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未来のために


最終話 一人じゃない

Writing by HIDE





ママ?

ねえ、どうしたの?

ママ?!

嫌!行っちゃ嫌!

私を置いていかないで!

もう、私を一人にしないで!

一人は、嫌ぁ!



少女は目を開いた。

「・・・一人、か・・・。」

もう、自分を見守っていた瞳は感じられない。

体中がだるい。

「・・・うそつき。」

再び目を閉じる。

眠ろう。

深く、深く。

悪夢にうなされることがなくなるまで。






シンジは走った。

心身共に限界に近い。

気力のみで走った。

三度、つまずいた。

三度、立ち上がった。

弐号機が見える。

少しずつ、少しずつ大きくなっていく。

だが、シンジは血溜まりに足を取られ、またも転倒した。

プラグスーツが真っ赤に染まる。

生臭い。

嫌な臭いだ。

弐号機は、シンジを恨むように見つめている。

悔恨の念に駆られ、立ち上がろうとする。

だが、身体が言うことを聞かない。

膝に力が入らない。

無言で差し出される、白い手。

レイが微笑みを浮かべて、立っている。

シンジは力の限り走っていたが、限界を超えたその足取りは重かった。

だから、追いつかれた。

レイはシンジの手を取り、肩に回す。

ゆっくりと歩き出す。

弐号機の、アスカの元へ。





弐号機のエントリープラグは半ば射出されていた。

だが、その外形は歪み、所々亀裂が走っている。

そこからLCLが血のように染み出していた。

シンジは、プラグに取り付いてハッチの開閉レバーを引き出し、力を込める。

しかし、回らない。

完全に形が歪んでしまい、今のシンジの力ではピクリとも動かない。

レイは手を胸の前で組み、ただ見つめていた。

手を貸そうとはしない。

貸してはいけない。

ここから先には、彼女は入り込めないから。

だから、見守るだけ。

「このぉ・・・、開け!開け!開けぇ!」



アスカに謝らなきゃ!

守るって約束したんだ!

もう一度、一緒に家に帰るんだ!



全身の力を両腕に集める。

「開けぇぇぇ!!」

ガコン!

頑なに抵抗を続けていた天の岩戸は、シンジの気概の前についに屈服した。

回る。

ハッチが開く。

残ったLCLが逃れる先を求めるようにして溢れ出す。

「アスカっ!」

叫びながらプラグの中に潜り込む。

「アスカ!アスカっ?!」

返事はない。

アスカは動かない。

「アスカ・・・」

アスカは安らかな表情で瞳を閉じていた。

綺麗だった。

いつか見た彼女の寝顔を思い出す。

だが、返事はしてくれない。

深淵の湖水のようなサファイアブルーの瞳は、もう、彼を見てはくれない。

風になびいて美しく輝いていた髪は、もう、彼の心を躍らせない。

「・・・ごめん、もう、涙、出ないんだ・・・。」

アスカの頬に手を伸ばす。

まだ、暖かい。

「・・・一緒に帰ろう。僕たちの家へ。ミサトさんも、待ってるから・・・。」

アスカの背に手を回し、抱きかかえる。

アスカの長い睫毛が微かに揺れたような気がする。

「アスカ?・・・ん!」

なにか柔らかいものがシンジの唇を塞ぐ。



アスカはシンジの首にしっかりと手を回し、素早く唇を重ねていた。

突然の出来事に我を忘れ、なすがままにされるシンジ。

長い、長い、キス。



アスカの小さな吐息とともに、シンジが解放される。

「眠り姫は王子様のキスで目が覚めるものよ。まったく。気がきかないんだから。」

そう言って、深いブルーの瞳でシンジを見つめる。

少し頬が赤い。

シンジはまだ呆然としていた。

「アホ面さげて、ぼけぼけっとしてんじゃないわよ!」

アスカの罵声に、胸の奥から熱いものがこみ上げる。

それは、シンジの瞳を経由して、頬を流れ落ちた。

「・・・涙、だ。枯れたと思ってたのに・・・。」

「ちょ、ちょっとシンジ。だましたのは悪かったけど、何も泣くことないじゃない!女々しいわよ!しっかりしなさい!」

アスカの怒声が耳に心地良い。

シンジは涙を拭い、微笑んだ。

「違うよ。アスカが、アスカが生きていたから、嬉しくて泣いてるんじゃないか。」

涙は止めどなく溢れてくる。

拭っても、拭っても、止まらない。

アスカとの二度目のキスは、LCLの味がした。



「・・・あんた、ホントにバカね・・・。何で他人のために泣けるのよ・・・。」

アスカが目をそらす。

「他人なんかじゃない!」

再び、シンジの潤んだ瞳に吸い寄せられる。

「だって僕たち、家族だろ?」



(家族?)

ずいぶん久しぶりに聞いたような気がする。

いらないと思ったから、捨てた。

でも、何故か暖かい響き。

「・・・あんなの、見せかけだけよ・・・。」

「でも、僕にとっては間違いなく家族だったんだ。物心ついてから、初めての・・・。」



アスカが俯く。

(そうだ、私にもあった。パパがいて、ママがいて・・・。でも、ママはもういない・・・。)

寂しい。

震えが止まらない。

自らをいたわるように、抱きしめる。

「シンジ。」

「どうしたの?」

「ママがね、守ってくれたの。でも、もういないの・・・。」

シンジは優しくアスカを抱き寄せ、耳元にささやく。

「大丈夫。僕が守ってあげるから。ずっと側にいてあげるから。」

アスカの瞳から、堰を切ったように涙が溢れ出す。

シンジの首に手を回し、何かにおびえるようにしがみつく。

「アスカ、苦しいよ。」

「うるさい!」

まだ、シンジには涙を見せたくない。

もう少しだけ、素直になりたかったが、駄目だった。

そのとき、プラグの中を覗き込んでいたレイと目が合った。

これは渡さないとばかりに、シンジの首に回した手に力を込め、睨み付ける。

涙は流れ続けていたが。

しかし、レイはアスカに向かい、穏やかに微笑みかけた。



「よかったわね。」



ママ?!

初めて見たレイの微笑みに、アスカの中にあったわだかまりは、溶けた。

(人形なんかじゃなかったんだ・・・。ちゃんと笑うんだ・・・。それに、なんか、ママみたい・・・。)

「・・・アスカ。苦しい・・・。」

「うるさいわね!約束を破った罰よ!」

そう言いながらもアスカは涙を拭い、シンジを解放した。

涙の痕が残っていたため、泣いていたことは隠しようもない。

しかし、シンジには涙を見せない。

彼女なりの意地だ。

弱い自分を、ただ守ってもらうのは嫌だから。

シンジも辛いから、支えてあげなくちゃならないから。

「帰ろうか。僕たちの家へ。」

シンジが手を差し出す。

アスカはためらわず、その手を取ってエントリープラグから降りる。

シンジの手をしっかりと握ったまま、放そうとはしない。

レイはその二人を少し遠くで見つめていた。

「ちょっと待って、綾波が・・・。」

「ん?ああ、もう!まったく世話が焼けるわね。」

アスカはシンジを引きずりながら、のしのしとレイの方へと向かう。

そして、人差し指を突きつける。

「ちょっとファースト、じゃなかった、レイ!なにボケッとしてんのよ!あんたも、来るのよ!」



レイはキョトンとしている。

やがて、その瞳に涙が浮かぶ。

「いいの?」

「いいのもなにも、ハンデつきすぎよ!そんなんじゃおもしろくないわ!」

シンジはアスカの言っている意味がよくわからなかったが、空いている左手をレイに差し出した。

「もう一人は寂しいだろ?僕も嫌なんだ。だから、一緒に行こう。」

レイの瞳から大粒の涙が流れ落ちる。

おそるおそる、シンジの手を握ってみる。

暖かい。

(もう、寂しくない。失わなくて済むなら、思い出は、怖くない・・・。)



「さあ、行くわよ!シンジ!帰ったらなんか作りなさい!私お腹ペコペコなんだから!」

シンジの目の端にもう一度涙が光る。

微笑みながら、アスカに聞いてみる。

誰かに確認したかった。



「僕たち、もう一人じゃないんだよね?」

アスカは満面に笑みを浮かべ、高らかに答えた。

「あったりまえじゃん!!」





悲しいときに流れる涙は、枯れた。

しかし、それはもういらないはずだ。

未来のために戦った子供たちは、彼らの望む未来に向けて歩き出した。

先の事はわからない。

だが、少しだけ強くなった子供たちは、辛くても、もう涙を流すことはない。

それぞれを支えてくれる人がいるから・・・。

それぞれに支えてあげられる人がいるから・・・。







-Fin-




エピローグへ
Ver.-1.00
ご意見・ご感想はhide@hakodate.club.ne.jpまで!

<あとがき>

さあ、皆さんご一緒に!せーの!

『見え見えでベタベタの展開やな』

ああっ、書いてて恥ずかしい!

皆さん気づいていらっしゃったでしょうが、アスカについてはベタベタな演出です。

さて、あとはエピローグ。辛かった過去は忘れてあっかるく行きましょう!

もうしばらくお付き合い願います。

大家にありがとう。シリアスにさようなら(爆)。



 HIDEさんの『未来のために』再終話、公開です。
 

 うむうむ、良かったありがとう(^^)

 ホントに良かったぁ・・・・・

 アスカ、生きていましたね。
 レイも人として生きる道を得たし。
 ザッツHappyEND。
 

 前話でゲンドウがそれなりの生き方を見付けていたのですから、
 ここでチルドレンたちに不幸が降りかかっていたら私爆発してたかも(笑)
 

 ベタベタの展開?
 かまへんかまへん(^^;
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 あっかるいエピローグに期待しつつもHIDEさんへの感想メールは忘れずに!


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