Writing by HIDE
「あれっ?アスカちゃんじゃないか。こんなところで何をしてるんだい?」
軽薄そうな男がアスカに声をかける。
後ろに束ねた長髪。三日は剃っていないと思われる無精ひげ。よれよれのスーツを着崩した姿。
一見物乞いともとれる風貌だが、その目は猛禽類を思わせる鋭い光を放っていた。
見る者が見ればこの男の恐ろしさに気づくであろう。
しかし、意図的に口元に浮かべた薄笑いのため、その隠された本性に気づくことは容易ではない。
「うっさいわね!私は今忙しいのよ!ナンパなら後にしなさい!」
声をかけられた方のアスカは、冬月たち一行の入った宿屋・・・じゃなかった、ファミレスの様子を探るのに夢中である。
電柱の蔭から、シンジとレイの一挙手一投足をも見逃すまいと、手にした双眼鏡でまばたきすら忘れて食い入るように見つめている。
「なにか面白い物でもあるのか?」
そういいながら男はアスカの前に回って、反対側から双眼鏡を覗き込んだ。
「うわっ!なにすんのよ!あんた!って?あぁ〜、加持さぁん(ハアト)」
前半と後半との声音の違いを聞いた者は、まさに百年の恋も冷めるであろう。
とはいえ、今更そんなことに驚く加持ではない。ついでに言えばアスカに恋もしていない。
「でっ、何か面白い物でも見えるのか?」
そう言って、アスカの手から双眼鏡を取り上げると、彼女の見ていた方角に向ける。
世界広しと言え、アスカにこんなことをして生きていられるのはこの男だけである。
「おっ、あれはシンジ君とレイちゃんじゃないか。」
ちなみに、加持にはシゲルとマコトはただの無関係な一般客に見えている。
冬月はまだトイレに行ったまま帰ってない。
おそらく、尿道に残るお小水をひねり出すのに必死なのだろう。
「なるほど。シンジ君とレイちゃんはデートか。それでアスカはやきもちを焼いているんだな。」
ちょっと意地悪な口調で加持が言った。
「そっ、そんなことないわよ!なんで私がバカシンジなんかに嫉妬しなくちゃならないのよ!」
明らかに取り乱した口調でアスカが反論した。相手が加持だと言うことも忘れている。
「おいおい、そんなにむきにならなくてもいいだろう?」
またしても意地悪く加持が言う。
その言葉に自分が必要以上に大声を出していたことに気づいて顔を赤らめるアスカ。
それを隠すために強引に話題を変えようとする。
「もうっ、加持さんたらぁ。そんなわけないじゃない。私が愛してるのは加持さん、だ、け、よ。」
加持の胸元を指先でつつきながら言った。
加持の背筋に冷たいものが流れる。
いままでずいぶんと危険な目にも遭ってきた加持だが、この時初めて本当の恐怖と言うものを知った。
「じゃっ、じゃあ、どうしてあの二人を見ていたんだい?」
声は震えていたが、無理に話題を戻す加持。
「そっ、それは・・・、えっと・・・、」
「そっ、そうよ、あの二人がデートなんて面白そうだから、ちょっかいかけて遊んでたのよ!」
「へぇ。ちょっかいって、どんな?」
真剣な顔で加持が尋ねる。
いいわけに必死なアスカは加持のその表情には気づかずに答えた。
「さっきはシンジに手下をけしかけたんだけど、変なじじいに邪魔されたのよ。」
心底悔しそうに言うアスカ。
だが、決意を込めて拳を握りしめると、天を見上げ、森羅万象すべての神々に誓うが如く宣言した。
「でも、次こそは必ずあのじじいをぎゃふんと言わせてやるわ!」
さすがに引きが入る加持。しかし仕事は忘れない。
「どっ、どうやって?」
アスカは『ふふん』と鼻を鳴らすと、自信満々にこう言った。
「これから考えるわ!」
こうなってしまっては誰にも止められない。
加持は頭を抱えながらその場を去ろうとした。
「あっ、加持さぁん。もう行っちゃうのぉ?」
「あっ、ああ。まだ仕事が残ってるんでね。」
「つまんないのぉ。」
「じゃあ、また今度な。」
そう言って加持は逃げるようにその場を後にした。
完全にアスカの視界から消えて、安心したようにため息を一つ。
「ふぅ。やはり御老公の睨んだとおりか。」
「そう呟いて歩き出した加持の胸元には、真っ赤な風車のネクタイピンが輝いていた。」
「加持リョウジ・・・、またの名を風車の弥七・・・。」
「その芸術的なまでの諜報活動は、いかなる相手にも疑念を抱かせない。」
「腕も立つ。」
「超一流の忍びであった・・・。」
・・・。
わかった、それは認めよう。
わかったから、自前でナレーションを入れるのはやめてくれ。
仕事がなくなる。
この人もこれさえなけりゃ・・・。
「・・・でした。」
「ああ、気にすることはない。」
礼を言うシンジとレイに冬月は素っ気なく応えた。
しかし、冬月には彼らが狙われているであろうことが容易に理解できた。
現に先ほどから殺気を込めた視線が我々にまとわりついていることに冬月は気づいていた。
冬月の後ろの席にはガチャピンが座っていた。
そのガチャピンは見事に周りにとけ込んでいる。ムックではだめだ。特に理由はないが。
誰も奇異の目を向けようとはしない。見事な変装である。
「御老公・・・。」
そのガチャピンは冬月にだけ聞こえる声で呟いた。
その意を悟った冬月が皆を見渡して言う。
「さて、そろそろ行くか。私は勘定を済ませるから、皆は外で待っていてくれ。」
シゲル、マコト、シンジ、レイはぞろぞろと店から出ていく。
冬月の後ろにいるガチャピンには特に関心を示さない。
いたって普通のガチャピンである。
全員が出ていったのを確認して、ガチャピンが新聞を開きながら呟き始めた。
「やはり、御老公の睨んだとおりです・・・」
そこで、ウェイトレスが近づいてきた。
ガチャピンはごく普通にコーヒーのお代わりを注文する。
ウェイトレスは少し嫌な顔をしたが、カウンターの方へ歩いていった。
どうやら、ずいぶん前からコーヒーだけで頑張っているらしい。
そのガチャピンの中が15分程もぬけの空だった時もあるが。
去っていくウェイトレスのお尻のあたりを眺めながらガチャピンが続ける。
「弐号機パイロットの差し金のようです。」
「そうか。ご苦労だったな。」
「いかが致しましょう?」
「そうだな、しばらく様子を見ることにしよう。」
そう言って冬月は勘定のためにカウンターに向かう。
ガチャピンもコーヒーのお代わりには手を着けずに店を出た。
冬月がシンジとレイに向かって言う。
「そうですね、シンジ君たちも早くふたりっきりになりたいだろうし。」
シゲルが冷やかす。
シンジとレイはまた真っ赤になりながらも冬月にもう一度礼を言うと、手を取り合って歩き出した。
「いいなあ・・・。」
その後ろ姿を見て、マコトは心底うらやましそうに呟いた。
「ムキー!なんてことしてるのよあの2人は!」
マコトとは正反対の感想を抱きつつ、2人を双眼鏡で睨み付けながら地団駄を踏む影。
ご存じ、惣流・アスカ・ラングレー、その人である。
「もう、やめといた方がええんとちゃうか?」
その後ろからジャージメンこと鈴原トウジが諫める。
「そうそう、あのじいさん結構手強いよ。」
自称軍事評論家のケンスケがトウジに同意する。
ちなみに彼の名は、20世紀末に湾岸戦争の評論で名を馳せた軍事評論家『エバタ ケンスケ』にちなんで名づけられたかどうかは定かではない(文法滅茶苦茶)。
「何言ってるのよ!このままじゃ、私のシンジがあの女の魔手に落ちちゃうじゃない!」
「なんや、やっぱりやきもちちゃうんか?」
「まったく、素直じゃないんだから。」
アスカは2人に向き直ると鬼のような形相で叫ぶ。
「鈴原!あのことヒカリにばらされてもいいの?!」
それを聞いたトウジが半べそをかきながら謝る。
「ひいぃっ、後生や!惣流!それだけは勘弁してくれ!」
それを聞いたアスカは意地悪く笑うと、猫なで声で脅迫を続ける。
「そうよねぇ。鈴原が初対面の女の子に向かって、いきなりパンツ脱いで見せたなんて、ヒカリが知ったらどう思うかしら。面白そうねぇ。ちょっと試してみようかしら?ふっふっふっ・・・。」
「わかった!わしが悪かった何でもするからそれだけは勘弁や!」
力無く膝を曲げて、トウジは泣いていた。
「相田!あんたもよ!言うこと聞かないと女子更衣室に仕掛けた盗聴器とプールの防水カメラのこと全校放送でばらすわよ!」
ケンスケが青ざめる。
いくら軍事に明るいケンスケでもそんなことをされたら命の保証はない。
「わっ、わかった、なんでも協力するからそれだけはやめてくれ!」
土下座をして謝るケンスケ。
アスカは勝ち誇ったように鼻で笑うと、地べたに這いつくばる2人に絶望のみを投げかけた。
「ふん、わかればいいのよ、わかれば。あんたたちは私には逆らえないのよ。そのことをよーく肝に命じておきなさい。」
「さてと、あのじじいのいない今がチャンス!シンジとファーストを引き離すのよ!」
そう言ってアスカは絶望の淵に追いやられているトウジとケンスケに向かって怒鳴りつけた。
「何もたもたしてんのよ!行くわよ!トンズラ!ボヤッキー!」
そう言って走り出す。
「とっ、トンズラ・・・。」
「わいが・・・、ボヤッキー・・・。」
2人はかつてない屈辱に身をうち振るわせて泣いた。
ただ、泣いた。
しかし、走った。
アスカに逆らうことは許されないから。
ああ、流れろ涙よ。
そう、滝の如く。
すべてを洗い流すまで・・・。
<あとがき>
なんか、話が全然進んでないぞ。
次はおそらく中編2になるでしょう(笑)。
ほんとに感動巨編になりそうな雰囲気(笑)。
あっ、某氏から感想メールをいただきまして、西村晃氏追悼企画という案をいただきました。
使わせていただきました。ありがとうございます。
HIDEさんの『ああ人生に涙あり』(中編)その1 公開です(^^)
短編として分類しましたが、なんだか長くなりそうな空気が漂ってきましたね。
アスカの作戦立案能力はミサト以下だったんですね・・・
シンジにヤキモチを焼くアスカを
健気で可愛いかと感じるか、
卑怯な陰険と感じるか、
で貴方のアスカへの愛の深さが分かる! かなぁ?(笑)
私?
私はたまらなく可愛いと感じました・・・・・(^^;
さあ、訪問者の皆さん、
いつの間にか[西村晃氏追悼企画]を始めてしまったHIDEさんに応援メールを!!
ガチャピン、お代わりしたなら飲みなさい。それがマナーです!
・・・・・・あんな格好で飯食いに行っている時点でマナーもヘッタクレも無いか・・・(^^;