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singles




Written by だいてん


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 朝から晩までドイツ人の相手をしたり、ややこしい日本語で報告
書をまとめたり、聞き取りにくいオーストラリアなまりの英語を通
訳したりする生活を続けていると、惣流・アスカ・ラングレーは、
時々自分がいったいどこの国の人間なのかわからなくなることがあっ
た。昨日は丸一日ドイツ語で資料の作成。今日も朝起きてからドイ
ツ語以外の言葉は口にしていない。日本に帰化しても、日本人だと
いう実感はアスカの中には生まれていなかった。
 第3新東京市中央にそびえる高層ビル群。その中の一つにアスカ
の職場がある。総合電器メーカー「OPCOM」総合開発本部部長。
それがアスカの名刺表記だ。
 若干24歳。非組合員の中では最も若く、そしてもっとも有能な
ため、厄介な仕事はアスカのもとにまわってくる事が多かった。今
回の新製品の規格会議も例によってアスカに任されていた。おかげ
で休暇を取る事もできず、東京祭り初日の今日もしっかりと働いて
いる。アスカは自分よりも年上の男達をあごで使いながら、内心で
はこの仕事を押し付けた社長に舌を出していた。周囲から評価され
ている自分を誇りに思っていたし、仕事にやりがいを感じてもいた
が、今日ばかりは休みたいというのが彼女の本音だった。
 午前中から行われていたドイツの提携会社との規格会議は、双方
譲らず決着は午後へ持ち越されることになっていた。アスカは、ラ
ンチタイムは一人で過ごすことがほとんどだったが、今日は会社の
カフェテラスでドイツ人達の接待をしていた。
アスカもめったに食べないような日本料理が並べられた楕円形の
テーブルには、彼女も含めて4人。話題はもっぱら、 今日から始ま
る祭りのことだ。
もてなす側のアスカは、お客人達に祭りの大体の内容を説明して
いた。
「やはり、一番盛り上がるのは明日でしょうか。 いろいろな御神輿
が、このメインストリートを駆け回ります。なかにはエキサイトし
て競争が始まったり、 ぶつかり合いが始まったりしますわ」
アスカは半身になって足を組み替えた。 伸びやかな爪先が軽く持
ち上がり、脚線がしなやかな軌跡を描く。黒のフレアミニとベスト
のIラインは、彼女の下肢の長さを一層強調させ、腰のあたりで絞
り込まれたパウダーブルーのショートジャケットが、丁寧にまとめ
られたライトブラウンの髪を際立たせている。
「オミコシとは何でしょうか?」
アスカの足にちらっと目を奪われた中年の一人が言った。
「神様を乗せて、 豊作祈願などをするのが本来の目的でしたが、 今
は、ひとつのアトラクションのようなものになっています。とても
見ごたえがありますわ」
アスカは緑茶を音を立てないようにすすった。
「今夜は、芦ノ湖で花火大会が行われます。……花火は見に行かれ
ますか?」
「ええ。とても楽しみです。 一昨年も見に来たのですが、大変すば
らしい花火でした」
すぐに反応したのは一番若い、 なのに副社長という肩書きを持つ
ゲオルグ・オストワルトという男だった。アスカ好みのハンサムで、
スリムな体型にダークグレーのスーツがよく似合っている。
「ドイツの花火と比べて、いかがでした?」
「見事でしたね。 日本人の器用さや、緻密さの原点を見たような気
がしました」
「そうですか」
日本人ならばこういった誉められかたをされれば嬉しくなるもの
なのだろうが、アスカにはまるで他人事だった。
「私は他国へ行くとき、 できるだけその国のお祭りを見ることにし
ています。なぜなら、世界の文化が溶け合ってひとつになりかけて
いる現在でも、 祭りの中に必ずその国独自の文化が見て取れるから
です」
 オストワルトは同席者の顔を、特にアスカの顔を見ながらそう言っ
た。
アスカも小さくうなずく。
「そうかもしれませんね。日本も西洋文化中心ですから」
「日本へ来てがっかりしたのは着物を着ている人がいないことでし
た」
「着物は手間がかかりますから、敬遠されがちなんです。特に若い
人には」
アスカはまだ着物を着たことがなかった。どれだけ手間がかかる
かはよく知らない。
「でも、お祭りへ出向くとユカタを着ている人たちがたくさんいて、
私にとっての日本らしさを見ることができました」
彼は話しながら熱心にアスカの目を見つめていた。
話すときに相手の目を見るのは普通の礼儀だが、どうやら、それ
以外の何かも混ざっているようだった。
食事が済むと、アスカは頃合いをみはからって「では、そろそろ
戻りましょう」と促した。

ランチで打ち解けたせいか、午後の会議は和やかな雰囲気だった。
ただ、相手の副社長の熱いまなざし以外は得るものはなく、結局、
規格会議はなんの進展も見せないまま次回へ持ち越されることになっ
た。
会議の終了後、アスカは社長室で一日の報告をしていた。
「……というのが、彼らの要求です。こちらも最大限の譲歩をいた
しましたが折り合いがつきませんでした」
アスカの前に座る金髪の女性は書類に目を通し、白く照り返す眼
鏡を人差し指でわずかに持ち上げた。
「まあ、仕方ないわね。どちらかといえば遊びに来ているような連
中ですもの。……それより、二人のときは楽にしていいのよ? ア
スカ」
それを聞いたアスカは、大きな瞳をぐるっとまわして息を吐き出
すと、勢いよく近くのソファーへ倒れ込んだ。
「あー、疲れた。いちにちじゅうお堅くなるのも、楽じゃないわぁ」
「お疲れ様。来週もまた頼むわね」
「へいへい。わっかりました。赤城社長」
「今日はもういいわ。約束、あるんでしょう?」
「いけないっ。……もう5時過ぎてる。それじゃあリツコ、よい休
日を!」
アスカは慌てて立ち上がった。駆け出そうとしてハイヒールにつ
まずくと、それを脱ぎ、両手にぶら下げて社長室から飛び出していっ
た。
そのアスカの後ろ姿を頬杖を突いて見送ると、赤城リツコはしば
らくして、机の上の猫の置物を指ではじいた。

オフィスでスニーカーに履き替え、突進するイノシシのように駆
けるアスカをロビーで出迎えたのはオストワルトだった。
何の用かは決まっている。アスカは彼の前で立ち止まり、わざと
らしく、何でしょう? という顔をして見せた。
「Hast du heute Zeit? Kannst du heute mit mir zu Abend essen?」 (今日お暇でしたら、夕食を一緒にいかがでしょうか?)
彼の申し出はストレートだったが、当然、アスカにその気はなかっ
た。
「Nein. ich habe keine Zeit. Verzeihung! Auf Wiedersehen!」 (いいえ。暇はないの。ごめんなさい。さようなら!)
アスカはにっこりと微笑んで、オストワルトの口が再び開く前に
その場を後にした。
外に出ると、涼しい風が吹き始めていた。



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ver.-1.00 1997-08/18公開
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 だいてんさんの『singles』#2、公開です。
 

 だいてんさんはアスカ人だったようです(^^)

 キャッリアァウィ〜〜マン♪ のアスカ。
 タイトではなく、フレアという辺りがだいてんさんの好みなのかな?
 

 ま、まさか・・
 ここまで来て、シンジの待ち合わせの相手が「アスカじゃない」なんて事には(^^;
 

 さあ、訪問者の皆さん。
 ドイツ語会話を見せてくれただいてんさんに感想メールを送りましょう!


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