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世界は”苦”に満ちている。それは人が人であること、即ち”業”の所以である
いま、一人の少年の”犠牲”に依り、人々を”業”より解放することが可能であるとしたならば・・・
それを行おうとする者を阻止することが、果たして”善”であるといえるのだろうか・・・
だが一人の少女だけはそれを”善”であるとした・・・断固として・・・
【2・YEARS・AFTER】 第拾参回
作・H.AYANAMI
−新国道70号線上
レイを乗せた大型乗用車は、未だに盛大に炎をあげつつ、しかし”平然と”走り続けていた。既に三隅たちの車の”残骸”は飛散していた。
運転している者は、その炎から視線を避けモニターに表示された道路情報に従い運転に集中していた。
レイを挟んで後席に座る二人の男たちも追尾してくる2台の車に対して注意を向けていた。
レイが少しずつ意識を取り戻し始めたことに、いまだ車内の誰も気付いてはいなかった。
・・・レイの意識はまだ十分に覚醒したとは言い難い状態だった。
朦朧とした意識の中で彼女が最初に感得したのは、自分が何かの移動体に乗せられ”運ばれている”ことだった。
次の瞬間、レイの心に浮かんだ想いは次のようなものだった。
(私は今、碇君の元から引き離されている。遠くへ・・・)
その想いがレイの意識を急速に覚醒させた・・・静かに目を開ける。
レイに目に最初に映ったのは、真っ赤な炎だった。
(ああっ!)
もう少しで声を上げそうになり、それをようやく抑える。
体を動かさない様にそっと両側に座る者たちの様子を窺う、何故か二人とも後ろの方を気にしているらしく、自分に対しては何の注意も払っていないのが判った。
(とにかく、この車を停めなくては・・・)
(そうしなければ、シンジからますます遠く隔てられてしまう)
シンジに対する強い思いは、彼女をして次の突飛な行動へと走らせる。
レイはいきなり運転席に、運転している男に向かって”ダイブ”した。
唐突なレイの行動に両側に座っている男たちの対応は遅れた。レイの体を引き戻そうとした時、レイの両腕はしっかりと運転している者の首に”抱きついて”いた。
男たちの腕が、無理矢理レイの体を引き戻そうとした。だがレイは抱きついた腕の力を緩めなかった。
期せずして運転している者の首は、レイによって強く絞められてしまった。
「うぐうっ・・・」
苦しさの余り、ステアリングから両手を離し、レイの腕を引き剥がそうとした・・・。
後席の男たちの力によってレイが座っていた場所に引き据えられたとき、そして運転している男が再びステアリングに手を伸ばしたとき、直線が終わっていた。目前に急カーブが迫っていた。
炎の隙間から”それ”を見たとき、彼は普段の冷静さを失っていた。或いはレイに”首を絞められ”脳に十分な酸素が送られていなかったのかも知れなかった。
「うおっー」
雄叫びを上げながら、ステアリングを切った。
それは明らかに誤った行為だった。車は方向性を失い横滑りを始めた。
”カウンター・ステア”
間髪を入れずに”修正”を加える。冷静さを取り戻した男の”操縦”により車が方向性を取り戻しかけたその時、車は小さな農業用水を越える橋に差し掛かった。そこには橋の位置を示すに過ぎない小さな欄干があった。
左の前輪がその欄干と接触した。取り戻しかけた方向性は再び、そして今度は完全に失われた。
車は大きくスピンして路肩を逸脱した。その装甲の故に車は容易にガードレールを”突破”した。
『きゃっー!』
レイの悲鳴と共に車は数メートル下の田圃に落下した。2回、3回、横転を繰り返す。
やがて車は屋根を下にして停止した・・・。
−橋元邸内
むき出しのコンクリート壁に囲まれた部屋。裸の蛍光灯照明。その直下に簡素なテーブルが置かれいる。そのテーブルを挟んで二人の人物がいた。
一人は加持リョウジ。もう一人は橋元老人だった。
加持は下着一枚の姿で座らされていた。先ほど碇シンジが縛められていた”特別の”椅子に。
テーブルの上、橋元の前には、加持リョウジが所持していたものが並べられている。
通信端末機能付きの携帯電話・手帳・ボールペン・シガレットケース・ライター・・・一見すればどれもごく普通の品物に見える。だがそれぞれには少し違った”使用法”があった。
老人がボールペンを手に取った。ノックしてペン先を露出させると手を伸ばしてペン先を加持の顔に向ける。
ピクリ、と加持の眉が動く。その刹那、老人はペンのホルダー部分を捻る。
”ピシッ”
加持の頬をかすめてペン先が飛んだ。そのまま加持の後方の壁に突き刺さる。
口元に笑みを浮かべて、老人は訊ねた。
「なかなか面白いね。仕込まれているのは”毒薬”かな?」
「いえ、ただの睡眠剤です。強力なやつなので丸一日意識がなくなりますが」
今更隠しても仕方ないことだと、加持は正直に答える。
その答えに満足そうに頷いて、言った。
「なるほど・・・それならば”外す”必要はなかったかもしれないな」
老人のその言葉に、加持は沈黙を以て”答えた”だけだった。
「・・・さてと、加持君。君にやってもらいたいことがある・・・」
そう言いながら、老人はテーブルの上の携帯電話を加持の方に滑らせる。
反射的に加持は手を伸ばしてそれを”受け取る”。
老人は続けた。
「それを使ってな、この屋敷の周囲にいる君の部下たちを引きとらせてもらいたい」
加持は老人の顔を見つめた。何か奇妙なものを見るように。
加持の”表情”に気付いた老人は訊ねる。
「・・・何かな?」
「・・・閣下。私が部下たちに”ここへ踏み込め”と言う指示を出す可能性をお考えにはなりませんか?」
加持のその言葉に、老人はニヤリとする。
「・・・君は忘れているのかな?レイ君の尾行に人員の半分を割いたことを。残りは・・そう十数名だろう? この屋敷に踏み込むにはいささか人数不足ではないかな・・・この屋敷にも、それなりの”備え”はあるのだよ」
加持の顔から表情が消えた。
(・・・なにもかもお見通しか)
老人は更に続けた。
「・・・それにじゃ、君はまだ生きていたいのじゃろう?事の真相を知るまで」
加持は悟る。自分が今、生かされているのは、老人の”好意”によるものであるに過ぎないことを。
老人にとって自分の命など本来”無価値”であることを加持はその表情から読み取っていた。
再び、負けを認めざる得なかった。
「・・・分かりました」
加持は屋敷を包囲する部下たちに通信を送る。
「こちら加古だ。本屋敷の監視は不要になった。全車、本部へ帰投・待機せよ」
「了解」
通信を終える。
老人は満足げに頷くと言った。
「お手数じゃったな。まあ少し休んでいたまえ」
その言葉を合図にするように二人の男が入ってきた。先ほどの男たちだ。
一人が素早く加持の手から電話機を取り上げ、もう一人はテーブルの上のものを集めて持ち去ってゆく。
男たちの後を、老人は杖を突きつつ部屋を出ていこうとする。
その背中に加持は声をかけた。
「閣下。シンジ君に会わせてくださるはずでは?」
老人は振り返った。
「おお、そうじゃったな」
老人は扉の近くにあるボタンを押す。
”ギギギギ・・・・・”
音をたてて壁の一部が開いた。そこには分厚いガラスがはめられていた。その向こうには簡素なベッドに縛められ横たわっているシンジの姿があった。いまだ意識は回復していない。
加持は訊ねる。
「無事なのですか?シンジ君は」
「なに、ただ気絶しておるだけじゃよ」
その言葉に頷きながら、加持は自分の問いが”愚問”であったことに気付いた。必要だから拉致したはずのシンジを、老人が殺してしまうはずなどなかったからだ。
老人は続けた。
「・・加持君。ワシはこれでも用心深い性格でな。君は放っておくには危険すぎるように思う・・ゆえにシンジ君と同様、しばらく”眠って”いてもらおう」
その言葉に加持は反射的に身構えた。
刹那、老人は杖の握りに付けられた小さな”スイッチ”を押した。
加持の体に強烈な衝撃が襲った。シンジを気絶させたパルス電流だ。
加持は意識を失った・・・。
−橋元リュウイチロウの書斎
老人は電話をかけていた。
「・・・そうだ。”荷”をそちらへ移送する。・・・ああ、チルドレンではないが、おまけが増えた・・目立たない車を用意してくれ・・わかった」
電話を終える。
ほぼ同時に部屋の扉がノックされる。
「入れ」
「失礼します」
部下の一人が入ってきた。その表情は何故か曇っているように見えた。
「なんだ?」
「綾波レイを護送中の者からの連絡が途絶えました。おそらくIHKSの者たちに・・・」
その言葉に老人は頷く。
「分かった・・・車からのビーコンは?」
「はっ、発信は続いています」
「それならば、こちらから信号も受信できるな?」
「はっ、はい」
男の顔はますます曇ったように見えた。男には老人の次の言葉が予測できたからだった。
「自爆信号を送れ。今すぐに」
「はっ、しかし・・・」
「やるのだ」
「・・・かしこまりました」
老人の命令を実行するために男は部屋を出ていった。
男の出ていった扉を老人の瞳は冷たく見据えていた・・・。
−新国道70号線近くの田圃
IHKSの社員たちの行動は素早かった。彼らは車を降りるとレイの乗る車に殺到した。その手には消火器・バールなどを持っている。
幸い炎は下火になっていた。1本の消火器を使い切る前に火はすぐに消し止められる。
”逆さ”になった車のサイドウインド越しに中の様子を伺う。明瞭な意識を持つものは誰もいないようだった。
「とにかくレイさんを助け出すのだ」
責任者らしい一人の男が叫ぶ。その声に男たちは扉を力任せに開けようとする。
だが頑丈に作られているらしい錠は容易には開かない。
「バールを使え」
一本のバールが後部の扉の隙間に挿入される。柄には4人の男たちの手が集まった。
「せーの!」
男の一人のかけ声で4人の男たちがその腕に渾身の力を込める。
”ゴシッ”
鈍い音を立てて錠が壊れた。レイに覆い被さる男の体が引き出され、次にレイの体が車外に引き出される。
彼女の意識はない。一人が彼女の胸に耳を当てる。
”ドクッドクッ”
微かだが心音が確認される。
「大丈夫だ。生きてる」
「早く病院に運ぶんだ」
2人の男が”分担して”レイの体を抱き上げると彼らの車に運んでゆく。
レイの体がワゴン車の後部シートに横たえられたその瞬間、ものすごい閃光そして爆発音が響いた。衝撃波により車が揺すぶられた。
男たちはショックから立ち直ると、爆発のあった方を見た。レイを乗せていた車が炎上していた。
そして周辺には人間の、いやかって人間の姿をしていたものの”破片”が散乱していた。
レイを運んできた男の一人が自分の頭に違和感を感じて手をやった。何かグニャリとしたものがその手に触れた。
おそるおそるそれを目の前に持ってくる。それは血塗れの肉片・・・人間の”一部”だった。
「ぎゃー!!」
あまりの事に大の男が声を上げた。
傍らの同僚は錯乱したその男の腕をつかんだ。
「落ち着け!落ち着くんだ」
「血だ!肉だ!人間が!」
男の興奮はなおも収まらない。
”ばしっ”
力任せに殴りつけられ男はその場に倒される。
殴った男はかがみ込むと倒れた男を諭した。
「俺たちの任務は、レイさんを無事に連れ帰ることだ・・・喚くのはそれが終わってからだ」
ようやく冷静さを取り戻し、倒された男が言った。
「・・・済まなかった」
「とにかくレイさんを病院へ」
起きあがるのを手伝いながら殴った男はそう言った。
二人のIHKS社員は”惨状”から敢えて目をそむけ、レイを病院に運ぶべく車を発進させた。
−第二新東京市中央病院・集中治療室
ガラス張りの”カプセル”にレイの体は横たえられていた。
レイの体の傷は、その受けた衝撃を考えれば驚くほど”軽微”だった。最も大きなものは左腕の単純骨折で、あとは数カ所の打撲だけだった。呼吸・脈拍とも安定している。
だが車の横転した際に頭に強い衝撃を受けたらしく、未だ意識不明のままである。
カプセルの外で、”眠る”レイをじっと見つめている二人の人物があった。
一人はレイの担当医師。もう一人はシンジとレイの実質的保護者のヨシエだった。
ヨシエは医師に向かって訊ねた。
「レイ様の意識はいつ戻るのでしょう?」
まだ青年と呼べるその医師は困惑したように、だが”率直に”答える。
「・・・それがまったく分かりません。CT・MR共に異常な所見は見られません。頭部に強い衝撃を受けたのは間違いありませんが、状況からみてもう意識が戻ってもおかしくないのですが・・・」
「・・・そう、ですか・・」
ヨシエはレイの顔に視線を戻した。眠り続けるレイのその表情は不思議なほど安らかだった。
レイはぼんやりと佇んでいた。周囲には乳白色の霧が立ちこめていてものの輪郭も定かではなかった。
ふいに後ろから彼女を呼ぶ声がした。
振り返るレイ。そこに立っていたのは・・・
『・・・貴方は・・フィフス・チルドレン・・』
『・・・貴方は死んだはず・・・』
カオルのその言葉にレイは僅かに頷く。
『・・・私に何の用?』
『・・うん』
今度ははっきりと声を出して返事をする。
カオルのこの問いに、下を向きレイはしばらく考え込んでいた。やがて顔をあげて言う。
『・・・人間でいたいから、だと思う』
『・・・碇君が想っていてくれるのは、人間として私、綾波レイだと、思うから』
『・・・分かってる。でも私の”力”のことを碇君が知ったら・・・もう想ってくれなくなるかもしれない・・・』
レイにとってそれは”死”よりも恐ろしいことだった。絶対にあってはならないことだった。
『・・・最期には”力”が必要になるかもしれない。でも人間としてできる限りのことをやってみたいの』
『・・・ありがとう・・・でも、何故?』
その言葉を最後にカオルの姿はレイの前からかき消えた・・・・・。
(”好き”・・・好意を示す言葉・・・)
”夢”の中でレイは思った。シンジを想う気持ちは誰にも負けはしないと。
(・・・たとえ何があろうとも、私は碇君を取り戻す・・・)
レイのシンジへの想いは、彼女を急速に覚醒へと導いてゆく・・・・・・レイは目を開けた。
それに気付いたヨシエが思わず声を上げる。
「レイ様!」
『・・・ヨシエさん・・・・・ここから出して下さい』
「先生?」
ヨシエは医師の”意見”を求める。
医師はレイの状態を示すモニターを一瞥する。次にレイの顔色を見る。
白すぎると言っても良いレイの顔にはっきりと赤みが射してきている。
「・・・大丈夫でしょう。抗生物質も効いている様ですし、もう無菌カプセルの必要もないでしょう」
「とりあえず、一般病室へお移りいただいて結構です」
医師がボタンを押した。微かな音を立ててカプセルの上部がレイの足下の方にスライドした。
レイは右手だけで体を起こそうとする。
あわててレイの体を横たえようとしながら、ヨシエが叫んだ。
「レイ様!ご無理なさってはいけません」
だがレイは聞き入れなかった。
『・・・今はこんな所には居られない。私は碇君を助けに行くの』
ヨシエの手を振りほどいて、レイはカプセルを下り、床の上に立ち上がる。
「レイ様・・・」
ヨシエはレイの瞳に宿る強い意思の光を見て絶句する。誰もレイ様を留めておくことはできない、と彼女は感じた。
−再び、橋元リュウイチロウの書斎
「そうか、生き残ったのか、あの少女は・・・」
「はっ、爆発の直前に車から運び出された模様です」
「・・・分かった。”荷”と一緒にワシも行く。準備しろ」
「はっ」
部下の男は部屋を出てゆく。
老人はレイに対し”畏れ”にも似た感慨を抱いた。
(単に運が良いだけではない・・・あの少女には常人とは違う力が秘められている)
(・・・急がねばならない)
老人は立ち上がり部屋を出ていった・・・・・。
つづく ver.-1.00 1997- 8/17
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【後書き、または言い訳】
お読みいただきありがとうございました。
今回のテーマは、悪人は悪人らしく描く、そしてレイちゃんはあくまでけなげに可愛らしく、でした。
橋元老人の”余裕”と”冷酷”・・・作者もその矛盾には気付いているのですが(^^;)・・・シンジを想うレイの”肉薄”で”余裕”は徐々に消え去り、本来の”残酷”が表に現れてきたのだとご了解いただければと想います。
カプセルの中に眠るレイ・・・イメージはガラスの棺に眠る白雪姫です。真のヒロインは”王子様のキス”など無くても、自らの意思で目覚めるのです(笑)。
それにしてもめぞんEVAも才能ある入居者急増で、遅筆無能の作者は肩身の狭い限りです。・・・みんなアスカ人みたいですし、残り少ない部屋へは是非綾波な人の入居を願ってます(^^;;;(大家さんすみません)
さて次回は・・・
もちろん、レイちゃん大活躍(の予定)です。
それに引きかえ、シンジや加持に活躍の機会はあるのか?
そして老人の野望の行方は・・・
ここだけのはなしですが、作者のマシンのHDクラッシュの為、第一校は3日前にお亡くなりになり、思い出しながら書き直したものがこれです。コンピュータを使ってるといろいろあるなあ、と言うのが作者の感慨です。でも白髪が増えました(爆)
綾波さんの【2・YEARS・AFTER】第拾参回、公開です。
そうですね、
この所の御入居者はアスカ人ばかりですよね。
何でかな?
EVA小説はレイよりアスカの方が圧倒的に多い。
めぞんに限ったことではなくて。
紙メディアの同人誌などはレイの方が多いんですよね。
うーむ。
不思議だ(^^;
レイは兎にも角にも自由になりました。
次の行動は言うまでもなく、シンジ救出ですね。
シンジへの思い故に、最大の武器を使えない彼女。
それを使えば簡単に助けられるかもしれない。
でも、力のことを知られるのは・・・
葛藤です・・・
さあ、訪問者の皆さん。
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