Writing by HIDE
『オォォォォォン!』
シンジが叫ぶ。
初号機が吼える。
凄まじい勢いで走り出す。
体重を思い切り前に傾け、獲物を狙う肉食獣のような動きで走る。
シンジは理性を失っていた。
敵の機体に人が乗っていようとも構わない。
いや、人間であって欲しかった。
怒りをぶつける対象を求めていた。
アスカを奪った相手を叩きのめす。
そして、殺す。
シンジの思考はそこで止まる。
その先に進もうとはしない。
彼の欲求が満たされたとき、彼がどうなるのか。
おそらくは喪失感、虚脱感、罪悪感に三方から責め立てられ、自らの死を望むことになるだろう。
生きることに耐えられないはずだから。
しかし、純粋な破壊の衝動に突き動かされた彼を止めることはできない。
敵は首だけを巡らせて初号機を見つめていた。
醜怪な怪物と化した初号機が迫るが、怖れる様子は微塵もない。
むしろ、その無機質な瞳には哀れみが浮かんでいるようにも見えた。
初号機が迫る。
その顔が醜く歪んでいる。
嗤っていた。
長い腕が槍のように伸びる。
ガキィン!
金属的な音がして”初号機が”弾き飛ばされた。
無防備にたたずむ敵は微動だにしていない。
初号機は派手な土煙を上げて数百メートル離れた地面に叩きつけられた。
シンジの全身に鈍い痛みが走る。
「くそっ、これでも駄目なのか・・・。」
シンジが唇を噛み締める。
力を解放した初号機が最大出力で中和しても敵のA・Tフィールドは健在だった。
「まだだっ!アスカを、アスカを返せっ!」
シンジは全身の痛みに耐えて初号機を起きあがらせると、再び走らせる。
しかし、弾かれた。
また起きあがり、走る。
弾かれる。
何度も、何度も繰り返した。
その度に初号機の躰には生傷が刻まれ、シンジに新たな苦痛をもたらす。
初号機は自らの体液にまみれ、真っ赤に染まっている。
周囲を赤く染めながらも、初号機の突撃は続く。
おそらくは初号機が、シンジが息絶えるまで。
これで幾度めだろう。
初号機がゆっくりと身を起こす。
動き出した。
しかし、その動きは緩慢としていて、走ると言うにはほど遠い。
ふらつきながら一歩一歩ゆっくりと進む。
もう、限界が近い。
シンジは全身の激痛に朦朧としながらも、敵を睨み付け、足を踏み出す。
初号機が手を伸ばす。
その手が敵の肩に触れる。
今度は、弾かれない。
「・・・つか・・まえた・・・。」
シンジがそう声を発した瞬間、彼の頭の中に彼とは別の思考が流れ込んだ。
(もう、やめないかい?シンジ君。)
シンジはその存在を知っていた。
頭の中が真っ白になる。
「そんな・・・、まさか・・・。」
我を忘れ、呟くシンジ。
敵の胴の辺りから一つの人影が浮かび上がる。
神々しい光をまとったそれは、美しいシルバーブロンドの髪と、雪のように白い肌を持っていた。
一糸まとわぬ姿である。
その人影が閉じていた目を開く。
真っ赤な、血の色の瞳。
そして、穏やかに微笑むと、シンジに優しく語りかけた。
「久しぶりだね、シンジ君。また会えて嬉しいよ。」
「カヲル君!」
シンジの目の前に浮かんでいるのは、紛れもなく渚カヲルであった。
そう、あのときと同じ微笑みを浮かべて。
「どっ、どうして・・・。」
渚カヲルは殺したはずだ。
シンジが、彼の意志で。
シンジの右手にカヲルを握りつぶした時の感触が蘇る。
手の平が、熱い。
シンジの問いに対して、微笑みを絶やさずにカヲルが口を開く。
「綾波レイのことは、知ってるね?」
「・・・綾波?」
「そう、僕も彼女と同じさ。」
シンジの脳裏にセントラルドグマでの出来事が浮かぶ。
水槽に満たされたLCL。
その中を漂う無数の綾波レイ。
『だから壊すの。憎いから。』
微笑みを張り付けたまま崩れていく綾波レイ。
頭痛と吐き気がこみ上げる。
「僕も、彼女もアダムから生まれしものさ。だけど、彼女は人為的に創られたと言った方がいい。」
「アダム?!アダムって一体何なの?!」
「アダムは新たなる人類の雛形。そこから生まれしものがエヴァ。そしてエヴァがアダムに還る事によってリリンの原罪は浄化され、この地は新たなるエデンとなるんだよ。」
カヲルは慈愛の表情を浮かべ、両手を大きく広げると、シンジに呼びかける。
「さあ、もういいだろう。真実を知ろうとも主の定めた運命を変えることはできない。君は死すべき存在ではないんだ。新たな世界には君の存在する場所を与えよう。だから、アダムと共に僕を受け入れて欲しいんだ。」
シンジは黙って聞いていたが、やがて呻くようにして口を開く。
「カヲル君・・・。出ないんだ、涙。こんなに悲しいのに、こんなに苦しいのに・・・。きっと、もう枯れちゃったんだ、辛いことばかり多すぎたから・・・。そんなものを背負ってまで生きるのは嫌なんだ!一人じゃ重すぎるんだ!」
微笑みを絶やさずにカヲルが応じる。
「シンジ君。確かに今は辛いかも知れない。でも、それを忘れることで人は生きていける。僕がずっと側にいてあげるよ、だから、僕と一つに・・・」
カヲルの言葉をシンジが遮る。
「カヲル君じゃ、駄目なんだ!僕と同じ痛みを知っている人じゃないと・・・。見つけたんだ、やっと見つけたんだ。なのに・・・」
「彼女のことかい?」
カヲルが横たわる弐号機の方を見ながら尋ねる。
「彼女は罪を犯しすぎた、ああしなければ救われなかったんだよ。」
その言葉にシンジの表情が一変する。
怒りの形相。
初号機の右手が動き、カヲルを捕らえる。
「カヲル君!君が何を言ってるのか僕にはわからない!でも、これだけは確かだ!」
シンジの声に殺気がこもる。
「君は、僕からアスカを奪ったんだ!」
シンジの手に力が入る。
カヲルの顔から笑みが消えた。
「僕を、殺すのかい?あのときみたいに。」
声が冷たい。
「そんなことをしても何もならないよ。彼女が生き返る訳じゃない。」
「わかってるよ!でも、君が憎いんだ!許せないんだ!」
「・・・やはり、君もリリンだと言うことか・・・。わかったよ、シンジ君。君の好きなようにやってみるといい。けど、僕には定められた運命がある。もう死ぬことは許されないんだ。君が拒んでも僕は僕の役割を果たすだけだ。」
カヲルの躰がひときわ大きく輝き出す。
圧倒的な力の前に初号機は再び弾き飛ばされた。
カヲルが哀れみの視線とともに、最後の勧告を放つ。
「もう一度聞くよ、シンジ君。アダムと共に僕と一つになろう。」
「・・・アスカを、返せ・・・。」
苦痛に呻きながらのシンジの答えには、はっきりとした拒絶の意志が込められていた。
カヲルは一つため息をつくと、天に向かい何事か呟く。
すると、天から一筋の、陽光とは違った光が初号機に向けて注がれる。
仰向けに倒れたままの初号機に注がれるまばゆい光。
「なっ、何?」
眩しさに耐えきれず、シンジが目を閉じる。
ガスッ!
「・・・・・!」
鈍い音と共にシンジが声にならない叫びを上げる。
天からの光に解放された初号機の胸には、まるでそこから生え出たかのように巨大な槍が突き刺さっていた。
「ロンギヌスの槍・・・。できれば使いたくなかったけど・・・。君が悪いんだよ、シンジ君。」
そう呟きながら、カヲルが初号機の元へと移動する。
「さあ、約束の時は来た。おとなしくしていてくれ、もうこれ以上アダムを傷つけたくないんだ。」
カヲルが初号機のコアに手を伸ばす。
その手がコアの中に吸い込まれていく。
シンジは自分の中に異物が入り込んでくるのを感じていた。
だが、不快ではない。
むしろ、耽美な快感さえ感じていた。
このまま身を任せるのも悪くないと思えてくる。
(このままだと、どうなるのかな?カヲル君は原罪が浄化されるって言ってた。わからないや・・・。サードインパクト?みんな死んじゃうのかな?もう、それでもいいや・・・。)
全身の苦痛は消えた。
安らかな表情で目を閉じる。
(母さんに抱かれているみたいだ・・・。前にもあったな、こんな感じ。)
シンジを構成する元素の繋がりが不安定になる。
アダムに、カヲルに、取り込まれようとしていた。
そのとき、シンジの意識に別の存在が干渉してきた。
(誰?カヲル君?違う、この感じ・・・、母さん?!)
(あなたは一人になるのよ。それでもいいの?)
「いいわけないじゃないか!もう一人じゃ生きられないよ!」
声に出して叫ぶ。
同時に初号機の瞳の色が真っ赤に染まる。
『オォォォォォン!』
咆吼と共に胸に刺さるロンギヌスの槍を掴む。
そして、引き抜いた。
シンジは何もしていない。
ただ、呆然とその様を眺めていた。
カヲルの顔に驚愕の表情が浮かぶ。
「翼が・・・、アダムが覚醒したのか?!」
立ち上がった初号機の背には六対の翼が光り輝いている。
初号機は腹部に張り付いたカヲルを掴み、引き剥がす。
既に肩の辺りまで同化していたカヲルは、右腕を引きちぎられ、初号機の眼前に据えられた。
だが、右腕の付け根から真っ赤な血を流しながらもカヲルは微笑んでいた。
「覚醒したのなら、問題はない。さあ、アダム、僕を受け入れるんだ。この地を新たなるエデンとなし、僕らの子供たちは神に祝福された真の人類となる。」
しかし、赤く光る双眸に射すくめられ、違和感を覚える。
「アダム・・・?まさか!」
「無駄だ。ユイはお前を受け入れることはない。フィフスの少年よ。」
下方から低いが、よく通る声が投げかけられた。
首を巡らせたカヲルの視線の先ではゲンドウとレイがこちらを見上げている。
そして、すべてを悟った。
「そのようだね。まさかアダムとリリンの魂を融合させるとは思わなかったよ。これは既にアダムではない。」
「結果的にそうなったまでだ。私はそのような事を望んではいなかった。」
ゲンドウが初号機を見上げながら言う。
「綾波レイを見た時点で気づくべきだったよ。リリンは神に近づきすぎた。」
ゲンドウは応えない。
「神を、創るのかい?」
「ああ、そのつもりだ。」
「自らの欲望のために?」
「いや、人類の未来のためにだ。」
「偽善だね。」
「そうかもしれんな。私はユイさえ蘇ればそれでいいのかもしれん。」
カヲルは一度初号機を見上げ、また、ゲンドウに視線を戻す。
「好きにすればいいさ。シナリオは狂わされた。忌むべきリリンの手によってね。おそらく、主はもうリリンを許しはしない。君たちには原罪にまみれて生きるという最高の罰が与えられる。もう、浄化の機会は与えられないよ。」
「構わん。それこそ我らの望むところだ。我々は我々の意志ですべてを決する。神の指し示す滅びの道には従わん。」
カヲルの顔に怪訝そうな表情が浮かぶ。
「なら、どうして神を創るんだい?」
「人は弱い。単独では生きて行けん。すべての人々の心を補完し、道を指し示す存在が必要だ。私はその役目をユイに委ねる。」
「神ではなく、救世主か・・・。あがいてみるがいい。リリンの罪は決して許されることはない。この地は堕天使の牢獄とされ、神の祝福のない世界となる。」
ゲンドウは一度眼鏡を押し上げると、遠い目をして応えた。
「ユイが言っていたよ、生きてさえいればどこだって天国となる、とな。」
「まったく、救いようがないね。」
そう言ってカヲルが微笑む。
ゲンドウはそれには応えず、初号機に呼びかける。
「ユイ。」
同時にカヲルの身体は無数の肉片と化し、無傷で地に落ちた頭部は、大地に吸い込まれるようにして崩れていった。
To be contined
<あとがき>
永遠の一発屋、渚カヲル登場!
やっぱり一話だけでやんの(笑)。
おまけにやっぱり訳わかんないこと言って混乱を増幅させるし(爆)。
書いてる方もよくわかってません。
なんか最近、台詞と台詞をただ繋げてる、って感じになってきています。
小説ってのはそんなもんかもね。情景描写苦手だし。
あっ、アダムは初号機です。
安直かも知れませんが、サントラ買っちゃうとねぇ・・・。
「初号機の翼がっ!」ってあんた、そんなこと言われちゃうとアダムだと思うでしょ。普通。
あっ、でも翼ってことは天使=使徒?
アダムって名前からして使徒とは一線を隔しているような気もするなあ。
何にせよ劇場版が楽しみなような、見たくないような・・・。
あーっ!やっぱり早く書かないと。間に合うのか?(笑)
HIDEさんの『未来のために』第6話、公開です。
カヲル登場!
カヲル退場!
一気でしたね(^^;
一話で消えていくというのはEVA小説では結構珍しいと思いますよ。
ホモ野郎、
狂言回し、
トラブルメイカー、
色々な”おちゃらけた”イメージが出来ているカヲルですが
シリアスで格好良かったですよ(^^)
ゲンドウ、レイ。
物語は集結に向けて加速してますね・・・
映画公開に間に合うか?!
さあ、訪問者の皆さん。
ペースUPで映画に挑むHIDEさんに応援のメールを!!