TOP 】 / 【 めぞん 】 / 今回アスカは出番なし / 後編


もうどれほどの年月が流れたのか・・・

どれほどの日々が過ぎ去ったのか・・・

仕えていた国も神も とうに塵芥と化した。

だのに何故わたしは生きている?

共に死にたかった 貴方と共に。

共に還りたかった 貴方と共に。

時間と血が流れるだけの狭間を わたしは足掻く。

わたしは復讐のため生きる 人の皮を纏った悪鬼。

ただそのために 幾百年もの時を生き続けている。

貴方を愛していたことを忘れてしまそうなくらい ひとり 長い時間を・・・



呪われの魔女


巡愛
前編




「召」
「やっほ、レイ! また血を吸わせてくれるの?」
「ええ、好きなだけ飲めばいいわ」
「きゃははっ! レイ、いつもみたくうまくロンギを使ってよ!」
 言われるまでもない、と言うように無言のまま歩み始める、見た目には少女と呼ぶより
ない、しかし絶対的に異質な空気を漂わせた「呪われの魔女」
 その行く手から、常人ならば気死してしまいそうな鬼気が吹き付けてくる。
 けれどそれは、彼女にとってはむしろ慣れ親しんだ空気。
 殺すべき・・・殺して良い「敵」の放つ気配。


ビルの裏、昼だというのに闇のわだかたまった一角があった。
 迷い込む者を待ち受ける蜘蛛の様に、鬼気の源はその中にひそんでいた。
「あなた・・・前にも会ったわ」
 その時の・・・レイに甲羅を押し潰された時のことでも思い出したのか、鬼気が刺々し
さをいや増したようだ。
「マトリエル、だったかしら?」
  ぎゃおおうっ!
 逆しまになった亀の甲羅、その上部からいくつもの、節足動物のような足が生えている。
 甲羅には人そのものの(ただしサイズは除く)目玉がついている。
 だが、口は無い。
 一体どこから声を出しているのだろうか・・・
 などとレイが埒も空かぬことを考えている間にも、マトリエルは6本の足の先についた
爪をビルの壁面に食い込ませ、レイの頭上に回り込もうとしている。
 その巨大な目から涙を流しながら。
 涙の落ちた路面は、しゅうしゅうと音を立てて溶けてゆく。
「レイぃ! なにやってんのさ、とかされちゃうよお!」
「黙って」
と一言ぼそっと呟いて、そのまま待つ。
 やがてレイの真上に回り込んだマトリエルは、その目からそれこそ雨のように溶解液の
涙を降らし始める。
 だが、レイの体が使徒の溶解液に濡れることはなかった。
 まるで何かに弾かれるかのように雨はレイの頭上で進路を変え、アスファルトに凹みを
作る。
 風だ! 高速の空気の流れが使徒の攻撃を弾いているのだ!
「風の結界、使えるようね」
 ボソリと呟くと、レイはロンギヌスの槍をかまえ直した。
 そしてその場で跳躍する、マトリエルの懐に飛び込むように!
   ぎいっ!
 とっさに壁から足を何本か、爪が食い込んでいたコンクリートもろとも引き剥がし、小
賢しい人間を串刺しにしようとするマトリエル。だが・・・
「遅い」
 冷ややかに告げるレイ、地面を蹴った力、それに加えて身に纏った風の結界の力を上乗
せし、ロンギヌスの槍をマトリエルの体に食い込ませた。
 二又に分かれた穂先が、甲羅を割り、肉を刺し貫き、血管を引きちぎり、骨を砕いてゆ
く感触が、腕を伝わりレイを刺激する。
   ぎええええええええ
 その体のどこから出しているのか判らない、悪夢の中にこそ相応しい断末魔が闇を震わ
せた。
   ぎいっぎぃいぃいい!!
 壁にかけた足から力が抜け、一気に落下してゆくマトリエル。
レイは素早く空中で体勢を入れ替え、そのの上に回り込んだ。
 そして落下の衝撃と体重を利用し、さらに槍を食い込ませる。
   ぎいぇえっ!
 今度こそ致命傷になったのか、断末魔がぶつっと途絶える。
 それでもマトリエルはしばらくの間びくびくと痙攣していたが、やがてその異形の生命
活動を停止した。
 同時にその体躯は溶け崩れ、文字通りに雲散霧消してゆく。

 これが、「使徒」の体を形作るマテリアル。
 「負」の霊気。

 人は、その欲望を肥大化させ、それを達成することで文明を築き上げてきたと言ってよ
いだろう。
 曰く、もっと安全に暮らしたい。曰く、もっとたくさん食べたい。曰く、もっと知りた
い、この世界の全てを。
 現実には、人は自分の欲望に任せて生きることは出来ない。
 アメリカ人お得意の自由主義、「人に迷惑をかけない、けれどその範囲内ならば何をす
るのもその個人の天与の権利」には開拓時代の思想・・・「いくらでも土地はある、誰も
いない土地へ行ってしまえば好き勝手やっても他人に迷惑はかからない」・・・が色濃く
残っている。
 けれどこの世界は有限だ。
 それに人は一人で生きて行くことは出来ない。
 たとえ無人島の漂流者であっても欲望のまま生きてゆくことは出来ないだろう。食料の
補給、猛獣などの外敵、嵐や日照りなどの自然現象。そこには常に生業の憂いが漂う。
 人であれ獣であれ、好き勝手に生きることは出来ない。

 抑圧された欲望は、いつか爆発する隙をうかがう。その欲望は、生きるために切り捨て
た想念は「負」の霊気となってあふれ、時に「正」の霊気を削ぎ、時に凝って固まり魔性
と化す。


 レイは懐から小さな瓶を取り出した。
 「負」の霊気は放置すれば再び魔性となるかも知れない。さほどの力を持たぬ、卑小な
物の怪に。
 だが奴の元に集い、奴によって蓄積、精錬されれば、それは意志を、知性を、そして体
をを持つ。
 それが「使徒」だ。
 霧状の「負」の霊気は瓶の中に吸い込まれてゆく。
 意味の無いことをしているな、と自分でも思うことがある。「負」の霊気はこの世界が
ある限り発生し続けるのだから。
 それでも・・・使徒を狩り、精錬された高密度の霊気を封じ・・・奴の勢力を少しでも
削ぐためなら、それが焼け石に水を一滴一滴垂らすに等しい行為だとしても、せずにはお
れないのだ。



「ふいー、おいしかったぁ。
 いつもごくろー様、たいぎである」
「・・・別に貴女のためにしているわけではないわ」
「そーだよねー。だって、ロンギがいっとー好きな人間の血はめったに吸わせてくんない
もんなー。あれ、いつだっけ? 「ばぶる」のころだっけ? タブリスに味方してた人間
を斬ったのは」
 今思えば、あれは完全に失敗だった。人の消費を、欲望を煽っていたのは一部の政治家
や企業だけではなかった。この国の社会そのものだったのだ。
 結局、レイだけが連続殺人犯としてこの国の警察を敵に回し、国外へ逃れざるを得なか
った。その間にタブリスはこの極東の島国でどんどんと力を蓄えて行ったのだ。
「あれから人の血吸ってないからなあ・・・また吸いたいなあ・・・」
「町に戻るわ。封印するわよ」
 小さな精霊の煩悩を無視して一方的に宣告する。さすがのレイも、人前でロンギヌスの
槍と精霊を実体化させておく気は無いらしい。
「うん。おっやすみぃ」
「封」
 レイの唱えた呪文に従い、槍とその精霊は血の色の霧と化し、レイの左手の掌に刻みつ
けられた、やはり朱い紋章の中に消えた。


 それを見届けてから表通りに足を向ける。
 この小さくもなく大きくもない町の住民は皆レイのことを知っている。「教授」の契約
した悪魔だとか、式鬼だとか、反魂の秘術で作った人造人間だとか、ろくなものではない
が、一つ共通する点があった。
 「疫病神」と言うことだ。
 だから関わり合いになろうとする者はいないが、それでも中には奇異の視線を向ける者、
嫌悪や恐怖の視線を向ける者もいる。
 もとよりレイがそんなものを気にするわけもなく、まっすぐに住宅地の一隅にある一件
の屋敷へと向かう。


 慣れ親しんだ古い扉に手をかける。
    ちりん、ちりん。
 扉の内側に取り付けられた鈴の風雅な音が、家人に客の訪れを告げる。
 冬月の家は大正時代に、当時の「モダン」とやらで建てられた洋館だ。現代の使い捨て
文明では考えられないほど頑丈な建築は空襲にも地震にも耐え、今なおその役目を果たし
続けている。
 尤も、たといガタが来ていようとも冬月はこの家を建て直そうとするまい。亡き妻の、
息子達の思い出の詰まった宝箱のような家だから。
「はーい・・・」
 冬月の子孫の一人で、年のせいか病気がちになった彼の身の回りの世話をしているマヤ
が来客を出迎える。服や髪に埃が付いている所を見ると掃除中だったのだろう。
「あらレイ、お帰りなさい」
 ここはレイの家ではない。
 それでも彼等は言うのだ、「お帰りなさい」と。
「教授は起きているかしら?」
「ええ、起きてることは起きてるけど、今、お客さんが来てるのよ」
「そう、では待つわ」
「・・・長くかかるわよ?」
「かまわない、わたしには時間はいくらでもあるもの」
 あっさりと言うレイ。しかしいつもとは違い、その後に質問が出た。
「あの株を売りに来た「ばあさん」なの?」
(レイが人のことを気にするなんて・・・まあ、あれだけ待たされればいい加減印象に残
るわよね・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・・そう
いえばあれ以来来ないけれど、まさか・・・)
 マヤは一瞬頭をよぎった怖い想像を振り払った。
「あのセールスじゃなくって・・・神父さんなのよ。枇杷公園の隣の教会の」
「なるほど。イカサマ占い師に説教をしに来た神の使徒、と言う訳ね」
(やはり排除するべきだろうか・・・)
「そんなまっとうな聖職者じゃないわよ、あれは・・・」
 なぜだかマヤは疲れているようだ。
「すっっっっっっっっっっっごく変な人なのよ!」
「変?」
「そう! 三日前にこの町に来たらしいんだけど「君が「教授」のお孫さんかい? こん
な美人だとは知らなかった。今度デートしてくれないかな?」って言うの。でもその人、
どう見てもおじさんなのよ。若い子相手に媚び売って、フケツだわ!」
 ぷんすかと怒っているマヤだが、「フケツ」と言う言葉から連想したのか
「そう言えば、例の刑事さんから電話があったわ。「都合のいい時に電話しろ」ですって」
と、あまり好意的でない口調でメッセージを伝える。
「そう」
「・・・・・・」
「何?」
「・・・忘れられないのね、昔のこと・・・」
「・・・・・・」
「レイの頭の中は、復讐すること・・・タブリスのことで一杯なのね・・・」
「わたしには、他に何もないもの」
 なんの感情も交えずにレイは言い切り、それきり無言のまま、玄関に置いてある本来は
鉢植えのための台に腰かけた。



 そう。
 わたしには復讐するよりほかに何も残ってはいない。
 わたしの心はあの時・・・あの人のからだがわたしの目の前ではぜた時に、一緒に死ん
でしまった・・・


 あのころ・・・わたしがこんなからだになってしまう前・・・
 昔、まだナザレの大工の倅の弟子達がが古き神々を汚し、貶め、卑しめてしまうよりも前・・・
 あのころ、人の生活の中心は信仰だった。
 一日の日程が祈りや儀式で埋まっている者もいた。
 わたし達もそうだった。
 わたしはいとたかき「アリアンロード」に仕える巫女達の一人、そしてあの人はその師だった。
 あの人・・・エルラッハ様は、わたしを育ててくれた父であり、呪術を教えてくれた師であり、同じ道を進む兄であり、そして・・・・
 わたしは・・・わたしはあの人を愛していた。
 けれどあの人はもういない。
 魂さえも残さず、消えてしまった・・・
 わたしの目の前で・・・
 全身の毛穴から血を流し、真っ赤に染まったあの人のからだが・・・いや、皮膚だけがずたずたに裂け、飛び散って、その後に・・・
 あの人のからだを、薄皮一枚だけ残して食い尽くし、魂まで奪ったタブリスが嘲笑を浮かべながら立っていた・・・


 一体いつからタブリスはあの人にとり憑いていたのか・・・
 ただ、あの人が宣教師達の布教〜〜〜それはアリアンロード様を女悪魔と貶め、それが不可能だとわかると、聖人として彼らの宗教の中に押し込めようとすることだった〜〜〜に心を痛め、何とかして追い払おうとしていたこと、彼らの中で異端とされるグノーシス主義の一派の奥義書、「聖蛇霊への祈祷の書」を手に入れ、その呪を密かに行っていたことだけが日記に記されていた。


 本性をさらけ出したタブリスはわたしを犯し、呪いをかけた。
 不老の呪いを。
 わたしの、あの人と同じ銀色の髪は色素を失い老婆のごとき白髪となり、緑色の瞳は血の色に染まった。
「憎ければ追って来たまえ、僕を殺すために」
 タブリスはその行為をゲームだと言い切り、あまつさえわたしに彼らを殺しうる武具、ロンギヌスの槍(あとで知ったが、本物のロンギヌスの槍は大工の倅を処刑した際、彼が死んでいるのを確認するのに使われた槍だという。御使いを殺す槍という諧謔だろうか?)を与えさえした。


 それから、もうどれだけの年月が過ぎ去ったのか・・・
 わたしはタブリスを追い続け、タブリスはまるでわたしをからかうかのように(実際そうなのだろう)気まぐれに姿を現し、死ぬ寸前まで痛めつけては去ってゆく・・・
 世界の果てから果てまで振り回され、コロンブスとか言う山師よりも先にアメリカ大陸に渡り、シルクロードを何度も往復し、伝染病にかかったり戦争に巻き込まれたりすることなど両手の指を使っても足りないだろう。


 初めてこの国に来たのはまだ江戸に将軍がいたころだったが、富士のそばに世界中でも最大級の「黄泉穴」があったためか、タブリスは箱根の近くに拠点を作り、わたしもこの町に居着いた。


 けれど、タブリスの勢力はどんどん強くなる・・・
 一体いつまでわたしは一人彷徨い続けなければならないのだろう・・・




「どうかしたのかい?」
「!?」
 レイは不意にかけられた声に、はっと目を開ける。
 どうやら少しばかり眠ってしまっていたようだ。このところの連戦で、さすがに疲れて
いたのだろう。
「すまなかったね、俺が長居をしたせいで待ちくたびれてしまったんだろ?」
「ええ、随分待ったわ」
 あるがままの事実を客観的かつ淡々と告げるレイ。
「・・・ひょっとして、いやひょっとしなくても、レイと言うのは君かい?」
 確かに、マヤが言ったように変な男だった。
 まず第一に少しも神父らしくない。一応神父らしい服装はしているが、似合っていない。
その言動を聞くまでもなく、出会った者の脳裏に「偽物」とか「破戒僧」とか言う言葉を
浮かばせてしまうだろう。まず無精ひげをどうにかすべきだった。
 第二に、へらへらと軽薄な印象を漂わせているが・・・その実、レイの目から見ても隙
がない、計算され尽くした軽薄の仮面をかぶっているのか?
「なぜ、そう思うの?」
「君は教授と同じくらい有名人だからね。信者さん達から噂を聞いていたし、ついさっき
まで教授から君のことを聞いていたんだ。
 あ、失敬失敬、名乗るのが遅れてしまった。
 俺は加持リョウジ。三日前からこの町に赴任してきたカソリック系教会の神父だ。まだ
修行中の身だけど、よろしく」
「そう。・・・何の用なの?」
 珍しくも、レイの方から他人に対して疑問を投げかけた。
 レイにとって、冬月は長年にわたり助けられている、そしてこれからも使徒を倒すのに
必要な人間であった。その周囲を神父などにうろつかれるのは好ましい事態ではない。
「あやしげな魔術の研究など止めろとでも?」
「とんでもない、民族学は立派な学問さ。
 それに本物の賢者(マグス)なんて、ウソをつかない政治家ぐらいに貴重な存在だろ?」
「そうね・・・」
 教会よりも体育職員室や居酒屋の方が似合いそうな男ではある。
「おっと、もうこんな時間か、そろそろ帰らなきゃ」
「・・・・・・」
「ふつう、ここで「どうして」って聞かないかい?」
「・・・・・・」
「無口な子だな・・・一人で喋らせてもらうよ
 実は、前の赴任先で小公女も裸足で逃げ出す可哀想な身の上の少年を引き取ったんだ。
シンジ君というんだがね。
 で、彼と俺で交代で家事をしているんだけど、今日は俺の番でね」
「マヤにコナをかけたり、薄幸の美少年を拾ったり・・・なかなか愉快な聖職者ね」
「やあ、照れるなあ、そんなにほめられちゃ。
 今度、教会に遊びに来るといい。彼の一八番のスフレを御馳走するよ。それに今なら懺
悔も無料で窺うから」
 普通、どの教会でも懺悔は無料であろう。
 もちろん信者からの感謝の寄付は常に受け付けていることだろうが。
「では失礼するよ。君に神のご加護がありますよう・・・」
 もっともらしく十字など切って見せ、加持は会釈を残して扉の向こうに姿を消した。
 後に残されたレイは独白するように呟いた。
「神様なんて、いないわ」
 それきり奇妙な神父への興味を失ったレイは冬月の寝室〜〜〜この10年、なかば以上
書斎と化している〜〜〜に向かった。




「教授」
「ああ、そろそろ来ると思っていたよ。お入り」
 扉を一枚隔てると、そこは畳張りの和室だった。
 この家は町の様相がどう変わろうとも、頑固に大正時代そのままの姿形を保ち続けてい
る。
 この家に来る度、レイの時代感覚は少々混乱してしまう。
 これで冬月が若いままなら、混乱の度合いはもっと強まっただろう・・・
「やあ、お早う」
「起き抜けなの?」
「うん、あの男が来たと言って起こされてね」
「病人が無理をすることはないわ」
「別に病気というわけではないさ。150年も生きていれば、さすがに年だと実感する」


 レイと冬月の腐れ縁はもう100年にわたっていた。ご覧になった通り、この記録は今
なお更新中である。
 そう、この好々爺然とした男は常人ではない。
 冬月は「翁(おう)」だ。
 「翁」とは現世(うつしよ)と幽界(かくりょ)の特異点、「黄泉穴」の番人。
 「翁」と言っても男だけでなく、女が就く場合もあり、また魔術や呪法、蟲業(まじわ
ざ)の技能とは関係がないらしい。「翁」は先代の「翁」が死んだ瞬間に富士山に近い黄
泉穴のあるこの町の住民から選ばれ、新たな「翁」は襲名の瞬間に己に課せられた使命を
知る。
 だが若き日の冬月が翁になった時、明治時代という時代背景もあってか、この力に「使
われる」のではなく「使おう」としたのだ。
 大学で民族学を学ぶインテリゲンチャであったことも幸いし、黄泉穴から呼び出した低
級な魔物を使役し、魔術の知識を得・・・・・・ついには本物の賢者になってしまった。
 レイと出会ったのころ、冬月は不死に憧れていた。
 分身を作り、自分の本体はこの町に置いたまま大学で研究と講義を行うことは出来た。
だが分身は所詮分身であり、本体が死してしまえばもろともに滅びるだけの存在だった。
 だからレイが、黄泉穴から漏れる「負」の霊気を求めて集まっていた使徒達を追ってこ
の町に来た時、彼は驚喜乱舞した。紛れもない、不老不死の生きたサンプル!
 冬月は、レイが使徒を狩るのを手伝う見返りにレイも冬月の研究に「協力」することを
要求した。
 タブリスを追うことしか頭に無いレイがそれを拒否するわけもなかった。
 その結果、今の状況があるというわけだ。


「だいぶ「狩って」来たようだな」
「ええ、5匹ほどになるわ」
 その答に、冬月はわずかに顔をしかめる。
「ずいぶん増えたものだな、あの頃は一月にそれだけ狩れれば多い方だったが・・・・」
「別に不思議なことではないわ。人々の欲望は年ごとに肥大化しているもの。それに世の
流転も早くなっている。ここで寝ている内に、世の中の動きからずいぶん取り残されてし
まったようね」
「相変わらず、その気も無しにきついことを言う奴だな・・・・・・。瓶を寄越せ、洗っ
てやる」
 無言のまま差し出された瓶を受け取ると、冬月は軽く息を整えてそれを睨み付ける。
 それだけだ。別に印も切らないし呪文も唱えない、それだけで瓶に封じられていた「負」
の霊気はこの部屋の、精神的な意味で「真下」にある「黄泉穴」に吸い込まれていった。
 「翁」には特別な力がいらないのは、番人の力が魔術や呪法による力ではなく、襲名の
瞬間に与えられる特殊能力だからなのだ。
「これでいい、しかしそういうことであれば瓶の予備を作っておこうか?」
 こちらの作業は純然たる魔術である。もし冬月が死ねば、次の「翁」は霊気の封印は出
来ても、瓶を作ることは出来ない。そう言う意味でも予備があるに越したことはないのだ
が・・・・
「いえ・・・必要ないわ。ここに来る回数が増えるだけのこと」
 我知らず、冬月は苦笑していた。
 まだ、人間性の欠片まで失ってしまったというわけじゃないらしいな・・・・・・。一
人では寂しくなることもあると見える。
「なあレイ、輪廻という物を信じる気にはなれないか?」
「・・・その考え方は知っているわ。でも、わたしは前世の記憶など持ってはいない。あ
の人が生まれ変わったとしても、それは別人・・・・・・
 希望なんていらない・・・・・なまじっかそんな物を持っていると、気が狂いそうにな
る・・・・」
 古風な屋敷の古風な和室に相応しい柱時計が鳴った。
 それを聞いてレイが立ち上がる。
「そろそろ行くわ・・・・」
「昼ぐらい喰って行け、マヤもそのつもりだろう」
「・・・使徒の情報が入ったらしいの」
「そうか・・・」
 止めるだけ無駄と悟ったか、冬月はあっさりと諦めた。
「ま、気をつけてな」


An ill−fated witch


Reencounter




「お化けビル?」
「そうだ」
 むっつりと言う髭面の男。刑事としてはいささか目立ちすぎる特徴ではないだろうか?
「その人間とは思えない赤い目の女がいた通りのそばの廃工場、通称「お化けビル」で殺
されたと思われる死体が見つかっている。
 あの工場は、解体のための予算が下りるまで閉鎖されているんだが、子供達が秘密基地
ごっこや肝試しをするのにも、若い奴らが悪さをするのにも最適の場所でな。そういった
連中が、いつまでたっても帰ってこない。家族もあちこち探しに行ったそうだが・・・・
・・工場の南を流れてる川の橋桁に引っかかってるのが見つかった。
 酷いモノだ。前の事件以上に悪質な事件などあるまいと思っていたが・・・あんな、年
端も行かない子供に・・・・!」
 どういうことをされていたのか、そんなことを知りたがるほどレイは下世話ではなかっ
た。
 今回に限って六分儀警部補がいつもの「報酬」を要求しないことと関連づけて考えるほ
ど、人の情緒に気を回すたちでもない。
「・・・で、一緒にいた子供達の証言から、その廃工場を立入禁止にし、立ち入り捜査に
踏み切ることになった」
「いつから?」
「可能な限り早く、だ。「子供の証言では令状が出せん」と上がごねている」
 レイは立ち上がった。
「行くのか」
「ええ」
「シャワーぐらい浴びていけ、休憩代がもったいない」
 と、えらくせこいことを言う。
「どうせ、すぐ汚れるわ」
 こちらはこちらで身も蓋もない。
「まずいようなら連絡しろ。上には悪いが、捜索を強行する」
「そのつもりはないわ」
 六分儀は黙って肩をすくめた。レイが一人で片を付けてくれるならそれに越したことは
ない。この町でよく起こる〜〜〜これほど凶悪なのは珍しいが〜〜〜怪事件は警察ではな
く「教授」とその相棒〜〜〜と周囲には思われている〜〜〜の担当だった。
 それにしてもこの娘・・・・・・もうかなり長いつきあいになるが・・・・・・年を取
らないのか? 昔を知る住人の噂では、明治時代から「教授」と共にいたと言うが・・・


「一つ、聞いていい?」
「なんだ?」
「前の事件って?」
「・・・・・おまえがこの町を離れていた、十五年前のことだ。碇という母子家庭の母親
が何者かに喰い殺された。
 ・・・・私の、友人だった」
「そう」
 それだけ聞くと、レイは興味を失った。使徒がらみの事件のようだが、いくら何でも十
年前ではタブリスを追う手掛かりにはならない。




 「お化けビル」・・・正確には「お化け工場」と言うべきだろうが、それではお化けを
生産する工場のように聞こえるためか誰もそうは言わない・・・まで、今までいたラブホ
テルからは歩いて7分ほどの距離だった。
「ここね・・・」
 立入禁止、と書いた札をつるしたロープが、おそらくは警察の手によって張られていた。
 周囲に人がいないのを確認し、それをくぐって工場の敷地に入り込む。
 それにしてもどういう警備体制を取っているのか・・・・
「やあ、レイちゃんじゃないか」
「え?」
 振り向くと、そこには加持神父がいた。
「・・・・・」
「君も近道かい? いやあ、教会の暖炉が実際に使えるらしくってね。銭湯のご主人に薪
を分けて貰ったんだ」
「ここで、何を?」
「え? いや、だから近道さ。商店街からここを通れば教会に十分ちょいでいけるからね」
「立入禁止・・・・」
「みんな結構通ってるみたいだけど?」
 どういう警備体制なのだ、本当に・・・・
「君はここで何を・・・って、あ。そうかそうか。いやこれはとんだお邪魔虫をしてしまっ
た」
 どうやら待ち合わせでもしているものと思ったらしい。一人で納得している。
「いや失敬失敬。それじゃ、頑張ってくれ」
 そう言ってこちらの返答も聞かず、手を振って立ち去ってゆく。
「・・・・確かに、邪魔ね」
 呟くとレイは、改めて人目がないかどうか念を入れて確認し直し、呪文を唱える。




「アスカ」
「呼んだ?」
「どうも、面白いものが見られそうだよ・・・」





「召」
 呪文に応じ、レイの左手に刻まれた紋章から赤い霧がふき出し、二又の槍とその守護精
霊が姿を現す。
「んしょっ! はあいレイぃ。
 ・・・・・なに、ここ、すっごいね」
「そう、わかるのね」
「うん、すっごい「負」のにおいだよ。それに血のにおいも」
「そう」
「くすくすっ・・・・
 きょうはらっきーだな、また血が吸えちゃうんだもん・・・・・
 ねえレイ、はやくいこうよ、はやくはやくぅ!」
「わかってるわ」
 ロンギヌスの槍に宿った精霊は、自分の固有の姿を持たない。それゆえ当面の所有者で
あるレイの姿を真似ているのだが・・・幼児のごとき体型と言い、脳天気な言動と言い、
レイとは完全に別人である。
 いや、わたしも幼い頃にはこんなふうに無邪気に、あの人と戯れていただろうか?
 ・・・・わからない、忘れてしまった。
 ただ一つ確かなこと、それはここに使徒がいること、滅すべき仇敵の眷属が!




後編
ver.-1.00 1998+06/10公開
感想随時受付中t2phage@freemail.catnip.ne.jp



 えーと・・・・・すいません、アスカの出番がほとんどありません。
 彼女の出番は第二話になってからですが・・・・今のところ、書く予定はありません。
 連載の方を優先したいので、もし書くとしても当分先のことになると思います。
 続きが読みたい人は、催促のメールを下さい(こればっか)
 それからもう一つ。
 十八歳以上の方の中にはお気づきの方もいらっしゃるでしょう、これは「Ambiva
lenz」というアリスソフトのパソコンゲームのパロディーになっています。
 このゲーム、多少修正したところでセガサターンの「18歳以上推奨」でも出せないよ
うな代物ですが、ストーリーはいいので・・・・
 とてもいいので、えっちなのと血なまぐさいのが平気で、暗くて重い一途な愛の物語が
好みな人、遊んでみて下さい。
 とりあえず、アダルトなシーンは何とか回避しつつパロディー化していますので・・・
(それでスプラッターなシーンが増えてしまった・・・・名も無き年端も行かぬ少女と、
後編で殺される犠牲者に合掌。あと加害者の使徒にも)どうか、お付き合い下さい


 アダルトは成人向けなのにスプラッターとホラーは一般向けな日本の社会に疑問を感じ
つつ、それを利用する自分にもっと疑問を感じつつ
                         03;プリーチャー


追記
 アヤナミストの皆さん、お願いだから後編は読まないで下さい。それとカヲル君のファンの方も。






 03;プリーチャーさんの『呪われの魔女』1前編、公開です。




 矢継ぎ早の新連載ですね。


 これの元ネタは・・・

 名前は聞いたことがあるような気もするけど、
 中身は全然知らないな。。



 知らなくてもどうにかなる話だと助かるな(^^;


 知らないとどうにもならないと言うのはそれはそれで、、ねえ、ですけど(爆)



 さあ、訪問者の皆さん。
 感想メールを03;プリーチャーへ!!



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