Writing by HIDE
ジオフロント最下層、ターミナルドグマ。
陽の光を忘れて久しいこの地に、二つの人影があった。
その影の視線の先には、巨大な十字架に磔にされた巨人の姿。
その下半身は醜く爛れている。
その影と巨人との間には、赤い、血の色をした液体の海。
その液体が微かな燐光を放つ。
広大なこの地で、生物と呼べるものはその二つの影だけであった。
いや、もしかしたら、その視線の先にある巨人も生きているのかもしれない。
生理的な嫌悪感を抱かせる七つの目には、微かに光が宿っているようにも見える。
しかし、ここにはそれ以外に命を感じさせる物はなかった。
気のせいか死臭が漂っているようにも思える。
まるで、すべての命あるものを拒絶、あるいは嫌悪しているかのような世界。
「リリスか・・・。結局、ゼーレの目を欺くためにしか利用できなかったな。」
二つの影のうち、背の高い方が口を開いた。
濃い髭に覆われた顎。淡く色の入った眼鏡。血に染まった手を隠すように包む純白の手袋。
特務機関NERV総司令、碇ゲンドウ。
碇シンジの父でもある。
「だが、そのおかげでサードインパクトは防がれた。」
淡々とした口調でゲンドウが続ける。
隣の少女にゲンドウの呟きが聞こえているかどうかは判然としない。
先程から微動だにせず、リリスと呼ばれた巨人を無表情に見つめている。
「しかし、ゼーレとて無能ではない。二度と同じ手は食わん。ならば、これは危険だ。」
そう言って傍らに立つ少女を見る。
真紅のルビーの輝きを放つ瞳。
空色の髪。
整った顔立ち。
白く、滑らかな肌。
美しい。
しかし、それだけ。
名匠が、ただひたすらに美を追究した末に創り上げた彫刻。
だが、いくら心を込めて創り上げた彫刻でも、それに魂は宿らない。
それと同様に、その少女からは人の持つべき魂と呼べるものの存在は感じられない。
綾波レイ。
人間の傲慢が生み出した一つの命。
神を冒涜した男に与えられた罰。
「レイ、やれ。」
ゲンドウが命じた。
「はい。」
レイがそう応えると同時に、彼女の前方の空間が歪む。
その視線の先にいた巨人は磔にされた十字架ごと、左右に分かれてLCLの海に沈む。
A・Tフィールド。
レイから放たれたそれがリリスと呼ばれた巨人を切り裂いたのだ。
「これでいい。」
そう言ってゲンドウが歩き出す。
その後ろにレイが従う。
ゲンドウは一見何の変哲もない壁の前で立ち止まると、おもむろに手袋を脱いで掌を押しつけた。
小さな作動音と共に、右側の壁が左右に開く。
中には、3人程入れば一杯になると思われる、小規模なエレベーターがあった。
レイの方に向きなおり、ゲンドウがいくつかの質問を口にする。
「レイ。用意はいいか。」
「はい。」
「体調はどうだ。」
「問題ありません。」
淡々と、無表情に答えるレイ。
それを見てゲンドウは微かに微笑む。
今となっては彼女にしか向けられることのない表情。
「そうか。ならば行くとしよう。お前は今日、この時のために存在したのだ。」
「なんか、こいつらいきなり強くなってない?」
アスカが疑問を口にする。
「今までがうまく行き過ぎてたんだよ。」
シンジがそっけなく答える。
シンジたちは残る敵のうち3体を相手に大立ち回りを演じていた。
既に作戦などはない。
アスカの、『この程度なら大したことないわね』と言う一言で、乱戦に突入している。
シンジには不安があったが、アスカが一人で突撃を開始したので、仕方なくそれに従った。
残る敵は4体の量産型エヴァのみ。
戦自は撤退を開始している。
日本政府とて無能ではなかった。
ゼーレに迫られて戦自を動かしたものの、既にアスカによって多数の犠牲者を出している。
しかも、味方のエヴァはあっという間に半数を破壊されてしまい、残りがやられてしまうのも時間の問題に見えた。
NERV本部の占領には成功していたが、量産機をすべて片づけた初号機と弐号機が乗り込んで来るようなことがあれば、通常兵器では太刀打ちできない。
シンジたちにその気はなかったが、そう考えるのが普通であろう。
言い訳に困ることはない。
そう判断した政府は戦自に対して、占領地の放棄と撤退を命令していた。
敵は狂戦士の如くソニックグレイブを振り回す。
限界を超えた力で振るわれるそれは、凄まじい威力と速度で初号機と弐号機を執拗に追い回す。
一撃でも食らえば、即、戦闘不能に陥るだろう。
しかし、今の二人にはそれでもまだ余裕があった。
演舞のような華麗な動きで攻撃を難なくかわし、僅かな隙を見つけては、ピッタリと息のあった攻撃を叩き込む。
武器はプログナイフのみであったが、リーチの短さも苦にならない。
一対一なら、あるいは相手がシンジとアスカではなかったら、敵の方に分があった。
しかし、互いに信頼し合い、補い合うことが出来るようになった二人に対して、ダミープラグでは完全に役不足だった。
いまだ無傷の初号機と弐号機に対して、3体の敵は既に満身創痍の状態にある。
しかし、そんなことは微塵も感じさせない勢いで横薙ぎに襲い来るソニックグレイブ。
初号機はかがみ込んでそれをかわし、勢いに逆らわないようにしてその柄を掴むと、合気道よろしく投げ飛ばす。
「いっただきぃ!」
そう言ってアスカは、仰向けに倒れた敵の、コアがあると思われる部分にプログナイフを突き立てた。
取りあえずは、あと2体。
その2体が前後を挟むようにして弐号機を襲う。
弐号機は背後の敵に思いっきり回し蹴りを叩き込む。
正面の敵はまったく気にしない。
シンジが何とかするはずだから。
案の定、正面にいた敵の動きが止まっている。
その敵の背後では初号機がプログナイフを根本まで突き込んでいた。
アスカはそれを確認すると、先程自分が蹴り飛ばした敵に向かって走り出す。
やや遅れて初号機がそれにならう。
敵が丁度起きあがったところで弐号機がその背後に回っていた。
初号機は敵の正面。
シンジとアスカは軽く目配せをする。
「いちっ、」
シンジが言う。敵が体勢を立て直す。
「にぃのっ、」
アスカが言う。敵が武器を構え直す。
「「さんっ!!」」
敵が武器を振り上げたところで、2人同時に敵の頭部に向かって回し蹴りを放つ。
その敵は頭を潰されて力無く膝を折った。
「さてと、後はお山の大将だけね。」
アスカも当然気づいている。
敵の一体が最初から動かず、自分たちを観察していることに。
「気をつけて、アスカ。あいつは他の奴とは違うみたいだ。もしかしたら人が乗ってるのかも・・・。」
最後の敵を睨み付けながらシンジが忠告する。
「あんた、それでも戦える?」
そっけない物言いだが、シンジにはアスカが自分を気遣って言ってくれているのがわかった。
「多分、大丈夫・・・。今は相手が誰であろうと倒さなきゃならない。もう、決めたから。」
シンジは苦しげな表情で呻くように応えた。
トウジのことが頭をよぎる。
しかし、辛く、苦しい決断ではあるが、そうしないと事態が悪化するのは理解している。
偽善かもしれない。
彼はもう誰も失いたくなかった。
しかし、そのために誰かを傷つける。
矛盾している。
だが、そうすることがより多くの絆を保つための唯一の方法であることを知ってしまった。
今なら父がしたことも理解出来る。
何故、渚カヲルを殺したのかも。
彼は、彼の毛嫌いする大人に一歩近づいていた。
「そう、やっぱりあんた強くなったわ。」
アスカがため息混じりに呟く。
「そうかな?」
「そうよ。もう私じゃ適わない。戦う理由が違うもの・・・。」
「アスカ・・・。」
アスカは、何か言おうとするシンジを微笑みで遮る。
「慰めなんて、いらない。だって、もう、一番じゃなくてもいいの。そんなものなくったって、私を見てくれる人はいるから・・・。」
そう言って、モニターに映るシンジに指を突きつける。
「だから、しっかり私のこと守んないと承知しないわよ!」
「うん!」
最高の笑顔で力一杯頷くシンジ。
その笑顔がアスカには眩しかった。
二人は同時に、まったく同じことを感じて喜び合った。
(もう、一人じゃないんだ。)
「うん。」
最後の敵はゆっくりとこちらに向かって歩き始める。
今にして気づくが、武器を持っていない。
その動きには今まで戦ってきた敵のように、本能に突き動かされた動物的な動きはなく、はっきりとした意志の力が感じられる。
((やっぱり、人が乗ってる。))
シンジとアスカに緊張が走る。
そんな二人を嘲笑うかのように一歩一歩、ゆっくりと敵は歩み寄る。
アスカの緊張の糸が切れた。
「行くわよ!シンジ!先手必勝ぉ!」
そう叫んで走り出す弐号機。
「待って!アスカ!」
シンジには嫌な予感がしたが、アスカを放っておくわけにはいかない。
仕方なくアスカに続いて走り出す。
敵は歩みを止めて弐号機を睨み付けた。
しかし、それ以外の行動は、しない。
弐号機は勢いを殺さずに、体ごとぶつけるようにしてプログナイフを突き出す。
今までの戦闘で敵のコアの位置は見当がついている。
そこに向けて必殺の一撃を繰り出した。
(行ける!)
しかし、アスカがそう思った瞬間、凄まじい出力のA・Tフィールドが弐号機を吹き飛ばした。
「アスカっ!」
叫びつつ、シンジは初号機でそれを受け止める。
「大丈夫?!アスカっ!」
「こっ、これくらい何でもないわよ!それより何よ!今のは!」
「A・Tフィールドだと思う。」
「そんなことはわかってるわ!そうじゃなくて、何なのよ!あの出力は!中和したはずなのに!」
「僕にもわかんないよ。でも、迂闊に近寄れないことは確かだ。」
敵は二人を見下すように悠然とたたずんでいる。
向こうから攻撃を仕掛けるつもりはないようだ。
その態度がアスカのプライドを刺激する。
「こっのぉ!バカにすんじゃないわよ!」
再び弐号機が走り出す。
「アスカっ!」
シンジが止めようとするが、初号機の手が空を掴む。
敵は迫る弐号機をみて、ゆっくりと右手を振り上げると、素早く振り下ろした。
その指先からA・Tフィールドが光の刃となってほとばしる。
「くうっ!」
アスカは持ち前の反射神経で直撃は避けた。
だが、弐号機の両足は、なくなっていた。
両足の付け根から大量の体液を吹き出しながら地面に落ちて仰向けになる弐号機。
「アスカぁ!」
シンジが叫ぶ。
プラグのモニターには苦痛に顔を歪め、必死で痛みに耐えるアスカの姿が映っている。
アスカがシンジとのユニゾンにより、かつてないほどのシンクロ率を記録していたであろうことは、想像に難くない。
今のアスカは、己の両足を切り取られたに等しい苦しみを味合わされていた。
「アスカっ!」
もう一度アスカの名を叫んで駆け寄るシンジ。
その時、敵が初号機の方に顔を巡らせた。
その目が怪しく光る。
桁違いに強力なA・Tフィールドが初号機の目の前で展開される。
初号機は凄まじい勢いで後方へ吹き飛ばされた。
敵はそれを確認すると、苦痛に喘ぐ弐号機の方へ足を踏み出す。
「アスカっ!逃げて!」
そう叫びつつシンジは起き上がり、もう一度弐号機に向かって走る。
しかし、強大な敵のA・Tフィールドが初号機を寄せ付けない。
「やめろっ!やめろぉぉぉ!」
絶叫しながら、シンジは初号機で敵のA・Tフィールドを何度も何度も殴りつける。
しかし、効果はない。
敵は初号機にはかまわず、弐号機に近づいていく。
両足の激痛に耐えてアスカが目を開くと、そこには逆光に照らされて、ゆっくりと歩み寄る巨大な影。
アスカにはそのシルエットが、まるで死神を具象化したような姿に見えた。
アスカの心を恐怖が捉える。
「いやっ!やめてっ!来ないで!」
自由になる両手で後ずさりしようとするが、両足の激痛のため、思うようにならない。
「アスカっ!アスカっ!逃げて!」
シンジの声が聞こえる。
首を巡らすと、必死に敵のA・Tフィールドを殴りつけている初号機の姿が見えた。
弐号機には、両足が、無い。
逃げろと言われても、無理だった。
もう一度、敵の方を見る。
既に、目前に迫っていた。
「やだっ!死にたくない!いやぁ!」
恐怖に見開かれた目から涙が溢れる。
「やっと・・・、やっと自分以外に頼れる人見つけたのに!シンジのこと認めてあげられたのに!素直になれたのに!もう一人じゃなくなったのにぃ!」
悪夢を振り払うかのように、滅茶苦茶に頭を振り回して絶叫する。
しかし、現実は覚めることはない。
目前に迫った敵がゆっくりと右手を振り上げる。
「いやぁ!助けて!シンジっ、シンジぃ!」
アスカの絶叫がシンジにも届く。
「やめろっ!アスカを、アスカを放せぇ!」
初号機は、一段と激しく敵のA・Tフィールドを殴りつける。
しかし、効果は、ない。
敵の手が、振り下ろされる。
光が、迸る。
弐号機はコアの位置に沿って、横に真っ二つにされた。
初号機のモニターに砂嵐が走る。
そして・・・、消えた。
「アスカぁぁぁぁぁぁぁぁ!」
To be contined
<あとがき>
えーっと、暫定版です。
バージョンアップがあるかもしれません。
敵の武器はソニックグレイブじゃないですね。わかってます。
でも、形状や使い方のわからない武器は書けないので、ソニックグレイブと言うことにしておいて下さい。
第一話、第二話、バージョンアップしました。興味のある人は覗いてみて下さい。
ストーリー自体に変更はありませんが、雰囲気が結構変わってきてます。
あとはノーコメント。
・・・・・・HIDEさんの連載、『未来のために』 第四話公開です。
あああ・・・・・・・・
胸が、心臓が、心が、張り裂けそうです・・・・・
他人を認め、他人に頼ることが出来るようになったアスカ−−−
ここまでなのか?
本当のここまでなんでしょうか・・・・?
・・・次回が怖いです・・・・・
もうこれ以上言葉が出てきません・・・・・
訪問者の皆さん。
私に変わってHIDEさんにコメントを送って下さい。