すべてが終わって、僕は目を覚ました。
地底湖のほとりで、僕とアスカは決して相容れない存在だということを知った。
針を納めたヤマアラシは、一方的に傷つくだけだということもわかった。
そして僕はアスカの首に手を伸ばした。
これ以上自分が傷つくことに耐えられなかったから。
だけど、出来なかった・・・。
サードインパクト?
・・・わからない。
僕が目を覚ましたときには何も変わっていなかった。
ただ一つ、ジオフロントが消失し、その内部にいた人間が行方不明になっていること以外には。
もう父さんも、ミサトさんもいない。
そして今、僕は孤独になろうとしている。
わずかな希望を込めて、隣にいるアスカの様子を伺った。
彼女は何かを睨み付けるように視線を一点に固定させている。
その視線の先には、何もない。
「時間だ。」
僕たちを取り囲むように立っていた男達の一人が短く言った。
黒いスーツにサングラスという統一された服装の彼らは、無個性で、僕にはそのうちの誰が声を出したのか判然としなかった。
隣に座っていたアスカが立ち上がる。
「世話になったわね。礼だけは言って置くわ。」
アスカはわずかな荷物を手に提げ、僕に背を向けたままそう言った。
黒服の半数ほどを引き連れて、歩き出すアスカ。
慌てて僕も立ち上がり、その後を追った。
が、黒服の男達にすかさず押さえつけられた。
「見送りはここまでだ。」
「アスカっ!」
僕はもがきながら精一杯の声を出した。
アスカの足が止まる。
そのおかげで、僕はもう一度口を開くことができた。
「・・・また、会えるよね・・・?」
自分でも声が震えているのがわかる。
アスカは振り向かなかった。
だけど、声だけは聞こえた。
「多分、無理ね。」
空港のロビーで、ドイツへと向かって飛び立つ飛行機を見ながら、僕は泣いた。
母親にはぐれた迷子の子どものように。
一人には馴れている。
だけど、孤独は嫌いだ。
僕は時々しゃくりあげながら、次々とあふれてくる涙を拭い続けた。
・・・それが、ちょうど1年前・・・。
「ありがとうございましたぁ!」
思いっきり元気な声と仕草で頭を下げる少女に向かって、一組のカップルが片手を上げながら出ていった。
これで店内に残っている客は居なくなった。
ここはドイツ北部、ハンブルグ郊外の小さなレストラン、と言うより喫茶店と言った方がいいだろう。
店内には、道路側に大きく設けられたウィンドウに沿って4人がけのテーブルが3つほど並び、あとはカウンターのみといった小さな店である。
地味な装飾品が申し訳程度に飾ってあり、意外にもそれが店の雰囲気に調和して、こざっぱりした印象を与えていた。
しかしながら、あまり人々の足が向くような場所ではなく、一時は閉店の危機に陥ったこともある。
だが、半年ほど前に一人の女の子がここで働きはじめてから、見違えるほど繁盛しはじめた。
最初はとびきりの容姿を持ったその子目当ての客がポツリポツリと現われはじめ、足繁く通いはじめた。
そのうち、店の雰囲気も悪くない、料理の方も手軽な値段でそこそこうまい物が食べられる、と言うことも評判になって、人づてに聞いた連中が次々と、とまではいかないものの、従業員一人の店では休む間もないほどの忙しさを運んでくるようになった。
今では小さなこの町のちょっとしたデートスポットになっている。
「ふぅ、終わり終わりっと。マスター、お店閉めちゃっていい?」
その幸運を運んできた少女は、疲れを払うように一つため息をついて、店の奥に向かって元気に聞いた。
「ああ、お疲れさん。終わったら上がっていいよ。」
その声に応えて厨房から顔を出したのは、いかにもドイツの料理人と言った感じの恰幅のいいおやじだ。
年は40代半ばくらいだろうか、そのわりには人懐っこい顔だちで、鼻の下に微かに蓄えた口髭が悲しいほど似合っていない。
「はーい。」
少女は嬉しそうに微笑むと、店の入り口に鍵をかけ、内側のドアノブにCLOOSDの札を下げた。
そのまま厨房 ―と言えるほど立派なものではないが― に顔を出す。
「洗い物とか、ありませんか?」
「ああ、大丈夫だよ。今日は割と余裕があったからね。まあ、喜ぶことじゃないが・・・。」
丸っこいマスターはそう言って人懐っこく笑って見せる。
つられて少女も笑顔を見せる。
「じゃあ、遠慮なく・・・。」
「あ、それ持って行きなよ。」
マスターがあごで示した先にはタッパウェアが一つ、ぽつんと置いてあった。
おそらく料理の残りか何かだろう、一人暮らしの少女を気遣って時々マスターが用意しているものだ。
「いつもありがとうございます。」
少女はそれを胸に抱えて深々と頭を下げる。
「何の、こちらこそいつも残り物ばっかりで済まないと思ってるんだ。君にはいくら感謝してもし足りないからね。そのうちアスカちゃんのために存分に腕を揮って見せるから、楽しみにしてな。」
「ええ、楽しみにしています。」
言葉とはうらはらに、期待していないような口振りで笑ったアスカの瞳に、陰はないように見えた。
クリスマスを目前に控えて、第二新東京市は盛り上がりを見せていた。
一年前なら暑苦しい格好でしかなかったサンタクロースが、子供たちを引き連れて街を練り歩いている。
子供たちは初めて迎える冬に戸惑うこともなく、元気一杯の姿で、ティッシュを配るサンタクロースを追い掛け回していた。
僕はそんなにぎやかな声を背中で聞くとはなしに聞きながら、街角のショーウィンドウの向こうに注意を向けていた。
吐く息が、白い。
16年ぶりの出陣となった冬将軍は武者震いを押さえ切れず、先鋒を承った木枯らしも今までの鬱憤を晴らすように暴れまわっている。
日本に季節が帰ってきた。
日本だけではなく、セカンドインパクトによってもたらされた地軸のずれは、一年前、何の前触れも無しに突然修復された。
学者たちが揃って首を傾げるこの異変 ―と言うよりそれ以前の状態が異常だったんだけど― の原因は未だに謎らしい。
僕を含めてわずかにその理由を知っている者もいるが、それらの者は永遠に口を閉ざすことを選んだ。
もとより、溶けてしまった南極の氷は再び掻き集めることは出来ないし、海の底に沈んでしまった大地に再び太陽の恵みを与えることは出来ない。
しかし、それ以外は着実に僕たちの知らない世界に戻りつつあった。
僕はマフラーに首を埋めて、白い息でガラスを曇らせていた。
「似合いそうだな・・・。」
僕の目の前にある、小さな宝石店のショーウィンドウの向こう側では、大小さまざまな宝石が所狭しとその輝きを競っている。
僕はその中の一つに魅せられて、さっきからここに立っていた。
銀のチェーンの先に、多分ルビーだろうな、小さな赤い宝石が付いたネックレス。
いや、ネックレスと言うよりペンダントと言った方が正しいかもしれない。
そこに並んでいるものの中では一番地味なものだったけど、不思議に僕の気を惹いた。
僕の知っている人に雰囲気が似てるからかもしれない。
かつて僕と触れ合った、赤い瞳の少女に・・・。
「・・・迷っていても仕方ないよな。よし、決めた。」
僕は意を決して店の中に入り、それを買った。
店員さんは怪訝そうな顔をしたけど、僕のカードの残高を見て、もっと驚いたようだ。
当たり前だと思う。
僕はまだ15歳だし、おまけに童顔だ。
普通ならこんな店に出入りすることさえ異常だと思う。
けど、事情があって僕はお金には不自由していない。
質素に暮らす分には一生食べて行けるだけの貯金がある。
僕はそのペンダントを大事に懐にしまって、店を出た。
そして、もう一度ショーウィンドウに視線を向けた。
きっと量産品なんだろう、僕の買ったものと同じ物がまだ置いてある。
「うん、きっと似合う。」
僕はそう呟いて頷いたが、それをプレゼントする対象と、頭の中に浮かんだ少女の顔が、一緒のようで、別なもののような気もして、恐くなって激しく頭を振った。
気がつくと、真っ赤に染まった空は僕の影を長くしている。
もう子供たちの声も聞こえない。
「そろそろ、帰らなきゃ・・・。」
そして、僕は歩き出した。
僕の家へ。
きっとあの子が待っているから。
雨交じりの雪の中、小さなスニーカーが、無数の轍に蹂躪されて出来の悪いかき氷のようになった雪をまとわり付かせながら踏み出している。
一歩踏みしめるごとに、氷水が夏物のスニーカーを通してアスカの足に不快感を残す。
さらに、水分を含んで重くなった髪がアスカの足を鈍らせる。
いや、アスカの足どりが重いのはそのせいではない。
部屋に帰りたくない。
おかえり、と言ってくれる者のいない、真っ暗な部屋。
見もしないのに、音が欲しくて点けるテレビ。
湯を張らない冷え切ったバスルームで、震えながら浴びるシャワー。
日本語の独り言。
全部、嫌いだった。
アスカはドイツに戻ってきた当初は両親と同居していた。
そこには見せかけだけの家庭があった。
多分、対外的には円満な家庭に見えただろう。
だが、父は以前にもましてどこかよそよそしく、継母はアスカに気を使いすぎてストレスを貯めている。
それはアスカにもわかっていた。
しかし、アスカにはほかに居場所がない。
アスカは毎日、胃を押さえながらも微笑んで見せた。
そんなぎこちない家族ごっこが辛うじて続いていたが、もとより長く続くはずもない。
アスカが帰ってきて3ヶ月ほど経ったある日、それは起こった。
凄まじい夫婦喧嘩。
言うまでもなく、原因はアスカだ。
部屋にこもって耳を塞ぐアスカに聞こえるように、金切り声を上げる母。
父の怒声、それに続いて頬を打つ乾いた音、そして悲鳴。
もう、だめだった。
いたたまれなくなって、アスカは家を出た。
今は独りで暮らしている。
父からは申し訳程度の仕送りが毎月口座に振り込まれている。
だが、それで生活できるほどのものではない。
その後、彼女の通っていた大学を通じて、幾度か就職もしたが、全部やめた。
その中に彼女の能力が活かせる仕事はなかった。
すべての企業が話題性のみを重視して、アスカを客寄せパンダ扱いしかしなかったからだ。
それはアスカのプライドが許さない。
個人でも就職活動を行ったが、数少ないまともな企業は、アスカの年齢を理由にして採用に二の足を踏んだ。
社会では弱冠13歳にして大学を卒業した天才に、踊るべき舞台を用意していなかった。
結局、田舎のレストランでウェイトレスに落ち着いている。
しかも歳を偽って、だ。
もとよりアスカの望むところではなかったが、気のいいマスターと、気さくな常連客に囲まれて、これも悪くないな、と思い始めている。
だが、それは仕事をしている間に限られたものだった。
アスカは彼女の住んでいるアパートまで、10分足らずの道程を終始無言で歩いた。
ポケットから鍵を取り出し、開ける。
セキュリティなんて気の利いたものはない。
今の時代に手動の鍵である。
この事から彼女の生活がどのようなものか大体想像がつくだろう。
お世辞にも生活に余裕があるとは言えない。
部屋はキッチン、バス、トイレ付きではあるが、10畳足らずのワンルーム。
しかしながら、父からの仕送りは家賃で全部消える。
生活費については自分で稼がねばならない。
部屋に入り、電気と暖房のスイッチを入れる。
バイト先で貰ってきた残り物を、タッパのまま電子レンジに放り込む。
従来不精者の彼女の部屋は乱雑としていた。
部屋の大部分は大きめのベッドが占領しており、キッチンには洗い物の山、フローリングの床には脱ぎ散らかした服や下着。
冬だからいいようなものの、夏場にはねずみやゴキブリの恰好の住みかとなることだろう。
アスカはふと、これをシンジが見たら何て言うかな?などと考えてしまった。
おそらく、
『まったく、アスカは僕がいないと駄目なんだから・・・』
などとぶつぶつ言いながら、かいがいしく掃除や洗濯を始めるに違いない。
そんな光景を想像して笑みをもらしかけたアスカだったが、年代物の電子レンジの音が彼女を現実に引き戻した。
アスカは、夢から覚めたように真顔に戻って、小さく呟いた。
日本語で・・・。
「駄目よ、アスカ。あたしは、あいつを、捨てたんだから。」
これで幾度目だろう。
アスカはふとした弾みでシンジの名を呼びそうになる。
ソースが切れた、ブラシが見当たらない、寝坊した。
『ちょっと、シ・・・』
そこまで言って先ほどと同じ呟きが続く。
幸い、と言っていいのか、アスカはまだ明確にシンジの名を口にしたことはない。
その名前がアスカの口から出たとき、何が起こるのかアスカにもわからなかった。
「お米と、お味噌汁、食べたいな・・・」
ドイツ風にしつこい味付けの鳥肉を箸でつつきながら、アスカはため息交じりに呟いた。
彼女は、人の温もりに、飢えていた。
はろはろ、お久しぶりです。
しばらく更新していなかったので、自分の部屋に行くことがほとんどなくなっておりました。
20000HITにも気がつかないありさまで(^^;;;。
少々遅くなりましたが、述べ20000人の皆様、本当にありがとうございます!
感謝の気持ちを込めて、久々のEVA小説を書いてみました。
やっぱ本編から抜けられないや。
ちなみに今回からアスカの一人称を「私」から「あたし」に変更。
頑なに「私」を守り通していましたが、コミック版が「あたし」なので変えました。
まあ、どっちでもいいことなんだけど。
即興なので先のことはわかりませんが、春までには終わらせたいと(^^;;;;;。
不精なので記念ものは書いていなかったのですが、今回は一念発起、ちょっとやってみました。
えっ?
西村晃追悼記念?
あれは記念じゃなくて、追悼企画。
追悼を記念しちゃいけません。
まだ終わってないや(^^;;;;;;;。
あ、下に偉そうなこと書いてますが、記憶がおぼろなので違うかも知れません。
変だったらごめんなさい。
<コラムなんか書いちゃったりなんかして>
惣流・アスカ・ラングレー。
12月4日生まれ、14歳(当時)、中学校2年生。
以上が誰でも知っている彼女の設定だ。
そして碇シンジは6月6日生まれ、14歳(当時)、同じく中学2年生。
ちなみに彼は第三新東京市に来たときに既に14歳である。
したがってエヴァンゲリオン本編は6月6日以降が舞台である。
なおかつ、本編第14話のケンスケの日記(よく覚えていないが)及び渚カヲルの生年月日(書類上9月13日)、年齢(登場時15歳のはず)から、全編通して6月〜11月頃の物語であろうことが推測される。
劇場版のパンフでは、アスカは14歳となっている。
これがその時の年齢なら、少なくともサードインパクトは、9月13日(書類上渚カヲルが15歳になった日)から12月4日(惣流・アスカ・ラングレーが15歳になる日)の間となる。
とは言え、範囲が広すぎて確定できないのが現状である。
まあこれは予断であるが・・・。
さて、ここで一つの矛盾点が生まれる。
惣流・アスカ・ラングレー。
彼女は中学2年生だ。
お気づきの方も多いかと思われるが、一般に中学2年生は誕生日を迎えた時点で、14歳になるはずだ。
では、アスカは来日した当時、13歳だったのか?
だとすれば、彼女は全編通して13歳であったということになる。
13歳・・・。
これは私の守備範囲外だ・・・。
・・・それはいいとして、答えは否、である。
アスカは、あくまでも『14歳』の少女なのだ。
ところどころに彼女の年齢に関するシーンはあると思われるが、そのすべてでアスカは14歳と言うことになっている。
本編中で見られ(たと思う)る彼女のIDカードでも、『AGE 14』となっている(はず)。
ではなぜ?
可能性としては次の3つが挙げられる。
1.アスカの来日からサードインパクトが起こるまで、12月4日(アスカ14歳)から、12月15日(ミサト30歳)までの間にすべてが終わった。
2.アスカは生まれたときから14歳。
3.エヴァパイロット(及び候補生)を一つところに集めるために、1年分サバを読んだ。
1は論外。
前述したケンスケの日記然り、おまけにシンジのサルベージに1ヶ月かかっているのは紛れもない事実である。
2は洒落。
と言うことは必然的に3と言うことになる。
なるほど、これなら納得の行く理由ではある。
以上のことから、正確にはアスカとシンジは同学年ではなく、アスカの方が一学年上であることが証明される。
とはいえ、これも推測でしかなく、正確なものであるとは言い難い。
いきなり何を言い出すんだ、こいつは?
と思われる方もいらっしゃるであろうが、私が言いたいことは、
『設定を付けるのはいいが、もっと考えてやれ!』
と言うことである。
お粗末でした。
HIDEさんの My room 20000HIT記念『初めての冬に』APart、公開です。
お久しぶりです(^^)
この何日か”久しぶり”という言葉をよく使っているな・・
しばらく止まっていた人が復活しつつある嬉しい状況ですね。
わ、私も書かなくちゃ(爆)
サードインパクト後一年の世界。
二人の元に初めての冬が訪れる・・。
雰囲気のある舞台ですね。
初めて経験する人恋しい季節、冬。
空港で別れた二人も
互いの温もりを求める心が−−。
LAS・・なのか?!
アスカの方はずっと1人。
これはLASにんを喜ばせる物です(^^)
しかし、
シンジの方は・・。
HIDEさんは・・・アヤナミストでしたよね?!
一時期、アスカに傾いたとも言っていましたが、
この二ヶ月の間にその辺はどうなったんだろう?(^^;
き、気になる〜
さあ、訪問者の皆さん。
HIDEさんを感想メールでもてなしましょう!