「ママ! ママ、アタシのママを止めないで! なんでも、言う事聞くから! だから、ママを止めない
で!」
「お父さん、僕を捨てないで!」
「ミテミテ、シンジ。」
「僕は、要らない子供。」
「加持さん! アタシは大人よ!」
「何だよ。自分だって子供じゃないかぁ・・・・。」
第六話
狭間
「シンジ君、そんなに気を落とさないで・・・・。」
病室の廊下で、マヤはシンジに声を掛ける。
「やっぱり、アスカに許してもらえませんでした・・・・。」
シンジは、自嘲気味に笑いながら答えた。
「シンジ君、そんなにアスカにひどい事をしたの?」
「そうです。いいんです。もう・・・・。良く分かりましたから・・・・。」
「何が?」
「アスカにきらわている、憎まれているという事が・・・・・。もう、僕がアスカの前から居なくなれ
ば・・・・・。」
シンジは少しの間、悲しい表情をし、そして、無表情になった。 それを見て、マヤがシンジの肩を掴み、自分に方に向かせる。 そして、首を横に振る。
「シンジ君、そんなこと無いわ。だって、アスカはシンジ君の会うまで、反応がなかったのよ。」
「また、そんな嘘を・・・・。」
「嘘じゃないの。本当よ!」
「でも、アスカは僕を・・・。 僕がそばにいたら、アスカは幸せになれません。」
シンジは悲痛な顔をして、自分を詰った。
『この子はなぜこんなに不器用なのか? なぜこんなに人に対して臆病なのか? なぜこんなに心が弱いの
か?』
マヤは、そう思った。が、それ以上にその態度が情けなく思えた。
「シンジ君。アスカから逃げるの? どうして、アスカを判ろうとしないの・・・。」
ビクゥッ!! シンジの肩が揺れた。
マヤの強烈な意志のこもった声がシンジに飛ぶ。
「シンジ君!! シンジ君がアスカにどんなことをしたかは、もう聞かない。シンジ君が話せるように 成ったら聞いてあげる。けどなぜ、アスカにどうしたら許してくれるか聞かないの? どうして、アスカ の気持ちを知ろうとしないの?!」
「そんなの判りませんよ。人の心なんて・・・・。ましてや・・・・。」
「ちがう!! シンジ君はアスカに何も聞かなかった!! 」
「だって聞いても、アスカ怒らすだけだから・・・・。傷つくだけだから・・・・。」
「でも、それを恐れていては、何もアスカの気持ちなんてわからないわよ。ましてや、他の人の気持ち
も・・・・。」
「・・・・・・・。」
「私も人のことはいえないけどね。でも、シンジ君。いまのアスカには、あなたが必要よ! それだけは
言えるの。 いま、シンジ君が居なくなれば生きる意志が無くなるかもしれない。そうなれば、アスカは
本当に死んでしまうわよ・・・・・。」
「えっ。そんなこと・・・・。」
「そうよ。アスカと外の世界を結ぶ窓となるのは、シンジ君、あなたしか居ないのよ。」
「そんな事言われても・・・・。」
「シンジ君。辛いのは判る。だから、私ができる限り支えてあげる。いつか、アスカが許してくれる日が
くるわ。」
シンジはゆっくりと面を上げて、マヤの顔を見た。そこには、強い意志の感じられるマヤの顔が有った。 そこにシンジは、ミサトの顔を思い重ねた。
NERV本部 第一会議室
戦略自衛隊との一回目の停戦会議が終わり、一段落後の幹部会議である。 しかし、幹部会議とはいえ、出席者は4名。 冬月コウゾウ、日向マコト、青葉シゲル、伊吹マヤである。 先にあたりマコトの方から、NERVでの戦死者、行方不明者の報告がされた。 NERV本部職員で生存したのは、3287名。なお、重軽傷者を含んでいるため、稼動人員はこれの約2/3。戦 死者は、約50%であった。 幹部であった、碇ゲンドウ、赤木リツコの死亡が確認され、葛城ミサトは行方不明と 報告された。結局、ミサトの遺体は発見できなかった。それを、告げるマコトは終始無表情を保ち、傍ら では伊吹マヤが鳴咽を漏らしていた。
「弐号機の回収ですが、明後日には完了できます。あと、リリスのコアについてですが頭部から、青く光る物体が発見されています。」
レポートの束を持ち、シゲルが報告している。
「うむ、その物体の画像はあるかね?」
冬月が問う。
「こちらに。」
そういって、シゲルはコンソールを叩いた。 そこには、白い岩塩の固まりのようなものに埋まっている青く光る球体が見える。 出された画像を見て、冬月がうなづく。
「これだ。」
「ならば、これを回収すれば。」
「そうだ。」
「では、回収後の処置の方は?」
「EVAの修理に使う、L.C.Lの槽に浸けておいてくれたまえ。」
「分かりました。弐号機も同様に?」
「その様に頼む。」
「了解しました。以上で報告を終わります。」
そう言い、シゲルは席に座る。
「これで、全部かね?」
冬月は、マコトに問う。
「ええ、これで今回の報告は以上です。」
「うむ、これでこの会議は解散する。各自、与えられた任務をこなす様に。次回の会議は追ってメールを
出す。それと、伊吹君はこの場に残ってくれ。では、解散!」
そう冬月が言い終えると、冬月とマヤを残し、マコトとシゲルは部屋を出ていった。 しばらく、部屋に静寂が訪れる。 マヤは冬月と正面に対し座って居た。
「伊吹君。少しこの案を呼んでくれないかね?」
マヤは、コンソールに出された電子文書を読み始める。
「これは、アスカの治療に関しての案ですか?」
冬月から示されたのは、アスカの治療案であった。 現時点では、アスカはシンジにしか反応を示さない。 マヤは、その案を読み進んでいく。 要点は2つ
1、EVA弐号機からのシンクロによるアスカへの精神治療
2、その結果、予測される母体回帰願望の治療
1に関しては、サードインパクト直前のアスカの精神状態の記録を冬月が洗い出し考案した。2に関して は、過去のアダルトチャイルドの臨床治療例が示されている。 マヤは、冬月の準備の速さに驚いた。だがそれ以上に、いろいろな懸念が生じる。
「副司令。私はこのような性急な案には反対です。アスカの治療において重要なのは、他人の愛情を信じさせる事です。また、アスカは愛情を求めています。だからこそ、今まで一番身近だっ
たシンジ君をアスカは求めると、私は考えています。ですから、ゆっくりと時間をかけて、治療すべきで
はないでしょうか? まず、シンジ君にアスカと外世界の橋渡しをしてもらいながら・・・・。これは、
シンジ君の精神安定にも有効な筈です。」
「私も、同意見だよ伊吹君。しかしだな、物には自ずとタイムリミットがある。手をこまねいて、アスカ
君を衰弱死させた時には、本末転倒だよ。」
「でも、現にシンジ君から刺激はアスカにとって良い方向に働いていると思われます。さらに、続けるべ
きかと。シンジ君のフォローは私が直接やって行きます。」
「伊吹君、この案はあくまでも最終手段だ。死んだ者まで引きずり出すのは、未来に生きて行く物にとっ
て良い事ではないからな。」
「判りました。出来れば、これに代わるより良い案を私の方から提案させていただきます。」
「判ったよ。よろしく頼む。」
2016年8月5日
ジオフロント NERV本部 大会議室 停戦最終会議
「・・・であります。次の要綱へ。NERVからの戦闘兵器技術の提供で ありますが・・・。」
もはや、すべての事を把握している者にとっては耳新しくもない事が、 朗々と話されている。会議室には、向かい合わされた机に、片側には 冬月とマコトを先頭とする作戦部の主要メンバーが、 向いには、小手川を先頭とする戦自のスタッフ、内務省の代表、それと 国連執行部の代表が顔をならべている。 ちなみに、両者ともにあまり顔を合わせようとしない。
この場で、この茶番劇のすべてを知る者は数人。 内務省は国内混乱の収拾で交渉責任を戦略自衛隊に譲り、 国連は、ゼーレが無くなった事で支持基盤の低下と財源が破綻しそうになる。 端的に言えば、通帳にお金があっても現金がないという状態であり、 決算ができない。この事は、世界経済を一時的に混乱に陥れる。 さらに各地に起こる紛争により、2発のパンチを浴びる事になる。 この事態の収拾に精いっぱいとなった。 しかし、予算の問題では冬月から100億ドルの無利子の貸し出しを 申し出る。これにより、国連との間にNERV支持の確約が出来上がる事になった。 しかしながら、この金額の出所に冬月は無言を通した。
冬月と小手川は向かい合い、一番上座に座っている。 小手川は、冬月の顔見ながら考えていた。
「食えない男だ。あの金の出所は何処からだ。しかも、まだこっちが知らない事が多すぎる。 Evangelion。あまりにもオーバーテクノロジー。こんな物どうやって作った?」
条項の要旨は、以下の通りである。
NERVは国連配下の特殊諮問機関
NERVの役割は以後、以下の通り
1、軍事、政治、経済、科学のシンクタンクおよび総合研究機関。
2、内戦、紛争時の調停、実力行使の権限を持ち、国連軍の特別部隊となる。
3、国連の認めた機密事項以外は、情報公開の義務を負う。
第三新東京市は、日本国の手を離れ、国連の特別行政地域となる。
また、重要な事項としてNERVと自衛隊の人事交換と自衛隊部隊のNERVへの
一部部隊の割譲がある。
結果として、各国政府は日本をダシにしNERVの科学技術力を、NERVは実効的な武力を手に入れる事になった。
サードインパクトの責任追求に関しては、NERVと戦略自衛隊が各国の責任追及を恐れて、曖昧にして冬月
を代表とするサードインパクト究明委員会を置くとになった。
「さて、フォースチルドレンこと、鈴原トウジの身柄の引き渡しについてですが・・・。」
このように、形式だけの会議は続いていく・・・。
戦略自衛隊 統合幕僚本部 情報戦略チーム本部
伊勢二佐は、本部長席にさも当たり前のように座っていた。この席は現在小手川陸将の席となっている。 いわゆる、お留守番である。実際、小手川陸将はこの同期の男を一番信用しているのかもしれない。 二人は四十歳前半、ちなみに二人は幹部候補学校の首席と次席である。 もちろん首席である小手川は、エリート中のエリートである事に成る。 しかし、伊勢はある理由で出世が遅れていた。
「伊勢二佐。内務省調査部からこの書類が。」
伊勢は何も言わず部下から、それを受け取った。 この席にいても、伊勢が何も言われないのはその実力が認められているからだ。 表紙には、「NERV内部調査報告書」と印字され「極秘」の朱印で押されている。 報告者には加持リョウジの名が印字されている。
「これは、・・・・・・。」
伊勢は中身をに目を通して驚く。そこには、かつて加持が調べ上げたNERVの極秘情報であった。
「今頃、出してくるとは。何考えてんねんあいつら。」
「なんですかそれ?」
「NERVの内部資料、それも極秘や。」
「えっ、そんな物。」
「フン。もっと、はようにもってきてたら、あんな条項結ばんでもいいのに。」
「内務省が謝ってたわけですね。言い訳、苦しかったですよ。」
「どんな事いってた?」
「混乱してただの、報告者がロストしただのです。」
それを聞いたとき、伊勢の肩がピクッと動いた。
「えっ、報告者が?」
「ええ、行方不明という事です。」
「おおきんな。 下がってくれ。この報告書は俺が預かっておく。」
「わかりました。」
部下は敬礼をし下がる。 それを確認すると、伊勢は窓辺に立ち外を見た。 相変わらず、強い太陽が照り付けていた。
加持君・・・・・。
かつての優秀な教え子が・・・。
『まあ、エージェントの生死ほど当てにならん物はないからな。』
そう考えて、次の執務に向かった。
小手川は、本部の自分の席に向った。そして、部屋に入り苦笑した。なにせ、自分の鏡写しのような伊勢
の顔を見たからだ。
「はぁ、そんな顔して出迎えないでくれ。」
あまりにも、不機嫌な顔に文句の一つも言いたくなる。
「なんや。にっこり笑って欲しけりゃ笑たっるわ。」
そう言い、伊勢はニカッと笑う。
「止めろ、余計に気分が滅入る。」
「ふん。それやったら、そんな事言うな。」
「はぁ。そうか悪かった。 それで、機嫌の悪い理由は?」
「これや。」
伊勢は、デスクの引き出しから紙の束を出す。 それの表紙を見て、小手川は眼をまるくした。 先ほど、伊勢に渡された「NERV内部調査報告書」であった。 それを手にしながら、小手川はため息を吐く。
「ふぅ〜。なんで、今ごろ。」
「そんなに、ため息ばかりつくな。幸せ逃げまっせ。」
「それなら、もうそんなものとっくの昔に無いな。」
その報告書をペラペラ捲りながら、小手川は答えた。
伊勢は、嫌なものを渡すような顔で小手川に向かって言った。
「それでや。しばらく、お前さんに預けとこと思ってな。」
「今ごろ、渡された所でなぁ・・・。 もう、条項は変えようが無いぞ。」
「やろな。上にでもまわしておくか?」
「上司への報告義務か・・・・。悲しい軍隊の性か・・・。」
「はい。妹さんからの手紙。」
「どうも、すみませんな。石原さん。」
トウジが監禁され、3週間目に突入しようとしていた。
今日の服は、いつもの黒ジャージだ。監禁直後、自衛隊からそれなりの服は渡されていた。が、それら服
をあまり着ようとしなかった。この状況下でジャージを貫き通すのとは、それなりの根性が入っている。
それ以外にも、自衛隊の反発が有ったもかもしれない。
石原ヨシミがトウジに手紙を手渡す。
「妹さん思いなのね。」
「そうでっか。家にはいつもワシと妹しか居らんかったからな。」
「そう・・・。お父さんは?」
「いつも、オトンとお爺はNERVの研究所や。あんまり、家に居らんかった。」
「そうなの・・・。」
ヨシミは、何か気まずそうな顔をした。それを見かねたトウジが話題を降る。
「そや、石原さんは家族の方は?」
「ふふ、初めて私の事聞いてもらえた。」
そう、トウジは今までろくに会話をしていなかった。「女の人とべらべら喋らん!」と言う妙な硬派を気 取っていた事もあったが、それ以上に、無理矢理連れてこられたという、警戒心があった。
「私は天涯孤独の身よ。家族はセカンドインパクトで失ったの。」
それを聞いた、トウジはいかにもすまなそうな顔をする。
「すんません。なんか、えらい変な事聞いてもうて・・・。」
「そんな顔しないで。もう気にしてないんだから。それに。」
「それに、何です?」
「これでも、いい人は居るのよ。」
トウジにはヨシミの顔が少し眩しく見えた。
「トウジ君には、彼女はいるの?」
「えっ、いやっ、その。ワシには。」
少し微笑みながらヨシミに、しどろもどろになり顔を赤くしながらトウジは答える。
「フフフ。だったら、好きな人は居る様ね。」
「ワシにはそんな人はいません!!」
すこし向きになって否定するトウジがヨシミにはかわいく見えた。
「ハハハ。」
トウジは何といって良いか解らず、すこし乾いた笑いをした。
プルルルル。プルルルル。
そこに、内線の呼び出し音がなった。 ヨシミは受話器を取る。
「はい。石原です。・・・・・・・・・。ハッ、はい、わかりました。」
そう言い終えると、トウジのほうに顔を向けた。
「ごめんなさいね、トウジ君。 私、呼び出しが会ったから。」
そういって、ヨシミは部屋を出ていった。それに、トウジはぺこりと頭を下げた。
ヨシミが出て行き、トウジは手紙の封を切った。 その中には、2通の便箋が入っていた。その、2通を開けて見てみる。 1通目は妹からの手紙であった。最近の出来事や兄を気遣う言葉、そしてネルフの人達が優しくしてくれ るというような事が書いてあった。 2通目は冬月からの手紙であった。そこには謝罪と苦労を労う言葉、そして、祖父と父親の死、今後NERV が身元保証をすると書いてあった。
「おとん。おじいぃ・・・・・・。」
ベットに腰掛け膝の上の拳をギュっと握り締めた。
泣いたらあかん。男はなくもんやない・・・。
トウジはぐっと涙をこらえた。
トントン。
トウジは、ハッと顔上げた。すこし、瞼に溜まった涙を袖で拭った。 ドアがノックされると同時に一人の中年の男が部屋に入って来た。 髪はオールバックにして、少し薄めで少し痩せ気味の体だった。
「失礼するよ。はじめまして、私は河田というものです。 君が鈴原トウジ君だね。」
「そうや。わしになんか用でっか?」
トウジはあえて横柄に言った。
「君に知ってもらいたい事があってね。」
河田は表情を崩さず、トウジの顔を見ていった。
「何でっか、それは?」
机に差し出された紙の束に見て、トウジがいった。
「君に知ってもらいたい事の全部だよ。まあ、読んでみてくれないか?」
トウジはベットから立ち、机の上にあった書類の束を乱暴に取り上げた。 トウジの顔はその書類を読み進んでいくうちに驚愕の色へと変わる。 河田はその姿を見ながら、唇の端をニヤリと歪めた。
「ほんとでっか?」
「本当かどうかは、君が判断する事だ。私たちは本当だと確信しているがね。」
トウジは、意識せず河田という男の顔を睨んでいた。
「その書類は君に渡しておくよ。」
そういって、河田は席を立った。
「それでは、これで失礼するよ。」
そういって、河田は部屋を退出した。 部屋に残ったトウジは、その書類をじっと眺める。
「ケンスケ、いいんちょ。」
いつも連れ立ってきた仲間の名前を呟いてみる。
「シンジ、惣流・・・・。」
よく、思い出してみればシンジたちとはあの時以来会っていない。
どんな顔して会えば良いんやろか?
それが、知った事と仲間との間で揺れるトウジのなかで
一番の悩み事だったかもしれない。
「Thy rebuke hath broken his hreat; he is full heaviness. He looked for some to have pity on him, but there was no man, neither found he any to comfort him.」
伊勢が何やらゆったりしたリズムで英語の歌詞を口ずさんでいた。部下には何かオペラの一節に聞こえた ようだ。
「何のオペラです、それ?」
「ん。」
机の上に足を上げ、眼を瞑りながら口ずさんでいた伊勢は少し気分を害しながらも、それを表に出さずに 答えた。
「声楽曲だよ、いや、宗教曲かな。Geroge Frideric Hendel の Messiah という曲や。」
「クラシックですか?」
「そや。キリストの苦難の生涯を歌い上げている曲や。
このフレーズは知っているやろ。」
そういって、ハレルヤコーラスの部分を口ずさむ。
Hallelujah! Hallelujah! Hallelujah!
「あぁ、それ聞いた事あります。年末のイギリス出張のとき聞きました。 アッ、もしかして、自分をキリストに模しているのですか?」
それを聞いて伊勢は一瞬眼を丸くすると、腹を抱えて笑い出した。
「どうしたのですか、二佐? 自分が何かおかしな事を言いましたか?」
その伊勢の姿に、部下は眼が点である。 少し、息を荒くしながら伊勢はその部下の問いに答える。
「傑作や! けど、俺はキリストみたいな高尚な人間や無い。」
「そうですか。それよりこれに印鑑をお願いしたいのですが?」
部下は伊勢の笑う姿に興ざめ、話しを切り上げる事にした。 伊勢はそれを受け取り、一読して印鑑を押す。 部下はまだ怪訝な顔をしながらも、それを受け取り立ち去った。
プルッ、プルッ、プルッ!
伊勢の携帯が鳴った。少し、伊勢は考えた。
この携帯の番号はプライベートな人間しか教えていない筈やけど・・・・。
3回目の呼び出し音に通話のボタンを押す。
「はい、もしもし伊勢ですが。」
「あぁ、久しぶりだな、伊勢君。」
「あっ、コリャ先生。どうも。」
伊勢は机から足を下ろし、さらに頭をヘコヘコ下げている。 部屋の職員たちは、その姿を物珍しいという顔で見ていた。
ママが居て、パパが居て、小さな家に幸せに暮らしているの・・・・。
朝になると、隣にバカな幼なじみを起こしに行くの。
「オ!キ!ロ! バカシンジ!!」
アタシは、いつもの様にシンジの部屋のドアを勢いよく開ける。
はぁ〜、やっぱりこんな事じゃ起きないわね。
アタシはシンジのベットに近づいていき、枕元に顔を寄せる。
プニプニ。
アタシはシンジの頬っぺた突ついてみる。
この寝顔、なんか女の子みたい・・・・。
そうやって、じっと見ているとアタシの顔も緩んでくる。
エヘヘヘ。
こいつやっと昨日、アタシの事を「好き」いってくれたの。
「ずっとアスカに側に居て欲しい!!」
その時のシンジの顔、カッコ良かった・・・・。
その事を思い出して、アタシの顔はさらに緩んだ。
イケナイ、イケナイ。
気を引き締めて・・・・・。
アタシはシンジの布団に手を掛ける。
えっ、何・・・。
アタシの手が捕まれ、シンジの顔が迫る。
アタシの唇に・・・・。
アタシは少し意識が飛びそうになった。
エッ、いやだもう、シンジったら。なんか、いつものシンジじゃない。
そう、なんか違う。
こんなのシンジじゃない。いつも、ウジウジしていてい奴よこいつは・・・・・。
なんか夢見たいね・・・・・。
夢・・・・・・。
えっ! イヤーーーーーーーーー!!!!!
なんで、こっちの世界に居られないの!!
こっちのアタシはすごく幸せなのに!
なんで、何でなの!
誰か教えて! 誰か助けて・・・・・。
「アスカ!! アスカ!!」
シンジがベットの上でうなされているアスカを揺り起こす。
「うぅ・・。」
「大丈夫? アスカ?」
アスカは自分を心配そうに覗き込むシンジの顔を見る。 そのシンジの顔がアスカの癇に障る。
「なんで、アンタがアタシを起こすのよ・・・・・。」
アスカの憎悪に満ちた睨みに、シンジが反射的に謝ってしまう。
「ごめん・・・。アスカ、うなされてたから・・・・・。」
「ハン!良い迷惑よ・・・・。あの世界のアタシは幸せだったのに・・・・・。
あの世界のアンタはカッコ良かったわよ・・・・・。」
その悪意に満ちた言葉の刃に、シンジが声を荒げた。
「あの世界って何だよ! なんで、現実の僕を見てくれないんだよ!!」
「アンタなんかダイッキライよ。 いつも、人を伺うようにして、ウジウジしているアンタなん
か・・・・・。 そんなアンタにアタシの何が解るって言うの・・・・。」
「でも、僕はアスカの事をもっと知りたいんだ・・・・。どうして、僕に話してくれないのさ?」
「うるさい・・・・。」
アスカはまた夢の世界に戻っていく。シンジは、それを悲痛な顔で見る。
「アスカ・・・・・。どうして、僕を見てくれないの・・・・・。どうして、みんなと生きようと思わな いの。僕はそう思ったのに・・・・・・。」
シンジの頬に一筋の涙が伝わった。
J.S.バッハ ミサ曲ロ短調 Kyrie(憐れみの讃歌)
4話は
フォーレ レクイエム Libera me (われを解き放て)
5話は
マーラー さすらう若人の歌 第3曲 僕の胸には灼熱の刃が
そして、今回6話は
マーラー 交響曲 第1番 「巨人」 第三楽章
です。
お勧めの指揮者や演奏者がいろいろと有るのですが、それは機会があれば。
では、次回。
はぁ〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜〜。 いつに成ればLASな展開になるのやら・・・・・。