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 忌まわしき血の臭い

 

 イヤだ・・・

 

 懐かしき血の臭い

 

 もう、イヤなんだ・・・

 

 神の意志・・・

 

 ・・・・・僕の血に?・・・・・

 

 宿命の絆・・・

 

 ・・・・・それが真実?・・・・・

 


【2・EARS・FTER】 第拾五回


作・H.AYANAMI 


 

 −第二新東京市

 この国の首都であり、多くの人口をを抱えるこの街には当然「眠らない街」と呼ぶに相応しい繁華街の一角がある。既に”良い子は眠りに就く”時間だが、ここには数多くの人が溢れていた。十代の若者達、ほろ酔いの会社員のグループ、年齢不詳の女性達・・・etc.

 人混みの中をミサトとレイは足早に進んでいた。随分と回り道をして尾行を巻いてきたのが未だに彼らを振り切れたという確信を持つことはできなかった。二人は自然と周囲に対する警戒を怠らない。

 二人はいつもとは異なる衣装を身につけていた。ミサトは黒皮風のパンツとジャケットそれにロングブーツといういでたち、レイもまた日頃とはあまりにもかけ離れた服装である。袖をカットしたTシャツにバックスキン風素材のベストをはおり、ベストと同素材のミニスカートをはいている。腰の辺りがやや緩く見えるのはミサトのものを借りているためであろう。二人ともリュックを背負っている。
 レイの、日頃の彼女と最も異なっているのはその顔の化粧である。瞼には濃いシャドウを入れ、唇は深紅のルージュで縁取られている。髪の色や瞳の色そして白い肌と相まって一種妖艶とさえ言える雰囲気を漂わせている。

 二人の醸し出す雰囲気はその街に合いすぎるほどによく合っていた。これが昼間のオフィス街のような場所ならば目立ちすぎるほど目立っていただろう。だが人工の色と光に満ちあふれたこの街で彼女たちを見つけだすのは容易ではなかった。ミサトの企みは見事に成功していた。プロであるはずの尾行者たちは、雑踏の中彼女たちを見失っていた。

 

 「どうした、一体どこへ消えた」

 その問いに対する答えがイヤホンから聞こえてくる。

 「それが・・・わかりません。似たような奴が多くて・・・」

 チームのリーダーである男はその答えに僅かに腹を立てる。

 (閣下の警護に人を取られて人手の足らぬ現状だと言うのに何という体たらくだ)

 作戦の変更もやむなし・・・決意を固め、男は胸のマイクに囁いた。

 「捜索を中止、各班には街の各入口を固めるように伝達しろ」

 「・・・了解しました」

 

 追跡を諦めた男達はそれぞれ街への入り口へと散っていった。

 

 ミサトはレイの手をしっかりと握っている。人混みの中ではともすればはぐれそうになるからだ。

 『葛城三佐、この辺りでは?』

 加持のデータを正確に記憶していたレイがミサトの手を引いて言う。二人は人通りを避けて道の端に立ち止まった。

 「そうかしら?私はもう少し先のような気がするけど」

 ミサトの記憶は曖昧であった。辺りを見回す。

 だがその時すでに、レイは目的の場所を発見していた。指を指してミサトに告げる。

 『葛城三佐、あれでは』

 ミサトはレイの指し示す方を見た。そこは路地の奥まったところだった。薄暗がりの中に行燈式の看板があった。消えかかった文字ではあったがかろうじてこう読めた。

 ”夜の玩具・珍品堂”

 いわゆる、その手の商品を扱うその店が二人の目的の場所だった。

 ミサトはもう一度用心深く周囲を見回す。今度は尾行者の有無の確認の為である・・・少なくともミサトの五官に尾行者は認識されなかった。

 「レイ、行きましょう」

 二人はその路地に入り込み、看板の前に立った。すぐ横には地下へ続く狭い階段があった。どうやら店は下にあるらしかった。階下の小さな照明以外に灯りはなく、正直あまり入りやすい雰囲気ではなかったが、とにかく行かないわけにはいかなかった。

 「行くわよ、レイ」

 『・・・はい』

 二人は地下へと下りていった。

 

 

 店の中は意外にも明るかった。壁には一面にガラスケースが作りつけられおり、中には各種の”玩具”が展示されていた。幸いと言うべきか客は他にいないようだった。細長い店の奥に古めかしいレジスターが置かれた机があった。二人は真っ直ぐにそこに向かって進んでいった。

 そこには初老の男が座っていた。眼鏡をかけて熱心に詰め将棋の小冊子に見入っている。ミサトには一目でその人物が分かった。だがあまりに意外な人物であったために、男に呼びかけるその声にはいささか動揺の響きがあった。

 「副指令・・・」

 冬月は冊子から顔を上げた。眼鏡を外し、ミサト達を見た。

 「久しぶりだね・・・君たちがここに来たと言うことは、シンジ君が・・・拉致されたのだな」

 ミサトは頷く。

 「それに加古も・・・」

 「・・・なにっ、加古君もか・・・ちょっと待ってくれたまえ。いま店を閉めてしまうから」

 冬月はそう言うと立ち上がると机の横から出てきた。ミサト達をよけて入り口に向かった。スイッチを押して店の看板と入り口の照明を消し扉についた3つの錠をかけた。

 ミサトは冬月の背後に近づくと声をかけた。

 「副指令、私達はシンジ君達を助けに行きたいんです」

 冬月は振り向くと言った。

 「分かっている・・・葛城君、ちょっとそこをどいてくれないか」

 冬月の言葉にミサトは従う。店の奥、レイのいる方に引き下がる。

 冬月はミサトの立っていた場所の背後のガラスケースに近づくと取っ手に手をかけて開いた。展示されている”玩具”の一つを握りしめそれを展示用のホルダーから引き抜いた。すると店の奥から何かが動く音が聞こえてきた。ミサトとレイは思わず振り向いて音のした方を見た。見るとレジスターが乗せてある机の4本の足が上に伸びており空中に浮かんでいた。そして机のあった場所の床が奥にスライドして行くのが見えた。ぽっかりと開いたその場所には更に地下へと続く階段がのぞいていた。

 ガラスケースを元のように閉めると、冬月は言った。

 「さあ、二人ともその階段を下りたまえ」

 ミサトとレイは階段を下りていった。冬月もその後に続く。まもなく床が再びスライドして閉じ机が降下してきた。すべてが元通りになった。

 

**
 

 −珍品堂”最深部”

 壁にパイプ類ひしめき合い妙に圧迫感のあるその部屋の中央には折り畳み式のテーブルとパイプ椅子が3つ置かれていた。

 冬月はミサト達を部屋に招き入れると扉を閉め、振り向くと言った。

 「さあ、座ってくれたまえ。ここなら盗聴の心配もない」

 3人はそれぞれ席に就いた。ミサトは冬月と話を始めた・・・。

 レイはじっと椅子に座って二人の会話に耳を傾けている。ギブスで固められている左手をテーブルの上に乗せ、右手は自らの胸に当てて何かを握りしめる仕草をしている。だがそこにあるはずのもの−シンジから贈られたペンダントは無かった。

 

 加持の残したデータにはレイのペンダントの”仕掛け”のことも記されていた。”変装”の為いったん加持のマンションに戻った二人は一計を案じた。ミサトはペンダントを郵送することを提案したのだった。宛先は架空のものである。それを投函すれば一旦宛先のある局へ運ばれるが配達先が見つからなければやがてそれは戻ってくる。ビーコンを追う者は郵便車を追うこととなる・・・そんな子供騙しが相手に通じるとは思えないが、少なくともビーコンを追尾される危険は無くなるはずであった。

 はじめレイはペンダントを手放すことに難色を示した。彼女の理性はそれが致し方ないことであると納得しているのだが、感情はそれを許さなかったからだ。

 そんなレイをミサトは優しく諭した。

 「シンジ君を助け出すまでの我慢よ。仮に行方不明になってもビーコンが発信され続ける限り絶対に見つけだせるんだから・・・約束するわ、すべてが終わったら私が必ず貴方の元へ届けるから・・・」

 『・・・分かりました』

 そんなやりとりの後、二人はここへやってきたのだった。

 

 

 ミサトは冬月と話を続けていた。

 「計画の概略は既に知っているのだな」

 「はい、後は協力者との会合の方法ですが」

 「会合の段取りはこちらで付けておく。場所はここだ」

 冬月は机上の紙片をミサトの方に押しやった。ミサトは紙片を受け取る。

 「それから、ここまで行く方法なのですが・・・」

 「それも用意してある」

 冬月は車のキーをミサトに手渡す。

 「少々古い車だが、性能は抜群だ」

 「ありがとうございます。それでその車はどこにあるのですか」

 冬月は床を指差した。

 「この下にある」

 「はっ!?」

 ミサトは困惑の声を上げた。

 「葛城君。足下を見てみたまえ」

 冬月のその言葉に従い、ミサトは椅子から立ち上がり足下を見た。そこにはマンションのベランダにある非常脱出口のようなハッチがあった。

 「副指令、これは?」

 「この部屋はこの街の大規模地下駐車場の上に位置している。この下は駐車場の空調機械室になっている。そこから駐車場の方へ出たところに車は用意してある」

 「了解しました」

 ミサトは跪き、ハッチを引き開けた。レイも素早く反応して立ち上がる。

 「それでは副指令、言って参ります」

 「うむ、気を付けてな」

 「レイ、行くわよ」

 『はい』

 

********
 

 −戦略兵器研究所・大深度施設内

 前世紀、世界大戦を戦っていたこの国は本土内における”抗戦”を企図したときその中枢としての施設をこの地の丘陵部地下に建設したのは、およそ80年ほど前のことである。敗戦後この地域は長らく放置されてきたが、セカンドインパクト後に設立された戦略自衛隊はいち早くこの場所に目を付けた。
 戦略兵器研究所は西暦2007年に建設が開始された。その主たるものは深さ2kmにも及ぶ巨大な縦坑の掘削であったが、何故かその建設目的は明らかにされなかった。前年に成立していた「高度機密保持法」を盾に時の政府は頑としてそれを明らかにすることを拒否した。
 しかし工事の完成を待たず、施設は国連直属の特務機関NERVにより接収されその第二実験場となった。西暦2015年のエヴァンゲリオン3号機の起動試験中の爆発事故により大被害を受けた施設は事実上放棄されていたが、NERVの消滅後、政府は国連より施設の管理権を取り戻した。以来2年、縦坑部分は急速に整備されつつあった。依然としてその使用目的が一般に明らかにされることは無かった・・・。

**
 

 そこはごく小さな部屋だった。二台の軍用の折り畳みベッドが部屋の大部分を占め、それを除けば人の動ける範囲はほとんど無かった。灯りと言えば天井に埋め込まれた小さな照明だけで室内は薄暗かった。

 ほんの5分ほど前、加持はベッドの上で意識を取り戻していた。彼がまず驚いたのは自分が何の戒めもされてはいないことだった。どこか囚人服を思わせるものではあったがちゃんとシャツとズボンさえ着せてもらっていた。そして隣のベッドにはシンジが寝かされていた・・・規則的な寝息からシンジがただ眠っているだけであることが分かったのでそのままにしているのだった。

 加持は静かに起きあがり床の上に立った。とりあえず自分たちにあてがわれたこの部屋を調べるために。部屋には扉があったが内側に取っ手は無かった。念のため隙間に指先をつっこみ力を込めたが、もちろんびくともしなかった。叩いてみると”重い”音がした。壁を叩いても同様だった。この部屋がひどく分厚い隔壁で覆われていることだけは分かった。さして成果もないまま加持は調査を諦めもとのベッドに横たわった。

 

 加持は天井を見上げ考えていた。

 (葛城はもう冬月さんと接触しただろうか?レイは無事だろうか?)

 問題はレイのことだった。部下達が彼女を奪還したと信じたかったが・・・。

 (シンジ君が目を覚ましたら・・・レイのことをどこまで話すべきだろう?)

 

 「ううっ・・・」

 うめき声に加持はシンジの方を見た。どうやら目を覚ましたらしい。

 加持は起きあがりベッドに座ったままシンジの顔を見つめた。まもなくシンジは目を開けた。

 微笑みながら加持は言った。

 「お目覚めですか?会長」

 シンジはまだ目が覚め切れていないのかぼんやりとした様子で加持の顔を見た。

 努めて軽い調子で加持は続けた。

 「もう十分お休みになったでしょう?しっかり起きてくださいよ」

 「ええ・・・貴方はどなたですか?」

 一瞬、加持いやシンジにとっては”加古”だが、は顔を曇らせた。

 「会長、お忘れですか?警備部長の加古ですよ」

 「加古さんですか・・・僕は何の会長なんですか?・・・僕は一体誰だろう・・・・・加古さん教えてください。僕は一体誰なんですか?」

 碇シンジは記憶喪失に陥っていた・・・。

 「・・・シンジ君・・・・・」

 加持は絶句した。

********
 

 

  「冬月さんから連絡があった」

  「CRP発動か?」

  「そうだ」

  「俺達の出番だな」

  「ああ、出かけよう」

 二人はそれぞれの乗り物に足をかけた。

 

**

 −松代市街東南方の丘陵・深夜

 一台の高性能車(いわゆる”省エネ法”が施行されてから一定出力以上のガソリンエンジンの車はそう呼ばれていた)が山間の道を走っていた。既に製造されてから20年余りが経過しているが、丹念に整備されたそのエンジンは快調そのもののサウンドを奏でている。九十九折りの道を車はその深紅のボディを震わせて限界ともいえる速度で駆け上がって行く。西暦1995年製造のその車はセカンドインパクトを生き残った希少車で、当時は世界最速と言われるほどの性能を誇っていた。

 運転しているのはミサトだった。運転に全力を傾けつつも彼女はルームミラーにも常に注意を払っていた。第二新東京をでておよそ1時間、幸いにも追尾してくる車はないようであった。

 助手席に座るレイはじっと前方を見つめている。第二新東京を出てから彼女は一言も発してはいない。話すことが特になかったからとも言えるが、やはりミサトの”鬼気迫る”運転に言葉を失っていたと言う方が正しいだろう。

 急コーナーが迫ってきた。進入速度がミサトとそしてその車の限界をやや超えていたようだ。ミサトはブレーキペダルを力いっぱい踏み込みステアリングを切り込んだ。後輪がすべる。すかさずカウンターを当てる。

 ”ききききききぃー”

 スキッド音を響かせ車はコーナーに消えていった。

 

 −峠の頂上

 そこには数台分の駐車スペースがあり、公衆トイレらしい小さな建物があった。ミサトは車をその場所へ乗り入れ停車させた。

 「ふーっ・・・」

 やはり峠道を”攻めた”緊張があったのだろう。ミサトはシートに背中をもたれさせると小さなため息を吐いた。ウィンドウを開けて夜風を入れる。

 レイはミサトに顔を向けた。

 『葛城三佐・・・ここが?』

 ミサトは軽く頷いて答える。

 「そう、ここが副指令の指定した会合場所よ。ちょっち早く来すぎたみたいだけどね」

 ダッシュボードの時計を一瞥するミサト。会合時間まではまだ20分ほどがあった。

 レイが再び口を開く。

 『あの・・葛城三佐』

 「なあに?レイ。ああさっきから気になってたんだけど・・・もう私は貴方の上司じゃないわ。ただの葛城ミサトになったのよ。だから私のことはミサトで良いのよ」

 『それじゃあ・・・ミサトさん。もうお化粧落としても良いですか?』

 「そうね。もう変装も必要ないわね。落としても構わないわ」

 そういいながら、ミサトは自分のバッグから化粧水そして化粧用のティッシュを取り出した。片手の不自由なレイのためにミサトは化粧を落としてやることにしたのだ。

 「レイ、やってあげるからこちらを向いてなさい」

 化粧を落としてやりながら、ミサトは尋ねた。

 「お化粧が嫌いなの?」

 『・・・わかりません。あまりしたことはありませんから。ただ・・・』

 「ただ?」

 『・・・さっき、かつら・・いえミサトさんのところでしていただいた時感じたのですけど・・・鏡の中の自分は、自分でないような気がして・・・不安でした』

 「・・・なるほどね」

 

 やがてライトを煌めかせ二台のオートバイがミサト達が上ってきたのとは反対方向からやってきた。ミサト達の車に接近すると両側に並んで停車した。黒皮のライディングスーツの二人ははミサト達の方にそれぞれ顔を向けているが、スモークのスクリーンの中の表情は見えなかった。

 だが実のところ、車の中の二人を見て彼らは驚きの表情を浮かべていた。情報の漏洩を防ぐため冬月は最小限のことしか連絡してこなかった。ミサト達が会合の相手であることを二人は予測していなかった。

 二人は期せずして同時にヘルメットを脱いだ。

 「日向君!?」
 『青葉二尉!?』

 ミサトとレイは同時に声を上げた。二人のライダーは元NERV発令所要員、日向マコトと青葉シゲルだったからだ。

 「・・・お久しぶりです。ミサトさん」
 「・・・レイちゃん、元気だったかい?」

 二人はまだ信じがたいような視線を送りながらも、それぞれ挨拶をした。

 ミサトが尋ねる。

 「二人とも・・・無事だったのね?」

 その問いに、日向が答える。

 「おかげさまで・・・ミサトさんこそよくご無事で・・・」

 2年ぶりの邂逅に感激した日向は言葉を詰まらせる。

 ミサトも思わず”湿っぽく”なりそうになりながらも、それを吹っ切るように言った。

 「今はそんな話をしている時じゃないわね。貴方達が加持の協力者なの?」

 その問いに青葉が答える。

 「そうです。自分らがCRP−チルドレンレスキュープログラム要員です」

 ミサトはそれに頷きながら、次の言葉を発する。それは互いを確認する言葉だった。

 「念のためだけど、私は”天空の城”」

 一瞬の沈黙の後、青葉が答える。

 「・・・そうでした。こちらの合い言葉は”風の谷 ”です」

 「合格よ・・・だけどこの言葉に何か意味があるのかしら?」

 「さあ?・・・冬月さんの決めたことですから」

 「そう・・・」

 日向が言った。

 「ミサトさん、とにかく自分たちのアジトへ。計画の詳細はそこでお話しします」

 「わかったわ」

 二台のバイクに先導されてミサトは車を発進させた・・・。

**

 −林間・山小屋風の建物の一室

 そこは先ほどの峠を少し下りたところから未舗装の林道を10分ほど入った場所だった。雑木林を切り開いて建てられたその建物は木々に囲まれて上空から探したとしても容易に発見されぬよう緑色の塗られた屋根を持っていた。しかも周辺には各種センサーが備えられ侵入者に備えていた。

 レイとミサト、日向そして青葉の4人はその建物には不似合いな機械類に囲まれた一室でテーブルを囲んでいた。

 青葉が切り出した。

 「現在のところ、シンジ君達が拘束されている正確な場所は判明していません。加古さんが施設内に潜入させている者達の報告からおそらく大深度施設内にいることは間違いないと思われますが・・・」

 ミサトは厳しい顔をしていた。加持達のいる場所が分かっていないのに少人数で侵入するのはいかにも不利だと思われたからだ。

 「ちょっち厳しいわね。二人の居場所が分からないのは」

 青葉も日向もすまなそうな顔をした。だが研究所中枢部に”こちら側”の人間を送り込むのは困難であり、誰を責めるということもできないことだった。

 いままで沈黙していたレイがポツリと言った。

 『大丈夫、です。碇君の近くまで行けば、私きっと、分かります』

 「本当なの?レイ」

 俄には信じがたいことだったのでミサトはレイに尋ねた。

 レイはこっくりと頷き、じっとミサトの目を見つめた。

 レイの瞳に宿る光を見て、ミサトはその言葉が真実であると悟った。

 (加持の言った通りね・・・ここはレイのシンちゃんへの想いに賭けてみましょ)

 「わかったわ、レイ」

 ミサトはそういうと日向に向き直った。

 「それじゃ日向君。進入経路を説明して頂戴」

 「はい」

 日向はノート型の端末のキーボードを操作して、研究所の排水設備の断面図をモニターに表示させ説明を始めた。

 「ここから谷を下りて15分ほどのところに放流口があります。我々はここから侵入します。施設内の排水処理施設内まではおよそ1kmほどの地下埋設管です。管の直径は2m近くありますから立って歩いてゆくことができます」

 ミサトが質問する。

 「水流はどうなの?歩いてゆくと言っても水の勢いが強すぎれば流されてしまうんじゃないの」

 「その点は大丈夫です。大深度施設内の排水はポンプで汲み上げられ流されていますが、侵入前にポンプは”故障”することになっています」

 「・・・こちらでコントロールする訳ね」

 「そうです。侵入前に排水設備のコントロールシステムをハッキングします。今時珍しいことですがあの施設は分散型の制御システムを使ってるんです。まるで前世紀のシステムみたいですよ」

 「・・・それなら楽勝ね」

 「・・・ミサトさん、それが・・・」

 日向はなぜか言い淀んだ。

 ミサトが先を促した。

 「何か問題がある訳?」

 「・・・実はポンプが停止すると排水は一時貯水槽に流入するんですが、その容量はこちらで入手していた設計図段階より遙かに小さなものに変更されていることが昨日判明しまして・・・」

 「・・・で、結論は?」

 「ポンプを停止させられる時間は最大8分です。それ以上停止させるとオーバーフローして水が施設内に溢れ出します。センサーからの信号はこちらで遮断できますが、水が溢れ出せばポンプの”故障”は誰の目にも明らかになり誤魔化せません」

 「わかったわ、8分の勝負ね・・・それじゃあ行きましょうか。早く行かないと夜が明けるわ」

 4人は椅子から立ち上がった。

 

********

 −再び、戦略兵器研究所・大深度施設内

 シンジは加古の話してくれたことを一つ一つ確認している。

 「・・・それじゃあ僕は碇シンジと言う名で、IHKSと言う会社の会長なんですね」

 先ほどから加古はシンジに向かい”シンジ自身のこと”を説明していた。だがシンジの反応は芳しいものではなかった。ただ加古の言うことをそのまま受け入れるという風だった。

 「・・・最近、曾祖母さんが亡くなって、今はヨシエさんと言う人と、それから綾波レイという人と一緒に暮らしてるんですね・・・綾波・・・レイ!?」

 シンジの口調が変化したことに加古は気づいた。

 「何か思いだしたんだね、レイちゃんのことを」

 「・・・いいえ、ただ僕にとってなんだかとても大切な人だったような気がするんです・・・」

 「・・・なるほど、やはりレイちゃんだけは特別なんだな・・・」

 加古は半ば呆れ、半ば感心したように呟いた。と、その時だった、突然モーターを駆動する様な音がして二人のいる部屋の扉がスライドして開いた。扉の外には黒服の男達がいた。

 「碇シンジ君、出たまえ。先生が君を診てくださる」

 

 

 そこは研究所の医官執務室だった。シンジと白衣を着た医官そして老人はテーブルを囲み簡素な応接セットに座っていた。老人の後ろには黒服の男達が控えている。

 老人が隣に座る医官に向かい尋ねた。

 「この少年が記憶を失っていると言うのは本当なのかね?」

 「そうです。二人を監視中の者からの報告を聞く限り、二人が示し合わせて芝居している様には思えませんし、私の診察でもそれは間違いありません。もし演技だとしたら彼はたいへんな名優です」

 医官は妙に力んでいた。多分、老人の質問は彼の医師としてのプライドを傷付けたのだ。

 「それで、何が原因か分かるかね?」

 老人のこの問いに、医官は更に難しい顔をしてこう答えた。

 「・・・それがよく分からんのです・・・彼の脳を検査しましたが原因となるようなものは何も見つかりませんでした。或いはその・・・何か強い精神的ストレスを受けての無意識の逃避なのかもしれませんが・・・」

 「・・・なるほど・・・」

 老人はしばらく黙ったままだったが、やがてこう呟いた。

 「・・・それはかえって好都合かもしれないな・・・」

 老人は医官に命じる。

 「すまんがしばらく席を外してくれたまえ」

 更に部下達に命じる

 「お前達も部屋の外に出ておれ」

 「はっ」
 「はっ」

 医師も怪訝な顔ながらも自分の”城”を明け渡すことを承諾する。

 「・・・承知しました」

 黒服の男達に続き、医官は席を立ち部屋を出ていった。老人は扉が閉められるのを確認するとシンジの方を向き直った。

 

 「さてとシンジ・・・お前は自分の父親のことも覚えておらんのかな。お前の父の名は碇ゲンドウ・・・以前は六分儀ゲンドウと言った。」

 「ゲンドウ?・・・六分儀?・・・・・・いいえ、何も思い出せません」

 シンジはテーブルに載せた両腕で頭を抱え込んだ。

 橋元は続けた。

 「無理に思い出さなくとも良い。これから話すことに嘘は無い、そのまま受け入れれば良いのじゃ」

 シンジは顔を上げ老人の顔を見つめた。見つめ返す老人の目は何故かとても優しげにシンジには見えた。シンジは僅かに頷いて見せる。老人は続けた。

 「・・・実はな、お前の父ゲンドウはワシの実子じゃ。つまりお前にとってワシは祖父と言うことになる」

 「貴方が・・・僕のお祖父さん?」

 「そうじゃ・・・そしてな、お前がワシの孫として、そしてお前の母方の、古の血を受け継ぐ者として生まれきた・・・ゲンドウが何を思ってお前の母を娶ったかは知らぬ。だがそれは神の意思ではなかったとワシは思うておる」

 「神の、意思?」

 シンジは不思議そうに老人の顔を見た。

 「そうじゃ。ゲンドウは、あれはワシが実の父親だとはおそらく知らなかったろう。だがシンジ、あれはお前の母と契り、そしてお前という人類にとっての希望をワシに残してくれた・・・もっともそんなことが可能であると知ったのは最近のことだが」

 「・・・?・・・」

 「・・・昼間の話の続き、いやそれも忘れておるのじゃな・・・良かろう、準備ができるまでまだ時間があるからな、初めから話してやろう・・・」

 老人の言葉にシンジは黙って頷いた・・・。

 



つづく ver.-1.00 1997- 9/30

ご意見・感想・誤字情報などは iihito@gol.com まで。


 【後書き、本当は言い訳】

 最後までお読みいただきありがとうございました。また作者の拙い物語をご支持くださる皆様に改めて御礼申し上げます。本当にありがとうございます。

 いつものことながら今回も四苦八苦しました。ミサトを「復活」させてしまった以上、他のメンバー達も当然生き延びていなければならないはずだし、生きていれば何らかの形で作者の世界に出現しなければおかしいということで、今回、冬月・日向・青葉のお三方にご登場願いました。
 実は約1週間前に初稿を書き終えたのですが、どうしても気に入らず、ほぼ全面的に書き直しました。更新をお待ちいただいていた方には申し訳ないこととなりました。お許しください。

 本文中にありました合い言葉(笑)はもちろん世界的監督であられる(Webを観ていると本当にそう感じます)あの方の作品からいただきました。最近、作者自身が気づき、愕然としたことがありました。それはあの方の各作品について最も印象に残っているのは「映像」よりむしろ「音楽」であったことです(久石譲氏は偉大です)。EVAについても何年かしたら記憶に残っているのは・・・嘘です、嘘(^^;;;。
 ただ優れた(印象に残る)作品の要素としての「音楽」があるのは間違いないと思います。その意味でもEVAは、作者の中での優れた作品であることは言うまでもありません。

 テキストだけで一つの「世界」を形作るという作業は実に難しいことだと作者は常々感じています。その意味で「絵」や「音」を創ることのできる方が実にうらやましいと思います。どなたか拙作のイメージに合った「絵」や「音」を作っていただけないものかと思う今日この頃です。

 

 それでは次回の予告(予定)です。毎度のことながら予告通りには行かないと思います。それなら何の為の予告だ、と言うつっこみは・・・まったくその通りです。予めお詫び申し上げます。(^^;;

 

 障害を一つ一つ排除しつつ進むミサト達

 橋元の「真実」に「自分」を託そうと決めるシンジ

 リツコはMAGIと共に松代へ到着する

 女達のそれぞれの想い。成就するのは果たして・・・!?

 

 それでは・・・次回「2・YEAS・AFTER」をお楽しみに・・・


 綾波さんの【2・YEARS・AFTER】、第拾五話、公開です。
 

 大人のオモチャに囲まれた冬月副司令。
 合い言葉に”となりの暁の姫”を持ってきた冬月副司令。

 渋い人生の先輩
 壊れたバカジジイ。
 などの姿で描かれていた冬月副司令の
 新しい像です(^^)

 

 

 オモチャ屋までとは行かなくても、その手の本屋などでは
 ここのようなおじいさんが店番だと買いやすいですよね(^^;

 若い人、
 若くなくても女の人だと・・・

 そういう意味でも、
 ここの店はけっこう流行っていたりして(^^;;;

 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 綾波光さんにアヤナミストメールを送りましょう!


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