、かな。よく寝てたね、寝癖凄いよ」
笑い掛けるシンジは若干疲れている顔をしていたが、それでもいつもの笑顔はレイの胸にしみ込んでいく。
「・・・・・・寝てたみたい・・・・」
シンジのベットに置いてある大きめの目覚まし時計に寝起きの自分の顔が映った。
透けるように淡い青色の髪を手でそっとかき上げ寝癖を直そうとするが跳ね上がった髪は簡単に寝てくれそうにない。
「アスカァ・・・そろそろ休もうよ。もう10時だし疲れたよぅ・・・」
机に備え付けられているデジタル時計を眺めながらシンジはとうとう音を上げた。
アスカにしてみればよくここまで続いたと思う。
8時に朝食を取ってから休み無しに10時まで。
彼女の記憶では宿題を続けた最高持続時間だ。
さっきからノートの端にチョコチョコと落書きが目立ち始めそろそろかなあと思ってはいたが。
「そうね、少し休むわ。シンジったら同じ問題で引っかかるんだモン、疲れちゃったわよ」
しなやかに背伸びしながらシンジをチラッと睨む。
口とは裏腹にどことなく楽しげな顔が滲んでいる。
「あたし・・・飲み物持ってくる・・・」
どことなくばつの悪そうなレイは寝癖を手で押さえながら部屋をあとにした。
出来ればシンジの手伝いをしたかったが気が付けば夢の中だったのだ。
人口密度が一人分減ったシンジの部屋でアスカはごろっと寝ころぶとほのかに赤い唇に手を当て小さくあくびをした。
見上げた窓の外には彼女の瞳と同じ色の空がひたすら広がり中学生の二人を外に出てくるように誘っている。
「アスカ・・・午後もまだやるの?」
「当たり前でしょ、あとちょっとなんだから今日で終わらせるのよ!」
右手をぐっと握りしめシンジに示しながら力説する。
「大体あんたはいつも中途半端で止めちゃうんだから!今日でかた付けるわよ!」
アスカはまるで自分の宿題のようにやる気は十分だ。
それもこれも楽しく憂いのない『家族旅行』をするため、と言うのがアスカの大義名分。
決してシンジの宿題を手伝うのが目的ではない、と当人は固く信じている。
「ねえアスカ、アスカはもう全部終わったの?」
「当たり前でしょ、でなきゃあんたの面倒なんか見てないわよ」
「ふうん・・・さすがだね」
思い返してみればアスカはいつでもシンジより先を歩いている。
朝はいつも先に起き、勉強はいつも先を進み、遊びに行くときもアスカが決めていた。
だがシンジを置いて行ってしまったことはない。
彼との距離が離れすぎるとその場に立ち止まりシンジがやって来るまで待っているか、シンジの所まで駆け寄ると腕を引っ張ってつれていく。
たまにはどやしたりひっぱたいたりして急かすこともあるが。
共に暮らし始めてからそうやって過ごしてきた。
「アスカ頭がいいからなぁ。頼りにしてます」
両手を合わせ寝転がっているアスカを拝むような仕草をシンジは見せた。
「何よそれ!あたしは努力してるの!あんたも少しぐらいまじめにやったら」
上半身だけ身を起こすと少し顔を膨らませながら抗議する。
「自然に良くなったわけじゃないんだから!拝む前に勉強しなさいよね!」
そう言いつつもどこか顔が緩む。
シンジはいつも頼りにしてくれたし、その事が苦になったことなど全くない。
シンジに応えるための努力など幾らでも出来た。
そうして十年近い時間を共に過ごしている。
「ちょっとMDデッキ借りるわよ。この間ヒカリにダビングして貰ったの聞くんだ」
勉強中はシンジの気が散るからと掛けないでいたMDをデッキに放り込む。
MDデッキは中学入学祝いに冬月から貰ったものだ。
本当はウォークマンが欲しかったのだがアスカを説得することが出来ずその替わりにこれを貰ったのだった。
アスカが手慣れた操作でスイッチを入れると煌びやかにパイロットランプが点滅し穏やかな音色の音楽を奏で始めた。
「誰の曲?」
「Sissel・Kyrkjboよ。いい曲でしょ」
日本人とは明らかにレベルの違う伸びのある高音が部屋に響きわたる。
かなり昔の曲らしいがヒカリに教えて貰って以来すっかりアスカは気に入っていたのだ。
「でも英語の歌って良く判らないね」
「煩いわね・・・いい曲なんだから黙って聞きなさいよ」
二人を透明な歌声が包み込み、疲れたシンジの頭をゆっくりと解きほぐしていった。
もう一人のレイは髪を少し跳ね上げたまま洗面所の鏡の中から不機嫌な顔で睨み付けている。
寝癖を直したいのだがその為にシャワーを浴びるのも大げさな話だ。
ブラシで幾度か梳かしてみたが慣れないせいもあって、髪型は妙に不格好になり彼女の不機嫌さは静かに増していく。
目の前にはアスカとユイの使っている整髪料が置かれているがどれを使えばいいのか良く判らない。
・・・・必要なかったのに・・・・
髪型を気にする、そんな思いは決して不快ではない。
自分のすることに意味があるというのはレイにとっても心地よかった。
大きく息を吸い洗面台に付いているシャワーを取り外すと蛇口を捻る。
まるで光のように水があふれ出し付きだしたレイの髪を濡らしていく。
したたり落ちる水滴を頬に感じながら水道を止めた。
鏡の中に映った彼女に寝癖は無くなったが、もう一つ気がかりなことを教えてくれている。
「美容院・・・・行かなきゃ・・・・」
「あっ、ありがと。アイスティー持ってきたのね・・・・どうして頭濡れてんのよ?」
濡れた水色の髪を疑問に思いながらアスカはコップを受け取る。
「髪・・・直してたの」
「ムース使えばいいに。あたしのあったでしょ?」
「どれか判らないの・・・・」
・・・・とろいわね!・・・・
この辺の要領の悪さは何となくアスカを苛立たせたがさして深刻なものではない。
どちらかというと「まどろっこしい!」といったものだ。
「・・・ふぅ・・・美味しいや、サンキュー綾波」
シンジは半分ほどまで一気に飲むとあとは大事そうに残す。
すっかり渇いた喉にレイの入れたアイスティーが染みわたっていく。
朝とはいえそろそろ気温も上がってくるのでよく冷えた飲み物は心地いい。
アスカも美味しそうに氷の浮かんだアイスティーを飲み干した。
そんな3人の耳に外で鳴き続けている油ゼミの声が入り込んでくる。
「今年も暑くなりそうね。海に行くんだからもっと暑くなってもいいわ」
窓に広がる夏色の空を眺めながらアスカは嬉しそうに誰にともなく口にした。
「そうだね・・・ずっと晴れてるといいね、せっかく海行くんだし」
シンジにも空は夏色に見える。
そして赤い瞳にも同じ色が見えた。
「あたしも一緒に行くの・・・・一緒に海行けるの・・・」
自分に話しかけるように呟き、さり気なくシンジの隣に腰を下ろし僅かに顔を向ける。
その反対側にはアスカが青い瞳を向けていた。
・・・・・何よ、まったく要領いいんだから・・・・・
不満という形にすらならない思いがアスカの表情に浮かんだがすぐに消えていった。
隣の少年が何かいつもと違った表情で二人に話しかけた。
「これからも一緒に行けるよ。海だけじゃなくてもっといろんな所にさ」
同じ部屋でMDから流れる同じ曲を共に聞いている。
3人は夏を楽しめる時間を共に生きていた。
地上にあるジオフロントメインゲートは無数の監視カメラ、最新のセンサー類、自動小銃を抱えたNERV所属の保安要員によって固められ、出入りする人間は確実にチェックされている。
例外はない。
それ故、管制室のモニターに映し出された二人の女性もコードNoと『葛城ミサト』『赤木リツコ』と言う名前が表記されている。
「ゴックローさーん」
自転車の荷台で反対向きに乗っているミサトは制服に身を包んだ保安員に笑顔と敬礼を向けると見知ったこの二人を保安員も笑顔で見送った。
「ミサト、あなた・・・重くなったんじゃない?性格はとっても軽いのに」
ペダルの重みに若干の不満を持ちながら荷台に座り文字通り荷物と化している同僚に軽やかな嫌みを口にする。
「気のせいよ。それに歳取ると足腰から弱るって言うじゃない?きっとそれよ、リツコのの場合」
どっちがより不機嫌になったかは判らない。
互いに引きつった笑顔で目的地へと車輪を回した。
午前11時の光の中二人の向かう先は、メインゲートから少し離れたところに新しく開店した喫茶店。
夏の景色はここでは判りにくいがリツコの額にうっすらと汗が浮かぶ。
「あっと、この先の交差点を左ね」
最初にその店を発見したのはミサトだ。
今朝見つけ早速昼休み前に昼食を兼ねて味見をするべくこうして出向いている。
第三新東京市の南にあるメインゲートエリアから離れるとポツポツと飲食店が建ち並び始めその内の一軒に真新しい建物があった。
「ここよ。アグナタ・・・うん、間違いないわ」
外壁は板が打ち付けられ花壇にひまわりの咲いている明るい感じの店だ。
リツコは婦人用自転車を止め木製の扉を開けるとカランと鈴の音と共にコーヒーの香りが鼻腔をくすぐった。
「いらっしゃいませ」
店内にはまだマスターしか居らず、もしかしたら彼女らが最初の客かも知れない。
窓際の席に腰を落ち着けると鉢植えの置かれたテーブルにあるメニューを眺めた。
十数種類のコーヒーにサンドイッチやピラフを始めとした軽食類が並んでいる。
「あたっしねーお勧めランチ。コーヒーはブレンドにして」
「あたしは野菜サンドにモカブレンド。ミルクは要らないわよ」
40代前半の女性マスターは注文を受けると早速調理に取りかかった。
「どう?零号機の改修どの辺まで終わった?」
「9割方終わってるわ。後は電装系の調整ね。もっともすぐにはやれないから少し先に延ばすけど」
メニューを雑誌代わりに眺めながら淡々とした調子で質問に答えている。
第四次使徒迎撃戦の時に小破した零号機の改修は順調に進んでリツコの言うように調整を残すのみとなっていた。
もっともその影で徹夜に次ぐ徹夜で疲労困憊の局地にある技術局一課の技術員達の涙ぐましい努力がある。
勿論リツコもその部署の主任として泊まり込みの状態だったのだ。
今日の外出は実に久しぶりだ。
「何か問題あるの?あんたが仕事を延ばすなんて珍しいじゃない」
怪訝な顔を見せながらミサトは目の前の彼女を見つめる。
「あの子達もうすぐ旅行行くのよ、家族旅行にね。・・・司令も一緒よ」
今までゲンドウが本部を留守にすることは幾らでもあったので旅行に行くぐらいさして珍しくもないが使徒の侵攻が始まったこの時期と言うのがミサトには引っかかる。
「呑気な話ねえ。シンジ君達連れて行って大丈夫なの?」
「さあ?いざとなったらヘリでも飛ばして呼び戻すんじゃない?あなたの所にも話が行くわよ」
リツコの返答に今ひとつ納得しかねたよう顔を見せた。
何しろシンジとレイは使徒迎撃戦の要であるエヴァのたった二人だけのパイロットなのだ。
おいそれとここを離れて良い物ではない筈なのだが。
「司令に何か考えでもあるんでしょ。それにあの子達だってあんまり縛り付ければ嫌がられるわよ」
リツコらしからぬ思いやりの片鱗のような物が垣間見えミサトはつい目を丸くしてしまった。
だがすぐにいつもの彼女へと戻る。
「ストレスもシンクロ率の影響するって言ってあるでしょ」
「・・・・なるほどね、まっ快く送り出してあげようじゃないの。お土産に影響するだろうし」
二人の会話が止む。
マスターがコーヒーを持ってきたからだ。
「ブレンドはこちらのお客様ですね。モカブレンドがこちらで・・・・」
二人の目の前に来た白いカップからは香ばしい香りが漂う。
「あら、美味しいじゃない。ミサトはお店見つけるの上手ね」
「へへっへ、この店は当たりね。結構あたしも鼻が利くわね」
勤務地の近く、それも自転車で行ける距離に美味しい喫茶店が出来るのは有り難い。
「本当ねえ、車のバッテーリー上がってるのには気が付かなくてもこういうことには気が付くのね」
「ゴメンて言ってるじゃない、ホントに執念深いんだから・・・」
リツコ程ではないにしてもやはり忙しい身なので私生活では細かいところまで気が回らなくなってしまうのだろう。
コーヒーカップの向こう側にはガラス越しに第三新東京市の街並みが映る。
店内に流れるJazzの傍らで蝉の歌も聞こえてきた。
大学にいたときは夏という季節に意味があったと思う。
歳を重ねるごとに四季という物が単なる気温変化にしかならなくなったのだろうか。
・・・・仕事だけね、あたしの場合は・・・・
道路を通り過ぎるカップル達はこれから夏を楽しみに行くのだろう。
リツコはふとそんな景色に溶け込んでみたいと思った。
仕事の熱中する自分が嫌なわけではないし暇のないことが不満なわけでもない。
・・・・何時までそう思えるのかしら・・・・
頭の片隅にあるほんの僅かな不安が最近少し大きくなったような気がする。
気が付くと二人の顔が浮かんでくる。
「ねえミサト、加持君とは最近どう?」
「ごちそうさまー!」
山盛りよそられたご飯をペロッとお腹の中に片づけたアスカ達3人は満足そうな顔で箸を置いた。
「はい、茶碗は置いて置いて良いわよ。お茶と一緒に片づけるから」
さすがに少し食べ過ぎたのかその言葉に甘えアスカはソファを占領して寝転がった。
シンジもそのソファに寄りかかり一休みしていて、その隣にはレイがお茶を片手に座っている。
「シンジ、後で本屋付き合ってよ。少し買っておきたいモンもあるし」
寄りかかったまま不満げな顔を向けるシンジの頭を手荒に撫でながらアスカは更に続けた。
「宿題の面倒見たんだからトーゼンそれくらい付き合うわよね。シンジ?」
「う、うん・・・判ったよ・・・もう・・・」
「なによ、本来なら荷物持ちますから一緒に連れていってください、くらい言うべきなのよ!」
アスカはシンジ頭を捻ると自分に顔を向けさせた。
骨の鳴る音が聞こえたが彼女は気にも留めない。
シンジを見つめる青く大きな瞳はいつの間にか入り込んでしまうような錯覚を覚える。
ジオフロントにある青く澄んだ地底湖のようだ。
そして間近に見た寝転がっているアスカの顔はいつもと違って見えた。
「は、離せよ。判ったよ、本屋ぐらい一人で行けないの?」
「あんですって!?」
睨み付けるアスカの手から逃れようとシンジは頭を振る。
「あたし出かけてくる・・・・」
そんな二人を後目に湯飲みをテーブルに置くとレイは出かける仕度を始めた。
「?・・・綾波はどこ行くの?」
「・・・・・・・出かけるの」
おそらくは意図的に目的地を口にせず見下ろすように質問者を眺める。
「な、なんだよ・・・・教えてくれたっていいじゃないか・・・」
結局何も答えず彼女は仕度をしに二階へと上がっていってしまった。
アスカには彼女が答えない理由が何となく判ったが口にはしない。
「レイだって用事あるのよ。いちいち気にしちゃってバッカみたい」
「それじゃあ、行ってきまーす」
レイが出かけてから10分後にシンジ達も出かけるべく玄関にいる。
「あ、アスカ、悪いけどお弁当用の透明パックと濡れティッシュ買ってきてくれない」
「はーい。じゃ、シンジ行こ」
台所から聞こえてくるユイの声に小気味よく返事を返すと少年の袖を引っ張り玄関を出ていった。
ここ暫く通っていない通学路を久しぶりにシンジ達は歩いた。
たった2週間通らなかっただけなのだが、何故か久しぶりな感じがする。
建ち並ぶ家の庭先には小学生が居るのかアサガオの植木鉢を見つけることが出来た。
中にはシンジより背の高いひまわりも見え隠れしている。
登校中とは違い特に時間的制約がないと見慣れた住宅街は二人に違った風景を見せている。
「シンジ、あれなんて花か知ってる?」
アスカの指先を目で追うと誰かの家の庭に淡い桃色の小さな花が無数に咲いていた。
「知らないなあ・・・・アスカは知ってるの?」
「オイランソウって言うのよ。シンジは知らないと思ったけど」
にこやかにそして少し自慢げに彼女は花の名を口にする。
園芸にそれほど詳しくはないが以前聞いた事があったのだ。
「オイランソウ?・・・オイランて何?」
「オイランて言うのは・・・・えっと、そうだ、昔のモデルみたいな仕事よ。綺麗な人しかなれないんだって」
アスカがゲンドウに昔この花の名を聞いたときもシンジと同じ質問をした記憶がある。
シンジは感心したように頷きながら辺りの家の庭を眺め始めた。
燦々と降り注ぐ太陽を全身に受けた花々は互いに競うようにその色と香りを披露している。
新しい街、第三新東京市は灰色だけの街ではなく、こうして少し歩けば様々な色が見れる。
「じゃあ、これはなんて花だ?」
再びシンジに問題を出してみた。
真っ白な花と青い花が植えてある庭を指さす。それは片隅にひっそりと植えられ他の大きな花に圧倒されているようにも見えた。
気が付かないで通り過ぎてしまう
「判らないよ・・・・でも・・・綺麗だね・・・」
白はあくまでも白く、青は澄んだ青色だ。
「桔梗。今頃に綺麗な花咲くのよ」
得々として説明する彼女も以前シンジの父親にこの花の名前を聞いていて覚えていたのだ。
「でもアスカってホントによく知ってるね・・・・・・そうだ、綾波どこ行ったか知ってる?」
庭の片隅で、だがきれいに咲く桔梗を眺め一人の少女を思いだした。
「知らないわよ!何で気にするわけ?」
「何でって・・・・・別に意味はないけど・・・・さっきも教えてくれなかったから」
ほんの少し眉をひそめたアスカに遠慮がちに答える。
彼女の用事というのに心当たりがない。レイから本部に行く話も聞いていないので少し気になったのだ。
シンジが彼女の行き先を把握しなければならない理由などどこにもないのだが。
「あ、あたしだって知らないわよ。でもすぐ帰って来るんじゃない?」
僅かに視線を逸らしたアスカに気づくことなくシンジはあっさりと納得した。
「ねえ、向こう回って見ない?花の咲いてる家いっぱい有るんだから」
彼女に引っ張られるがまま本屋までの道のりを歩いていった。
美容院カーシアナ、以前アスカに連れてこられた店だ。
いつもは混んでいる店だがユイに頼んで無理に予約を入れて貰ったのだった。
二回目の美容院はやはり緊張と困惑を彼女に強いている。
「あの・・・・どんな風にしますか?」
客が困惑して困るのは店員だ。
レイは戸惑った顔のまま思案を巡らしやっと見つけた一つの言葉を口に乗せた。
「・・・・似合うのに・・・して・・・・」
買い物袋をぶら下げたシンジは公園で楽しそうに埋め込まれたタイヤの上で飛び跳ねるアスカを眺めている。
「よっ、とっ、たあああ!!」
一番大きなタイヤからしなやかに体を伸ばし大きくジャンプした。
まるで体操選手のように両手を広げ着地するとシンジに笑い掛ける。
「どう、上手いでしょ。あんたもやって見れば?」
並んでいるタイヤの上をさっきから幾度も飛び回る様は水面を滑空する水鳥にも見えた。
重力でさえも彼女のために気を使っているようだ。
「昔っからそう言うの得意だね。体操とかスポーツとか」
小学生の頃、TVの新体操を真似て部屋の中で飛び回った彼女と今の姿がだぶって見える。
「運動神経がいいのよ、あたし。シンジみたいにとろくないもん。っと」
再び飛び降りると今度はシンジの目の前に捻りを加え音もなく着地して見せた。
「お見事」
シンジの誉め言葉に「どうだ!」と言わんばかりに両手を広げる。
昔からの器用さに何のかげりもない。
この公園で遊んでいた頃も同じように身軽さをシンジに披露していた。
「そろそろ本屋行こう、何か買うんだろ?遅くなっちゃうよ」
「うん、行こう。頼まれた物は買ったし後はあたしの本だけよ」
クルッとターンを決めると楽しそうな笑顔を見せる。
さっきからの彼女はどこかはしゃいでいるようにも見えた。普段も彼女は明るいが今はそれに輪を掛けて明るい。
・・・・何かいい事あったのかな?・・・・
「ねえシンジ、宿の近くに水族館もあるんだって。レンタル自転車も借りられるしサイクリングもやろうか?」
旅行先の事はもう殆ど調べたのだろう、早速今から向こうでの過ごし方を検討しているらしい。
「うん、いいよ。あっそうだ、父さん今日車借りて来るって言ってた。綾波って自動車酔い大丈夫かな?」
この場にいない少女の名はほんの一瞬だけアスカを沈黙させた。
「・・・・知らないわ。大丈夫じゃない?それより電車で行くんじゃないの?運転は誰がするわけ?」
「電車は指定席が取れなかったって言ってたんだ、運転は母さんと父さんが交代でするみたい」
別に交通手段に不満はない。
自動車の旅も嫌いではないし去年の北海道ではレンタカーを借りてあちこち回ったのだ。
・・・・今年はレイも一緒ね・・・・
不満はない。
レイがこの家に現れ自分達の間にゆっくりと馴染んでいく、その事にも不満はない。
自分だって『シンジの居る家』に現れ馴染んでいったのだ。
それに今の生活は楽しいしレイのことを友人以上に思っている。
不満はない、だが不安はあった。
自分とシンジとの距離が縮まれば縮まるほどそれは大きな不安になっていく。
自分とレイとの距離が縮まれば縮まるほどそれは大きな不安になっていく。
そしてシンジとレイとの距離が縮まれば縮まるほどそれは大きな不安になっていく。
・・・・一体何が怖いんだろう?・・・・
アスカは細い糸の上を歩いている。
少しバランスを崩せば今の全てを無くしてしまう。
だから両手を大きく広げるのだ。
落ちてしまわないように、何も失わないように。
「シンジ、そろそろ急ごう。もうレイも帰ってくる頃だろうしね」
学生はともかく社会人はまだ夏休みを得ていない者が多いらしく、この季節になっても上下をスーツで固めたビジネスマンがことさら忙しそうに第三新東京市のオフィス街を闊歩している。
そんな街の連なる高層ビルの中に『3rd・TV』と一際大きなオブジェを掲げたビルがあった。
民放のTV放送局でこの業界に大きな影響力を持つと言われている。
他にも『第三新聞』、全国版の『21NEWS』などの新聞発行や複数の週刊誌を初めとした出版業も営んでいる。
セカンドインパクト以降の復興期に始めた通信業も今では軌道に乗り、この分野でも世界的に大幅な進出を果たしていた。
そのやたら大きな建造物の7階にある会議室では二人の中年男性の間に険悪と言っていい空気が淀んでいる。
「そう無茶言わんでくれや相田。お前さんだって判ってるんだろうが」
スチール製の灰皿には吸い殻が山盛りになって入っていたが気にすることなく吸っていた煙草を押しつけた。
「無茶?ニュースで事実を流せと言うのがいつから無茶な話になった」
相田と呼ばれた痩身の男はDVDを彼の目の前に差し出しながら、もはやそれが無用の物になっていることを悟っている。
無精髭の生えた顔をなでながら目の辺りの筋肉が強ばっていくのを感じていた。
「この業界は御上に逆らっちゃやっていけないんだよ!俺の所に何度脅しが来たと思ってる!!」
彼は相田の軽蔑したような目つきが気に入らなかったのか思わず声を張り上げていた。
太り気味の頬がブルッと震えている。
「黒服が自宅まで来たんだよ!お前さんのDVD預かったその日にな!」
再び煙草を取り出すとささくれだった心を落ち着けるように大きく吸い込んだ。
彼の目の前には相田の不景気そうな顔があった。
「そんなのは覚悟の上でここに居るんじゃないのか?」
相田の台詞の正当性は彼にも良く判るがそれだけに腹が立つ。
しかしようやく落ち着くと自らの正当性も主張せずに入られなかった。
「やばいんだよ。政治家連中の汚職ぐらいだったら幾らでも出せるさ。だがこれは全く別次元の話だ。相田が持ち込んだ時点でもうこっちの事は連中に調べが付いてたんだぜ」
20人分の席が用意された部屋にいるのはたった二人だが、それでもなおこの部屋が狭く感じられる。
目の前にある相田の持ち込んだDVDと取材リポートの存在がこの場の人間を圧迫していた。
映像は3回分の巨大敵性体迎撃戦、リポートは特務機関NERVに関する取材結果。
それらの放送を求め旧友であるTVディレクターである彼にその都度渡していたが一度として相田の望んだようにはならなかった。
「なあ、相田。連中はマフィアや軍隊とは全く違う、もっと別な得体の知れない連中だよ。ここにだって何人入り込んでるか判らんし上役との繋がりもある。下手に動けば公になる前に・・・・」
指を鉄砲に見立て相田に狙いを付け、そして軽く跳ね上げて見せた。
彼も今でこそディスクワーク専門だが以前は相田と同じように現場を駆けめぐり危険な橋を幾度も往来している。それだけに彼がどれだけの苦労をしたか良く判るし、望み通りTVに流したいとは思う。
だが、自宅にまで『それらしい』男達が訪れ『それらしい』言葉を残していった、しかもDVDを受け取った当日となればどうしても躊躇してしまう。
「得体が知れない、か・・・やっててもそう思ったよ。露骨だが効果的なやり方だよな」
相田も取材過程で色々あったのだろう。このディレクターの身にどんな『言葉』が投げかけられていたか何となく想像が付いた。
恐らく上司に言っても揉み消されたことだろうし彼の渡したDVDもリポートも全て廃棄されていることは想像に難くない。
「ああ、家族の名前まで出されちゃぁな・・・ ・役に立てんですまんな」
「迷惑掛けた・・・この件は忘れてくれ」
相田の顔にようやく諦めの色が現れた。
想像していた以上に『連中』はマスコミ業界を監視しているらしい。他の放送局に持ち込んでも結果は同じだろう。
煙草をくわえるとゆっくりと煙が立ち上る。それはやがて2本分になりこの会話の終わりを告げた。
「お前さんの所はまだ中学生か?」
唐突な、だが子供を持つ人間には一番日常的な会話を繰り出す。
「あ、ああ中学2年だ。親はなくても子は育つの見本、元気にやってるみたいだよ」
苦笑しながら伸び放題の髪をかきむしる。
最後に息子の顔を見たのはいつのことか良く覚えていない。そして自分の女房に会ったのは離婚届に印鑑を押した日が最後だ。
「うちはやっと高校入学だ。娘はいろいろ気を使うよ。最近じゃまともに口も聞いてくれん」
大きくなるに連れ相手にしてくれなくなった子供をぼやくように口にすると窓の外の景色を眺めた。
絵の具を塗りたくったような夏の空の下に灰色に固められた地面が広がる。
人が生きていくために必要な物を詰め込んだ、人のための都市。
その足下に見えない糸が張り巡らされその一本一本に悪意を感じる。
商売柄そんな物をよく見かけるがこの街に広がっている糸は今まで見た物とは明らかに違っていた。
「なあ相田。お前さんはまだ続けるんだろ?」
「そうだな、当分は地下に潜るが・・・・何でだ?」
どんなに詳しく調べてもどのみちマスコミには流れないだろう。
だとしたらTVディレクターの彼には関係のない話の筈だ。
しかしそんな相田の不可解そうな顔を余所に彼は含みを持った笑い顔を浮かべる。
「お前さんの息子や俺の娘が大人になったときこいつは面白い語りぐさになるぜ。老後はその印税で楽に暮らそうと思ってな」
彼女が立ち読みを始めてから50分ほど過ぎた。
目当ての本を小脇に抱え、棚に並んでいるファッション雑誌を流し読みし、ようやく半分まで読んだ。
「アスカァ・・・帰ろうよ・・・・」
「もう少し読んだら」
シンジはさっきからウロウロと本屋の中を歩き、一周し終わると彼女に帰るよう急かしていた。
すでに5周している。
特に趣味が無いので週刊漫画の発売日でもなければさしたる用はないのだ。
何冊か雑誌を捲ったが特に興味を引く物もない。
・・・・宿題やらなきゃいけないのに・・・・
勿論一人で帰って取り掛かればいいのだがそうすると何故かアスカに怒られるであろう事が想像付く。
判っている厄災を自ら招くこともない。
どのみち一人では思うように進まないことも判っている。
仕方なく手元にあった週刊誌のページを無作為に捲った。
表紙から数枚目のページにあるヌードグラビアに目を奪われながらも慌ててページを進める。
『新たな恋人発覚!ベテラン大女優これで3人目!!』
『進む官僚腐敗、責任取らず円満退職の実状!!』
デカデカと装飾文字の見出しはいずれもシンジの目に留まることはない。
だがそんな中に『一体どこから来るのか!?第三新東京市を襲う悪夢!!』なる見出しに引き留められた。
読んでみるとそこには憶測と想像で書かれた実に粗雑かつ大雑把な記事がこれ見よがしに載っているだけだ。
「何とかと言う人」が「何とか」と言う組織の人から聞いたという「何とか」と言う得体の知れない「何か」がある、と記事に書かれている。
実体がない、その見本のような物だがそれを読むシンジにはただのゴジップとは思えなかった。
記事そのものはいい加減な物だが、大手出版社が出している雑誌がこの有様の記事しか載せられない。
彼の家で取っている新聞もそうだ。
普段見ているTVニュースもそうだ。
彼の持つごく一般的な情報ソースの中に事実、もしくはそれに類似する物はどこにもないのだ。
もし彼がエヴァのパイロットという立場になかったらこれらをを事実として受け止められただろう。
そして他の人たちと共に避難所で『化け物』が去っていくのを待っていただろう。
疑問を持つことなく、アスカを騙すことなく。
・・・・良かったのかな・・・・これで・・・・
何時までなら引き返せるのだろう。
何時になったら全てが終わるのだろう。
・・・・自分の幸せを守るためにエヴァに乗って・・・・
何時まで守り続けなければならないのだろう。
だがエヴァに乗れたことは良かったのかもしれないと思う。
シンジがどう思うとそれは来たのだ。そしてシンジにはそれに対抗する手段としてのエヴァが与えられた。
NERVがどんな組織だろうと、自分のしている事にどんな意味があろうと関係ない。
少なくともそのおかげでアスカとレイを自分自身の手で守ることが出来るのだ。
そして『いつもと同じ時間』と言う形になって彼の手に残る。
そしていつもと同じ生活の中に溶け込んでいく。
・・・・それが幸せなのかな・・・・
未だ明確には判らない。
ミサトの言う『自分の幸せ』がそれなのかも判らない。
幸せを探し出せるほど今が不幸ではないからだろう。
少なくともアスカの立ち読みが終わるのを待っている事が出来る限り。
「帰ろう!綾波も帰ってくるし宿題終わんなくなっちゃうよ」
「もう!シンジと一緒だとゆっくり本も読めないんだから!ちょっと待ってて、お金払ってくるから」
行きと帰りが同じ道では芸がないと思ったのかも知れない、少し遠回りにはなるが二人は別の道を歩くことにした。
アスカにしてみれば残った宿題は自分が手伝えば今夜にでも終わる。
ずっと家に閉じこもっていた分もう少し外に出ていたかった。
「シンジ、明日の夜出発でしょ?あんた準備してあんの?」
「明日するよ。第一そんな暇無かったじゃないか・・・・・・」
シンジは早めに仕度しないと必ず何か忘れ物をする、今までがそうだからアスカに信用がないことおびただしい。
「この間買った水着とか水中メガネとか浮き輪とか・・・宿題終わったら仕度するわよ!」
「気が早いよ・・・・明日の夜だよ。出発するの」
舞い上がっているようにすら感じるアスカに思わず苦笑した。
空まで飛べるような足取りの軽さで歩道橋を上ると眼下に延びる国道バイパスを眺めながらようやく上がってくるシンジを待つ。
・・・・久しぶり、シンジと買い物するのって・・・・・
珍しく一人で出かけた同居人を思い出した。
いつも一緒にいることに不満も何もないが、たまには以前と同じようにと思うのも悪いことではあるまい。
それにこの事を深く考えたことはないのだ。
自分の頭の中に『足を踏み入れては行けない場所』があってレイ、シンジ、自分の3人のことは未だその領域に含まれているような気がするのだ。
もっとも何で『シンジと二人で出かけたいのか?』と言う疑問の場合、アスカは意識的に考えないようにしている。
後一歩、いや後半歩踏み出せばその答えが出そうなのだが、そうするともう後戻りが出来そうにないのでいつも入り口で立ち止まっていた。
「いつも仲良いわねえ。お母様はお元気?」
主に横幅が豊かな中年のご婦人が声を掛けてきた。
高級だか安物だか判別できない香水の臭いがシンジとアスカの鼻に遠慮なく進入してくる。
「ど、どうもこんにちは・・・」
シンジはどう言った顔をして良いか判らない様子でどうにか挨拶をする。
近所の主婦で今まで顔を合わせたことがない相手ではないのだがだからと言って苦手には違いない。
お喋りなのが悪いとは言わないが自分の母親より年上の女性と話が合う訳がないし、話すこともない。
第一、馴れ馴れしく話し掛けられるのに二人とも抵抗感がある。
「夏休みでしょ?良いわねえ。今年もどこか出かけるんでしょ?どこ行くのかしら?うちなんか忙しくってなかなか出かけられないのよねえ。碇さんちは良いわねえ、毎年ご旅行できて。いえね、わたしなんか今日はオーケストラに行って来たんだけどそれでもやっと時間作って・・・・・」
一体この人は何が言いたいんだろう?アスカとシンジは辟易とした顔でこの女性を眺めていた。
マシンガンのように紡ぎ出される質問と自慢になかなか答える気にはならない。
正直、嫌な相手に会ってしまった、という口になかなかしづらい感想が沸き上がる。
「それでね、うちの主人はまた海外勤務でしょ。だから・・・・」
だからどうした、アスカはその言葉を必死に飲み込んだ。
せっかくの楽しい時間は1秒だって惜しいというのに。
だが相手は少なくともご近所の主婦なのだ。
勿論仲が良いわけではないが互いに顔を知っているしユイと話もすることがあるだろう。
喧嘩腰になる訳にもいかず苦々しい愛想笑いを浮かべる。
「あ、あの急ぐんでそれじゃあ失礼します」
「あらそう?お母様によろしく仰ってね」
愛想笑いを浮かべシンジはこの場から逃げ出した。アスカもそれにならいシンジの後ろを付いていく。
もしかしたら走り出せば良かったかも知れない。
「二人とも本当の兄妹みたいに仲が良いわねえ」
「お帰りなさい、綺麗になったわね」
微笑みを浮かべユイは無愛想な少女を出迎えた。
「・・・・・ただいま」
俯き加減に入ってきたレイはそのまま下駄箱にある靴を眺めている。
その中にある筈の赤いスニーカーとくたびれた青色のバスケットシューズが見あたらない。
「二人なら本屋に行くって言ってたわよ。んー、待ってればすぐ帰って来るんじゃない?」
レイは自分の部屋に鏡を持ち込んだ。
洗面所にあった手鏡だ。
彼女の部屋にある唯一の鏡、たった今必要になった鏡。
・・・・似合うの?・・・・
それに答えてくれる少年はまだ帰ってきてはいない。
青い瞳の少女も居ない。
不安げな顔が鏡に映る。
自分一人しか居ない部屋。
今までの当たり前が今では不安になる。
・・・・あたしは変わった?・・・・
シンジは変わることを否定しなかった。アスカには何も聞いていない。
自分はどう思うのだろう。
・・・・今は寂しい・・・・
だが二人はいずれ帰ってくる。
・・・・あたしはあの二人を待っているの?・・・・
誰かを待つ、そして帰ってくる者が居る。
今は寂しいがそれは後少しで癒される。
・・・・今まで寂しかったの?・・・・
昔とは変わったからそう思える。シンジが変わる事はいい事と言った意味がレイには実感として感じられた。
手鏡を小さな箪笥の上にそっと置くとレイは階段を下り玄関で座り込んだ。
帰ってくる二人を待つために。
「ただいまぁ」
シンジとアスカを出迎えたのは壁により掛かり膝を抱え眠っている少女だった。
「・・・・・?・・・何でこんな所で寝てるの?」
「あたしが知るわけ無いじゃない。ちょっとレイ、起きなさいよ」
肩を揺すると綺麗に整えられた青い髪が揺れる。
・・・・へえ、美容院行ったんだ・・・・
「ん・・・うん・・・・あ、帰ったの・・・」
うっすらと目を開けると玄関から差し込む光を背後から浴びて居る二人が居た。
逆光のせいで顔が良く判らない。
だが声と二人の匂いがレイの心にしみ込んでくる。
「風邪ひくわよ。リビング行ってお茶飲まない?本屋でこれ買ったんだけど見るでしょ?」
「うん・・・・碇君も行きましょ・・・」
後少しで夕食の時間になる。
その証拠に台所からお肉の焼ける香りが漂い、リビングでTVを見ている3人のお腹をさっきから刺激していた。
一緒に漂ってくる香りはコンソメスープかも知れない。
「あーーーー肩こった。誰か揉んでくれないかなぁ」
アスカは肩をこれ見よがしにグルグル回すとシンジに目を向けた。
「・・・・・・・・」
「ホントに肩こったなぁ。何でこんなに肩こるんだろう?きっと誰かの宿題手伝ったからだわ」
自ら結論を出すとシンジに寝中を向ける。
「大変だね・・・・」
「普通は、アスカさん肩こったでしょうから私がマッサージしましょう、ぐらいは言うんだけどねぇぇぇぇぇ」
はぁ・・・・と溜息一つ付くとシンジはようやくアスカの背中に向き直ると彼女の白い肩に手を掛けた。
Tシャツの襟から覗く素肌は驚くほど滑らかだ。
それに想像以上に細い肩に一瞬戸惑うがゆっくりと手に力を込める。
「・・・・まったく我が儘なんだよな。第一肩こったなんて年寄り臭いし・・・・・」
「煩いわね!しっかり力と心込めてやりなさいよね!誰のためにこんなに疲れたと思ってるのよ」
シンジの愚痴をあっさりと一蹴する。
実のところ別に肩が凝っているわけでもない。だがシンジの手が肩に心地いいと思う。
そんな二人を見たレイも何となく肩を回したり首を回してみたりしたが生憎とシンジは彼女の方とは逆を向いていた。
「・・・・・・・」
再びアスカの買ってきた本に目を落とす。
ヘアスタイル中心のファッション雑誌にはにこやかな同年代らしい女の子が沢山居る。
その中に自分と同じ髪型を見つけた。
若干奇妙な顔をしながらそれを眺めるとシンジの方を見つめる。
レイはおもむろに立ち上がると台所でお茶の準備を始め気持ちよさそうに肩を揉ませているアスカと不満顔のシンジの前に湯飲みを差し出した。
「ありがと。アスカって年寄り臭いよね」
「・・・・・そう?・・・・・・」
お茶を持ってきたレイに同意を求めたが答えづらそうに言葉を濁す。
「何よ!あーあ、宿題終わったのどなた様のお陰なのか胸に手当てて考えてみれば?」
当てるまでもなく解ったので再びアスカの肩をマッサージし始める。
しばらくしてようやくシンジは解放されてTVに見入っていた。
さして面白い番組でもないが『夏休み子供スペシャル』なる子供番組に引き込まれている。
いつもならアスカが邪魔するのだが今は夕飯の仕度の手伝いをしているので落ち着いて見れるのだ。
何が楽しいのか時折ユイとアスカの笑い声が聞こえてくる。
そんなシンジの視界に青い影が入ってきた。
「綾波、ゴメンちょっとどいて。TV見えないよ」
聞こえないのかレイはシンジの目の前で雑誌を読むふけっている。
「あの・・・・綾波?・・・・少しどいてくれるかな・・・」
「・・・・・・・・・そう」
ようやくシンジの視界から消えると暫くして再び現れ湯飲みを差し出した。
「おかわり・・・・飲むでしょ」
「え?ああ、もういいや・・・」
3杯目ともなればさすがにもう飲みたくはない。
「そう・・・お茶菓子持ってくる・・・・・・」
「あ、もう夕飯だから要らないよ・・・・・」
別に不満そうでも悲しそうでもないいつもの顔で部屋を後にすると洗面所にレイは入っていった。
そこにある鏡に朝より髪の短くなった自分がいる。
洗面台にある誰かのブラシを手にすると青い髪をすいた。
梳かせばもっと綺麗になるかも知れない。
「レイ・・・・あのバカそんな事くらいじゃ気が付かないわよ」
鏡には栗色の長い髪を持つ少女が壁により掛かって立っていた。
「美容院・・・行って来たんでしょ?バカシンジは鈍いからそんなこと気が付くわけ無いじゃない」
小さく頷くレイを見つめながらアスカは少し悩んでいた。
多少沈黙した時間が流れる。
レイもアスカもその分、頭の中でいろいろな思いが流れている。
「・・・・・少し待って・・・・・・・」
アスカはそう呟くと自分の髪飾りを外すと青い髪にくくりつけた。
今まで何の飾り気もなかったレイの髪に赤い髪飾りが二つ付いた。
それは青い髪に良く映え彼女の顔を明るく見せる。
「どう?いいと思うわよ。これで気が付かなかったら殴っちゃっていいわよ!」
足取りも軽そうに立ち去るレイの後ろ姿を眺めながらアスカは少し曇った表情を俯かせた。
どうして教えちゃったんだろう・・・・
どうして手伝ったりしたんだろう・・・・
髪飾りを付けた彼女を見た途端、後悔の思いが少しずつ滲んでくる。
そして後悔する自分にまた後悔する。
あたしは嘘つきだ・・・・・
優しい振りしてるだけ・・・・
今という時間を壊したくない。
それはもしかしたら自分勝手な思いかもしれない。
時間はいつも休み無く流れていきそれと共に自分達も変わっていく。
『本当の兄妹みたい』
いつか兄妹ではないことを知らなくてはならない。
その時シンジと一緒にその事を受け入れられるのか、その時レイはどうするのか。
自分達は家族で居られるのか。
・・・・あたし、一体どうするんだろう・・・・
思ったより自分の住んでいる世界は不透明だ。
ほんの少し先のことも見えない。
足下しか見えない綱渡り。
だからあがく、アスカも懸命に今をあがく。
両手を広げ恐る恐る足を忍ばせ、大切な今を少しでも延ばすために。
洗面所からアスカもリビングへと向かった。
部屋に通じる扉のはめ込みガラスから覗くとレイの嬉しそうな顔が見える。
シンジはたぶん気が付きレイの望んだ言葉を口にしたのだろう。
アスカはガラスの向こうの景色に溶け込むために大きく息を吸い、長い髪を束ねハンカチで縛る。
扉が乾いた音を立て開くと振り向く二人に一際明るい声で話しかけた。
「あーあ、お腹空いた!シンジもレイも仕度するの手伝ってよ。早く夕御飯にしよ!」
「碇、今日は随分早いな・・・・」
「ああ・・・・」
司令執務室でソファに腰掛け経済新聞を読み耽っていた冬月副司令はYシャツに着替え終えたゲンドウに声を掛けた。
毎日こうして着替えて帰るのだからまめと言えばまめである。
普段午後10時前には滅多に帰らない彼であったから冬月は少し記憶を漁った。
そして碇家の家族旅行を思い出し得心したように頷いた。
「そうか・・・明日だったな。車は下に用意してあるそうだ」
「ああ、聞いている。3号車だったか」
「ナンバープレートが変えてある。レンタカー用にな」
新聞紙から目を離さずにそう答えるとどことなく可笑しそうな顔を見せている。
普段はこの組織の長として君臨し目を光らせているゲンドウが家族旅行のために早く帰る。
滑稽と言えなくもない。
「新潟まで車か・・・・ご苦労なことだ、いっそ電車の方が楽だろうに」
苦笑混じりにゲンドウの明日の苦行をねぎらった。
第三新東京市から新潟。
山を抜けての日本縦断の旅だ。
長距離運転と言う夏休みに一般的な父親が背負う宿命に似たものをこの特異な男も同じように背負ってるとはこの場にいる冬月にしてみれば喜劇でも眺めているような感触を受ける。
「電車は不味い・・・何かあったとき対応が効かないからな」
特異な男はやはり普通ではない点に気を使わざるを得ない。
「それならうちのヘリでも使えば良かろう」
「これは家族旅行だ。仕事ではない」
面白くない顔で拒否する。
進めた方にしてもさほど強く言うつもりもない。
目の前の男が自分の領域内に他者の入り込むのを必要以上に嫌うことを良く知っているからだ。
一度へそを曲げると後が大変だと思ったかも知れない。
「まあ、護衛は付けさせて貰うぞ・・・・気にならない程度の人数だ」
ゲンドウは無言のまま洗濯物を紙袋に放り込んでいる。
自分の着た物を見知らぬ他人に触られるのが相当気に入らないらしく全て家に持ち帰っているのだ。
勿論自分では洗わない。
「任せる・・・・・・」
やはり面白くない顔で紙袋をぶら下げると少しの間、夜のジオフロントを眺めた。
天井からぶら下がる兵装ビル群が輝く。
地底に輝く星明かり。
流れ星のようにモノレールが通り抜けていく。
「冬月・・・・たまには家に来たらどうだ?」
ゲンドウ自身が過去に家に招き入れた他人は惣流アスカ・ラングレーと綾波レイ、そして冬月コウゾウだけだ。
「今は遠慮しておこう・・・・全て終わったらそうさせて貰うよ・・・・」
誰にも計り知れない思いをしまい込み、何も読みとることの出来ない表情を窓ガラスに映す。
「そうか・・・・後を頼む」
その返事に気を悪くした様子もなくゲンドウは淡々とした様子で執務司令室のドアを開け専用エレベーターへと乗り込んでいった。
そして執務室の主代行となった冬月は再びジオフロントを眺めている。
・・・・家族旅行か、俺もこの歳になって無い物ねだりとはな・・・・
ガラスの中の自分を眺め苦笑を浮かべる。
ゲンドウを羨ましく思う自分を笑ったのかも知れない。
例え装甲車並の自動車で諜報部のボディーガードに守られながらの旅行でもその中には自分の家族がある。
・・・・碇なりの幸せか・・・・
守る物は人それぞれだ。
だが碇ゲンドウのそれは恐らくごく有り触れた、誰もがそう思う物と同じなのだろう。
「時は戻らんか・・・・・・この歳で後悔するのは辛いな」
誰に呟いたのか。
それはあまりにも他人にとって意味のない言葉だった。
続く
あーとがき
えーーー長い間が空きました(−−;
取り敢えず『第十三話:たぶん、そして、きっと』お届けします。
実を言うと「夏休み企画」と言うことで4話ぐらいまとめてUPしようと思ったのですが無謀でした(笑)。
チョコチョコ読み切りなんぞ書いたりした物で終わりませんでした(爆)
(そうでなくったって忙しいのに(−−; )
それはともかく未だ海に行けない3人!呪うなら作者を呪え!!
この話は色々書きたい事があるのでどうしても遅くなりがちなんです(;;)
兎にも角にも海行ってからのお話は既にあらすじは出来ておりますので早い内にUPしましょう。
(せめてスキーの季節にならないうちに・・・・)
と言うわけで次回予告「碇さん新潟騒動記」でお会いしましょう。
今回もお読みいただき有り難うございます。
ディオネアさんの『26からのストーリー』第十三話、公開です。
夏休みの宿題・・・
夏休みの宿題から解放されて何年になるのか(^^;
あらすじを読んでの感想文・・
丸写しのレポート・・
み、耳が痛い(^^;;;
私の場合はさらに、
友達網を駆使、
チャックが甘い物はやらず、
二重提出・・などの手を使っていました・・
いかんな(^^;;;;
無事、後陣の憂いを断ったシンジ達一行。
微っ妙〜な関係もどうなるんでしょうね。
さあ、訪問者の皆さん。
執筆の敵、面白いゲームを手にしてしまったディオネアさんを
感想メールでこっちの世界に引き戻しましょう!