マコトは、背後で黙々と事務処理をしていたシゲルに声を掛けた。 シゲルが後ろを向くと、嬉々として端末に向かっているマコトの姿が眼に入る。 その姿にシゲルは心の中で呆れながら、椅子を立ちマコトの背後に近づいていく。
「なんだよ、マコト。」
シゲルはマコトに自分を立たせた訳を聞きながら、マコトの座っている椅子の背もたれに手を置きながらマコトの端末の画面を見た。
「ほうー。」
「だろ。」
シゲルが賞賛の声を出し、それを自分の手柄でもないのに勝ち誇った表情をするマコトが居る。
「オホン!! 何をしているのかね?」
聴きなれた上司の声が2人の背後から掛る。
「「はい!!」」
二人の背筋が同時にまっすぐに伸び上がる。
「今から作戦室に・・・。」
「俺は分析室に・・・。」
マコトとシゲルは笑いながら場を誤魔化して、発令所から出ていった。
「まったく・・・。」
冬月は苦笑いをこぼしながら、マコトの端末の画面を見る。 そこには、端正な顔立ちをした若い女性が映し出されたいた。 目立つのはロングにした髪を赤く染めているところか。
まあ、中学、高校、と可愛い女の子の転校生が話題となると一緒で、 いつまでも男の精神レベルは成長しないのかもしれない。
第一部 第十話
日常の証
赤木リツコの後任に2人の女性を付けることにした。 その一人を迎えに伊勢は第二新成田空港にいて、 お供にマヤを連れてきている。
「ところでマヤちゃん、この前の宿題できた?」
「え〜! ちょっと、難しいですよわたしには。」
ゲートの前で、二人が話しが弾む。端から見ていると、何処かの助教授と大学院生が話しているように見えた。まあ、NERVの制服を着ていなければだが。
「なんで、わからへんねん。しょうがないな、ヒント上げよ。」
「えっ、ほんとですか!」
「けど、カノンのケーキ10個から9個に格下げや!」
それを聞き、マヤは思い悩む。 右の人差し指を口元に持っていきながら首を傾ける。まるで、好きなお菓子を目の前にしてどちらを選ぶか悩む子供のようだ。
「う〜ん。解りました、教えてください!」
『ケーキが一つ減るくらいでこんなに悩まなくても』と、伊勢は心の中で苦笑した。 乙女にとっては、重要なのかもしれない。
「んじゃ、約2000あるポートのうち、何処かの壁が薄いんや。」
「そんなの、わかっていますよ〜。」
「フフン。だったら、何処のポート叩くかわかるんか?」
「2000もあるんですよ。どこかわかりませんよ。それにあんまり叩きすぎちゃうと、追い返されちゃいますしぃ。」
「それは、叩く回数と叩き方の問題やな。アルゴリズムが悪いちゃうけ?」
「どんな、アルゴリズム使えば良いんですか?」
そこで、ゲートの中から人がぞろぞろと出てくる。 それを見た伊勢が話しを中断した。
「マヤちゃん。また、あとでや。」
そう言って、ゲート出口に向かう。 その後を、マヤが付いていく。
「おーい、エミ!」
伊勢は、黒髪のワンレングスが印象的な女性に声をかける。花柄のブラウスに、クリーム色のベスト、少しくすんだ白色のパンツという活動的なスタイルをしている。右手には、大きなトラべルケースを引きずり、左手を振りながら近づいてくる。
女性は、伊勢の前に立つ。日本的な美人の顔が目の前に広がる。
「お久しぶりね。カズ。」
「フフン。 そうだな、ドイツで弐号機開発が終了して以来やかな。」
「そうね。それで、こちらの方は?」
「君の助手になる、伊吹マヤ二尉や。」
「あなたが。わたし、エミ・レキシントン。よろしく。」
エミは、ヒマワリのような笑顔をマヤに向けた。それは、少し葛城ミサトを思い起こさせた。
「あっ、よろしくお願いします。」
マヤは、ペコリと頭を下げた。
「フフ。 かわいい子ね。 カズはもう手を出したの?」
「えっ・・・・。」
マヤが、呆気に取られる。
「よしてや。冗談は。」
伊勢が慌てて否定する。
「フフフ。冗談よ。ジョ・ウ・ダ・ン。じゃ、いきましょ。」
促され、伊勢は駅のある方向へ歩いていった。
「はじめまして。鳥海レイコといいます。」
「ようこそ。NERVへ。」
冬月は歓迎の意を示しながら、レイコを迎える事になった経緯を思い出し始めた。 いくらマヤが赤木リツコの愛弟子とは言え、E計画の全てを委ねるには不安が有った。 冬月からしてみれば、知識と経験ともにまだ不足しており、能力もコンピュータを 扱うことの方が長けているように見える。 そこで、弐号機の開発で指揮を執っていたエミ・レキシントンを呼び、 さらに駄目で元々で自分の母校の研究室のつてで形而上生物学の気鋭の若手を紹介してもらうことにしたのである。そこで紹介されたのがレイコであった。 冬月は赤く染められた髪に眼を遣りながら一つの疑問を浮かべていた。
『ナオコ君、リツコ君と言い・・・。やはり、同じ道を歩む者は同じ様に染まっているのか?』、と。
NERV 第一会議室
ここで、初めて本部幹部の揃い踏みが行われた。
主な陣容は以下の通りである。
総司令 冬月コウゾウ
副司令 ミカエル・ラングレー
作戦部部長 伊勢カズアキ
同副官 日向マコト
同情報主任 青葉シゲル
技術部部長 エミ・レキシントン
同顧問 ハンナ・ラングレー
第一課(E計画)課長 エミ・レキシントン
同補佐 鳥海レイコ
第二課(MAGI管理)課長 伊勢カズアキ
同補佐 伊吹マヤ
諜報部および保安部部長 ミカエル・ラングレー
以上の通りである。
この際、碇シンジ、惣流アスカ・ラングレー、渚カヲルの三名の扱いで
こんなやり取りがあった。
ミカエルがアスカの引き取りを要求したのである。
「わたしは、アスカの親権者だよ。親として子供の治療に当たる義務がある。」
「碇シンジ、惣流アスカの治療責任者はわたしと伊吹二尉です。治療責任者としては、
まだ惣流アスカを、病院から出す事はできません。それよりも、渚カヲルの所在をハッキリしてもらいたい。」
「あれの保護者もわたしですよ。それに、今唯一まともなパイロットだよ。保安部が責任を持って保護しているよ。それよりも、アスカの治療だよ。わたしは自宅療養で両親の愛情と接するのが一番だと思いますよ。」
『なにが、両親の愛情よ。アスカを今までほったらかしにしておいて。』
とマヤは毒づくが、顔におくびも出さずに
「今のアスカ君に必要なのは、独り立ちする事です。両親への甘えは、かえって回復の妨げになります。」
と強弁した。リツコという緩衝が無くなって一ヶ月半近くなる。マヤも腹の探り合いに染まらざるおえなくなって来たのかもしれない。
実のところ、反対で他人の愛情を知る事が必要なのだが、相手が知識の無いのを逆手に取る。が、マヤの考えは甘かった。ハンナが、援護射撃をした。
「そのような事はありませんわ。報告書を読ませてもらいましたが、アスカは人間不信です。そのような、愛情が注げるのは両親しか居ませんわ。」
『血が繋がっていたら、そうだろうな。』
冬月は、心の中でそう考えている。また、他のメンバーは少しこの異様な雰囲気に飲まれかけている。
伊勢は、あのミカエルと対面したときのアスカの様子から、アスカはまだ両親を受け入れることが出来ない。そう、考えていた。
「その事なら、碇シンジへの接し方を通じて治療を行っています。」
伊勢は、少し部下の援護をした。
「あの子がですか。まだ、15の子供ですよ。人の愛し方も知らない子供が。」
ハンナは言い放つ。
「その点は、私と伊勢一佐のほうでフォローを行っています。」
「Miss 伊吹はともかく、伊勢一佐はそのような資格があるのかね?」
突如、ミカエルは爆弾を放った。 伊勢の眉が釣り上がる。
「それは、どう言う事ですか? 治療方法の批判なら、ともかく私自身の中傷なら
許しませんよ。」
「私は知っているよ。君がそのような資格が無いのを。」
「どういう事です。」
「2005年1月10日 カンボジア国連駐留軍。特殊部隊。伊勢一尉に発令。
カサンプン村の村民103人を抹殺せよ。」
「貴様、なぜその命令を。」
伊勢は凄んだ。周りが威圧される。生死を潜り抜けてきた兵士の威圧感は圧倒的だ。 それを、平然と受け止めミカエルはいう。
「確か村民103人、部隊を引き連れて老人から何もできない赤ん坊まで秘密裏に殺してこい。確かそんな命令だったな。」
マヤとレイコは、伊勢に恐怖を感じた。普段の伊勢からは想像が附かない。 さらに、ミカエルは続ける。
「どうだった。赤ん坊の切り裂く感覚は?」
ミカエルは悪意を込めた。 伊勢は、肩を震わしこぶしを握る。エミはそんな伊勢を悲しそうな瞳で見た。
「なぜ、知っているか教えてやろうか。私は、あの時駐留軍の参謀本部に居た。 あの村は、鬱陶しい地点にあってほとほと困り果てていたんだよ。しかもゲリラの隠れ蓑になっている。いや、なっていなかったかもしれない。つまり、前線で良くある情報の錯綜さ。ある参謀が発案したんだ。どうせ、命を捨てた傭兵だ。十人ぐらい死んでもかまわない。いや、かえって費用が減る。一人で潰せるのならお釣が出る。ということで、お前に白羽の矢が立ったわけだ。あのとき、なぜか知らないがお前は、死に場所を求めていたらしいかな。とにかく、お前は軍人としてはいや人間としては最低の事、力なき弱者を無抵抗の人間を虐殺した。」
テーブル越しにミカエルの視線が伊勢を突き刺した。
「くっ。」
「キャ!」
伊勢の隣に居たマヤが悲鳴を上げる。 伊勢は、よく引きぼられた矢のように机を越えミカエルの襟元を掴み上げた。 部下が上司の首を締め上げる。軍隊ではあってはならない事であった。 慌ててマコトとシゲルの二人が伊勢を押さえようとし、机を乗り越える。 会議室は騒然となった。
「そうか貴様、そこに居たのか。だったら、貴様も同罪や。それに、それ以上、言ってみろや・・・・・。」
「どうする。」
伊勢の目に殺意が宿る。
「貴様を殺す! 貴様は俺の人間としての尊厳に土足で踏み込んだ!」
そのとき、シゲルが二人の間に割り込み、マコトが伊勢を羽交い締めにする。
「フゥ。フーゥ。」
伊勢の息は荒い。
「伊勢一佐! 押さえてください! これ以上やってもあなたが不利になるだけです。」
マコトは、伊勢の耳元で言う。
「副司令。私はあなたを・・・。」
シゲルは、ミカエルに向かっていう。
「軽蔑されても結構。どうされます司令?」
「ふむ。」
冷静さを保っていて、冬月は内心驚いて居た。感情を暴発させた伊勢をみるのは、初めてだった。
「そうだな、青葉君。国連軍規定では?」
「はっ。」
そういってシゲルは、近くの端末に行った。
「規定では、上司へに暴行は72時間の独房。または、一週間の謹慎。となっています。」
「ふむ。そうだな、とりあえず、この案件は私が預かる。とりあえず、伊勢一佐には72時間の独房入りを命ずる。その後に審議だ。」
そういうと、保安部の者が出てきて伊勢に手錠を掛けようとする。 マコトはその手錠を取り上げ、
「失礼します。伊勢一佐。」
そういって、伊勢に手錠を掛けた。 伊勢は手錠を掛けられる時でもミカエルを睨んでいる。 それを尻目にミカエルは乱れた服の襟を整える。
「戦争時の兵士ほど個人の尊厳を厳しく問われる者はそう無い者だよ・・・・・。」
ミカエルの伊勢を見る眼に少し憐れみの色が加わる。今度はそれをハンナが悲しそうな眼で見つめた。
「もしもし。」
「はい。もしもし?」
受話器からは青年の声が聞こえてくる。
「NERVの日向と言いますが、伊勢さんのお宅でしょうか?」
マコトは伊勢の家族構成を把握していない。
「ハイそうですが。」
「息子さん?」
慎重な口調で尋ねるマコト。
「そうですけど何か?」
「実は、お父さんが・・・。」
そこでマコトの言葉は中断した。
「はぁ。またオヤジ何かしでかしたんですか?」
「えっ?」
「ウチのオヤジ何かしたんでしょ?」
「あ、あぁ。そうだけど・・・。」
「で、いつまで帰ってこないんですか?」
「三日ぐらいだけど・・・。」
「だったら、今から着替え持っていきます。まあ、クソオヤジに文句のひとつも言いたいですから・・・。」
「あ、あぁ。」
マコトが呆気に取られているうちに電話は切れた。 我に返って推測してみると、どうやら前から日常茶飯事の事だったらしい・・・。
「はあー・・・。」
マコトは改めてため息をついた。 どうして、こう問題のある上司にばかり当たるんだろう・・・。
かつての営倉に当たる場所の廊下をマコトとタカシが並んで歩いていく。
マコトはタカシの顔を見た時、すぐに伊勢に顔と結びつかなかった。
鼻が少し高く一重の瞼。目は伊勢のように細長くない。
もっとも違うのは肌の色、明らかに伊勢の色白ではなく色黒の肌をしていた。
一度確認にために家族データを呼び出してみると、そこには養子として陸奥タカシの名と顔写真が載っていた。
2人は伊勢が留置されている部屋の前にたどり着く。
マコトは四角細長い覗き窓から部屋を覗き込んだ。
4畳にも満たない部屋の狭い部屋の隅に設置してある簡易ベットに横たわって天井をボーっと見ているらしい上官の姿が眼に入った。
その姿を確認するとマコトは伊勢に声をかけた。
「伊勢一佐。」
「なんや?」
「息子さんが面会に・・・。」
「はぁ?」
妙に甲高い声を出すとバッとおきあがり扉に向かって行った。 扉の前に立ち覗き穴からマコトと目を合わせた。 お互い両目と眉ぐらいしか確認できない。
「外部者の面会は無理とちゃうんか?」
驚いた伊勢がマコトに問いただす。
「息子さんがどうしてもお会いしたいと・・・。」
少し困惑した表情でマコトは答えた。
「まあ、ええわ。それでどうした?」
「え、ええ。それで有効期限が一日だけの家族用IDカードを発行しました。」
「サヨカ。それで、タカシは?」
それを効くとマコトはタカシに場所を譲る。 タカシはドアに着いている覗き穴から自分に父親の様子を見た。
「親父、いいざまだな。」
「タカシか・・・。マナは?」
「学校だよ。不甲斐ない父親に変わって編入手続き。」
「けっ、こんな壁ばかりの場所で、唯一の楽しみがかわいい娘と逢える事やったのに。」
「かわいい息子を、いつも苛めている報いだよ。着替え持って来たから。」
「ふん。可哀相な父に代わってやろうをいう思いはないんか?」
「可哀相な父に代わって、この世の自由を謳歌してやるよ。」
そう言って、タカシは年不相応の意地の悪い笑みを浮かべた。
「親不孝もの。顔も見たくないわ。さっさと日向君に代われ。」
親子の会話が終わるとマコトが顔を見せる事になる。
「済まんな、日向君。」
「いえ、とんでもありません。」
「それでやな、日向君、頼みがあるんやけど・・・」
「なんですか?」
マコトは伊勢の眼がキラリと光るのを見て嫌な予感がする。
「日向君。事務処理の書類だが、職務の停滞が起こるといかんから、
君が判子を・・・。」
「そんな無茶っすよ・・・。」
「判は机の引出しに・・・。」
「でも、一佐が目を通さないと。」
「かまへん。かまへん。どうせ下らん書類ばっかや。」
低レベルの仕事の押し付け合いがそこでは始まっている。 タカシは廊下の壁にもたれ、それを見ながら欠伸をした。
すべての授業の終了を告げるチャイムが鳴る。
「あれ? あそこに歩いているの霧島じゃないか?」
たいてい、終わりのホームルームなどつまらい無い物だ。 担任の言う事などすぐに頭を通り過ぎていく。 ケンスケもその一人であった。ケンスケは担任の先生の言葉を頭の中に止めない 代わりにボーっと窓の外を見ていた。 言葉は隣に居たトウジに向けられている。
「ケンスケェー。何言うとんじゃ。霧島がこんな所に居る訳ないやないか。」
トウジは頬杖をしながら鼻をほじくっていた。 つまり、興味はゼロ。
「まあ、見てみろよ。」
「ワカッタ。ワカッタ。」
面度臭そうに外の校門の方を見るトウジ。 目線の先には人影は無い。
「なんや、ケンスケ。誰も居らんや無いかぁ〜。」
トウジは気が抜けるような声を上げる。 ケンスケが再び人影が会った場所を見るとそこには誰も居なかった。
「あれ、おかしいな?」
ケンスケが首を捻ったその時
「そこの2人! 静かにしなさい!!」
ヒカリの声が降りかかる。その光景は平和な日常が戻って来た証拠であった。
苦痛な午後の時間が終わり、楽しい放課後の時間が始まる。
「シンジ。どっか遊びにいかへんか?」
もっとも授業を苦痛を感じていたかもしれない、トウジがシンジに声を掛けた。 トウジは腕をシンジの肩に回す。
「ごめん。ちょっと・・・。」
「なんだよ、シンジ。最近、付き合い悪いよなぁ。」
トウジの反対方向に立ったケンスケが意識して不満そうに言う。 それにシンジはすまなそうな表情をする。 どっか遊びに行こうにも、まだこのジオフロント内には喫茶店やスーパーなどの 生活に結びつくような店は出来始めているが、少年達の旺盛な 遊び心を満足させるようなゲームセンターのような施設はまだ無い。 しかし、家に帰ればそれなりの物はある。 でも、やはり集まって遊べば楽しさもそれだけ大きくなるものだ。
「シンジ。奥さん処か?」
トウジがからかう。
「いいよなぁ。奥さんがいる人は。」
「なんだよぉ、それ。」
ケンスケが茶化し、シンジが不満そうに言う。
「ケンスケ、いこや。」
「おう。惣流によろしくな。」
2人は連れ添って教室を出ていく。シンジもカバンに物を詰め、教室を出て行こうとする。 今日はお見舞いに行く前に寄らなければ行けないところがある。 その時、何処からかシンジに話し掛けるタイミングを伺っていたヒカリが出てくる。
「碇君・・・。 ちょっと良いかしら?」
「あ、何かな? いいんちょう?」
「う、うん。あのね・・・。」
ヒカリはカバンを前に持ちながらシンジの横に立った。 シンジは少し微笑みながらヒカリの言葉を待った。
「アスカのお見舞いにはイケナイのかしら?」
「うん・・・。まだ、関係者以外の面会は禁止されてるんだ・・・。」
「そうなんだ・・・。」
すこし残念な顔をするヒカリ。 それを見たシンジが何か思い付いたようにヒカリに尋ねた。
「そうだ。その代わりっていちゃあなんだけど、チーズケーキの美味しい店教えて欲しいんだ。アスカがチーズケーキ食べたいって言ってたから・・・。」
トントン。
シンジが303号室のドアをノックする。 アスカへのお見舞いは、シンジの日課になっている。
「どうぞ。」
中から許可の言葉が出る。
プシュッ!
ドアが開くと部屋にはベットから上半身を上げているアスカの姿が見える。 アスカは静かに窓の外を見ていた。髪の毛はキチンと整えられてリボンで結んであげてある。
「アスカ。入っていいかな?」
「イイって言ったでしょ。」
「う、うん。」
シンジは肯きながら病室に入っていく。 手には何処かで買って来たらしいケーキの箱が握られている。 それを持ちながら、いつもの丸椅子にシンジが座る。
「アスカ。」
「なに?」
そこでアスカは始めてシンジの方に顔を向けた。
「アハ。アスカ、チーズケーキ食べた言っていってただろ。だから、ほら。」
シンジは膝元に置いた箱を静かに開けた。 幸いアスカには食事制限はない。アスカの顔は心なしかほころんでいるいる様に見える。
「待ってて、アスカ。いま、お茶入れるから。」
「うん。」
それを聴きシンジは立ち、紅茶を入れ始めた。
カツ! カツ! カツ!
廊下に張られたプラスチック製のタイルをヒールが気持ち良い音を立てていく。 エミは白衣を着て、手にバインダーを抱えて病棟を歩いていく。 その前には、マヤがエミを案内していた。 マヤはNERVの制服の支給された靴を履いているため足音は、エミの靴音にかき消されていた。 マヤは303号室の前で立ち止まる。
「こちらがセカンドチルドレン、惣流・アスカ・ラングレーの病室です。」
エミがコクンと肯く。 そして、マヤはドアをノックしようとしたが、その手をエミが握りノックを止めた。 マヤが眼を丸くしてエミを見て、非難の声を上げようとする。
「なに・・・! うぐぅぅ・・・。」
さらにエミはその声を上げるのを止める為に背後からマヤの口を手で塞いだ。 そして、マヤの耳元でささやくように告げる。
「チョッチ、待って。」
そのまま、ドアについているガラス窓から病室を首を伸ばし伺った。 覗くと机に置かれたケーキを今か今かと待ち望んでいるアスカがそこにはいる。
プシュッ!!
シンジはポットを片手に、アスカはベットの上から突然開いたドアの方を向いた。
「お久しぶりね、アスカ」
「エミ! なんで、アンタここに居るのよ!」
「あら、そんな言い方ないんじゃない。」
アスカが不意打ちを食らったような表情を見せる。 それにエミは明らかに不満気な表情をした。 シンジとマヤは2人の間の空気を読み切れずポカンとしている。 入り口で右手をあげて挨拶した後、 つかつかとアスカの方に歩いていくエミ。
「あなたの主治医になる人に向かってそんな言葉づかいはないんじゃないの?」
「あれ、ママがアタシを見るじゃないの?」
「どうして、ママが来てる事判るの?」
「だってパパが来てるんだもの、あの人が来ない訳無いじゃない・・・。」
「ママの方が良かったかしら?」
それにアスカは横に首を振った。
「エミの方が気が楽だし・・・。どうせ・・・。」
「どうせ?」
「どうせ、あの人、アタシの事なんかどうでもいいんでしょ。」
その言葉に、マヤは少し眉をひそめ、エミはため息を吐いた。
『あなたはあの子の父親を辞められないけれど、私はいつでもあの子の母親を辞めることができますのよ。』
たしかハンナはそんな事を言っていたと、エミはドイツにいた頃に噂で聞いた事がある。頭が良すぎる子は可哀相だ。ひとつの事からいろんな事を知ってしまう。 アスカと話しながらエミはそう思う。
「まあいいわ。診察初めましょ。さ、服を脱いで・・・。」
「ちょ、ちょっと待ってよ。」
「どうしたの? なにを恥ずかしがっているの? 小さい時、見てあげたでしょ。」
「アンタバカァ〜?」
エミは不思議そうな顔をして、アスカの顔を見る。
「そこのバカ、外に出してよ!」
エミはアスカの目線を追ってそこのバカがいるらしい場所をみる。 そこにシンジがいる事が解りなぜか笑い始めた。
「フフフ。ハハハ。アハハ。」
「アンタ、なんで笑うのよ! シンジもさっさと外にでる!」
「ごめんなさい。ごめんなさいネ、アスカ。」
顔を真っ赤にしたアスカが喚き散らし始めた。
「アスカの両親って・・・。」
シンジが共に廊下に出た、マヤに先ほど沸いた疑問を聞いてみた。
「なに、シンジ君?」
マヤが屈託の無い笑顔でシンジに聞き返した。 どうやら、シンジの声が小さくマヤには聞き取れなかったらしい。
「アスカは・・・。アスカはどうしてあんなに父さんや母さんの事を嫌っているんですか?」
「どうして?」
「だって、あんな様子を見れば誰でも・・・。」
「シンジ君・・・。アスカの過去知りたい?」
マヤはなぜそんな事を言ったのか解らなかった。 心の奥底のシンジへの期待が出てしまったのかもしれない。 その言葉にシンジは暫らく沈黙した。そして・・・。
「いや、いいです。人から教えてもらっても流されるだけですから・・・。」
「そう。そうね・・・。そうかもしれないわね・・・。」
「どうですか?」
シンジが心配そうにエミに尋ねた。 エミはそれに安心させるように微笑んだ。
「まだ、もう少しかかるわね。」
「あ〜あ。こんなにピンピンしてるのになぁ〜。」
アスカはそのエミの回答に、いかにも反発するようにベットの上で跳ねた。 エミはアスカの腕を取ってガウンの袖を捲った。 その下からは筋肉の削げ落ちた腕が出てくる。 EVAのパイロットして鍛え上げられて来た腕ではない。
「まだ、筋組織と骨組織の密度が足りないわ。さらに、筋力の回復の為のリハビリが必要だわ。」
その腕を一目見てエミは断言した。
「そんな細い腕じゃ、EVAのコックピットに乗せられないわ。」
「もう良いわよ。ソンナコト。」
その答えにエミは眼を丸くした。 エミの知っていたアスカはEVAのパイロットに自分の存在意義を賭けていた娘だ。 そんな娘が自分で自分をひていするような言葉を言った。 プライドの固まりのような娘だったアスカがそのような言葉を口にすることに、 エミは一瞬自分の耳を疑う。 それもつかの間の事で、ただち我に返る。
「あら、そっけないのね・・・。」
袖を元に戻し、エミはアスカの表情を読み取ろうとする。 エミには心の中の何かが吹っ切れた、そんなような表情に見えた。 少なくとも、ドイツに居たころのEVAに全てを賭けていた、そして、心を開かない孤独な少女の表情ではなかった。
「なによ・・・。アタシの顔になんかついてる?」
「いいえ。なにも。」
エミは首に引っかけていた聴診器を外しながら、誤魔化すようにして立った。
「アスカ、明日からリハビリを始めるわ。プログラムは明日渡すから。」
エミは診察用具を片づけ始める。
「ごめんね。アスカに・・・シンジ君・・・だっけ? いいところお邪魔しちゃって。」
「そんなんじゃないわよ! バカ!」
「そんなんじゃないですよ!」
そのユニゾンするほどの過剰反応にエミはどこか含みのある笑顔で、マヤは微笑ましい笑顔で部屋を後にして行く。 残された2人の間になんとも言えない静寂が訪れた。
「さっ、シンジ。ケーキ、ケーキ。」
「う、うん。」
アスカはその雰囲気に居たたまれなくなり、シンジを急かすように言った。 そのように急かされて、アスカの前においてあるカップにシンジは紅茶を注ぐ。 その短い間もアスカは待ちきれなかったらしい。 早くもケーキに手を着ける。 アスカは一口、口につけると満足そうな笑みを浮かべた。
「おいっしー。シンジにしては上出来ね。こんな美味しいチーズケーキ捜してくるなんて。」
「ハハ。よかった。」
シンジにも笑みが浮かぶ。
「お礼はいいんちょうに言って。いいんちょうに教えてもらったんだ。そのお店。」
そのシンジの言った事にアスカは驚いた。
「ヒカリ。ヒカリ、戻ってきたの?!」
アスカが喜びをからだ一杯に表現して、シンジに詰め寄った。
「う、うん。いいんちょうだけじゃなくて、トウジもケンスケもみんな戻ってきてるよ。」
「そう・・・なん・・だ・・・。」
「うん。だから、早くアスカも良くなろうよ。」
シンジは満面の笑みを浮かべながら言った。
それに、アスカは首を縦に振って肯いた。
「ご苦労様でした。伊勢一佐。」
扉から出てくるのを迎えたのはシゲルであった。
「うむ。」
伊勢は敬礼しながらドアを出てくる。
「青葉君。早速だけど・・・。」
「なんですか?」
「帰りたいんやけど・・・。」
「駄目ですよ。とりあえず最低限の事はやって貰わないと。」
そういって書類を差し出す。どうやら、マコトより上司の扱い方を知っているらしい。 伊勢はそれを黙って受け取り、目を通し始める。
「これ以外には?」
「まあ、お部屋の方で・・・。」
伊勢とシゲルは書類の受け渡しをしながら、伊勢の部屋に向かった。
「それで・・・。」
伊勢は自分の部屋に入った。机に山積みにある書類の山を押し退けながら、 シゲルに話しを促す。
「ええ、実はこんな噂が・・・。」
「どんな?」
「以前・・・。」
「ちょっと待った。」
「なんですか、一佐?」
「コーヒー飲むか?」
シゲルが机を見るとコーヒーメーカーが準備されて、ネルフのロゴのマグカップが2つ出されてる。
「は、はい・・・。」
シゲルは苦笑しながら返事をした。
「よっしゃ。続けて・・・。」
「ええ、ある大物政治家と戦自の一グループが接触したと・・・。」
「戦自の一グループって、桜花会か?」
「当たりです。良くお分かりで。」
「そりゃ、俺だって戦自出身やで。それで、政治屋さんのほうは?」
「わかりません。以前に碇司令にリベートを渡されていた連中らしいのですが・・・。」
「そりゃ、たくさんおるやろな。」
「ええ。すべてを知っているのは、冬月司令ぐらいかと・・・。」
「司令も清廉なお方やから・・・。どこから流れて来た。その噂・・・。諜報部か?」
「いや、内務省の公安2課です。同期がいまして・・・。」
「なるほどな。それで、諜報部は?」
「判りません。おそらく、耳にしてるとは思いますが・・・。」
「さよか。」
話しが一段落したところで、伊勢がコーヒーメーカーからマグカップに コーヒーを注ぎ始めた。
「青葉君、とりあえず済まんな。」
そういって、伊勢はコーヒーを満たしたマグカップをシゲルに差し出した。
「いいえ。とんでもないです。」
シゲルはマグカップ受け取りながら恐縮する。
「ま、外の情報は組織内で共有して置いて損はないやろ。君のチャンネルで知らしておいてくれ。」
「わかりました。あと・・・。」
シゲルは今度は真剣な面持ちで伊勢に向かった。 その雰囲気を察して、伊勢も真剣な表情に変わる。
「あと。なんや?」
「実は、ベルリン郊外のネルフ職員の事故についてなんですが・・・。」
伊勢は、先ほど渡された報告書のそれに関する内容を思い出す。
「あれは、大型トラックとの衝突事故と・・・。」
「そうなんですが。実は職員は作戦部からへドイツ支部からの出向人員でして・・・。」
「もしかして・・・。」
「そうです。極秘に内偵の指令が・・・。」
「消された?」
「9割そうでないかと・・・。」
伊勢が額を押さえる。ため息を一塊出すと辛そうな声でシゲルに尋ねた。
「知っている者は?」
「私と日向。後、欧州課と総務、あと警務の信頼のおける一部のスタッフです。」
そこでシゲルは言葉を区切り、マグカップを口に当て始めた。 上司の考えがまとまるまで待つ。
「大っぴらに動けんな・・・。」
「ええ。」
「判った。調査は俺のドイツ時代のコネで何とかしよう。」
「判りました。もう一つ問題が・・・。」
伊勢はマグカップを手に取りながら目でシゲルを促した。
「実はこの指令。」
「部内秘・・・のはずや。」
「そうです。部内秘なんです。ですから、作戦課の中にこの事を漏らした者が・・・。」
シゲルは言いにくそうに事実を告げた。 やはり、同僚を疑うのは何処か引っかかる物が有る。 伊勢も同じである。部下を疑うのはやはり心苦しい。
「内部監察か・・・。」
「ええ。穴は気づかれない内に塞がないと・・・。」
重い空気が室内に漂う。伊勢はまたため息を一つ吐いた。 やはり、この手の話しをする時はため息が多くなる。
「しかたあらへん。明日、警務課長と打ち合わせや。」
「手配します。それで、まだ話すべきじゃないんでしょうけど・・・。」
「なんや。もし、特定されたらか?」
「え、ええ。」
「まあ、なんなり処遇の仕方は有る。俺は無駄石は盤上に置かん主義や。穴にも弁を付ければ役には立つ。」
伊勢がニヤリと何処か含んだ笑みを浮かべたように、シゲルには見えた。
書類の整理と決済が終わり、伊勢はキーをチャラチャラ鳴らしながら駐車場を歩いていく。所定の場所に止めてある青いインプレッサのドアに立つとキーを挿しこんだ。
『今日は、マナに何を頼もうかな・・・。』
なにせ、3日間独房に入れられている。上級士官であるからそれなりも物が食事には出てくる。が、陰気な部屋で一人で食べる食事は味気ない。やはり、家の食事が恋しくなる。その時、ふと在る事を思い付く。食事は一人でも多い方が楽しい物だ。
そして、携帯電話を取り出し自分の家に電話を掛け始めた。
シンジはアスカの見舞いが終わり病院の玄関を出る。
外はもう暗い。シンジは宿舎の方向に向かうバス停の方向に歩き始めた。
『家に帰ったら、ペンペンに餌をあげて・・・。昨日の残り物が有るから・・・。』
今日のこれからの予定を考えながら歩いていく。
「よ! シンジ君!」
突然、背後から声を掛けられる。 余りにも予想外の事に、シンジはびっくりして背筋が伸びあがった。 そして、バっと後ろを振り返る。そこには薄っすらと顎鬚が生えている伊勢の顔が在った。
「なんだ・・・。伊勢さん・・・。ビックリさせないでくださいよぉ・・・。」
「何や。そんなにびっくりせんでも良いや無いかぁ。」
両者とも、明らかに不満そうな声をあげる。
「どうやった。愛しの君の様子は?」
「また、からかわないでくださいよ・・・。」
「すまん。すまん。で、どや、具合は?」
「順調ですよ。リハビリも始めましたし・・・。」
「そっか。そりゃ良かった。ところで、どや、時間も遅い。俺の家で飯でも食わんか?」
「えっ、でも。」
シンジは困惑を体全体で示した。しかし、伊勢はシンジの腕をギュっと掴んだ。
「伊勢さん!! ちょっと!」
「いいから、男は遠慮するもんやない。」
伊勢はありきたりな言葉を吐きながら、シンジを車へ引っ張っていく。
「わかりました。わかりましたよ!ちょっと待ってください。」
シンジは少し非難の色を混ぜながら声を上げる。
「な、なんやねん?!」
「行きますから、その前に家に寄ってください。」
「なんや?」
「家にペットが居るんです。だから、餌をあげないと・・・。」
ヘッドライトが街の闇を切り裂いていく。
周りに大都会のような高いビルや雑居ビルのような物はない。
有るのはミサイル発射の為のユニット。兵器の整備の為のガレージ群。
そして、なにかの実験棟。中心部を抜けるとそこには人の生活の臭いがしない。
森の中に軍事施設が点在しているのだ。その軍事都市を抜けて郊外に向かって車が走っていく。
「伊勢さん、ご飯は奥さんが・・・」
「俺は、結婚してない。」
伊勢は当たり前のように、言い放った。 オレンジ灯の光と直線の影が交互にシンジの顔を彩る。
「誰がご飯を・・・。 もしかして、伊勢さんが?」
「まあ、俺の家に着いてからのお楽しみや。」
伊勢は、少し意地の笑みをシンジに向けた。
伊勢は手際良く車を車庫に入れる。
「さ、降りて。」
「は、はい。」
それに応じてシートベルトを外し、車の外に出るシンジ。 シンジはガレージを見て目を丸くする。 壁にはところ狭しと工具が掛けられ、見慣れない機械類が置いてある。
「ん。どうしたんや、シンジ君?」
「いや、ちょっと驚いちゃって・・・。」
「ああ。これか・・・。」
シンジが興味深げに回りを見る。
「ちょっとした趣味や。」
ちょっとした趣味と言うが店一つ開けるほどの器材がここには置いてある。 さらに見るとバイクが3台置いてあった。
「さ、こっちや。」
「は、はい。」
シンジはうながされてガレージを出て行こうとする。
『そういや、ミサトさんも・・・。』
ミサトもマンションに人がいないのを良い事に、ルノーの他にも2台ほど車を地下のガレージに置いていた。シンジは、興味が無かったので他にどんな車に乗っていたかは知らない。さらに言えば、奥には赤いバイクも止まっていた。シンジはクスリと笑いながら無意識の内に十字のペンダントを触っていた。
玄関に案内されていくシンジ。シンジの鼻には家の奥からの食欲をそそる香しい匂いが届いていた。伊勢が玄関のドアを開く。
「ただいま!」
「お帰りなさい!」
靴を脱ごうとしていたシンジは、返って来た声に勢い良く面を上げた。
もう聞く事が出来ないと思っていた声。シンジの頭にある少女の思い出がよぎる。
廊下の突き当たりからテクテクとエプロンをして歩いてくる少女。
茶色のショートヘアーが揺れる。少女は一旦立ち止まり、右手を口に当てる。
そして、こちらの方にバタバタと足音を立てて掛けて来た。
その様子をみた伊勢がパッと横に体を退ける。
「シンジ!!」
少女がシンジの体に飛びついた。 シンジの体はまだ少女の体重を受けるには、まだ早すぎたようだ。 たまらず、シンジの背中が玄関のドアにぶつかり、それを支えにして少女を受け止める。
「マナ!! マナだよね?!」
「うん。そうよ、シンジ!!」
それはお互いを確認する言葉。
「マナ。マナ、良かった・・・。生き・・・生きて・・たんだ。」
「ウン。シンジも良かった。こうして、生きて会えたから・・・。」
2人は自分達の存在を肌で感じ合う。
「すまんが、親の前でそんな事をせんどいて貰いたいやけど・・・。」
しばしの間抱き合っていた2人をからかう様に伊勢は声を掛けた。 その言葉に、バっと体を離し顔を真っ赤にする2人。 同時に目尻の涙を手ですくって拭く。 それを誤魔化すように、マナはシンジを促した。
「シンジ。さ! 早く上がって。」
「うん。」
シンジが靴を脱ぐ。それをおかまない無しにシンジの手を取るマナ。
「ちょ、ちょっと待ってよ!」
「もう、早く!」
マナがシンジの手を引っ張って行く。 その2人を伊勢はニヤニヤとした笑みを浮かべて眺めていた。
トウジも妹と2人で夕食を食べる。 ネルフ職員の子供たちの中には、サードインパクトおよびそれに先立つ戦闘で親を失った者が少なくない。そこで、いわば戦災孤児達にNERVと国連により義務教育までの保証や将来に関する援助が成される。しかし、親がNERVに所属していたという事は非常に恵まれている事であった。この人災において、世界には孤児が溢れている。 また、第3新東京市市立第一中学校2−Aの生徒が手厚く保護されて一つの場所に居るのも、なにか裏の有る事なのだろう。かくにも、トウジ兄妹は宿舎の一角が与えられる。近くにはシンジやヒカリ姉妹が住む。ケンスケは幸い父親が生き残っており一緒に暮らしている。
「すまんのう。いつも、同じもん食わしてもうて。」
「ううん。お兄の作ってくれたお好み焼き、いくら食べてもあきへんもん。」
「そうか。」
ソースを生地に塗る。ソースの焦げる匂いが食欲をそそる。 しかし、トウジはコテでふんわり焼けたお好み焼きを割りながら先日までの、食事内容を思い出してみる。小学校の時に習ったカレー。インスタントのラーメン。宿舎の近くの食堂。
『料理勉強せなあかんのう・・・。シンジにでも教えてもらうか・・・。それとも、イインチョにでも・・・。』
と殊勝な事を考えていた。
「アタシが何したって言うのよ!!」
アスカが空に向かって叫ぶ。
「お前は多く罪を犯した。一つの罪に一つの岩を削っていく・・・。山は私の慈悲の大きさだ・・・。」
「罪って何ナノよ! 人を殺した事! 仕方ないじゃない、自分が殺されてたんだから!
いったい、アンタ誰よ! アンタ、アタシを裁く権利なんかあるの!」
しかし、山から岩が落ちていく地鳴りの音しかしない。
「シンジを傷付けた事。しょうがなかったのよ・・・。ウジウジしているのが許せなかったのよ・・・。 」
段々山は削られていき、やがて柱のようになり、そしてアスカの足元から崩れはじめる。
「きゃーーー!!」
アスカが地上へと頭から落ちていく。
ガバ!!
アスカは目を覚ました。
「ハア。ハア。ハア。」
深く息をしながら気持ちを落ち着かせる。降ろした髪が汗にまとわり附く。 アスカはそれを嫌がり髪を掻き分けた。そして、右手を胸に当てる。
「ハア。ハアーー。フウー。」
ようやく、気持ちを落ち着かせる。そして、カーテンを開き窓の外を眺めた。 眼に入ったのは三日月。しかも今にも消えていきそうな細さだ。 両手で顔を覆う。
「なんで、こんな夢を見るのよ・・・。」
弱々しく呟く。自分が落ちていく夢。何処か不安定な夢・・・。
夜空に見えた三日月。やはり、何処か儚いく不安定・・・。
アスカは恐くなりベットの上で布団に包まり小さくなった。
自分が崩れていきそうだった。消えていってしまいそうだった。
ママ、ママ。お願い。良い夢を見させて・・・。幸せな夢を・・・。