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「二人の補完」

 

  第五話「崩壊へのカウントダウン・・・」

 

 

 

「何? アスカ君の意識が回復しただと! それは本当かね?」

冬月は驚きの声をあげた。

「はい。本当です。自分も先ほどアスカちゃんの病室へ見舞いに言ったのですが本当に驚きましたよ。アスカちゃんがシンジ君を膝枕して彼の髪を掻き上げている姿はまさしく聖母マリアと錯覚するほどきれいでしたからね。」

興奮しながら事の子細を懸命に報告する青葉。

「アスカちゃんに「どうして現実に戻る気になったの?」て訪ねたら「もう一度シンジに会いたかったから」なんてのろけられてしまいましたよ。あの時は本当にまいりましたね〜。」
と照れ笑いを浮かべた。

「それにアスカちゃんの膝元で眠っているシンジ君の寝顔は本当に穏やかでしたよ。サードインパクト以来シンジ君はじめて熟睡できたんじゃないですかね?」

それを聞いて日向も話に加わりだし

「結局はシンジ君の想いが全てに勝ったという所かな…。王子様の献身的な愛の力で王女様は長い眠りから目覚めました。 そして二人は幸せに暮らしましたとさ…メデタシ…メデタシ…。」

冬月はそれを聞いて苦笑し

「まあ現実はそれほど単純にはいかんだろうが確かにめでたい事にかわりはないな…。私も明日は少し仕事を早めに切り上げて二人に会いにいくとするか。」

「夢がありませんね。冬月さんは。まあ六十年以上も堅実的な生き方をしているとこうなってしまうんでしょうね。ねえ…マヤちゃ……。」

日向はそう言いかけてマヤを見た。マヤは3人の会話に加わらず暗い表情をして俯いていた。

「マヤちゃん?」

「え…はい? 何ですか?」

自分の世界に閉じこもっていたらしいマヤは慌てて答えた。

「どうしたんだい。マヤちゃん。なんか元気がないみたいだけど。そういえば今日少し時間が取れたからマヤちゃんもお見舞いに行くとかいってなかったけ…。二人には会わなかったのかい?」

「そっ…それがさぁ〜あの後急用が入っちゃって病院に行けなかったのよ。」

マヤは嘘をついた。

「ふ〜ん。そうなんだ…。」

日向は特に疑った様子もなく相づちを打った後

「ただそれにしたって元気がないよな…。本当にどうしたんだよ。何か悩み事でもあるの。せっかくアスカちゃんが回復したというめでたい日なのにさ…。」

「な…何でもないわ…。本当に何でもないわよ!!」

マヤは懸命に弁解した。

それを見て日向が急に思いついたように

「あ…!!! 分かったぞ!!!」

と大声を上げた。

「え!?」

一瞬マヤはドキリとした。

「実はマヤちゃんってシンジ君に惚れていたんだろう。いつもシンジ君の事かわいいって言っていたものな。それでアスカちゃんが復活したからこのままじゃアスカちゃんにシンジ君を取られてしまうと思ってヤキモキして暗くなっていた。そうなんだろ?」

日向は冗談っぽい口調で言ったが半分以上本気の成分が込められているように感じた。

「あははははは………………。」

マヤは乾いた笑いを浮かべた。

「そんな事ないよ。マヤちゃんがショタコンなはずないだろう!」

青葉がやや向きになって二人の話に割り込んだ。

「ふ〜ん。それじゃ俺がマヤちゃんの恋人に立候補しても問題ないわけか…。」

青葉の気持ちを知っていて日向は青葉をからかった。

「何馬鹿言っているんだよ。おまえは葛城さんの事が好きだったんじゃないのかよ。」

「そうだったけど結局葛城さんは最期まで加持さんに殉じてしまったからな…。ここはやっぱり前向きに新しい恋を探そうかなと思ってね…。そう考えるとマヤちゃんはいいよな…。かわいいし…明るいし…まあちょっと潔癖性のきらいがあるけどね…。」

「駄目だよ。マヤちゃんは俺のだ!」

「誰がそんなこと決めたんだよ?」

「俺が決めたんだ。そう決めたんだよ!」

「若いというのはいい事だな…。」そう言って冬月は茶をすすりはじめた。

かくして話は変な方向へ進みはじめマヤの悩みの件は完全に宙に浮いてしまった。

 

マヤは今度は慎重に表情を笑顔で取り繕いながらも心の中で再び自問した。

マヤにとってシンジは恋愛対象ではない。

いつまでも見守ってあげたいかわいい弟のような存在だ。

それはシンジに対する決定的な負い目から生まれた母性にも似た感情だった。

かつて葛城ミサトはシンジの良き姉であろうと心掛けたが失敗してしまった。

果たして自分にはそれが出来るのだろうか。

ボロボロに傷ついた子供達の心を癒す事が自分に出来るのだろうか。

マヤはもう一度病室で見た光景を思い浮かべる。

病室から出ていった医師達と入れ違いになるように部屋の前へたどり着いたマヤは一瞬入るのを躊躇った。

二人の世界を作りあげたシンジとアスカを見てマヤはしばらく迷った後扉の隙間から二人をのぞくことにした。

サードインパクト以来はじめて見たシンジの心からの笑顔。そして長い眠りから目を覚ましシンジに笑いかけるアスカ。そんな二人を見てマヤは涙腺が緩み視界がぼやけるのを感じた。

だがシンジがアスカの膝元で眠り込んだ瞬間その情景が一変した。

その時の光景をマヤは一生忘れられないような気がした。

アスカの表情にあった菩薩のような笑顔が消失しその蒼い瞳に激しい憎悪の災が燃えさかった。

その瞳の中にあるものを理解した時マヤは一瞬心臓が停止したような錯覚を覚えた。

いたたまれなくなりそのまま病院から逃げ出した。

帰る途中青葉とすれ違ったようだが互いに気がつかなかった。

職場に戻ってから落ち着いて病院で見たものを反覆してみた。

その時見た光景を信じたくなかった。

全てが夢だと思いたかった。

だが決して自分を偽ることは出来なかった。

アスカはシンジに復讐するために現実へ還ってきたのだということを確信した。

マヤはその事を誰にも話していない…。

恐らくは誰に相談しても信じてもらえないだろう。

同性であるマヤだからこそアスカの中に潜む想いが何なのかを感じる事が出来たのだ。

男性である冬月・青葉・日向そしてシンジにさえもそれを理解することはまず不可能だろう…。ましてやアスカが巧妙にその想いを隠しさっているとあっては…。実際にマヤだってアスカの想いをかいま見たのは単なる偶然からである。それがなければマヤでさえ騙されていたことだろう…。

いずれシンジだけは嫌でもアスカの想いを知らされる事になるはずである。アスカ自身の手によって…。だがその時にシンジはどうなるのか…。アスカを取り戻したと信じて心から笑っていたシンジの笑顔はどうかわるのか…。考えただけで怖かった…。どう楽観的に考えても明るい未来像は思い浮かばなかった。このままではきっと取り返しのつかない事になるだろう…。本当に嫌な予感だがどう考えてもはずれる気がしなかった。このまま指を加えて見ていることしかできないのだろうか?自分に何かできることはないのか…?マヤは自問する。

 

「というわけでマヤちゃんは俺とこいつとどっちを選ぶわけ?」

二人がマヤの前に顔をつきつけた。

「え!?」

マヤが現実に復帰した時、話はとんでもない結論に達していたようだ。

最初は青葉をからかっていた日向も知らないうちに本気になってしまったらしい。

普段のマヤなら二人の男性に告白されたら顔を赤らめて俯いてしまう所だが今はとてもそんな気にはなれなかった。

マヤは冷たい目で二人を一瞥すると

「悪いけど私は今男の人とおつきあいするような気分じゃないの…。仕事があるから先戻るわね。お先に…。」と言うと早足で部屋から出ていってしまった。

二人は呆然としていたが

「なあ…。青葉…。やっぱりあの噂って本当だったのだろうか?」

「何がだよ…」

「いや…マヤちゃんってさ…。実は赤木博士とできていたっていう………。」

「…………………………………。」

青葉は何も答えなかった。

 

 

 

それから一週間の時が流れた…。

シンジは当然のように毎日アスカの病室を訪ねている。

シンジは303号室の前で呼吸を整える。

何度来てもこの瞬間が一番緊張する。

この扉を開ければまたアスカに会えるんだ…。

知らずのうちに笑みがこぼれる…。

「アスカ…。シンジだけど入るよ…。」

と言って扉を開ける。

すると扉の向こう側には少女が満面の笑顔で少年を出迎えた。

「シンジ…! 今日も来てくれたのね…。嬉しい…。」

と言ってアスカははにかんだ。

「も…もちろんだよ。アスカ…。アスカが早く元気になれるのなら毎日だって来るよ。」

やや赤くなってシンジは答えた。

「ありがとう…。」

「!?」

シンジは自分の知っている少女はこんな簡単に人に感謝の言葉を言える性格だったかな…と一瞬訝しがったがすぐにその疑問を飲み込んだ。全てがシンジの理想通りに進んでいるのだ。きっとアスカはつらい経験をばねにして強くなったんだ。そう自分の都合のいいように解釈した…。

「それよりさアスカ今日はお弁当を作ってきたんだ。」

といってシンジは脇にかかえていた赤い弁当箱を差し出した。

「お弁当?」

「うん。先生が今日から流動食だけでなく固定食も食べていいって許可してくれたからアスカの為に作ってきたんだ。アスカの好きな卵焼きやハンバーグも入ってるよ。食べてくれると嬉しいんだけど…。」

と言ってシンジは不安そうにアスカを見上げる。

アスカはぱっと明るい表情になって

「本当!?嬉しい〜!病院の食事て本当にまずいから霹靂してたんだ。」

といってシンジから弁当箱をひったくるように取るとアスカはすごい勢いで食べはじめた。

「アスカ〜。そんなにあわてなくても誰も取りはしないからさ…。」

シンジはあきれたような表情でアスカを諭したがその顔は嬉しそうだった。

しばらくして弁当箱を空にすると

「ごちそうさま…。シンジおいしかったわよ。」

とほっぺたについたご飯粒をとりながらシンジに礼をいった。

「アスカがお望みならこれからも毎日お弁当を持ってくるよ。」

「本当に!?シンジってやさしいのね。嬉しいわ!」

シンジに対する想いがどうであれ味覚に対する執着まで消滅したわけではない…。

この時ばかりはアスカはシンジに心から感謝した…。

その後とりとめのない話をしていたが面会終了時間が近くなったのでシンジは帰る準備をした。

「それじゃ…アスカそろそろ僕は帰るよ。」

「え〜!? もう帰っちゃうの〜?」

アスカはつまらなそうな顔をした。

「しょうがないよ。面会時間だしさ…。また明日も来るからね。」

「うん。分かった。シンジ…ばいばいね。」

アスカはにっこりと笑ってシンジに手を振った。

シンジも笑い返すとそのまますぐに部屋を出っていった。

 

病室の扉が閉まってからしばらくしてアスカのくぐもった笑い声が病室内に響き渡った。

「クックックックックッ……………………。」

アスカにはおかしくてたまらなかった。

シンジは自分が何をしているか理解しているのだろうか………。

シンジはこれから自分に害をなすであろう存在にわざわざ会いにきているのだ。

しかもあまつさえ弁当など差し入れてその回復を自ら早めようとしているのだ。

「あいつって本当に馬鹿よね〜。」

アスカはシンジを嘲笑した。

全てはアスカの計画通りに進んでいる。

アスカはさっき会ったばかりのシンジの屈託のない少年らしい笑顔を思い浮かべた。

その笑顔はアスカがシンジに与えたものである。

そしてこれからアスカがシンジから奪い取るつもりである。永遠に…。

「もう少しよ…。体が直ったら真っ先にあんたに地獄を見せてあげるから楽しみに待っていなさいよ。シンジ…。」

シンジの幸せそうな笑顔が一瞬にして恐怖と絶望に歪む姿を想像してアスカは陰惨な笑みを浮かべる。

すでにプライバシーの保護のため彼女の病室の監視カメラは取り外されていたためそのアスカの笑みを見たものは誰もいなかった。

 

 

アスカは順調に回復していった。

傍目にはシンジの献身的な看護でアスカがよくなっているように見えるだろう。

だが真実は違った。

アスカはふりをしているだけだった。

シンジを頼るふり…。

シンジに甘えるふり…。

アスカは偽りの微笑みの中に真実を隠し続けシンジをはじめ全ての人間を欺き続けた。

周りの大人達は日に日に明るくなっていく二人を微笑ましく見守っていた。

誰もが二人の明るい未来を信じて疑わなかった。

唯一人真実を知っているマヤだけが暗い表情で二人を見つめていた。

 

そしてアスカの退院の日が決まった。

それはいみじくも「人類支援委員会」の本部ビルの完成と同じ日だった。

 

 

「え〜!? なんで駄目なのよ〜!?」

退院前日の303号病室でアスカは大声を上げた。

そこにはシンジの他に冬月・日向・青葉・マヤの四人がいた。退院日には政府主催の本部ビル完成の記念パーティーに出席せざるえないためその前日に退院後の事について相談に来たのだ。

最初冬月が退院後は二人にそれぞれ別々に宿舎を割り当てると説明するとそれに大声でアスカが異議を唱えたのだ。

「だからね…。シンジ君は男の子でアスカちゃんは女の子なのよ…。分かるでしょ…その意味が…。」

マヤは小さい子供をあやすような口調でやさしく諭そうとしたが

「そんなの関係ないでしょう。アタシとシンジは今までずっと一緒に暮らしてきたんだから!」

と言って再び反論を唱えた。

「その時は葛城さんという保護者がいたからよ。」

「ミサトは保護者らしい事なんて何一つしなかったわよ!」

とアスカはあくまでも食い下がる。

「だからそういう問題じゃなくていろいろまずいのよ!二人だけだと!」

マヤの語調が少し荒くなった。

その時それまで事態を傍観していたシンジが

「あの…アスカ…。やっぱり僕も二人きりっていうのはよくないと思うんだ…。」

と遠慮がちに意見を唱えた。

「シンジ……。」

「別々といったって同棟の宿舎なんだからそんなに離れているわけじゃないし会おうと思えば毎日だって会えるよ…。」

「そうだよ…。アスカちゃん。」

日向はシンジの意見に同意した。というより大人達はみな二人きりで暮すのはまだはやいと考えてる。当然であろう。二人ともまだ14歳なのである。

アスカはあせりはじめた。

今ここでシンジと離されたら彼女の計画は根本から崩れ去ってしまう。

アスカは最後の手段に出た。

「ねえ…シンジはそんなにあたしと二人になるのが嫌なの…?」

アスカは瞳をうるませて上目遣いでシンジを見る。

「ア…アスカ…。」

はじめて見るアスカの態度にシンジは狼狽する。

「嫌なの…?」

そういって俯いた。

シンジは慌てて

「い…嫌なはずないだろう!僕だってアスカと一緒にいられたら嬉しいと思うよ…。けどやっぱり…。」

と言って語調を濁す。

「だったらいいじゃない…。あたしは平気なんだから…」

「でも……」

シンジは歯切れが悪い。

後もう一息で落とせる…。と判断したアスカはシンジの胸元へ飛び込み

「お願いシンジ…。一緒にいて…。恐いの…。一人は嫌なの…。シンジだけなの…。あたしを救えるのはシンジだけなの…。お願い…。見捨てないで…。一人にしないで…。ずっとあたしを抱きしめてほしいの…。お願いよぅ〜!シンジィ〜! シンジィ〜!!」

と泣き叫んで鳴咽を漏らしはじめた。

「ア…アスカァ!!」

シンジはいたたまれなくなり瞳を潤ませてアスカを強く抱きしめた。

冬月はそんな二人の様子を冷静な目で見ていたが突然

「いいんじゃないかな…。二人で暮しても…。」

と声をかけた。

「ふ…冬月さん!?」

マヤは驚きの声を上げた。

声こそ出さなかったが日向や青葉も同じ思いだった。

それはそうだろう。良識家の見本であるような冬月の口から中学生の同棲を承認する言葉がでるとは想像もできないことだった。

「正直私も二人が一緒に暮すのはまだ早いと思う。だが見ての通りアスカ君の精神状態は相当不安定だ。それは恐らくシンジ君にも言える事だろうしな…。だがこうして二人がお互いを必要とし支えあうことによって以前とは見違えるほど明るくなったのだ。これからもその関係が維持できるのなら一緒になるのもいいかと思われる。シンジ君なら間違いを起こすこともないだろうしな…。」

冬月がそう自分の意見を述べると青葉と日向は「まあ冬月さんがそう言うのなら…」と同意しだしたが「わ…私は反対です!」と強硬にマヤが反対した。

「なんでよ!?副司令までアタシとシンジを認めてくれたのよ!なんでそこであんたがしゃしゃりでてくるのよ?」

アスカが再びマヤと衝突する。

「とにかく駄目ったら駄目よ!絶対に駄目!」

マヤはまるで堕抱っこのようにそうわめいた。

「マヤちゃんは潔癖症だから…」 「それともショタの噂は本当だったのかな?」

青葉と日向の二人は勝手なことをほざいている。

むろんマヤが強硬に反対するのはそんな理由ではなかった。

マヤはアスカの真意を知っているからだ。

「アスカとシンジを二人っきりにしてはならない!」

そうマヤの頭の中に警告信号が響いた。

「とにかく………!」

と言いかけた時に誰かがマヤの肩を叩いた。冬月だ…。

「伊吹君。反対する君の気持ちも分かるがとりあえず様子を見てみることにしないかね…?」

「で…ですが…冬月さん…。」

「まずしばらく様子を見てまだ二人には荷が重いと判断したらその時改めて考えればいい。そうでないとアスカ君も納得しないだろう……。」

「……………………。」

「さっすが副司令は話せるわね!」

アスカが勝ち誇った顔でそう言うと冬月は苦笑して

「もう私は副司令ではなくなったよ。これからは名字か議長と呼んで欲しい。」

「は〜い。わかりました。冬月議長。」

といってアスカは冬月にウインクした。

「……というわけで伊吹君もそれでいいかな?」

と冬月は再びマヤに尋ねた。

『冬月さん…あなたは知らないんです。アスカがなぜシンジ君と二人きりになることにこだわっているのか…。シンジ君を愛しているから…? 違います。その逆です。このままだと二人は確実に不幸になります。あなたはそれでいいんですか?あなたが誰よりも二人の事を考えているのはわかります。けど今回あなたが良かれと思ってしたことはきっといつか取り返しのつかない事態を引き起こすきっかけになるに決まってます。本当にそれでいいんですか?冬月さん!』

マヤは心の中で何も知らない冬月を詰ったがそれを言語化することは出来なかった。

「わかりました……。」

と不本意そうに俯いてマヤは答えた。

冬月自身が二人暮らしに同意している以上マヤ一人が反対してもどうにもならないからである。

アスカは会心の笑みを浮かべた後

「これで話はまとまったみたいね…。シンジ明日からよろしくね!」

「あ…あの……僕の意志は?」

シンジは恐る恐る尋ねるがアスカはそれを無視して

「それじゃ部屋の間取り図を見せてよ。やっぱ部屋は別々に欲しいから2LDKは必要よね。」と言って日向の持ってきたパンフに飛びつき部屋を吟味しはじめた。

「あ…あの……。」

シンジは呆然とアスカを見つめている。

冬月はそんな二人を暖かい目で見ている。

そしてマヤはそんな二人をつらそうな目で見ていた。

 

 

そして翌日の夜。冬月達は政府主催の「人類支援委員会本部ビル完成祝賀パーティー」に参加していた。

政府のお偉方が延々とスピーチを繰り返す中で青葉と日向はご馳走を食べることだけに専念していた。

「まったく礼服ってやつは窮屈で性に合わない。」

日向がキャビアをつまみながらそう青葉に愚痴をこぼすと

「そうか…。俺としてはもう少し若い女性が参加してくれていると張切りがいがあるんだが60すぎた爺さんだらけじゃな…。」

と言ってため息をついた。

「それをいうならうちの議長も60すぎの爺さんだぜ…。まあ何にしても上役は大変だよな。見ろよ。冬月さんを…。さっきから政府のお偉方に囲まれてずっと愛想笑いを浮かべているぜ。それにくらべりゃ俺達下っ端は誰にも邪魔されずにこうして食うことに専念できるってわけだ…。」

青葉はもう一度ため息をつくと

「それはそれでむなしい気もするがな。あともう一人男達に囲まれて大変そうな人がいるよな…。」と言って人だかりの山を指差す。

「マヤちゃんだろ。そりゃ当然だよ。このパーティーの紅一点のようなものだからな…。」

 

青葉が指差した人だかりの中央では紺のパーティードレスに身を包んだマヤが困ったような表情をしていた。パーティーがはじまったと同時に大勢の男性客に取り囲まれて今までずっと休みなしで相手をさせられているからである。それも当然であろう。マヤは若かったし外見も十分美人の範疇に入った。その上で現在最も注目されているMAGIの管理責任者でもあるからだ。仕事に対する質問だけでなく中には露骨にモーションをかけてくる男もいたがそれらを全てマヤは丁重に断り続けた。MAGIに対する質問に機械的に答えながらマヤは別の事を考えていた。

『もう退院手続きはとっくに終わってるわよね…。ということはそろそろシンジ君とアスカは宿舎にたどりついている頃だわ。』

二人の事を考えるとマヤの表情が曇る。嫌な予感がする。胸騒ぎが止まらない。

『神様。どうか何事も起こりませんように…。』

マヤは懸命に手を合わせて心の中で信じてもいない神に祈った。

 

 

 

その頃シンジとアスカは冬月に割り当てられた宿舎の扉の前に立っていた。

「今日からここがあたし達の家になるのね…。シンジ。」

と言ってアスカがシンジに微笑む。

「うん。そうだね。アスカ。これからよろしくね…。」

やや頬を赤らめてシンジがそれに答える。

「こちらこそよろしくね。シンジ…。」

と言って手を差し出す。

シンジはその手を握り返して握手した。

「早く入りましょうよ。」

「うん。」

そういってシンジは鍵を取り出して扉を開けた。

その時ふとシンジの脳裏に感慨が湧き起こった。

『夢じゃないよな…。またもう一度アスカと一緒にいられるんだ…。本当につらいことだらけだった…。何もかも失ったと思った…。けど今はアスカが僕の隣にいる…。僕はきっと今幸せなんだ。失いたくない…。もう絶対に失いたくない…!もうつらいのは嫌だ!』

「どうしたのシンジ?」

一瞬固まってしまったシンジをアスカが訝しがる。

「な…なんでもないよ。入ろうアスカ…。」あわててシンジはアスカの手を取って扉をくぐった。

シンジは気が付いていなかった。たった今この扉をくぐった瞬間シンジの至福の時間は終わりを告げたという事を…。そしてシンジが自分に幸福を運んでくれると信じていた天使が実はシンジを不幸にするために降臨した復讐の女神であったという事を…。

 

「へえ〜。けっこうきれいにまっとまっているじゃない。」

アスカは軽い驚きの声を上げた。

部屋の中には一通りの調度品が全てそろっていた。リビングにはテレビと小さ目のテーブルとソファーが置かれており台所には調理器具が整然と並べられシンジとアスカの各々の部屋には机と小型のタンスが置かれ押し入れの中には布団が畳まれている。昨日の内に生活に最低限必要なものは全て運びこまれていた。物質的な不自由はさせないようにという冬月のせめてもの配慮だった。

 

「アスカ。それじゃこれから僕がアスカの退院を祝ってごちそうでも作るからそれまでアスカは自分の部屋でゆっくりと休んでいてよ…。」

シンジはそう言ってアスカに優しく微笑んだ。

「ありがとう。シンジって本当にやさしいのね。」

アスカはシンジに満面の笑みを返した。

アスカの包み込むような笑顔を見てシンジの鼓動が早くなる。自分が押さえなれなくなってくる。突然シンジはアスカを抱きしめた。

「シ…シンジ…!?」

アスカは突然のシンジの行動に戸惑った。

シンジはなけなしの勇気を全て振り絞ってアスカに想いの全てを告白した。

「ア…アスカ! もう離したくない!いつまでも僕の側にいてほしい!僕には…僕にはもうアスカしかいないんだ! アスカ〜!」

と言い一段と力を込めてアスカを抱きしめた。

「シンジ…。」

一瞬だがそのシンジの言葉にアスカは惚けていた。蒼い瞳が淀んでいる。

だがすぐにハッとすると

「離して…。」と弱々しく訴えたあと強引にシンジの腕の中から逃れた。

「ア…アスカ…。」

シンジはバツが悪そうにアスカに話し掛ける。

アスカはシンジから視線をそらしている。

「そ…その…ごめん。突然こんなことして…。あ…あの……。」

「別に…怒ってはいないわよ…。ただ突然だったから驚いただけ…。」

シンジとは目線を合わせずにアスカはそう答えた。

「…………………………。」

シンジは何も答えない。答えられなかった。

「シャワー浴びてくる…。」

アスカはそう言い残しリビングから出ていった。

シンジはやや呆然としていたがやがて自分のすべき事を思い出したかのように台所に向かい調理を始めた。

そして軽い事故険悪に陥る。

「さっきはつい衝動的にまずい事をしちゃったな…。嫌われなきゃいいけど…。」

やや脅えたような口調でシンジは先の自分の行動を反省した…。

 

アスカは風呂場でシャワーを浴びている。だがアスカの体からまったく湯気が出ていない。それもそのはずである。シャワーの設定温度が10度以下になっていた。そうアスカは冷水を浴びているのだ。まるで一時熱くなりかけた自分の心を無理矢理冷まさせようとするかのように…。

アスカは先ほどのシンジの言葉を反復する。

「いつまでも僕の側にいてほしい。僕にはもうアスカしかいないんだ。」

その言葉に一瞬アスカの胸に熱いモノが込み上げてくるがアスカは自分でその感情を無理矢理ねじ込んだ。

『何でいまさらそういう事を言うのよ…。本当は誰だっていいくせに!もうあいつのまわりに誰もいなくなったから消去法的にあたしにたどり着いただけのくせに…。畜生!この下衆野郎が!ふざけんじゃないわよ!あたしを馬鹿にするんじゃないわよ!』

アスカの蒼い瞳にシンジに対する嫌悪が浮かび上がってきた。一時熱くなりかけたアスカの魂は急速に冷えていった。

『いつまでも一緒にいてほしいか…。いいわよ。いてあげるわよ!そして今すぐ現実を教えてあげるわよ!本当はもう少しだけ夢を見させてあげるつもりだったけどあんたがそういうつもりなら今すぐ終わりにしてあげるわ。これ以上あんたの偽善的な笑顔を見てると吐き気がしてくるのよ!』

アスカは気が付いていなかった。夢を見たがっていたのはシンジではなくアスカ自身だったという事を…。

現実に戻ってきてからのアスカとシンジのリハビリ生活は欺まんと偽りに満ちたものではあったがそれでもアスカはわずかではあったがシンジと二人でいられることを楽しんでいた。そうアスカはシンジへの復讐に心を支配されながらも心の片隅でシンジを信じたっがていた。本当に心から自分を必要として欲しかった。何よりも心から自分を愛して欲しかった。

だがつらい現実の思い出がアスカのシンジに対する想いを幻想として打ち砕いた。

『あんたが全部あたしのものにならないのなら、あたし、何もいらない! バカシンジなんていらない!壊してやる!あたしのものにならないのならバカシンジなんて壊してやる!』

だからアスカは自分でそれを壊す決意をした。

もう後戻りは出来なかった。

いずれにしても偽りの平穏は破られようとしていた。

 

「遅いな…アスカ…。」

すでに料理は完成してテーブルの上に並べられていた。ごちそうといってもまだ冷蔵庫の中にはそれほど材料が揃っていなかったので簡単な肉と野菜の炒めものとスープを作っただけだがそれでもおいしそうな匂いがリビング全体に充満していたのはプロ顔負けのシンジの料理の腕を指し示すものであった。

「お待たせ。シンジ…。」

そう言ってアスカがリビングに姿を現れた。

その時にはアスカはタンクトップにショートパンツというシンジには見慣れたラフな格好に着替えていた。

「遅かったねアスカ…。もう夕食はできてるよ…。あまり材料がなかったからさっき豪語したごちそうって程のものは作れなかったと思うけど…。」

シンジが申し分けなさそうにそう言うと

「そんなこと気にしないでいいわよ。それよりお腹すいちゃったわ。早く食べましょうよ。」とアスカがシンジを促した。

「う…うん…。」

そう言って二人は夕食を黙々と食べはじめた。

結局食事中二人は一言も会話を交わさなかった。

「ごちそうさま。おいしかったわよ。」

そう言ってアスカは席を立つと早足で自分の部屋へ戻っていった。

「あ…あの…。」

シンジはアスカに何か声をかけようとしたが届かなかった。

シンジは一つため息をつくと食べ終わった食器をかたずけ始めた。

それからシンジはリビングで横になりテレビを見ていた。途中ちらちらとアスカの部屋の扉を伺ったがアスカは出てくる様子はなかった。

 

やがてリビングの時計が11時を指しそろそろ寝ようかなとシンジが思いはじめたころようやくアスカが部屋から姿を現した。

そしてシンジの目の前までくると自分の顔をシンジの鼻先まで近づけて正面から蒼い瞳でシンジの目を射抜いた。アスカの瞳はまるでシンジを吟味しているかのようだった。

何となく居心地の悪さを感じてシンジはアスカから目を背けた。その時アスカが声を発した。

「シンジ。あなたさっきあたしに言ったわね。いつまでも一緒にいてほしいって…。あれは本気だったの…?」

そう言ってじっとシンジの目を見つめている。

シンジはアスカのプレッシャーにも似た視線に耐えられなくなり一瞬「あれは冗談だよ…、気にしないでいいよ。」と言おうとしたがその言葉はたぶんアスカを傷つけるだろうと思い少し躊躇ったあと勇気を出してもう一度告白した。

「も…もちろん本気だよ…。ア…アスカさえよければずっと僕の側にいてほしいんだ…。ほ…本当だよ…。ア…アスカが好きなんだ…。アスカでないと駄目なんだ…。」

シンジはやや頬を紅潮させしどろもどろになりながらも最後まで何とか言い切った。

それを聞いてアスカはシンジの視界から表情を隠すように俯きながら

「そう…。嬉しいわ…シンジ。その言葉が聞きたかったのよ…。ずっとね…。」

といってシンジに抱き着いた。

「ほ…本当にアスカ!?」

アスカの言葉にシンジも表情を輝かせる。

アスカを抱きしめ返す腕に一段と力がこもる。

「ええ…。」

アスカはシンジの胸に顔をうずめていたためシンジからアスカの表情は見えなかったがそんな事はもうどうでもよかった。

今自分の腕の中にいる暖かい温もりがシンジにはものすごく心地よかった。

シンジは今自分が本当に幸せなんだと実感した。

アスカは顔があげると潤んだ瞳でシンジを見上げて

「ねえ…シンジ…。キスしよう…。」

と甘ったるい声でシンジを誘った。

「ア…アスカ…。」

「大丈夫よ。今度はうがいしたりしないから…。うがいはね…。」

「で…でも…。」

一瞬シンジは躊躇う。

「ね…。」

そう言ってアスカは目をつぶった。

シンジはそれを見て心の中で「逃げちゃ駄目だ」を連呼したあと猛然と決意し自分の唇をアスカの唇に近づけた。

2度目のキス…。

二人の唇が重なる。

その刹那

「!?」

シンジは口の中に強い痛みを感じて反射的にアスカから体を離した。

一瞬呆然としたあと指を自分の唇に当ててみる。すると指に赤い血がついていた…。口の中がチクリと痛む。どうやらキスした時アスカに思いっきり口の中を噛み付かれたみたいだ。

「な…何するんだよ! アス……カ……」

と言いかけてシンジは沈黙した。

アスカの蒼い瞳がシンジの顔を正面から見下ろしている。アスカの顔に笑みはなかった。その瞳の中にはシンジに対する激しい嫌悪と憎悪が混在していた。

シンジはこのアスカの表情に見覚えがあった。サードインパクトの時、アスカが「気持ち悪い」と叫んで心を閉ざした時に見たシンジを拒絶したあの時の表情に…。

「ア……ス………カ………。」

シンジは一瞬にして理解した。

アスカはまだシンジを許してなどいなかったことを…。

そして自分が手に入れたと信じていた幸せはただの幻想にすぎなかったということを…。

アスカは舌で自分の唇についていたシンジの血をペロリと舐めそして呟いた。

「血の味がする…。シンジの味がする…。あたしの大嫌いなシンジの味が…。あたしの殺したいくらい憎たらしいバカシンジの味が…!」

そう言ってアスカははじめて笑った。シンジを嘲弄するような陰惨な笑顔で…。

その言葉とアスカの瞳に宿る狂気にも似た殺意の波動にシンジはまるで蛇に睨まれた蛙のように金縛りにあった。

アスカはそんなシンジを満足そうに見下ろしていた。

その表情はまるでこれから無力な獲物をいたぶろうと考えている時の猫のような嗜虐性に満ちていた。

 

 

つづく……。

 

 

 

 

 

 


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ver.-1.00 1997-12/31公開
ご意見・ご感想・誤字情報などは itirokai@gol.com まで!!

 

 

けびんです。

この間自分の部屋のカウンターを覗いたらなんと2000を超えていました…。

LASの殿堂であるめぞんで自分のアンチLASとしか思えないような(自分自身は決してそのようなつもりはないのですが…(^^;)作品をけっこう多くの人に読んで戴けて大変嬉しいです。これからも最後まで自分の作品にお付き合いしていただけたら本当に嬉しいです。

あと何人かの人からメールを戴きました。大変感謝しています。自分は基本的に戴いたメールには全て返事を出すようにしているのですが2通ほど宛先不明で戻ってきてしまったメールがあるので今ここでお礼を申しあげます。

感想を書いていただいた「いわ」さん。それと誤字指摘(息吹→伊吹)をいただいた「RIN」さん。ありがとうございました。

さて矛盾だらけのこの作品ですが「いわ」さんをはじめとして一部の人からアスカの状態について疑問がでているのでそれをここで補足しておきます。その疑問は「いわ」さんの文章を流用すると

 

> で、疑問に思った点が一つ。

> それは、何でアスカが病室で寝ているのですか?第二話で、意識を取り戻していたと

> 思ったのですが。それに、あれだけシンジのことを憎んでいるのなら寝ている暇もな

> いんじゃないですかねえ。(^^)

 

とのことですがこれにはちゃんと理由があります。

いや〜誰か指摘するかなと思ってはいたんですが(鋭いですね。あなた・・・。痛い所を突かれてしまいました。(^^;)確かに第二話から第三話に話が飛ぶと矛盾するように感じるかもしれません。

けどアスカは「気持ち悪い」の一言を叫んだ瞬間に一旦心を閉ざしたと解釈してください。(この地点でも十分憎んでいたけどね・・・(^^;)

つまりそれ以後のアスカのシンジに対する決意はアスカのインナースペースの中で長い時間をかけてはぐくまれたものというわけです。(ちょうど第三話〜第四話の間です。)

 

う〜ん。やっぱり一人称だと状況説明が不親切だからこういうほころびがでてきてしまうんでしょうね。次からは気を付けないと…。 また一つ勉強になりました。

 

それでは次は第六話でお会いしましょう。皆さんよいお年をお迎え下さい。では。

 

 

 


 

 けびんさんの『二人の補完』第五話、公開です。
 

 

 

 ついに、ついに、ついに。

 始まりましたね・・・

 アスカの、
 シンジへの、
 暗い復讐が。
 

 偽りの幸福から
 一転して。

 偽りの幸福があったからこそ、
 一層に。
 

 

 アスカが
 一瞬感じた熱い思い、
 無意識に維持したかった時間。
 

 それがホントの気持ちになるまで、
 辛いときが続く・・・
 

 

 さあ、訪問者の皆さん。
 今年最後の更新をしたけびんさんに感想メールを送りましょう!

 


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