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未来のために


− 第一話 戦う理由(わけ) −

Writing by HIDE





「エヴァシリーズ?! 完成していたの?」

空を見上げ、アスカが驚愕の声を上げる。

その視線の先では、輸送機に固定された9体のエヴァが、孤立無援のアスカを嘲笑うが如く、上空を旋回している。

だが、アスカが動揺したのはほんの一瞬のことで、すぐに不敵な笑みを浮かべ、嬉しそうに目を細める。

「ふん、面白いじゃない。やってやるわ。」

今の彼女に怖れるものは存在しない。

一人ではないことに気がついたから。

自分を見てくれている瞳を感じていられたから。

しかし、彼我の戦力差は9対1。しかも相手は最新型だ。不安はある。

それを拭い去るため、俯き加減で自分に言い聞かせるように呟く。

「そうよアスカ。あなたはもう一人じゃない。ママがついていてくれる。だから、大丈夫。」



「・・・そうよね?ママ。」





最後の部分は顔を上げ、誰にともなく微笑みながら。










「・・・うだ、NERVのE兵器が・・・した。前線を・・・げるんだ。こちらの・・・も既に・・・。」

戦自の無線から盗聴している音声がノイズ混じりに緊急事態を告げている。

ミサトは、すんでのところで敵の手からシンジを救い出すことに成功したが、既にシンジは絶望に苛まれ、生きる気力を無くしていた。

いくらミサトが叱咤、激励してもシンジの瞳に光は戻らない。

(これじゃ死んでるのも一緒だわ。)

そう思ったミサトは仕方なく手近な車にシンジを無理矢理乗せ、自分も運転席に乗り込むとエンジンをかけた。

そして、消えかかった希望の灯を頼りに脱出の機会を伺っていた。





「アスカが復活したようね。」

シンジに聞こえるように呟く。

その言葉を聞いて、シンジの身体がビクリと反応する。

「でも、所詮は時間稼ぎにしかならないわ。」



そう、エヴァを持つNERVに対して攻撃を仕掛けるからには、敵にもそれなりの策があるはず。

エヴァに対抗できるものはエヴァか、さもなくば使徒だけだから。

使徒であることは考えにくい。

確かにゼーレはタブリスを送り込んできたが、死海文書にそれ以降の使徒の記述はない。

ゼーレの老人たちがシナリオを書き変えることは考えられなかった。

だとしたら、建造中であったエヴァ以外には有り得ない。

建造中であったエヴァは全部で9体。

すべて完成しているとしたら、いくらアスカが頑張ったところで勝ち目はない。

ミサトはこう結論を出していた。



隣でうずくまっているシンジに問いかける。



「シンジ君。あなたはどうするの? エヴァで戦う? それとも私と一緒に逃げるの?」



応えはない。



「答えなさい。」



やはり反応がない。



声を上げて怒鳴りつける。

「答えなさい!シンジ君!」





「・・・僕はもうどうでもいいんです。死んだってかまわない。ほっといて下さい・・・。」

膝を抱え、その間に顔を埋めた姿勢でようやくシンジが口を開く。車に乗せられてからもその姿勢のまま、一度も顔も上げていない。



彼は、もう、抜け殻だった。






そう、もうどうでもいい。

もう僕には何もないから。





カヲル君は僕が殺した。

アスカは僕を憎んでいる。

綾波は僕のことなんて、もう、知らない。

ミサトさんは側にいてほしいときに構ってくれなかった。

加持さんはもういない。

トウジは僕が傷つけた。

ケンスケも委員長も疎開してここにはいない。

父さんにはずっと会っていないし、会ってもくれない。僕だって会いたくない。









もう・・、何もないんだ・・。



僕はいらない人間なんだ。



生きている価値なんてない。



もう・・・、どうでもいい・・・。








ミサトは運転を止め、その場に停車させた。

後ろを確認するが、追っ手は無い。

真剣な表情でシンジに問いかける。

「・・・シンジ君は、何のために今までエヴァに乗って戦ってきたの?」

面倒くさそうにシンジが応じる。

「・・・どうしてそんなこと聞くんですか?ミサトさんは知ってるはずでしょう?」

「いいから答えて。」

「・・・みんなが乗れって言うから・・・、乗って戦えって言うから、僕は戦ったんです。」

「そう・・・。」





ミサトは一息つくと次の質問を口にした。

「・・・じゃあ、質問を変えるわ。どうしてタブリス・・・、いえ、渚カヲルを殺したの?
それも人に言われたから? 違うわよね? あれはあなたの意志だったわ。
そう、ためらいはあったけど、あなたは自分の意志で彼を殺したのよ。」

シンジは初めて顔を上げてミサトを見た。

ミサトと目が合う。

シンジの顔には形容しがたい表情が浮かんでいた。
例えて言うなら、怒り、哀しみ、恐怖などの人間の持つ負の感情。それらをすべて含有していながらも、見る者に対して個々の感情を独立して感じさせうる表情。

ミサトはそれらすべての感情を受け入れた上で、真摯な瞳で見つめ返す。

震える声でシンジは話し出した。

ミサトの問いに対する答えではなく、自分に現実を確認させるために。



「・・・カヲル君は友達だったんだ。僕を好きだって言ってくれた・・・。」

ミサトは自分の問いの答えにはなっていない事がわかったが、黙って聞くことにした。

「僕もカヲル君が好きだった。だからいろんな話をしたんだ。
僕のこと、父さんのこと、みんなのこと、エヴァのこと・・・。
カヲル君は僕の話を聞いてくれた。僕があんなに話をしたのは生まれて初めてだった。
嬉しい話の時には一緒に喜んでくれた。悲しい話の時には慰めてくれた・・・。
僕たちは解り合えていたんだ・・・。」



「でも、カヲル君は使徒だったんだ!」

「裏切られたと思った。僕の気持ちを裏切ったんだ、って。」



「だから殺したの? シンジ君の気持ちを裏切ったから。だから殺したの? 初めて解り合えた友達を。」

黙って聞いていたミサトが問い詰める。

「違う! そんなことじゃないんだ!」

「じゃあ何故? どうしてなの? あなたは友達を殺してまで何を守ったの!」

ミサトの口調が厳しくなる。



シンジの表情に戸惑いの感情が加わる。

「そ、それは・・・。」

「わからない・・・。僕にもわからないんだ・・・。」

答えに詰まる。



「シンジ君。よく考えて! そこにあなたが命を懸けて戦ってきた本当の理由があるはずだから・・・。」



(僕が戦った本当の理由?)

シンジは再び膝の間に顔を埋めて以前の姿勢に戻ると、思考の渦に身を任せた。

無限に続くとも思える自問自答が始まる。








あの時は、僕なんかよりもカヲル君が生きるべきだと思った。それは本当なんだ。

でも、僕の手は・・・。

どうして? カヲル君が使徒だったから?

何故使徒を倒さなくちゃならないんだろう?

みんなが倒せって言うから?

違う!

父さんに誉められたいから?

これも違う!

そうだ、あの時僕の頭の中に浮かんだのは、そんなのじゃない!

それは・・・、僕の知っている人たちの顔・・・。

アスカ、綾波、ミサトさん、リツコさん、トウジ、ケンスケ、委員長、日向さん、青葉さん、マヤさん、・・・それに・・・父さん。

そうしなきゃみんな死んじゃうって、僕の知っている人たちが死んじゃうって思って・・・。

もう嫌だったんだ!

僕の知っている人たちがいなくなるのが・・・。

・・・僕の知っている人?

違う!そうじゃない!

『僕を』知っている人だ!

僕の存在が亡くなるのが、嫌だったんだ・・・。

もう、一人は嫌なんだ!

誰かにかまって欲しいんだ!

僕のことを見て欲しいんだ!

綾波・・・。彼女は僕のことを知らないって言った。

たまらなく悲しかった。

もうそんな思いは嫌だった。

だからみんなを守ろうと思った。

僕を見てくれる人たちを・・・。

僕に優しくしてくれる人たちを・・・。

あの時は選択肢があったんだ。トウジの時と違って。

僕に出来ることだったんだ。

違う!僕にしか出来なかった!

だから、カヲル君を殺した・・・。

他人の中の自分の存在を守るために。

自分の意志で・・・。



自分の存在を守るため? 僕は今までそのために戦ってきたの?

そうかもしれない・・・。

じゃあ今は? これからは?

もう、誰も僕なんか見てくれない・・・。

どうしてそう言いきれるの?

だって、だれも慰めてくれないんだ。

僕がこんなに辛い思いをしているのに!

けど、辛いのは僕だけじゃないはずだよ。

アスカは一人ぼっちになっちゃったし、綾波は・・・、僕なんかより、もっと辛くて、寂しかったはず・・・。ミサトさんも一番大切なものを失ったんだ。

そんな人たちに僕は何かしてあげた?

ただ、目を背けて逃げ出しただけじゃなかったの?

自分が何もしてないのに、人に優しくされたいなんて、自分勝手だよ。

わかってるよ!

でも、何も出来ないんだ!

僕に出来ることなんて、ないんだ!



・・・あるよ。僕にしか出来ないことが。



えっ?

みんなを守るんだ。僕にしか出来ない。

・・・僕が、守るの?

そう、自分のためじゃなく、みんなのために。

・・・僕に、出来るの?

やらなきゃ、だめなんだ!今まで僕を見てくれた人のために!

人はお互い助け合って、補い合って生きていく。

でも、今までの僕は他人に縋るだけで何もしなかった。

今度は僕の番だ!



・・・それが、絆ってものだよね?



きずな?

そう、絆。

・・・まだ、あるの?

まだ、断たれてはいないはずだよ。でも、何もしなければ、もうすぐ消えてしまう・・・。

それでもいいの?

嫌だ!

アスカは一人ぼっちで戦っている。ミサトさんは時間稼ぎにしかならない、って言ってた。
このままじゃアスカが死んじゃうよ。いいの?

嫌だ!

アスカだけじゃない。僕に優しくしてくれた人たち、僕を見てくれた人たちはみんな死んじゃうよ。
それでもいいの?

嫌だ! 僕が守るんだ!

僕が行ったって何も変わらないかもしれないよ。



でもやらなきゃ・・・。



もう、何もしないで見ているのは嫌なんだ!





僕はもう、一人は嫌なんだ!









ミサトはただ待ち続けていた。シンジが答えを出すまで。
時間にして数分程度しか経っていないが、ミサトはまるで時が止まったかのような錯覚に見舞われていた。

耐えきれずに目を閉じる。



(もしも、シンジ君がエヴァに乗ることに何も理由が無く、ただ強要されて苦痛のみ与えられていたというのなら・・・。

私は一生をかけてこの子を守っていこう。

理由もなく戦うには辛すぎる戦いだったから・・・。

それが私に出来るせめてもの罪滅ぼし・・・。

ごめんね、シンジ君。私にはそれくらいのことしか出来ないの・・・。)



「ミサトさん!」

シンジの声がミサトを現実に引き戻す。

ミサトはゆっくりと閉じていた目を開いた。

覚悟を決めてシンジの方を見る。

ミサトはシンジの目を見て数日ぶりの微笑みをたたえた。

そして、優しく問いかける。答えはわかっていたが。

「見つかった?戦ってきた理由。」

「ええ。それに、これから戦う理由も。」

ミサトはそう答えるシンジの瞳から、今までにない意志の力を感じとった。

シンジは真っ直ぐ前を見据え、小さな声で、だが、はっきりとこう言った。

「初号機のケイジへ連れていって下さい。」





To be contined






<予告>


戦う理由を自分の中に見つけたシンジ。

それを知らずにアスカはシンジを拒絶する。

しかし、自分の信じるもののために憑かれたように戦うシンジを見て、アスカの心は揺れる。



次回、「守るもの、守られるもの」



勝利の向こうに未来が見える・・・。



第二話へ
Ver.-1.10 公開
ご意見・ご感想はhide@hakodate.club.ne.jpまで!




<あとがき>


とうとうやってしまいました。神をも恐れぬ劇場版補完物です。長くなりそう・・・。

夏が・・・、怖い・・・。

私の貧弱なボキャブラリーではこのあたりが限界です。ああ・・・、石は投げないで下さいぃぃぃ。

今回はシンジの復活をメインに持ってきてます。登場するのはシンジとアスカとミサトだけ。でも、アスカはほんのちょっと(笑)。

次回は戦闘がメインになると思います。シンジ君大暴れ(笑)。

さあ、かっこいいシンジ君をみんなで見よう! ちょっと違ったか?

あ、それと次回予告はレイちゃんで読んであげて下さい。しばらく出番無いから。







バージョンアップしました!

前回は展開が強引すぎたと思ってましたので・・・。

少しはましになったと思います(笑)。



 HIDEさんの2本目の新連載、
 一本目目がまだ連載になっていないのに始まった新連載。(^^;

 タイトルは『未来のために』、公開です!!

 春の劇場版の続きを書いていくこの作品、
 夏までに頑張って進めないと大変なことになるかも?!(^^;;;

 戦う意味、なんのために戦っていたのかに気付いたシンジの次の行動は当然・・!!
 次回は派手なアクションが楽しめそうですね。

 シンジ、アスカを守れ! その為に怪我してもいいぞ!!
 私はアスカさえ幸せだったらそれでいい人なんだ!!(笑)


 まったく雰囲気の異なる二つの連載を始めたHIDEさんに励ましのメールを送って下さいね!


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