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【2・EARS・FTER】第八回

作・H.AYANAMI


 −碇家屋敷・早朝

 シンジは綾波レイのベッドに眠っている。

 レイはと言えば、シンジの胸に頭を乗せたまま、安らかな寝息を立てている。

 


 

 ・・・昨日の夜、僕は自分のベッドで、今と同じようにベッドの天蓋を見つめていた。

 綾波や僕のベッドは、西洋のお城にあったような、四方に柱のある古風な天蓋付きのものだ。

 碇家に代々伝わる由緒あるものだそうで、セカンドインパクトより前、近畿地方の”アシヤ”という所から、

 ここへ移って来たときに持ってきたのそうだ。

 

 目をつぶっても眠りは訪れなかった。僕の心に浮かぶのは綾波のことばかりだった。

 綾波の温もりを感じたい・・・。

 「不安」が僕にそう思わせずにはおかなかったのだ、と思う。

 

 ・・・いつまにか、僕は綾波の部屋の前に立っていた。

 (綾波の顔を見て話せば・・・安心して、眠ることができる・・少しだけ話をしよう)

 自分にそう言い聞かせ、そっと扉をノックした。ちょっと間をおき、扉が開けられた。

 綾波が顔を出した。

 『・・碇君・・どうかしたの?・・』

 「・・あ、綾波・・・あの・・もう、寝てるかなと、思って・・」

 僕は、訳の分からないことを言ってしまう。

 「不安」で眠れなくて来たとは、言いたくなかった。

 

 『・・入って・・』

 綾波は、扉の陰に体を寄せて、僕を招き入れようとする。

 僕の心に一瞬の躊躇いが生じた。

 夜遅く、綾波の部屋を訪ねることが、ヨシエさんにどう思われるかが気になってしまう。

 二人の関係は既に知られているのだが、やはり何となく気後れしてしまう。

 けれど、綾波の側にいたいと言う気持ちを抑えることは出来なかった。

 僕は、意を決して部屋に入った。

 「それじゃあ・・ちょっとだけ」

 僕が入るのを待って、綾波が扉を閉める。

 

 『・・碇君、そこに座って・・』

 綾波が自分のベッドを指し示した。

 「・・うん」

 僕は、言われるままにベッドの端に腰掛ける。綾波も僕の隣に腰掛けた。


 (何か、話をしなければ、何か話を・・・)

 けれど、話すべきことが何も浮かばなかった。

 いま話したいのは「不安」のことだ。でも綾波にそれを話すことはできないと思った。

 気まずい時間が流れた。ふと綾波の方を見る。

 綾波は、今日も青いパジャマを着ている。少し大きめの男物だ。

 「・・綾波。綾波はいつも、青いパジャマを着ているね・・・」

 何気なく僕は尋ねた。すると、綾波は顔を赤くして下を向いてしまった。

 (何故なんだろう?)

 「・・・どうしたの?綾波」

 僕がそう聞くと、綾波は下を向いたまま、こう呟いた。

 『・・・これは、大切な思い出なの・・・』

 「・・・大切な、思い出?」

 『・・そう、碇君との・・』

 

 (僕との、思い出?)

 僕には思い当たることが無かった。思い当たることなど、何も・・・無い・・・はず。

 
 唐突に、僕の脳裏にあの日のことが蘇る。綾波が、僕を訪ねてきた夜の記憶が・・・。

 「・・綾波、ひょっとしたら、僕があの晩に貸してあげたパジャマのことを・・・」

 綾波が顔を上げた。僕に向かって微笑んでくれる。

 『・・覚えていてくれたのね、碇君も・・』

 「・・う、うん」

 本当はこの瞬間まで忘れていたのだけれど、それを言い出せずに、僕はあいまいに肯く。

 僕は尋ねる。

 「それじゃあ・・綾波はあの晩からずっと、青いパジャマを着ているの?」

 『うん、ここへ来てからはずっと・・・これを、この色のパジャマを着ていると、いつも碇君に抱きしめられているような気持ちになれたから』

 

 次の瞬間、僕は綾波を抱きしめていた。

 「好きだよ、綾波。僕は君を決して離さないよ・・・」

 僕達は、そのままベッドの上に倒れ込んでいった・・・・。

 


 

 結局・・・僕は綾波に”欲望”してしまった。

 僕は決して、したくて、綾波の部屋を訪ねた訳では無かったのだか・・・。

 

 
 ・・・最後の瞬間、僕は、あの事を思い出した。咄嗟に、僕は綾波の身体から離れた。

 「あっ」

 僕は、綾波のお腹の上に”放出”してしまっていた。

 あわててタオルケットを引き寄せて、それを拭った。

 綾波のきれいな身体を汚してしまった・・・そんな悔恨の気持ちで僕の心は一杯だった。

 僕は綾波にあやまった。 

 「・・・ごめん、綾波。君の身体を汚してしまって・・・他の方法は、思いつかなかったんだ」

 そういう僕に、綾波はこう答えた。

 『あやまらないで、碇君・・・これも一つの方法、だと思うわ・・・でも今度からタオルケットは使わないでね。後がたいへんだから』

 「・・ご、ごめん」

 『・・いいのよ・・・・碇君、少し目をつぶっていて・・シャワー浴びてくるから』

 「・・うん、わかったよ」僕は、素直に目をつぶった。

 綾波はタオルケットを丸めているらしい気配がした。代わりの毛布を僕の身体に掛けてくれている。

 目をつぶったまま、僕は言った。

 「ありがとう、綾波」

 『・・うん』

 
 しばらくすると、シャワーの水音が微かに聞こえてきた。

 僕は目を開けた。

 


 

 僕の目に飛び込んできたのは一つの情景だった。綾波のベッドの天蓋にも、僕のと同じように”絵”が描かれていたのだ。

 一見すると、その絵は僕のベッドの天蓋に描かれているものとよく似ていた。

 僕のベッドに描かれているのは、”弥勒来迎図”というものだ。

 数多くの仏達を付き従えた弥勒が、衆生を救うために天上界より降りてくる光景を描いたものだそうだ。

 そのことを僕は、ヨシエさんから聞いて知ったのだ。

 でも、綾波のベッドにも同じような絵が描かれていることは、今までまるで知らなかった。


 僕は、この絵を観察してみた。やはり多くの人々が描かれている。

 中央には、御所車らしきものが描かれ、その中には黒髪の女性がいる。

 (どこかで見たことがある絵だ・・・そう、確か古典読解の教科書に載っていた・・)

 僕は思いだした。この絵は”かぐや姫”が月へ還るところを描いたものであることを。

 かぐや姫の顔は描かれてはいない。長い黒髪の陰に、その横顔を僅かに覗かせているだけだ。

 (きっと、彼女は泣いているのだろう)

 ”竹取物語”にはそのような記述はない。けれど、僕にはそう思えた。

 瞬間、なぜか、かぐや姫の姿が、綾波の姿に重なった。

 (綾波も、いつか僕の手の届かない所に行ってしまう!?)

 僕はベットから飛び起きた。綾波のいるバスルームの方を振り返る。

 丁度、綾波が出てくるところだった。薄いピンク色をしたバスローブを着ている。

 湯上がりの上気した顔が艶めかしかった。普段の僕なら、こういうときはきっと照れて下を向いてしまったところだろう。

 しかし、僕はじっと、綾波を見続けた。

 『・・碇君。どうしたの?』

 綾波の表情が強ばった。何か怖いようなものでも見るように僕を凝視した。

 「・・・えっ」 僕は我に還った。無意識のうちに、僕は綾波を睨みつけていたのだ。

 「ご、ごめん」僕は下を向いてしまった。綾波が僕の方に近づいてきた。

 『・・・怖かった・・碇君の私を見る目は・・』

 「・・・本当にごめん。・・この、天蓋の絵を見ていたら、綾波がかぐや姫のように・・・」

 その先を口にするのが怖くなって、僕は口ごもってしまう。

 綾波が僕の前に立った。僕の方に両手を伸ばすと僕の腰に回して、僕を抱きしめてくれた。

 僕も自然に手を伸ばして綾波の肩を抱いた。僕は綾波の放つ香りに包まれた。

 僕の胸の中で、綾波が言った。

 『・・・大丈夫よ、碇君。私はこうして、碇君の側にいるから・・』

 「・・う、うん」

 僕が言わないことまで、綾波には分かってしまったらしい。

 

 僕達はしばらくの間そのまま抱きしめ合っていたが、やがて綾波が言った。

 「もう、休みましょう」

 「・・うん」

 僕は、綾波に促されて、一緒に綾波のベッドに入った。

 綾波は手を伸ばして灯りを消すと、僕の胸に頭を持たせかけてきた。

 『・・・こうしていても、いい?』

 「・・うん、かまわないよ」

 僕は、綾波の背中に手を伸ばして彼女の身体を引き寄せるようにした。

 (・・結局、綾波と一緒に眠ることになってしまった・・・)

 でも、こうしている限り、確かに綾波は僕の側にいる、そう実感することができた。

 「不安」はどこかに消え去ってしまっていた。

 安らかな気持ちになった僕は、いつしか眠りの世界へ引き込まれていた。

 


 

 僕は目覚めた。そっと首を動かしてサイドテーブルの時計を見る。

 ”03:52”

 起きてしまうにはまだ早い時間だ。

 もう少し眠ろう。そう思って顔を天井に向けて目をつぶった。

 しかし、眠りは訪れてこなかった。

 目をつぶったまま、僕は綾波のことを思った。

 
 綾波の重さが、彼女の実在を確かなものとして僕に伝えている。

 ・・・それなのに、僕の心には言いしれぬ不安のようなものが存在していると、僕は感じている。

 あの「不安」が、僕をそのような気持ちにさせているのだろうか?

 確かに僕は、これから僕達の身に起こるであろう事への漠然たる不安を抱いている。しかし・・・。

 綾波が僕を愛していてくれるのは間違いないことだ、と思う。

 多分、その気持ちの強さは、僕が思っている以上のものだと言う気がする。

 僕の本当の不安は、その・・・綾波に愛されていると言う、僕自身の感覚がもたらしている。

 ・・・僕にそのような資格が、綾波に愛される資格があるのかどうか、と言うことなのだ。

 (いつか、綾波は僕に”飽きて”しまい、どこかへ行ってしまうかもしれない)

 
 僕は、目を開けた。綾波に視線を送る。よく眠っているようだ。

 僕は心の内で言った。

 (僕は、綾波にずっと側にいて欲しい。ずっと・・愛していて欲しい)

 (・・・だから、僕はその資格を手に入れたいと思う。そのために努力したい、いや努力する!)


 僕は、綾波を起こさないように慎重に身体をずらしベッドから起き出すと、綾波の顔を上に向かせる形で彼女の身体を動かし毛布をかけ直してやった。

 (綾波・・・直に戻ってくるからね)

 僕は着替えをするために綾波の部屋を出て自分の部屋に向かった。

 


つづく ver.-1.00 1997- 6/8

ご意見・感想・誤字情報などは iihito@gol.comまで。


【後書き、または言い訳】

 最後までお読みいただいてありがとうございました。今回のお話はいかがだったでしょうか

 なぜ、このような話を書いたかと言いますと、いただいたメールの中に、二人の避妊の問題を心配して下さるものが何通かありまして、作者としても「一応の」解決をしておくべきだと考えたからです。まだ不十分かもしれませんが(笑)とりあえず、これで「解決」したということにさせてください(^^;。

 最近、作者はいわゆる”18禁”と呼ばれる幾つかのEVA小説を見る機会を得ました・・・スゴイです。ああいうものに比べたら、拙作などの”描写”はなんと”お子さま”なことか・・・。EVA小説の世界にも「アダルトチェック」の必要性を強く感じました(笑)。


 それでは次回予告(予定)です・・・。

  一瞬の油断と言うべきか、シンジは何者かに襲われる。

  「敵」の狙いは、レイではなかったのか。

  囚われたシンジは、意外な人物に出会う!?


 綾波さんの【2・YEARS・AFTER】第八回 、公開です。
 

 迫り来る敵、不安から逃れるように身を寄せ会う二人。
 刹那的な時間であり、深い心の繋がりの時間でもありますね。

 今の安らぎは明日の波乱を乗りこえる力を二人に与えたでしょうか。
 

 しかし、二人の避妊方法は危ないですね(^^;
 もう手遅れの可能性も・・・(^^;;;;
 

 訪問者の皆さん、
 シンジとレイの絆をじっくりと描く綾波光さんに感想を送って下さいね。


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