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 ─―第二新東京・珍品堂

 

 冬月は既に黄ばみ始めている書類の束に目を通していた。

 そこにはかって冬月がセカンドインパクトの真相を探っていた際に付随して判明した六分儀ゲンドウの生い立ちが記述されていた。

 「六分儀ゲンドウ―1967年4月29日生」
 「母親サキは花柳界出身。彼を私生児として生んだ」
 「父親は不明。尚、当時サキの交際相手の某若手代議士がゲンドウの父親との風聞あり」
 ・・・・・・・・・・・・・・・・

 冬月はかっては見過ごしたその記述が何故か気になった。

 (”交際相手の某若手代議士”・・・・・・)

 冬月の脳裏にゲンドウとそして橋元の顔のイメージが交錯した。
 ・・・・・不意にすべてが分かったような気がした。思わず声に出していた。
 「そうか!!橋元は碇の父親だったんだ。彼は息子のやり遺したことを完遂してやろうとしているんだ!」

 そう思い至った時、冬月の胸中にある悔恨の念が湧いた。
 (シンジ君には悪いが・・・・・私は加古君達に荷担などしなければ良かったのかもしれん・・・・・)

 「そうすれば・・・・・ユイ君・・・・・・・君にまた逢えたかもしれんな・・・・・」
 冬月は一人、そう呟いていた。

 


【2・EARS・FTER】  第弐拾弐回

 

作 H.AYANAMI 


 

 ─―内務省長官秘書官長執務室

 

 早朝にも拘わらず部屋の主は既に執務を開始していた。男は重要な会議の前には必要な書類に改めて目を通しておくことを習慣としていたからだ。

 ”ピッピッピッ・・・”

 

 男は読んでいた書類から目を離した。音は彼の前にある重厚な執務机の中からしている。

 ”ピッピッピッ・・・”

 男は引き出しを開けた。めったに使われない直通電話がこの時とばかりに存在を主張して鳴っていた。

 顔を顰めつつ、男は電話機を手に取った。何か厄介事を起こったのは確実だった。

 

 「・・・・・はい・・・・・・・何だって!?・・・・・橋元先生が?・・・・・」

 男の表情は話を聞くうちにどんどん険しくなっていった。
 「・・・それは本当か!?・・・・・・・そうか・・・・・」

 

 「・・・・・分かった。これから長官にこのことを報告し然るべき措置を取る・・・・・」

 男は電話を切った。が、受話器を置かず回線を切り替えた。

 「・・・ミチコか?僕だ。お義父さんはまだいらっしゃるかな・・・・・それではこの電話を回してくれ・・・」

 「・・・・マサユキです。実は・・・・・」

 マサユキと名乗ったその男はたった今得た情報を手短に語った。それに対して彼の義父であり、嘗て橋元政権において内務長官を務めた現政権党の長老である人物は短く問うた。

 「ソースに信頼はおけるのだな?」

 「・・・はい」

 「・・・・・よし、官邸には私が直接出向く。おまえは浅間君に」

 「分かりました」

 受話器を置くと、男は席を立ち長官室へと向かうため部屋を出ていった。

 

 ・・・・・それから1時間を経ずして一機の中型ヘリが官邸屋上を後にした。

 

*****
 

 ──EVA初号機

 

 シンジの状態はリツコの予測したそれとは異なっていた。

 彼はまだ一つの”個体”の体を成していた。が、その姿は光を発する半透明の不定形な状態で、既に肉体として”個性”は失われていた。

*****
 

  

 ”ホントウニソレデイイノ?”

 ”声”はもう一度そう訊ねた。 

 シンジの発する光に変化が現れる。彼は怒っていた。
 「アナタハナゼボクノジャマヲスルンダ!?」

 ”声”は答える。
 ”・・・ジャマヲスルキナドナイワ・・・・・タダホントウニソレデイイノカ・・・・・キイテオキタイダケ・・・・・”

 シンジは怒気を込めて言い放つ。
 「コレハボクノシメイナンダ!!ボクハEVAトイッタイトナル。イッタイトナッテEVAノチカラヲワガモノトスル。ソシテセカイヲスクウンダ!!」

 ”声”は宥めるように言った。

 ”・・・アナタノココロザシノタカサ・・・・・・・シコウノモノダトオモウワ・・・・・”

 ”ダケドモウイチド・・・モウイチドカンガエテチョウダイ・・・・・”

 ”・・・ヒトトシテウマレタコトノイミヲ・・・”

 「・・・ダケド・・・・・ボクハ・・・・・」
 シンジの怒りはやや収まる。それは”声”の発した言葉の持つ”温もり”の故だった。

 ”声”の主は優しくシンジを包み込んでいた。シンジにとってそれは不可思議な感覚だった。


 

 ”・・・・・オモイダシテゴランナサイ・・・・・アナタガイチバンシアワセダッタトキノコトヲ・・・・・”

 「・・・・・ボクガ・・・イチバンシアワセダッタトキ・・・・・?」

 

 

 

 シンジの”形”に変化が顕れはじめた。

 

*****

 

 ──メンテナンスシャフト・アクセスハッチ前

 

 「隊長!」
 「隊長!」

 口々に叫びながら兵達は波勝大尉の元に駆け寄ろうとした。

 「動くなぁ!!」
 再び起きあがったマコトが叫んだ。同時に天井に向けて銃を発射した。
 ”タンタンタン”

 二人の動きが止まった。マコトは油断無く二人を見ながら立ち上がった。

 「壁に向かっていろ!!」
 マコトは銃を振りながら兵達を元の壁に追いやった。波勝の方を気にしながらも兵達は命令に従う。

 その間、シゲルと波勝は座り込んだまま睨み合っていた。撃たれても尚、波勝の目に闘志は失われてはいなかった。

 シゲルの握る、そして波勝に向けられたMPは小刻みに揺れていた。引金に掛かったままの指の先が白くなりつつあった。

 唸るように波勝は言った。
 「・・・撃つなら撃て・・・・・間もなく俺の部下達がここへくる・・・・・そうすればお前達は終わりだ」

 「なにお!」
 シゲルはいきり立つ。

 「青葉、止せ!・・・・・不要な殺傷は避けることになっていたろう!?」

 その言葉にシゲルは我に還った。
 「・・・・・・・・分かったよ」

 マコトはシゲルが落ち着きを取り戻したのを見て言った。
 「ここを頼む。俺は逃げた奴を追う・・・ミサトさんが心配だ」

 「よし、ここはまかせろ・・・」

 だが、シゲルのその言葉を聞かずにマコトは既に走り出していた。

 

*****

 

 ──コントロールパネル前

 

 「大丈夫か?」
 傷を受けた部下に老人は声をかけた。

 その言葉に男は少しだけ驚いた表情を見せた。老人が自分に対してそのような言葉を発したことに覚えが無かったからだ。

 男は自分の腕を一瞥して答える。
 「はっ、少し油断しましたが・・・掠っただけですから」

 「そうか・・・・・」

 老人はミサトの方に顎をしゃくった。
 「その女に油断するな。例の南西アフリカの内戦を生き延びた”猛者”だからな」


 

 しかし、ミサトは老人のその、聞き様によっては失礼な言葉を聞いてはいなかった。彼女は尚もリツコの体に取り縋り泣いていた。

 「リツコォ・・・・・ううう」

 「ミサト・・・・・」

 苦しい息の下でリツコは友の名を呼んだ。ミサトは驚きと共に顔を上げた。
 リツコは目を開いていた。唇が微かに動いた。

 「何?何が言いたいの!?」
 しゃがれた声でそう言いながらリツコの半身を抱き起こした。

 「・・・・・マヤに・・・マヤに伝えてちょうだい・・・」

 ミサトは肯いてみせる。
 「ええ、ええ、マヤに何を伝えれば良いの?」

 「・・・・・今まで・・・有り難う・・・・・それからごめんなさいって・・・・・そう伝えてちょうだい・・・・・」

 「・・・・・分かったわ。必ず伝えるから・・・」

 「・・・・・あ、有り難う・・・・・ああ・・・これで・・・やっと・・・・・・・母さん・・・・・」

 リツコは目を閉じた。それは再び開かれなかった・・・・・。

 「・・・・・リツコ・・・・・・・」
 ミサトは友の名を呟き、その亡骸を静かに横たえた。そして瞑目した。

 しかし、それは長い時間では無かった。

 「こちらへ来てもらおうか葛城君。多分君の仲間は君を見殺しにはすまい」

 橋元のその言葉に、彼女は振り返った。その瞳には改めて強い憤怒の色が現れていた。

 

*****

 

 ──EVA初号機(内部)

 

 レイはシンジのいるエントリープラグに進入した・・・・・筈だった。


 気がつくと、彼女は開けた「風景」の中にいた・・・・・だがそれは蜃気楼のように曖昧で輪郭がぼやけていた。

 

 ・・・・・どこからか歌が聞こえてきた。レイは耳を澄ませてみた・・・・・それは子守歌のように聞こえた。

 どこか懐かしいその「歌」に向かって彼女は歩き出した。

 

 

 気がつくと、レイは湖の畔にいた。そこには白い小さなベンチがあった。

 ベンチには人影があった。後ろ姿からそれが幼児を抱いた若い女であることがわかった。

 レイは女に近づくと声をかけた。
 『貴女は誰?・・・・・碇君はどこにいるの!?』

 女はゆっくりと振り返り、レイに向かって微笑んで見せると、言った。
 「・・・・・シンジならここにいるわ・・・・・・・」

 そう言うと彼女は腕の中で眠る幼児をレイに見せた。

 レイはその子の顔を見る。その幼い寝顔には確かにシンジの面影があった。が、尚も信じがたいように呟いた。
 『・・・・・これが碇君?・・・・・・・』

 女は頷いて見せる。
 「そうよ。これがこの子の記憶の中の一番幸福だった時なの・・・・・こうして私の腕の中で眠っている時が」

 レイはようやく女の”正体”に気づいた。
 『・・・・・貴女は碇君の母親・・・・・碇ユイ、さんなのね・・・・・・・』

 女は少し哀しそうな表情を見せた。
 「その名前は今は何の意味も持たないの・・・・・だけど、私がこの子の母親であることは変わらない・・・・・だからこそ今この姿でいられる・・・・・」

 そう言いながらユイは腕の中のシンジを見つめた。優しく、そして強い眼差しだった。

 レイはその眼差しに”母親の”想いの持つ力を見たように思った。畏れにも似たものを感じた。

 それでも彼女はユイに向かって言った。
 『碇君を返して下さい』

 ユイはレイのその言葉には直接答えず、呟くように言った。
 「・・・・・出来るならば、ずっとこうしてこの子を抱いていたいわ・・・・・だけどこの子はそれを望んでいる訳ではない・・・・・この子は本当は帰りたがっている・・・・・」
 「・・・・・そうでなければ貴方の力でもここへ来ることは出来なかった筈だもの・・・・・」

 ユイは再びレイに視線を向けた。
 「この姿でいる内に貴方に話したい事があるの・・・・・人としての貴方が何故生まれたかを」

 そう言いながらユイは腰をずらし、レイに座るように目配せした。

 『・・・・・・・・はい』

 レイは僅かに躊躇う素振りを見せたが、結局ユイの隣に腰掛けた。

 

*****

 

 ──コントロールパネル前

 

 「ふざけないでよ!!」

 室内にミサトの怒声が響いた。怒りに身を震わせながら立ち上がり更に言った。
 「今更なによ!!シンジ君やリツコを犠牲にして自分だけはまだ生き延びようと言うの!?」

 「黙れ!!閣下に説教がましいことを言うな。さっさと両腕を後ろにしてこちらに背中を向けろ!」
 護衛の男は小銃をミサトに向けながら怒鳴った。

 しかし、ミサトは怯まなかった。尚も言い募る。
 「あんたは黙ってなさいよ!あたしは橋元に訊いているのよ」

 「何を!」
 護衛の男はミサトに駆け寄ると、小銃を振り上げ”実力”でミサトを黙らせようとする。

 男の勢いにミサトは思わず目をつぶり片手を上げて自身の頭を庇った、その時だった。

 「ミサトさん!!」

 叫びながら、マコトが室内に飛び込んできた。

 護衛の男はそれに素早く反応した。声に向かって小銃を指向させ同時に引鉄を引き絞った。

 ”タタタ・・・”

 一連の弾丸がマコトに向かい放たれた。
 だが、やはり先ほどリツコに撃たれた傷が影響したのだろうか、一発がマコトの左肩口を掠ったのみで残りは背後の壁に吸い込まれてゆく。

 マコトは衝撃を受け倒れながらも手にしたMPを男に向け引鉄を引いた。

 ”タンタンタン”

 

 

 護衛の男は小銃を取り落としていた。左手で胸のあたりを握り締める。その指の間からは赤黒い血が溢れてきていた。

 男はゆっくりと握り締めた手を開いた。視線を落として自らの血で汚れた手の平を見、そして橋元の方を振り返った。

 視線が交錯した。

 「・・・・・閣下・・・・・」
 男はそう呟くと血塗られた手を橋元の方に伸ばしかけた、が、手が橋元に届く前にその場に崩れ落ちた。

 ミサトは男が倒れるのを見届けると立ち上がった。その手には既にリツコの持っていた拳銃が握られていた。

 マコトもまた立ち上がりミサトの近くに歩み寄ってきた。
 「大丈夫ですが?ミサトさん」

 「ええ、有り難う、私は大丈夫よ。貴方こそ大丈夫なの?」

 マコトは少し顔を顰めながらも、左腕を振ってみせる。
 「大丈夫です・・・ほんのかすり傷ですから」

 「・・・そう、良かったわ・・・・・それでリョウちゃん達は?」

 「・・・・・えっ、ああ・・・大丈夫です。少し手こずりましたが、二人も間もなくここへ来るはずです」

 マコトは少し口ごもりながら、視線を落としてそう答えた。

 (こんなときでさえ、ミサトさんにとって大切なのは俺よりもあの男のことなんだ・・・・・)
 マコトはそんなことを思いながら、自分の倒した男の死体に視線を送った。

 「・・・そう・・・良かった」
 マコトの返答に満足したミサトは老人に相対していた。油断なく銃を向けながらこう言った。
 「これであんたもおしまいね・・・・・」

 けれども、橋元は少しも動じずに言った。
 「・・・・・かもしれん・・・・・」

 老人はあくまでも落ち着き払っていた。

 

*****

 

 ──再び、EVA初号機(内部)

 

 ユイはぽつりぽつりと話し出した・・・あたかも記憶の奥底から”人の言葉”を探し出す様に。

 「・・・・・私達の一族・・・・・碇や綾波の家は太古から、ある特別の能力を受け継ぎ、それを用いた役割を担ってきたの・・・・・」
 「・・・それは神と交感し、人々の祈りを神に伝えることだった・・・・・それ故に時の施政者達は私達一族を尊重し保護し続けてくれたの」
 「・・・・・けれど、私達は決して表に出ることは無かった。常に権力の陰に隠れた闇の存在だった・・・・・」
 「・・・・・・・そして時を経て・・・施政者達が神の存在を忘れたとき、私達の存在も忘れ去られた・・・・・そして一族自身もまたその役割を忘れていった」

 「・・・・・だけど裏死海文書の内容を知ったとき、私は自分の中の血を、そして役割を意識したわ・・・・・」
 「・・・私達になら・・・アダムの意思と交感しその力を逆に利用することができるのではないか・・・・・そして裏死海文書に記された人類の運命を変えることができる・・・・・そういう気がしたの」

 「・・・・・そして、あの日が来たの」

 碇ユイは言葉を切った。首を巡らして傍らのレイを見る。
 視線を受けたレイもまたユイを見返した。

 「あの日、シンジを身籠もっていた私に代わって、南極で発見されたアダムとの接触実験に臨んだのはね・・・・・私の又従兄弟に当たる人だった・・・・・」
 「・・・・・そして貴方のお父さんだったの」

 レイは目を見開いた。ユイの顔を凝視する。

 ユイは小さく頷くと話を続けた。
 「・・・・・接触実験は失敗して貴方のお父さんは亡くなり、結果セカンドインパクトが発生した・・・・・あの災厄が今度は貴方のお母さんを襲ってしまった・・・・・」
 「・・・貴方のお母さんは大津波に遭遇して瀕死の重傷を負ってしまったの・・・・・私達が駆けつけた時、彼女は既に意識不明の状態だった・・・・・・」
 「・・・・・だけどベッドの上の彼女に触れたその時私は感じたの、彼女の意思を・・・」

 「・・・・・”お腹の赤ちゃんだけは助けて欲しい”・・・・・彼女はそう訴えている、そう感じたの・・・・・」

 「私は彼女の意思に従った・・・・・子宮から胎児を取り出して人工生育器に入れたの・・・・・間もなく彼女は息を引き取ったわ・・・・・・・」

 

 それまでユイの言葉を聞いていたレイが口を開いた。
 『その胎児が私だった、のですね?』

 ユイは頷いてみせた。
 「・・・・・・ご免なさい・・・・・私達がやろうとしたことは、結果として貴方の両親を殺し、貴方やシンジには辛い役割を負わせることになったわ・・・・」

 レイはゆっくりと頭を振った。
 『・・・いいえ、今の私は幸せだと思います・・・・・碇君と出会い・・・・・人として生きることができて良かったと、そう思っています・・・・・』

 その言葉にユイは小さく微笑んだ。
 「・・・・・そろそろお昼寝の時間は終わり・・・・・この子を起こすのは貴方の役割よ・・・・・」

 そう言いながらユイは眠る我が子をレイの腕へと委ねた。

 レイは幼児の姿のシンジの、意外な重さに少し戸惑いながら応えた。
 『・・・・・・・はい』

 

*****

 

 ──コントロールルーム

 

 「先輩・・・・・先輩・・・・・先輩・・・・・うううっ・・・・・・・」

 シゲル達によって拘禁場所から解放されたマヤはリツコの亡骸に縋り付き小さく嗚咽し続けていた。その場の誰もがその肩にかけてやる言葉を持たなかった。

 ふいに、老人が口を開いた。
 「君達はこれからどうするつもりかな?・・・・・シンジはもう戻らぬ・・・・・ワシの望みも潰えたが、君達の企ても失敗した訳だ」
 「・・・・・後はそのお嬢さんを連れて一刻も早くここを脱出するのが賢明だと思うがね」

 加古はミサトと視線を交わす。ミサトは小さく頷いて見せた。

 そして老人に向かってこう応じた。
 「シンジ君はきっと戻ってきますよ・・・・・それに我々がここを去る時には閣下にもご一緒願います。閣下は我々が無事脱出するための保険と言うわけです」

 老人は僅かに口を歪めて見せた。
 「・・・・・折角じゃがワシにはもうその価値は無いだろう・・・・・ワシは密かに政府を動かし、エヴァンゲリオンをここに隠匿するよう工作した。それが我が国が国連に報告した内容とは大いに異なることは君達も知っていよう・・・・・」

 その言葉に一同は頷く。ここに存在するエヴァ2体は、公式には二年前第三新東京市が消滅したとき同時に失われたことになっていた。

 老人は続けた。
 「そしてワシは現政府の連中を欺き、エヴァンゲリオンを復活させようとした。既に彼らもその事実を知ったろう・・・・・ここでこれだけの騒ぎが起こればな・・・・・・」
 「加古君、君には今のワシが現政府にとってどのような存在かは・・・」

 その時だった。部屋の入り口、薄暗闇から声がした。
 「全員動くな!!」

 マヤを除くその場の全員が声の方向に視線を向けた。同時に十数名の警務隊員がなだれ込んできた。
 それに続いて声の主が入ってきた・・・・・宗谷兵曹長に支えられ足を引きづりながら・・・・・後続の部隊に助けられた波勝大尉だった。

 彼はミサト達に命じた。
 「全員、武器を捨てるんだ。橋元閣下から離れろ」

 兵達に囲まれては抗う術は無い。四人は手に持った武器を床に落とした。

 

*****

 

 ──エヴァ初号機(シンジとレイ)

 

 彼は不可思議な安らぎの中にいた。

 (・・・・・アタタカイ・・・・・)

 (・・・・・キモチイイ・・・・・)

 (・・・・・ズット・・・ズット・・・ココニイタイ・・・・・)

 

 別の”自分”がシンジに語りかける。

 (・・・・・シメイヲハタスンダ・・・・・)

 (・・・・・ボクニハセカイノヒトビトヲスクウシメイガアル・・・・・)

 (・・・・・エヴァトトモニ・・・・・エヴァノチカラヲワガチカラニスル・・・・・)

 

 ”碇君!・・・・・碇君!・・・・・”

 

 (エッ!?)

 外部からの声に彼の意識は注目する。

 (ダレ?・・・ボクヲヨブノハダレ?)

 

 ”碇君・・・起きて・・・・・一緒に帰りましょう・・・・・”

 不思議に懐かしく、暖かい感じがした・・・・・しかし先ほど感じていたのとは違っている。

 (ダレ?・・・・・・・・・イヤ、シッテイル・・・・・ボクハコノコエヲ・・・・・)

 (・・・・・・・コノコエ・・・・・ボクハスキダッタ・・・・・イヤ、イマデモダイスキダ・・・・・)

 (・・・・・シメイヲハタスンダ・・・・・)

 (・・・・・ダケド・・・・・)

 (・・・・・ワスレロ、ワスレルンダ・・・・・タイセツナコトハヒトビトヲスクウコトダロ・・・・・)

 (・・・・・ワカッテル、ワカッテルヨ・・・・・)

 (・・・・・ナラバ、モウミミヲフサグンダ・・・・・ヒトトシテノ、ワイショウナコダワリハステルンダ・・・・・)

 (・・・・・ボクハアタラシイカミニナルンダ、カミニヒトノカンジョウナドフヨウウナンダ・・・・・)

 (・・・・・ダケド・・・・・デモ・・・・・アイタイ・・・・・ボクハモウイチドアイタイ、コノコエノヒトニ・・・・・)

 シンジの想念に一つの陰が現れた・・・・・か細く、しかしたおやかな身体のシルエット・・・・・。

 アア、コレハ・・・・・

 レイと共に過ごした甘美な時間の記憶がシンジの中に鮮やかに甦った。

 ”碇君・・・・・目を開けて・・・・・私を見て・・・・・”

 ・・・・・・・アイタイ・・・・・ボクハモウイチドアイタイ・・・・・・・・逢いたいんだ!!

 

 彼女の腕の中でシンジの形は”劇的”な変化を示した。幼児の姿のシンジは光を放ちながら急速に大きくなってゆく。
 その光はやがて周囲の風景をも取り込んでゆく・・・・・・・。

 『ああっ!・・・』
 レイはシンジを支えきれなくなり一緒にその場に倒れ込んだ・・・・・。

 

 ・・・・・光は徐々に消えていった。そして光が消えたとき、そこには16歳のシンジの姿があった。

 

 シンジはゆっくりと目を開けた。すぐに自分の胸に抱きついている者の存在に気づく。それが誰かはすぐに分かった。

 「あ、綾波・・・・・」

 レイは顔を上げた。ニッコリと微笑む。
 『・・・・・碇君・・・・・・・・・・戻ってきてくれたのね』

 

 「・・・・・う、うん!?・・・・・だけど、今まで僕はどうしていたんだろう?」

 『・・・・・何も覚えていないの?』

 シンジはすまなそうな表情を浮かべる。
 「・・・・・うん、そうらしい・・・・・あの家で綾波が眠らせられた時・・・・・僕もすぐに気絶させられたんだ・・・・・」
 「それから次に気がついたとき・・・・・またあのお爺さんのところに連れていかれてまた気絶させられた・・・・・・・」
 「そして今度はここに・・・・・・・・」

 シンジは周囲を見回す。そこには見覚えのある機器が並んでいた。

 「ここはエントリープラグ・・・・・だね?」

 『・・・・・そう、ここはエヴァ初号機の中よ』

 「エヴァ初号機・・・・・・」

 シンジは何かを思い当たったらしく視線を虚空に漂わせて物思いに耽った。

 レイはそんなシンジに遠慮がちに尋ねた。
 『・・・・・何か思いだしたの?』

 だがシンジは自信なさげに答える。
 「はっきりしないんだけど・・・・・僕は何かに向かって必死に駆けようとしていたみたいなんだ・・・・・だけど何か強い力に引き留められて・・・・・」
 「・・・・・でもその力は不思議に柔らかく暖かい感じなんだ・・・・・何だかとても懐かしいような気がした・・・・・」
 「・・・・・まるで・・・まるで母さんに抱きしめられているみたいだった・・・・」

 『・・・・・そう。碇君を引き留めたはユイさんよ』

 「・・・・・・やはり母さんが・・・・・母さんはここにいたんだね?」

 『・・・・・そう・・・・・彼女の意思は初号機と共にあるわ』

 「・・・・・・・それで・・・・・母さんはもう一度人に戻ることができるんだろうか?」

 レイは悲しげな表情を浮かべる。
 『・・・・・碇君・・・・・・・ユイさんの身体は既に失われ、その意思は既に初号機の一部になってしまっているから・・・・・』

 「・・・・・・・・・やはりそうだったんだ・・・・・・・・」
 シンジは半ばその答えを予期していたようだったが尚も尋ねた。
 「綾波は母さんの意思が分かったの?」

 『・・・・・ええ』

 「・・・・・僕の事、何か言ってた?」

 『碇君の母親であると言うことが、自分に残された人としての唯一の意思だと、そうおっしゃてたわ』

 「・・・・・どういう意味だろ?」

 『碇君への想いは永久に続く、と言う事だと思う・・・・・』

 「・・・・・エヴァのある限り?」

 『ええ、エヴァのある限り・・・・・・・・』


 

 『・・・・・それでね、碇君・・・・・・・・・・』
 レイは僅かに顔を赤らめている。

 「ん、ん!?・・・・・・何?綾波・・・・・」

 『・・・・・・・・ここには貴方の服は無いのかしら?』

 「ええっ!?」
 シンジは下方に視線を移した・・・・・そこには一糸纏わぬ自らの姿があった。

 「わああっー!!」
 プラグ内にシンジの絶叫が響き渡った。

 

*****

 

 ──コントロールルーム

 

 ミサト、加古、マコト、シゲル、そしてマヤの五人はそれぞれ兵達に引き立てられ壁際に列ばせられていた。無論、銃を構えた兵達が油断無く彼等を見張っている。

 「宗谷、もう放してくれ。それからその小銃を貸せ」
 波勝は彼を支えていた宗谷兵曹長の腕を半ば無理矢理に振りほどくと、その肩にあった小銃を手にし、それを杖代わりに歩き出す。足を引きずりつつ加古に近づいた。
 「・・・・・先ほどは済まなかった・・・・・一言礼を言っておく」

 波勝は止血措置を受けた事への礼を述べた。それに対して加古は苦笑を浮かべただけで何も言わなかった。

 波勝は続けた。
 「だが、それでお前達を助けると言う訳にはいかない・・・・・すぐに警務隊本部へ連行することになる・・・・・・・・」

 彼は頭を巡らし五人に順繰りに視線を送った。
 「・・・・・それまでは大人しくしていることだ。たとえ一人でも妙な動きをすれば、直ちに全員射殺する」

 その時だった。反対側の壁にある電話機が鳴った。すぐに近くの兵が応じる。
 「・・・・・はっ、中隊長に代わります・・・・・・・中隊長、警務隊長からであります」

 「なに!?警務隊長からだと」

 波勝は精一杯足を動かし電話機に歩み寄る。
 「波勝であります・・・・・・・・・・はい、こちらに居られます・・・・・えっ!?・・・・・・・・しかし・・・・・・・」
 「・・・・・了解しました・・・・・こちらで到着を待ちます・・・それでは」

 波勝は受話器を置くと振り向く・・・・・視線の先には橋元がいた。ゆっくりと近づきその前に立った。

 「閣下・・・・・・・・・」
 彼は一度言葉を切り、そして続けた。
 「閣下を逮捕するよう、ただ今命令を受けました・・・・・」

 老人はただ小さく頷く。
 「うむ」

 「・・・・・本官にはなぜこのような命令が発せられたか理解できませんが・・・・・しかし職務ですので・・・・・もしも閣下が何らかの武器をお持ちならば提出願います」

 老人は手にした杖を小さく動かして見せる。
 「武器になりそうな物と言えばこの杖ぐらいじゃが・・・・たとえこの老いぼれがこれを振り回したところで君達に敵うわけはあるまい」

 波勝は橋元が剣道の高段位者であることを知っていた。しかしよしんば一、二名が倒されたとしても周囲には銃を持った多くの兵がいる。したがって橋元がそのような振る舞いに及ぶことは無いと信じた。

 「・・・・・分かりました。杖はそのままお持ちください。しかしいまお座りのその場からお立ちになりませんように・・・・・もし少しでも不穏な動きをなされば本官は閣下を撃たねばならなくなります」

 「・・・・・承知した」
 老人は大人しく頷いた。

 

*****

 

 電源が回復していた。
 ここに通じる一つだけのエレベーターが再び動き出し、やがて扉が開いた。

 降り立ったのは戦略兵器研究所の警務隊長の常葉中佐とその部下達ばかりでは無かった。第二新東京から急遽駆けつけた内務省長官の浅間、そしてかって橋元政権の閣僚の一人であった・・・龍田がいた。

 男達は隊列を組んでコントロールルームへと入ってきた。

 波勝は姿勢を直し彼等に向かい敬礼する。

 警務隊長が答礼して言った。
 「大尉、ご苦労。傷は大丈夫か?」

 「はっ、大丈夫であります」

 「よし、貴官は直ちに侵入者達を本部に連行せよ」

 「はっ・・・・・それでは橋元閣下もご一緒に・・・・・」

 「よい!!閣下については我々がこの場にて尋問する」

 警務隊長は波勝に最後まで言わせなかった。

 「・・・・・はっ、了解しました」
 波勝は釈然としないものを感じながらも承諾する。

 「侵入者達を連行せよ」
 兵達に向き直ると、波勝はそう命じた。

 「よし、行くんだ!」
 下士官の一人が必要以上の大声でミサト達に向かい叫んだ。

 ミサトは思わず反目する。
 「そんな大声で言わなくても聞こえるわよ!・・・馬鹿みたい」

 そう言われた下士官もまたいきり立つ。
 「何を!!」

 「まあ良いから・・・・・ここで逆らっても始まらないよ」
 加古はミサトの肩を押して促す。

 「分かってるわよ・・・・・」

 ミサトがそう言って歩き出そうとしたとき、今までずっと下を向き押し黙っていたマヤが言った。
 「先輩の・・・・・赤城博士の遺体はどうするんですか?」

 下士官が部屋の隅に置かれた二つの遺骸を一瞥して応じる。
 「あれらの遺体はいずれ搬出されるだろう。今は搬送手段が無い」

 「イヤです!先輩と一緒でなければ私はここを動きません!!」

 ヒステリックなその叫びにその場の全員が振り向いた。

 下士官もマヤの思わぬ”抵抗”に対して更に激昂した。反射的に持っていた小銃をマヤに向ける。
 「貴様!抵抗する気か!?」

 「マヤちゃん!落ち着くんだ!」
 そう言いながらシゲルは彼女の肩を後ろから抱き留めた。

 「リッちゃんは僕が背負っていこう」
 おもむろに加古はそう言ってリツコの遺体に向かい歩き出そうとした。

 「勝手なまねをするな!」
 下士官は銃口を加古に向け直す。銃口は明らかに震えていた。

 その下士官に波勝が声をかけた。
 「天城二曹、落ち着け・・・・・その男に背負わせてやれ」

 「しかし、中隊長・・・・・」
 天城と呼ばれたその下士官は銃を加古達に向けたまま答える。

 波勝はゆっくりと歩み寄った。天城の耳元で囁く。
 「これでこの男の逃亡の恐れは無くなる・・・・・我々の仕事も減る」

 「・・・・・了解しました」
 天城は頷き、加古に向かって言った。
 「よし、その死体を運ばせてやる。但し男の方も一緒にだ」

 ミサトは反駁する。
 「その男は私達とは関係ないわよ!」

 「僕が運びます・・・・・僕が殺してしまったんですから」
 マコトが言い出す。

 「やめなさいよ、貴方は傷を負ってるのよ」

 「・・・・・大丈夫ですよ」
 マコトはそう言って微笑んだ。ミサトの心遣いが嬉しかったのだ。

 「俺が手伝います。葛城さんはマヤちゃんの事、お願いします」

 シゲルのその提案にミサトも納得する。
 「・・・・・分かったわ」

 結局、加古がリツコの、そして青葉が男の遺体を背負うことになった。
 兵達に銃を向けられたまま、ミサト達五人と二つの遺体はコントロールルームを出ていった。

*****
 

 

 残ったのは橋元、浅間、龍田、そして常葉とその部下数名である。男達は橋元を取り囲むように立っていた。

 

 老人はその場に当然いるべき人物─防衛省長官─の消息を尋ねた。
 「河内君はどうしたのかね?」

 浅間は答える。
 「貴方の”サンチョ=パンサ”には先程、辞表を提出してもらいましてね。無論、総理は即時受理しましたよ・・・・・ついでに言っておきますが、貴方の息のかかった”内調”部員は全員拘束されました」

 「・・・・・・そうか」
 老人はただ頷いた。

 おもむろに龍田は詰問した。
 「橋元さん、あんたは国家を裏切った・・・・・それについてはお認めになるんでしょうな!?」

 老人は答える。
 「そんなつもり無かった、と言っても信じてはもらえぬじゃろうな」

 それに対して浅間は声を上げる。
 「何を今更!貴方が国家の財産を私しようしたのは紛れもない事実だ!」

 だが、老人は少しも怯まない。
 「エヴァンゲリオンを秘密裏にここに隠匿することは、諸君らも了承済みの筈じゃったがな」

 「・・・・・それは総理がエヴァンゲリオンを保有することがN2爆弾などより遙かに有効な抑止力になると言う貴方の言に同調したからで、それに当面実際には使用できる状態にはしないと言うのが暗黙の了解だった・・・・・」
 何かに思い当たったように浅間は言葉を詰まらせる。

 老人の口元に僅かに笑みがこぼれる。
 「私は知っておるのだよ・・・・・君の所の機関が密かにエヴァンゲリオンのパイロットを探しておったのを」

 浅間は抗弁する。
 「・・・・・それは、あくまでも国家有事への備えであって、貴方のように私しようとした訳では無い!!」

 老人はしかし怯まずに畳みかける。
 「諸君らはワシがエヴァンゲリオンを私したと言うが、しかしそれはワシ個人の為では無い・・・・・君達には分からぬ大いなる目的の為だ」

 龍田が尋ねる。
 「何ですかな?その大いなる目的とは」

 「・・・・・それは全世界の人々の心を一つにまとめる事だ。人々が個としての意識を持つ限り人々の間の紛争は絶えん・・・・・それを消し去ることで世界は永久に平和になる」

 龍田は乾いた笑いをたてる。
 「ハハハハ・・・・・。失敬、そのような事が本当に可能だとあんたは信じておられるのですか?もしそうなら、遺憾ながら小生はあんたの精神を疑わざる得ませんな・・・・・」

 「ワシが惚けてしまったと、そう言いたいのかね?」

 龍田は頷く。
 「そうとしか思えませんな」

 老人もまた小さく頷いた。
 「君達にはそうとしか見えぬかもしれぬ。だがワシは信じたのじゃ、エヴァンゲリオンに秘められた大いなる力を」
 「・・・・・考えてみたまえ人類の歴史を。それはあまりにも醜い・・・・・他者への言われなき迫害、そして報復。その繰り返し・・・・・人は個であるが故に曖昧で不確かな同胞意識に縋り付き・・・・・・・自分たちとは違う集団に、不信と軽蔑と憎悪とを以て対するのだ」
 「・・・・・そうしたものを一掃できるとしたら、人類にとってこれ以上の福音はあるまい」

 浅間は冷笑する。
 「橋元さん、私は貴方の事を尊敬していましたよ、歴史上最も冷徹で現実的な政治家の一人としてね・・・・・老いると言うのは、誠に残酷なものですな」

 龍田もまた言った。
 「もう良いでしょう?・・・・・こうなった以上、あんたも自分の身の処し方は心得ておられる筈だ」

 老人が応じる。
 「それはワシに自決しろ、と言うことかな?」

 浅間がそれに答えた。
 「もし正式に貴方を法廷に引き出せば、エヴァンゲリオンの存在を明らかにしなければならなくなる・・・・・そのような事態は何としても避けろと言うのが総理の意向です」

 龍田もとりなすように付け加える。
 「あんたにもこの事が公になればどう言う事態を招くかはお分かりの筈だ・・・・・我が国の国際社会における立場は著しく悪くなるのは火を見る明らかな事ですぞ」
 「・・・・・我々としてはこれが精一杯の温情と思っていただきたい。あんたの葬儀は盛大なものとなるよう小生が手配する・・・・・あんたはセカンドインパクト後の我が国を救った英雄ですからな」

 老人は答えた。
 「ワシは死ぬことなど何とも思ってはいない。まして葬儀などどうでも良い事じゃ・・・・・・・」

 「じゃがワシが死んだ後、諸君らはエヴァンゲリオンをどうするつもりだ?」

 当然の様に浅間が答える。
 「無論、このままここに温存し、整備するつもりです。あくまでも秘密裏に」

 「そして有事の際には、か?」

 「・・・・・そう言うことです」

 次の瞬間、老人は椅子から立ち上がっていた。同時に杖を振り上げた。
 「それだけは許さんぞ、それだけは!!」

 その剣幕に浅間、そして傍らに立つ龍田はたじろぐ。

 その時だった。今まで後ろで三人のやりとりを聞く立場だった常葉が二人を庇うように素早く老人の前に立っていた。
 その手には既にホルスターから引き抜かれた拳銃が握られている。
 「閣下、お鎮まりください!!」

 だが、老人は尚も杖を振り下ろそうとした。
 「姦物ども!!」

 ”パーン”
 
 室内に銃声が響き渡った・・・・・。

 

 橋元の身体はゆっくりと仰け反った。あたかも後ずさるようにしてそのまま元いた椅子に倒れ込む。
 その胸からは多量の血が噴き出し始めていた。

 浅間ら三人は老人に近づく。既にその死が確実なものであることは誰の目にも明らかだった。

 常葉が二人に向かって詫びの言葉を述べる。
 「申し訳ありません。手が、反射的に動いてしまいました・・・・」

 浅間が応じる。
 「いや、よくやってくれた・・・・・へたをすればこちらがやられるところだった」

 龍田も橋元を見やりながら言った。
 「・・・・・この御仁らしいと言えば、この御仁らしい最期だ・・・・・・」

 

 「これで良い・・・・・すべてはワシと共に・・・・・・・」
 三人は老人が最後にそう呟いていたのに気づかなかった。

 

 老人の心拍が停止してから五分後、その体内に埋め込まれた超小型の発信器が短いシグナルを発信した。
 ・・・・・それはエヴァと共にこの大深度施設に密かに貯蔵されていた数十個のN2爆弾を起爆させるシグナルだった。

 

 

*****

 

 ──エヴァ初号機(シンジとレイ)

 

 シンジは落ち着きを取り戻していた。今はレイの脱いでくれた黒いジャケットで腰の辺りを覆っている。

 「ご、ご免・・・・・じ、自分が裸だったのに気づかないなんて・・・・・馬鹿みたいだね」
 シンジは顔を赤らめつつレイに詫びの言葉を述べた。

 『そんなに気にしなぃ・・・・・』
 レイは急に言葉をとぎらせた。下方に視線を移す。

 次の瞬間、唐突にレイが言った。
 『碇君、初号機を起動させて。ATフィルードが必要なの』

 シンジは訝しがる。
 「えっ、何!?・・・どうしてなの?」

 『危険なの・・・・・大爆発で・・・・・このままでは沢山の人が死ぬわ』

 「・・・・・でも、それなら早く逃げた方が・・・」

 『駄目、もう間に合わない・・・・・私も手伝うから・・・・・初号機と私達の力で爆発のエネルギーを押さえ込むのよ』

 「・・・・・分かった、やってみよう」

 シンジは両手で操縦桿を握りしめた。
 「エヴァンゲリオン初号機、起動!」


 

 ”ワウオッー!!”
 雄叫びと共に初号機は起動した。


 

 レイは後方から身を乗り出すとシンジの腕に手を置く。

 シンジはレイの顔を見た。互いに頷き合う。

 「ATフィルード全開!!」
 『ATフィルード全開!!』

 N2爆弾の爆発は初号機のATフィルードの発生とほぼ同時だった。

 

*****

 

 ──大深度施設”最”最深部

 

 「・・・・・やはり、このコンピュータは機能が破壊されているようだな」
 龍田が言った。

 「実に残念です・・・・・あの国から購入する必要があります」
 浅間が応じる。

 「しかし、購入交渉・・・難航しておるのだろう?」

 「はあ、気象予測コンピュータとして有効活用したいと言うこちらの言い分を疑わしく思っているらしく・・・・・譲渡を渋っております」

 「・・・・・要は見返りの金額をつり上げたいのだろう?」

 「・・・・・それだけでも無いようですが・・・・・」

 「いずれにしろ、エヴァンゲリオンを活用する為にはMAGIタイプのコンピュータは何としても必要だと言うからな」

 「はい、やはり新たに製作することも視野に入れておく必要があるかもしれません」

 「どちらにしろまた物入りだな」
 「全くです」
 二人がそう言って苦笑を交わしたときそれは起こった。

 彼等が最期に見たもの、それは白い閃光だった。

 

*****

 

 ──地上

 

 足の遅い輸送用エレベーターに乗せられ、ミサト達はようやく地上まで運ばれていた。ここからは徒歩で別棟の警務隊本部まで歩かされる。

 外へ出ると強い日差しが一行を襲う。ミサトは思わず立ち止まり手で額を覆った。
 「やっぱり、外は暑いわねぇー」

 途端、傍らの警務隊員に小銃で背中を小突かれる。
 「オラ、さっとと歩け!!」

 「分かってるわよ!!」
 ミサトがそう一声毒づいて、再び歩き出そうとした時それは起こった。

 突き上げような激震が一行を襲った。振動はあまりに激しくその場に立っていることは不可能だった。全員が地面に投げ出された。

 

*****

 

 ──エヴァ初号機(シンジとレイ)

 

 一気に解放されたN2爆弾のエネルギーは膨大な熱と光の圧力となってエヴァ初号機を襲った。
 周辺の構造物は瞬時に白熱化し、初号機は支えを失ない爆圧で天井構造物に押しつけられた。
 
 もしもATフィルードの発生が一瞬でも遅れれば、いかに特殊装甲に覆われた初号機と雖も瞬時にして溶解していただろう。
 

 いま、プラグの中でシンジとそしてレイは必死に戦っていた。

 「くううっ・・・駄目だ・・・・・支えきれないよ」

 『・・・・・大丈夫・・・・・この数秒間を支えられれば・・・・・』
 レイはシンジをそう励ましながら、自らも自身の意思を集中させる。

 

 ”ワウオッー!!”
 エヴァは再び咆哮する。
 その胸間から発せられる強力なATフィルードは膨大なエネルギーに抗し、更にそれを凌駕しつつあった。

 

*****

 

 ──地上

 

 地震は急速に収まりつつあった。


 「中隊長!中隊長!」
 宗谷兵曹長は、地面に叩きつけられ昏倒した波勝大尉にしきりに声をかけている。

 他の何人かの警務隊員達は互いに助け合いよろよろと立ち上がろうとしていた。

 しかし、何故か加古達五人は申し合わせたように蹲ったままだった。

 ミサトはそっと顔を上げた。

 視線の先に顔があった。加古だった。その唇が動いた。
 ”チャンスだ”

 ミサトは小さく頷いて見せると素早く視線を走らせる。シゲルもマコトもミサトを見ていた。

 ミサトは目線で指示を送る。

 シゲルとマコトは小さく頷き了解を示した。

 ミサトはそれを確認すると再び加古に視線を戻す。既に身構えているのが分かった。

 ミサトは叫んだ。
 「今よ!!」

 四人は一斉に行動を開始した。
 各々は近くに立っていた警務隊員を襲いその小銃を奪った。
 
 「えぇいー!」
 間髪を入れず、ミサトは近くにいたマヤに覆い被さるようにしていた兵を蹴り飛ばす。

 「マヤちゃん、立って!走るのよ!!」
 ミサトはマヤを抱き起こすと、抱えるようにして走り出す。

 「先輩が・・・・先輩が・・・・・」
 マヤが振り向こうとする。

 「リツコの事は後よ!今はこっちへ!!」

 加古達三人は素早く集合し警務隊員達に銃を向ける。ミサトもマヤと共に合流する

 シゲルが叫んだ。
 「全員、武器を捨てるんだ!!」

 命令を下すべき波勝そして宗谷の対応の遅れが加古達に決定的に有利に働いた。兵達は為す術もなくその指示に従った。

 だが、一人だけは違っていた・・・・・天城二曹は他の隊員の陰に未だ蹲っていた。そっと小銃を構える。

 「後ろへ、君達の隊長さんの方に下がるんだ」

 加古のその指示に、兵達はゆっくりと後ずさる。

 加古、シゲル、マコト、そしてミサトはその動きを見張っていた。

 だが一人マヤだけは違っていた。じっと地面に横たわるリツコを見ていた。
 もしもミサトに腕を掴まれていなければすぐにも走り出しそうな素振りだった。

 マヤはふとリツコの向こう側に”動き”を感じた・・・・・そこには小銃を構えた天城がいた。

 「葛城さん!!」
 マヤは天城を指さす。

 四人はほぼ同時にそちらに視線を向けた。

 視線を受けて天城は焦りを感じた・・・・・慌てて引鉄を引いた。
 ”ダダダダダダダダダダダ・・・・・”

 一連射が五人を襲った。しかしその狙いは大きく外れ、弾丸は五人の頭上を行き過ぎた。

 加古は小銃を構えた。ゆっくりと引鉄を引いた。
 ”ダダッ”

 その短い連射は天城の肩から腕を正確に撃ち抜いていた。
 「わあー!!」
 天城の手から小銃が吹き飛ぶ。彼は呻きながら地面を転げ回った。

 「うおおー!」
 一部始終を見ていた隊員達の中にどよめきが起こった。思わず身を乗り出す者もいた。

 ミサト達は素早く銃を構え直した。
 「死にたくないなら動かないでね!」

 ミサトのその剣幕に兵達は立ちすくんだ。

 「これを頼む」
 加古は自分の小銃をマコトに委ねると、リツコの遺体に近づき抱え上げた。
 「よし、行こう」

 ミサト達はその言に従いその場から離れる。しかし銃を構えたまま後ずさる。

 「青葉君!あれ」

 「はい!」
 ミサトのその指示を受けてシゲルはブーツのかかとからカプセルを取り出す。

 「これでも食らえ!」
 シゲルは警務隊員達に向けて投げつける。カプセルは地面に落ちると同時に催涙ガスを吹き出した。

 五人は走ってその場を逃れた。

 

*****

 

 ──エヴァ初号機(シンジとレイ)

 

 シンジは疲れ切っていた。
 「ハァハァハァ・・・・・どうやら・・・・・助かったみたいだね?」

 レイもまた僅かに息を乱している。
 『えっ、ええ・・・・・だけど危険は去っていないわ・・・・・ここはもうすぐ崩壊して・・・・・しまうと思う』

 レイのその言葉どおり、初号機の立つ床面はすぐに崩壊した。

 「わああー・・・・・!!」
 叫びながら、シンジは必死に初号機を操作しようとした。

 しかし何故か初号機は何の反応も示さなくなっていた。

 基底部分を失った構造物は次々と崩壊し大穴が開いた。初号機はその中に落ち込んでいった。
 数秒後、コンクリートと鋼鉄で構成された瓦礫によって初号機は完全に埋もれていた。

 

*****

 

 ──地上

 

 戦略兵器研究所内の混乱は続いていた。その最大の理由は大深度施設の崩壊だった。
 施設上部の構造物は中央から陥没し火災も発生した。大量の土煙と煤煙が研究所内を覆った。

 その混乱に乗じミサト達は警務隊の追求を逃れた。五人はヘリポートに達し、そこで一機のヘリを奪取することに成功した。
 シゲルがまず乗り込んだ。直ぐに操縦席を占める。彼の操作でローターが回り始めた。

 更にマコトがそしてマヤが乗り込む。加古はリツコの遺体を二人に委ねミサトをも乗り込ませようとする。

 ミサトは加古の腕を掴み、その耳元に口を寄せる。
 「このままシンジ君達を置いてゆく気なの!?私は残るわ!」

 加古が振り向き答える。
 「君もさっきの崩壊を見たろ!?もう地上からシンジ君達のところへ行くのは無理だ!」

 ミサトは怒鳴った。
 「だけど、これじゃあ何のために苦労してきたか分からないじゃない!」

 加古はミサトを抱き寄せる。

 ミサトはわずかに身じろぎする。
 「何よ・・・・・こんな時に・・・・・」
 しかし言葉とは裏腹にまんざらでも無いように目をつぶった。

 だが加古はミサトの耳に口を寄せて言った。
 「状況を見ろよ・・・・・日向君は怪我をしてるし、マヤちゃんのこともある。今は脱出して・・・・・態勢を立て直すべきだ」

 ミサトはあわてて目を開ける。加古を押しのけ顔を赤らめつつ答えた。
 「・・・・・わ、分かったわよ!!」


 

 間もなく五人を乗せたヘリは離陸し戦略兵器研究所の領域を離脱した。

 

*****

 

 ──エヴァ初号機(シンジとレイ)

 

 シンジとレイは非常灯のみが点く仄暗いエントリープラグの中にいた。
 あれから何度も試したが初号機は何の反応も示さないままだった。

 

 シンジは心細そうに振り向きレイに訊ねた。
 「・・・・・初号機が急に動かなくなるなんて・・・・・一体どうしてなんだろう?」

 『多分、初号機はまた眠りに就いたんだと思う・・・・・当面の危険は去ったから』

 「そう、かな?・・・・・だけど、このままここに埋まっている訳にはいかないよ!?エントリープラグの生命維持機能はいつか停止するんだから・・・・・」

 レイは少しの間沈黙し、そして呟いた。
 『・・・・・もしかしたら、ユイさんは私を試そうとしているのかもしれない・・・・・』

 「えっ、何?・・・・・なんて言ったの?」
 シンジはレイの言葉が聞き取れなかった。

 レイはそれに答えず、シンジの顔をじっと見つめる。

 次の瞬間、レイはシンジの胸に飛び込んだ。
 『碇君、私を抱きしめて!』

 「えっ、えっ・・・・・・・こ、これで良い?」
 シンジはレイの突然の行動に戸惑いながらもその背中に手を回す。

 「えっ!?・・・・・・・こ、これで良い?」
 シンジはレイの突然の行為に戸惑いながらもその背中に手を回す。

 レイの薄いアンダーウェアを通し、シンジの裸の胸の温もりが伝わる。

 『碇君・・・・・私のお願いを聞いてくれる?』

 「えっ・・・・・!?」
 シンジはレイの突然の問いに少し慌てた。必要以上の大声になった。
 「も、勿論だよ!!」
 すぐにばつの悪そうな表情になる。
 「・・・・・ゴメン、大声出して・・・・・」

 『それなら私を信じて・・・・・私が”いい”って言うまで目をつぶっていてくれる?』

 「・・・・・う、うん?・・・・・これで良いかな?」
 訝しがりながらも、シンジはレイの言葉に従い目をつぶる。

 『そのまま目をつぶっていて』

 「うん・・・・・」

 

 レイはシンジを抱く腕に力を込める。その指先からは赤い光が発し始めていた。



つづく ver.-1.00 1999_10/22

ご意見・感想・誤字情報などは iihito@gol.com まで。


 【次回予告】

 

 ゲンドウの、リツコの、そして橋元老人の”夢”は潰えた。

 生還したシンジそしてレイに平穏な日々は戻ってくるのか?

 果たして再びシンジ達に危機が訪れる!?

 次回「2YEARS・AFTER(最終話)にご期待下さい。


 ・・・・・と言うわけで遅れに遅れていた「綾波光ワールド」(^_^)の再開です。

 お待ちいただいていた方々には本当に申し訳なく思っております。
 改めて深く深くお詫び申し上げる次第です。

 とは言うモノの、しばらくキーボードに触れていなかったために執筆は遅々として進まず自分自身の指を呪う日々が続いております。
 こんな、”老化”著しい(苦笑)作者に「愛の手」を・・・・・(自爆)。

 






 綾波さんの【2・YEARS・AFTER】第弐拾弐回、公開です。






 クライマックスです〜

 最終回に向かって更に加速してきましたっす〜


 次回、
 もっともっとで盛り上がって、

 最終回、
 一気一気に収斂していくのかな(^^)



 シンジとレイはもちろん、
 ミサトや加持や
 青葉や日向や
 ややや

 みんなどうなって行くんだろう・・



 クライマックスですね☆





 さあ、訪問者の皆さん、
 最終コーナー綾波さんに感想メールを送りましょう!





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