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【2・EARS・FTER】 第拾弐回


作・H.AYANAMI 


 −第二新東京市郊外の路上

 

 橋元邸の正門のほど近いところ緑地公園があった。木々の枝は街路の上にまで伸びて”常夏の”強い日差しを遮っている。

 その木陰に一台の車が停車していた。中には二人の男が乗っていた。二人とも半袖のYシャツにネクタイをしている。助手席の男は耳にイヤホンをし、ダッシュボードのTVモニターを見ているらしい。運転席の男はシートを倒して目を瞑り”居眠り”をしている。

 多分そばを通る人がこの男たちの様子を見ても、どこかのセールスマンたちが”昼休み”の時間を過ごしているとしか思わないだろう。だが二人がここにいる目的はその”外見”とはまったく異なっていた。

 助手席の男は三隅タカオ。そして運転席で”眠った振り”をしているのはその同僚の香取であった。二人はレイの身につけているペンダントから発信されるビーコンを追尾してここまで来たのだ。

 加古部長は、レイがシンジを探して行動を始めるだろうと”予測”した。実際レイは三隅たちが彼女のビーコンをモニターし始めてから間もなく動き出した。しかし何の手がかりもなしにシンジを見つけだすことなどは、まず考えられないと三隅は思っていた。

 レイは、レイを乗せた車は市街地を抜けてこの住宅街にやってきた。周辺の数ブロックを回った後で、車は橋元邸の前に止まり、レイはそこで車を捨てた。

 三隅たちはレイを直接視認できる場所、すなわち現在地点まで接近しレイを観察した。

 レイはインターホンで何事かを告げていた。やがて屋敷の家政婦らしき者が門の所までやってきてレイを迎え入れた。

 

 ・・・それから既に15分あまりが経過していた。三隅はモニターを確認する。ビーコンは未だレイが屋敷内にいることを示している。だがシンジをロストしたのはビーコンを闇雲に追尾した結果であったことを三隅は忘れてはいない。

 同じミスは二度とはできない、そう三隅は決意していた。ずっと屋敷を監視し続けているが今のところ正面からは人も車も出ていったと言う事実はない。裏門近くに”配備”されている者からもそのような連絡は来ていなかった。

 今のところレイが屋敷内にいることは間違いなかった。三隅は改めて橋元邸の正門を注視した。・・・とその時だった。ごく普通の乗用車タイプの車が三隅たちの乗る車の後方に近づいて停車した。

 三隅もまたIHKSでは”中堅”の社員である。橋元邸に注意力の大半を向けていても後方のその”変化”にすぐに気付く。振り向こうとしたときに、通信が入った。

 「加古だ。いま到着した。状況に変化はないか?」

 「はい、依然、レイさんは屋敷内にいます」

 そう応えながら、三隅はどうやら本当に眠ってしまったらしい隣にいる同僚を揺り動かした・・・。

 

********

 −橋元邸内

 

 そこは何の装飾もないコンクリートの壁に囲まれた部屋だった。

 男たちが簡易ベッドの上に横たえられた一組の少年少女の体を調べている。男たちの手にはそれぞれ小型のDVカメラのような物が握られていた。それは一種の金属探知器であり男たちの目的は少年たちの体に何らかの発信器のような物が”埋め込まれて”いないかどうか確認することだった。

 男たちはその機械を持ち、頭の上から足先まで二人の体を丹念に”なぞって”いった。しかしそれらしい反応はなかった。

 

 老人が杖を突きつつその部屋に入ってきた。男たちに声をかける。

  「何も見つからないか?」

 男の一人が立ち上がり振り向くと、姿勢を正してこう答えた。

  「はっ、このペンダント以外に発信器に類する物は見つかりません」

  「そうか・・・」

 それきり、老人は沈黙する。その心には先ほどから疑問があった。

  (シンジの体にも何もないとは・・・この娘はどうやってここを探り当てたのだ?)

 何か不可思議な物を見るような目で老人は横たわるレイの姿を眺めた。

 老人は何かを決めたらしく僅かに頷くと男たちに命じた。

  「娘に服を着けろ、ペンダントも元のように身につけさせておけ」

 一瞬男たちに訝しげな表情が浮かんだ。発信器をそのままにしておくと言うことは「尾行してください」と言っているのと同じ事だからだ。

 老人の唇の端に笑みが浮かんだ。

  「・・・かまわん、ワシに考えがある」

 

********

 

 −橋元邸正門近くの路上

 加古がここへ到着してから既に10分余りが経過していた。既に”増援部隊”も到着している。正門側裏門側併せてその総勢は30名ほどになっていた。

 彼もまた前に停車している三隅たちと同様に橋元邸の正門の方に視線を向け続けていたが、その心の内には少しづつ苛立ちに似た感情を”堆積”させていた。

 レイの橋元邸にいる時間から見ても、自分の”直感”が間違ってはいなかったと加古は確信していた。だが同時にそれはレイを”虎穴”に入れてしまったことを意味していた。

  (・・・やはり、自分が橋元邸を”訪問”すべきだろうか?)

  (レイ君は既に”探深針”としての役割を十分に果たしてくれている)

  (・・・とりあえず、レイ君だけでもこちらに取り戻して置くべきだ)

 加古が自ら橋元邸を訪ねることにしたことを待機している者たちに告げるべく、無線のスイッチに手を伸ばしたその時だった。

 橋元邸に”変化”が起こった。門が音もなく両側に開いたのだ。

 間もなく大型乗用車が門を出てきた。加古は小型の双眼鏡を取り出してその車内を観察した。

  「!」

 一瞬だが加古は確かに見た。その車の後席には確かにレイが乗っていたのだ。首をうなだれ意識の無い様子ではあったが、それはレイに違いなかった。

 同時に三隅からの通信が入る。

  「部長、ビーコンが移動開始!あれには確かにレイさんが乗ってました」

  「わかっている。」

  「追尾開始します」

  「うむ、頼む」

 三隅を乗せた車は間もなく発進する。一瞬、加古は自分もレイを乗せた車を追尾し、直接”奪還”を指揮すべきかと考えた。だがすぐに思い直す。即座に決意して通信を送る。

 「三隅君、レイ君を奪還してくれ。できれば人気の余りないところで。B・C号車をバックアップに回すから、指揮は君に任せる」

  「了解しました」

 スイッチを切り替え、加古は必要な連絡を手早く済ませる。

 加古が直接指揮を思いとどまったのはレイの身を軽んじたわけではなかった。またシンジが拉致された時のようにビーコンが囮としてのみ使われていると考えた訳でもなかった。何より加古は自身の目でレイの姿を見ているのだから。

 加古の心に引っかかったは、発信器が未だレイと共に”ある”ことだった。

  (彼らが”あれ”に気付かぬわけはない)

  (敵は、橋元は何事か企んでいるに違いない)

 シンジの発信器を即座に発見しそれを”逆手にとって”利用した敵である。レイの発信器に気付かぬわけはなかった。

  (・・・やはり、橋元に直接当たるしかあるまい)

 加古は増援部隊の指揮者に自らの意思を伝えると、車を降りて橋元邸の正門に向かった。

 

 −再び、橋元邸内

 

 老人は先ほどシンジと共に昼食を摂ったダイニングルームに戻り、食事の残りを”片づけて”いた。昔から習慣で彼には食べ物を残すと言うことができないのだった。

 部屋の扉がノックされた。老人はノックの”仕方”でそれが誰なのかを知ることができた。

  「お入り」

  「失礼いたします」

 入ってきたのはこの屋敷に長年つとめている家政婦だった。

  「なにかね?」

  「はい、加古様という方が旦那様にお会いしたいと言って、いらしております」

  「加古?・・・なるほど」

 ”応接間へ”と言いかけ、老人は食卓を見る。そこにはシンジが手を付けなかった食事の皿がそのままだった。

  「ここへ案内してくれ。一緒に食事をとることにする。ああ、みそ汁だけは新しいものにな」

  「かしこまりました」

 

 間もなく、家政婦に案内されて加古がダイニングルームへ入ってきた。

 老人はにこやかに加古を迎えた。

  「ようこそ、ワシのような”世捨て人”を訪ねて下さって。まったく奇特な御仁じゃ。宜しければご一緒に昼食をと思うが・・・」

  「突然お伺いいたしまして・・・お食事まで、でも折角のご招待ですから頂戴します」

 僅かに微笑みを浮かべ加古は橋元の言葉に応じた。

  「そうかね・・すまんね。老人の我が儘に付き合ってもらって」

 老人は先ほどシンジにいた場所の席を加古に勧めた。加古はその席を見る。

  (見たところ、何の”仕掛け”も無いようだな)

 加古は橋元のすぐ横にしつらえられたその席に就いた。

  「さあ、遠慮なく食べてくれたまえ。もっとも大した御馳走でもないが」

  「いえ、こういう”家庭の味”はなかなか食べることができませんから」

加古は湯気を立てているみそ汁から手を付けた。

  「味はどうかね?」

 あたかも自分で作った物のあるかのような口振りで老人は訊ねた。

  「おいしいです」

  「それは良かった・・・」

 老人はその味噌の味をいかに気に入っているか、他の味の物では満足できない事などを語った。

 加古は老人の話に曖昧に頷きながら並べられた料理を平らげていった。

 老人はその様子に満足げに頷きながら、自分の残された食事に取り組んだ。

 

 やがて二人の食事が終わった。家政婦が皿を片づけ、二人の前に熱い日本茶の湯飲みが置かれた。

 二人は互いの存在を意識しながら、それでも互いに視線を合わせずに各々の湯飲みを口に運んだ。

 湯飲みを置き、老人が加古の顔に視線を向けた。老人の視線を受けて加古もまた見つめ返す。

  「・・・それで、加古君。ワシに何か用事があるのかな?」

 その口調はあくまで優しかったが、その瞳は笑ってはいなかった。

 加古は顔を引き締めた。

  (どのように答えるべきか?)

 結局、最も直接的な”表現”を選んだ。

   「・・閣下はご存じでしょう。シンジ君の行方を・・」

 

********

 

 −新国道70号線上

 レイを乗せた大型乗用車は第二新東京市街から北へ、海へ向かうルートをごく普通の速度で走っていた。まるで追尾されていることなど知らぬげに。

 その道はかって”塩の道”として知られた交易路にほぼ並行して新たに建設されたのだが、セカンドインパクト後の海水面の上昇により日本海側の都市の大部分が失われた現在は、沿線の住民の生活道路に過ぎず、市街を離れると共にその交通量はごく少なくなっていった。

 追尾している3台の車、すなわち三隅たちの乗るA号車とそれをバックアップするB、C号車は次第に互いの距離を縮め、今やレイの乗る車を含め4台は他車を挟むことなく並んで走ったいた。

 モニター上の地図を見ていた香取がこう告げた。

  「三隅さん、次のコーナーを抜けるとしばらく直線が続きます。両側は田圃で人家は余りないようです」

 その言葉に三隅は決意する。

  「よし、やろう。手順はさっき言った通りだ」

  「了解」

 三隅は無線機を操作し後続車に作戦の実行を連絡する。

 

 

 コーナーを抜けた。香取の言葉どおり見通しの良い直線だった。両側は2回目の稲刈りを終えたばかりの田圃だ。幸い対向車の姿もない。

  「よし、行こう」

  「了解」

香取はステアリングに付いているボタンを押した。後部に搭載された発電用ガスタービンが駆動軸に直結された。速度計の針が一気に跳ね上がる。

 ハンドルを操作し対向車線に出る。そのまま一気にレイの乗る車を抜き去る。その間、三隅はその車の車内を確認する。

 「レイさんを挟んで二人、それに運転している奴、敵は計3人に間違いない」

  「了解」

 レイの乗る大型乗用車からおよそ30mほど先行した。

  「三隅さん、踏ん張ってて下さい」

  「分かっている」

 香取はハンドルを左に切った。”敵”の進路を遮るように元の車線に戻る。

 数回に分けてブレーキを踏み、ストップランプを点滅させる。停止を促すためだ。

 だが香取のその意図は完全に”無視”された。大型乗用車は減速するどころか逆にどんどん速度を上げて迫ってきた。

 首を回し後ろを見ていた三隅は思わず声をあげる。

  「奴ら止まらない気だ!」

  「三隅さん危ないですから前を向いてて下さい」

 アクセルを踏み込み、香取は追突を避けようとした。だが”敵”の加速力は彼の予想を遙かに上回っていた。

  ドッカーン!ガッシャーン!

 衝撃によって後部のウインドウが割れた。4点式のシートベルトで”固められて”いたにも拘わらず、その瞬間二人は、体が宙に浮くのを感じた。

 三隅が叫んだ。

 「香取、ブレーキだ!ブレーキを踏め」

 衝突の衝撃からまだ完全に立ち直っていない香取だったが、それでも反射的にブレーキペダルを踏んでいた。

  ゴスッ!ドカッ!グシャッ!

 咄嗟の判断だったが、三隅の目論見は成功した。”敵”が自らの車の”頑丈さ”を信じた行動を逆手に取って、2台の車の”接合”をより深いものにしたのだ。

 レイの乗る車のバンパーは三隅たちの車の後部に完全に食い込んでいた。

 ”敵”は急ブレーキで三隅たちの車を”引き剥がそう”とした。だがそれは無駄な努力に終わった。2台は容易なことでは離れそうもなかった。

 大型乗用車の後部座席上のサンルーフが開くと男が身を乗り出した。その手には小型のミサイルランチャーが握られていた。”実力”で三隅たちを排除しようとしているのは明らかだった。

  「いかん!奴らは俺たちを吹き飛ばすつもりだ。香取飛び降りろ」

 そう叫ぶと同時にベルトのリリースボタンに押して自らの体を自由にすると、三隅は扉を開けて外に飛び出そうとした。

 その瞬間、ミサイルが発射される。

 閃光、同時に爆発。三隅の体は空中に投げ出された。

 三隅たちの思念に最期に浮かんだのは、彼の愛する家族たちの顔だった。子供たちの、妻の・・・そして郷里に一人残した年老いた母の顔。

  (母ちゃん・・・)

 

 彼らの、一見、常軌を逸した行動はしかし成功したように見えた。三隅たちの乗っていた車は既にその形態を留めていなかった。もう一度揺さぶれば”接合”を外すことができそうだった。十分な装甲が直前で生じた爆発にも拘わらず彼らの乗る車を守ってくれていた。

 だが次の瞬間、彼らの予測し得ない事が起こった。

 追突の衝撃により三隅たちの車の燃料タンクには亀裂が生じていた。続く衝撃によって燃料はあふれ出しそれが彼らの車の前部に降りかかっていた。爆発による炎がそれに引火した。

 吹き出した炎が運転者の視界を遮った。本能的恐怖を感じた運転者は思わず振り返って”上司”の許可を求めた。

  「一度停止して消火しないと危険です!」

  「この車の装甲なら大丈夫だ。GPSを使って運転しろ。君の腕ならそれで十分な筈だ」

  「しかし・・・」

  「まだ2台が追尾している。止まる訳にはいかない」

  「・・・わかりました」

 運転者は眼前の炎を見ないように努めながら地図の表示されたモニターに視線を移し、運転に専念し始めた。

 彼に指示を与えた男、そしてレイを挟んで後席に座るもう一人の男は共に追尾している後方の車に注意を向けた。

 彼らは気が付いていなかった。先ほどの衝撃がレイに意識を取り戻させていたことを・・・。

 

********

 

 −橋元邸内

 

  「加古君・・・確かにワシはシンジ君の居場所を知っている・・・彼はここにいる」

 意外なほど簡単に、老人は”白状”した。続けてこう言った。

  「これから案内するよ、シンジ君の元へな。だがその前に・・・」

 その言葉を合図に扉が開けられ二人の男が入ってきた。各々の手には拳銃が握られていた。

 微笑みを浮かべ老人は言った。

  「君についてはいろいろ知っているのだよ、加古君・・いや加持リョウジ君。多分君が直接乗り込んでくることも予想できた。君は自分の目で物事を確かめずにはおられない性格だからな」

 加古、いやいまや”正体”のばれてしまった加持リョウジは、心の内でこの場での”負け”を認めていた。

  (・・戦いは始まったばかりだ。必ず巻き返しの機会は来る・・・)

 

 老人は男たちに命じた。

  「まず調べるのだ、体の隅々までな。まだ”眠らせて”はいかんぞ、加持君にはいろいろ”ご協力”願わねばならんからな」

 男たちに促され加持リョウジは立ち上がった。抗うことなく部屋を出ていった。

 一人残った老人は心の中で呟いていた。

  (加持君、君にも見せてあげよう・・・人類の革新を・・・)

 



つづく ver.-1.00 1997- 7/31

ご意見・感想・誤字情報などは iihito@gol.com まで。


 【後書き、または言い訳】

 お読みいただきありがとうございました。今回の物語はいかがだったでしょうか

 とある本に連載の極意は常に”良いところ”で終わることだと書いてありまして、今回それを”実践”したつもりです(笑)。あまりうまくいったとは言えませんが・・・。

 遅ればせながら御本家の完結編(要するに「映画」のことです)を拝見して参りました。本編の流れから言えばレイちゃんの扱いはあれが”当然”でしょうね。

 ですが・・・作者はやはり”人間”綾波レイを書き続けたいと思っております。読者の方の支持を必ずしも得られないことかもしれませんが・・・その点はご容赦いただいて今後もお読みいただければと思います。

 

 それでは次回予告(予定)です。

 老人はすべて把握している!?

 今、加古リョウジも老人の手中に・・・

 ・・・そして綾波レイは・・・


 綾波光さんの『2・YEARS・AFTER』第拾弐回、公開です。
 

 レイ奪回はいきなり苦境、
 加持も敵の手の内に・・・

 今の所後手後手ですね。
 

 車の中で意識を取り戻したレイ、
 次の機会を待つ加持。

 どう展開していくのでしょうか。
 

 シンジは完全に敵の制御下ですし、予断は許せませんね。
 

 老人の言う「人類の革新」・・・
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 映画に負けず人間-綾波レイを描く綾波光さんをメールで激励しましょう!


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