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「ピンポーン」
インターホンのコール音。
「ピンポーン」
『・・碇君・・』
「・・う、うん」
綾波に促されて、僕はようやく綾波の体を離し、インターホンに応じる。
「はい」
「お坊ちゃま、やっとお目覚めですか?」
「ご、ごめんなさい。いま綾波に起こされて・・・」僕は余計な言い訳をする。
「・・レイ様は、ずいぶん前に起こしに行かれたはずですか?」
「・・僕の、寝起きが悪くて・・・それで・・・」
「・・それは、それは・・・」ヨシエさんは少し呆れた風に言う。
「・・それで、ヨシエさん、僕に何か?」
「はい、お昼のお支度が出来ましたので、それをお知らせに」
「分かりました。すぐに降りてゆきます」
「それから、お坊ちゃま宛のメールが届いております」
「パーソナルコードがついておりませんでしたので、ホームのメモリの方に入っておりまして。こちらでお読みになりますか?」
僕は不思議に思った。僕宛のメールで僕のパーソナルコードが付けられていないなんて。
(一体誰からだろう?)
「後で読みますから、僕のメモリバンクへ転送しておいてください」
「かしこまりました」
昼食は、何時も通り、庭に面したテラスに用意されていた。
日曜日の昼食は、僕と、綾波と、ヨシエさんと3人でテーブルを囲む。
ヨシエさんは血縁ではないが、ご隠居様のなくなった今、事実上、僕たちの唯一の家族だと、僕は思っている。
事実、この2年間というものヨシエさんは、ご隠居様と同様、僕たちに愛を注いでれた・・・時に優しく、時に厳しく・・。
だから僕たちは、ご隠居様が亡くなられて後、ヨシエさんに、これからはいつも一緒に食事してくれるように、お願いした。
しかしヨシエさんは、自分は碇家の使用人だからと言って、頑としてそれを受け入れない。
そのとき、綾波は言ったのだ。
『・・それじゃ、ヨシエさん、日曜日のお昼だけでも一緒に食べましょう。そしてその時だけは、私たちの”お母さん”になってください』
綾波は真剣な目で、ヨシエさんに訴えたので、頑固なヨシエさんも綾波のこの願いを受け入れてくれた。
ヨシエさんは、その時少し涙ぐんでいた。
今日のメニュウは、ヨシエさんご自慢のローストビーフ・サンドウィッチだ。
ヨシエさんによると、僕の母、碇ユイもこれが大好きだったそうだ。
そう言えば、まったく肉の食べられなかった綾波が、ここへ来てからいつのまにか食べられるようになっている。
(どうして綾波は、肉が食べられるようになったのだろう?)
僕は、この機会に聞いてみることにした。
「綾波は、どうしてお肉を食べられるようになったの?」
なぜか綾波は、赤くなり、下を向いてしまった。そして呟くようにこう言った。
『・・・好き嫌いは良くないって、ヨシエさんに言われて・・・』
僕はヨシエさんの方を見る。
ヨシエさんは僕の視線を受けて答えた。
「お坊ちゃま、私は、レイ様に丈夫になっていただきたくて・・・それはレイ様自身の為であり、お坊ちゃまの為であり、将来レイ様が・・・」
と、そこまでヨシエさんが話したとき、綾波がそれを遮った。
『それ以上は、おっしゃらないで』
レイは立ち上がり、家の中に走っていってしまった。
僕には何がなんだか分からなかった。ヨシエさんに尋ねてみる。
「いったい、どういうことなの?」
ヨシエさんはしばらく綾波が去った方を見ていたが、やがて僕に向き直りこう言った。
「レイ様は、お坊ちゃまの為に、努力なさったんです」
(だから、それが分からないんだ。綾波の偏食が直ることが、なぜ僕の為なのか)
僕が、まるで分からないと言う顔をしたので、ヨシエさんは僕を少し呆れたという顔で見た。
そして綾波とヨシエさんとのいきさつを話してくれた。
「お二人がこちらへいらして三月ほど経った頃でしょうか。私は何の気なしに、レイ様にこう申し上げたんです ”レイ様、あまり好き嫌いはよくございません。偏食では将来りっぱな赤ちゃんを産むことはできません”って」
「そうしたら、レイ様は真剣な顔で私にお尋ねになりました”お肉が食べられないと、赤ちゃん産めないんですか?”って」
「私はレイ様のあまりの真剣さに少々驚きながらもこうお答えしました。”今のレイ様は体を作るとき。ですから何でもよく召し上がらないと、将来お産みになる赤ちゃんに決して良い影響は有りません”と」
「それからです。レイ様が、お坊ちゃまがお食べになる肉料理の一片を厨房で口にされるようになったのは・・・初めの内、それはレイ様にとってひどく苦痛のようにお見受けしました。僅かな肉片を口に含みそれを咀嚼しようとするとき、レイ様は全身を震わせて、顔は青ざめていらっしゃいました」
「レイ様のあまりのご様子に、私はこう申しました ”レイ様、ひょっとしたら体質的に、お肉は合わないのかもしれません。無理なさることはないですよ”と」
「レイ様はこうお答えになりました ”大丈夫・・・碇君の為だもの”と」
「・・・レイ様はそうして少しずつお肉をお食べになれるようになったのです」
「お坊ちゃま、レイ様なぜそのような涙ぐましい努力をなさったのかお分かりですね」
鈍感な僕にも、ヨシエさんが言いたいことは分かった。
綾波は、将来僕の子供を、丈夫な僕の赤ん坊を産むために必死の努力をしてくれたのだ。
「レイ様のところへ行っておあげなさい。そして感謝の言葉をかけておあげなさい」
優しく微笑みながら、ヨシエさんは僕に言ってくれた。
「うん、ありがとう。ヨシエさん」
僕はそう言って席を立つと、綾波の部屋へと向かった。
「コンコン」僕は、綾波の部屋の扉をノックした。
返事がない。
「コンコン」もう一度たたく。
やはり、返事がない。
おかしいな。部屋には戻ってないのだろうか?
「綾波、入るよ」声を掛けて、扉を開けてみる。
鍵は閉まっていない。中に入る。
綾波は部屋の中にいた。デスクに向かっている。
「あ、綾波・・・」僕は声をかけた。
『・・碇君・・・』振り向いた、綾波の顔はまだ上気したように赤かった。
照れながら、僕は言った。
「ご、ごめん。僕は鈍感だから・・・綾波がどんな思いで、必死に、お肉を食べられるように、努力していたかなんて知らなくて・・・・とにかく、ありがとう」
『・・・碇君が、気にすることじゃ、無いわ』
「・・でも、綾波は僕の子供を・・・・」と言いかけると、
『確かに、私は、碇君の赤ちゃんを産みたいと願ってる。でもそれはあくまでも私自身の望み。未来に続く命を産むことは、私の命の大切な役割だから・・・』
「・・そ、そうなの・・それじゃ、僕が父親でなくてもいいの?・・・」
多分、僕は、これ以上はないと言うぐらいの哀しい顔をしてしまったと思う。
『・・・ごめんなさい。誤解するようなこと、言ってしまって・・・』
綾波はそう言うと、椅子から立ち上がって僕のそばに来た。そして僕の首に両腕を伸ばして僕を引き寄せ、口づけをした。
『・・碇君、私の心も、体も碇君のもの・・・私の産む、赤ちゃんの父親は、碇君以外にあり得ないわ』
「・・あ、綾波・・」僕は、綾波の腰を抱き寄せようとする。
「ピンポーン」インターホンのコール音。
綾波は、僕から離れて応答した。
『はい、レイです』
「レイ様」ヨシエさんの声だ。
「これから、田中さんご夫婦と、町まで買い物に行ってまいります。恐れ入りますが、お坊ちゃまと二人でお留守番をお願いします。」
『はい、分かりました』
「・・それからね、レイ様。先ほど言いそびれましたけど・・・愛し合うお二人の間のことに、私は干渉いたしません。ですけど、赤ちゃんのことだけは慎重になさって下さいね」
「・・それでは、行って参ります」
『・・行ってらっしゃい・・・』
知っていた・・・ヨシエさんは知っていたのだ。綾波が一晩中、僕と一緒にいたことを・・・。
僕は真っ赤になっていた。綾波の方をうかがうと、僕ほどではないにしろ、やはり赤くなっていた。
僕は、呟くように言った。
「・・・ヨシエさんに、隠し事は出来ないね」
『・・・そうね』
奇妙なことだが、僕は、ヨシエさんに、僕たちの関係が知られてしまったことが嫌ではなかった。むしろヨシエさんに隠し事をしないで済んだことで、穏やかな気持ちになれていた。
『・・・碇君、赤ちゃんの事だけど・・・』
いきなり、綾波が言い出す。
「・・・うん」
『今の、私は、いますぐ赤ちゃんを産まなくても良いの』
「そ、そうなの?」
僕は、綾波が、直ぐにも産みたいと考えていると思っていたので、綾波の今の言葉は意外だった。
『ええ。・・・碇君が直ぐに欲しいというならば、別だけど・・・』
「えっ、僕は、別に・・・その・・・」
『・・赤ちゃんを作ることは、簡単なことよ。でも、その子を立派に育ててゆくことは、全く別のことだと、思うの』
「・・うん、そうだね」
『・・碇君、私たちは、成長する必要があるわ。いつか生まれる赤ちゃんの為に』
「・・僕も・・そう思うよ」
僕たちは、まだ親になるには未熟すぎる。
僕たち二人は、少なくとも高校を卒業するまでは、子供を作らないことに決めた。
『でもね、碇君・・・碇君は、それまでずっとしないで我慢できる?』
「えっ、それは、その・・・」
僕は、自分の綾波への欲望を抑えられるかどうか、自信が無く口ごもった。
『・・私は、耐えられないわ・・・きっと、昨日のように・・・』
「えっ」
僕は、綾波が僕に対する欲望をあまりに正直に告白したことに驚く。
『・・・だから、なにか方法を考えなければ、いけないわ』
「・・・でも、どうやったら良いの?」
『・・私に出来るのは、私が妊娠する可能性が高いときには、私の碇君への思いを我慢すること。その時には碇君にも我慢して欲しいの』
「・・うん、でも、綾波には・・分かるの・・・その時期が?」
『完全に、とは言えないけど。私もいろいろ勉強したから・・・私の読んだ20世紀の本によると、そういう日を”危険日”といったらしいわ』
(”危険日!?”前世紀においては、女性が妊娠することは危険なことだったんだろうか?)
『・・碇君も考えてみて、大丈夫な方法・・・』
「・・うん」
なんとなく綾波に返事をしたものの、僕には何のアイデアも浮かばなかった。
自分が情けなくなり、居心地の悪さを感じた。
「あ、綾波・・・僕はまだ、今日届いた分のメールをチェックしていないんだ・・・部屋に戻って見てくるから・・・」
僕はそう言って、綾波の部屋を出て、自分の部屋へ向かった・・・。
[綾波 光]さんの連載、【2・YEARS・AFTER】第参回 公開です!
ヨシエさん、いいですね・・・シンジとレイに対する愛があふれています・・・
この人の愛の深さ奥深さは=綾波光さんの愛そのものなのでしょうか?
綾波光さんの小説は行間からレイに対する思いが染み出してくるようです。
次回予告から更なるシリアスな展開が漂ってきましたね。
二人の柔らかい時間はどうなっていくのでしょうか・・・?
さあ、訪問者の皆さん。レイを愛する綾波光さんに激励のメールを!