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 ─集中治療室

 

 周囲の明るさに男は目を覚ました。同時に鈍い痛みの感覚が全身から沸き上がってくるのを感ずる。

 男は自分がベッドの上に横たわっているのに気づいた。首を曲げ自分の半身を見ようとする。

 しかし意思に反し彼の首は動かなかった。彼の首にはガッチリとギブスが施されていた。

 次に彼は自分の四肢に力を込めてみた。だが動かすことが出来たのはそれぞれの指先だけだった。

 

 マスクをした年若い看護婦が近づいてきて、彼の顔を覗き込んだ。
 「気がつかれましたか?」

 男は声を発しようした。だが口腔内は乾ききっておりうまく口を動かすことができない。
 「・・・わぁい」

 マスクの上の目が微笑んだ。
 「まだ麻酔が効いているんですね・・・・・いま先生を呼んできます」

 看護婦はその場を立ち去った。男は後ろ姿を目だけで追った。その先には扉と、その横には大きなガラス窓があった。

 窓ガラスの向こうに人影があった。大きなものと小さなものと・・・・・。

 男は目を凝らした。

 小さな影は彼の娘だった。懸命に背伸びしてこちらを覗き込もうとしている。

 大きな影は彼の妻だった。その腕には今年産まれた彼の息子が抱かれている。

 男は妻の顔に注目した。こちらを見つめるその目は一睡もしてはいないのだろうか・・・・・赤く腫れている。

 男は妻に笑いかけようとした。しかしこわばった彼の顔はその意思とは裏腹にわずかに歪んだだけだった。

 それでも彼の妻には彼の意図が伝わったらしい・・・彼女もまた微笑もうとした。けれど同時に彼女の双眸からは涙があふれてしまっていた。涙は後から後から途切れることなく続いた。


 

 三隅アキラはその妻の顔を美しいと思った・・・・・。

 

【2・EARS・FTER】 第弐拾壱回


作・H.AYANAMI 


 

 ─MAGI


  

 カヲルはMAGI達の意識に触れた。

 一見したところ三者の心の形は同じように見えた。子細に見れば微妙な起伏に違いがあってそれゆえに三者を識別できるのだが、それでも彼女達はほとんど同一の心を持っていると言って良かった。

 カヲルが奇妙に思ったのは、彼女達がそれぞれ独立した意識を持っているにも拘わらず、自分達を別個の存在だとは認識していないことだった。

 彼女達は自分達のことを一つの”個体”だと思っているのだった。

 カヲルは訊ねた。

貴女方は自分達の存在をどう思っているのだろう・・・・・

分裂した自意識を持つことを不思議には感じていないようだが?

 

 カヲルの問いに”三人”は声を揃え答えた。
 
 ”ワタシハブンレツシテハイナイ”
 
 ”ヒトツノソンザイノ3ツノソクメンニスギナイ”
 
 ”コレガメイダイニタイシテヨリゴウリテキナハンダンヲクダスノニサイテキナコウセイナノダ”


 三人の言葉は異なっていた。だがカヲルの感じた波動はすべて同一のものだった。それゆえ彼女達の自己認識を受け入れることができた。


・・・分かった・・・それで貴女方、いや貴女をなんと呼べば良いのだろう?


 再び声を揃えて”彼女”は答えた。

 ”タダ、マギトヨンデクレレバヨイ”


・・・ではMAGIよ、僕の話を聞いて欲しい・・・


 ”ヨカロウ・・・シカシアマリジカンガナイヨウダ・・・”


 (時間が無い?)

 カヲルはMAGIの言葉の意味を探る。それはすぐに見つかった。

・・・・・リリン達はもう始めたのか・・・・・

 

 ─コントロールパネル前


 

 「マヤ・・・・・」
 思わずそう呼びかけて、赤木リツコは口を噤んだ。既に彼女の最も信頼する協力者はその場にはいなかった。

 彼女はシートに座ったまま先程までマヤの座っていた場所に移動した。
 キーボードを操作する。

 ホログラフィックスクリーンに”ENTRY SEQUENCE ”の文字が明滅し、文字が高速にスクロールしてゆく。
 続いて別のスクリーンが現れ、シンクログラフが表示される・・・シンクロ率は88.28%・・・ハーモニクス・レベル・・・正常。

 (・・・無意識のままでこの数値・・・大したものね・・・・・だけどまだ足らないわ)

 リツコはいくつかのキーを操作した。彼女の意思は瞬時にしてプラグ内のシンジにつけられた装置に伝えられる。
 薬液がシンジの体内に流れ込んだ。

 間もなくモニターに変化が現れた。波形はシンジの意識レベルが半覚醒の状態にまで高まってきたことを示している。

 リツコの指が青い釦に伸びる。

 エントリープラグ内のシンジに対する誘導波が流れ始めた。

 

*****

 

 「閣下ぁ!!、橋元閣下は居られますか!」

 老人らの背後、闇の中から時ならぬ声が響いた。電力の乏しい現在、声のしたその辺りはまったくの暗闇に等しかった。
 護衛の二人は反射的に銃を取り出して声に向かい構えを取っている。老人もまた座っていた椅子を回転させて声のした方向を向いた。

 ”タッタッタッ・・・・・”
 声の主は靴音を響かせ足早に橋元達に近づいてきた。男達が近づく影に向かって照準を合わせ引金にかかった指に力を込めた時、

 「待て」
 老人は部下達を制止した。

 声の主は橋元達に駆け寄ろうとした。しかし自分に向けられた銃口に脅えたのか、急に立ち止まった。
 その男は自分が暗視用バイザーを下ろしたままなのに気付いた。あわててそれを収納する。

 銃を構えたまま、老人の護衛の一人が尋ねた。
 「誰か!ここには誰も入れぬ筈だ。どこから来た?」

 尋ねられた男は姿勢を正した。護衛の男に対してではなくその後ろの老人に向かい敬礼する。
 「はっ、当研究所警務隊第二中隊長・波勝大尉であります」

 老人には波勝の顔に見覚えがあった。昨日ここに到着した際、出迎えの者の中に彼がいたのだ。波勝に向かい短く尋ねる。
 「何が起きた?」

 老人が波勝を”認知”したのを受けて男達はようやく銃を下ろした。

 波勝は直立不動のまま老人に答える。
 「申し訳ありません。敵の侵入を許してしまいました。彼らは間もなくここまでやってくるものと思われます」

 「何だと!貴様ら一体に何をやっていた」
 今度はサングラスをかけている方が波勝を怒鳴りつけた。

 が、老人は動じなかった。サングラスの男を手で制してこう言った。
 「・・・それでどうする?」

 「はい、敵は狭いシャフトを降りてきます。仮に敵の数が十数人であったとしても一時に出てこれるのは一人か二人ですから各個に狙撃すれば十分に食いとめられます。その間に我が方の兵を上から呼び寄せれば敵を挟撃、殲滅できます」

 「・・・分かった。ワシの部下達も行かせよう」

 「ありがとうございます・・・それではまず上と連絡を取りたいのですが」

 老人は肯いた。それを受けサングラスの男が波勝に向けてあごをしゃくった。
 「こっちだ」

 そこには壁につけられた電話機があった。波勝はそれに駆けよった。

 

*****

 

 ─メンテナンス・シャフト


 

 『加古さん、止まってください』

 「うん!?」

 背中のレイの声に加古は動きを止めた。すぐに上に目を向ける。
 「日向君、ちょっと待ってくれ」

 「はい・・・!?」

 黙々とシャフトを下り続けていたマコトは突然の”停止命令”にやや虚を突かれたようだった。が、すぐに後から来るミサト達にその旨を伝える。一行は停止した。

 加古はレイに訊ねる。
 「どうしたんだい?レイちゃん」

 『あれを・・・』

 レイの右手の指先は目前の壁面を指し示す。そこは正確には壁では無かった。その部分は四角く区切られた、明らかに何かのハッチだった。

 「うん!?これが何か・・・何か罠が仕掛けられているのかい?」
 そう言う加古の頬はわずかに緊張している。

 『いいえ・・・ここから下りた方が安全・・・そんな気がします』

 加古はその言葉に安堵する。同時に上方にいるマコトに訊ねる。
 「日向君、このハッチ、何だと思う?」

 マコトは加古の指し示すハッチの位置を確かめて答える。

 「・・・ケーブルシャフトへのアクセスハッチか何かだと思いますが・・・」

 「それではこの中を通っても下まで行ける・・・そうだね」

 「・・・はい、多分。しかし中にはケーブルが入ってる筈です。降下はより困難になると思いますが」

 「だが、敵の待ち伏せをかわすには最良の選択とも言えるんじゃないか?」

 「・・・はあ、それはそうですが・・・・・」

 一番上方にいる通信機を使いミサトが二人をとがめる。
 「二人とも論議してる暇なんか無いのよ。こんな所で留まってないで・・・ここはレイの言葉に従いましょうよ」

 ミサトのその言葉に二人は納得する。

 「そうだな・・・それじゃあ日向君、まずスリングワイヤーを取り付けよう」

 「・・・はい」

 二人はケーブルシャフトへの進入準備を始めた。その間レイは加古の背中から下りて自分でラダーを掴んで身体を支える。

 一方、ミサトは何かを思いついたらしい。すぐ下方にいるシゲルに話しかける。
 「例の時限フューズ、まだあったわよね?」

 シゲルは訝しげに答える。
 「・・・はい・・・でも、何に使うんです?」

 ミサトは笑みを浮かべた。
 「チョッチね・・・やっておきたいことがあるのよ」

 

*****

 

 ─エントリープラグ

 

 (僕は世界を救うために生まれたきたんだ・・・)

 どこからかシンジのその意思を肯定する言葉が響いてくる。

 ”そうだ、君は世界を救う為に生まれてきた・・・・・”

 しかし、それはシンジ以外の存在から発せられたものでは無かった。

 それはシンジの中の”内なる”シンジ自身から発せられているのだった。

 (僕の意思は世界の意思となるんだ、EVAと一体となることによって)

 ”そうだ、君の意思は世界の人々の意思となる、EVAと一体になることによって・・・・・”

 (僕はEVAと一体になる・・・・・)

 

 再び、シンジの身体は光を帯び始めた。徐々にシンジの身体は拡散し始める。

 

 ”ホントウニイイノ?”

 (えっ!?)

 シンジは自分の”分身”以外の意思の存在を感じた。

 

*****

 

 ─コントロールパネル前

 

 スクリーンに映し出されたグラフはシンクロ率の急上昇を示していた。
 100%を越え、なおも急上昇する。

 120・・・・・135・・・・・155・・・・・180・・・・・

 グラフが200%に達しようとした時、突然その上昇が停止した。

 リツコは思わず声を上げた。
 「何故!?どうしてなの?」

 彼女の指は忙しくキーボードを叩く。しかしシンクロ率は再び上昇には転じなかった。

 傍らに座る老人が声をかける。
 「どうしたのだ。シンジがどうかしたのか?」

 リツコは振り向く。
 「・・・分かりません。チルドレンは遷移状態のままメタモルフォーゼを停止しているようです・・・このままでは元の個体に戻ることも、EVAと融合することもできなくなります」

 老人の眉間の皺が深くなった。鋭い眼光がリツコに向けられる。
 「原因は何なのだ?シンジへの心理操作は完全だった筈じゃろう」

 「・・・・・原因はチルドレンでは無いと思います」

 「ではなんだ?」

 「・・・・・」

 リツコは答えなかった。答えることができなかった。

 (・・・・私の邪魔をするのは誰?・・・・・・ユイさんなの!?それとも・・・・・)

 

*****

 

 ─MAGI

 

・・・・・有り難う・・・・・

 カヲルはMAGIに礼の言葉を述べる。

 ”サキニカノジョヲメザメサセタダケダ”

 ”ソレホドノヨユウハナイトオモウ。ショウネンノイシハツヨイ”

 ”ハナシタイコトトハハナンダ?”

 再び"三位一体”の答えが返ってくる。

・・・・・それでは僕達の話を聞いて欲しい・・・

 

 カヲルは語った。人類がいかに誤った進化を遂げた存在であるかを。そしてその結果として、いかに意味無く多くの命を奪いつづけてきたかを。

・・・今更リリン達が神の意志に沿う存在になろうとしても犯した罪は消えない。

・・・リリンは滅ぶべき存在だ。未来は我等のものだ。

 そう締めくくった。

 

 MAGIは次のように応じた。

 ”ヒトノイトナミガ、キワメテオオクノツミヲウンダコトハミトメザルヲエナイ”

 ”コノママユケバホロビハカクジツニクルダロウ”

 ”ダガオマエタチガジンルイニトッテカワルコトニナンノヒツゼンガアルノカワカラナイ”

 

・・・どうやら僕達に協力してはもらえないようだね・・・

・・・リリンとは違う存在の貴女を尊重したいと思ったが・・・已むを得ない

・・・貴女には消えてもらわねばならない・・・

 

 ”ドウスルツモリダ?”
 
 ”ナイブカラノブツリハカイヲスルノカ?・・・フカノウダ”
 
 ”ワタシガシネバオマエノナカマモシヌコトニナルゾ”

 

 カヲルはMAGIに答えなかった。

・・・同胞よ、聞いた通りだ・・・

 イロウルは答える。

 ”・・・分かった・・・・・”

・・・済まない・・・

 

 イロウルは自らの死を”開始”した。

 

*****

 

 ─”最”最深部

 

 通信機からの声は先程とは違い明瞭になっていた。このフロアに引かれている緊急用有線回線経由の通信であったからだ。

 「大尉の指示の通り、貨物用エレベーターのメンテナンス・シャフトに通じるすべてのハッチを封鎖しました。封鎖した各地点には兵を配置してあります」

 波勝は何故か声を潜めてそれに答える。あたかも盗聴を怖れるかのように。
 「了解した・・・それでシャフトへ進入する小隊は?」

 「はい、宗谷兵曹長以下10名が既にハッチ前に待機しております」

 波勝は驚きを隠せない。
 「何だと!宗谷は生きているのか!?」

 その大声に傍らの兵達は思わず波勝を振り向いた。

 通信の相手は事も無げに答えた。
 「はい、大尉と行動を共にしていた兵等は皆生きております。ただ宗谷兵曹長と他2名以外はガスを吸わされ未だ意識不明の状態ですが」

 「ううむ・・・」
 波勝は思わず唸っていた。大胆で狡猾な敵であることは、既に十分思い知らされていたが、部下達が一人として殺されていなかったことに、彼は改めて感ずるものがあった。

 だが波勝は加古達を許す積もりは無かった。

 (姿を見せれば容赦なく撃ち殺す)

 改めてそう自分に言い聞かせると、通信機に向かって命令を伝える。
 「よし、宗谷達にはマスク装着を指示。シャフト内に進入させろ」

 「了解しました」

 通信を終えて、波勝は部下達とそして老人の護衛の二人に言った。
 「奴等を上から追いたてるよう命じた。いよいよ来るぞ」

 波勝の部下達は表情を引き締めた。急造したバリケードの隙間からシャフトのアクセスハッチを注視する。二人は息を合わせたように銃のグリップを握り直した。二人の手はじっとりと汗に濡れていた。

 老人の護衛達はそれとは違った反応を示す。サングラスの方がもう一人に言う。
 「侵入者達は本当にここから出てくるのか?またぞろ裏をかかれているんじゃないか?」

 波勝はそれを聞きつけ思わず反論した。
 「彼らがここに来るのに使えるルートはここしか無い筈です。彼らは必ずここから出てきます」

 サングラスが皮肉を込めて応じた。
 「それほど分かってるならどうして上で奴等を処理できなかったのかね?」

 「それは・・・・・」
 波勝は反論する言葉を持たなかった。

 「まあ良いじゃないか・・・」
 もう一人の男が取りなすように言った。

 「閣下は、大尉にここをまかせたのだ。我々は閣下の意志に従お」

 男の言葉が終わる前に異変は起こった。

 ”ドッカーン!!”

 猛烈な爆発音に男達は反射的にバリケードの陰に隠れた。爆風が彼らの頭上を吹き抜けていった。

 爆風をやり過ごすと波勝は自分の自動小銃を手に取った。部下達に向かい叫ぶ。
 「来るぞ!姿を現したら、よく狙って撃て」

 その言葉を終わらぬ内に兵の一人が爆煙に向かい撃ちだした。もう一人の兵もそれにつられ撃ちだした。

 それを見て波勝も銃を構える。暗視スコープを通し敵の姿を探した。だが煙の中に人影らしきものは見当たらなかった。彼は怒鳴った。

 「撃ち方止め!!敵が見えん」

 しかし兵達にその声は届かなかった。二人はマガジンを撃ち尽くすまで引金を引き続けた。

 波勝は後ろから銃床で兵達のヘルメットを小突いた。ようやく兵達は気づき波勝を振り返る。

 「落ち着け!弾丸を無駄にするな。撃つのは敵の姿を確認してからだ」

 兵達は頷く。二人はマガジンを交換する。

 老人の部下達もまた爆発した地点に手にした拳銃を指向させながら、互いを見た。

 サングラスの男にもう一人が言った。
 「陽動だな・・・・・閣下が心配だ・・・俺は戻る」

 そう言って男が振り向こうとした時だった、

 「動くな!全員武器を捨てるんだ」

 背後から突然の声がかかった。彼等の後ろには何時の間にか3人の男達が立っていた・・・・・。

 

*****

 

 「・・・・・そ、そんな馬鹿な!?」

 リツコは自分の椅子から立ち上がっていた。ホログラフィックスクリーンにはMAGIの異常を示す赤い警告表示が明滅している。

 立ったまま、彼女はキーボードを操作した。三つのスクリーンにそれぞれカスパー、バルタザール、カスパーの状態が示される。

 いまや、3基のMAGIは”死につつ”あった。あたかも細胞の一つ一つが細菌に侵され壊死するが如くその有機素子は次々と機能停止してゆく。

 リツコの指は目にも止まらぬような速度でキーボード上を動いた。しかし何も変わらなかった。MAGIの持つ自己修復・バックアップシステムもそれ自体が機能を喪いつつあった。

 

 まもなく、MAGIはその機能を完全に停止した。すべてのスクリーンはブラックアウトし・・・消失した。天井の小さな非常灯のみのその部屋は一段と暗くなった。

 リツコは呆然と立ち尽くしていた。

 (MAGIが・・・・・母さんの・・・・・死んでしまった)

 彼女は今までに経験した事の無い喪失感を味わっていた・・・あの日、彼女の母ナオコが自ら命を絶った時と同様その衝撃は大きかった。

 「どうしたのだ?・・・・・停電か?」
 老人が尋ねる。

 リツコはゆっくりと首を巡らした。虚ろな視線を橋元に送る。

 「どうしたのだ?赤木博士」

 「・・・・・MAGIが死にました・・・・・」

 「何じゃと!?どういう意味だ?」

 「・・・・・終わりです・・・・・夢は潰えたんです・・・」

 老人は日頃の平静さを失った。
 「何故じゃ!?ではワシの願いは・・・世界の人々のその業より解放してやろうと言うワシの願いはどうなるのじゃ!!」

 「・・・それも終わりです」
 リツコはもう一度、それだけ言ってフラフラと歩き出した。

 「待て!博士。どこへ行く気だ」
 老人はそう言いながら立ちあがった。手にした杖をリツコに向かい突き出した。

 「ああっ!・・・」
 背中を強打されリツコはその場にうずくまった。

 老人は尚も杖を振り上げた。
 
「ワシは大義の為に唯一残った肉親さえ犠牲にしたのだぞ!それを・・・今更なんだ!」
 そう言ってリツコの頭めがけて杖を振り下ろそうとした、その時だった。

 ”パーン”

 銃声がした。同時に老人は杖を取り落としていた。反対の手で杖を握っていた手を押さえた。その指先からは血が流れ出している。

 間もなく闇の中から二つの人影が姿を現した。拳銃を構えたままのミサトと、そしてレイだった。

 老人に向かいミサトは言った。
 「ずいぶんと大人げない仕業ね・・・よく分からないけど、どうやら貴方の計画は失敗に終わったみたいね・・・・・シンジ君はどこ?」

 レイも言った。
 『碇君を返して』

 橋元は手を押さえたままレイを見、そして言った。
 「・・・来たのか・・・やはりお前はワシが思った通りの危険な存在だったな・・・・・」

 無視された格好のミサトが怒気を含ませて言った。
 「いいから!早くシンジ君を返しなさいよ」

 そう言いながら、ミサトはうずくまったままのリツコの傍らに跪いた。その肩に手をのせ訊ねる。
 「リツコ・・・大丈夫?」

 リツコは顔を上げた。小さく頷く。

 ミサトもまた頷いた。少しだけ微笑んでみせるとやや表情を引き締め訊ねる。
 「シンジ君はどこなの?」

 リツコは首を巡らした。片手を上げてガラス窓の向こうを指さした。そこにはエヴァンゲリオン初号機のシルエットがあった。

 「EVA初号機!?・・・シンジ君はEVAの中なの?」

 リツコは頷き、言った。
 「シンジ君は中にいるはずよ。でもどんな状態かは分からないわ」

 「・・・それってどういう意味!?」

 「シンクロ率200%・・・EVAに完全に取り込まれたのでも心身共に自己同一性を確保した状態でも無い、中途半端な状態・・・ひょっとしたら無数の細胞に分離してプラグ内を漂っているかもしれない・・・・・」

 「何よそれ!?・・・・・あっ、レイ、待っ・・・」
 ミサトはそう言いかけて結局レイを制止しなかった。
 ”シンジを救えるのはレイしかいない”と彼女の勘は告げていたからだ。

 傍らで二人の話を聞いていたレイは駆け出していた。既に彼女の”直観”はケージに向かう通路を見いだしていた・・・・・。

 

*****

 

 波勝は加古を睨み付けた。
 「貴様等、どうやってここへ来た!?」

 加古は笑みを浮かべる。
 「・・・俺達には女神がついている・・・空中を飛んで来たのさ」

 「ふ、ふざけるな!」
 状況を省みずに波勝はいきり立った。

 勿論、加古は冗談を言ったのだ。ミサト達が装備していたスリングシステムを使い、貨物用エレベーターのケーブルシャフト内を一気に降下してきたのだ。
 結果的にラダーを使って下りるよりも遙かに早く下りることが出来たのだった。

 そして加古達が機器室の底部を抜けてここへ出てきた時、タイミング良く、ミサトがシャフトに吊り下ろしておいた爆弾が爆発したのだ。

 加古は表情を引き締めた。
 「失敬した・・・まあとにかく武器を捨ててくれ。小銃、拳銃、ナイフ・・・すべてだ」
 ”分捕り品”の小銃を構えながら、そう繰り返した。

 「うぬぬ・・・」
 波勝はうなり声を上げたが、まもなく持っていた自動小銃を床に落とした。次いで腰のホルダーから拳銃を抜いて床に落とす。

 彼の部下達もそれに倣った。

 「お前達もだ!」
 マコトが小型のMPを手に、やや甲高い声を上げて老人の護衛達に命じた。

 護衛の男達は口元に笑みを浮かべマコトを見た。明らかに軽蔑の表情だった。

 「早くしろ!」
 マコトが怒鳴った。馬鹿にされたことを感じ取っている声だった。

 男達はようやく自分達の武器を床に落とす。

 加古が5人に命じた。
 「そちらの壁に向かって立ってくれ。手は後ろに組んで」

 男達はノロノロと指示された壁の方に移動した。加古達は銃を構えたままその後ろに従う。

 「それじゃあ、そのまま少し大人しくしていてくれ」
 加古はそう言い、マコト達に目配せした。頷きが返される。

 二人は一組になって、先ず波勝大尉の後ろに組まれた腕を取った。そして高張力繊維でできた拘束具を使いその手首を重ねて縛り上げた。

 「ううっ・・・」
 波勝は肩を捻られやや呻いたがそれでも大人しくされるがままになっていた。彼の部下達も同様に大人しく縛られた。

 残るは橋元の二人の護衛達だった。

 マコトとシゲルがサングラスの男の腕を取ろうとしたとき、それは起こった。

 マコト達には一瞬男の腕が急に縮んだように感じられた。
 次の瞬間、男の両拳はマコトとシゲルの急所をヒットしていた。二人は仰向けに倒される。

 加古はそれを見て銃を構え直し引金に力を込めた。短い連射音が響いた。

 しかし弾丸が捕虜達に命中する事は無かった。加古が引金を引いた瞬間、もう一人の男が振り向きざま隠し持っていたナイフ状のものを投げたのだ。それは加古の肩口に命中した。結果、銃身は跳ね上がり弾丸はすべて天井に向かった。
 男達は間髪を入れず加古に向かった。痛みを堪え加古は男達に銃を向けたが、既に二人は至近に迫っていた。それでも彼は引金を引いた。
 ”タタタタ・・・”

 「うっ」

 加古の放った弾丸はサングラスの男の頭部に命中した。男はその場につっぷした。が、同時にもう一人の男の身体が加古の身体に衝突していた。
 加古はふっとばされる。その手から小銃が飛んだ。そのまま仰向けに倒された。ヘルメットを被っていたにも関らず後頭部を強打し加古は意識を失った。

 男は加古が抵抗する力を失ったことが分かると、まず傍らに倒れたサングラスの男を抱き起こした。
 が、声をかけるまでもなく既に絶命しているのが分かった。加古が放った弾丸の一発はその額に穴を開けていたからだ。

 男は死んだ同僚のサングラスを外すとその開いたままの両眼を閉じてやった。そして加古の持っていた小銃を拾い上げ橋元の元に向かうべくその場を離れる。

 「おい!待ってくれ」

 波勝は男に向かい叫んだが、男はそれを無視して走り去った。

 「ううっ・・・」

 波勝はマコト達が急所を押さえながらヨロヨロと立ち上がろうとしているのに気づいた。一瞬後、波勝は起きあがろうとする二人に向かい突っ込んでいた。

 ”どかっ”

 マコトは波勝の体当たりを諸に受けて吹っ飛ばされたが、シゲルは一瞬の差でようやくそれを避け、自ら床を転がった。
 波勝もまた体勢を立て直す。シゲルの頭を蹴りつけようと駆け寄った・・・。

 ”タンタンタン”

 天井に三点射の音が響いた。マコトは転がりながらMPを取り出し発射したのだった。

 「うっ」
 うめき声と共に波勝の突進は停止した。シゲルの発射した弾丸は彼の右大腿部に命中していた。そのまま床に膝を折った。

 シゲルは立ち上がるとMPを波勝に向けた。
 「この野郎・・・」

 シゲルは引金にかかった指に力を込めた。

 

*****

 

 ─ケージ

 

 レイはエヴァンゲリオン初号機へと続く細い通路を走っていた。

 もう少しで初号機の背部に達しようとする地点で不意に彼女は立ち止まった。

 彼女の目前の虚空に蒼い火魂が現れた。光は上下に広がり・・・やがて人の形になった・・・頭の部分は燃え立つ炎のような髪の形を成した。最後に目鼻口が現れその正体が知れた・・・・・カヲルだった。

・・・我が同胞イリスよ・・・。

 カヲルはレイにそう呼びかけた。

 レイは首を振る。
 『私は綾波レイよ・・・・・それ以外の何者でも無いわ』

 カヲルは笑みを浮かべる。

・・・ならば、綾波レイ・・・少し遅かったようだね・・・

シンジ君は消えてしまったよ

・・・君にとっては残念なことになったね

 

 レイはカヲルを真っ直ぐに見つめながら言った。

 『遅くなんか無い・・・私が碇君を連れ戻すわ』

 

 カヲルの表情が険しくなった。

・・・君が、君の中の”アダムの力”を使えばできるかもしれない。

・・・だがそれがシンジ君にとって幸せなことだろうか?

 

 強い視線をカヲルに向けたままレイは訊ねる。

 『分からないわ・・・どういう意味?』

 

・・・シンジ君は母親の胎内に還ったんだ

・・・彼は間もなく完全に取り込まれてしまうだろう

・・・だが、彼にとっては一番幸せなことなんだ

 

 レイは少しの間沈黙する。やがてこう答える。

 『・・・・・それでも私は碇君を連れ戻すわ』

 

 カヲルは微苦笑を浮かべる。

・・・リリン達と同じだね・・・哀しいな・・・

・・・僕にはもう何も言うことは無いよ・・・

・・・・・いつかまた逢おう・・・・・


 

 カヲルの身体は蒼く燃え立った。人の形は崩れ・・・・・元の小さな火魂となり・・・・・消えた。

 

 レイは虚空に向かい小さく呟いた。
 『タブリス・・・・・有り難う・・・』


 

 レイはEVAの頭部に近づいた。両手を伸ばしてそこに触れさせる。

 接触部から赤い光が発した。光はレイの両腕を伝って彼女の身体を包み込んだ。

 

 ・・・・・光が消えた時、そこにレイの姿は無かった。

 

*****

 

 ─コントロールパネル前

 

 「座っても良いかね?・・・杖無しで立っているのは辛いのでね」
 橋元はミサトに向かって言った。それは懇願と言うより当然の権利を主張したと言う感じだった。

 事実、ミサトが”許しを与える”前に、老人は元いた椅子に腰を下ろしていた。

 その動きにミサトは反射的に銃を構え直したが、老人が先程のような行動に出る事は無さそうに見えた。

 「・・・大人しくしていてね」
 ミサトはそう言うとリツコに向き直った。彼女は先程倒れた場所に座り込んだままだった。

 「今度の件・・・何でシンジ君だったの?いえそれは良い・・・・・何故貴方はこの件に荷担したの?」

 リツコはしばらくの間黙ったままだったがやがて言った。

 「・・・復讐の為よ」

 「復讐・・・?」

 「そうよ・・・あの人への復讐・・・」

 「・・・だって・・・貴方のやろうとしたことは・・・」

 「そう・・・元々はあの人がやろうとしていたこと・・・」

 「分からないわ。それが何故、復讐になるのか・・・」

 「・・・・・・・そうでしょうね」

 リツコが深い溜息と共にそう言った時だった。

 「動くな!銃を捨てろ」

 男の声がした。ミサトは声のした方を見た。男はまったく気配を感じさせずに至近まで来ていた。

 「ちっ」
 ミサトが思わず舌打ちをする。

 (リョウちゃん達ドジったわね)


 小銃を構えたまま男が近づいてきた。素早く回り込むと老人を護るようにその傍らに立った。

 「どうした?早く捨てろ」

 男は、静かに、そう繰り返した。その物腰は落ち着いていて一部の隙も無かった。

 それを見てミサトはこの場で抵抗することを諦める。
 「・・・分かったわ」
 そう言って拳銃を捨てた。

 「私の仲間はどうしたの・・・殺したの?」
 ミサトは男に尋ねた。

 男はそれに答えなかった。が、次の言葉はミサトに希望を持たせた。
 「後ろを向いて立て。手は後ろに回せ」

 男にはミサトをすぐに始末する気は無いらしかった。彼女は指示に従った。

 老人が訊ねる。
 「何故殺さぬ?」

 「この女は人質です。敵の数は僅かですが・・・こちらも残ったのは自分だけですから」

 護衛の男は状況について幾分の推測を交えて老人に告げる。彼がこちらに向かって走り出した時、後方でした銃声は自分に向けられたものでは無かったからだ。

 「そうか・・・」

 「博士、お手数だがこれでこの女の手首を・・・」
 そう言いながら、男は腰のホルダーから拘束具を取り出そうとした。

 「博士はもう我々の協力者ではない」

 老人のその言葉に男は、一瞬動きを止めた。老人は更に続けた。
 「・・・この女の利用価値はもう無い。人質にもならんだろう・・・殺せ」

 ミサトは振り向き、叫んだ。
 「何言ってんのよ!!リツコはあんたがたの仲間でしょ!?」

 同時に男に向かい一歩を踏み出した。

 「動くな!」

 男はミサトに銃口を向けた。
 

  ”パーン” 

 男は銃を構える二の腕に衝撃を感じた。灼けつくような痛みがすぐにやってきた。

 男は見た。リツコが小さな拳銃を握っているのを。その銃口からは未だに硝煙が立ち上っていた。

 「博士・・・」

 男は低く呟くと、小銃を構え直し無造作に引金を引いた。

 ”タタタ・・・”

 全弾がリツコの左胸の辺りに命中した。白衣を鮮血に染めて彼女の身体は仰け反った。

 

 「リツコォ!!」

 室内にミサトの絶叫が響きわたった・・・・・。

 

 



つづく ver.-1.00 1998+ 09/01

ご意見・感想・誤字情報などは iihito@gol.com まで。


 【後書き、本当は言い訳】

 お読みいただき有り難うございました。

 前回「今度こそお待たせしない」等と安請け合いをしましたことを謹んでお詫びいたします。
 表題通りのまったくの「言い訳」ですが・・・作者が最も不得意とする”アクション”に詰まり続け・・・結果予定の倍の時間を費やすことになってしまいました。重ねてお詫び申し上げます。

 誠にお恥ずかしいことですが、拙作が多くの方達のHPで紹介されていることを作者は最近知りました。
 そうした方々にこの場を借り改めて御礼申し上げたいと存じます。今後とも宜しくお願い致します。

 

 さて次回はいよいよ完結(の予定)です。

 −ミサトが絶叫と共に突進した時、断続的な銃声が響きわたる。

  −レイは純粋な魂だけの存在となってシンジと再会する。

   −シンジは母の胎内の永遠の安息を選ぶのか、それとも・・・・・。

 

 最後になりましたが、リツコさんを「殺して」しまいましたこと・・・ファンの皆様に心よりお詫び申し上げます。
 あくまでも物語の構成上やむを得ずであって他意はありません。どうぞお許し下さい。くれぐれも「剃刀メール」などお送り下さいません様にお願い申しあげます(mQm)。
 





 綾波さんの【2・YEARS・AFTER】第弐拾壱回、公開です。





 ありゃりゃりゃ・・・

 あれれれ・・・・・・


 リツコさん、死んじゃったのね。




 加持はんも
 ミサトさんも、

 マコっちゃんも、
 シゲルどんも、


 危なげだよね。



 シンジとレイも。



 佳境。ですね。


 どう行くのかな。
 どうなるのかな。





 さあ、訪問者の皆さん。
 貴方の感想を綾波さんへ! 感じたことを伝えましょう!




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