Writing by HIDE
人間が一人入るのがやっとといった広さの空間だ。
手足を伸ばすことさえままならぬ闇に包まれた空間で、その女性は安らぎを覚えていた。
カスパー内部。
MAGIを構成する三つの人格の一つ。
開発者である赤木ナオコがここに移植したのは、女としての自分。
その娘は同じ女として、母の元へ戻ってきた。
膝を抱えて放心していたリツコが抑揚のない声で呟く。
「母さん、私たちは負けたわ。あの人の目に、もう私は写っていないの。ううん、最初からそうだった。わかっていたのよ。母さんもそうだったんでしょう?親子揃って大馬鹿ね。」
応えがないのはわかっている。
だが、間違いなく母はここに存在している。
だから、語りかける。
「仕方ないか、母さんも、私も、女ですもの。」
そう言ってリツコは自嘲気味に唇を歪めた。
ガタッ、ガタン。
狭い入口が開き人工の光が射し込む。
同時に低い男の声。
「やはり、ここか。」
闇に慣れた目と逆光のため、その声の主を確認できない。
(敵か・・・)
リツコはそう勝手に判断すると、やはり抑揚のない声で言う。
「殺して。」
外の男はそれを聞いて少し狼狽したが、それを微塵も感じさせない冷静な声でリツコに話しかけた。
「何か勘違いしていないかね?赤木君。」
聞き覚えのあるその声にハッとしてリツコが顔を向ける。
「副司令!ご無事だったんですか?」
「ああ、あいにく私は生まれつき運が悪くてな。」
心底残念そうに冬月は答えた。
「それより、『副司令』はもうやめてくれ。NERVは既に崩壊した。・・・そうだな、『冬月先生』とでも呼んでもらえるかな?」
そう言って悪戯っぽく笑ってみせる。
だが、リツコは黙ったままだ。
リツコの反応が無いのを確かめると、冬月は遠い目をして呟く。
「私は既に人の道を踏み外してしまった。今更昔に戻りたいなどとは虫が良すぎる話か・・・。」
「それは、私たち母子も同じです。」
冬月から目をそらしてリツコが応えた。
「そうだったな。」
重苦しい沈黙。
しばらくして冬月が口を開く。
「赤木君は、これからどうするつもりなのかね?」
「わかりません。」
「そうか。・・・私は最後に一つだけやっておきたいことがあってな。」
「何ですか?」
聞いてくれたことが嬉しかったのだろう、冬月が目を細める。
「碇の奴に思いっきり文句を言ってやるつもりだ。副司令ではなく、頑固な年寄りとしてな。」
そう言って意地悪く唇を歪めた。
「まあ、今更奴が俺の説教を聞き入れるとも思えんが、これだけはやっておかんと気が済まんのでな。」
その言葉にリツコが驚いて聞き返す。
「止めさせるんですか?」
「ああ、人間の未来は人間によってのみ創られるべきだ。たとえそれが原罪にまみれて生きることになろうともな。」
冬月の顔から笑みは消えていた。
「よかったら一緒にどうかね?君も奴には言いたいことが山ほどあるだろう?」
冬月の予期せぬ言葉にリツコは動揺した。
もう一度会うべきだろうか?
会って何を話せというの?
母に答えを求めるかのように、カスパーの内部を見渡す。
MAGIの裏コードが書かれたメモが所狭しと張りつけられ、所々開発者の落書きも見られる。
その中にひときわ大きく殴り書きされた『碇のバカヤロー』の文字。
リツコの視線がその部分に固定される。
そのまま動かない。
やがて、リツコは視線を外さずに答えた。
「ご一緒させていただきます。冬月先生。」
シンジの瞳は見開かれている。
まばたきすら、しない。
その顔には感情は浮かばず、ただ虚ろな視線を一点に固定させている。
エヴァンゲリオン弐号機。
アスカの、弐号機。
胴を二つに割られ、切り口から流れ出るおびただしい体液。
真っ赤な液体。
血の色の液体。
血溜まりに横たわる巨人には、両足がない。
動かない。
二対の目には、もう、光は無かった。
それを見つめるシンジの瞳のように。
涙が、出ない。
無意識に叫び声をあげたものの、その直後、彼は現実から逃げた。
目の前の光景を理解することを放棄した。
ただ、白濁した瞳で無機的に眺める。
どれくらいそうしていただろう。
LCLが彼の眼球が乾燥するのを防いでいた。
彼の唇が微かに動いた。
だが、声は発せられない。
代わりに呆然と立ちつくしていた初号機が動く。
力無く両腕を垂らし、膝を折る。
もう一度、彼の唇が動く。
「・・・スカ・・・」
もう一度。
「・・・アスカ・・・?」
思考を停止させるのには限界がある。
背を向けて逃げ出したはずの現実は、驚異的な速度でシンジに追いつくと、その心を捕らえた。
そして、シンジは理解させられた。
繋がったばかりの、しかし、自分にとって最も大切な絆が断ち切られたことを。
ドクン!
心が悲鳴を上げた。
胸が締め付けられる。
呼吸が乱れる。
息が苦しい。
たまらず、シンジは胸を押さえてうずくまった。
自らの存在が失われたかのような喪失感。
全身の神経を断ち切られたかのような虚脱感。
しかし、涙が出ない。
彼の涙は、もう、枯れていた。
辛いことばかり多すぎたから。
ドクン!
心が弾ける。
彼は、自分の中に占めるアスカの存在の大きさを実感した。
「・・・やっと、解り合えたのに・・・。ずっと側にいてくれるって、側にいてあげられるって思ってたのに・・・。アスカも僕と同じだってわかったんだ。二人とも寂しかったんだ。だから、側にいて欲しいって、側にいてあげたいって思って・・・。」
そうだ、アスカは僕と同じだったんだ。
失って。
寂しくて。
自分を見て欲しくて。
だから、エヴァに乗って。
僕と一緒だ。
なら、互いに心の傷を舐めあって生きていける。
互いに側にいてあげることで心の傷を癒やすことができる。
そのはずだった。
そのはずだったのに!
シンジの躰が瘧のように震え出す。
過去は辛い。
現実は酷い。
未来は怖い。
彼の心の傷はもう癒やされることはない。
噛みしめた唇の端から赤いものが流れ落ちる。
「・・・どうして・・・?どうして僕から大切なものを奪うの?神様は僕に一人で生きろっていうの?もうそんなことできないよ!できるわけないよ!」
感情があふれ出す。
彼の心の中でアスカが存在していた場所。
そこに開いた巨大な空間を埋めることができるのは、心の底の闇に蠢く二つの感情。
怒り。
憎しみ。
シンジが顔を上げる。
瞳の奥にゆらめく暗い炎。
「許さない!絶対に許さない!殺す!殺してやる!」
初号機の瞳が妖しく光を放つ。
アオォォォォォン!
神を呪うかのように天に向かい、吼える。
その咆吼に耐えきれず、顎部ジョイントが裂ける。
力を封じ込めていた拘束具とともに、背中のケーブルが弾け飛ぶ。
生々しい生体部分が露わになり、S2機関が発動する。
暴走。
いや、違う。
シンジの怒りに共鳴した初号機がその本来の力を解放したのだ。
アオォォォォォン!
もう一度、天に向かって高々と咆吼を上げる。
そして、血に飢えた瞳を最後の敵に向けた。
初号機が、吼えている。
その姿は神話に伝えられる悪魔そのものと言っても過言ではないだろう。
それを見つめる二対の瞳。
一つは慈愛を込めた暖かい視線。
一つは感情のない冷酷な視線。
「もうすぐだ、ユイ。」
ゲンドウが呟いた。
レイが初号機から視線を外し、ゲンドウの横顔を見上げる。
今のゲンドウの表情をこの角度から見るのは初めてだった。
なぜなら、ゲンドウの微笑みは今まで彼女だけに向けられていたから。
レイの表情に微かに変化が現れる。
ゲンドウがそれを見ていたとしても気づかないであろう。
それほどの僅かな変化である。
しかし、それは確かに憂いの感情であった。
(この人が見ていたのは、私じゃないのね。私、知ってる。碇ユイって言う人。碇君のお母さん。でも、私じゃない。じゃあ私はいったい何?綾波レイ。綾波レイ?綾波レイって、何?・・・わからない・・・。)
そのとき、レイの脳裏に涙を一杯に溜めて微笑むシンジの顔が浮かんだ。
レイの躰が雷に打たれたように一瞬痙攣する。
同時にレイの中のシンジの姿は消えた。
(今のは、何?碇君?知らない・・・。わからない・・・。碇君は知っているの?私の知らない綾波レイを・・・。)
「レイ、行くぞ。」
初号機の方へ向かってゲンドウが歩き出す。
「はい。」
あわててレイがそれに続く。
そのひょうしに彼女の頬をつたい一粒の水滴が流れ落ちた。
To be contined
<あとがき>
うわー、時間がないー!
どーしよー!(←書けって)
と言うわけで、時間に追われて散文的な文章になってしまっています。
おまけに短い。
とりあえず完結させてから手を加えるかも知れません。いいかげんだなあ。
全10話までは行かないでしょう。8か9くらい。
謎解きはメインじゃないんで細かい解説は文中に入れません。矛盾だらけだし。
暇な人はゲンドウらの台詞から私の主観を想像してみてください。
今回は冬月先生とリッちゃんを出しておこうかなと思って書きました。
さて、次こそは奴を出すぞ!
HIDEさんの『未来のために』第五話、公開です。
あっ、HIDEさんの投稿だ。ひっさしぶり〜〜♪
と、気軽に読み始めて思い出しました。
そうや、アスカ死んだ話やん、これ!
ああ、しまったあぁーー
前もっての準備がないもんだからダメージでかいぃぃぃ (;;)
この手の話は
精神状態のいい時に、
読む前に覚悟を決めて、
読後に気分転換する為の物を用意して、
等々
準備してから読まんとアカンのに・・・・
クリティカルヒットを受けた私はバタンキューです。
お休みなさい。グー
アスカ存命説に一縷の望みを掛けて。
訪問者の皆さん。
私に替わってHIDEさんにコメントを・・・・前も言ったような(^^;